電車から眺めていく景色と同じように日々は過ぎ去っていく。異世界転移とかチートとか、そういった非日常を望んだのは若かった頃。
あの頃には戻れないけど、今日、とうとう俺の望みは叶ったのかもしれない。非日常の変化のある一日、といえば聞こえはいいかもしれないけど、実際は理不尽な不幸の日々の始まりともいう。
なんでこうなったんだっけ?
どうしてこうなっちゃったんだろう?
今しがた俺を轢ねた黒塗りの高級車から降りてきた人物は、その答えを持っているだろうか?
労働基準法も真っ青な一か月連続サビ残してふらふらと帰路についていたら、黒塗りの高級車に追突された。
疲れていたのは俺だというのに。
数秒宙を舞って、地面に叩きつけられて今さっき地面と熱いキスをした。
冷静なわけではなく状況がまるで理解できないだけである。擦り傷に打撲、口から出血してるし多分歯も折れてるかもしれない。
こんなに凄惨な現場で、いい歳した大人が苦しそうなうめき声をあげているわけだが、車から降りてきた綺麗なお姉さんは動じた様子もない。
車から降りてきた長髪のお姉さんは言った。
「早く乗りなさい。あなたに世界の命運がかかってるの!」
なら轢くな。
無理やり車に乗せられて、病院らしきところで適切と思われる処置を受けた後、ベッドに寝かされる。状況がまるで分からない。
何だこれ。
「目が覚めたみたいね」
俺を撥ねた女が部屋に入ってくる。最初から起きてたし、お前は誰だとか色々言いたいことはあ
ったけど、何も言うことはできない。何故なら猿轡をかまされているから。
「生足団は拡大の一途を辿っている。もう猶予はないの。協力なさい」
状況がまるで分からない。生足団ってなんやねん。そう顔に出てたのだろうか。女は大きな溜息をついて可哀想な目で俺を見た。
「生足教団は過激なテロリスト。コスプレものにもかかわらずソックスを脱がしてしまう、萌えを理解しない愚かな奴らよ。
彼らに交通インフラの主導を取らせるわけにはいかないわ」
そう言って女は懇切丁寧な説明をはじめてくれたが、内容が頭悪すぎて正直何を言ってるか分からなかった。
俺は強く抗議した。
「ふごー!」
とりあえず、猿轡取ってくれたらうれしい。
突然だが、インフラ整備には多くの費用がかかるのは誰だって知っていると思う。それと同時に多くの利権も絡んでいることも。
その大部分に深く関わっているのが、裏社会の人間なのだ。
だが裏社会を牛耳ってるのは、脚フェチという事実を多くの人は知らない。ヤクザ、マフィア、ギャング、全て脚フェチなことをとりあえず受け入れて欲しいと思う。
ある大富豪がこれからの交通インフラを任せたいと言った。人々の足となる交通インフラを任せられる利権を与えるのは、世界で一番の究極の脚を見つけたものだといった。
意味わからないけどとりあえず受け入れて欲しい。
裏社会の人々は至高の脚を求め、美脚コロシアムを作った。美脚コロシアムで美しい脚の魅力を語りあい、戦った。これがかのビューティーコロッセウムらしい。
脚フェチ界のレジェンド達も動き出した。ニーソ教団の楽園の薄布侯爵は西へ究極の美脚を求め旅立った。黒タイツ同盟の漆黒の軍曹は東へと究極の美脚を描く絵師を求めて旅立った。
生脚団の天衣無縫の神子は北へ美脚をテーマとする楽曲をつくるアーティストを求めた。
誰も満足させることができず、今日至るまで互いの派閥の足を引っ張ってばかりいる。
「みんなで協力すればいいのに」
「はっ、あんな奴らと手を組める者ですか。奴らは野蛮人よ。肌面積の多さでしか興奮出来ない性欲モンスター。
絶対領域の不可侵性を理解できないのは人ではないわ」
呆れるわ、と言って大げさにジェスチャーをする女に俺は心底イラついた。こちとら展開についていくのに必死なんだぞ。
お前らの都合など知ったことかと言いたかったが、勢いよくドアが蹴破られたので黙った。ビビったわけではない。
「失礼しますお嬢様!」
「じいや!今大切な話をしているの!」
「申し訳ありません!ですがお聞きください!!
同盟相手のニーハイ団が落ちました!
サイハイソックスの奴らがガーターベルトに寝返ったようです!」
「何ですって!クソ!」
会話が頭悪すぎて、家に帰りたい。そもそもなんで俺なんですか。口に出したわけではないが、またも顔に出ていたのだろうか。
不満げな顔で女は俺を見た。
「脚フェチ界隈で最も人気の本を出してるサークルで、童貞があなたしかいないからよ」
童貞関係ある?って言おうかと思ったが、童貞を気にしてると思われるのも癪なのでそうですかと返した。極めてクールにそう返した。
別に童貞であることは恥ずかしいなんて思ってないから全然ダメージ無いし。うちらのシマじゃそういうの無いから。
だがそうはいっても結局は童貞である俺に何ができる?
「でも俺は女の子の脚に触ったことなどないよ」
「まさか触らせろっていうの?蹴るわよ??材質や発表するものは何でもいいのよ。美しいミロのビーナスは柔らかいと思う?
