愛用していたパソコンが逝ってしまって、修理が思ってたより長引いてしまいました。
身体に宿っていた恐怖というタネは完全に消えたわけではない。寧ろ今もまだ自身の内に燻ぶっている。
しかし、先程までとは違い身体を支配していた震えは収まり、今は少しばかりの高揚感と歓喜に似た感情が強い割合を占めていた。
「翔馬、行ける…な?」
「はい!」
「無理はする…な。生き残ることを優先…しろ」
勿論だ。こんな所で死ぬ心算なんて微塵もない、
相手はレイピア使い……詳しくは知らないが確か突き主体の剣術だったはずだ。
そして最初に感じたプレッシャー、あいつは気当たりとか言ってたっけ? それから考えるに確実に練度はオレより上だろう。
だがしぐれさんは、オレに
「ふん、もういいのか?」
オレが武器を構えたのを見て問いかけてくるレイピア使い。
「あぁ、待たせたな。準備完了さ……」
「そうかね、……では参る!」
確認を終えるとレイピア使いはその手に持つレイピアを、自身の胸の位置に水平に構えそのまま大きく地面を蹴って突き出してきた。
――ざわ……
「くっ!」
その迫力に目を閉じてしまいそうになる。しかしそれと同時に感じた不快感によって咄嗟に身じろぎし、すんでの所で突きを躱す。
しぐれさんの言ったことを思い出せ。恐怖は味方、恐れるばかりではダメだ。ゆっくり……そうゆっくりで良いんだ。少しずつ自分の物にしていこう。
突き出されたレイピアはまた男の手元に戻り、第二波と呼ぶべき突きが繰り出された。
「…………っ!」
また身体が反応した。
しかし今度は逃げない。自分自身を信じて、この感覚に身を任せ相手を見据え動く。
――キンッ!
澄んだ音の後に金属同士が擦れ合う様な音が続く。
手元を見ると、右手の小太刀でレイピアをいなしていた。相手のレイピアが針の様に細かったのではなく細身ながらも剣の様な拵えだったことも幸いしたのだろう。今のオレではしぐれさんの様に点と点で攻撃を捉えることは出来ないのだから。
攻撃を防げたこの感覚を覚えておこう。きっとこの先も役に立つはずだ。
「ほう。確かに先程とは気構えが違うようだ」
面の上からでもわかるほど、レイピア使いは楽しそうに笑う。
しかし、一頻り笑った後、急に身に纏う雰囲気が一変し、鋭くこちらを睨むように続ける・
「それでこそ殺し甲斐があると言う物! 私も少し本気でやらせてもらおう」
身に着けているマントで今まではっきりと見えなかったが、どうやら背中側の腰だめにもう一本武器を備えていたらしい。
それを引き抜くと再び構える。右手に構えるレイピアは引き続きオレの喉元を狙うような角度で、地面に対し刃を平行にする様に持ち、取り出した新たな武器……あれはナイフ? それにしては刀身が長い気がする。しかも普通の意匠ではなく刀身の横に
奇しくも流派は全く異なるが、同じ二刀流の相手である。ナイフをどのように使うかは不明だが、わざわざ戦闘に不要な物を取り出す必要はない。レイピア使いの本来のスタイルはレイピアとナイフを使った二刀なのだろう。
「これかね? これは一般にダガーと呼ばれるものだ。まぁ私のは少し特殊ではあるが……どの様に使うかはこれからお見せしよう」
オレの視線に気づいたのか、取り出した武器の説明をするレイピア使い。流石に敵に詳細まで伝えるようなバカではない、結局わかったのはダガーという名称だけだが、あの形状……なにか嫌な予感がする。
レイピア使いの態度は先程までとは明らかに何かが違う。二刀になったことは明らかだが、先程は殆ど眼中に無かったオレを見据えている。まるでオレを一人の武人として見ている様なそんな気分にさせる気がした。
「ふん!」
今まで突きしかしてこなかったレイピア使いが、初めて腕を振りかぶってレイピアを振り下ろしてきた。
袈裟懸けに斬りかかってきたレイピアを小太刀で受け止め。鍔を使って自分の目線上から外す。
隙を作ったところで、左手の刀の峰で斬り上げる……が、
「ここだ!」
「っ!?」
待ったました、と言わんばかりの嬉々とした声で刀と自身の身体の間にダガーを滑り込ませた。
結果、見事に刀はダガーに絡め取られた。
その瞬間――
「がふっ!」
腹の辺りに衝撃を感じて、気が付いたときには数メートルほど吹っ飛ばされていた。
「げほっ、ごほっ!」
