姉妹全員の艤装に均等に燃料を入れてみたは良いのだけど、目的とする地点で往復する事を考えると少し燃料が不足していると思う。
最悪誰か出撃しない子の艤装から燃料を抜き取ってしまえば良いのだけど……。
頼めば許可を貰えるかも知れないけれど、もっといい手は無いだろうか?
まだ誰にも呼ばれた事は無いけど、艦隊の頭脳と呼ばれた私の頭脳で最善策を考える。
私達の燃料を可能な限り消費せずに距離を稼ぐ方法……。
あら、あなたは先ほど金剛お姉様に逆らっていた駆逐艦じゃないですか。
元気が有り余っているようなので1つお願い事をしたいのですが。
ええ、少し燃料を節約したい事情がありまして───。
《異論は認めない、それでも嫌だと言うのなら佐田港に迎えを寄こすように頼んでやるからそこでこの任務から降りろ》
1週間という短い時間しか彼の事を知らないけど、遠巻きに見ていたり他の子から話を聞く限りこんなにも冷たく私達を切り捨てるような話し方をしたのは初めてだったと思う。
「今は指示に従おうよ、まだ輸送船が沈むって決まった訳じゃ無いんだしさ」
完全に静まり返ってしまった駆逐艦の子達に私は声をかける。しかし誰も私の言葉に反応してくれなかった。
《それじゃあお前達は1度ここで待機、俺の指示があるまで大人しくしてろ》
「……いや」
完全に静まり返っていた私達だけど、1番最初に口を開いたのは暁だった。
《そうか、なら暁はそのまま陸に上がって救助を待ってろ》
「……っいやよ!」
急に大声で叫んだ暁を私達はじっと見つめる。
「教官を囮にするのなんて絶対にいや、ここでみんなを置いて1人抜けるのもいやっ!」
《……川内、暁の艤装を外せ》
「ちょっと待って、10分、いや5分で良いから私達に話す時間を貰えないかな?」
涙をこぼしながら必死で嫌だと抵抗している暁を見ていると、どうにも教官の指示に従う気持ちは沸いてこなかった。確かに教官にとっては私達の生存率を少しでも上げるつもりなのだろうが、こんな状態じゃ作戦も何も無いと思う。
《……10分経ったら出発するぞ》
「ありがと、教官も少し頭を冷やした方が良いよ」
《余計なお世話だ》
私達は黙ったまま砂浜に上陸すると、いつかの訓練の後のように全員で輪になって座り込む。あの時と違うのは全員が俯いてしまい互いに視線を合わせようとしない事だと思う。
「暁の言いたいことも分かるよ。 でも、教官だって私達の事を考えてこの作戦を選んだってのは分かってあげて欲しい」
「そんなの……分かってる、でも……」
「本当に教官の言う作戦しか無いのかしら?」
嗚咽混じりで上手く言葉にできない暁の代わりに雷が言葉の続きを口にした。
「雷の言う通りだね、みんなで考えればもっと良い作戦を思いつくかもしれない」
「その通りなのです、他に良い案が無いのかみんなで考えるのです!」
みんなの言う事も正論だとは思う、それでも教官と私達の間で優先順位が違う以上はどれだけ考えても教官の意見を曲げてもらうというのは難しいと思う。
「でも、難しい事考えるのは無理っぽい……」
「それじゃあ1度整頓してみようか。 まずは私達にとってこの作戦の勝利条件って何かな?」
「それは私達全員が無事に基地に戻ることね、誰1人欠けても作戦は失敗だと思う」
雷の言葉に全員が頷く、教官は私達さえ生き残って鹿屋に辿り着けばこの作戦は成功だと思っている。でもそれは間違いだと思う。
「それじゃあ、今までは順調に進んでいたのにどうして教官を囮にしなくちゃならない状況になったと思う?」
「暗くなってから砲撃が当てられないっぽい……」
「雷跡が見えないのも問題だね」
