ガラクタと呼ばれた少女達   作:湊音

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笑顔の仮面

 本日は快晴、海を渡ってくる風は程よく冷たく陽射しは少し強いが外に出て読書をするには最適な気候だろう。湊は海兵隊の訓練内容や実際に艦を動かす際の説明が書かれた本を読みながら少女達を眺めていた。

 

『電ちゃんこっちに流されてるっぽい!』

 

『はわわ、急に言われても止まれないのです!』

 

 海の上を滑るように航行している少女達を見ながら湊は少しだけ羨ましく感じる。湊は泳いだことはあっても水上スキーのようなマリンスポーツと呼ばれる物の経験は一切無かった。

 

 そんな事を考えていても仕方が無いと思いながら、本に書かれた内容を読み進めているが、やはり自分に経験の無い事を誰かに教えるというのは想像しているよりも難しいようだった。

 

「攻めの基本は単縦陣、潜水艦相手には単横陣、護衛の際には輪形陣。 こんなに勉強したのっていつ振りだろうな……」

 

 湊が読んでいる本には艦隊運動は陣形の維持が基本だと書かれている。流石に訓練の内容も告げずにただ海の上に出す訳にもいかず旗艦である阿武隈に本に書かれた内容をそのまま指示していたが、少女達の動きはぎこちなく、時折互いにぶつかり何度も海の上で転倒しているようだった。

 

『響ちゃん、前に出過ぎですぅ! もっと周りに合わせてくださいぃ!』

 

『すまない。 でも、流石に遅過ぎると思うんだ』

 

 少女達の中でも航行に慣れている者と慣れていない者が居るのか、少し移動するだけで出発前には整っていた陣形がすぐに乱れてしまっているようだった。

 

「全員集合」

 

 湊は本を閉じると無線機を使って少女達に声をかける。その声を聞いた阿武隈が陣形を単縦陣に切り替えるように指示を出したようだが、湊に向かいゆっくりと進む少女達は蛇やミミズが地面を這っているかのようにフラフラと左右にずれながら移動をしていた。

 

「だ、第一水雷戦隊、集合しました!」

 

 戻って来た阿武隈は湊に向かって精一杯声を出して報告をしたが、湊は手を上下に振って声のボリュームを下げるように促す。

 

「堅苦しい事は今は良いよ。 それで、久しぶりに海に出た感想はどうだった?」

 

 湊の質問に1番早く返事をしたのは夕立だった。

 

「すっごく楽しかったっぽい!」

 

「こら、夕立!」

 

 元気よく発言した夕立の頭を時雨が軽く小突く。少女達の中でもある程度察しの良い者は自分達の不甲斐なさに湊から叱責を受けるのでは無いかと表情を暗くして俯いてしまっている。

 

「阿武隈、輪形陣の目的って何だ?」

 

「主力や護衛対象を中心に位置させ、周囲の護衛艦が全方位に索敵を──」

 

 阿武隈の説明は先ほど湊が読んでいた本に書かれている通りだった。少しドヤ顔で説明している阿武隈を湊は「長い」と一言告げて黙らせる。

 

「もう少し分かりやすく説明してみろ、他の子達に輪形陣の目的はちゃんと説明したのか?」

 

「せ、説明はしましたけど、みんな分かってるって……」

 

「そうか、でも分かってない子も居たようだったが?」

 

 湊は響に向かって手招きをすると、桟橋の上にいる湊に近づくように指示を出す。

 

「響は阿武隈の説明をちゃんと理解できていたか?」

 

「もちろん、今回は叢雲を護衛対象にして周囲の索敵を行ったよ」

 

「そうだな、しっかり周囲を見渡していたみたいだしな。 でも1つ質問なんだが、響は周りが遅いと言っていたみたいだがその言葉は本当に正しかったのか?」

 

「そ、それは……。 すまない、久しぶりの海で少し気が緩んでいたようだ……」

 

 小さい身体を更に小さくするように俯いてしまった響を見て湊は胸を痛めているようだった。鹿屋に来る前のように相手が屈強な男達なら問題無いのだが、目の前で叱られ落ち込んでしまっているのがまだ幼い少女だという事実に罪悪感を感じたのだろう。

 

「ちょっと、響ばかり責めないでよ! 私達だってちゃんと阿武隈さんの指示通り動けてなかったんだから!」

 

 雷が湊に反論していたが、湊としては叱るべき場所で叱っておかないと示しがつかないと思っている以上、罪悪感に襲われながらでも少女達に伝えるべきだと覚悟を決めたようだった。

 

「雷は周りの子達を気にして周囲の索敵を疎かにしているようだったな、電は何度も他の子とぶつかっていた。 もしこれが訓練じゃなく実際の戦闘中だったらどうなる?」

 

「敵の発見が遅れるわね……」

 

「ぶつかった子も危ない目に合うのです……」

 

「うん、その通りだと俺も思う。 それが分かっているなら俺から言う事は無いよ」

 

 質問に答えられたという事は少女達は自分達の失敗に気付けているという事だろう、気付いているのであればこれ以上指導する必要は無いと湊は笑顔で頷く。

 

 その後も少女達全員の動きを思い出しながら湊は1つずつ質問を繰り返していくと、初めは叱られるのではと思い俯いていた少女達も話が終わる頃には顔を上げ真直ぐ湊の顔を見ていた。

 

「あんた、もっと適当な性格だと思ってたけど、意外としっかり見てるのね」

 

「うん、僕も驚いた。 てっきりだらしないと叱られて終わると思ってた」

 

 湊にとっては今回の指導内容はただ本に書かれた内容を自分なりに解釈した付け焼刃としか思っていなかったが、予想以上の高評価に少し気恥ずかしく感じているようだった。

 

「俺はまだ皆の事を良く分かっていない、だから俺が話した内容でも間違っていると思えばどんどん言ってくれても良いし、気になる事があれば聞いてくれても良い」

 

「それじゃあ質問なのです、どうやったら電は真直ぐ進めるようになるのでしょうか……?」

 

「難しい質問だな、どういう理屈で海の上を進んでいるのかは分からないが足元のソレに振り回されているようだったし、少し体力をつけた方が良いのかもしれないな」

 

 湊は電の足元を指差すと全員が自分達の足についている主機に視線を落とす。現に少女達が桟橋に戻って来た時には大きく肩で息をしている子や、今も立っているだけで辛そうにしている子もいる。その後は全員で訓練の内容について意見交換をし、1200までの残り1時間は休憩を挟みながら先ほどと同じ内容で訓練をする事に決まった。

 

「叢雲は残ってくれ、話がある」

 

「……分かったわよ」

 

 湊は少女達と一緒に再び沖に向かおうとした叢雲に声をかける、声をかけられた叢雲は何か小言を言われるのでは無いかと思ったのかあまり良い表情では無かった。

 

 湊と叢雲は2人で桟橋から足を投げ出して並んで座っている、沖では相変わらず少女達が騒いで居たが2人の間には沈黙が続いていた。

 

「で、要件は何なのよ」

 

「そんなに焦るなよ、俺はもう少し君達の事を知りたいだけなんだ。 だから雑談だと思って楽にしてくれ」

 

 湊は艦隊行動について書かれている本と一緒に持って来た資料を取り出すと叢雲に見えるように広げる。資料の中には『駆逐艦 叢雲』と書かれた項目があり、かつての日本のために戦った艦の経歴や、艦娘として生まれ変わった少女の経歴が簡潔にまとめられていた。

 

「鹿屋に来る前は横須賀に居たのか、俺はあまり国内で旅行をした経験が無いんだが、どんな所なんだ?」

 

