風飛に降り立つは   作:晴貴

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11話 迫る危機

 

 

 武田がいない学園はどことなく活気がないというか、不安感に包まれているような空気が漂っていた。事情を知っているからそう感じるだけなのかもしれんけど。

 ただ時間を追うごとに武田が行方不明になっているという噂話がどんどん広まってきている。

 人の口に戸は立てられないってやつだな。

 

 そんな中で1日を終えて部屋に帰ってきた俺は特に何をするでもなくベッドの上でゴロゴロしていた。

 あまり心配はしていないとはいえこんな事態の最中に惰眠を貪るのも気が引ける。かといって今から訓練する気分にもならない。

 どーすっかなー、とうだうだしていた時だった。俺のデバイスが着信を報せる。

 

「風紀は乱してないけど」

 

『別にそんなことでいちいち電話したりしねーですから』

 

「んじゃなんのご用で?」

 

『今から生徒会室まで来てもらいてーんですけど』

 

「了解」

 

『……理由とか聞かねーんですか?』

 

「着いたら聞くわ」

 

 デバイスを切り、もう一度制服に袖を通して部屋を出る。

 このタイミングで生徒会室に呼び出しとは。なんとなく嫌な予感がしてきた。

 寮から生徒会室までは歩いておよそ10分。知らず知らずに足が早くなる。

 その程度で息が切れることはないが、夕暮れになっても未だ衰えない夏の暑さにジトッとした汗が滲み出る。それがまた不快だった。

 

 しかしそれに構うことなく生徒会室を目指す。流れる汗をワイシャツの袖口で大雑把に拭ってから扉をノックした。

 

「どーぞ」

 

 水無月の声を聞きながら扉を開く。

 中にいたのは水無月に宍戸、東雲と水瀬、そして……

 

「武田帰ってきてんじゃん」

 

 我らが生徒会長、武田虎千代の姿があった。

 いやまあ、あったのはいいんだが……。

 

「ああ、ついさっきな。心配をかけた」

 

「それはいいけどさ。無事だって生徒に伝えたらどうだ?」

 

 不安がっている生徒は多い。なのでそう提案したんだが、ただでさえ重かった空気がさらに重くなる。

 ああ、やっぱりそういう感じなのか。

 

「そーしたいところなんですがね。ちょっとそれどころではねーんですよ」

 

「俺がここに呼ばれたのもなんか関係あんの?」

 

「そーゆーことです」

 

「時間がない、手短に話そう。宍戸」

 

「小鯛山に多数のミスティックの出現が確認されたわ」

 

 武田に話を振られた宍戸がいつもの淡々とした口調でそう告げた。

 ミスティック――つまり霧の魔物だ。それが一気に、多数出現したとのこと。

 

「国軍が対応してくれるけど発生規模を考えるとどうしても漏れる。学園に出動要請が来るのは確実。生徒会も精鋭部隊も疲労している最悪のタイミングでね」

 

「それはつまり……」

 

「あなたが考えている通りよ。第7次侵攻が開始されるわ。おそらく今日の深夜から未明にかけて」

 

 今は午後4時を回ったところだ。

 早ければ時間にして約8時間後には霧の魔物との戦争に突入するわけだな。

 

「……なるほど、緊急事態だってことは分かった。それでどうして俺はここに呼ばれたんだ?」

 

「単刀直入に言おう。桐原、お前の強さを見込んで頼みがある。この第7次侵攻でアタシの代わりを務めて前線に立ってもらいたい」

 

「いいぞ。具体的には何をすればいい?」

 

 そう答えると生徒会室の空気が止まった。

 数秒の沈黙。それを破ったのは東雲だった。

 

「くっくっくっ、まさかそこまで即答するとはのう。なかなかに男らしいではないか」

 

「……ああ、さすがに驚いた」

 

「いやいやいや、待ってくだせー。あんたさん状況をちゃんと理解してます?」

 