「まぁ主にこのように使う訳だが……」
少し含みのある風に語りかけるが、こっちは今それどころではない。
どうやらさっきの一合で刀を止められたと同時に蹴りを入れられたらしい。蹴られた箇所がズキズキと痛み、肺から吐き出された酸素を必死に取り込もうと大きく咳き込む。
「もう終わりなのかね?」
レイピア使いは一歩一歩、踏みしめる様にゆっくりと近づいて来る。発せられた問いかけからは、身体を心配すると言うよりも、単純に壊れた玩具を見る様な物足りないという感情が込められていた。
「まだ、まだ!」
少し咽ながらもこのまま寝ている訳にもいかず、痛む腹を抑えながら敵を見据え立ち上がる。
「そうこなくてはな!」
再び先程と同じように構えるレイピア使い。
落ち着け、焦っても仕方が無い。
一瞬のことではっきりとは判らなかったけど、何処も斬られてないってことは攻撃が防がれたと同時に蹴りでももらったのだろうか……。
あの刃を絡め取るような形状もこちらの動きを制限させるための物だろう。あれに捕らわれないようにするには受け止め難い突きをするのが有効だと思うんだけど、木刀のときならまだしも真剣でそれをやる勇気はない。
それに正直レイピア使いに突きで挑むのもあまり通用しない気がする。
「! ならこうだ!」
「むっ」
思いつきでいきなり実行するのもどうかと思うが、考えていても答えが出ないのでこの案で行くことにする。
両手の武器を順手に持ち替えて、身体を低く保ちながら相手に突貫する。
レイピア使いはまた、オレの太刀を返す心算なのか構えのまま動かない。
「ハァッ!」
自分の間合いに入ったところで 刀を右から左へやや切り上げ気味に一閃。
「甘い!」
振るった刀は読み通りといった風に、顔前に構えられたダガーによって防がれる。
しかし、読んでいたのはこちらも同じ、左手の刀が絡め取られる前に右手の小太刀をレイピア使いの持つダガーの持ち手を狙い打ち込む。
「っ!?」
寸分の狂い無く叩き込まれたその手は痛みに耐えられなかったのか持っていたダガーを取りこぼす。それと同時に防がれていたことで止まっていた左腕が自由を取り戻した。
レイピア使いの注意が一瞬左手に集中したこの隙を見逃すわけも無く、身体を一回転させ再び刀による遠心力を伴った一撃をレイピア使いの左わき腹にお見舞いする。
「ぐわぁぁ!」
綺麗に決まったその一撃を受けて身体を支えられなくなったのか、レイピア使いは真横に流される様に飛んでいった。
しかし、背中から地面に着地、とはならず飛ばされる途中で体勢を整え不恰好ながらも足から地面イ着く。だが勢いを殺しきれなかったのだろう、その証拠に足元に描かれた彼の足の跡がそれを物語っていた。
レイピア使いは己の武器を地面に突き立てながら立ち上がる。
ぜぇぜぇと息は荒く、地面に何か垂れている。仮面で口元ははっきりしないが恐らく彼の口元から垂れているのだろう。今のわき腹への一撃で内臓にダメージがあったと思われる。
「こ、小僧がぁ……」
「っ!?」
またレイピア使いからプレッシャーが放たれる。それに少しばかり身体を強張らせるが以前の様なことにはならず、ただ警戒心を強めるだけの結果に終わる。
その表情は窺えないが、声に怒気が込められていた。
「ブチ殺してくれる」
受けたダメージが抜けないのか、ふらふらと身体を揺らしながら武器を構える。
「…………」
ジッと構えたままこちらを見据えて動かない。
先程の怒り様からいって、そのまま怒りに身を任せて突っ込んでくると思ったが、意外に冷静なようだ。
レイピア使いは、じりじりと地を這うようなすり足で徐々にこちらへと距離を詰めて来ている。
オレは逸る気持ちを抑えながら、飛び出すタイミングを見極めるため重心を低くしてその時を待つ。気づけば先程受けた蹴りの痛みも気にならなくなっていた。
緊迫した雰囲気が二人の間に流れ、お互いが感じていた長い体感時間とは裏腹に、実際には一分も経たずして両者が動き出した。
「シッ!」
己の射程距離に入ったのだろう、レイピア使いは三度、その腕を伸ばしその手に持つレイピアを突き出してきた。
しかし、技の射程距離に入ったのはオレも同じ……。
「月影流――」
突き出されたレイピアを掻い潜り、技を叩き込むために肉薄する。
「――影、斬り!」
