ガラクタと呼ばれた少女達   作:湊音

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まさか再び姉妹全員で買い物ができる日が来るとは予想していませんでした。

佐世保からの帰りにあの人から詐欺紛いの説明を受けた時にはどうしようかと思いましたが、こうして姉妹全員で行動する事で佐世保で忘れかけていた記憶を思い出すことができた。

正直に言ってしまえば艦娘に選ばれたと説明された時には、妙な責任感を感じていたと思う。

自分が家族を守るんだ、それだけじゃないこの町に住む人たちを守るんだと。

しかしそんな思いは簡単に裏切られてしまった。

那智も足柄も羽黒もどれだけ罵倒されても自分にできる事を精一杯頑張っていたと思う。

ただ結果が付いてこなかっただけで、私達は欠陥兵器としての烙印を押されてしまった。

だから私は人のためではなく、今こうして笑顔で町を歩いている妹達のためにこれからも頑張って行こうと再認識する事ができた。


作戦会議(1)

「明日の日の出を開始時刻として、呉からこの基地への海上護衛任務を行う」

 

 執務室のテーブルに近辺海域の地図を広げると阿武隈や暁達で構成される第一水雷戦隊へと端的に告げる。俺の言葉を聞いた少女達は口をぽかんと開けたまま固まってしまっているようだったが、金剛や佐世保組からの視線に気付いて慌てて表情を整えたようだった。

 

「海路は地図に記された通りだが、ここに居るみんなからも意見を聞いておきたい、何か気になる点や質問がある者は居ないか?」

 

 俺は周囲に視線を送りながら意見を求めてみる。金剛と話したことによりある程度作戦事態はまとまってはいるのだが、こうして大人数となった事で新しい案が出てくことを期待していた。

 

「宿毛湾に立ち寄っているようですが、何か目的があっての事でしょうか?」

 

 1番に意見を出したのは妙高だった、俺は彼女に極力夜間での航行を避けたいと説明したのだが後ろで腕を組んだまま説明を聞いていた那智に説明を遮られてしまった。

 

「確かに夜間での航行は危険だと言う意見も分かるが、もっと初歩的な事を見落としているようだな」

 

 那智は足柄が握っていた雑誌を取り上げると、こちらに投げ渡してきた。何故女性誌がこの基地にあるのかと疑問に思ったが、以前町に買い出しに行った時に見た本屋の名前が書かれたテープが張られている事に気付いて誰かが買い出しに出かけたのだと察した。

 

「……これがどうした?」

 

「後ろから捲ってみると良い、天気予報の書かれたページがあるはずだ」

 

 何やら胡散臭い商品の宣伝が書かれている雑誌を捲っていくと、太陽や雲のマークが書かれたページを見つけた。明日は太陽のマークと雲のマーク、そして明後日は傘のマークが書かれていた。

 

「夜間の危険性は十分に理解しているが、雨は雨でなかなかに厄介だぞ?」

 

「生憎雨は続くようですし、その間私達が停泊させてもらえるのであれば問題は無いと思いますよ」

 

 少し前に宿毛の提督に停泊の許可をもらった時にはあまり良い返事では無かった、陽が昇るまでの短期間ならとこちらの頼みを受け入れてもらったが、数日となると話は変わってくるかもしれない。

 

「流石に数日は厳しいだろうな……。 そうなると夜間か雨かを選ぶ必要が出てくるのか、今回の主力は阿武隈達だ、何か希望はあるか?」

 

「あたし的には雨の方が厳しいかなぁ……。 視界や周囲の物音が聞こえないという問題は当然ですが、それに加えて雨の中長時間航行を続けるのはこの子達には少し厳しいと思います」

 

 元職場では夜が嫌だ、雨が嫌だなんて発言しようものなら怒鳴られてしまう所だが、作戦を行うのが駆逐艦の少女達だということを考えれば阿武隈の意見も尊重する必要がある。

 

「分かった、じゃあ今回は宿毛での停泊は無しにしてぶっ通しで目的地まで向かう方向で作戦を進める事にする」

 

「その場合は夜間に使用できる探照灯等があれば良いのですが、この基地にそのような装備はあるのですか?」

 

 再び妙高は変更された作戦について意見を出してくる。その質問は俺が極力夜間での航行を避けたい理由の1つでもあった。

 

「恐らく君達が想像しているような装備はこの基地には無いと考えてもらいたい、基本的に今準備ができそうなのは艦娘用では無く一般的な装備しかないんだ」

 

「逆に質問デース、佐世保には艦娘用の装備はあったのデスカ?」

 

「残念ながら私達に与えられたのは艤装だけよ」

 

