俺のやっている事は間違いなくアイツ等を裏切っている。
言われた通りに教官の事を監視して
この基地での出来事を記録して
俺はその内容をあの男に伝えている。
教官が良い奴なのは俺の直感が告げている。
だから俺も他の奴等みたいに一緒に笑いあって、海の上を走りたい。
でもダメなんだ、だって俺はアイツのお姉さんなんだから。
情けない姉かもしれないけど、俺がアイツにできる事なんてこれくらいなんだから。
「ねぇ、教官? 私の話聞いてるの?」
俺は訓練を切り上げてきた暁達の説明を聞いたが、未だに信じる事ができない。突然小人が現れて砲撃に関する計算を行ってくれたとでも言うのだろうか。
「もー! レディを無視するなんてどうかと思うわよ!」
あまりに自分達に都合が良すぎて、何か裏があるようなそんな不安に襲われる。先ほどまで一緒に次の海上護衛について話し合っていた金剛は前向きに捉えているようだが、俺にはどうしても信じられない理由が1つだけあった。
「オー! なかなかプリティーな生き物ネー!」
「金剛さんは電と似た感覚なのかしらね!」
暁は金剛に手の上を見せようと必死で背伸びをしているようだが、その光景はなかなかに微笑ましい。
「教官はどうデスカー?」
「あ、あぁ。 可愛いんじゃないか?」
「あら、教官もこの人形を可愛いと思うのね」
場の空気を悪くしないために適当に賛同してみたが、俺には暁の手の上に存在するであろう生き物が『見えていない』だからこそ信じる事もできないのだが、彼女達がこのような意味の分からない嘘を俺に伝えてくるとは思えなかった。
(信憑性は半々って所か、見えない生き物は信用できないが、暁や金剛の話を疑う訳でも無いか……)
自分が見えていない以上は彼女達艦娘にしか見えないのだろうか?前任が残した資料にはそのような事は一切書かれていない。
「その人形は暁と阿武隈にしか居ないのか?」
「そうよ、響なんかは人形さんに嫌われちゃってたもの」
「私も欲しいデース! どうやったら出てくるのデスカ?」
金剛の質問は俺も気にしていた事だった、もし本当に有用なのであれば彼女達全員がその力を借りた方が良いと思う。
「私の時は気が付いたら連装砲の上に居たし、阿武隈さんも気が付いたら艤装の上に居たみたいだし……」
「どっちも曖昧デース……」
「確かにそうだな、他に人形が出てきた子が居ないか探してみるとしよう。 暁は訓練に戻っても良いぞ」
「もう! 折角教えに来てあげたのに冷たくない? ぷんすか!」
「あぁ、悪かった悪かった」
拗ねてしまった暁の頭を撫でてやると、少女は満足そうに笑みを浮かべると「頑張ってくるわね」と一言残して執務室から出て行ってしまった。
「……どう思う?」
「エエ、暁の話が本当なら次の作戦もグッドな方向に進みマース」
金剛は俺の質問を次の任務に使えるかどうかと判断したらしいが、足りなかったピースが見つかった事は俺も理解している。今重要なのはその数を増やす方法だった。
「オー、申し訳有りまセン。 どうやったら人形が現れるかの方デシタカ」
俺は金剛の言葉に黙って頷く。例え強力な兵器があったとしてもそれ1つで戦況が変わるほど楽な任務じゃないのは先ほどまで話していた通りだった。
「練度……では無いデショウネ。 そうであれば同じ訓練をしていた他の子には現れていない事に説明が付きマセン」
「練度に個人差があるのかもしれないがな、どっちにしても少し他の子にも聞いてみようか」
俺と金剛は執務室を出ると、まずは食堂へと向かった。昼は過ぎてしまっているがまだ誰か残っていると相談した結果だった。
「妙高姉妹が居たか、佐世保でどうだったか聞くには丁度いいかもしれないな」
「イエース! なんだか美味しそうな匂いもシマース!」
4人で何かを囲んで食べているようだったが、金剛の言う通りなんだか良い匂いが漂ってきている。
「よぉ、何してんだ?」
「ご、ごめんなさい! その……、お菓子を……」
「こっちの基地は良いわねぇ、向こうじゃまっずい乾パンくらいしか食べれなかったわよ?」
「足柄の言う通りだな、望むものが食べられるというだけでもここに残る理由になりそうだ」
上から覗き込むと大皿の上に様々な形のクッキーが並べられていた。これは羽黒が作ったのだろうか?