「何よ、言いたい事があるならはっきり言いなさいよ」

 

「そう焦るなって……」

 

 叢雲は資料に赤線の惹かれている項目を左の手の甲で軽く叩く、そこには横須賀鎮守府での叢雲の問題行動について書かれており、赤線を引いたのは湊が来る前に鹿屋に居た提督だろう。

 

「命令無視等の行為を繰り返し鹿屋へと転籍、間違い無いか?」

 

 湊としては雑談をしてもう少し互いに距離を縮めてから聞き出すつもりだったのだろうが、湊の質問に叢雲は苦虫を噛み潰したような表情で頷いた。

 

「向こうで私は睦月型の子達と偵察任務ばかりやってたの」

 

「睦月型か。 どんな艦なのかは分からないが、叢雲は前に特型駆逐艦って言ってたよな」

 

「ええ、睦月型と同じように言うのなら私は吹雪型になるのかしら」

 

 湊は叢雲の言葉に頷が、初めて会った時には少女が吹雪型では無く特型と自分の事を言っていた事を考えてそれ以上の質問はしなかった。

 

「一緒に任務をしてた子達はどんな子だったんだ?」

 

「色々な子が居たわね、騒がしい子も居れば無口な子も居たし、艦娘なのに髪が濡れるのを嫌がってた子も居たわね」

 

「同じ艦娘でも色々居るんだな」

 

「当たり前じゃない、艦娘がみんな夕立みたいな性格だったら絶対に収集付かないわよ?」

 

「確かにそうだ」

 

 湊と叢雲は沖で訓練している少女達が全員夕立だったらと想像して複雑な気持ちになりつつも笑いあう、その後に先に口を開いたのは叢雲だった。

 

「偵察中に敵と遭遇、こっちは気付くのが遅れて1人が被弾。 主機をやられて誰かが支えて無いと沈んでしまう状態になったわ」

 

 叢雲は当時の状況を思い出したのか眉を寄せて不機嫌そうな表情のまま話しを続ける。

 

「私は撤退するように要求をした。 でもね、帰って来た答えは援軍が到着するまで戦闘を継続。 主機のやられた子は放棄しても構わないって」

 

「仲間を見捨てろって事か」

 

「そうよ。 だから私は命令を無視して全員に撤退指示を出した、私は間違ってない、私は誰かを犠牲にするような作戦には絶対に従わない」

 

 湊は叢雲の言葉に答えるために自分ならどうしていたかを考える、軍という組織で動く上で下を切り捨てるという行為は特に珍しい事ではない。だからこそ、その判断を下し成功した者は美談として取り上げられる事が多い。

 

 叢雲の行った行為に関しては人名優先と考えれば美談として受け取られる可能性もあったが、艦娘が兵器として扱われている現状を考えれば敵前逃亡の以外の何でもない。

 

「なるほど、叢雲の言いたいことは分かった。 従いたく無ければ従わなくても良い。 俺が間違っていると思えば命令なんて無視してもらっても大丈夫だ」

 

「……は? あんた自分が何を言ってるか分かってるの?」

 

 湊の返答があまりにも予想外だったのか、叢雲は鳩が豆鉄砲を食らったかのように何度も瞬きをしながら湊の顔を覗き込む。

 

「その代わり、従わないのならもっと上手くやれ。 無線の調子が悪くて聞き取れなかったとか、言い訳なんていくらでもできるだろ」

 

「あんたって軍人よね……? 陸の軍人ってそんな適当なの?」

 

「俺の昔居た部隊の隊長の口癖なんだが『どうせやるなら上手くやれ』って良く言っていたよ。 命令違反や銀蠅だってそうだバレなければ問題にならないし、バレても言い訳が通れば罪に問われない可能性だってある」

 

 湊の言葉に叢雲は興味を持ったのか身を乗り出して言葉の続きを待っているようだった。

 

「その代わりバレないように必死で頭を使え、バレても自分や仲間を守れるようにその倍頭を使え。 その方が命令に従うだけの兵士よりも良い兵士が育つんだってさ」

 

 実際湊の周りではそういった事に頭が回る人間の方が早く出征している傾向にあった。間違いなく勤勉さも重要なのだろうが、勉強だけでは要領の良さまでは学ぶことはできず、誰かの上に立つ人間とは大体がそれなりの狡賢さを備えていた。

 

「ふーん。 で、バレた結果があの坊主頭って訳?」

 

「まさか。 自慢じゃないが俺は二十歳を超えてからその手の類で罰を受けた事は無い。 あれは俺の居た部隊にちょっかいをかけてきた野郎をぶん殴ったら、自分よりも階級が上だったって不幸な事故の結果だ」

 

「ふふっ、あんたって本当に馬鹿ね」

 

 湊は叢雲の笑顔を見ながら話して良かったと心の底から思った、年相応の笑みを浮かべる少女には機嫌の悪そうな顔をしているよりも間違いなく似合っていると思ったから。

 

「正直俺がどうしてこの基地に来たのかは分からない。 教官として働けって言われたが俺が君達に教えてやれる事なんて限られてると思う」

 

「そう? 私としては訓練をしているよりもずっと勉強になったわよ?」

 

「まぁ聞け。 だからさ、まずは君達と正面から向き合って俺にできる事を探す事から始めようと思う」

 

「良いわね、偉そうに踏ん反り返っている連中の何倍も素敵だと思うわよ?」

 

 湊は叢雲に向かって右手を差し出すと、叢雲はそれが何を意味しているのか気付き意地の悪そうな笑みを浮かべる。

 

「まぁ過度な期待はしないでいてあげるわよ」

 

「あぁ、変にプレッシャーをかけられても困るからな」

 

 湊も叢雲の笑みにつられ意地の悪そうな笑みを浮かべる。

 

「よろしく、『湊教官』」

 

「こちらこそよろしく頼むよ、叢雲」

 

 2人は互いの手を握り合ったまま意地の悪そうな笑みを浮かべていたが、訓練を終えて戻って来た少女達にはそれが何かの悪巧みでは無いかと心底不安になっていた。

 

「で、何だこれは」

 

 時刻も1230となり訓練の終えた少女達と食堂に移動した湊は目の前に置かれている缶詰に驚き真顔で目の前に座っている夕立に問いかける。

 

「乾パンっぽい?」

 

「っぽいじゃなく間違いなく乾パンだね」

 

「いや、それくらい見たら分かるって」

 

 夕立と時雨は缶詰の中身が乾パンだと説明してくれたが、それは缶のラベルを見れば誰だって分かる事だった。湊は中身を1つ摘まむとゆっくりと自信の口に運ぶ。

 

「……間違いなく乾パンだな」

 

 湊は特に食事に拘るタイプでは無かったが、乾パンに口内の水分を全て奪われていくような感覚に顔をしかめる。どうにか水を多めに口に含むことで対応していたが表情は以前暗い。

 

「何故基地の中でこんな物を食わなければならないんだ?」

 

「簡単な事だよ。 ここには非常食以外の食材は無い、料理できる子も居ない、それだけさ」

 

「夕立はもう慣れたっぽい!」

 

 湊と少女達はテーブルを囲んで全員で乾パンを頬張っている。湊としては艦娘と言えど、女の子なのだからそれなりに簡単な料理くらいはできると予想して、内心楽しみにしていたようだが期待を裏切られてしまったようだった。

 

「他に何か食べる物は無いのか?」

 

「あまりお勧めしないけど、ちょっと臭う缶詰なら」

 

「あ、あれだけはやめた方が良いっぽい!」

 

