ヤンデレなんてロクなもんじゃねぇ   作:Re:クロバ

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第7話:消えるものと蘇るもの

ポロンポロンと澄み渡るピアノの音。

 

目を開けると俺は真っ白な空間に、自らの血で赤く染め上げた学ランを来て佇んでいた。

 

壁などは感じられず、ただただ広がる謎のこの空間。

 

殺風景で、虚無に包まれていて……しかし、どこか懐かしい。

 

それはピアノの音が聞こえてくるからだろうか。

 

俺は音源の方へ首を向ける。

 

そこにはこの空間と同じような白いピアノ。そして、それを白いドレスを着た年端もいかない幼女が演奏していた。

 

何かに惹かれるように自然と俺の足が前へと進み、彼女の傍らへと辿り着いた。

 

ーー何とも楽しそうに弾くものだ。

 

見ているこっちも元気が貰えるような演奏だった。

 

すると、彼女は演奏している手を止め、俺の方へ振り返りニコッと無邪気に笑う。

 

「ピアノ……好きなの?」

 

彼女が尋ねてきた。

 

「その……ご、ごめん。あんまりピアノに興味は無いんだ。……ただ、君の演奏が何か……こう……暖かいものを俺の胸にもたらしてくれた気がして…つい聞き入っちゃったんだ」

 

「それってまるでピアノが好きって言ってるようなものだよ?」

 

「え、そ、そうなの?」

 

「そうだよ」

 

口元に手をやり笑う幼女。

 

しかし、不思議だな。

 

ーーなんか……初対面な気がしねぇ。

 

このピアノを弾くときの笑顔が…なーんか引っかかるんだよな……

 

「ねぇ」

 

「なぁに?カイザー」

 

「いや…その曲の名前教えてほしいなって思っ…………ちょ、ちょっと待って!なんで俺の名前知ってんの!?」

 

「え、何を言ってるのカイザー?私たちは〇〇〇〇だからに決まってるでしょ?」

 

「な、なんて…?」

 

「だから!わた……お………だ……て………ーー」

 

彼女の声がだんだんと聞こえずらくなっていく。

 

ビシャビシャと水の音が俺の耳を遮るからだ。

 

ーーなんだよッ!こんな時に………って……

 

そう思いながら、何気なく下を見ると胸から零れ落ちる我が血液。

 

そしてその胸には『あのナイフ』が……

 

「ッ……ーー!!??」

 

声にならない悲鳴が込み上がる。

 

視界はチカチカと点滅し、次第に範囲が狭まっていく。

 

首筋には嫌な汗、この世の物とは思えないほどの嘔吐感。

 

目の前の女の子は心配し駆け寄ってくるが、それも気休めにはならないほど最悪な気分だ。

 

 

 

そしてーーーー

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

場面が変わる。

 

先ほどの感覚は消え失せ、視界も同時に晴れる。

 

すると、そこに広がるのは無限の闇、闇、闇。

しかし、一部分だけ黒ではない場があった。

 

こんな暗闇の中で、場に合わない先ほどのあの幼女のような純白のワンピース。

 

そして、肩にかかる髪はショートボブ。

 

ーー俺の記憶の中にかすかに存在するあの少女だった。

 

しかし、今回は何かが違った。

 

後ろで手を組み、こちらに背を向ける少女は俺の記憶にある姿とは異なっていた。

 

身長は俺と同じくらいで、あのゆったりとしたワンピースからでさえ分かる目を疑うような抜群のスタイル。

 

そんな容姿をしている癖して、すすり泣きの声が聞こえてくる。

 

また、これもいつもとは違うのだが。

 

いつも記憶の中の彼女の顔を覆っていた謎のベールが晴れ、髪型しか分かっていなかった彼女の髪色がやっと分かった。

 

それは日本ではありえないプラチナブロンドであった。

 

ーー……で、俺にどうしろと?

 

たった2人しかいないこの空間で彼女を泣き止ませることができるのは俺だけ。

 

けど、かつて俺が女の子を……それも同年代ぐらいの女の子を泣き止ませたことがあるだろうか?いや、ない。

 

そんな慰めスキル0の俺はとりあえず、声をかける。

 

「な、なぁ…?なんでお前は泣いてんだ…?」

 

そんな俺の頼りない声に導かれるように、彼女は振り返った。

 

泣いていたことにより、赤く晴らした眼。だが、そこには髪と同じ輝く金色(シャイニー)な眼があった。

 

なんだろう。なぜか懐かしいが、何かが引っかかる。

 

ていうか、こんなに顔の整った人知らねぇぞ?

