「もう一度お願い」
宍戸の指示に従って目の前の対象物にナイフを突き立てる。金属として相当の硬度を誇るはずのそれは、しかし容易くナイフの侵入を受け入れ、まるでバターでも切るかのように抵抗なくその形を変える。
場所は宍戸の研究室。本日は直死の魔眼のメカニズムを解析中だ。
目には半透明のゴーグル、頭にはヘルメット型の機器を取りつけ、なにかしらの反応を記録しているらしい。ちょろっと聞いてみたが専門用語が多い上に小難しい原理の説明をされたので理解は諦めた。
なんかこんな感じ、というかなりアバウトな把握のしかたである。
まあ俺が理解したところで結果が変わるわけでもないし、そういうのは専門の人間に任せてた方がいいだろう。
俺は宍戸の言いなりと化す所存だ。
時間にすれば30分ほど。何度か能力を使用し、その際の脳内の反応や眼球運動、魔素の働きなんかを計測していった。
「……今日はここまでね。お疲れさま」
「言うほど疲れてはないから大丈夫だ」
「能力の連続使用は負担になっていない、ということ?」
「少なくともこれくらいなら平気みたいだな」
「そう。確かに脳波や眼球の反応を見ても乱れは出ていないようね」
ディスプレイに映し出された心電図のようなグラフを見ながら宍戸がそう納得を示す。
あれが脳波かなんかのグラフか?
「それで何か分かったことはあったか?」
「それはこれから」
「まあさすがにそんな簡単な話じゃないか」
そもそも直死の魔眼は魔導科学って面からのアプローチでどうにかなるもんなんだろうか。走馬灯での記憶によれば超能力寄りの力っぽいんだけど。
この辺の話ができるようになったら教えた方がいいのかもしれない。
「失礼するぞー」
そんな声と共に研究室の扉が開かれる。そこから入ってきたのは中学生くらいのデコ出し少女だった。
その少女は宍戸を見るなりこんなことを言い出した。
「あ、いたいた宍戸。なんでも討伐隊が崩落で分断されたらしいぜ」
「……討伐隊が分断?どういうこと?」
「知らねーよ、アタシも。でもあの新しい生徒会のヤツが言ってたぜ。崩落で分断されたって」
「そんな情報はどこからも……待って」
言いかけて宍戸は端末を取り出す。
それを操作すると再び顔を上げて話し始めた。
「……今、エレンから連絡があったわ。洞窟内で大規模な振動。連絡は取れたけど虎千代が行方不明……崩落した岩盤の向こう側に取り残されている可能性があるわ」
「エレンって軍人だろ?なんでいるんだ?」
「国軍の手がいっぱいだからクエストの進行を監視しているの。だから彼女からの情報が1番早いはず。でも、
討伐隊が岩盤の崩落により洞窟内で分断されて、生きてはいるものの武田が行方不明。その情報が1番早いはずのルートとは違うところからもたらされたってことか。
2人の話を聞きながら現状を把握していく。したからって何か動くわけでもないが。
あからさまに朱鷺坂ってやつが怪しいけど、事態が事態だけにそれを詮索するよりも先にすることがある。
「それはひとまず置いとこうぜ」
「……そうね、まず彼女を助けないと。今、武田虎千代を失うのはまずい」
「じゃ、アタシもレスキュー要請しとくか。沙那ーっ!聞いてたなー!?」
少女がいきなり叫ぶ。
するとどこからともなくメイドさんが現れた。
「承知しております。今、初音様の権限で要請を済ませたところです」
「私も執行部にかけあってくるわ。桐原君、問診は後回しになってしまうけど」
「いいよ別に。それより俺は助けに行った方がいいのか?」
「……現場には学園外の目が多すぎる。あなたをあまり目立たせなくない」
つまり出番はないってことね。
まあ岩盤崩落した洞窟で人命救助とか経験ないし、行っても足手まといにしかならない可能性もある。なら武田の生還を祈って大人しくしとくわ。
宍戸はそう言い残して研究室から出て行った。残っててもすることないし俺も帰るか。
「なあなあ、アンタって噂の転校生だろ?魔力がめっちゃあるっていう」
と、思ったら少女が話しかけてきた。
「ああ。桐原修二だ、よろしく」
「アタシは
「
「あ、こちらこそ」
月宮さんが深々と頭を下げたので思わず俺も同じようにお辞儀をする。
ナチュラルにさん付けしてしまうほど月宮さんは大人っぽい女性だった。っていうか多分年上だよな?
