アイドルになった初日からダンストレーナーのダンスを逆に指導するというとんでもない離れ業を披露した寂園。
それから数日が過ぎ、新たに知り合った本田未央、島村卯月と凛と寂園の2人は親交を深めていった。
そして、そんなある日、寂園は1人、武内Pからオフィスへと呼ばれる事になる。
「Hello、武内P。今日はどんな要件?」
「あぁ…、その…。舞さんのデビューが決まりました」
「oh、really? ようやくネ、ちょっと待たせ過ぎなんじゃない?」
そう言って肩を竦めて告げる寂園。
彼女の場合はデビューするのに、もはや必要以上なものを兼ね備えているのですぐにでも人前に出したいという意図が会社側にはあった。
しかし、彼女が当初、提示した条件にデビューは米国でという条件が織り込まれていた為、こうして、彼女のデビューが予定よりもちょっと遅れてしまっていたのである。
武内Pは申し訳なさそうに首元を掻きながら、寂園にこう告げる。
「すいません、舞さんは来週からアメリカです、ニューヨークにいる美城常務には既にこちらから報告をあげてますので」
「OK、ライブ会場は?」
「はい、しっかり押さえてます」
「流石、武内Pネ!」
その武内Pの言葉を聞いた寂園は満面の笑みでサムズアップをして上機嫌で彼に告げる。
こうして、寂園のデビューは米国でのデビュー、このような前例は前代未聞でいままでそんな経緯でデビューを果たしたアイドルは武内Pも聞いたことがない。
だが、それに関して寂園は全く動じた様子もなくむしろ、待ってましたと言わんばかりの態度である。
それから養成所に向かう武内Pと寂園。
米国デビューに向けて、寂園の方も自分が考えた歌やダンスに磨きを掛けなくてはいけない。果たして、これ以上磨いたら、どうなるかはわからないが自分のパフォーマンスを見てくれる人には最高の夢を届ける。それが、寂園の考えるエンターテイナーの在り方だ。
「そういえば、今日は城ヶ崎さんが来ていましたね」
「ん? 城ヶ崎?」
「はい、346プロダクションの看板アイドルの1人です」
「へぇ…、そうなんですネ! じゃあ一応私の先輩?」
「そういう…事になるんでしょうか…」
そう言って、寂園から視線を逸らす武内P。
正直、アイドルとしての路線というより寂園は自分をエンターテイナーとしての路線でデビューするつもりである。
だから、先にデビューした城ヶ崎は一応、先輩ではあるのだが、正直、彼女と寂園の技術や歌唱力は差は言うまでもなかった。
だからこそ、武内Pは少しばかり危惧していた。
もし、寂園を目の前にした城ヶ崎の自信が粉々に打ち崩されやしないか、という不安である。
養成所の扉を開き、トレーニングを行う部屋へと入る武内Pと寂園。
すると、そこには既に卯月、凛、未央の3人が、やたら目立つピンク髪のギャル系な女の子の指導の元、ダンスの特訓を行なっていた。
「Hello、みんな」
「遅くなりました」
「あ! 寂園と武内Pじゃん! 遅いよー来るの!」
「HAHAHA! sorry、ちょっと大切な話があってネ!」
そう言って、ダンスのレッスンの特訓を一旦止めて部屋に入ってきた2人に声をかける未央。
そして、凛と卯月の2人も寂園に近寄ると武内Pと何の話をしていたのか気になり、彼女に問いかけはじめる。
「今日はどうしたの? 舞?」
「なんのお話をしてたんですか?」
「んー…。デビュー?」
「えぇ!? デビュー! もうするの!?」
そう言って驚いたように声を上げる卯月。
その話を聞いていた、やたらと目立つピンク髪のギャル系な女の子が寂園と武内Pの側へとやってくる。
見た感じ、派手な見てくれで整った顔つきをしているが、彼女が3人のダンスの特訓をつけている姿は真面目そうに見えた。
「城ヶ崎美嘉よ、貴女が舞・K・寂園さん?」
「oh! YES! よろしくネ! 美嘉! 覚えたヨ」
