ガラクタと呼ばれた少女達   作:湊音

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少し金剛さんには意地悪をし過ぎちゃいました、これは謝らないとですね。

それでも彼女の表情は私が知っている艦娘の姿とは大きく違った。

兵器としては失敗作だと言われ続けた私達がこうして笑って過ごせる日々が来るなんて誰が予想できたでしょうか。

これも湊さんの魅力の1つなのでしょうか?

陸軍で現代の軍の在り方を勉強して来いと命令された時には不安でしたが、とても良い経験になったと思う。

今も昔も人は大切なモノのために必死で戦っているのだと分かったから。

湊さんには申し訳ない事をしたと思う。

私が彼を海軍へと推薦しなければ彼は傷つくことは無かった。

それに彼はこれから不慣れな場所で様々な悩みを抱えて行くでしょう。

それでも彼は必ず私達の提督として背中を預けられる存在になると、そう信じています。

頑張ってくださいね。


顔は見えなくても(2)

「湊さん、次はあそこに寄ってもらって良いですか?」

 

 淀川さん改め大淀が指差したのは携帯ショップだった、別に無線を使えば良いだろうと思ったが生活用品の買い込みは終わっていたので指示に従う。

 

「携帯なんて何に使うんだ、それにそんな予算なんてあるのか?」

 

「大丈夫ですよ、結構貯金していますので問題ありません」

 

 兵器として扱われている彼女達に給与が支払われているのかと疑問に持った俺は金剛に尋ねてみる。

 

「1度も貰った事無いデスヨ……?」

 

「海軍からは支給されて居ないと思いますよ、本来であれば私も頂ける物では無かったのですが中将さんが陸軍に居る間は人として扱うから当然だと言ってくれましたので」

 

 大淀の言葉に少し驚いた、あの爺こそ艦娘は兵器だと割り切ってコキ使いそうなイメージがあるのだが変な下心でもあったのだろうか。

 

「湊さんは何色が好きですか?」

 

「あんま選り好みはしないけど、青とか緑系の色が好きかな?」

 

「随分とカラフルデスネー!」

 

 店内に入った俺達は様々な種類の通信機器が置かれた棚を物色する、確かに昔は携帯を持ち歩いていた時期もあったが国外に出る事になって解約してからはこの手の道具は無くても特に困らないと結論を出している。

 

「これなんてどうですか?」

 

「これが可愛いデース!」

 

 大淀がこちらに見せているのは光の加減によって青とも緑とも取れる俺が好みだと言った色に近いのだが、金剛が持ってきたのはピンクやゴールドと言った正直何を考えてこの色を用意したのか理解できない配色の物だった。

 

「俺は大淀の持ってる方が良いかな……」

 

「ノー、負けマシター!」

 

「そう、これが本当の大淀型の力よ!」

 

 買い物の途中で2人で何か話していたようだが、妙に仲が良くなっているような気するが何があったのだろう。

 

「それでは2つ目は金剛さんの持っているピンクにしましょうか、申し訳ないのですが契約は湊さん名義で良いですか?」

 

 2つ買う事にも驚いたのだが仕事用と私用とで分けるのだろうかとこの際気にしない事にする。それよりも気になったのはどうして俺の名義で契約する必要があるのかだった。

 

「私が契約できれば良いのですが、残念ながら私達には身分を証明する物がありませんので……」

 

「あぁ、そういう事か」

 

 現状艦娘は人として扱われていない、艦娘になる前なら自身を証明する物がいくつかあったのだろうが今はそうでは無いらしい。

 

「ちょっと待ってろ」

 

「プランはこの家族プランでお願いしますね」

 

 どうも大淀と話をしていると淀川さんと呼んでいた頃のイメージが強く、本当に艦娘なのかと疑いたくなってくる。艦娘になる際に記憶の欠損があると資料には書かれていたがここまで馴染んでいるのが不思議だった。

 

 結局よく分からない説明や期間限定でお得なプランがある等様々な事を店員に言われたが、理解の追いついていない俺はそれを黙って聞くしかできなかった。と言うより黙っていても大淀が話を進めているので黙っている事こそ正解だったと思う。

 

「それで携帯なんて何に使うんだ?」

 

「携帯では無くスマートフォンと呼ぶんですよ?」

 

 しかしこの場において1番ついてこれていなかったのは金剛だった、現代に生きている俺ですら分からない事だらけなのだ、笑って誤魔化しているようだが正直バレバレだと思う。

