ガラクタと呼ばれた少女達   作:湊音

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結局あの人を追い抜くことができなかった。

艦の頃から常に私達の先頭を走り続けたあの人。

姿形は変わってしまったけれど、あの人の背中を追いかけていると不思議と落ち着いた。

暗い海の上でもあの人を追いかけて行けば大丈夫なのだと艦の記憶が訴えてくる。

私はらしく無いなと湯船に口をつけてブクブクと泡を作って気を紛らわしてみる。

ふと、右肩に視線を移してみると何やら妙な生き物が気持ちよさそうに湯船に浸かっていた。

走りすぎて疲れているのかしら?

きっとそうだ、らしく無い事なんて考えているから幻覚を見てしまうのだ。

妙な生き物は何かこちらに訴えかけてきているようだったけど、私はそれを無視しようと心に強く誓った。


ちいさなかぞく(1)

「早く口を開けるデース!」

 

「……嫌だ」

 

 金剛はお粥が乗ったスプーンをこちらに向けたまま、じっと俺が口を開けるのを待っている。昨日倒れてしまったと聞いたが、それは寝不足が原因であって決して俺は病人と言う訳では無いと思う。

 

「往生際が悪いネー!」

 

「うるせぇ! 別に自分で食えるわ!」

 

 俺が怒鳴りつけると、金剛はスプーンに乗ったお粥を自分の口へと運びやがった。お粥の味に満足したのか、満面の笑みを浮かべるコイツがもの凄くむかつく。

 

「んー! やっぱり榛名の作ったお粥は美味しいデース!」

 

「てめぇが食ってどうするよ! それは俺のだろうが!」

 

 そう言ったは良いのだが、再び俺の目の前にお粥の乗ったスプーンが差し出される。絶対に嫌だという思いを視線に込めて金剛へと送るが、彼女はゆっくりと口を開けると再び自らの口にスプーンを運ぼうとする。

 

「……あー」

 

 流石にこれ以上文句を言っても食事にありつけないと諦め、情けなくも口を開けると金剛は笑顔で俺の口にスプーンを差し入れてくる。ほんのりと塩味の効いたお粥は確かに美味しいとは思う。

 

「やっと食べてくれマシター!」

 

「もう満足しただろ、スプーンを寄こせ」

 

 俺の要求に金剛は「まだまだお粥はありマース!」と土鍋いっぱいに作られたお粥をこちらに見せつけてくる。恐らくはこれを食いきるまでは俺を解放するつもりは無いのだろう。

 

「練習用とは言え今日から砲撃の訓練をするんだ、いつまでもお前と遊んでる時間は無い」

 

「教官は今日はお休みデスヨ、訓練の立ち合いは比叡と霧島がついているので安心して休んでもらいマス」

 

 朝から比叡達を見ていないと思ったが、俺の知らないところでそんな裏工作を行っていたとは。正直金剛は他の艦娘と違い頭が切れる分扱いに困る。

 

「リラックスした方が良いと私に教えてくれたのは教官デス、だから教官ももっと私達に頼ってくれても良いんデスヨ?」

 

「……夕方まで付き合ってやる、せめて書類仕事くらいは進めておかないと明日が辛くなる」

 

「それは妙高と榛名がやってくれていマスヨ、本当に教官の確認が必要な物だけは確認をしに来てくれるそうデス」

 

 本来であれば妙高には羽黒との時間を取ってやるつもりだったのだが、俺の都合で無理をさせてしまっているようだった。

 

「別に無理強いをした訳では無いデスヨ? 事情を説明したら快く引き受けてくれマシタ」

 

「……どうして考えてることが分かった?」

 

「私はずっと人の顔色を窺ってきましたカラネ、少しくらいなら表情を見れば考えている事が分かるんデスヨ」

 

 少し寂しそうな表情で伝えてくる金剛を見て、どう言葉を返したら良いのか悩んでしまう。

 

「これは私なりの恩返しデース! だから教官は気にせず甘えてくれても良いんダヨ?」

 

「恩を売ったつもりはない。 だけど仕事が無いならこうして休むのも軍人の仕事ってやつだな」

 

 金剛は再び笑みを浮かべると「素直じゃないデース」なんて言いながら残ったお粥を俺の口へと運んできた。俺が彼女に送った言葉『楽をする事を覚えろ』その言葉を俺自身が守れてない以上はいくら文句を言ってもコイツには勝てないだろう。

 

「なぁ、金剛は海上護衛って経験あるのか?」

 