あとめっちゃ美人。
「桐原はここで何してたんだ?」
「宍戸が俺の魔法に興味あるみたいでさ。どうも俺の魔法は普通の魔法とは違うらしい」
「どういうこと?」
「さあ?説明されたけど専門用語だらけでさっぱりだった」
「あー……」
なんとなく想像がついたのか神宮寺は納得したような声を出した。
こう言っておけばあれこれ詮索されることもないだろう。
「っていうかさっきレスキューの要請とか神宮寺の権限とか言ってけど何者なんだ?」
「あれ、知らない?これでもアタシJGJインダストリーのお嬢様なんだけど」
「JGJ……え、あのJGJ?家電とか魔導機とか作ってる?」
「そーそー。うちはグリモアのスポンサーだし軍事複合体企業でもあるからさ、こういう学園の緊急事態の時とかはレスキューを派遣したりするんだよ」
なるほどな。でかい会社だってのは知ってるけどそんなことまでやってるのか。
っていうか神宮寺ってマジのお嬢様じゃん。通りでメイドさんなんてものが付いてるわけだ。
「それに今回はお姉さまも討伐隊に入ってるからな。ってなわけでアタシ達も行くか!生徒会として!」
「レスキューチームに任せましょう。タイコンデロガが相手であれば……」
「大丈夫だって!副会長補佐としてただ見てるってわけには……」
神宮寺と月宮さんはそんな会話をしながら出て行った。そして研究室に1人取り残される俺。
……あれ、これ俺まで帰ったらここ無人になるけど平気なのか?宍戸のことだからそれなりのセキュリティーはしてるだろうけど、万が一があると俺にも責任が生まれたりしない?
気にし過ぎかもしれないが、俺はため息を吐いてソファーに横たわり、そのまま目を閉じた。
その後、研究室に戻ってきた宍戸になぜここで寝ているのかと問われ事情を説明したところ、別にそのまま無人になっても問題はないので大丈夫だと言われた。
それが昼寝を始めておよそ2時間後の出来事である。
で、明けて翌日。
昼間にたっぷり寝ても夜は悪夢にうなされるいつものルーティーンをこなした俺は、授業を終えて一層重くなったまぶたを擦りながら飲み物を買いに行くために中庭を歩いていた。
その途中、見知った後姿を発見する。
「もう1日経っちゃったじゃない……どうすんのよ……!」
その正体は往来で頭を抱えながら何事か呟く岸田だった。
割と挙動の変人感がすごい。眠気覚ましにちょうど良さそうだから絡むけど。
「よう岸田。どうしたんだ?」
「ぎゃーっ!ま、まだ何も言ってないわよ!言ってないからね!」
「なんだ?何かあったのか?」
「な、なんでもないなんでもない……言えないわよ、こんなの……」
その様子から岸田が挙動不審な理由に見当がつく。
周囲に聞こえないように声をひそめて聞いてみた。
「武田の件か?」
「な、なんでアンタがそれを!?」
「ちょうど研究室にいた時に宍戸に報告が入ってな」
岸田の方こそどこから情報を仕入れたのか分からないが、考えてみれば遊佐と同じ部活だ。あいつから岸田に情報が降りてきたんだろう。
遊佐が極秘情報を握っていたとしても「まあ遊佐だし」で終わる話でもある。
「2人とも、ちょっといいか?」
「あ、怜」
「どうかしたのか?」
「いきなりで済まないんだが
「ノエル?イヴ?どっち?」
冬樹っていうのは2人いるのか。俺はどっちの冬樹も知らんけど。
「イヴだ。これから風紀委員のミーティングでな」