 金剛と足柄の話を聞きながら妙高と一般的な懐中電灯でどうにか代用できないかと案を出し合っていく。

 

「主砲に無理やり括り付けてみるのはどうでしょうか? 下手に手持ちでの運用にしてしまうと戦闘が起きてしまった場合に困ると思いますので」

 

「それなら、工事用のヘルメットでも被ってみるか?」

 

 俺の案は阿武隈や暁達に絶対に嫌だと却下されてしまった。ある程度は頭部も守れるし両手も使えるとなかなか便利だとは思うのだけれど。

 

(これも彼女達が活躍できない原因の1つか……)

 

 確かに人と同じ装備を使用できるという点を考えれば専用の装備というのは艤装のみで良いのだろうが、人と彼女達では戦闘方法にあまりに差がありすぎる。海上を滑るように移動しながら砲撃を行う以上は余計な装備で艤装のバランスを崩すのは少し危険な気もする。

 

「無い物ねだりをしていても仕方が無いか、少し不格好だけど妙高の案を採用しよう」

 

 その後も海路や装備に関して彼女達から意見を貰いながら少しずつ作戦を固めていく。知識の差なのか会話に参加できていない暁達は暇そうにしていたが、本題に入ると俺が告げると再びこちらの会話に集中し始めた。

 

「この中で深海棲艦と戦闘を行った事がある者は居るか?」

 

 俺の質問にゆっくりと手を上げたのは金剛と山城の2人だけだった。余りにも少なすぎると感じたため、質問の内容を少しだけ緩くする。

 

「では映像や写真じゃなく、直接自分の目で深海棲艦を見た事がある者は?」

 

 今度の質問で佐世保組はほとんど手を上げた。鹿屋に所属していた子達では叢雲が唯一手を上げてくれていた。

 

「どんな事でも良いから、何か気を付ける事とかあれば話してもらいたいんだが、何か無いかな?」

 

「私は戦闘って言っても囮ばかりやってたから偉そうな事は言えないけど、まず気を付けなければならないのは『声』に意識を持っていかれないことかしら」

 

 直接深海棲艦と遭遇した少女達は山城の言葉に頷いて同意をしているようだった。深海棲艦が人間の言葉を話せるという資料は見たことが無いが、一体何に気を付けろと言うのだろうか?

 

「難しいデスネー……。 何を言っているかまでは分からないのデスガ、あの声を聞くと妙に不安な気持ちにさせられると言うか、ネガティブな気持ちになってしまうネー」

 

「意識や気合でどうにかなる物なのか?」

 

 ただの雑音であれば無視してしまえば良いが、戦意が低下してしまうのであれば無視できる問題じゃ無くなってくる、最悪耳栓なんかで防ぐことはできると思うが、無線が使えなくなってしまうデメリットとどちらを優先させるべきなのだろうか。

 

「どうにかなるってより、どうにかするしか無いわね。 絶対に生きて帰るんだって強く考えるくらいしかできなかったわよ」

 

「そうか……。 叢雲がそう言うならこの問題ばかりは各自で乗り越えてもらう問題になってくるかもしれないな」

 

 正直俺自身が経験している訳では無いから適切なアドバイスをする事はできない、実際に経験してきた子達が意識を強く持つ以外に対策が無いと言っている以上は文字通り気合で乗り切ってもらうしか無い。

 

「武装に関しては佐世保で見た感じ、主砲や魚雷って感じで艦娘とそう変わらないって思ってるんだけど、あってるかな?」

 

「たぶんだけど、イ級って呼ばれてる深海棲艦は駆逐艦に近いように感じるわね。 主砲自体の口径は小さめだと思うし、魚雷にさえ気を付ければ耐えるだけなら問題無かったもの」

 

「山城の意見は私達戦艦には該当シマスガ、同じ駆逐艦や軽巡の子達は砲撃もできる限り避けるようにした方が良いと思いマース」

 

 今回の主力が軽巡の阿武隈に暁姉妹、夕立といったどちらかと言えば装甲の薄い子達になっている以上は耐えると言うよりも避ける事を念頭に置いた方が良いだろう。

 

「逆に相手が駆逐艦って事は私達の砲撃でも倒すことができるのかな?」

 

「恐らくは当てる事さえできれば大丈夫じゃないかしら、今までは深海棲艦に砲撃を当てる事ができないって問題もあったけど、今はこの子達も居るものね」

 

 山城は響の質問に答えると、時雨の頭の上を指差す。会話の流れから察すると俺には見えないが妖精がそこに居るのだろう。

 

「妖精に関してはまだ謎な部分が多いが、恐らくはこの作戦でかなり重要になってくると思う。 全員が見つける事ができた訳じゃないが、各自ちゃんと面倒を見るようにな」

 