「よ、宜しければお1つどうでしょうか……?」
俺は羽黒に進められて星形のクッキーを1つ口に含むと、砂糖とは違うあっさりとした甘さが口の中に広がった。
「美味い……。 あまり甘いものは好きじゃないが、これは素直に美味いと思う」
俺の言葉に姉達が教えてくれたと笑顔で語る羽黒を見ていると、佐世保で無茶をした甲斐があったと改めて実感できる。
「これは練習で作ってみただけなので、もっと沢山焼いたら教官さんにもお届けしますね!」
「あら~? 羽黒も私達が居ないうちに大胆になったものねぇ?」
「こら、足柄。 あまり妹の恋愛事情を茶化すものではありませんよ」
羽黒が顔を真っ赤にしているのを、妙高や那智、足柄は笑顔で見守っていた。恐らく羽黒にそのようなつもりは無かったのだろうが、予期せぬ言葉に変に意識してしまったのだろう。
「……どうやら私は疲れているのかもしれないな」
クッキーに手を伸ばした那智が眉間を摘まんだまま天井を見上げた。必要なら入渠してもらっても構わないと伝えてみたが、全員がクッキーの乗った大皿を見たまま固まってしまっているようだった。
「これは……何でしょうか?」
「いや、俺に振られても分からないな」
一体何があったのだろうか?俺も彼女達と同じようにクッキーを見つめてみるが、特に違和感は感じない。
「人形さんデスネ……。 これは誰の人形なのでショウカ?」
金剛が呟くと、彼女達の視線はクッキーからゆっくりと羽黒へと移動していく。どうやら俺には見えていないが、ここにも噂の人形が現れたのだろう。
「き、危険な生き物とかじゃないですよね……?」
「クッキーを齧ってたし、歯はありそうね。 嚙まれないようにね?」
羽黒の視線から察するに人形は今彼女の肩に登ったのだろうか?そして足柄の言葉に羽黒は恐怖で動かなくなってしまった。
「まだ暫定ですが、私が説明しマース!」
金剛は先ほど暁から聞いた内容を噛み砕いて妙高姉妹に説明している。俺も黙ってそれを聞いているが、本当に羽黒の元にやってきた人形であれば訓練をさせていない以上は連続で現れるという線は無いと考えても良いだろう。
「なるほど、是非私も欲しいな」
「そうねぇ、めんどくさい事考えなくても良いってのは魅力的ね」
「射撃精度以外にも何か応用が利くのでしょうか?」
長女だからなのだろうか、妙高も金剛に近いモノを感じる。金剛は砲撃に関してしか説明していなかったはずだが、それを他に応用しようという発想は良い線をついていると思う。
「これで暁、阿武隈、羽黒デスカ。 共通点がみつかりマセンネ……」
「練度じゃ無い、艦種でも無い、性格って線なら近いモノはある気がするけど違う気がするな」
騒いでいる妙高姉妹を置いて、俺と金剛は食堂を出て宿舎へと並んで歩く。考えれば考えるほど分からなくなってきてしまう。もっと単純に考えた方が良いのだろうか?
「ん? 時雨に山城か、何してるんだ?」
「あぁ、湊教官じゃないか。 山城がね、放っておくとずっと部屋の中でイジイジしちゃうんだ、だから少しは陽の光を浴びた方が良いよって連れ出してみたんだ」
「まったく、良い迷惑よ。 向こうじゃ基本的に自室待機だったからその癖がついてるだけよ」
山城は愚痴っぽく言っているようだが、表情を見る限り喜んでいる事を隠しきれていないようだった。
「なぁ、時雨は動く人形について何か知らないか?」
「やだ、その歳で人形遊びしてるの? まったく変な人に拾われて不幸だわ……」
「人形……? そうだ! 湊教官ちょっと待ってて!」
宿舎に走って行った時雨の後ろ姿を見送ると。残された俺達は微妙な雰囲気に包まれてしまう。山城に関しては俺の事を盛大に勘違いしているような気もする。
「女の子に臭いって言うし、人形遊びが好きな変人だけど、その……感謝してるわ」
「急にどうした?」
金剛は何かを察したのか、妙にむかつく表情をしたまま俺と山城を交互に見ていた。
「時雨よ……。 あの子が元気そうで良かった、それだけよ」
「あれは山城が来てくれたからだろ、以前よりも幼くなったような気がするしな」
山城は俺の返答に大きな溜息をついてしまった。俺は何か間違った事を言ってしまったのだろうか?
