走れおっぱいトレイン   作:キリコのどこがすきなんだい

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改訂版です


超弩級豊乳列車シリコンマックス

 子供の頃に得ることが出なかった答えを諦めきれずに何度も探してしまうことは、あるのかもしれない。

それでも、多くの人はいつの間にか疑問そのものを忘れてしまうか、妥協して納得できる答えを正解としていくのだろう。

 

 それが悪いことだとは言わないし、疑問の解決方法も人によって違うから何が正しいということはできない。

私の場合は、愚かにも疑問を夢へと変えてしまった。妥協することもできず、忘れることもできず、答えを追い続けることを自分に義務づけてしまった。

 

 

 大人になった今でも、虚空へとあるはずもない乳房、二つの頂きに手を伸ばす。

 

 

 今から十八年前の四月十八日、私は母に連れられ、隣町の百貨店に向かった。

 母はモダンな服の購入が目的で、私は大食堂のクリームソーダが目当てだった。

 私は良いとこの子供のような服を着せられて、当時はまだ完全にコンクリートが舗装しきれていない道路を、ガソリン臭いバスに揺られながら百貨店へと向かった。

 

 

 私は真っ先に遊具が置いてある百貨店の屋上へ行きたいと母に頼んだが、素気なく断られた。

 年相応に不貞腐れたり駄々をこねたい衝動に駆られたが、理性的に、大人しく待った。

 そうしなければ、クリームソーダも屋上遊具の一つも味わえないとそれまでの経験から学んでいたからである。

 

 悲しいことに、家はそれほど裕福ではなかったから、百貨店に行くのも月に一度だけだった。

 生活に困窮するほど貧しくはなかったが、母は生まれついての倹約家で奢侈に流れることは、決してなかった。

 

 代わりに年に何度か帰ってくる父が、私におもちゃや文具を買い揃えた。けれど何の仕事をしていたか分からず、家族としての思い出は希薄だ。

 物を与えておけば父親としての仕事は果たしているし何も文句ないだろうと態度が透けて見えていたし、

 決して嫌いではないが父が家にいるときはいつも知らない人が家にいる気がしてどこか落ち着かなかった。

 

 母の葬儀にも顔を出さなかったし、時折自分に父親はいたのだろうかと思うことがある。

 

 そんな家庭に育ってきたものだから、ありふれた幸せな家庭が行う極々普通の当たり前の会話が困難だったのかもしれない。

 

 私は常に人の顔をうかがい、場の空気を読み、いい子供であろうとした。

 

 だから、幼児が行う「アレ何?これ何?どうして?なんで?」といったなぜなぜ攻撃の経験もなく、納得のいかないことや気になることがあってもグッとこらえていた。

 それが美徳だと思っていたのだ。

 

 しかし帰りの道中、美味い外食と目当ての服を手に入れて珍しく機嫌の良い母に、今ならば、と思った。

 私は意を決してたずねてみた。

 

「母様、昔このあたりでちんちん電車なるものが走っていたと聞きました。ですが、おっぱい電車

は聞いたことがありません。なぜですか?」

 

「そのような阿呆な質問を継ぐにしてきた時は親子の縁を切ります」

 

 母は厳格な人だった。私としては全くふざけたつもりはなかったが、ゴミを見るような目を前にしては何も言えなかった。

 母が死んでからようやくその返答の意図が分かった私は大変に愚かである。おそらく母は、こう言いたかったのだ。

 

 

「聞いたことがないならなぜ作らない?」

 

 

 インターネットでもただただ画像をくださいなどいうものはクレクレくんと呼ばれ忌避される。

 私は答えを求めているだけで、何の努力もしていなかった自分を恥じた。

 

 

 私は夢を叶えるために、ひたすらに工学にのめりこみ、やがて車両製作に携わる会社に入った。

 恩師である大学の教授との関わりが深い企業であったために、上層部にも自分を知ってもらうことが出来て、コネクションを築くことが出来た。

 加えてベテランの技術者だけでなく、新進気鋭の若い技術者も集まるエネルギーに溢れた素晴らしい環境であったため、周囲に刺激され毎日懸命に働いた。

 必死に仕事をこなしているだけで、気が付けばとんとんと役職が上がっていった。

 

