教官が帰ってきた時の祝勝会と私達佐世保組の歓迎会を開こうと提案したのは金剛だったが、なかなか粋な計らいをしてくれるでは無いか。
駆逐艦の子達ように『じゅーす』と言う物は買ったのだが、足柄が何やら顔が描かれた蜜柑じゅーすを指差してケラケラと笑っているようだった。
あの基地は佐世保よりも良い雰囲気に包まれているのは認めるが、酒の一滴も無いというのだけは頂けない。
別に佐世保で飲んでいた訳では無いのだが、祝勝会ということは必要になるだろう。
様々な色の瓶が並んでいる棚を物色していると、見慣れた形の瓶を見つける事ができた。
何やら米語で書かれているようだが、この形を私は覚えている。
私の乗組員達はなんと呼んでいただろうか……?
少し昔の事を思い出していると、1つの単語が脳裏によぎった。
そうだ、『達磨』だ!
私は籠に数本瓶を入れると金剛に渡されたメモの中身を確認した。
《あぁ、悪い。 起こしちゃったか、響の代わりに川内に出撃してもらうから鹿屋に着くまで休んでいていいぞ》
無線から教官の声が聞こえてくる。恐らくはこれは響の無線を通して2人の会話が聞こえてきているのだろう。
「川内さん、どういう事ですか?」
「教官さんは呉に居るんじゃ無かったっぽい?」
「そうね、私達にも説明してもらうわよ」
阿武隈や夕立、暁に詰め寄られてなんて答えるべきか悩んでしまう。余計なプレッシャーをかけないようにと伝えても良いのだけど、もし私がみんなの立場だったらそれはそれで納得できないと思う。
「1人で帰るのが寂しかったんじゃないかなぁ?」
「電達は真面目に聞いているのです……!」
まずい、非常にまずい。普段大人しい電まで怒っている、私はどうにか良い誤魔化し方が無いかと必死で思考を巡らせる。
《まだ艦の姿だった頃に、私は目の前で電が沈んだのを見てしまったんだ……》
響の言葉を聞いて電がビクリと身体を震わせた。まぁ確かに話している内容はとても気分の良いモノでは無いと思う。
「大丈夫よ、今度はこの雷様も電を守ってあげるんだから! ね?」
「……大丈夫なのです!」
その様子に気付いた雷が電の頭を撫でている。あまり良い方向では無いけど、教官の話題から少しずつ逸れて行っているような気がする。
《俺の事はどうだって良いさ、それにしてもどうして艦娘ってみんな不器用なんだろうな》
「まったく、不器用なのはどっちだって言ってやりたいっぽい」
「そうね。 まったくレディじゃないわね」
いや、教官は男なのだからレディじゃないのは当然だと思うのだけど。私は心の中で暁に突っ込みを入れて無線の内容に集中する。
「あの……。 みんな怒ってる?」
「「「「「もちろん!」」です!」なのです」っぽい!」
「だよねぇ……」
一斉にみんなに睨みつけられる。阿武隈以外は身長差もあって上目遣いのようで可愛らしくもあるのだけど、今そんな事を言って火に油を注ぐような真似はしない。
《…お前達にはもう1度やり直す機会が与えられてるんだろ》
教官の言葉に私達は顔を見合わせる。艦娘として再び生を受けてそんな事1度も考えたことが無かった、ただ呼び戻され欠陥兵器と呼ばれ私達に乗っていた家族に対して詫びるだけの日々を送っていた。
「教官さん、声が震えてたっぽい……」
夕立ちゃんの言葉にみんなは頷くと黙って何か考えているようだった。
「あんまり教官の事を怒らないで欲しいかな、あの人はみんなの事を考えてやった事だと思うし……」
「分かってるのです」
「そうね、暁が怒ってるのは自分の不甲斐なさよ」
「暁の言う通りね。 教官は自分が船に乗っていると私達が無茶をするって思ってるんでしょうね」
「きっと教官は輸送船を放棄してでも私達が撤退できるようにって意味なのかなって。 あたし的には信用されてないみたいでNGかなぁ」
この子達はみんな強いなぁと思う。黙っていた教官よりも、信用されていない自分達の実力不足を嘆いているようだった。