「武田の代わりに霧の魔物を倒しまくれってことだろ。直死の魔眼は使えないんだよな?」

 

「ええ。この戦いでは誰がどこから見ているか分からない」

 

「つまり普通の魔法しか使えねーってことです。下手を打てば死にますよ」

 

「水無月は反対なのか?」

 

「当たり前です。魔法使いに覚醒してたった1ヵ月のあんたさんを死地に送り込むなんてとーてい賛成できません」

 

「この場に呼ぶのも反対しておったしな。強制させないために自分が話をするとまで言い張って電話したのにのう」

 

「即断即決してすまん」

 

「もー少し考えてから物を言うことをおすすめしますよ」

 

「ですが生徒会も精鋭部隊も満足に働けない今、風紀委員の皆さんには戦場を広くカバーしてもらわなければいけません。当然貴女にも。遊撃に戦力を割く余裕はないのでしょう?」

 

「それは分かっちゃいるんですがね。ウチには無理でも学園にはまだ生天目つかさも、東雲さんも、雪白(ゆきしろ)ましろもいます。わざわざ桐原を命の危険に晒す必要性はねーはずです」

 

「第7次侵攻が開始されればグリモアの生徒は総動員せざるを得ない。命の危険も、学外の組織に目をつけられる可能性も等しくある」

 

「その可能性をより高める必要はねーでしょうって話です」

 

 ……なんだろうこの構図。水無月が必死に俺が前線に出ることに反対してくれてるのか。

 それ自体は嬉しいんだが、それよりもずっと気になっていることがある。ぶっちゃけそっちの方が気になって話があんまり耳に入ってこないんだけど。

 

「なあ、ちょっといいか?」

 

「なんだ?」

 

「武田、お前何があった?」

 

「ずいぶんと抽象的な物の尋ね方だな」

 

「ならはっきり言うぞ。お前死にかけてるだろ」

 

「……どうしてそう思う?」

 

「死の線が濃い。どう見ても普通じゃねぇ」

 

 生徒会室に入って武田の姿を見た瞬間、直死の魔眼を発動していないにもかかわらずその体に色濃い死線と点が見て取れた。特に胸の辺りがほぼどす黒く染まっている。

 

「そうか。お前の目にはそういう使い方もあるのか」

 

「感心してる場合かよ。なんなんだそれ?」

 

「霧に侵された。それだけの話だよ」

 

 聞けば洞窟内に閉じ込められたままタイコンデロガ級という、通常よりもデカくて強い魔物と遭遇。それ自体は武田の敵ではなかったが、それを倒すために魔力を使い、倒した魔物が霧になって体内に侵入を許した、とのことだった。

 限られた空間内に霧が充満し、呼吸をする度にそれを取り込まざるを得ない。そして漂う霧から再び魔物が出現してそれを倒すためにまた魔力を使い、霧を取り込んでしまう。

 その結果がコレらしい。

 

「崩れた岩盤ごと吹っ飛ばせなかったのか?」

 

「可能だったが、討伐隊のメンバーの状況が分からなかったからな。あの状況で威力の高い魔法は使えなかった」

 

 どこまでも生徒想いな会長だった。

 その結果死にかけてるわけだが。

 

「……治るのか?」

 

「治すさ」

 

 ニッと笑って武田は言う。

 だがその傍に控える水瀬の沈痛な表情を見る限り助かる可能性が高いとは思えない。

 つまり状況的には生徒会長の、文字通り最期の頼み事というわけだ。転校してきたばかりの俺にずいぶんと重い使命を背負わせてくれるじゃねーの。

 

「1つだけ聞かせてくれ」

 

「なんだ?」

 

「さっき水無月が言ってたように学園には強い魔法使いが他にもいるんだろ?なのにどうして俺にそんな大役を任せようと思ったんだ?」

 

「……グリモアの生徒会長は総合的に見て最も強い者が選ばれる。だからアタシが退けば水無月が、と思っていた。桐原、お前と出会うまではな」

 