「戦艦だった私にはあまり経験の無い任務デスネ、ただ多くの艦が犠牲になったと記憶してマス……」

 

 自分の覚えている限りの事を俺に説明してくれているようだった。俺は話を聞きながら今までの自分の考えの甘さを反省する。

 

「例えばデスガ、本来の彼女達の戦い方を考えれば常に相手の砲撃が当たらないように動き続ける事が定石デス。 でも守る対象が居る以上は無暗に動き回る訳にいきませんカラネ」

 

 魚雷が護衛対象へと向かっている場合、最悪装甲の薄い駆逐艦であっても自らその攻撃を受け止める必要がある。護衛任務である以上は守るべき対象が沈められた時点で作戦は失敗なのだから。

 

「生きていれば次があるとはよく言ったものデス、護衛艦には次があるかもしれませんが、失敗して沈んだ輸送船には次なんてありませんカラネ」

 

「金剛は艦の頃の記憶が結構あるみたいだけど、その……大丈夫なのか?」

 

 彼女の先ほどの話を聞く限り、ついこの間の出来事のようにスラスラと言葉を並べている。艦の頃の記憶が鮮明なのだろうが、その分失われた人としての記憶の欠落について心配してしまう。

 

「私達姉妹は他の子に比べると人の頃の記憶は残ってる方だと思いマス。 それでも艦の記憶がはっきりと思い出せるのはそれほど多くの経験をしたからデショウネ」

 

「今度呉鎮守府からここまで資材と艦娘が乗った艦を護衛する任務がある、金剛の意見を聞いてみたいんだが何かあるか?」

 

 俺の言葉に金剛はしばらく目を閉じて考えているようだった。急な相談で申し訳ないとは思ったが、これ以上俺1人で作戦を考えても良い案が思いつかないと判断した結果だった。

 

「正直に言っても良いのであれば、少し厳しいデスネ。 索敵機の使用ができるのであれば少しはマシにはなると思いマスガ……」

 

「深海棲艦が海の底から現れるなら、どのタイミングで遭遇してもこっちからしたら奇襲と変わんないしな……」

 

 事前に相手が襲ってくることが分かればまだ対応もできるのだが、どこから現れるかも分からない相手に常に気を配り続けなければならない。その状況は徐々に精神を疲弊させ、油断してしまえばそれこそ隊全体が危険に晒される恐れがある。

 

「索敵を行うメンバーと護衛するメンバーの2つを用意してみるのはどうデショウカ?」

 

「それも考えたが、どう考えても資材が足りない。 もう少し他から支援を受けられるのであれば現実的だとは思うんだけどな」

 

 動かせる艦娘は良くて6人。仮に3人ずつで役割分担を行うとしてもどちらも中途半端になってしまう事は明白だった。

 

「私達艦娘は戦闘に集中、索敵はその他で行う。これが理想デスガ……」

 

 彼女達が艦の姿だった頃には1つの艦に何百人という軍人が役割を分担して行っていたと金剛は教えてくれた、それこそ砲撃を行うにしても装填、砲撃、観測と様々な役割分担を行う必要がある。艦娘となってからはそれを1人で行う必要があるためどうしてもどれも中途半端になってしまうらしい。

 

「逆に考えれば何か補助的な装置があれば上手く機能するって事なんだよなぁ……」

 

 俺はベッドに横になると天井を見上げる。彼女達の代わりにある程度の情報を管理する方法、それが実現可能なのであれば彼女達は欠陥兵器などと呼ばれることは無くなるのだろう───。

 

 

 

 

「なかなか当たらないのです!」

 

「これは難しいな」

 

 今日から砲撃の訓練を行うと聞いた時には姉妹全員で喜んだけれど、実際に海に出て浮かんでいる的を狙ってもまったく当てる事ができない。昨日は妹達に情けない姿を見せてしまったからには、今日は良い所を見せたかった。

 

「ねぇ、霧島さん? 何か上手く当てる方法とか無いの?」

 

 私は桟橋で私達の砲撃回数と当たった回数をメモしている霧島さんにそれとなくアドバイスを求めてみる。

 

「そうですね。 的との距離、相手と自分の移動速度、風、温度や湿度、距離が遠いのであれば地球の自転や重力を計算すると良いと思います」

 

 霧島さんは眼鏡を持ち上げて当たり前のように訳の分からない事を教えてくれたのだけど、霧島さんはできるのかと質問してみたら「できませんが」と真顔で言われてしまった。

 

「何か良い方法は無いのかしら……」

 

「何よ、暁は練習しないの?」

 