夕立と響の言っている事は正しいと思う、明るいうちは妖精さんのおかげで当たっていた砲撃も暗さで視界が狭まってからは必要以上に接近する事を強いられている。その結果が私達の被弾率の増加に繋がっている。
「囮を使うっていう教官の案自体は間違ってないと思うんだよね」
「それじゃダメだってさっき話したっぽい……」
「分かってる。 けどね、囮が居れば私達は見えない魚雷にばかり集中しなくて砲撃に集中できると思うんだ」
囮は逆に常に動き続けて魚雷や砲撃を避ける事だけに集中したらいい、現状動きながら砲撃を当てる事は難しい、しかし足を止めると魚雷の良い的になってしまう。考えれば考えるほど実は教官の考えた案って単純だけど効率的なんじゃないかと思ってしまう。
「……そっか。 魚雷は動き回れば良いし、砲撃も敵が見えれば当てられる、簡単な事だったんだ」
「ぽい?」
私は思いついた作戦をなるべく簡潔にみんなに説明する、もの凄い勢いで反対されてしまったけど教官を守りながら全員で鹿屋に帰るためと説明してなんとか納得してもらった───。
「くそっ!!」
俺は思い切り操舵室の機材へと拳を振り下ろす。鈍い音と腕に強い痛みを感じたが先ほどの自分の発言を思い出してもう1度拳を振り上げる。
「船は大事にするクマ」
後ろから球磨に話しかけられたことで振り上げた拳が再び振り下ろされることは無かった。
「何を熱くなってるクマ、さっきのは暁が悪いクマ」
「……そうじゃない、俺が苛立ってるのはその考えをあいつらに押し付けた事についてだ」
軍という組織に属して居れば上官の命令は絶対だと考えても良い、それはとても効率的で何よりもくだらない事だと俺は思っている。
「俺がアイツ等の立場なら全力で反対しただろう、だけど俺はそれを押し付けたんだ」
「それが軍クマ、それでも少佐があの中から誰かを選んで囮にするようならぶん殴ってやるつもりだったクマ。 だけど少佐は自分が囮になる事を選んだクマ、だから球磨達も手伝ってやる事にしたクマ」
球磨に言われて気付いたが、確かに俺じゃなくあの中の誰かを囮にする事でもこの作戦は成り立つと思う。しかし部下を犠牲にしてまで生き残ろうなんて考えは微塵も無かった。
「その考えは嫌いじゃないクマ、だけど少佐は水雷戦隊に居た艦の事を甘く見過ぎてるクマ」
「どういう意味だ?」
「球磨達は戦艦や重巡みたいに装甲が厚くないクマ、それに空母みたいに常に誰かが守ってくれている訳でも無いクマ」
球磨の言葉を黙って聞く、確かに軽巡洋艦や駆逐艦の単体としての強度は戦艦や空母と比べればあまりに脆すぎるとは思う。
「だけど前に進むクマ、誰よりもどんな艦よりも真っ先に敵に向かって進むクマ。 それが勝ちに繋がるって知ってるクマ、自分達のできる最大限の戦い方だって理解してるクマ」
「何が言いたいんだ?」
「自分達の信じる勝利のためなら命をかけてでも戦うって意味クマ、だからこの船を囮にしようって言っても納得しないのは分かってた事クマ」
命をかけてでも戦い続けるという事は理解していた、だからこそ俺がこの船に乗っている事は少女達には隠しておきたかったし、新しい作戦に関しても上から押さえつけるつもりで言い聞かせた。
「間違いなく少佐の命令は聞かないクマ、だから少佐もいざって時のために準備をしておくクマ」
球磨はそう言い残して操舵室から出て行ってしまった。球磨と入れ替わる様に今度は龍田が操舵室へと入ってくる。
「遺言くらいは聞いておいてあげるわよ?」
「うるさい、悪いが死ぬつもりはない」
「そうねぇ、ここであなたを死なせちゃ天龍ちゃんに怒られちゃうかも」
相変わらず呉組の少女達は回りくどい言葉遣いが多い、今度は何を俺に伝えるつもりなのだろうか。