神凪によるとデバイスにも反応がなく、しかし外出許可は出ていないから学園内にいるはずだ、ということらしい。
それたぶんサボりじゃねーかな。
「さあ、見てないわね。というか風紀委員でミーティング?中休みよね、今」
「緊急だ。次の彼女の授業は……ノエルに聞いてみるか」
「イヴのことノエルに聞いてもしょーがないでしょ。
「なるほど、ではそうしよう。助かった」
そう言って歩き出した神凪は数歩で足を止め、再びこっちに戻ってくる。
「
「えーと、それはリナちゃんに……リナちゃんの授業は……」
ぐっだぐだじゃねぇか。
「霧塚なら訓練室で実技の授業だぞ」
「なんでアンタが知ってんのよ?」
「俺、霧塚と同じクラス。というか俺もその授業出るから」
なんて話しつつ、俺はデバイスを取り出して霧塚本人に電話をかける。
相手はスリーコールで出た。
『も、もしもし。あの、何か……?』
「ちょっと人探ししててさ。冬樹イヴ?って子が今どこにいるか知らないか?」
『イヴさん、ですか?今の時間ならもしかすると図書室にいるかもしれません』
「図書室ね。サンキュー……ということらしいが」
「済まない、何から何まで」
「気にしない気にしない。緊急らしいし急いで探してきた方がいいんじゃないか?」
「そうしよう。ありがとう桐原」
今度こそ立ち去っていく神凪の背中を岸田と見送る。
「……アンタ、もしかして手が早い?」
「んなことねぇよ。クラスの女子で番号交換してるの南と霧塚、海老名に、あとは……」
「いや充分でしょそれ。アタシや怜とも交換してるし」
「そもそもここは男子が少ないんだからしょうがないだろ」
なんせ男女比が2:8だ。どうしたって女子の知り合いの方が多くなるんだよ。
そんなたらし疑惑をかけられるという一悶着もありつつ、岸田と別れて目的の飲み物を購入した俺は、まだ授業までの時間があったので一度教室に戻る。
そこで聞き捨てならない会話が耳に届いた。
「
「会長って武田虎千代の会長?」
「そうそう。クエスト中にいきなりドガガガガって!」
「なにが起きたか全然分かんないじゃん。つーか会長が行方不明ってあり得ないっしょ。あの人世界で何番目に強いとか言ってたじゃん」
マジかよ。武田ってそんなレベルで強いのか。
「いやまあそうなんだけど、あたしも聞いただけだからなぁ……でももう2日目の午後だぜ?クエストが成功しても失敗しても普通は昨日の内に戻ってくるじゃんか」
そんな話をしているのはクラスメイトの
洞窟が崩れたような話をしてることを考えると前者かね。普通なら魔物に負けたとか苦戦してるって発想の方が出そうなところだし。
でも今回の件に緘口令が敷かれてるっぽい理由が少し見えてきた。
武田は多分、この学園の象徴なんだろう。それは会長としてって意味だけじゃなく、その強さこそが何より学園にとって、学園生にとっての精神的な支柱なのかもしれない。
魔法使いは魔物との戦いを強制されるからな。生き死にが身近な分だけ、自分達を守ろうとしてくれる生徒会長がワールドクラスに強いってことは大きな支えになる。
そんな武田が行方不明となれば不安を感じる学生も増えるだろうな。それを避けたいのかもしれない。
なら武田が行方不明だって知ってる俺が取るべき行動は普段と変わらず過ごすことだ。「武田?大丈夫でしょ、強いし」とか言っとけばすぐにひょっこり帰ってくるさ。
実際、そんな感じで帰ってくると俺は本気で思っていた。
この時は、まだ。