 あれから金剛と2人で残りの子達の元へ話を聞きに行ったが、最終的には金剛、阿武隈、時雨、暁、雷、電、夕立は自分達の妖精を見つける事ができた。今回参加するメンバーでは唯一響が見つける事ができなかったが、当初の計画に妖精の存在は計算に入れて無かったため、焦らないようにと響には伝えておいた。

 

「……そうか。 当てる事ができれば……か……」

 

「何よ、落ち込んで立って仕方が無いじゃない! 響はいつも通り響らしくしていれば良いのよ!」

 

「そうね、暁の言う通りだと思う。 焦ったって意味が無いって教官も言ってたでしょ?」

 

「そうなのです! すぐに響ちゃんにも妖精さんが見つかるのです!」

 

 俺が居ない間に何があったのかは知らないが、少女達の考え方が以前よりも前向きになってきているような気がする。

 

「もう少しで迎えが来る時間か、阿武隈達は艤装を持って正門に集合してくれ。 呉へは陸路で向かうが各自艤装の最終点検を行っておくように」

 

 俺の言葉に少女達は大きな声で返事をすると、駆け足で執務しつから出て行った。

 

「金剛には作戦についてある程度は伝えてある、俺が不在の間は金剛の指示に従ってやってくれ。 それと、もう少ししたら佐世保に居た子達もこっちに運ばれてくるだろうし、そっちの面倒は妙高に任せる」

 

「了解デース! 教官が居ない間はこの基地は私達金剛姉妹が責任を持って守りマース!」

 

「分かりました、こちらも無線の電源は常に入れておきますので何かあれば連絡をください」

 

 金剛と妙高の返事に頷くと最後にもう1度「頼んだ」と伝えてから俺も執務室から出る。呉までは爺が運転手を貸し出してくれたので佐世保の時のように俺が運転する必要は無いのだが、艤装込みで7人が移動するとなると最悪トラックの荷台も覚悟して置いた方が良いかもしれない。

 

「ねぇ、私もついて行っちゃダメかな?」

 

 正門に向かうために階段を降りていると後ろから声をかけられる。どこかで聞いた事があるような気がするが、何処で聞いたのだろうか?

 

「川内、参上……。 いや、なんというかいざ自己紹介ってなると妙に恥ずかしくなるね」

 

「……ついて行きたいって言ってたが理由はあるのか?」

 

 自己紹介で照れるってどんな状況だよと思ったが、出発の時間までに俺も準備しておきたいと思っているのでスルーして話を続ける。

 

「分からない。 妹達にも反対されたし、私自身なんでついて行きたいのかも分かってない、でも行かないとって思うんだよね」

 

「そんな理由で連れて行くと思うのか?」

 

「やっぱりダメかな?」

 

 俺は川内に背を向けると階段を降り始める。彼女の艦種によっては燃料や弾薬の事を考えると正直かなり厳しいとは思う、それでも彼女が自身がどうして連れて行って欲しいのかという事を理解していない事が気になる。

 

「艦種は何だ?」

 

「5500トン級の軽巡洋艦、軽巡の中では結構新しい方だとは思う」

 

「……ぼさっとしてないで、行くならさっさと準備をしろ」

 

 俺はそう伝えると自身の準備を行うために倉庫へと向かった。途中で川内と同じ服装の少女達から「姉をよろしくお願いします」と頭を下げられてしまったが、俺はその言葉に返事をする事ができなかった───。

 

 

 

 

「狭いな……」

 

「狭いだけじゃなく、かなり蒸し暑いんですけどぉ……」

 

「電! 私の足を踏まないでよ!」

 

「私じゃないのです!」

 

 狭いし暑いしうるさいし、車内は割と最悪な状況になっている。迎えに来たのは案の定73式と呼ばれる不格好なトラックだったのだが、本来ある程度広い荷台も艤装や俺達が乗り込んだ後には肩と肩がぶつかり合うほどのすし詰め状態となってしまった。

 

「厳しいかもしれないが、極力体力を温存するように、俺は少し眠るから何かあったら起こしてくれ」

 

 俺はそう言って腕を組んで目を閉じる。どうしてもこれに乗ると泊地建設の時のいざこざを思い出してしまう。ろくに休息なんてできなかったし、向こうでは今以上に暑さに悩まされた。

 

「私も寝ちゃおうかな、やっぱり日中はやる気がでないや」

 

 隣から川内がもたれかかってきたのを感じる。別に重いとは感じてはいないのだが「重いからもたれかかるな」と口が勝手に動きそうになったのをどうにか堪える。この狭い車内でこいつらから冷たい目で見られるのは残りの移動時間を考えるとリスクがありすぎる。

