風飛に降り立つは   作:晴貴

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9話 犯人

 

 

 グリモワール魔法学園は魔法使い養成所であると同時に、本来なら義務教育や高校の授業を受けている年齢の生徒のために通常授業の時間も設けてある。

 一般的な学校に比べればその時間数は半分にも満たない程度だが、魔法と魔物のことしか知らないまま社会に出るよりはいいと思う。

 

 さて、通常授業があるということはつまり体育の授業もあるってことだ。そして今は8月、真夏だ。

 そんな時期の体育といったら?そう、プールである。

 

 守谷との模擬戦を終えた俺は汗を流すために備え付けのシャワールームへ向かった。当然だがこのシャワールームは男子専用であり女子とは別だ。

 そんな男子用シャワールームへと続く通路の途中には緊急時の避難用階段へと続く扉がある。やや奥まった場所で普段立ち入り禁止の札が下げられているのだが、そこに侵入し窓を開け、窓と柵の間のわずかなスペースに体をねじ込んでいる奴らがいた。

 

 男子が少ない学校ってのもあってすでに全員既知の仲なので声をかける。

 これを気にするなって方がムリだった。

 

「お前らなにやってんの?」

 

「おお修二。お前にも教えてやるよ」

 

「実はこのベランダの柵の隙間からプールが見えるんだ」

 

「距離はあるけど双眼鏡装備してるから問題ないぜ」

 

 いい顔でそう言うが単なる覗きだった。このクソ暑い日に直射日光を浴びながら男と密着してまで覗く執念に感心するわ。

 

「へー。今入ってんのは何年?」

 

「自由ちゃんがいるから16歳のクラスだな」

 

「お前も見るか?」

 

「じゃあお言葉に甘えて」

 

 双眼鏡を拝借し、ブラインドの合間からプールの方を見る。すげー見にくいが、確かにプールでキャッキャしてる女子の姿を拝見できる。

 南や小鳥遊といった同じクラスの面々もちらほら。

 

「……おー」

 

「どうした?お気に入りの女子がいたか?」

 

「いや、みんな中々よく育ってるなと」

 

「だよなー!」

 

 俺の言葉に3人も同調して盛り上がる。

 濃紺のスクール水着からすらりと伸びた四肢。瑞々しい肌は水と太陽の光を浴びて白く輝き、スクール水着とのコントラストは一種の芸術品のようにも思える。

 女性らしい膨らみと丸みを帯びたボディラインはほどよくエロく、そして眩いばかりの健康美を見せつけてくれていた。

 

「サンキュ。堪能したぜ」

 

「あれ、もういいのか?」

 

「このあと授業あるからその前にシャワー浴びたいんだよ。それと覗きもほどほどにしといた方がいいぜ。見つかったらこえーからな」

 

「分かってるよ」

 

 そう言いつつすぐさま覗きを再開する辺り業が深い。いやまあ健全に不健全してると言えなくもないんだが。

 正直俺としても後ろ髪が引かれる思いがないと言えば嘘になるしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、翌日。

 俺と覗きをしていた男子3人の姿は懲罰房の中にあった。無事に御用である。

 

「どうしてこうなった……」

 

「それは数分しか見てない俺のセリフだけどな」

 

「数分間だろうと覗きは覗きですからねー」

 

 時計がないから正確なところは分からないが、懲罰房に放り込まれて……たぶん2時間近く。

 俺達はお説教を食らってから反省文を書かされていた。

 説教を見舞いされ、こうして反省文を書いてるところを監視しているのは他ならぬ水無月風紀委員長その人である。

 

 ちなみにツープラトン説教の一角、氷川は水無月の隣でその名の通り氷のような冷たい視線で男子4人を見下している。

 あのプール授業、2人とも受けてたもんなぁ。そりゃそうなるわ。

 むしろいつも通り飄々としてる水無月の方がおかしい。

 

「とりあえず反省文は書き終わったんだが」

 

「そーですか」

 

「ではあとはそのまま2時間ほどそこで反省していてください」

 

 瞳だけじゃなく声まで冷たい氷川さん。

 出かかった「長くね?」という言葉は飲み込むことにした。んなこと言ったら確実に逆鱗に触れるからな。

 そんなこんなで俺達が解放されたのは2時間後。都合4時間も拘束されることになった。

 凝り固まった体をほぐすように背伸びをして、大きく息を吐く。

 

「覗きの罪は重いんだなぁ」

 

「アンタさんは廊下でなにをしみじみと呟いてんですか?」

 

「……人生の教訓?」

 

「バカなこと言ってねーでちょっと来てください」

 

 解放直後、水無月に声をかけられて大人しくついていく。

 連れてこられたのは風紀委員の部屋だった。

 

「な、なんであなたがここに!また覗きでもする気ですか!?」

 

 過剰な反応を見せる氷川。

 こいつの中で【俺=覗き】の方程式が出来上がってるらしい。()もありなん。

 

「真正面から来る覗きとか斬新だな」

 