 食料に対して『臭う』と表現した時雨と、夕立の助言を聞いて湊は乾パンで我慢するという選択を選んだ。そんな中湊が気になったのは乾パンに張られているラベルを初めて見た事だった。

 

「これってどこのメーカーなんだ? 向こうの基地に居た頃に見たラベルとは違うみたいだけど」

 

「流石にそこまでは分からないかな、噂だと期限切れの近い缶詰や失敗した試作品なんかが定期的に輸送されて来てるって聞いたことがあるよ」

 

「まぁ捨てるコストを考えれば、不味くても食べてくれる奴等に配った方が有意義だって事か……」

 

「たまには美味しい物が食べたいっぽい……」

 

 湊は周囲の様子を観察してみるが、乾パンを食べる少女達の表情はとても暗い。そんな中異臭を漂わせながら謎の缶詰を食べている叢雲だけは妙に満足そうな表情を浮かべていた。

 

「なぁ、それって美味いのか?」

 

「何よ、気になるなら食べてみれば良いじゃない」

 

「じゃあ一口くれよ」

 

「別に良いけど」

 

 叢雲は付属されているスプーンで湊の持った乾パンの上に謎の物体を乗せる。陸軍でも沢庵なんかは臭うからと周囲から苦情が出ていたが味は良かった、もしかしたら乾パンに乗せられた物体も臭いや見た目は悪くても味は良いのではと思い湊は覚悟を決めてソレを口に含む。

 

「……なぁ叢雲。 美味いか?」

 

「嫌いじゃないわね」

 

「そうか。 艦娘の修理って何処でやるか分からないが、味覚の修理ができないか確認しておいてやるよ」

 

 そこまで言って湊は叢雲に脛を蹴られ情けない声を上げた。それを見ていた少女達は笑顔を浮かべていたが、湊としてはこの劣悪な食事環境をどうやって整えていくか考える必要があると感じていた。

 

「折角海が近いんだし、何か釣れないかな」

 

「教官さん釣りできるっぽい?」

 

「道具があればできなくも無いと思うぞ」

 

「それなら桟橋の近くにある倉庫にあったような気がする」

 

「ありがとう、ちょっと頑張ってみるよ」

 

 湊は少女達に食事が終わり少し休憩をしたら鎮守府の周囲を走るように指示を出した。回数に指定は無く休みながらでも良いので自分で決めた周回数だけは必ず守るようにと伝えると少女達は元気よく返事をした。

 

(遠回しに午後は適当に流せと言ったつもりなんだが、あの子達は真面目に走りそうだな。 真面目なのは良いがちょっと素直過ぎるかねぇ)

 

 湊は食堂を出ると時雨に教えて貰った通り桟橋の近くにある倉庫に向かう事にする。少し歩いていると後方から視線を感じ振り向いてみたが誰も居ないようだった。

 

「気のせいか?」

 

 間違いなく誰かに見られていたような気はしているのだが、振り向いても人影は見当たらない。湊は違和感を感じながらも倉庫に辿り着くと埃をかぶった荷物を適当に漁る。

 

「あったあった、ちょっと古いが糸や針もあるしいけそうだな」

 

 見つけた釣り竿はかなり年季が入っているようだったが、予備の糸や針もセットで箱に詰められており釣りをするには十分な物だった。湊は釣り竿を持って桟橋に向かうと、その辺に張り付いている貝を石で叩き割り中身を針に付けて海に垂らす。

 

(やっぱり視線を感じるんだよな)

 

 湊は釣りに集中する振りをしながら周囲の様子を探るが見られている気配は感じるが周囲には誰も居ない。悪意を感じている訳では無いのでそこまで気にする必要は無いかとわざとらしく欠伸をしてみるがやはり反応は無かった。

 

(まぁ良いか、晩飯のためにも頑張ろう)

 

 視線を気にしながらも釣りを続けるが、1時間近く経っても湊の釣り竿には当たりを知らせる反応は無い。

 

(これは真面目に釣り以外の食料の入手方法を考える必要があるな、町まで距離があるし結構な人数分の食料を買うと考えれば最低でも荷物持ちが必要になるか)

 

 鹿屋基地には艦娘が長距離移動できないようになのか、車両の類は配備されておらず唯一荷物運びに使えそうな物は木製のリアカーくらいだった。

 

「ヘーイ! あなたが新しい提督デスカー?」

 

 湊は後ろから胡散臭い訛り方で声をかけられる。

 

「悪いが俺は提督じゃない。 少し考え事をしているから用があるなら後にしてくれ」

 

 湊は話しかけてきたのが自分の事を監視していた人物だと直感的に悟ると、それとなく容姿を確認する。1時間近く仕掛けて来なかったという事は自分に敵意を向けているのでは無い事は分かっていたが、それでも天龍の事もあり警戒だけは怠らなかった。

 

「うー、なかなかつれない人ネー。 でも、そんな所も素敵ですヨー!」

 

「釣れなくて悪かったな。 魚が逃げるからもう少し声のボリュームを下げろ」

 

 少女の容姿は巫女服を少しいじったような、まるで何かの行事でコスプレでもしているのでは無いかと思えるような不思議な衣装だった。年齢的には阿武隈や天龍よりも上のようだが、顔はやや幼さを残している。

 

「私は金剛デース! ヨロシクオネガイシマース!」

 

「だからうるせぇって!」

 

 鹿屋で出会った艦娘が夕立を覗けば割と大人しい性格が多かったせいか、金剛と名乗った少女のテンションに湊は苛立ちを感じていた。

 

「……えっと、これくらいのボリュームで良いデスカ?」

 

「で、用は何だ。 ただお喋りしたいだけなら他を当たれ」

 

 指示通り声のボリュームを下げた事で湊は面倒だと思いながらも用件の聞いてやる事にした。

 

「実は──」

 

「実は?」

 

「一目惚れしてしまったのデース! 私も訓練に混ぜて欲しいデース!」

 

「そうか、じゃあ基地の周りを走ってこい」

 

 異常なまでの胡散臭さに湊は金剛を相手にする事を諦めた、初めて会って一目惚れしたと言われても何1つ信用できないという事もあったが、これまで雑に扱われて来た艦娘達が容易に誰かに心を開くというのも考えづらい。

 

「も、もう少しコミュニケーションを深めるとかどうでしょうカ……?」

 

「それもそうか、俺の名前は湊、階級は臨時少佐、よろしく頼むよ。 これで良いか?」

 

「なんだか雑デース……」

 

 なかなか自分のペースに巻き込むことができないせいなのか、金剛の表情が引きつっている。そんな少女の様子を見ながら湊はボロが出るまでは付き合ってやっても良いのかもしれないと考えていた。

 

「それならお前の自己紹介も聞いてやるよ」

 

「え、英国のヴィッカース社で建造された超弩級戦艦デース!」

 

「超弩級……?」

 

「イエース! 駆逐艦や軽巡に比べれば火力は桁違いネ、スピードだって高速戦艦と呼ばれた私に隙は無いヨ!」

 

「ふむ、要するに力が強くて足が速いって事か?」

 

 金剛は腰に手を当て自信満々の表情で湊の質問に頷く。

 

「確かに話を聞く限り俺の求めていた艦娘に近いかもしれないな、金剛の事をもっと知りたいから手始めに町にデートに行こうか」

 

「ナイスアイディアネ! 提督とのデート楽しみデース!」

 

 湊の反応に一瞬だけ金剛は口元を歪ませたようだったが、湊はそれを無視しながら釣り竿を片付けるとリアカーの置いてある倉庫へと雑談をしながら歩きだした。

 