 

 役職が上がればできることも増え、できることが増えればそれの倍、夢を叶えたいという気持ちも膨らんでいった。

 いつか自分の手で叶えてみせると胸を膨らませて、必死に働き続けた。

 

 やがて自分の胸の内で抱えきれないほど想いが大きくなった頃、私は決心した。胸に秘めていた想いを上司の桜庭さんに打ち明けることにしたのだ。

 出社するなり上司の元へ向かい、上司の机に両手を打ち付けながら私は強く訴えた。

 

 

「おっぱい電車、いえおっぱいトレインが作りたいんです」

 

「は?」

 

 

 口に出して失敗したと思った。おっぱい電車は未だ私の中にしかない概念なのだ。空を飛ぶという概念が全くない人に飛行機を勧めるようなものだ。

 

 私はおっぱいトレインについて細かに説明した。簡単に言ってしまえば、先頭の車両に一つの巨大な乳房がついた電車である。

 多くの画期的な効果を持つ夢の電車である。

 

 まず第一に衝突の際に乳房が衝撃を吸収することで人身事故の発生による被害を防ぐ効果だ。

 人身事故によりダイヤが乱れることもないし、もし突き飛ばされた際も、被害者遺族に膨大な金額が請求されることもない。

 

 第二に癒し効果だ。無機質なほかの電車と違って生物的な温かみのある造形により、朝の殺伐したラッシュに和やかな雰囲気を与えることは間違いない。

 

 第三に痴漢防止、痴漢冤罪防止効果だ。電車に飛び込めばおっぱいにあたるわけだからリスクを背負って痴漢をすることはないわけであるし、痴漢がいなくなれば必然的に冤罪もなくなるわけである。

 

 

 私がおっぱいトレインへの有用性、想いを熱く語ると上司はため息をついた。

 

 

「働かせすぎて悪かった。君には何日か休みを与えよう」

 

「その必要はありません!私は本気です!」

 

「わかった。わかった。君という人間を勘違いしていたようだ。君は阿呆なんだね?」

 

「かもしれません。でも冗談などではありません」

 

「だろうね。目を見ればわかる。いや、分かってしまった。冗談であればよかった。ほんとに」

 

 

 

 理解してもらえなかったと感じ、ひどく落胆した。けれど上司は椅子に腰かけたまま、

 

 

「だが、新しいものを生み出そうとする阿呆は嫌いではない。好きにやってみたまえ。」

 

 

といった。

 

 

 私は茫然として言葉の意味を理解するのに数舜時間をかけてしまったが、胸いっぱいに喜びが広がっていった。最後にどうせ出来るわけもないし、と聞こえた気がしたがそんなことはさして問題ではないだろう。

 

 胸の中で燃える熱い情熱の火が一層強くなっている。しかし喜んでいるばかりではいられない。

善は急げ、兵は拙速を尊ぶ。私は急いで行動を始めた。

 

 

 

 翌日、複数の大きな会議室を取り、社内のほとんどの技術者、他部署の部長、専務、副社長を集めておっぱいトレインに対するプレゼンを行った。

 

 おっぱいトレインを技術者たちに説明すると、いくつも疑問の声が投げかけられた。

 

 

「なぜ一つの乳房なのですか?おっぱいというには少なくとも二つ以上、谷間があるべきではないでしょうか」

 

「複数あるのはメンテナンスが大変ですし、赤子が母乳を飲むのは一つの乳房です」

 

 

「なぜおっぱいなのですか。ふざけないでください」

 

「ほかにこれほどの利点を兼ね備えた代案があるのなら示してください。

 

今までと同じものだけを作っていて満足ですか。

誰でもできることを誇れますか。

 

我々は職人ではない、技術者だ。

 

常に進化と創造を目指し、救える人がいるなら救う。

精神的に向上心のないものは、馬鹿です!」

 

 

 最初は蔑んだ目で見ていた人たちが殆どだった。しかし何度もプレゼンを行うたびに私の本気さと熱意が伝わったのか、徐々に空気が変わっていった。

 社内全体で、いつしか本当におっぱいトレインを作ろうという動きになり、大きなプロジェクトが動こうとしていた。

 激動の日々が始まったのである。

 