「まったく、四六時中アンタの話を聞かされる私の身にもなって欲しいものだわ……」
「ん? 悪口でも聞かされてるのか?」
「教官はもう少し色々勉強した方が良いデース……」
今度は山城と金剛の2人に大きな溜息をつかれてしまった。いや、なんで俺が間違っているみたいな雰囲気になってしまうのだろう、
「湊教官の探してる人形ってこれかな?」
戻ってきた時雨は俺に見えるように両手を伸ばしてくる。俺はそれを見て「時雨って生命線長いんだな」なんてまったく関係ない事を考えてしまう。
「何よそれ……、なんだか気持ち悪い人形ね」
「ソレデース!」
どうやら暁達と同じ人形を時雨も持っていたらしい。これで4人目だし、少しは共通点が見えてきても良いのだが……。
「なぁ、時雨。 その人形が出てきた時って何をしてたか覚えてるか?」
「走った後に湊教官と入渠して……、朝起きたらこっちを見てたって感じかな」
「ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえたわね」
「ヘーイ! 教官にはいろいろと聞きたい事がありマース!」
金剛と山城が俺に詰め寄ってくる。山城に至っては俺の脇腹をかなりの強さでつまんできている。
「……ごめんなさい」
こんな時に俺のできる事は謝罪する事だ。女性ともめた時は自分が悪いと思って居なくても謝るべきだ、その後も散々罵られる事もあるがそれでも謝り続ける事。それが俺が隊長に教わった数少ない役に立つ教訓だと思う。
「謝って許されるとは思ってないわよね? 時雨に手を出すとかあんた頭おかしいんじゃないの?」
「私と言うものがありながら子供に手を出すなんて……、グスッ……酷いヨー……」
「ごめんなさい……」
涙ぐんでしまった金剛を山城が慰めている。それでも俺は謝るしか無い、言い訳をした所で罵られる量が倍になるだけなのだ。
「ちょっと訓練で無茶をしちゃって、僕が無理を言って教官に付き添ってもらったんだけどね」
流石にこれ以上は冗談で終わらないと判断したのか、時雨がどうにかフォローを入れてくれているようだった。そもそもはコイツのいたずらから始まったのだから何をされても恩は感じない。
「一応確認しておきますが、暁や阿武隈とも入渠してマセンヨネ?」
「してねぇよ……」
「本当かしら?」
こうなってしまえば男はなんと弱い生き物なのだろうか。正論を言っても信じてもらえない、言い訳をしようものなら集中攻撃を受けてしまう。しかし、ここでウダウダしてても仕方が無いので決死の覚悟で切り返しを狙ってみる。
「時雨以外とは入って無い、羨ましいなら後でお前達とも入ってやるからこの話はこれで終わりにして、人形について議論しようじゃないか」
痛てぇ……。時雨がかなり強めに俺の脇腹に肘を入れてきやがった。山城は完全に呆れた表情になってしまったし、金剛は顔を真っ赤にしているがどうにか人形について話をする流れに持って行けたと思う。
「とりあえず、金剛説明してやってくれ」
「触ってもイイけどサー、時間と場所をわきまえなヨー……」
何やらクネクネし始めてしまった金剛の頭を軽く叩いて正気に戻してやると、我に返った金剛は本日2度目の人形についての説明を行い始めた。
「この子ってそんなにすごかったんだね」
「不思議な事もあるのね、アンタと一緒に入渠したら人形が生まれるとか嫌な冗談にしか聞こえないわよ」
「山城、頼むからこれ以上その話題を引っ張らないでくれ……」
俺達は何が条件で人形が現れるのかを考える。そもそも俺には見えていない小さな生き物は一体何なのだろう?
「人形……、小人……。 なんだかガキの頃に読んだ絵本みたいな内容だな」
「羽でもついてれば妖精って感じダネー」
「あ、喜んでる」
時雨の言葉が本当なら人形や小人と呼ぶより妖精の方がこの生き物的には嬉しい呼ばれ方なのだろうか?
「でだ、その妖精さんにどこから来たのか聞いてみてもらえないか?」
「なんとなく言っている事は分かるんだけど、何度か話をしても上手く意思疎通できないんだ」
会話ができないのであれば直接聞くのも難しいだろう。しかし、時雨は何かに気付いたようで話したいことがあると俺を残して3人で離れて行ってしまった。ただ待っているのも暇なので、俺は煙草に火をつけて近くに腰かけて待つことにした。
(妖精の正体がつかめれば彼女達の扱いは間違いなく変わる。元々資料に書かれている情報だけを並べると彼女達は今までの兵器を過去の物にするくらいの実力があるんだけどな……)
兵器とは基本的には強力になればなるほど大規模になっていく。サイズもそうだが、ミサイルのような物になれば発射するための施設も必要となってくる。しかし、彼女達は人と同じ大きさでありながらかつての軍艦と同じ規模の火力を備えている。
「ヘーイ! お待たせしマシター!」
「待たせてごめんね」
「煙たいわね……」
まだ半分ほどしか吸っていない煙草を消して立ち上がる。金剛が妙に顔を真っ赤にしてこちらに近づいてくるが、一体何を話していたのだろうか?