「それじゃあ行こうか。 俺が引くから金剛は後ろから押してくれ」

 

「ど、どういう意味デスカ……?」

 

「町に買い出しに行くぞ、力もあるし足も速いんだろ?」

 

「デートに行くのデハ……?」

 

「男と女が2人で出かければ全部デートだ、喋ってる暇があったらさっさと押せ」

 

 

 金剛は突然の事に戸惑いながらも湊の指示通りリアカーを押し始める、力があり足が速いのであれば荷物持ちには最適だと考えた湊は後ろで不満そうな表情をしている金剛を無視してリアカーを引く。

 

「こんなはずじゃ無かったのニー!」

 

 金剛の苦情を無視しながら歩き続けると2時間程で人気のある場所まで辿り着く事ができた。基地の周辺は深海棲艦の襲撃に備え避難勧告が出ているようで、2人はリアカーを押しながら山を1つ超える結果になっていた。

 

「初めにクーラーボックスでも買うか、この天気じゃ肉や魚を買っても基地に戻る前に腐りそうだからな」

 

「りょ、了解デース」

 

 雑貨屋と思わしき場所に立ち寄ると青色のクーラーボックスをいくつか購入する、もう必要は無いのだが湊は視界に入ったチェーンカッターもなんとなく購入してしまった。

 

「次は米を買いに行くか、極力生物は最後に買おう」

 

「……了解デース」

 

 大型のスーパーでもあればまとめて購入できたのだろうが、生憎田舎に分類されるであろう町は商店街こそあるものの、小さな専門店がいくつもならんでいる状態だった。

 

「保存の効くものもいくつか買っておいた方が良いか、芋なんかの根菜なら日持ちすると思うがどう思う?」

 

「何でも良いと思いマース……」

 

 湊の額には玉のような汗が浮かび上がっている、普段から陸上で訓練をしていた湊でも炎天下の中リアカーを押して買い物を続けるという事に疲労を感じていたが、金剛は辛そうにしながらも笑顔で湊の指示に従っていた。

 

「これでフィニッシュ?」

 

「あぁ、こんな所だろう。 少し休憩したら基地に帰るぞ」

 

 リアカーに山積みにされた荷物を紐で縛り固定すると、湊は座り込んでしまった金剛を起こしてやろうと手を差し出す。

 

「だ、大丈夫デース!」

 

「……そうか、何か冷たい物を買ってくるからそこのベンチに座ってろ」

 

 金剛は差し出された手を受けるか一瞬だけ躊躇い、自力で立ち上がると砂のついてしまったスカートを払う。その仕草に湊は少しだけ違和感を感じた。

 

 湊は自販機で砂糖の入った珈琲と無糖のコーヒーを買うと横目でベンチに座って休憩している金剛を観察する。先ほどまで笑顔を浮かべていた少女だったが、ベンチに座り息を切らしている少女の表情はとても暗い。

 

「買いに行く前に聞いておけば良かったな、どっちが良い?」

 

「こ、コーヒーですカ……。 甘い方が良いデース!」

 

 2人は同時に缶についているプルタブを開けたが、珈琲を口に含んだのは湊だけだった。

 

「や、やっぱり独りは寂しかったヨー!」

 

「たった数分だろ、さっさと飲んで帰るぞ」

 

 恐る恐る缶に口をつけた金剛だったが、もの凄く複雑な表情を浮かべた後に引きつった笑みを浮かべる。

 

「つ、冷たくて美味しいネー!」

 

「それは良かった」

 

 湊はチビチビと珈琲を飲む金剛を見て、間違いなく金剛は珈琲が飲めないという事を察する。しかし笑顔を作り続ける金剛を見て初めから感じていた胡散臭さの正体に気付く。

 

「無理に笑う必要無いからな、不味いなら不味いって言えば良い」

 

「……何の事ですカー?」

 

 金剛は誤魔化すように珈琲を口に含むが、やはり耐える事ができなかったのか大きく咳込んでしまった。

 

「そのまんまの意味だ、別に俺の機嫌取りをしたって何の得も無いぞ」

 

「機嫌取りなんてしてるつもり無いネー、私はしっかりデートを楽しんでマース!」

 

 湊は咳込んでいる金剛の背中を擦ってやろうと手を伸ばすが、金剛は

 その仕草に驚き缶珈琲を地面に落とすとベンチから勢いよく立ち上がった。

 

「さ、触っても良いけどサー、時間と場所をわきまえなヨー!」

 

 暑さや重労働の後という事もあるのだろうが、金剛の額に汗が伝っている。自信の胸の前に手を移動させた動作や、先ほど起こそうと手を伸ばした時の反応から湊は金剛の行動の意味を察した。

 

「俺は前の提督とは違う、正直に話してくれるなら新しい飲み物を買って来てやるが、どうする?」

 

「そんな子供みたいな手に……」

 

 湊がじっと金剛の眼を見つめていると、金剛は黙ってしまった。

 

「……紅茶が良いデース」

 

「自販機ので良いか?」

 

 湊の質問に金剛は少し悩んでいたが小さく頷いた。湊は金剛に待っていろと伝えて再び自販機に向かうが、金剛は黙って湊の後に続く。

 

「ほら、好きなの押せよ」

 

 自販機に小銭を入れボタンのランプが点灯した事を確認して湊は金剛に好きな飲み物を選べと伝える。金剛はミルクティーでは無くレモンティーのボタンを押した。

 

「紅茶好きなのか?」

 

 大切そうに紅茶の入ったペットボトルを持っている金剛に湊は尋ねる。

 

「鹿屋に来る前はよく姉妹達でティータイムを開いていマシタ、私達姉妹は戦艦として役割を与えられ、期待されていた分だけ他の子よりも自由を与えられていましたのデ……」

 

 湊は鹿屋に来るまで海軍に所属していた艦は全て戦艦だと思っていた、しかし実際には駆逐艦や軽巡洋艦、重巡洋艦や空母など様々な分類に分かれている事を知ることができた。

 

「確かに戦艦ってもの凄く強いイメージがあるしな、俺も子供の頃見た本で『大和』や『長門』なんかは強そうって思った記憶があるよ」

 

「どうせ金剛型は古い船デース……」

 

 更に表情を暗くしてしまった金剛にどうしたら良いのか悩みながらも湊はベンチに腰掛ける。湊が座る事を確認した金剛は先程の倍近く離れた位置に座った。

 

「戦果リザルトがさっぱりな私達の事を周りは期待外れだって言い始めマシタ」

 

「火力も速力もあるって言ってなかったか?」

 

「それは本当デース。 でも、砲撃をヒットさせる事ができないんデス……」

 

「火力があっても当たらないと意味は無いからな……」

 

 駆逐艦と同じように偵察任務についても倍以上の資材を使う、小さな損傷でも長時間の修理を必要とする。今後は次々と自分達の欠点を湊に伝えていった。

 

「そして、必要とされなくなった私達は鹿屋に移されマシタ。 場所が変われば少しはできる事もあるんじゃ無いかと思っていましたが、前の鎮守府以上に嫌な場所デシタ」

 

「……暁達の事か?」

 

「イエース、はっきり言いますが鹿屋の提督は私達の事を物としか見ていませんデシタ。 だから命令違反や意見は絶対に許されず、逆らえば鎖に繋がれ自室に閉じ込められるという罰が与えられマシタ」

 

 金剛は先程買った紅茶に口を付けるが、複雑そうな表情を浮かべる。

 

「やっぱり味も香りもイマイチネ……。 そんな提督を見て妹達は抗議をしようと立ち上がりました、でも私はそれを止めタ」

 