繰り出されたそれは、以前からもっともオレが使っている技を少し変化させた技だ。
木刀から真剣に変えたがために出た弊害、不用意に突きが使えなくなったのだ。散々戦っておいて言うのもおこがましいかもしれないが、やはり人を斬るのには抵抗があるのだ。
影突きと同じタイミングでかち上げるように放たれた一撃は、吸い込まれるようにレイピア使いの顎に命中する。
技本来の突進力に無防備な顎をかち上げたことも相まって、刀を振りぬいた先に見えたものは身体を仰け反らせながらも、衝撃によって飛ばされるレイピア使いの姿だった。
残心を取りながら視線をレイピア使いに向ける。
流石に峰とはいえ鉄の塊が顎にクリーンヒットしたのだ。手に伝わった感触から骨は砕けていないとは思うが、その衝撃は凄まじかったはずだ。
しかし、予想に反してレイピア使いは立ち上がった。
膝はガクガクとしていて覚束ない。まさに生まれたての小鹿と表せるように今にも崩れ落ちそうである。
「ははっ」
オレはその姿を見て思わず笑ってしまった。
その無様な姿を見てあざ笑っているわけではない。
その諦めない姿勢に感服したのと……単純にもっと戦いたかったからだ。
「いいね……」
あのような状態になってもレイピア使いはオレと戦ってくれる。
まだまだ終わりじゃない、ならばこちらも最大限の力を持って、お相手しようじゃないか!
左手の刀を正眼の位置に、それを前にして半身に構える。
レイピア使いは構えていない、また誘っているのか?
まあいいや。何か企んでいても、さっきみたいに打ち破ってやるさ。
そう結論付け、レイピア使いに突っ込む。
「ハァ!」
掛け声と共に刀を袈裟懸けに振り下ろす。それを防ぐでも避けるでもなく、只々見送るレイピア使い。
その様子に少しばかりの疑惑が過ぎるが、振り下ろした腕はもう止められない。そのままオレの放った太刀が叩き込むようにレイピア使いに襲い掛かる。
――キンッ!
やったと思ったその瞬間、澄んだ音と共に刀が止まり、いくら力を入れても前に進まなくなった。
「……翔馬」
「あれ、しぐれさん?」
どういう訳かオレの前にしぐれさんが割り込んできて、オレの放った一太刀を受け止めていた。
「ふんっ」
「おわっ!?」
オレの刀を受け止めていたしぐれさんが、その手の刀で払うと風を切る音と同時に無理やりその場から後退させらてしまう。
「何するんですか! というか危ないですよ、そいつまだ……」
「心配な…い」
オレの言葉に被せるように言い放ち、人差し指を立ててレイピア使いのおでこを二、三回つつく。するとレイピア使いはまるで糸の切れた人形のようにその場に倒れる。
「もう、終わって…る」
「え? あ、ほんとだ……」
何だ……この時間ももうおしまいか。楽しくなってきたのになぁ。
「…………」
「な、何ですか? そんなに見て、オレの顔に何か付いてます?」
パチンと刀を納刀したしぐれさんは、ゆっくりとした足取りで近づいてきて、唐突に言った。
「翔馬……その刀を渡し…て」
「え? 何でですか? しぐれさんがくれたんじゃないですか」
「いいから渡し…て」
若干語尾を強めながら手を差し出してきた。
何で急にそんなこと言うんだろう。しぐれさんの言っていることがいまいち理解出来ない、この刀はオレが貰った物だしこのままオレが持っていても別に良い筈だ。
「嫌です!」
「……そう」
断固としてオレが渡すのを拒むと、思いが通じたのか無表情ながらも何処無く諦めたような顔をして、差し出した手を引っ込める。
「仕方な…い」
「え?」
小さい声でよく聞き取れなかったが、何かを呟いたと思ったらその場から掻き消えるしぐれさん。
いきなりの事に驚いて状況に着いて行けない内に、後頭部に衝撃を感じて強烈な眠気と共に意識が闇に落ちた。
手刀で愛弟子の意識を刈り取ったしぐれはため息を一つ零す。
「……やはり…か。まぁ、こっちは……追々慣らそ…う」
カシャン! と音を立てて地面に落ちた刀を見て、しぐれの小さく呟いたその言葉は、この場にいる誰の耳にも留まることは無かった。
達人っぽいだけのやられ役……
次回の更新は、なるべく早くしたいと思いますが如何せん時間がない…
時間が余ると暇だ、する事がない、とか喚いている作者……何とも業が深いですね(笑)