 

彼女がこちらへ振り向いて、10秒経っただろうか。

 

俺の姿を上から下まで見回し、消え入りそうな声で確かにこう呟いた。

 

「か……いざー?」

 

頷く俺。すると彼女は先ほどとは打って変わり、目尻に涙を貯めながら、俺に抱きついてきた。

 

そんなことをしたら、俺の血がべっとりと付着するはずだが、そんなものはお構い無しに力強く抱擁してくる。

 

こんな摩訶不思議な状況なのに、色々当たる物にドギマギしながら俺はゆっくりと喋り出す。

 

「えと……なんで俺のこと……その……知ってんの?」

 

「え?い、今……なんて?」

 

「だ、だから、どうして俺を知ってるん?」

 

すると、途端に彼女は悲しそうな顔になった。

 

「〇〇のせいね。なんてーーーなことしてくれたの〇しら。せっかく、ーーーした〇〇にーーーー」

 

「は?」

 

「聞き取れなくって当然よ。だってカイザーが会話しているのは、アナタの記憶の中の私。つまり……」

 

「つまり……俺がアンタの言ってることを知りたくとも、そもそも記憶に存在しないことだから把握できないと?」

 

「そういうこと」

 

じゃあ、もしかして俺が今いる空間は……俺の(なか)

 

いや、それよりも……

 

「俺が今いるのが自分の中だとして……明らかにおかしいだろ。アンタ……何者だ?俺はアンタみたいな人は知らないぜ?」

 

「知らなくとも、見たことはあると思うの。私のこと」

 

「はぁ?見たこと?」

 

「そう」

 

「わっけわかんねぇよ……。ていうか、お前。なんで俺の記憶の中のショートボブの女の子と酷似してんだよ。まるでそのままおっきくなったみたいじゃないか」

 

「ふふ……」

 

俺の問いかけを彼女は含み笑いで受け流す。

 

「ねぇ」

 

「なんだよ」

 

「私のこと気になる?」

 

「多少は」

 

「じゃあ、明日おいでよ」

 

「……どこに」

 

「学校。そのどこかに私はいる」

 

「情報少ねぇな、オイ。つーか、俺多分死んだんだぜ?どうやって行けと?」

 

「ふふ……目を開ければ分かるわ」

 

「……食えねぇヤツ」

 

「よく〇〇ーー……」

 

「……で?俺はリアルでアンタに会った時、なんて声をかければいいんだ?ってか、名前は……って、知ってるわけねぇか」

 

「名前はどうにかして探して。そして、会った時にこう言うの」

 

 

 

「『勇気の合言葉』は?ってね☆」

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

目を開けると共に、咳き込む。

 

手で抑えるも、手のひらには生暖かい感触。血だ。

 

手首には針が刺さっており、そこから伸びたチューブが輸血パックへと繋がっていた。

 

身体に力は入らず、常に脱力状態。

 

周りを見ると、そこは清潔にされていた病室だった。

 

学ランのままベッドに横たわっているのを見る限り、着替えさせる暇もなく俺の手術は行われたのだろう。

 

その証拠に俺の血で染め上がり、イカしたワインレッド色になっているワイシャツは胸の部分だけ大きく裂けていた。

 

……まぁ、裂けていたのは手術だけが原因ではないが。

 

 

置き時計を確認する。

 

時刻は午前4時。デジタル時計のお陰で日付けも分かり、俺が刺された時から数時間しか経っていないことを時計は物語っていた。

 

俺は痛む体を無理に起こし、カーテンを開ける。

広がる光景は沼津。多分、地元の緊急病院だろう。

 

すると手に何かが触れた。カーテンの下には、俺の英雄がいた。

 

「はは……お前も満身創痍だな」

 

腹からはみ出た綿を戻してやり、俺の返り血で汚くなった頭を撫でる。

 

「それにしても……俺はどうやって助かった?つーか、誰が俺をここに?」

 

そうは言っても、誰が助けてくれたのかという手がかりは結局のところ得られなかった。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

午前5時頃になった時、俺はナースコールをした。

 

そこで、俺の傷の状態の報告、こんな短時間で目覚めた俺の驚異的な生命力に感嘆されたりなどした。

 