「俺に次の生徒会長になれっての?」

 

「いきなりとは言わないさ。まずは水無月が務めることになるだろう。だがアタシはお前の強さにグリモア学園の未来を見た。勝手な話なのは承知だがそれを託されてはくれないか?」

 

 確かになんとも身勝手な話だ。何が1番身勝手ってかって武田自身が生徒会長を辞める前提で話を進めているところだよ。

 

「答えは保留ってことで。今はとりあえず第7次侵攻をどうにかすることを考えようぜ」

 

「ふっ……それもそうだな」

 

「武田の代わりって言うけどさ、俺は指揮を取ったりはできないぞ?」

 

「その辺は風紀委員や精鋭部隊がやってくれる」

 

「というかやっぱり桐原は出るつもりなんですね」

 

「生徒会長から直々に頼まれたんだ。断れないだろ?」

 

 俺の身を案じて水無月が反対してくれたことは素直に感謝している。

 だがこの場の流れ的に、命短い武田が後進として俺を指名した形である。

 そこで「嫌っす」とは言えない。まあ元から言うつもりなんてないんだが。

 

 武田の命がかかっている。学園生の命がかかっている。市民の命がかかっている。

 俺の記憶の中の住人はそれを見逃せるほど他人に対して無関心にはなれない。魔法少女や正義の味方を名乗る英霊、超能力者の女子中学生が俺をしごきまくってるのは、こういう時に戦うためなんだろう。

 今も胸の内には正義感の炎がメラメラと燃え盛っている。俺、ちょっと前まではこんなキャラじゃなかったんだけどなぁ……。

 

 まあいいさ。まだまだ未熟とはいえ毎日毎晩夢の中でアホみたいにやられまくったおかげで霧の魔物と戦うだけの力はある。武田の命を救う為の手段にも心当たりがないわけじゃない。

 だったらやるしかない。今こそ睡眠不足の真価を発揮する時である。

 

「この学園で1番強いのが武田なら2番目は誰だ?」

 

「それは生天目つかさでしょーね」

 

「ああ、タイマンならアタシと互角だ。戦いに飢えていて単独でも魔物の大軍に突っ込んで行くから連携を取るのはほぼ不可能だが」

 

「それは大丈夫なのか?1人で突っ込んで死んだりしない?」

 

「対魔物で負けることはないだろう。魔力が切れても生還するだけの実力もあるし、優秀なサポートもついている。ただスタイルが近接戦闘だから物量のある相手だと抜かれやすいし防衛には向かないな。ヤツの気質的にも遊撃向きだ」

 

「何それ。No2なのに役割ほぼ固定じゃん」

 

「そこで高い実力と豊富な経験を持つ東雲さんや雪白さん、そして風紀委員の皆さんの出番ですわ」

 

「精鋭部隊も消耗はしているけど現場で前線指揮を取る程度なら問題ないと聞いている。エレンやメアリーは充分に戦えると言っていたわ」

 

「こうして聞いてると余裕そうな気がしてくるな。当然んなことはないんだろうけど」

 

「さすがに数が数じゃ。国連軍の働きにもよるが学園生のみで受け切るのは骨が折れる。死人を出さないことにこだわるならなおさらの」

 

「それでもやるしかねーんですけどね」

 

「……ちなみに今挙げた戦力と学園生だけでも余裕を持って受け切れる魔物の数は何割だ?」

 

「6割程度かしら。国軍が魔物を2割削り、こちらの連携と作戦が十全に決まってようやく互角ね」

 

 分かっちゃいたけどなかなかにシビアな数字だ。宍戸の言葉は高い確率で死人が出るって言ってるようなもんである。

 でもそれは、裏を返せば5割削ればなんとかなるってことだ。

 悪目立ちせずに、大量発生した魔物の半数を俺が倒せばいい。なあ、そうだろ?

 

 

 

 ――皮肉屋の英霊さんよ。

 

 

 


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