「珈琲と紅茶はどっちが良いのかしら?」
「……は?」
唐突な質問にいつもの癖で珈琲と答えてしまいそうになったが、なんとなく紅茶を飲んでみたいと思った。
「紅茶で頼む」
「少しだけ待っててね」
龍田は小走りで操舵室から出ていくと、今度は両手にマグカップを持って操舵室へど戻ってきた。
「どういうつもりなんだ?」
「天龍ちゃんからの手紙にね、あなたと珈琲を飲んだって書いてあったの。 だから私もあなたと珈琲を飲んでみたくなっちゃった」
確かに天龍に珈琲を入れさせた記憶はあるが、一体どういう風の吹き回しなのだろうか?出会ったすぐは俺に切りかかろうとしていたくせに、急に親しくしてくるというのはどうも怪しい。
「やっぱり珈琲はあまり得意じゃないわねぇ」
「……天龍はチョコを溶かして飲んでいたな」
「なるほど、隠し味の正体はチョコだったのね。 会った時に教えてくれるって書いてあったけど答えが分かっちゃった」
どうやら知らないうちに天龍に悪い事をしてしまったかもしれない、確かに嬉しそうに珈琲を飲んでいた姿は覚えているが、姉妹へのサプライズを計画していたようだった。
「それで、要件は何だ?」
「要件って程じゃないのよ? ただ、あの子達じゃなく自分が囮になるって決断した事を見直して飲み物の1つでも淹れてあげようかなって思っただけ」
「……もし俺がアイツ等の誰かを囮にするって言ったらどうするつもりだったんだ?」
「天龍ちゃんが右手は切っちゃったみたいだし、私は左腕にしようかしら?」
「あぁ、そうかよ」
それから俺と龍田は妙に熱い紅茶と珈琲を冷ましながらゆっくりと飲んだ。特に会話は無かったのだが、妙にこちらを見ながら笑みを浮かべている龍田の変わりように内心裏があるのでは無いかと色々と考えてしまった。
「阿武隈さんは私が責任もって守るから安心して、艤装までは無理かもしれないけど1人くらいなら担いでもそんなに速度も落ちないでしょうし」
「あぁ、任せたよ」
そう言って龍田は空になったマグカップを持って操舵室から出て行った。約束の10分を超えてしまったと思い無線のスイッチを入れようとしたが、今度は多摩が操舵室へと入ってきた。
「な、何の用だ?」
「多摩は猫舌にゃ」
「おう……、何の用だ……?」
「珈琲も紅茶も冷たいのしか飲まないにゃ」
だから何が言いたいのだろうか、正直呉組の3人の中で多摩が1番会話に困ってしまう。出会った時の印象もそうなのだが掴み所が無さすぎる。
「悪いがさっき龍田が飲み物は持ってきてくれたんだ」
「……遅かったにゃ」
「それと、どうせ俺がアイツ等を囮にしなかった事に関して見直したって話なら2度聞いているぞ」
俺の言葉に多摩は目を見開いて驚いているようだった、見れば見るほどこいつは猫みたいな生き物だなと思ってしまう。
「……もしあの子達を囮にするって言ったら───」
「殴るか切るかしてたんだろ……?」
内心仕切りなおすのかよと思いながらも、我慢できずに先に言ってしまう。多摩は再び目を見開いて驚くと残念そうに肩を落として操舵室から出て行ってしまった。
「なんだったんだ……」
時計を見れば約束の時間は過ぎてしまっており、休憩をするようにと伝えてから20分近く経ってしまっていた。いろいろと理解に苦しむ場面もあったが、3人のおかげで思考はかなり落ち着いてくれたようだった。
「準備は良いか、そろそろ出発するぞ」
俺は無線のスイッチを入れるとなるべく優しく語り掛けるように少女達に話しかけた───。
「こっちは準備できてるよ」
《そうか、暁はどうだ?》