《まったく、あなた達の教官は面白い人ねぇ》
この声は龍田の声だろうか?あまり聞きなれない女性の声が無線から聞こえてきた。
《教官は提督になるの?》
今度は響の声だと思う、その質問に私達は黙って話の続きを待つ。
《……生きて辿り着く事ができれば十分にあり得る話じゃないかしら》
「皆さん、周囲の索敵を行ってください。 燃料が勿体ないので、待機中は船の上からで大丈夫ですー!」
「分かったわ!」
「任せるっぽい!」
「一人前のレディなら索敵くらい余裕なんだからね!」
「頑張るのです!」
阿武隈さんの言葉にみんなは船の柵から身を乗り出すようにして周囲を見渡し始めた。あの人が自分達の提督になるかもしれない、その言葉はみんなに火を付けるには十分過ぎる燃料だったみたい───。
《さて、休憩もそろそろ終わりにしてさっさと鹿屋に帰るぞ》
無線から教官の声が聞こえてくる。私は艤装との接続を確認してみるがさっきまでの身体のだるさが嘘のように思える程軽く感じた。
《響も無理をしないようにな》
「大丈夫、不死鳥の名は伊達じゃないって所を見せてあげるよ」
「響ちゃんが元気になって良かったのです!」
暁達に心配かけて悪かったと頭を下げてみたのだけど、何故か分からないけど笑顔で許してくれた。そして妙にみんなテンションが高いように思えるのだけど、私が居ない間に何かあったのだろうか?
「皆さーん! 自分の位置についたら教えてくださいー!」
阿武隈さんの言葉にみんなで返事をする。阿武隈さんもいつもより気合が入っているみたいだし、本当にどうしてしまったのだろうか?あれから教官には自分が輸送船に乗っている事はみんなには黙っておくようにと言われたけど、確かに今の調子を考えれば下手に刺激しない方が良いのかもしれない。
私達は完全に日の昇ってしまった海を進んでいく。時々波が光を反射して眩しく感じてしまうけど、肩に乗っている妖精さんのおかげなのか朝よりも落ち着いて航行できていると思う。
「教官! 敵影発見しました! 数は2隻、こちらにはまだ気付いていないようです!」
《迂回できそうか?》
「時間も押してることだし、ここは暁達に任せなさい!」
「そうだね、汚名返上といかせてもらおうじゃないか」
迂回するにしてもやり過ごすにしても、今以上に鹿屋につく時間が遅れてしまう。それに、何故か分からないけど今なら自分でも不思議なくらい上手く戦える気がする。
「皆さん砲撃の準備をー!」
阿武隈さんの指示に従って12.7cm連装砲を目標に向ける。まだ豆粒くらいにしか確認できていないけど、私は妖精さんの指示に従って砲の角度を調整する。
《……無理だけはしないでくれよ》
教官の声は聞こえてくるけど、みんなは黙ったまま目標をじっと見つめている。
「……砲撃開始してくださいー!」
私達の砲口から一斉に轟音が鳴り響く。真っ直ぐと目標目掛けて放物線を描いて行き、目標付近に水柱を作る。
「初弾弾着、夾叉だよ!」
船の上から川内さんの声が聞こえてくる。私は連装砲の角度を調整するとこれで良いか妖精さんに確認を取る、妖精さんは自信ありげに頷くと私はそれを信用して再び砲撃を開始する。
「Урааааа!!」
撃った瞬間に、今度は当たると確信した。理由なんて分からない、距離だって訓練の時の何倍もある、だけどこれは当たる。
「1隻中破確認! 敵砲撃が来るよ、落ち着いて避けて!」
私は右舷に舵を切って敵の砲撃に備える。輸送船に近すぎれば私を狙った砲撃が輸送船へと当たる可能性がある、それに自ら回避の針路を潰すと考えればこれが最善だと思う。
「冷たいっぽいぃぃ!」
放たれた敵の砲弾は輸送船を大きく越し、後ろに居る夕立の近くに着弾したようだった。水飛沫を浴びた夕立の叫び声が聞こえる。
「夕立ちゃん被害はありませんか!?」
「大丈夫、ただ濡れただけっぽい!」