女神像を作った人は実際に女神に会ったとでも??」
理屈は分かる。納得はできない。確かに、脚は好きだ。だが究極とは何ぞや。何を作ればいい。
俺に何ができる。
思い悩んでいると、先ほど、女にじいやと呼ばれた、ドアを破って入ってきた老いた男が声をかけてきた。
「巻き込んでしまったようで、申し訳ありません」
意外にも紳士であった。なんと返すべきだろうかと考えているうちに老紳士はぽつぽつと語りだした。
「お嬢様は私が支えることが出来なかったから、自分が正しいと思う道を進むしかなかったのです。
あまり恨まないでやってください。大富豪のあのお方も、私を信頼していただけていたのに使命を果たせず逃げ出したのです。
それからあの方も脚に執着するようになってしまった」
話を深く聞くうちに、どうやら富豪の男とあの女が親子の関係であると知った。老紳士は富豪が幼少期の頃から支えていたらしい。
つまり、俺はよくわからない一家によくわからない理由で苦しまされているということが分かった。
老紳士はまだ語っていたが、それからは一切耳に入らなかった。俺は激怒した。
必ずかの邪知暴虐な脚フェチどもを根絶やしにしなければならないと誓った。友はいないし、妹も俺にはいない。
俺は無力だ。
究極な脚とやらを見つけられぬまま三年たった。俺ついには覚悟を決めた。
思い立ったら吉日。俺は女に究極の脚を見つけたと報告し、ビューティコロッセウムにエントリーした。
登録から二日で出場が決まり、いま俺は鳴りやまぬ歓声の中、戦いの舞台へと向かった。
富豪の男は確かに一目見るだけで今まで住んできた世界の人とは違うオーラがあった。
けれども実際は金持ってるただの脚フェチな男なのだ。緊張しているのがアホらしい。
「本日は皆様に究極の美を紹介します」
俺はそういって一人の老紳士を富豪の男に差し出す。富豪は椅子に座ったまま、実験動物を観察する目つきで老人を見た。
「脚の美しさは何だと思いますか。脚が長いことですか。色が白いことですか。
健康的に焼けていることですか。細いことですか。むちむちとしていることですか。
すべすべでつるつるでもちもちでふわふわですか」
聴衆は耳を傾けている。何が究極の美かを知りたがっているようだ。
「そんなもの、美しいと思わない。脚ってのは見ればその人の暮らしがわかる。磨り減った靴は紛れも無い努力の証だ。
彼の脚を見てください。すね毛も生えているし、
お世辞にも綺麗な脚では無い」
手のひらを返すような言葉に聴衆からヤジが飛びかける。
俺はそれを遮るように大きな声で、でも!と叫んだ。
「でも彼の脚は美しい。ある男の為に、あなたの為に、あるいは君たちすべての為に世界中を駆け巡った脚だ。彼の努力を物語っている脚だ。
幾千の夜を越えてきた脚だ、幾千の朝を迎えた脚だ。何度も立ち上がってきた脚だ、困難に耐え踏みとどまった脚だ」
「美しさってなんだ。肉がついてることか?そんなものに心を震わせるなんて情けない。お前らみんなアホだ。交通インフラなんざくそくらえ。
俺たちには歩き出せる足がある」
罵声が来るかと思いきや、聴衆は静まり返っていた。いつまた爆発するかは分からない。脚フェチと言えど権力者を敵に回したことは事実で、今後俺の人生に安寧は無いだろう。
命すら危ういかもしれない。けれど、阿呆らしいこと付き合わされるために轢かれたとかかふざけんなという怒りが私を動かした。いい加減、俺も怒っていたのだ。
どうにもならないことに巻き込まれて、どうにもならない責任を負わされるくらいなら、最後くらい勝手なことをしてやろうと思った。もうこれ以上付き合うのはごめんだ。
いや、安寧はないどころか、即座に殺されるのかもしれない。
女が口をパクパクさせて驚いているのを見れて、少しだけ溜飲が下がった。
入場ゲートを出たら正気に戻った脚フェチ達に殺されるんだろう。
ロビーに出たら脚フェチ達に殺されるんだろう。
外に出る前に殺されるんだろう。
コロッセウムを出た。予想に反して、何もなかった。結局、私はモブでしかなかったのだろう。
権力者を怒らせた、敵に回すとか、そんな影響力俺にはなかったのだ。
脚フェチ達に啖呵を切ったつもりだったが、何言ってんだこいつ?という感じだったのかもしれない。なんかそんな気がしてきた。
安堵するがすごく悲しい。身体中から力が抜けていって身体が一気に重く感じた。
歩きだせる脚はあったが、俺はタクシーを呼んだ。家について、枕が加齢で臭くなってることに気づきながらも、寝た。
あれから数日たった。俺の生活はそれほど大きくは変わっていなかった。
メディアから取り上げられることもないし、三年も無断欠勤した仕事先も何故かクビになっていなかった。
何故か正直働かなくてもいいくらいのお金が口座に大金が振り込まれていたが事件性がある気がして怖いので、手をつけずに働いている。
「いってらっしゃいませ」
「いってくるわ、じいや」
一つだけ変わったことといえば、執事がついたことだ。あれから仕えるべき主人を見つけたと言って、俺の世話を勝手に始めた。何度も断ったが、いつの間にか当たり前になっていた。
よく出来た奥さんの様に、生活の全てを十全以上に行ってくれるため生活の質はかなり良くなったように思う。相変わらず彼女は出来ていない。
なのに、家に一人、男が住み着いた。
家を出て会社に向かった。視線を感じて振り返ると、電信柱の陰から人差し指をかじってこちらを見ているあの女と目が合った。
俺は軽く会釈をして、何もなかったことにして会社に向かった。
久し振りに有給をもらったので、今度の休みはどこ行こうかなぁなんて考えて、またゆっくりと歩き出した。