何かあったのだろうか、先ほどの冷たさしか感じられなかった教官の声がどこか優しさを帯びているような気がする。
「準備できてるわよ、さっきは悪かったわね。 レディとしてみっともない姿を見せちゃった」
《俺の方こそ悪かった、少し熱くなりすぎてた》
船から降りてきた球磨と多摩がどこか誇らしそうな表情でこちらを見ている、たぶんだけど何か教官に話をしてくれたのだろう。
《それじゃあ出発する、1km離れたらまずは川内達、少し遅れて球磨と多摩が出発してくれ》
「了解クマ」
輸送船はゆっくりと波をかき分けながら進み始める、本来であれば私もここで待機する指示だったのだが、私はそれを無視してこっそりと船の後をつける。
「1kmって簡単に言うけど、これだけ真っ暗だと距離なんて良く分からないね」
《それもそうだな、今の速度を考えるにそろそろ出発しても良いぞ》
「よし、じゃあ行こうか」
私はわざとらしくみんなに無線で合図をすると500mくらい離れて航行していた暁達は「了解」と返事をしてくれた。出だしは順調、球磨や多摩達も私達の行動を理解してくれたのか同じく指示されているよりもやや近くを航行してくれていた。
《前方に敵影確認、追い抜くから後ろから援護してくれ》
輸送船は若干の蛇行を行いながらイ級の側面を抜けて進んでいく。私はすぐにイ級を懐中電灯の光で照らすと、小さく回り込むようにして航行を行う。
「やっぱり暗いと良く見えないね」
本来の位置からでは黒色の深海棲艦を目視する事はまず不可能だと思い、そんな言葉を口にする。実際は10mも離れておらず口の中にある砲塔がはっきりと私の目には見えている。
「もう少し近づいちゃだめかな?」
イ級が放った砲弾が私を掠めるようにして夜の闇へと消えていった。今度は魚雷を撃とうとしているのか、口を海面へと沈めた。私はイ級を輸送船と真逆の向きへと向かせるように大きく舵を切ると海面に発射する際の気泡が出たのを確認して一気に加速する。
《……ダメだ、砲撃音が聞こえたが被弾は無し。 この速度で動いていれば敵もそこまで命中率は高くないみたいだしな》
例えどれほど動き回ろうと、私の右腕に握られた懐中電灯はイ級を照らし続ける。主砲も魚雷も外した事で噛みつきへと移行したイ級を後ろから飛んできた砲弾が捉える。
「そっか、でも無理はしないでね」
私は心の中で今のを当てた子を褒める。こっちからじゃ向こうの様子は分からないけど、この方法ならまだ戦えると確信を持てた。私は1度懐中電灯を切ると次の目的に向かって進む。
「真っ暗で良く見えないのです……!」
「そうね、せめて月が雲から出てくれれば良いのだけど」
次の標的を見つけたら再び照らす、今度は2匹視界に入った。なるべく同時に視界に入れようとするが相手も動いている以上は容易に良い位置を取らせてくれない。2匹が口を海面へ沈めたのを確認して魚雷を避けるために旋回を開始するが、突然海の中から飛び出してきたイ級を身体を捩じって避ける。
「予報だと雨だっけ? 私は雨は嫌いだなぁ」
咄嗟に身体を捩じったせいで、左膝に違和感を感じる。それでも早く加速しなければ魚雷が私へと向かっている可能性がある。膝が使えない分重心を傾けて急加速に対応する。
「雨の中に外に出るのも意外と楽しいっぽい!」
イ級の後ろからこちらに近づいていた夕立が魚雷を当てるとすぐに離脱する。とりあえずは後2匹、少し体制を崩してしまったがすぐに次の標的を照らす。
《お前らもう少し緊張感を持った方が良いんじゃないか?》
「変にガチガチになるより少しは余裕を持った方が良いクマ」
イ級に砲弾が当たった時の爆発がいつもより大きい、今のは球磨が当てたのだろうか?暁達よりも後ろにいるのによく当てられたものだと感心してしまう。