 

「……阿武隈さん起きてますか?」

 

「起きてるけど、どうしたの?」

 

 眠ると宣言した俺と川内に気を使ってたのか、阿武隈と電が小声で話し始めたようだった。

 

「何故か分からないのですが、輸送船の護衛って聞くと嫌な予感がするのです……」

 

「きっと初めての任務で緊張しちゃってるんじゃないかなー?」

 

「違うのです、怖いのは電自身が何か問題を起こしてしまうような気がするのです……」

 

 初めて任務を行う事で緊張してしまうのは仕方が無いと思う、俺だって初めての任務は基地の警備だったが、ただ門の前で立っているだけなのに異常に緊張した記憶がある。

 

「良く思い出せないのですが、ずっとずっと昔も輸送船を護衛したような気がするのです」

 

「それは艦の記憶かなぁー、電ちゃんだと……その……」

 

「訓練の時に教官さんに怒られて思い出したのです、深雪ちゃんも艦娘として生まれ変わっていたら謝りたいのです……」

 

 執務室にあった資料に少女達の艦の時代の経歴は一通り書かれていたが、確かに電は訓練中に衝突事故を起こしたという記録があったと思う。

 

「深雪ちゃんだけじゃないのです、輸送船にもぶつかった事があるのです……」

 

「そっか、だからこの任務でもぶつかっちゃうんじゃ無いかって心配してる?」

 

 目を閉じているため少女達の表情を伺う事はできないが、電が消え入るような声で「なのです」と呟いた声は耳に入ってきた。

 

「あたし的にも衝突事故ってあまり良い記憶が無いかなぁ、北上さんって軽巡に後ろから衝突して結構長いあいだ入渠しちゃった事もあるんですよー」

 

「北上さんは大丈夫だったのですか……?」

 

 電の心配そうな声に阿武隈は笑いながら「北上さんはあたしに比べて軽症でしたので」と答えていた。

 

「それだけじゃないんですよ、監視船とも衝突してその時の相手は大破しちゃったけど……」

 

「阿武隈さんもいっぱいぶつかってるのです、思い出して怖くなったりはしないのですか……?」

 

「あたし的にはそんなに気にしてないかなぁ。 でも、あたしってすごく前髪を大切にしてるでしょ? それって艦の頃に衝突事故を起こして艦首が壊れたからじゃないかなぁって」

 

 確かに少し前に阿武隈の前髪に触ってグチグチと文句を言われた記憶があるが、その反応は女の子としてでは無く艦の記憶がそうさせていたのかもしれない。

 

「かっこいい事は言えないけど、あたし達は確かに艦の時代の記憶を持っているけど、あたし達はあたし達なんだと思う。 艦の時の記憶に引っ張られてるって思う事もあるけど、頑張ってそれに逆らう事も大切なんじゃないかなぁって思います」

 

「なんだか今日の阿武隈さんはすごく頼りになるのです……!」

 

「今日のって普段から頼ってくださいよぉ……」

 

 なんだか2人のやり取りを聞いていると頬が緩んでしまう。この一週間でこの子達の成長には何度も驚かされている、初めて会った時のこちらを警戒していたり怯えていたりしてた時に比べると間違いなく成長していると思う。

 

「2人共早く寝た方が良いっぽい……」

 

「ご、ごめんなさいなのです!」

 

 会議の途中から気になっていたのだが、夕立の様子が少しおかしいような気がする。作戦の緊張だとその時は流してしまったが、いつもの明るさは無くどことなくトゲトゲとした空気をまとっている。

 

「教官さんも起きてるっぽい?」

 

「……どうした?」

 

「どうして教官さんも一緒に呉に行くのかなぁって」

 

「……向こうの提督に挨拶とかいろいろあるんだよ」

 

 俺の答えに夕立は納得していないようだったが、それ以上俺に質問を重ねてくる事は無かった。妖精を見つける事ができた以上は少女達の中で優先度が自分自身よりも俺へと傾いている事は金剛と時雨が説明してくれている。

 

「教官さんはどうやって帰るのかなぁって気になっただけっぽい……、夕立ももう1度眠るっぽい……」

 

 時雨と夕立は姉妹だと聞いていたが、普段は似ていないと思っていたが妙に鋭い所は似ているのかなと気付かされてしまった。俺自身も向こうについたら少女達に感付かれない様に気を付けなければならないようだ。

 

「あぁ、良い夢を……」

 

 例え作戦に失敗しても少女達には次がある、だから余計なプレッシャーをかける必要は無い。そう自分に言い聞かせたが、いつか金剛が俺に向けて言った言葉を思い出してしまった───。


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