「なんとなく察した、逆らえば妹達も同じ罰を与えられるんじゃないかって思ったのか」

 

「察しが良くて助かりマス。 それから私は提督に嫌われないように頑張りマシタ、提督に好かれて私のお願いを聞いてくれるようになれば、あの子達を解放して欲しいと頼む予定デシタ」

 

 湊が鹿屋に来たタイミングでは暁達は鎖に繋がれていた、金剛の狙いは予定のまま終わってしまった事が分かる。

 

「でもそれも無駄デシタ、私は自分の身可愛さに提督に媚びを売っていると妹達に嫌われてしまいマシタ」

 

 金剛は衝突では無く、自身が我慢する事で暁達を助けようとする道を選んだ。その考え方は湊としては高評価なのだが、失敗の原因は周りに頼らず自身の力だけで解決しようとしたせいなのではと考えていた。

 

「金剛って長女だろ」

 

「その通りデース。 私達は4姉妹、比叡、榛名、霧島という名前の可愛い妹が3人居マース……」

 

「俺も兄弟が沢山居てさ、よく弟や妹達のために近所の悪ガキと喧嘩ばかりしてたよ」

 

 湊は話しながら暁達の事を思い出す、姉妹艦だから必ず血が繋がっている訳では無いのは資料を読んで知っていたが、例え血の繋がりが無くても少女達にとって姉妹の絆というのはとても強い物だと感じている。

 

「……喧嘩デスカ?」

 

「あぁ、あまり人に話したい内容じゃないが、俺は施設の育ちでな。 よく妹達がその事でいじめられていたんだ」

 

 そんな少女達が姉妹から嫌われてしまうというのは想像以上に辛い事だと湊にも想像できる。それでも金剛は妹達や他の艦娘に被害が出ないように必死で笑顔を作り続けていたのだろう。

 

「提督はお兄さんだったのデスカ?」

 

「提督じゃなく教官だからな? 俺よりも年上は何人か居たけど、どいつもこいつも自分の事しか考えない奴ばかりだった」

 

 湊は昔の事を思い出し苛立ったのか、空になった缶を遠くのゴミ箱に向かって思い切り投げる。

 

「だから俺はせめて弟や妹達の味方で居てやろうと思ってた、何があってもコイツ等は俺が守るんだってな」

 

 立ち上がり大きく伸びをしている湊を見る金剛の視線は先程までの警戒心の籠った物では無く、どこか優しい色を帯びていた。

 

「さて、帰るぞ。 最後に寄りたい見せがあるから付き合えよ」

 

「まだ何か買うのデスカ……?」

 

 金剛は表情を暗くし湊にこれ以上動きたくないと感情を露わにする。

 

「鎮守府に有った珈琲は不味かったからな、もう少し良いのを買って帰る。 それと、気が向けば俺も『紅茶』が飲みたくなるかも知れないな」

 

 金剛の表情が一気に明るくなる、それを見た湊もどこか優しい笑みを浮かべていた。

 

「ヘーイ! 紅茶は私に任せるネー! とびっきりベストなのを教えてあげるヨー!」

 

「声がでかいって。 まぁ良いか……」

 

 突然大声を上げた金剛に歩いている人達の視線が集まる、その恰好から妙に視線は集まっていたのだが今更気にしても仕方が無かった。

 

「金剛って本当に紅茶が好きなんだな」

 

「イエース! イギリス生まれの私にとって紅茶は妹達の次に大切デース!」

 

 紅茶を買った2人は食料で重くなったリアカーを押して来た道を戻る。重量は何倍にもなっているはずなのだがリアカーを引く湊は来た時よりも軽いようにすら思える。

 

「行きは手を抜いてたな?」

 

「そ、そんな事無いデース!」

 

 それから2人は雑談をしながら基地へと戻る、雑談と言うよりは金剛が一方的に湊に質問をしたり妹達の事を話していたのだが湊はそんな金剛の言葉を聞きながら頷いていた。

 

「すっかり日が暮れちまったな」

 

「お腹がすいて来ましたネ……」

 

 基地に着く頃には夕日も半ば沈みかけてしまう時間になっていた、金剛の言う通り湊自身も空腹を感じていたが唯一の救いは夕食が乾パンでは無いという安心感だった。

 

「探しても居ないと思ったら、何よその荷物……」

 

「あぁ、流石にずっとあの乾パンじゃ訓練にも身が入らないだろうと思って買って来た」

 

 基地の門で湊の事を待っていたのか叢雲は呆れたような表情で山積みになったリアカーを見ている。

 

「で、後ろの高速戦艦様は何をしているのかしら?」

 

 叢雲に話しかけられた金剛はビクリと身体を震わせると、表情を暗くして俯いてしまった。

 

「あぁ、金剛には買い出しを手伝ってもら───

 

「あっー! やっと見つけたわよ!?」

 

「何処に行ってたのよ! 心配するじゃない!」

 

「随分と荷物がいっぱいだね」

 

「お土産は無いっぽい?」

 

 湊の事を探していた夕立と暁型の少女達は目標を発見して大声を上げながら走って近づく。叢雲に金剛に手伝ってもらったと伝えようとした湊は急に騒がしくなった事で言葉を遮られてしまう。

 

「お肉に魚、野菜もあるね」

 

「ナスは嫌いなのです!」

 

「お菓子は無いっぽい?」

 

「べ、別に暁は一人前のレディだからお菓子が無くても落ち込まないんだからね!」

 

「ここで荷物を広げるなよ、悪いが食堂まで運んでもらっても良いか?」

 

 湊の言葉に暁達は大きく返事をするともの凄い勢いでリアカーを食堂へと走らせていった。湊と金剛でもかなり重いと感じていたのだが、小さな身体で自分達の倍以上の大きさのリアカーを引く少女達に湊は艦娘について考えを改める必要があると感じていた。

 

「ったく、子供じゃないんだから」

 

「いや、誰がどう見ても子供だろ」

 

「うるさいわね!」

 

 叢雲の言葉に湊が答えると、少女は顔を真っ赤にして否定した。

 

「やっと帰って来たんだね、急に居なくなるからみんな心配してたよ?」

 

「悪かったな、一言言ってから行けば良かったな」

 

 溜息をつきながら歩いて来た時雨は湊が居なくなり小さな騒ぎになったと湊に伝える。

 

「で、もう鞍替えしたのかしら? 高速戦艦様はそっちも速いのね?」

 

 少し沈黙が続いた後に叢雲は黙って地面を見ていた金剛に話しかける。それに続くように時雨も金剛の事を睨んでいるようだった。

 

「湊教官、悪い事は言わないからその人とは関わらない方が良いよ」

 

「……理由を言ってみろ」

 

 湊と時雨の会話に割って入ろうとした金剛を湊は右手を広げ黙る様に促す。

 

「その人は暁達があんな状況だったのに自分だけは助かろうとしていた人だからね」

 

「自分だけ優遇されてさぞ幸せだったでしょうね?」

 

 時雨の言葉に叢雲が嫌味を付け加える、金剛はその言葉に反論する訳でも無く黙って地面を見ているだけだった。

 

「言いたいことはそれだけか? 別に俺が誰と関りを持とうが───

 

「バ、バレてしまったからには仕方が無いネー! 新しい提督は簡単に騙せると思ったのに失敗しちゃったネー!」

 

「お、おい。 金剛!」

 

 金剛はそう言ってその場から逃げ出すように桟橋のある方角へ走って行ってしまった。

 

「ったく、やっぱり男って馬鹿ね。 簡単に騙されちゃって情けないと思わないの?」

 