 

「こちらは湊さんが使ってください、私達はこっちを使いますので」

 

「俺は別に無くても困らないんだが……」

 

 大淀はそう言って深緑色の携帯を俺に手渡してきた。代金は大淀が支払っている以上貰うと言うのも申し訳ないし適当に断っておく。

 

「湊さんが必要としなくても、彼女達には必要になってきますよ」

 

 大淀は画面を数度触ると俺の持っている携帯が震える。

 

「それでは金剛さんには記念すべき初通話をお願いします」

 

「任せてくだサーイ!」

 

 そう言って金剛は大淀から携帯を受け取ると走って行ってしまった。何を遊んでいるんだと呆れかけていたが、仕方が無く付き合ってやる事にする。

 

『聞こえマスカー!』

 

 大声で叫んできた金剛に驚いて咄嗟に画面の赤いボタンを押す、すると金剛が走って戻ってきた。

 

「大淀、急に何も聞こえなくなりマシタヨ!?」

 

「湊さんもあまり意地悪をすると嫌われちゃいますよ?」

 

「声がでけぇんだよ、普通に喋れば聞こえるって」

 

 怒っている金剛を無視して大淀に携帯を渡すと、再び金剛の持っている携帯にかけてもらう。それに気づいた金剛は再び遠くへと走り出す。

 

『こ、これくらいで大丈夫デスカ?』

 

「あぁ問題無い、もう満足したか?」

 

 大淀に切って良いかと視線で確認するが、大淀はゆっくりと首を振った。

 

『これで教官が居なくなってもお話できマース、やっぱり教官と離れ離れになるのは寂しいケド、提督になるのを応援しながら待ってるヨ!』

 

 俺は再び画面の赤いボタンを押す。

 

「まったく、素直じゃないですね」

 

「さっさと帰るぞ、それとその携帯なんだが艦娘達で共有するなら登録名を───にしておいてくれ」

 

 大淀に携帯を渡すと、叫びながらこちらに走って来る金剛を無視して俺は車に乗り込む、金剛が妙な事を言うせいで熱くなった顔が赤くなって無いかをミラーで確認するとそれを誤魔化すように大きく伸びをした───。

 

 

 

 

「皆さん初めましてと言う訳ではありませんね、お久しぶりです。 軽巡大淀只今を持って戦列に復帰します」

 

 鹿屋に戻った俺達は荷物を運び入れると、大淀を紹介するために食堂へと招集をかけた。初めて俺が挨拶する時には全然集まらなかったくせに今は全員が集まっていると思うとなんとも不思議な気分になる。

 

「あら、大淀じゃない。 人の姿になっても堅物なのは相変わらずなのね」

 

「足柄さんこそ、人として生まれ変わっても『飢えた狼』の名は当てはまりそうですね」

 

 大淀と足柄の間に妙な空気が流れる、もしかして戦時中に何かいざこざが起きているのではと不安になってきた。仲の良い艦同士が居る事を考えればその逆もありえるのではなかろうか。

 

「佐世保に居たはずのあなたが居るという事はあの子も居るんですか?」

 

「ええ、今は自室に引きこもってるわよ」

 

 大淀と足柄は数秒にらみ合いを続けた後、食堂から出て行ってしまった。一体何があったのか理解できない。突然の事に茫然としてしまっている俺に後ろから誰かが声をかけてきた。

 

「あ、あのー、教官さん大丈夫ですか?」

 

「羽黒か、一体今のは何だったんだ?」

 

「足柄姉さんと大淀さんは大きな作戦で一緒に行動してたんです、恐らくは霞ちゃんも参加していたはずなのでそちらに向かったのかと……」

 

 羽黒から『礼号作戦』について軽く説明を受けた俺は大きく溜め息をついた、俺の知っている淀川さんはどちらかと言えば大人しい人柄で、面倒見が良く年下なのにどこかお姉さんをイメージさせる人物だったのだが、今日のやり取りでそのイメージがどんどん崩れていく。

 

「このクズ! 足柄だけでもやっかいなのに、なんて人を連れて来るのよ!」

 

「引きこもってるんじゃなかったのか?」

 

 食堂の扉が大きな音を立てて開かれると霞が飛び込んできた、霞はそのまま俺の後ろへと隠れると敵の襲撃に備えているようだった。

 

「相変わらず素直じゃないですね、私達が助けに行った時はあれほど喜んでいたのに」

 