 実現させるのにどれほどコストが必要なのかすら、全く分からなかった。

 愚かにも与えられた予算の半分近くも、材料の厳選で溶かしてしまった。

 ゲル、シリコン、合成樹脂あらかた試した。材料選びは何度も検討、実験を重ね続けた。

 

 

 夏から半年をかけて、ようやく試作品が完成した。おっぱいトレイン第一号である。だが、一区切りついたことで私は完全に油断してい

たのかもしれない。おそらく誰も予想していなかった悲劇的な展開が起こってしまった。

----------------あまりにもおっぱいが魅力的過ぎたのだ。

 未だ触れてはいけないと厳命していたが、一人の技術者が禁忌を犯した。

 すさまじい速さでおっぱいに勢いよくダイブし、ボヨヨ~ンと弾きとばされて宙を舞った。

上空で満足げな笑みを浮かべながら彼は両足を骨折した。弾力がありすぎたために衝撃を吸収しきれず反射してしまったのだ。

 

 

 第二号は反省を生かし、しっとり感、包容力を重視したものになった。だが、技術は進歩しても人は変わらない。

 また一人の技術者がおっぱいに狂い、勢いよくダイブした。今度は包容力が強すぎて、危うく窒息死をするところだった。

 酸欠状態によりチアノーゼで顔色を真っ青にしながらも、幸せそうな顔をして病院へと運ばれていく技術者を見て、私は悲しい気持ちになった。

 

 

 ……私は間違っていたのか?

 

 

「何か悩んでいるようだね」

 

「桜庭さん」

 

 

 誰もいなくなったオフィスで悩んでいると、栄養ドリンクの入ったビニール袋を両手にぶら下げた上司が言う。

 

 

「はい。救うはずだったおっぱいで犠牲者がでてしまいました。私はおっぱいについて何もわかっていなかったのです。

童貞でしたから。童貞に最高のおっぱいなんて作れるはず、ないですよね」

 

「そんなことはない。おっぱいを知らない君だからこそ、理想のおっぱいを描き続けることができるんだ」

 

 

「詭弁だ。まやかしのおっぱいに何の価値があるんですか」

 

「知ってるか。時速六十キロメートルでCカップの感触らしい。無論、そこにおっぱいはない。だがそれでも人々は手を伸ばす」

 

 

「そもそもおっぱいがついた電車などで痴漢が減るわけがない!」

 

「非常ベルのランプは限りなくAに近いBカップ。だから押したくなるのだ」

 

 

 上司は次々と優しい言葉をくれるが、もううんざりだった。もう逃げ出したい。自分には無理なのだ!

 そう言おうとしたところで、上司が私の肩をつかんだ。

 

 

「おっぱいとはなんだ」

 

 

 その言葉に息をのんだ。あの日から変わらなかった、ずっと探し続けていた答え。

 そうだ。ここで終わりたくない。喉が震える。それでも必死になって、言葉を返す。

 

 

 

 

 

「おっぱいは、私の夢です」

 

 

 

 

 

 四季が巡って、おっぱいトレインが誕生した。

世間からは馬鹿にされたし、会社の株価も大きく下がった。しかし私たちはおっぱいの可能性を信じ続けた。

 

 

 長い月日の中で、人々はゆっくりとおっぱいトレインの有用性について理解し始めた。

 

 するとマスコミも掌をかえしておっぱいトレインを褒め称え始めた。

 

 そしておっぱいトレインは走り出した。風を切って、困難を超えて、やがて世界各国の鉄道会社がおっぱいトレインを参考にし始めた。

 おっぱいシップ、おっぱいプレーン、おっぱいカー、次々と人々を豊かにする自由な乗り物が誕生した。

 

 

 

 好きなものを好きと言える、世の中がそんな風に変わり始めたのだ。

 

 

 

 決算は会社設立以来、見たこともない大黒字。慰労会もかねて大きなホテルを貸し切りパーティーが行われた。

 立派な会場で、なんだか自分だけすごく場違いな気がしたが、周りにいる社員たちは慣れているのか堂々としていた。

 私はというと、どうにもなじむことができず、会場の端っこでローストビーフをもくもくと口に運ぶ仕事に徹していた。

 上司の桜庭さんがワイングラスを片手にやって来るまで、無心で、むさぼるように肉を口に運ぶ。

 