「そうにゃ、力を抜くことが大事だって呉で教えてもらったにゃ」
いつの間に近づいてきていたのだろうか、多摩が残ったイ級に近距離から砲撃を当てると伸びをしながら後方へと戻って行った。
順調だと思う、敵との遭遇が後何度あるか分からない事を考えれば虚しくなってしまうがこのペースで戦えるのであれば全員で鹿屋に辿り着くというのも不可能じゃないと思う。しかしそれも6度目の接敵から余計な事を考えている余裕は無くなっていった。
「後……どれくらいで……、基地に着くのかな」
《……どうした、息が荒いが被弾したのか?》
「いやぁ、やっぱり……私も訓練……しとくんだったなぁ」
正直に言えばまずい、直撃こそ防げているが無理な航行を行い続けているせいか主機も嫌な音を出しているし、身体のあちこちが痛む。何よりも最悪なのは予定よりも早い雨だった。
《……帰ったら走り込みだから、絶対に鹿屋に帰るぞ》
もう何匹相手にしたのかも覚えていないし、どれくらいの時間こうしているのかも分からなくなってきた、辛いはずなのに苦しいはずなのに何故か私の身体は前へ前へと進むのをやめない。
「その前に……ゆっくりお風呂に入りたいなぁ……」
後ろから急に飛び出してきたイ級を主砲で殴りつける、体重の軽い分私が押しのけられてしまうのだがそれを利用してどうにか避ける事ができた。すぐに照らそうとするが、電池が残り少ないのか懐中電灯の光が弱弱しくなってきている。
《風呂って入渠の事か?》
「うん、他の基地がどうなってるか知らないけど、鹿屋のお風呂は大きい方だと思うよ。 みんなで帰れたら教官も一緒に入る?」
《……悪いが遠慮したいな》
それでも私の照らした標的目掛けて後ろの子達が砲撃を行ってくれる。状況は間違いなく悪くなっているはずなのに、私は楽しくて仕方が無いと思っている。
敵の攻撃が当たれば私は沈んでしまうかもしれない、雨音のせいでどこから敵が出てくるかも分からない。もしかしたら今も私目掛けて魚雷が進んできているかもしれない。そんなスリルすら今は私の身体を動かす原動力となっている。
「夜は良いよね~、夜はさ。 もしかしたら、私って夜戦が好きかも」
身体がとても軽く感じる、それは気分的な面もあったのだろうけど実際は艤装の燃料が少なくなっている事を知らせていた。これ以上は流石にまずい、1度私も暁達に合流して誰かと交代した方が良いだろう。
「実は球磨も1度旗艦をやってみたかったクマ、川内変わって欲しいクマ」
私の様子に察してくれたのか、速度を落として合流しようとした私の肩を球磨が軽く叩いてきた。球磨や多摩の練度を考えればきっと任せても大丈夫だろう、私は少し休ませてもらうと球磨に耳打ちするが、突如前方から大きな爆発音が聞こえた。
「きょ、教官さん!? 大丈夫っぽい!?」
「ちょっと! 聞こえてるの? 返事くらいしなさいよ!」
疲労で俯き気味だった視線を上にあげると、輸送船の後方にある艦橋から赤い炎と黒い煙が上がっているのが視界に入った。
「どうして……? 今まで1度も狙われて無かったのに……」
先ほどまでは間違いなく深海棲艦は私を狙っていた。なのにどうして急に輸送船が狙われ始めたのだろう。急いで速度を上げようとしたけど、1度気を抜いてしまった身体が言う事を聞かない。
「く、球磨。 私は良いから教官を……」
「無茶言うなクマ、今狙われたら川内が危ないクマ」
私の腕を掴む球磨を必死で振りほどこうとするけど、そんな些細な事すらできないほど疲弊しきっている自分の身体が憎らしかった。
「返事をして欲しいのです!」
