薫る草木の匂い。
芝生に包まれた場所で開眼する。
先程から瞼に日光がかかり、オレンジ色の景色しか見えていなかったので、いきなり見えた緑に驚きを隠せない。
すると、ふわりと頭を撫でる手。
そこにいたのは年端のいかないショートボブの少女。
「おーい!〇〇〇〇!何イチャイチャしてんのー?」
その時、声がした。
聞いたことのある声だった。少し、クセのある声だ。
「お、おーい!〇〇〇〇!」
またもや、声。今度は聞き取りやすい声。こちらも聞き覚えがある。
すると、唐突に生まれる羞恥心。
「〇〇〇〇ってもしかして〇〇〇のこと〇〇〇〇……ーー!?」
「ち、違ェよ!そんなんじゃねぇってば!」
ーー俺は立ち上がり、ショートボブの少女の膝枕から逃れる。
「だっ、誰がこんな〇〇〇〇……ーー!!」
ーーあの時俺はなんて言った?
そして、彼女は誰だ?懐かしい声の主たちは誰なんだ??
けれど、これだけは思い出した。
俺がその時吐いた言葉は的確に彼女を傷つけ、彼女を初めて悲しませたのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
草木薫る暖かな情景から一変。
俺は重い瞼を開ける。
カーテンから差し込む日光がわずかに部屋を照らす。
周りを見渡すと、いつもと変わらぬ多少散らかっている自室。
そのまま起き上がり、目覚まし時計を手に取る。
時刻は午前6時30分。
いつも通りの朝だ。
なぜか口周りがベタつき、妙な後味がするが、それはさておき。
サッとカーテンを開けた。
途端に、遮光されていた日光が俺の全身を照らす。
しかし……
「昨日、あの時……」
思い出す視界暗転前のワンシーン。
なぜあの時、あのタイミングで津島ちゃんが俺の部屋に?
…い、いやいや。
「いやいや……あ、あれは気のせいだろ!?だって、津島ちゃんが俺の部屋に入ってるわけが……」
『もういい』
そう言えばアレは一体どんな意味を含んだ言葉なのだろうか。
「カイザー!ごはんよー!」
そんなことは、飯を食いながらにでも考えるか。
『今日の運勢アンラッキーナンバーワンは水瓶座のアナタ!今まで慣れ親しんでいた友人から裏切られるかも!?ラッキーアイテムはテディベアです!』
「だってさ、カイザー」
「ワイドショーの占いを信じろって言われてもねぇ……ってか、大雨の天気予報が外れただけマシだ」
「あ、それ午後から降るらしいわよ」
「マジかよ…」
支度を済ませ、傘を持って玄関に立つ。
「あ、ほらカイザー。ラッキーアイテムのテディベア」
それは手のひらサイズのテディベアだった。
「いらねぇよ、母さん……」
「あら、本当に?」
「……分かった。持ってくから、それ貸して」
ぶっきらぼうにそういい、母の手から、熊のぬいぐるみをひったくった。
そこで、俺は違和感に気づいた。
「なぁ、母さん」
「ん?」
「いつもなら、うるさいアイツが呼びに来る時間帯だってのに、全然来ないよな……」
「もしかして善子ちゃんのこと?そういえば、来ないわね……風邪とかじゃない?」
「だといいけど」
「あら~?なんだかんだいって善子ちゃんのこと心配なのね~」
「うっさい!いってきますッ!!」
母から逃げるため、勢いよく外に出る。
「あ、コレどうしよ…」
俺は右手に持った、手のひらサイズのテディベアを見回す。
そして辺りを見渡し、誰もいないことを確認してから、胸ポケットにいれた。
丁度、顔だけが出るようにしてだ。
……すまんな。俺、こういう可愛らしいもんに弱いんだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
学校に行ってからも、今日は津島ちゃんを1度も見なかった。
やはり、今日は学校を休んだのか…?