「噂は聞いてるわ、ダンストレーナーが指導しきれないほどダンスが上手いんだって?」
そう言って握手を交わしながらにこやかに笑顔を浮かべて話す美嘉。
寂園の噂はもう346プロダクションの中では出回っている。養成所に入った初日からダンストレーナーを遥かに上回るダンスの技術や凄まじい歌唱力を披露した事。
そして、彼女の為に開かれた特別なオーディションで審査員達の顔を青ざめさせた等、346プロダクションの中で彼女の名は知れ渡っていたのである。
「んー…まぁ、ちょっとやり過ぎて、そこにいる凛からこってり怒られたけどネ」
「あれは、明らかに舞が悪いでしょ?」
そう言って、美嘉に苦笑いを浮かべてこちらを見てくる凛の目に視線を合わせる寂園だが、対して凛からは厳しい言葉が返ってくる。
すると、そのやり取りを見ていた美嘉は面白そうに笑いを溢していた。自分が問いかけた質問が丸々事実だった事が可笑しかったからだろう。
「あはははは、噂は本当だったんだ! じゃあさ! ちょっとダンスみせてよ!」
「ん? oh! OK! それじゃ、簡単な音楽で良いかな?」
「えぇ、構わないわ」
そう言って、寂園の言葉に頷く美嘉。
すると、自分が作成した英語で作曲された音楽を養成所にある機材を使い流しはじめる寂園。
それに合わせて、寂園はいつものようにキレキレの動きで美嘉の前で踊りをしはじめる。
美嘉と寂園の遠目から見ていた猫耳をつけた少女とロシア系ハーフで白銀の髪色をした少女をはじめとした養成所のトレーニング室にいた大多数の少女がそれを一目見ようと凛達の側までやって来ていた。
「あれが噂の舞ちゃんにゃ?」
「あ、うん、そうだよ」
「彼女のダンスを見るのは初めてですね…」
そう言って次々と興味本意で集まってくる少女達。
しかし、音楽が流れはじめ、寂園はいつものようにダンスを踊りはじめるとそこにいる全員の空気が一変した。
身体を変幻自在に操り、綺麗なモデルの様な足を巧みに扱う寂園。
「…ま、マジですか!?」
「嘘…」
あんなダンスを真似しろと言われてもできる自信は到底、全員には無い。
そして、ターンもステップも日本人離れしたそれはもう、自分達と同じアイドルという枠からは完全に逸脱したものだった。
これを目の前で見せられた美嘉も感動するあまり言葉を失ってしまう、目の前で踊る彼女の姿は一種の芸術品といっても過言では無い。
「ポゥ!」
そして、乗って来た彼女はついでに英語でその曲の歌も歌いはじめた。
リズム感が凄まじい、歌唱力も飛び抜けている。確かにこんなものをまざまざと見せつけられてはトレーナーも教えることはないと言い切ってしまうだろう。
「ヘイ! let's come on !」
乗りに乗った寂園は手拍子をする様に促す。
それを見ていた全員は音楽のリズムに合わせて手拍子をはじめた。
それからはムーンウォークをはじめとした、華麗なダンスをことごとく披露し、ターン、足技とキレキレな動きで皆を翻弄する。
しかし、キレた動きだけではない、静かにペースダウンする動きを織り交ぜながら動くダンスに皆が歓声を上げた。
「ロックだ…。ロックだよ! これが私が求める理想像だ!」
「神に魅入られし者ね…」
ヘッドホンを肩からぶら下げた可愛らしい少女とゴスロリ衣装を身につけた人形の様に整った容姿をした少女もまた感銘を受けた様に声を上げる。
寂園は踊りを披露しながら、凄まじい歌唱力で歌を歌い続ける。全員の鳥肌が本能的にザワリと立ち上がった。
そして、いつもの様に寂園は英語の曲を声高に叫ぶように歌いながら、全員にリピートする様に手で促す。
「who's bad?」
「「who's bad!?」」
そして、それに呼応する様に全員が声を上げる。
瞬間、音楽がぴたっと止まったというのに彼女達は寂園の呼びかけに応え続けた。しかし、リズムはそのままに身体が勝手に反応する。