それからしばらくして、母親が駆けつけた。子供が殺傷されそうになったのにも関わらず、病院からの呼び出し電話に気付かず、のんびりと寝ていたらしい。

 

俺は相手が母であることを忘れ、ぶん殴りそうになったがギリギリ踏みとどまった。

 

やがて俺は、母親の手によって、そのまま学校に送られることになった。

 

病院側と、母からは必死に止められたが、『アイツ』と会うためになんとしてでも学校へ行きたかった。

 

念のため、病院からは松葉杖を手渡されたものの、使う気にはなれそうにない。

 

ーー車は揺れ、坂道を進む。

 

ヤベェ。いくら、縫ったといっても傷口に響く。

今、咳き込んだら体内の4分の1の血が出てしまいそうな気がする。もちろん気がするだけだけど。

 

早く到着してほしいものだ。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

時は進み、昼休み。

 

学校に着いてからは、色々大変だった。

 

まず、真紅に染まったワイシャツを母が持ってきてくれた新しいモノに着替えたり、一応、持参した松葉杖が早速男子のオモチャと化したので奪うために痛む全身にムチ打ったり、「いけるだろ~」的な楽観的思考で参加した体育の時間のドッヂボールで(俺だけ)リアルにデスマッチとなったり……

 

通常の3倍の疲労度を蓄積しながら俺は喧騒から逃げるように、杖を脇に抱えて外へ。

 

 

 

自販機があったので近寄る。財布を取り出し、中身を確認。

 

「はぁ……金欠かよ……悲しいなぁ」

 

ーーったく、どこかの誰かさんが俺に色んな物奢らせるから……

 

「なぁ?津島ちゃ……」

 

虚空に話しかけようとしていた俺は、身を固くして、杖を握りしめる。

 

俺の気分とは正反対の爽やかな風が、吹き抜ける。

 

この風と共に、このモヤモヤもどこかへ行けばいいのに。そう思わずにはいられなかった。

 

大きくため息をつき、初めて杖を突く。

 

なんだ……こっちの方が楽じゃん……

 

「つーか、あの後どうなった?」

 

俺は傷口を撫で、痛みを我慢しながら物思いにふける。

 

「津島ちゃんは誤ちを犯した。それは決して許されることじゃない。だから、アイツと再会した時……俺はアイツを警察に……」

 

ーー……できるのか?幼なじみを?

 

いや。

 

そういえば。幼なじみじゃなかったんだっけ……

 

「けどよ……『勇気の合言葉』を知らない……つまり俺が教えていないってことは、どういうことだ?俺の記憶の中には確かに幼少期の津島ちゃんの笑顔がある。俺は小さい時、気恥ずかしくって女の子に話しかけることができるようなヤツではなかった」

 

「それでも、津島ちゃんとのシーンが蘇るってことは、小さい時から交流があって、津島ちゃんだけには普通に接することができる……つまり、幼なじみってことなんじゃあないのか?」

 

でも……交流か。果たして俺の両親と津島ちゃんの両親は昔っから仲が良かったのか?

 

いや……待てよ。

 

「俺は……あのマンションに引っ越してから……ウチの両親がアイツの両親と喋っているところを……1度でも見たことがあるかッ!?」

 

答えは断じて、否。

 

仮にも仲が良いのであれば、しょっちゅうお茶会でも開くのでは?俺の母はそういうの好きだからな。

 

でも、それがない。

 

「仲……もしかして……良くないのか?ってか……アレ……?」

 

 

 

俺はなんで……津島ちゃんと仲良くなった経緯を思い出せないんだ?

いや、思い出せないと言うより……!!

 

 

 

「知らねェ」

 

 

 

そう言った瞬間、俺の中の何かが音を立てて崩れ去るのが分かった。

 

津島ちゃんの幼少期の笑顔。夏に一緒にアイスを食べたこと。中学校の運動会の時、借り物競争で『幼なじみ』と出たので恥ずかしながらゴールしたこと。夏コミ、冬コミで死にかけたこと。その他累々が何かに焼かれるように綺麗に消えていく。そして……

 

「ま、待てッ……!記憶(オレ)ッ!それだけは消すなッ!!!」

 

記憶を蝕んでいく理不尽な何かは、津島ちゃんとの1番大切な思い出までも消そうとしていた。

 

 

それは、一生仲良くしよう!という、餓鬼ような約束をした思い出。

 

 

彼女が俺の幼なじみでないことは分かってしまった。彼女が俺を殺そうとしたことも事実。

 

だがしかし……だけれども……そうではあっても………!!!