「き、教官は後ろを向いて欲しいデース……!」
「何故だ?」
俺が理由を尋ねると、時雨に今は黙っていう事を聞いて欲しいと頼まれて仕方が無く金剛の指示に従う事にする。金剛に背中を向けると、少しして背中に柔らかな感触が感じられる。
「な、何の真似だ?」
「良いからじっとしてるデース!」
金剛が急に後ろから抱き着いて来た事で顔が熱くなるのが分かる。背中から伝わってくる暖かさが女性に抱き着かれているという事を意識させられてかなり緊張してしまう。
「……私にも分かりマシタ」
「急に出てくるのね、何処かから来ると思ったのに」
「金剛さん、頭の上に手を伸ばしてみなよ」
時雨が金剛に頭の上を確認するように言っているが、抱き締められる強さは強くなり俺から離れる気が無いと抵抗しているようだった。それでもこのままだとなんだかまずいと思い離れるようにと優しく諭す。
「どういう事が説明してくれないか?」
「すごく簡単な事デース、私達は今まで人が嫌いデシタ。 今でも教官以外の人は信用でき無いシ、従いたいとも思いマセン」
金剛は頭の上に乗っているらしい妖精を手に取ると頭を撫でてやっているようだった。
「でもね、湊教官のためなら僕は沈んだって良いと思う。 決して沈みたい訳じゃないけど、沈めと言われても何か大切な理由があるんだって前向きに考えると思うんだ」
「そんな命令を出す訳無いだろ……」
時雨は真直ぐ俺の目を見ながら頷いてくれた。
「だからデース、私達は艦の記憶を持ってのは知っていマスヨネ。 実は私達は国を守るなんて大そうな理由で戦っていませんデシタ、いつも私達は私達のために働いてくれている家族のために戦っていマシタ」
戦場に向かう者に理由を尋ねると、多くの人間は国や家族のためだと言って戦場へ向かうが、実際に戦場に立ち銃弾の飛び交う場面に遭遇すると最終的には隣に居る仲間のために戦うんだと目的が変わっていく。だから彼女達の言っている事はおかしいとは思わない。
「なのに、私達は人を嫌いになっていマシタ」
「一緒に戦ってきた家族の事を忘れてしまっていたみたいなんだ」
「家族……ね」
山城は金剛と時雨の言葉を聞いて、目を閉じて何か考えているようだった。恐らくは艦としての記憶を思い出そうとしているのだろう。
「艦の時代から欠陥兵器と呼ばれてた私には難しいけど、確かにそんな私でも大切にしてくれた人は多かったわね」
「山城は練習艦として僕達とは比べられないくらいの人を乗せていたからね」
金剛が「鬼の山城と呼ばれていたのは知っていマース!」と茶化していたが、山城が「地獄の金剛さんに言われたくないわね」と言い返して2人は笑い出してしまった。
「まだ私には良く分からないわ、アンタの事信用している訳じゃないし佐世保であんな扱いを受けてたってのもあるわね」
「それで良いんじゃないか? そう簡単に人の事なんて信用するもんじゃない」
時雨は簡単に言い切ってしまったが、恐らく先ほどの話が本当であれば暁や阿武隈、時雨や羽黒、それに金剛。彼女達は俺の指示でその命をかけても良いと思っているのだ。それは上官としてならば喜ばしい限りなのだろうが、教官の立場である俺に向けて良い感情では無い。
「妖精の事に関しては他の軍人にはまだ伝えないようにな」
俺の言葉に全員は頷いた。気にしすぎかもしれないが、誰かのためになら自分の命を犠牲にしても良いという彼女達の想いを悪用する人間が現れる可能性はゼロじゃない、だからこそ、そこが彼女達の本当の強さなのだと周りが認識するのはもっと周りの考えが変わってからだ。
(信用や信頼が強さに変わっていくか……)
やはり彼女達は兵器なんかじゃない、兵器よりも兵士そして絆が生まれて仲間となった時に初めてその実力が発揮される。次の作戦を成功させて彼女達の有用性を証明する、そして大切に扱う人が増えてきたらもっと彼女達にとって生きやすい世界になるだろう───。