そして、何度も同じワードを繰り返す寂園のリピートに応える彼女達。自然と身体が反応してしまう、声が引き出されてしまうそんな不思議な現象だった。
寂園は指をパチンと鳴らすと綺麗なターンを決めて曲を締める。
「…who's bad?」
そして、寂園は曲を終えると共に見ていた城ヶ崎美嘉との間合いを一気に詰めて、手を掴みニコリと笑顔を浮かべたまま首をかしげると一言そう告げる。
間合いを詰められた美嘉は思わず顔を真っ赤にしていた。
男性経験が無い城ヶ崎美嘉からしてみれば同性であるにも関わらず、その動作一つ一つが魅力的で寂園のその行動が曲も伴って、危険でちょっと危ない王子の様に感じてしまったからだ。
そして、曲を終えた寂園は美嘉から手を離すと皆の方に振り返り、楽しそうな口ぶりでこう告げる。
「…とまぁ、これが女性ファンを増やすやり方だネ! do you understand ?」
そう言いながら黒髪をサラリと流して皆に告げる寂園はいつもの様に何事もなかったかの様に振る舞う。
それを見ていた皆は全力で左右に首を振った。とてもじゃないがあんな寂園の様に振る舞うなんて自分達にはできそうに無いと心の底からそう感じたからだ。
美嘉は呆然としたまま、顔を真っ赤にして口をパクパクとしている。
「凄い! 凄いよ!寂園ちゃん!」
「ねーねー! 私にもダンス教えて!」
「HAHAHA! OK! OK! 大丈夫だヨ! いいよね? 武内P?」
「えぇ…それは構いませんが…、その前に皆さんにお伝えしなければならない事があります」
ダンスを教えてくれとせがむ少女達に囲まれる寂園に武内は肯定する様に頷く。
しかし、その前に皆に伝えなければならない重要な事柄があった。それは、寂園に関しての事だ。
「え? 何々? 発表って…」
「ついに私達のデビューが決まったとか!」
色々な憶測を立てながらワクワクと武内Pからの言葉を待つ少女達。
養成所でトレーニングを積んできた子達は早くデビューしたい気持ちを持っていた。
だからこそ、今回、武内が話す事は彼女達の良い刺激になる。
これは、シンデレラプロジェクトに参加するみんなの大きなモチベーション向上にも良い影響を与える、そう武内Pは思っていた。
みんなは武内Pからの言葉に静かに耳を傾ける。そして、彼の口から語られる衝撃的な言葉はその場にいた全員が唖然とさせられるものだった。
「舞さんのデビューが決まりました。アメリカでのCD活動、及び、ライブを予定中です」
「え…」
そして、その言葉に静かに声をこぼす人物が1人いた。凛である。
周りは物凄い事だと、寂園を褒める様に騒ぎ始める。確かにあのダンスや歌唱力をまざまざと見せつけられてはデビューするのは当たり前だと感じざる得ない。
だが、デビュー先がアメリカ、スケールが違いすぎると彼女達は寂園に口々に話す。
しかし、それを遠目で見ていた凛はギュッと手を握り締めていた。
寂園がまた遠い所に行ってしまう。今でも遠い場所なのになんだか置いていかれるようで凛は胸が締め付けられる様だった。
「ごめん…ちょっと席外す…」
「あ、凛ちゃん! ちょっと!」
そして、立ち去る凛を呼び止めようとする卯月だが、凛は早足でその養成所の扉を開くと外へと出て行ってしまった。
もちろん、それを目の当たりにした武内Pは彼女の後を追おうとするが、それよりも先に動いた人物がいた。
「ごめん、武内P、ちょっと後お願いネ?」
「ま、舞さん」
「私に任せて?OK?」
そう言って武内に告げる寂園。
飛び出していった凛の姿を見つけていた寂園は彼女の様子がおかしいことを既に察していたのである。
寂園の言葉に力強く頷く武内P、それに応えるように寂園もまたサムズアップして笑顔で応えると養成所の扉から飛び出して出て行ってしまった。
米国デビューが決まった寂園、はたして、それに対して凛が何を感じていたのか、この時。皆は何も理解できていなかった。