 

 

 

このちっぽけな優しい記憶だけは消えて欲しくなかった。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

あれから何分経ったのだろう。

 

とっくに始業ベルはなり、5時間目が始まった。

でも、俺は教室に戻れる気にならず、コンクリートに膝をつき、うずくまっていた。

 

授業中というだけあって、静寂に包まれる中で、俺の嗚咽だけが虚しく響いていた。

 

もう何故泣いているのか、何故喉を痛めながらも「消すなっつったろうが…」と呟いているのかも分からない。

 

でも、その衝動的な行動は一切止まってくれなかった。

 

多分、今、鏡で自分の顔を見たら眼が赤く腫れているのかもしれない。

 

それほどまでに涙を流した。

 

けれど、泣くままでは何も始まらない。

杖を使い何度もよろめきながら立ち上がり、袖で目を拭う。

 

後ろを見れば、眼下に広がる内浦の海。潮風が目に染みる。

 

 

 

俺は『津島ちゃん』という理解不能な単語を胸に抱き、そこを後にした。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

あの後、保健室に行き、怪我が痛む故に授業に出席出来なかったという嘘をでっちあげ、ただいま6時間目。

 

今日は月に1度の全校集会らしい。

 

周りに気を使ってもらいながら体育館に移動した。

 

壇上には校長、生活指導科の教師、生徒会長などが上がり、聞いててもつまらないような硬っ苦しい話を繰り出していた。

 

あ、そういえばダイヤのとこに行くの忘れたが、まぁいいだろう。

面倒くさいし。

 

そんなことを考えていると周りが頭を下げ、礼をしていた。

俺もそれに習う。

 

どうやら、理事長の話になるらしい。

 

まだこの苦行が続くのかと、忌々しく壇上を見やる……

 

そして、目を見開いた。

 

陽光を照り返す独特な髪型をしたブロンドの髪。そしてそれと同じような金色の瞳。男子一同が目を奪われる完璧な容姿に、スタイル。

 

 

 

『アイツ』だ。

 

 

 

「え~、皆さん。こんにちは。理事長の小原です。まずは……ーー」

 

マイクで拡張された声が聞こえ、『小原』と彼女が口にした瞬間だった。

 

「ッ……ーー!!??」

 

刺すような激しい頭痛がし、途端に吐き気を催した。

 

その場に倒れ込んだ俺を見て周りの教員が急いで俺を仰向けにした。

 

けれども、俺の耳には彼女の声しか入ってこない。

 

「ーーというわけです。ご協力してくださればマリーも助かります。あ、すみません。マリーって言っちゃいました」

 

お茶目な彼女のミスも去ることながら、余計に頭痛は増す。

 

 

 

 

「ま………りー……だとっ!?」

 

 

 

 

それを最後に視界は暗転した。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

薫る草木の匂い。

 

芝生に包まれた場所で開眼する。

 

先程から瞼に日光がかかり、オレンジ色の景色しか見えていなかったので、いきなり見えた緑に驚きを隠せない。

 

すると、ふわりと頭を撫でる手。

 

そこにいたのは年端のいかないショートボブの少女。

 

「おーい!カイザー!何イチャイチャしてんのー?」

 

その時、声がした。

 

聞いたことのある声だった。少し、クセのある声だ。

 

「お、おーい!カイザー!」

 

またもや、声。今度は聞き取りやすい声。こちらも聞き覚えがある。これは、あの頃のダイヤ。

 

すると、唐突に生まれる羞恥心。

 

「カイザーってもしかしてマリーのこと好きなの……ーー!?」

 

「ち、違ェよ!そんなんじゃねぇってば!」

 

ーー俺は立ち上がり、ショートボブの少女の膝枕から逃れる。

 

「だっ、誰がこんな〇〇〇〇……ーー!!」

 

ーーあの時俺はなんて言った?

そして、彼女は誰だ?懐かしい声の主たちは誰なんだ??

 

けれど、これだけは思い出した。

 

俺がその時吐いた言葉は的確に彼女を傷つけ、彼女を初めて悲しませたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カイザー……アナタは私の……」

 

 

 

よぉ。思い出したぜ。

 

小原 鞠莉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姉さん(マリー)

 

 

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