「そこが霞の可愛い所なんじゃない、大淀も分かってないわねぇ」

 

 遅れて大淀と足柄が食堂に戻ってきた、正直大淀の紹介が終わったら俺がこの基地からしばらく離れると言う話をするつもりだったのだが訳の分からない空気になってしまっている。

 

「良いから何とかしなさいよこのクズ!」

 

「それが人に何かを頼む態度なのか?」

 

「何を調子に乗ってるのこのクズッ!」

 

 俺は後ろに隠れている霞を捕まえると、2人の追跡者へと差し出そうとしてみる。

 

「分かったわよ、お願いしたら良いんでしょ! は、早く何とかしなさいよっ!」

 

「お願いしますは?」

 

 大淀と足柄はゆっくりとこちらに近づいてくる、霞は必死で体を動かして俺の手から逃れようとしているが襟を掴んだ俺の腕を振りほどけないようだった。

 

「お、お願い……しますっ!」

 

「大淀、足柄ちょっと落ち着け。 真面目な話もあるんだ」

 

 真面目な話という単語にスイッチを切り替えたのか、2人は真剣な表情でこちらを見ている。一連のやり取りを見て笑っていた子達も黙って耳を傾けてくれているようだった。

 

「初めに1つ言っておくが俺はこれから『提督』になるための研修に行く事になった」

 

 その一言で一部の子達が騒ぎ始める。

 

「教官さんが本当に提督さんになるっぽい!?」

 

「実にハラショーな内容だね」

 

「良いじゃない、私達も頑張った甲斐があるってものね!」

 

 主に騒いでいたのは駆逐艦の子達だったと思う、騒いでいると話の続きが聞けないと判断した妙高や川内達が静かにするように注意して回っている。

 

「その研修ってのが、今ある鎮守府に行って勉強してくる事になっている。 だから申し訳ないがしばらく俺はこの基地から離れる事になる」

 

「しばらくってどれくらいなのかな……?」

 

 真っ先に質問してきたのは時雨だった、同じことを考えた子も多かったのか俺の返答を息を吞んで待っている。

 

「悪いが分からない、短くても数ヶ月だとは思うがその間のこの基地の運営について話し合いたいと思う」

 

 実際俺がこの基地を離れる事によって以前のような状態に戻ってしまう事が最も懸念される事だった、下手に他の軍人を呼んだとしても少女達を兵器として扱うような人間なら意味が無い。

 

「恐らく外と繋がりを持っているのは大淀だけだと思うから、基本的には大淀に働いてもらう事になるが正直1人でこの人数をまとめると言うのは大変だと思う」

 

 実際この人数となると1人で全員の様子を見ると言うのはかなり厳しい、俺だって金剛や妙高達が手伝ってくれていたからどうにかなっていたが、数ヶ月となるとそれでも身体が持たないだろう。

 

「そこで、各艦種毎に代表を決めて置きたいと思うんだ。 代表をやりたいって子は居るか?」

 

 本来であれば階級で決めるべきなのだろうが、生憎この子達には階級という制度が無い。だったら少しでも大人びている戦艦や重巡の子達を代表にしてしまえば良いと思うが、恐らくそれでは小さい子達から不平不満が出ても気付きづらくなってしまうだろう。

 

「戦艦は私がやりマース!」

 

「流石はお姉様!」

 

「榛名、応援します!」

 

 予想していた通りだが、戦艦は金剛が代表で問題無さそうだった。金剛姉妹の他に山城も居るのだが正直興味無さそうに騒ぐ金剛達を見ていた。

 

「それでは重巡はこの妙高で宜しいでしょうか?」

 

「問題無い、元々重巡は私達妙高型しか居ないからな」

 

 ここも予想通り、重巡をまとめるのは妙高に落ち着いたようだった。正直羽黒辺りに1度経験させておきたいと思ったが、それは俺がこの基地に戻って来てからでも良いだろう。

 

「それじゃあ軽巡の代表は神通で良いかなぁ?」

 

「ね、姉さん何を!」

 

「那珂ちゃんはアイドル活動で忙しいから別に良いよ!」

 

「私達は別にそれで良いわよー? ねぇ天龍ちゃん?」

 

「球磨も多摩も面倒な事は嫌いだクマー」

 

 軽巡は川内の一言で神通に決まってしまったようだった、この流れだと長女がやる流れだと思っていたのだが作戦の時と違いだらけきってしまっている川内を見て呆れてしまう。

 