相手は1隻中破、もう1隻はこちらに砲撃を行っている。砲撃の様子を見る限り中破した敵の精度はあまり良いとは言えない。
「電……! 一緒に無傷の方を狙おう!」
「はいなのです!」
今はあの時とは違う、2人で同じ向きを見て一緒に戦っている。だからあの時のようにはならない。
「暁達が前に出るから、任せたわよ!」
「外してもこの雷様が仕留めてあげるから私に頼っても良いのよ?」
2人は速度を上げてジグザグに進みながら敵に近づいていく。水飛沫を上げながら進む2人の姿がとても頼もしく見える。
「無理はしないでくださいー!」
「大丈夫、私達暁型がこんなところで沈む事は無いさ」
何の根拠もない言葉だけど、私は本気でそう思っている。
「さて、やりますか」
「命中させちゃいます!」
私と電の砲口から同時に砲弾が放たれる。命をかけて戦っているというのに私は不思議と笑ってしまう。初春型のみんなは居ないし、陽炎型のみんなも居ない、それでも阿武隈さんが居て私達暁姉妹がいる。
「『一水戦』はお前達なんかに負けないんだ! Урааааа!!」
「ウ、ウラーなのです!」
砲撃を1度やめて川内さんの言葉を待つ、初戦のように無駄撃ちして敵が見えないなんて恥ずかしい姿を教官に見せる訳にはいかなかった。
「着弾、1隻轟沈! 残りは中破の1隻のみ!」
無事に私達の砲撃は当たってくれたらしい。
「暁! やるわよ!」
「わ、私の台詞を取らないでよ!」
暁と雷がしゃがみ込むようにして腰についた魚雷を発射したのが見えた。美味しい所を取られて少し悔しい気もするけど、それも悪くないと思う。
「魚雷命中! 敵2隻共轟沈確認!」
川内さんの言葉を聞いて私達はほっと一息ついた。砲口がまだ熱を帯びているけど私の身体はそれ以上に熱くなっているのが分かる。
「夕立だけ仲間はずれっぽいぃぃ……」
「まぁまぁ、夕立ちゃんも『鹿屋基地第一水雷戦隊』の仲間ですよー?」
輪形陣の1番後ろにいる夕立は活躍できなくて拗ねているようだったけど、阿武隈さんがどうにか宥めていた。
「ひーびき!」
後ろを見ていると突然雷に声をかけられた。前を向きなおせば両手を上げた暁と雷がこちらに近づいてきている。
「響ちゃんも両手を上げるのです!」
一体何をやろうとしているのだろうか、訳も分からないまま私は電の指示に従う。
「やったわね!」
「これで響も一人前のレディに近づいたわね!」
左右の手を暁と雷に叩かれる。少し遅れて電も私の手に両手を合わせて、そのまま手を握られる。
「大丈夫なのです、もう響ちゃんを独りにはしないのです!」
「……Спасибо。 いや、ありがとう……!」
まだ作戦中だと言うのに私の目から涙が零れる。私はもう独りじゃない、阿武隈さんが居て夕立が居て、暁や雷、電が居る。そして教官が居てくれる。両手を電に握られているから涙を拭う事はできないけど、たまにはこんな風に泣いてみるのも悪くないと思った───。
「教官泣いてるクマ?」
「……泣いてねぇよ。 それよりなんでここに居るんだよ」
「機関室は暑いクマー、だから少し涼みに来たクマ」
余程暑かったのか球磨はセーラー服をパタパタと仰ぐようにして涼んでいるようだった。まぁ、下手に熱中症になられても困るし涼むくらいは良いと思うのだが、何故客室ではなく操舵室へ来るのだろうか。
「良い子達だクマー」
「そうだな、俺の自慢の教え子だよ」
少女達の容姿が幼いせいか妙な親心も沸いているような気がしないでもない。短期間で俺の予想を超えるほど強くなっていく少女達に俺も負けていられないなと思う。俺は球磨に少し黙っているようにと伝えると無線のスイッチを入れる。
「今回は俺達の完全勝利だな、良くやった」
《勝利か、いい響きだな。嫌いじゃない》
何を強がっているのか分からないが、響は涙声でそんな返事をしてくる。こいつなりに冷静を装っているつもりなのだろうか?