 

「会社の経費だぞ、しっかり飲んでるか?」

「ええ、まぁ。しかし、こういうにぎやか場所にはなれてなくてですね」

「だからといって本日の主役がこんなところで寂しく食べてちゃダメだろう」

 

 あらかたの偉い方への挨拶とお礼は終えたし、一人でも別に問題ないとは思うが。

 けれど上司の桜庭さんのことは尊敬しているし、一緒に飲むのも嫌ではなかった。

 

 

 空いているグラスにワインを注ぐと、あまり飲めないというのに注ぎ返される。グラスが赤いもので満たされていくのを見て、飲んでもいないのに少し熱くなった気がした。

 

 

「しかし君は、本当に大きなおっぱいが好きなんだね」

 

「いえ、話題性、分かりやすさ、安全性などそういった面を加味した結果大きくなっただけで、個人的な好みとしては控えめな方が好きなんですよ。夢とはいえ仕事ですからね」

 

 

 多少酔ってるとはいえ、性的な嗜好を話す気恥ずかしさも少しあって、苦笑しながら言う。

 だがなんの反応もなく、ふと見ると桜庭さんはカチンと固まっていた。

 

「そ、それは私のような胸にも興奮するってことか?」

 

 

 そう言われて、頭の中を電流が走った。尊敬する上司をそう言った目で見ないように無意識にしてきたことにようやく気づいた。

 桜庭さんは幼げな容姿だが、酒も嗜む立派な大人の女性なのだ。

 

 

 桜庭さんは私の背の半分程の低い身長だったが、自信ありげな態度と常に頼れるオーラのようなものを垂れ流しているために小さいと思ったことは今まで一度もなかった。

 それが、今は普段とは違って、華奢に見える。

 

 しかし、やはりお世話になっている上司をそういう目で見るのは大変失礼に思えるし、かといってそんな上司に嘘をつくこともできない。

 が、直裁に興奮しますと伝えるわけにもいくまい。

 

 

 どうすればいいのか。どうすればいいのか!!

 

 

 私は葛藤に葛藤を重ねた上に、更に葛藤を重ねて葛塔を高く建設し、理性が真面目に考えろとそれをぶち壊すが、屈するわけにいかない。

 何度でも葛藤を重ねる。そんなくだらないことを考えていると、頭がオーバーフローしたのか、ツーッ、と鼻から生暖かいものが流れる。

 

 鼻血だ。このタイミングは、まずい。咄嗟に上を向くが、絶対にバレてしまっているだろう。

 

 

「そ、そうか。うん。さっきのはもしかして、告白だったりするのか??」

 

 なぜそうなる!

 衝撃のあまり、鼻血が垂れるのも構わず桜庭さんを見る。顔を上から戻す勢いが良すぎて、うなづいたようになってしまった。

 

 

「全然気づかなかったぞ。でもまぁ、君のことは、その、キライじゃないというか。好きだぞ、わたしも」

 

 

 もうここまできてしまったら、私も自分の気持ちに正直にならなくちゃいけない。相手の気持ちを知ってしまった以上、逃げるのは不誠実である。

 覚悟を決めるほかに道はないし、きっと走るべきレールは自らの手で作るものなのだ。

 

 鼻血を垂れ流しながらの情けない告白の結末は、あえて書かないことにするが、ずいぶんと鉄の味のするレモンもあるのだなぁと、ちかちかと輝く世界で

そんな馬鹿なことを思った。

 

 

 それからまた季節は巡る。大阪に二人で来た時、

小さな電車に乗った時、ふと思い出した。

 

「ちんちん電車、そういえばどんな形状で走ってたのかな。象さんみたいな感じなんだろうか。

一度乗ってみたかったな」

 

 

 私がそう言うと桜庭さんはクスクスと笑った。

 何故だかそれがとても嬉しかった。来たことの無いはずの堺市の街並みがなんだか懐かしく思えて、どこからかちりんちりんとベルの音が聞こえた気がした。

 

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