よって、いつもうるさいくらいに構ってくる彼女がいないため、手持ち無沙汰になった俺は、図書室へと向かった。
他の友達と遊ぶ手もあったが、俺は1人で読書することを選んだのだ。
ガラリと戸を開ける。
外の天気がだんだんと、雲に覆われてきているのもあり、少し、図書室が殺風景に見えてしまう。
まぁ、俺以外に誰もいないから、殺風景なのには元々変わりないが。
「こんにちは~」
間延びした声が聞こえたので、横をちらりと見る。
そこには肩までかかる茶髪を持ち、本を読んでいる女生徒がいた。
図書委員か…?ま、いいや。
俺はそこまで愛想が良いヤツではないので、「あ、はい」と返事し、テキトーに本を探す。
と、いっても。
ーーやっぱり、高校の図書室には参考書とか文学作品しか置いてねぇのな。ラノベとかはねぇか。
だが、ここまで来て何も読まずに帰るのは、なんか嫌だ。
本棚から『芥川 龍之介』集を持ち出す。
パラパラとページをめくりながら、席に座った。
年季の入った黄ばんだ紙は形になぞったように、ある話へ導いた。
それは『羅生門』であった。
どこの国語の教科書にも乗っている、不朽の名作。
暇をもらった主人公の下人が、とある老婆に出会い、最後には闇へと堕ちていくという時代背景と共に暗い作品となっている。
そして俺はこれを読む時にいつも、なんともいえない感情になる。
一体、真の悪人は誰なのか。
飢餓に耐えるために、主人公に暇を与えた雇い主か、はたまた死人の髪の毛を抜いて鬘(かつら)を作ろうとした老婆、もしくは、最終的に闇に堕ちた主人公か。
気持ち悪い疑問は胸の中で混ざり合いしだいに……「あの~」
「え?」
「あ、すいません。物凄い顔で本を睨んでいたので、つい」
茶髪の女生徒に声をかけられるくらい俺は、この本に対して野蛮な視線を向けていたというのか。
「その本、嫌いなんですか?」
「いや…嫌ってわけじゃあないんですけど……俺、これを読む度に何とも言えない気になるんです」
「へぇ……あ、『羅生門』」
「えぇ」
「私はその話、というかそれに出てくる主人公好きですよ」
「そう…なんですか?」
「なんていうか……自分の置かれてる状況を理解しつつ、自らの強い正義の心を持つ故に葛藤した挙句、闇へと堕ちてゆく……だーくひーろーって感じでカッコイイず……です」
ダークヒーローのアクセントと、最後に妙な語尾が聞こえた気がするが、スルーしておこう。
まぁ、『羅生門』をそんな風に読む人もいるもんなんだな。
「参考にさせてもらいます」
そういい、俺は本を棚に戻しに行く。
「借りないんですか?」
「あ、はい。ちょっと、本を覗きに来ただけなんで」
「そうなんですか」
そこで会話が途切れた。
沈黙が室内に充満し、気まずくなる。
その空気から逃げるように俺は改めて、本を探し始めた。
それから5分後。
予鈴が鳴り、俺は教室へ戻った。
そして、その次の休み時間。
移動教室のため、教材をまとめて教室を後にしようとしていたとき、
「あ、あの」
と、先ほど聞いた声で俺を呼ぶ少女が1人。
振り返ると、やはりあの茶髪の女生徒だった。
そして、その手には見慣れた茶色い熊のぬいぐるみが……
「っ……!!?」
ーーおぃぃぃ!!それは俺のテディベアじゃん!!?なんでこの娘がもってんの!?
「こ、これ。図書室にありましたよ?」
どうやら単に俺が忘れていただけらしい。
礼を言いながら俺はそれを受け取った。
「それ……胸ポケットに入れるくらい好きなんですね?」
彼女の笑いと共に。
ーーミスったぁぁぁ!!あまりにもテディベアが馴染んでたから、胸ポケに入れてたこと忘れてたぁぁぁ!!!
だから、他の男友達から笑われてたのかよ……!
「ふ、ふぁい……」
完全に意気消沈し、頭を抱える。
「か、可愛い趣味だと思いますよ?」
「それ以上言わないで図書委員の人っ!泣きたくなるからっ!」
「あはは」
なんか津島ちゃん以外の女子とめっちゃ喋っちゃってるよ、俺。
あ、でもそーいえばこの人……
「えと……もしかして津島ちゃんと一緒のクラスですか?」
「え、はい。そうですけど。善子ちゃんに何か用ですか?」
「用ってほどでもないんですけど……アイツ今日やっぱり学校やすんでるのかなぁって思って」
「あ、善子ちゃんなら今日はお休みだそうですよ?」
「やっぱりか。……風邪ですかねぇ?」
「さぁ…?そこまではわからないです。すみません」
「あっ、いやいや。俺こそ急に変な質問してすみません」
お互いにペコペコと頭を下げ合う2人。
「善子ちゃんの心配をするってことは……知り合いか何かですか?」
「あ、はい。っていうかはっきりと言うと幼なじみですね」
「幼なじみ!?わ、私もなんですよっ」
「えぇ!?あなたも!?」
なんたる偶然。
津島ちゃんを共通点として、彼女のそれぞれの幼なじみがここに集うとは。
茶髪の図書委員の彼女が、朗らかに話しかけてきた。
「何かの縁でもあるんですかね?」
それに、俺も同様に朗らかに応じる。
「そうかもしれないですね」
「あ、そろそろ。授業始まりますよ?」
「あっ、やべっ!じゃ、じゃあ。また」
「あ、そうだ」
すると、急ぐ俺に彼女がにこやかに「お名前なんていうんですか?」と、聞いてきたので俺は、
「や、山田……コウテイです……」
「山田…コーテー?」
「だぁぁ!もぉお!山田っ!カイザーですっ!よろしくっ!!」
「え、カイザーくん?」
「は?」
「私だよぉ!花丸!」
「……へ?は?………えぇぇぇぇ!!??」
本日。午前11時。
俺氏、約10年ぶりに幼なじみと再開致す。