「湊教官は少し素直過ぎるよ、もっと人の事は疑うようにしないとダメだよ?」

 

 湊はすぐに金剛を追いかけようとしたが叢雲と時雨に道を塞がれる。今は2人に事情を説明している暇は無いが、金剛が自身を犠牲にしてでも湊と2人の関係を守ろうとしてくれた事を考えて大きく深呼吸をした。

 

「なぁ、お前達にも姉妹って居るよな?」

 

「何よ、確かに居るけどそれが?」

 

「夕立が妹だって言う事は説明したよね? 他にも姉や妹はまだまだ居るけど」

 

 他の駆逐艦の子に比べ勘の良い2人は湊が苛立っている事に気付いていたが、自分達が間違っていないと思っている以上は退くことができなかった。

 

「全部を説明している暇は無い。 だからお前達自身で考えてみて欲しい、お前達は自分の姉妹を見捨ててまで嫌いな相手に媚びを売れるのか?」

 

「夕立を見捨ててまで……。 無理かな……」

 

「私は絶対に無理ね、姉妹なんて関係無しに嫌よ」

 

「昼に話した内容を時雨にも説明してやってくれ、そうしたら2人で金剛の行動を思い返してみろよ」

 

 そう言って湊は叢雲と時雨の頭に優しく手を乗せた。突然の事に驚いていた2人だったがすぐに走って行った湊の背中を見ながら互いに見つめていた。

 

 湊は走りながら金剛の姿を探す、桟橋の有る方角に向かって走って行ったのは確かなのでそこに行けば間違いなく金剛は居ると考えていたが海に身を投げるなんて馬鹿な真似をしないか不安だった。

 

「煙草、吸っても良いか?」

 

 桟橋から足を投げ出して夕日を眺めている金剛を見つけて湊は煙草を口に咥えて金剛の横に座る。

 

「どうして来たのデスカ?」

 

「何となくだな」

 

 金剛は夕日を見たまま湊に顔を向けようとしない、金剛にとっては自らが悪役になり湊と少女達の関係を守ろうとしたのにという苛立ちがあった。

 

「出会ったばかりで踏み込んで良い内容か悩んだけどさ、金剛はもっと楽する事を覚えろよ」

 

「楽? リラックスしろって事デスカ?」

 

 湊も話をしていて気付いていたが、金剛は鹿屋に居る艦娘の中でも頭が回るのだろう。だからこそ見た目的にも精神的にも幼い駆逐艦の子達には理解されないし、下手すると同世代の艦娘からも理解してもらえなかったのだろう。

 

「周りに相談するとかできなかったのか?」

 

「ターゲットを欺くにはまずは味方からデース……」

 

「失敗した癖に生意気な事言うな」

 

 そう言って湊は金剛の頭の上に右手を乗せる。手を乗せた後に金剛が触れられることを嫌がっていた事を思い出したが、特に怯える様子も無かったのでそのまま頭を撫でた。

 

「あまり私に優しくすると、駆逐艦の子達に嫌われてしまいマスヨ?」

 

「またそれか、嫌われたら仲直りすりゃ良いだろ。 喧嘩もせずに分かり合おうなんて表面上の付き合いを望んでる奴等だけさ」

 

「あなたは変な人デース……」

 

「子供の頃から良く言われてるよ」

 

 自身の頭を撫でている手に金剛はゆっくりと手を重ねる。

 

「今まで頑張って来たんだな、俺はまだこの基地に来たばかりだから分かったような事を言えば気に障るかもしれないが、間違いなく金剛の頑張りで救われた子も居るはずだ」

 

 湊の言葉を聞いて金剛は小さく嗚咽を漏らし始める。恐らく金剛は自分の頑張りを認めて欲しいと思っていた、自分がこれまで辛い思いをしながら頑張って来た事を無駄じゃないと誰かに言って欲しかったのだろう。

 

「辛かったデス。 苦しかったデス、ずっと独りで、嫌なのに、逃げ出したいのに、どれだけ辛い言葉をぶつけられても私は笑っていなければなりませんデシタ……」

 

「そうか、頑張ったんだな」

 

「妹達に言われました、私が姉で恥ずかしいと。 どうして私が責められなければならないのかと何度も思いマシタ、でも私が諦めてしまえば妹達も酷い目に合うと考えると我慢するしかありませんデシタ……」

 

 顔を隠し涙を零し始めた金剛の言葉を湊は頷きながら聞いていた、もし自分が金剛の立場ならここまで自身の身を削る事ができただろうか、目の前の少女が本当に強く優しいのだと思った。

 

「もう良いんだ、俺がこの基地に居るうちは二度と同じ思いをさせないって約束するよ」

 

 湊が鹿屋にどれくらいの期間居るのかは自分でも分からない、それでも自分が居る間だけでもと考え金剛に告げる。

 

「……信じられませんヨ」

 

「そうか、じゃあ信じなくても良い」

 

 湊にとって言葉だけで金剛の信頼を得ようなんて考えは無かった。目の前で泣いている少女は賢い、だから弱みに付け込んで誘導するよりも少女自身の目で見た物を信じて欲しいと思っていた。

 

「……良い雰囲気の中悪いんだが、妙に焦げ臭く無いか?」

 

 湊は自身の咥えていた煙草を見てみるが火は付いておらずただ咥えているだけだった。

 

「しょ、食堂の方からデース!」

 

 湊と金剛は立ち上がると全力で食堂へ向かって走る。湊は全力で走っているのだが金剛はしっかりそれについてきている、予想以上に足が早いと驚いた湊だったがその視界に黒い煙が見えて足を止めた。

 

「まずい、近くに水道は無いか!?」

 

「こっちデース!」

 

 2人は車両を洗うために備え付けられていたホースを手繰り寄せ頭から水を被る。

 

「中に誰か居ないか確認してくる!」

 

「1人だと危険デス! 私も行きマス!」

 

 互いに視線を合わせ頷くと湊は食堂の扉を蹴破り一気に中に入る、蹴破られた扉から一気に黒い煙が2人を襲うが、食堂の中を確認した2人は呆気に取られてしまった。

 

「はわわ、焦げちゃってるのです!」

 

「ちょっと響! 始めは弱火だって言ったでしょ!?」

 

「こんなのレディじゃ無いわよ!」

 

「これは、流石に目が痛いな」

 

 食堂の中には黒い煙を発生させている鍋と、その周囲で騒いでいつ暁達が居た。煙こそ出ていたが火が上がっている訳では無く肉が焦げた臭いが食堂に充満していた。

 

「何やってんだ……?」

 

「あら、教官じゃない。 ちょっとお肉が焦げちゃったみたいなのよ」

 

 湊は真直ぐに煙を上げている鍋に近づくとコンロの火を止める。恐る恐る中身を覗いてみたが中にはほとんど炭となってしまった何かが入っていた。

 

「どうして教官さんはびしょ濡れなのです?」

 

「流石に泳いだ後は身体を拭いた方が良いよ」

 

 ポタポタと滴を垂らす湊を電と響は不思議そうな目で見上げていた。湊はあまりの呆気なさにその場に座り込むと金剛に視線を送り大きく溜め息をついた。

 

「火を使う時は大人と一緒にな……」

 

「お子様扱いしないでよ! 暁は立派なレディなんだから!」

 

「分かった、分かったから背中を叩くなって」

 

 暁とじゃれ合っている湊の肩を金剛が軽く叩く。

 

「ヘーイ……、先に換気扇を回して窓を全開にするデース……」

 