「友人のよしみで言わせてもらうが、その……桐原、覗きは良くない」

 

 神凪が申し訳なさそうに言うが、それくらい知っとるわ。

 つーか覗きじゃないから。

 

「まーまー、2人とも落ち着いて」

 

「し、しかし……」

 

「とりあえず座ってください。1から説明しますんで」

 

 怒れる氷川と沈痛な神凪を宥めすかして水無月が事の経緯を説明し始める。

 と言っても大したことじゃない。今回匿名でたれ込みがあった男子生徒による覗き行為。その情報を持ち込んだのが俺だというだけの話だ。

 

「……すみません、話がよく分からないんですが……」

 

「そーか?」「そーですか?」

 

 俺と水無月のセリフが被る。

 

「そうです!」「そうですよ!」

 

 それに対する氷川と神凪のレスポンスも被った。

 

「彼が匿名で情報を持ち込んだのにどうして一緒に懲罰房行きだったんですか!?」

 

「だってそうしないと風紀委員にチクったの俺だってアイツらにバレるかもしれないじゃん」

 

「そーゆーことです。桐原さんは昨日、初めて現場に居合わせて彼らが覗き行為をしてるって知ったんです」

 

「……なるほど。その翌日に覗きがバレたとなれば……」

 

「真っ先に疑われるのは俺だわな」

 

 だからそうならないように水無月にお願いしてアイツらと一緒になって懲罰房に入った、というわけだ。

 ただでさえ男が少ない学園で同性にハブられたり恨みを買うとかはしたくない。

 しかしまさか4時間コースとは思わなかったけどな。容赦ないぜ。

 

「じゃあ今回罪状を伏せたのは……」

 

「さすがにかわいそーでしょ。無実なのに覗きのレッテルが貼られるのは」

 

「学園は生徒の8割が女性ですからね」

 

 女子全員に変態認定されて敵視された日には魔物との戦い以上に過酷な日々が待ち受けてるの間違いなしだ。

 

「マジで助かるその配慮」

 

「まーその代償としてキツめの懲罰になったのは勘弁してくだせー」

 

 ……ああ、4時間コースはそういうわけか。

 俺を気遣って罪状を明らかにしないとなると、他3人に対する懲罰が甘くなると判断した。だからその分、普段より重い懲罰になった、と。

 容赦ないどころか慈愛に満ちた采配だった。

 

「いや、むしろ感謝するところだ」

 

「そー言っていただけると。とゆーわけでですね、氷川と神凪も誤解を解いて今回のことは他言無用でおねげーしますよ」

 

「承知しました」

 

「……はい。その……桐原さん」

 

「あー……謝罪ならいらないからな」

 

「しかしそういうわけには……」

 

 怒っていた氷川が一転してしおらしくなる。

 俺を責めたことを気にしてるんだろうが、男子からの疑いの視線を逸らすためにこっちとしてもその反応をしてもらいたかった。

 

「氷川や神凪に非はないだろ。それに真偽を確かめるためとはいえ俺が覗いたのも事実ではあるし」

 

「そーいえば聞いてませんでしたが」

 

「なにをだ?」

 

「あの授業、ウチと氷川も出席してたんですが、見ました?」

 

「……」

 

 部屋の中の空気が一瞬停止した。会話の流れをぶった切っていきなりとんでもないこと聞いてくるんじゃねぇよ。

 だいたいそんな確認を取ってどうする気だ。

 

「いや、見てない」

 

「ほんとーですか?答えるのに少し間があったよーな……」

 

「見てないって。16歳組だっていうから同じクラスの奴がいるか確認しただけで……」

 

「リリィクラスの16歳というと智花もいるが」

 

 そーですね、いましたね。そして実際見ましたね。

 3人からの視線が痛い。

 

「……南本人にはどうか内密に」

 

「そ、そうか……いやまあ最初から告げ口する気はないから安心してくれ」

 

 感謝するところなのかもしれないが、逆に弱味を握られたように思っちゃうのは俺の心が汚れてるからか?

 まあ神凪ならそんなひどいことしないとは思うけど。巫女だし。

 

「おや、もうこんな時間ですか。そろそろ夕飯ですね」

 

「んじゃ俺は先に行くわ。こってり絞られたあとに風紀委員と一緒にいちゃ意味ないし」

 

「それもそーですね。ではまた」

 

「おー」

 

 水無月に負けず劣らずのおざなりな返答を残してそそくさと退出する。

 あー、疲れた。しかし余計なお世話だったかねぇ。

 覗きに遭遇したあの時、確かに誰かの視線を感じた。その正体は分からないが、そいつが風紀委員にタレコミしたら俺も含めてもっとキツい目に遭っていた可能性もなくはない。

 ……まああの視線が俺だけを監視してたなら話は変わってくるけど。

 

「さっさと飯食って寝よ」

 

 小難しいことを考えるのは止めだ。

 ちゃんと脳裏に焼き付いている水無月や南の水着姿を思い出すことで疲れを吹き飛ばしながら、学食に向けて歩き出した。

 

 

 

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