 私が何か良い案が浮かばないかと考えていると雷がこちらに近づいて来た。

 

「雷はどうだったの?」

 

「聞いて驚きなさい! 雷様はちゃんと当てたわよ!」

 

「何回撃ったの?」

 

「……20回くらいかなぁ?」

 

 逆に言うと19回以上外しているという事だと思うと決して褒められた成果では無いと思う。やはり1人前のレディであれば最低でも2回に1回、いや3回に1回は当てたいところだろう。

 

「暁も休憩ばかりしてると、また川内型のみんなに叱られちゃうわよ?」

 

 雷はそう言って再び響達と混ざって的に砲口を向けていた。

 

(今更勉強したって仕方が無いわよね……)

 

 私はこの基地で習ったことを思い出してみる、と言ってもまともに教えてくれた人なんて教官と神通さんくらいなのだけれど。

 

(近づけば当てる事はできる……、でも確実に当てる事ができるのであれば魚雷の方が良いかしら?)

 

 私は腰につけられた魚雷を撫でてみる。冷たい鉄の感触が少し気持ち良い気がする、でもこれは神通さんが言っていたように私達駆逐艦にとって最後の切り札だという事を思い出してそれだけに頼るべきでは無いと考え直す。

 

(やっぱりいっぱい練習していっぱい勉強するしか無いのかしら?)

 

 今度は右手に握られている連装砲を撫でてみると、何やら柔らかい感触を感じた。なんだろう?私の連装砲ってこんなに柔らかかったかしら?そう思って視線を向けてみると、不思議な生き物と目が合ってしまった。

 

「ぴ、ぴゃぁ!?」

 

「ど、どうしたのです!?」

 

「なんだい?クラゲにでも刺されたのかい?」

 

 突然の事で自分でも驚くような変な声が出てしまった。焦って咄嗟に隠してしまったけれど、確かに私の手には先ほどの小さな人形が握られている。

 

「あ、あなた誰なの……?」

 

 私は勇気を出して話しかけてみるけど、人形は話せないのか私の手から逃げ出そうと必死でジタバタしていた。

 

「こ、ここが良いの……?」

 

 さっき居たと思う位置に人形を乗せてあげると、人形はどこか誇ったような顔をして私の事を見つめてくる。何か言われた訳では無いのだけど、この子はこの場所がぴったりな気がする。

 

「……的の少し右に少しずらして構える?」

 

 突然頭に浮かんだ言葉を口にしてみると人形は自信ありげに胸を張って何度も頷いている。私はそれに従うように的の少し右側を狙ってみる。

 

「もう少し上? しっかり腕を伸ばせ? 何よ、注文が多いわね」

 

 それでもその行動が正しいと私の身体も認めてみるようだった。大きく深呼吸をすると連装砲の引き金を引く。連装砲から飛び出した弾は真直ぐ的に向かって飛んで行き、的の真ん中に赤いペイントが付いた。

 

「い、今の暁が撃ったの……?」

 

「すごい、真ん中だね」

 

「すごいのです! どうやったのか教えて欲しいのです!」

 

 正直自分でも良く分からない、それでも妹達から向けられる尊敬の眼差しは決して悪い物ではない。

 

「一人前のレディなんだからこれくらい余裕よ!」

 

 連装砲の上で人形が何か文句を言いたそうな表情でこちらに訴えかけてきている。なんだかズルしているみたいで胸の辺りが苦しくなってきた。

 

「じ、実はね……」

 

 私は妹達を集めると、人形が教えてくれたと説明してみたのだけど今度は妹達からとても冷たい視線を向けられてしまった。正直に話したのにどうしてこんな扱いをされてしまうのだろう?

 

「なんだか可愛いのです!」

 

「可愛い……のかな?」

 

「あんまり可愛くは無いかしら……?」

 

 電は人形を気に入ったようだったけど、他の2人はあまり可愛いとは思わなかったらしい。

 

「暁、ちょっと私にもその子を貸してくれないかな?」

 

 響はそう言って人形に手を伸ばしたけど、人形は手から逃げるように私の身体をよじ登ってきた。

 

「む、逃げられてしまった」

 

「響ちゃんは嫌われてしまったのです!」

 

「とりあえず阿武隈さんや霧島さんにも聞いてみたらどうかしら?」

 

 雷の言葉に私は賛成すると、桟橋に戻って2人に話しかけてみた。

 

「阿武隈さん、霧島さん、ちょっと聞きたい事があるのだけど……」

 

「何でしょう?」

 