 金剛も湊と同じく一気に力が抜けてしまったのか気だるそうな表情のまま全員に窓を開けるように指示を出した。金剛の姿を見た暁達は少し気まずそうな表情を浮かべていたが、特に会話をする訳でもなく指示通り食堂の窓を開けていった。

 

「まだ臭うが、目の痛みは無くなってきたな」

 

「本当に焦りマシタ……」

 

 湊達は一段落ついた所でテーブルを囲んで全員で椅子に座る。

 

「で、なんでこんな事になったんだ?」

 

「そ、その。 こっそり料理を作ってみんなを驚かせようと思って……」

 

「ごめんなさいなのです……」

 

「いや、そういうのは結構嬉しいから謝る必要は無い。 だけどさっきも言ったが料理に慣れてる人に手伝ってもらうようにしてくれ」

 

 悪気があった訳では無い以上湊にとって暁達を叱る理由は無かった、しかし湊の言葉に響が手を上げて発言の許可を求めているようだった。

 

「どうした?」

 

「残念だけど料理のできる人に心当たりが無いんだ」

 

「ふむ、それは困ったな。 金剛って料理できないのか?」

 

「わ、私デスカ!?」

 

 1番端に座った金剛は突然話題を振られ驚いていた。

 

「簡単な物なら作れると思いマース……」

 

「らしいぞ、次から料理をする時は金剛に教えて貰いながらやると良い」

 

「わかったわ! それじゃあ金剛さんも入れてもう1度リベンジよ!」

 

 暁達の中で料理に失敗して1番落ち込んでいたのは雷だった、そしてもう1度挑戦するチャンスを与えられた事で胸の前で拳を作り勢いよく立ち上がった。

 

「仕方が無いわね、このレディ暁ももう1度手伝ってあげるわよ!」

 

「電も頑張るのです!」

 

「次は焦がさないよ」

 

 雷につられ次々と少女達が立ち上がる、湊はそんな元気な少女達を見ながら笑みを浮かべると、扉の影からこちらを覗いていた2人の少女にも声をかける。

 

「お前達は良いのか?」

 

「やっぱり気付いてたんだね」

 

「別にたまたま気になって立ち寄っただけなんだから!」

 

 ゆっくりと扉が開かれると叢雲と時雨が食堂に入って来た、やはり金剛と顔を合わせるのが気まずかったのか3人で俯いてしまった。

 

「タオル持って来たっぽーい!」

 

 そんな気まずい空気を壊したのは両手いっぱいにタオルを持って来た夕立だった。夕立は目の前で俯いている3人を見て首を傾げた後、湊と金剛にタオルを手渡す。

 

「何してるの?」

 

「まぁ黙って見てろ、これから良い所なんだから」

 

 湊は夕立に手招きをして隣に座る様に促すと、夕立は相変わらず不思議そうな表情のまま湊の隣に座った。

 

「あ、あの──

「あの──

 

 金剛と時雨が同時に口を開いたが互いに先に話すように譲り合っていた、微笑ましい空気に湊の頬が緩む。

 

「どっちが先に話すか決まらないならジャンケンでもすると良いっぽい!」

 

「静かにしろって」

 

 夕立は基本的に空気が読めない子だなと思い湊は夕立を黙らせる。

 

「あのさ、僕達にも料理を教えて貰えないかな?」

 

「あ、あんた達だけじゃまた火事になるかもだし、仕方が無くなんだから!」

 

 叢雲と時雨の言葉を考える限り、2人は金剛を責めるべきでは無いと結論を出したのだろう。その言葉に1番驚いていた金剛は湊に視線を送るが湊は何も言わずに微笑んでいるだけだった。

 

「私で良いのデスカ……?」

 

「他に誰が居るのよ、暁達がやらかす前にさっさと行くわよ」

 

「そうだね、これ以上食材を無駄にするのも悪いしね」

 

 そう言って叢雲と時雨は金剛の手を引きながら騒いでいる暁達の元へ引っ張っていった。

 

「……っ! 今日のディナーは英国式のカレーをみんなに作ってあげるデース!」

 

 駆逐艦の子達と騒ぎ始めた金剛を見て湊は未だに状況を理解できていない夕立の頭を撫でる。

 

「晩御飯はカレーっぽい?」

 

「あぁ、そうみたいだな。 俺は少し煙草を吸ってくるから何かあったら呼んでくれ」

 

 煙草を吸う場所を探すために食堂から出た湊は乾パンの詰まった缶詰を両手いっぱいに抱えて運んでいる阿武隈と出会った。

 

「何してるんだ?」

 

「部屋から出てこない子達に食事を配ってるんです」

 

「……暁達みたいな子が他にも居るのか?」

 

 少し不安な言葉に湊は煙草を咥えて火を付ける、阿武隈は煙たそうに嫌がっていたが風上に移動すると湊の質問に答えた。

 

「それは大丈夫です、暁ちゃん達以外は嫌々でも指示に従う子ばかりだったので」

 

「なら良い。 飯を配るついでに今日の晩飯はカレーだって伝えて置け、俺は仕事が溜まってるから今日は執務室から離れられないってのも一緒にな」

 

 湊は阿武隈にそう告げると軽く手を上げて執務室に戻る事にした。

 

(俺もカレーを食いたいが、今日は艦娘同士の交流に水を差す訳にはいかないよな)

 

 それから湊は阿武隈に話した通り執務室に戻ると山になった書類に目を通し始める。基地内の木の手入れをする業者や、電気やガスと言ったライフラインの請求書、本当に湊が確認する必要があるのかは疑問に思ったが内容を確認しながら順番に判子を押すと『代』という文字を記入していく。

 

(これは後でしっかり読んでおいた方が良いか)

 

 湊は呉鎮守府から送られてきた資料を確認すると、1週間後の作戦内容について簡潔にまとめられていた。ムキになって啖呵を切ってしまった湊だったが今日の訓練の内容を思い出して安請け合いだったかもしれないと少しだけ後悔をした。

 

 早く書類を片付けて作戦について考えようと思っていた湊だったが、誰かが執務室の扉をノックした事で手を止める。

 

「入って良いぞ」

 

 ゆっくりと扉が開くと、金剛と同じ衣装を着た3人の少女が執務室に入って来た。

 

「は、初めまして。 比叡です!」

 

「榛名です。 よ、よろしくお願いします!」

 

「はじめまして。 私、霧島よ」

 

 湊は読みかけだった書類のを逆さにして書類の山の上に置くと、少女達の表情を確認する。比叡と霧島と名乗った少女は真直ぐに湊の事を見ていたが、榛名と名乗った少女だけはどこに視線を合わせれば良いのか分からないのか視線が泳いでいた。

 

「食堂の方が騒がしいな、お前達は行かなくて良いのか?」

 

 湊は机に手をついて立ち上がる振りをしながら館内放送のスイッチに電源を入れる。

 

「私達にお姉様のカレーを食べる資格はありません」

 

「榛名はお姉様を信じる事ができませんでした……」

 

「艦隊の頭脳と呼ばれた私が気付けないなんて……」

 

「誰かから話を聞いたのか?」

 

 湊の質問に答えたのは比叡だった。

 

「少し前に叢雲と時雨が部屋を訪ねて来ました、そこでお姉様の様子がおかしくなかったかと質問され5人で話しているうちに気付きました……」

 

「そうか」

 

「私達が提督に抗議しようなんて言い出さなければお姉様はあんな辛い目に合わなくても良かったのに!」

 

「比叡お姉様、落ち着いてください」

 

 比叡は自分を責めるように声を荒げたが、霧島が落ち着くようにと宥める。

 