「電落ち着いて、私達まで前に出ると危ないわよ!」
「私が行く、みんなは援護を頼む」
「ダメにゃ、まだ周囲に敵が居るのに単独行動は危険にゃ」
まずい、球磨や多摩は冷静みたいだけど暁達の様子を見る限り今敵に攻撃をされると回避行動すらろくにとれないと思う。
《……大丈夫だ、落ち着いて周囲の警戒に当たれ》
無線から教官の声が聞こえてくる、声を聞く限り無事という訳では無さそうだけど今は生きている事に感謝するしかない。
《もう少しで俺達の勝ちだ、全員速度一杯。 俺も脱出の準備をするから輸送船を盾にしながら真っ直ぐ進め》
教官の声と共に輸送船の速度が上がった、まだ周囲には数えきれないくらいの深海棲艦が居るというのにどういうつもりなのだろうか。しかし、私達は船に置いて行かれないように全速力で後ろに続く。
《全員散開するネー! 全砲門……ファイアー!!》
突然無線から金剛さんの声が聞こえてくると、一瞬だが夜空に流れ星のようなものが見えて咄嗟に察した。
「全員散開!! 巻き添えを食らわないように!!」
《燃えてる船が良い目印になってるだろ? 船以外どこに撃っても敵だらけだ、好きなだけ撃て!》
《気合! 入れて! 行きます! 主砲、斉射、始め!》
私達軽巡洋艦や駆逐艦とは違う大口径の主砲による砲撃、直接当たらなくても砲弾が海面に着弾した衝撃で次々とイ級の群れを散らしていく。
《主砲! 砲撃開始!! 榛名!全力で参ります!》
「ぽ、ぽいぃぃぃぃ!?」
「ちょっと! 私達だって近くに居るのよ!?」
もちろん弾が私達を避けてくれるなんて都合の良い話は無い、しかしここまで来て味方の砲撃で沈んだなんて笑い話にもならない結果にならないように必死で空を見ながら回避行動を続けていく。
《距離、速度、よし! 全門斉射!!》
「電! こっちに来なさい!」
「はわわ、どっちに進んでも砲弾が降ってくるのです!!」
深海棲艦と私達へ向けた一方的な攻撃は数分間続いた、全員肩で息をしているようだったが奇跡的に全員無事のようだった。
《それじゃあ帰るぞ》
「了解……」
私達は金剛さん達と合流すると、深海棲艦と金剛さん達のどちらかが原因で動かなくなってしまった輸送船を全員で曳航しながら陸地へと向かう。陸が見えてきたと思うと誰かがライトでこちらに何かを伝えようとしているようだった───。
「本当に迎えに来てもらえるとは思いませんでしたよ」
「ここで貴様に死なれるとこっちとしても都合が悪いのでな。 それより傷の具合はどうなんだ?」
「身体に刺さった破片は取り除いたので問題無いと思います、左目に関しては後日検査でも受けてみますよ」
敵の砲撃で艦橋が吹き飛ばされてしまった際に俺の身体のあちこちにガラスや鉄の破片が刺さってしまっていた。そっちは先ほど応急処置は済ませたのだが、目に異物でも入ったのか左目に焼けるような痛みを感じている。
「ところで阿武隈はどうでした?」
「あの金髪の娘か、応急処置は終わっていたようだから呉の艦娘と一緒に先に貴様の基地へと輸送した。 いい加減貴様もさっさと車に乗り込め」
爺が指差す先に視線を向けると、そこには呉に向かう時に世話になった73式の姿があった。帰りくらいはまともな車で帰れると思っていたのだが、まさか再び狭い荷台に乗せられるとは予想していなかった。
「ったく、こっちは疲れてるんだからっと……」
荷台に乗り込もうとして中から寝息が聞こえてくる事に気付いた、俺はゆっくりと中を覗き込むと、6人の少女達が気持ちよさそうに眠っていた。俺は少女達を起こさないように慎重に荷台に乗り込むと小さく呟いた。
「みんなよく頑張ったな、お疲れ様───」
次回は祝勝会デース!