「駆逐艦はこの暁に任せなさいっ!」

 

「何よ、この雷様の方が向いてるんじゃない?」

 

「夕立は難しい事は分かんないから時雨にお願いするっぽい!」

 

「いや、僕は遠慮したいかな……?」

 

 問題はここだった、間違いなくまとまらないのは分かっていたし、正直これくらいの年齢の子に指揮官としての適性はまだ無いと思う。わざと班分けするのにはそれぞれのリーダーに部下を扱うと言う事の練習をかねてだったのだがこの子達にはまだ早いような気もする。

 

「暁の方がお姉ちゃんなんだからね!」

 

「あら、進水日だったら私や電の方が早かったわよ?」

 

「2人共喧嘩はやめるのですー!」

 

 正直軽巡も川内では無く神通がまとめる事になったので生まれた順や姉や妹は関係ないと思うのだが、少女達にとってはそれは自分がまとめ役になるための十分な理由になるのだろう。

 

「叢雲は立候補しないのか?」

 

「私は嫌よ、それに下にしっかり者が居た方が組織も安定すると思わない?」

 

 もし1人選ぶのであれば叢雲辺りかと考えて居たのだが、本人にその気は無いようだった。確かに叢雲の言う事も一理あるし、本人にやる気が無いのであれば無理にやらせても仕方が無い。

 

「あーもう、バカばっかり! そんなの誰がやったって一緒じゃないの」

 

「じゃあ駆逐艦のまとめ役は霞な」

 

 呆れたように悪態を付いた霞だったが、俺の一言で完全に固まってしまった。こいつなら軽巡の大淀や重巡の足柄と仲が良いみたいだし自分よりも大きな相手に思った事を口にできると言うのはまとめ役に必要な能力だと思う。

 

「どんな采配してんのよ…本っ当に迷惑だわ!」

 

「じゃあ聞くが、暁や雷は大淀や足柄に逆らう事はできるか?」

 

「大淀さんは大丈夫そうだけど、足柄さんはちょっと怖いわね……」

 

「暁、騙されちゃだめよ! 大淀さんだってきっと怒ると怖いタイプだと思うわよ!」

 

 暁と雷の言葉に大淀と足柄が反応する、2人は視線を合わせると互いに少女達にゆっくりと近づいて行った。

 

「誰が怖いのかなー、暁ちゃん教えてくれるかしら?」

 

「そんなに怒らせたら怖そうですか?」

 

「はわわわ、2人共逃げるのです!」

 

 2人の登場に暁型姉妹が慌て始める、夕立は今だけはあの騒ぎに参加しなくて心底良かったと感じているようだった。

 

「大人気無いわね、子供の言った事にいちいち反応してどうするのよ」

 

「霞がそう言うなら仕方が無いわね、お仕置きは無しにしてあげるわよ」

 

「確かにそうですね、少し大人気無かったようです。 流石は霞ちゃんですね」

 

 霞に叱られた2人がそれぞれのグループに戻っていく、霞が2人にハメられた事に気付いたのは後ろで希望の眼差しを向けている暁と雷の視線に気付いてからだった。

 

「あなたすごいのね、足柄さんと大淀さん言い負かすなんてレディだわ!」

 

「この雷様も流石にまずいと思ったけど助かったわよ」

 

「それじゃあ駆逐艦のリーダーは霞にするっぽい!」

 

「……えっ?」

 

 胴上げでも始まるのでは無いかと思えるような騒ぎの中で駆逐艦のリーダーは霞に決まったようだった。

 

「まぁなんだ、下がしっかりしてれば大丈夫なんだよな?」

 

「ったく、任せておきなさい」

 

 正直不安になって来たが、今は叢雲の言葉を信じるしかない。その後は各自に連絡方法や組織として動く上での注意点を説明して話し合いは無事に終わった。実際はもっと細かく訓練のスケジュールや食事当番とかの細かい事を決める必要があったのだが、自主性を育てるためにもあえて口にしないでおいた。

 

 それから俺は執務室に戻ると数少ない自分の荷物をまとめる事にした、ここに来て1週間しか経っていないが色々な事があったと思う。北にある鎮守府から徐々にこの鹿屋基地へと戻ってくるルートで研修を行うようだけど大湊って一体どこにあるのだろうか。

 

「これだけは忘れないようにしないとな」

 

 俺は大淀から預かっている携帯と充電器を鞄に押し込むと突然携帯が震える。内容を確認した俺はつい笑ってしまった───。


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