「榛名は1度だけ泣いているお姉様を見ました、でもお声をかける所か見て見ぬ振りをしてしまいました……」

 

「提督に笑顔を振りまく金剛お姉様を見て私達は自分の姉として恥ずかしいと言ってしまいました……」

 

「で、用件は何だ? 懺悔したいだけなら姉妹で仲良く言い合ってれば良いだろ?」

 

 湊は煙草を咥え窓際に移動すると少女達を冷たく突き放す。そんな湊の態度に焦りを感じたのか3人は声を荒げて湊に食い下がる。

 

「お、お姉様の代わりに私達が従います! だからこれ以上お姉様に辛い思いをさせるのはやめて下さい!」

 

「は、榛名も大丈夫です! どんな辛い命令だってやりきってみせます!」

 

「私もお姉様方と同じ意見です、これ以上金剛お姉様1人に辛い思いをさせる訳には……」

 

 3人の言葉に呆れた湊は煙と一緒に大きく溜め息をついた、自己犠牲を美学として捉える考え方もあるが、湊はそうは思わなかった。ここで3人が辛い思いをしてしまえば金剛の今までの頑張りが無駄になったかもしれないのだから。

 

「悪いが金剛を解放するつもりは無い」

 

「私達だってお姉様と同じく戦艦です!」

 

「1人よりも3人の方が使い勝手が良いと思います!」

 

「必ず艦隊のためにお役に立ちますので!」

 

 必死で姉を返してくれと食い下がって来る3人の言葉を聞きながら湊は食堂のある方角を眺めている。暗くてはっきりとは見えないが1人誰かが飛び出したのを確認して3人に見えないように笑みを浮かべる。

 

「俺がどんな人間かも知らないのにそんな事を軽々しく口にしても良いのか?」

 

 少女達は身体の横で拳を強く握りしめながら湊の問いに頷いた。湊としてはこのまま主役の登場を待っても良かったのだが、どうせならもう少し悪役を演じてみようと心の中で悪巧みを始める。

 

「3人とも目を閉じろ、今から金剛よりも役に立ちそうか確認してやるから絶対に目を開けるなよ」

 

 湊の指示通り少女達は力強く目を閉じると、これから何かされるのではないかという恐怖に小刻みに震えているようだった。

 

「ふむ、姉妹って事もあるがどことなく金剛に似ているな」

 

 湊はゆっくりと比叡の頬に左手を伸ばすと優しく触れる、比叡は触れられて驚いたのか身体を逸らし逃げようとしたが寸前の所で思いとどまったようだった。

 

(流石に拳骨はまずいよな)

 

 比叡の額の前に右手を移動させた湊は思いっきり中指に力を入れて一気に解放する。

 

「きゃあっ!」

 

 触れられている頬に意識が集中していたのか、比叡は突然額に襲い掛かった痛みに驚き額を抑えたままその場にしゃがみ込んでしまった。

 

「ひ、比叡お姉様!」

 

「喋って良いなんて許可してないが?」

 

 比叡の悲鳴を聞いて咄嗟に声を出した榛名に黙る様に指示を出すと湊は榛名の前まで移動して耳を人差し指で触れてみる。

 

「や、やめ……」

 

 咄嗟にやめて欲しいと抵抗しようとした榛名だったが我慢する必要があると思ったのか口を閉じた。

 

(なんか楽しくなってきた)

 

 そして比叡にしたように額の前で人差し指に力を入れると一気に解放する。

 

「きゃあああッ!」

 

 榛名の反応に1番驚いてたのは湊だった、予想以上に大きな悲鳴を出した事でやり過ぎたのかと不安になったが、流石にデコピン程度で大怪我をする事は無いと自分に言い聞かせる。

 

「霧島だけ眼鏡をかけているのか、ちょっと邪魔だから外すぞ?」

 

 湊はレンズの部分に触れないようにそっとフレームを掴み眼鏡を外すと額の前で3度目のデコピンの準備をして力を解放する。

 

「痛ったぁ……」

 

(こ、これが普通の反応だよな……?)

 

 霧島だけは妙に落ち着いていると思っていた湊だったが、静かに額を抑えるだけの霧島を見て少しだけつまらなく感じてしまった。そんな事を考えて居ると執務室の扉が勢いよく開かれた。

 

「私の妹達に乱暴は止めるネー!」

 

「迎えが来たぞ、もう目を開けて良いからさっさと立て」

 

 未だにエプロンを付けたままの金剛は全員が額を抑えている状況が理解できず困惑した表情を浮かべていた。

 

「こ、これはどういう状況デスカ……?」

 

「姉の気持ちを考えない馬鹿共にデコピンを食らわせてやった」

 

「お、お姉様ぁ……」

 

「は、榛名怖かったです……」

 

 突然現れた金剛を見て緊張の糸が切れてしまったのか、比叡と榛名は瞳に涙を溜めながら金剛に抱き着いた。

 

「霧島は行かなくて良いのか?」

 

「その前に眼鏡を」

 

「そうか、悪い」

 

 湊は霧島に眼鏡を返してやると、霧島は1度咳払いをした。

 

「なんというか、肝が据わってるなぁ……」

 

「2人共落ち着いてくだサーイ!」

 

「さっきの話の続きだが、3人は食堂に向かい金剛のカレーを食ってこい。 そうしたら金剛は解放してやるからさ」

 

 元々湊は金剛を束縛しようなんて考えてもいなかったのだが、この命令が4人が仲直りするきっかけになれば良いと考えた。

 

「わ、分かりました!」

 

「榛名、行ってきます」

 

「それでは失礼します」

 

 トボトボ歩いている姿を見て湊は駆け足で行くように声を荒げた、それに驚いた少女達は1列を維持したままドタバタと音を立てながら執務室から出て行った。

 

「ったく、手のかかる妹達だな」

 

「そんな所も可愛いデース!」

 

 執務室に残された湊と金剛は互いに視線を合わせると笑みを浮かべた。

 

「……ありがとうございマシタ」

 

「俺は何もしてない、それよりもお茶会の件ちゃんと準備しておけよ」

 

 湊は礼を告げてきた金剛を適当にあしらうと書類仕事の続きに戻るため金剛の横を通り過ぎようとする。

 

「ヘーイ!」

 

「うおっ、何だ?」

 

 突然後ろから金剛に抱き着かれた湊は倒れそうになるのをどうにか堪える。

 

「嘘ばかりの私デスガ、1つだけ本当の事がありマース!」

 

「急に何だよ」

 

 金剛は背中に顔を擦りつけているのを感じながら湊はどうにか引きはがそうとしている。

 

「一目惚れしたって話だけは本当かもしれないヨ?」

 

「はいはい、そういうのは良いから。 さっさと金剛も食堂に戻れ」

 

「ノー、やっぱりつれない人デース! でも覚悟しておくとイイヨ! 教官のハートを掴むのは、私デース!」

 

 湊は大きな溜息をつくと、机の上に置かれている機材を指差す。金剛は不思議そうに機材を見つめていたが、それはこの部屋でのやり取りを金剛が知ることができた理由。

 

 ONと書かれた緑色のランプが依然点灯している事に気付いた金剛は顔を真っ赤にしたまま固まってしまった。

 

「まぁ、何だ。 元気出せよ?」

 

 湊はそう言って館内放送のスイッチをOFFにする、固まってしまった金剛をそのままに煙草を咥えると窓から空を見上げる。空は雲1つ無く、明日も晴れるだろうなと考えながら両耳を塞ぐと、我に返った金剛の叫び声が基地中に鳴り響いた───。


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