「各自損傷を確認してくれ、それが終わり次第再び航行を開始する」
《分かりましたー! 皆さん被害を報告してくださいー!》
夕立が服が濡れてしまったと騒いでいる、その反応は艦娘としてどうなのだろうか?と思ってしまったが、「また教官さんに磯臭いって言われるっぽい!」と聞こえてきたので俺のせいかと反省してしまう。
「それじゃあ出発するぞ、上手くいっているからって油断しないようにな」
全員の返事を確認すると無線のスイッチを切る。それにしても妙にニヤついた表情でこちらの様子を伺っている球磨がとてもうざい。
「ふっふっふ~、顔が緩んでるクマー」
「うるさい、別に俺が喜んだっておかしくないだろ」
「これがツンデレってやつクマ?」
いったい呉の提督はこいつらに何を教えていたのだろうか?龍田といいコイツといい自由過ぎるだろ。
「呉の海兵さんは面白い人がいっぱいだったクマー!」
「その話し方もそこで教わったのか?」
「キャラ付けは大事だって言われたクマ!」
いや、なんだろう。俺が思っているよりもあの鎮守府は緩いのだろうか?
「あそこの鎮守府では球磨達にとても優しくしてくれたクマ。 何も知らない球磨達にいろんな事を教えてくれたクマ」
「良い所だったんだな、前線で使えなくなった艦娘を輸送するって聞いていたんだけど戦闘とかで損傷したとかじゃないのか?」
「1度も戦闘した事無いクマ、ずっと索敵と訓練だけだったクマ」
俺の聞いていた話を随分違う気がする。出撃を行っていないのに前線で使えなくなったとはどういう意味なのだろうか?
「球磨達はきっとあの子達よりも上手く戦えるクマ、だからあの鎮守府を離れるクマ」
「どういう意味だ?」
「簡単クマ、戦えない艦娘は前線に出ても索敵しかやらないクマ。 だけど戦えるようになればそのまま戦闘を行う事になるクマ」
クマクマ言うせいで上手く集中できないが、つまり練度が上がり戦闘を行う事ができるようになった艦娘をわざと他の基地に移しているという事だろうか?その行為はあまりにも非効率的過ぎる。
「提督は球磨達に戦ってほしくなかったクマ、だけど立場上遊ばせておくわけにもいかないって安全な任務だけやらせてたクマ」
「そういう事か、鹿屋に着いたらお前達にも戦闘をしてもらうかもしれないが良いのか?」
あの提督もなかなか上手くやっていたのだと感心する。兵器として運用する事で上を誤魔化しながらも、彼女達の安全を確保するという考えだったのだろう。
「良いクマ、球磨達は戦うために生まれてきたクマ。 折角誰かを守る力があるのにずっと待機はつまらないクマ」
「すごいな、今までいろんな艦娘に会ったけどそこまで自分の意志をはっきり持ってる奴には初めて会ったよ」
「意外に優秀な球磨ちゃんって、よく言われるクマ。 だからまずいと思ったら球磨達を出撃する事も案に入れておくクマ」
球磨はそれだけ言い残して操舵室から出て行ってしまった。彼女達の実力は分からないが、暁達よりも上手く戦えると言った以上は信用しても大丈夫なのだろうか。
俺は操舵室に1人になった事を確認すると、初戦と今回の戦いを記録した映像を再生する。少女達のインカムについているカメラで撮った映像だ。ノイズが混ざりあまり画質が良いとは言えないが、俺にとって重要なのはその叫び声だった。
(どこかで聞いたような記憶があるんだよな……)
何度も同じシーンを再生してどうにか思い出そうとしてみるが、どうにも思い出すことができない。何度も再生しているうちに軽い眩暈に襲われてしまう、俺は映像を切ると頭を振って気持ちを切り替える。
(今はこの作戦に集中しよう、別に今思い出さなければならない訳でもないしな……)
気付けば俺の両手は固く握りしめられており、手を開いてみると汗で湿っていた。何か引っかかりを感じるが今は少女達を無事に鹿屋へと送り届ける事に集中しよう───。