 霧島さんは何やらメモに書かれた内容をまとめるのに忙しいのか、阿武隈さんだけが私達に近づいて来た。

 

「この子なんだけど……」

 

 人形を手に乗せて阿武隈さんに見せてみると、人形は何やら阿武隈さんに向けて敬礼をしているようだった。

 

「あたしちょっと疲れてるのかなぁって……」

 

「大丈夫、私達にも見えてるよ」

 

 何やら不思議な生き物を認めたくないのか、現実逃避を行おうとした阿武隈さんを響が引き留める。

 

「この子の言う通りに撃ったら的に当たったの」

 

「……それは本当ですか?」

 

 私の言葉に阿武隈さんは真剣な表情になってしまった、この人はどこか抜けていると思うのだけれど、時々神通さん達と同じような感覚になる事がある。

 

「もう1度やって見せてもらっても良いですか?」

 

「良いわよ、人形さんお願いね」

 

 私は再び的に向かって連装砲を構えると人形からの言葉を待つ。

 

「次はちょっと左? 波が高いから大きく沈み込んだタイミングで……」

 

「暁ちゃん誰とお話してるのです?

 

「ちょっと怖いわよ……?」

 

 この声は私にしか聞こえないのだろうか?妙な心配をしてくる妹達を無視して人形からの指示に従う。

 

(波の沈むタイミングで……)

 

 私は波で揺られる身体でリズムを取りながら、一番沈んだと思うタイミングで連装砲の引き金を引いた。

 

「当たったのです……」

 

「すごいわね……」

 

「……スパシーバ」

 

「あたしには何も聞こえなかったけど、暁ちゃんは何か聞こえたの?」

 

 聞こえたという訳では無いのだけど、なんとなく人形がそう言っているような気がする。だけど、それを阿武隈さんや妹達に説明しても難しい顔をするだけで分かってもらえなかった。

 

「教官にも1度話した方が良いかなぁ……?」

 

 阿武隈さんが人形へと手を伸ばすと、人形は阿武隈さんの手に飛び移ってしまった。それを見た響が羨ましそうな顔をしている。

 

「あ、阿武隈さんの艤装の上にも居るのです!」

 

「えっ、やだ! 登って来てる!?」

 

 阿武隈さんの艤装の上に現れた人形は阿武隈さんの脇腹をよじ登ると、私の人形に敬礼をした。私の人形はその敬礼を受けて何やら涙を流しながら敬礼を返している。

 

「感動の再会ってやつなのかしら……?」

 

 雷のせいで何やら微妙な雰囲気になってしまった。確かにそうとも見えるのだけど、私にはなんだかよく分からない不思議な光景にしか見えない。

 

「あ、あたし的にはNGかなぁって……」

 

 阿武隈さんは自分の手の上で行われている妙なやり取りにとても複雑そうな顔をしているようだった。それからしばらくの間人形同士のやり取りを見ていたのだけど、私の人形が私の艤装へと飛び移ってきた事で我に返った。

 

「阿武隈さんも的を狙ってみるのはどうだろう? 暁のと同じなら何か聞こえるかもしれないよ」

 

「そうね、響の言う通りかも」

 

 私達は期待を込めた眼差しで単装砲を構えた阿武隈さんを見守る。何やらぶつぶつと呟きながら微調整をしているようだったけど、私の時もこんな感じだったのかしら?照準が決まったのか阿武隈さんはゆっくりと深呼吸をすると、的に向けて砲撃を行った。

 

「当たったのです!」

 

「阿武隈さんも何か聞こえたのかしら?」

 

「私は何も聞こえなかったよ」

 

 阿武隈さんは私達にどう説明しようか悩んでいるようだった、さっきの私もそうだったけど、声が聞こえる訳では無い。なんとなく人形がそう言っているような気がするだけなのだから。

 

「直接声が聞こえたってより、なんとなく伝えたいことが分かるって感じかなぁ……?」

 

「そうね、私もそんな感じだったわよ」

 

 私と阿武隈さんのやり取りを妹達が羨ましそうに見ている。どうして私達にだけ人形が出てきたのかは分からないけど、人形のおかげで的に当てる事ができた以上はさっきから練習していた妹達には羨ましくて仕方が無いのだろう。

 

「やっぱり教官に相談してみようかしら?」

 

「それが良いかなぁ、もしこの子みたいなのが響ちゃんや雷ちゃん達にも居るのならいずれ必要になるかもだし……」

 

 私達は1度訓練を終えると、教官の居る執務室へと向かった───。

 


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