ガラクタと呼ばれた少女達   作:湊音

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from :大淀と愉快な仲間達

sub :あなたの大淀です

おはようございます、本日の定期連絡はあなたの大淀です

鹿屋基地に新しいルールができましたので、ご報告いたします

・日替わりで秘書官を選出し、私のお手伝いを行う

・秘書官は湊さんへ一日の出来事を連絡する

・食事と掃除当番は艦種毎にローテションを行う

以上が本日の話し合いで決定した内容です

大湊はどうですか?

こちらより気温が低いと聞いていますが気温の変化で体調を崩さないようにしてください


初めての空と黒い雲(2)

「ったく、何処に行ったんだよ……」

 

 てっきり加賀は宿舎に戻ったのかと思ったのだが、宿舎の中で彼女の名前を呼んでも返事が無かった。

 

 龍驤からは加賀に過去の話を教えて貰えと言われていたのだが、講師が見つからないというのは流石に困る。仕方が無く基地の中をうろついて加賀を探す事にした。

 

「あれ、もしかして湊か?」

 

 通路を歩いていると後ろから声をかけられた事で振り向く。その姿を見た瞬間背中に冷たい汗が流れた。

 

「やっぱりそうじゃん、陸軍に入ったお前がこんな所で何してんの?」

 

「別にアンタに関係無いだろ」

 

 施設に入っていた頃この男には世話になった、俺達の教育という名目で施設に来た男が再び海軍に戻る事になったと聞いた時には弟や妹達と食堂から盗んできた紙パックのジュースで乾杯をして喜んだ。

 

「相変わらずひねくれた目してんな、陸軍では目上の人への態度ってのを教えて貰えなかったのか?」

 

「すいません、こういう顔で生まれてしまったもので」

 

 俺の育った施設は軍のお偉いさんが作った場所だった、だから施設に入っていた子供達のほとんどは俺のように軍関係の職業に進んでいる。その関係もあるのか、定期的に陸軍や海軍から派遣されてきた人間が適正判断という名目で八つ当たりとも思える内容の訓練を強制させていた。

 

「ったく、それが世話になった人間への態度なのかねぇ」

 

「感謝してますよ、おかげで丈夫な身体になりました」

 

 そう言った瞬間俺の左頬に鈍い痛みが走る、腕を振り上げた時に殴られるという事は分かった。子供の頃であればそれにびびって頭を抱えていたが俺は姿勢も崩さずに真直ぐ男を睨みつける。

 

「気に入らねぇ目だな、もしかして陸から来た提督志望ってお前の事なのか?」

 

「そうです」

 

「まじで? お前が?」

 

 男は大声で笑い出してしまった、この男は基本的に自分より弱いと思った人間に対して当たりが強く、上には従順だった。

 

「もしかしてあの無駄飯ぐらいの女共を使って戦果を上げったってお前なの?」

 

「そうです」

 

「どんな手を使ったのか知らないけど、嘘は大概にしないといつか自分が痛い目を見るんだぜ?」

 

 それだけじゃなく完全なる男尊女卑というか、施設に居た頃にも女はどうせ役に立たないから適当にしておけといったような態度を取っていた記憶がある。

 

「嘘かどうかを証明する事はできませんが、自分の部下を愚弄するような真似はやめて頂きたいのですが」

 

「部下? 何、お前の部下って兵器なの? ガキの頃から変な奴だとは思ってたけどマジで言ってんのかよ」

 

 男が大声で笑うせいで辺りに居た訓練生と思われる人間が集まって来てしまった、提督になるまではあまり問題を起こしたくは無いと考えて居たのだが面倒な事になってきた。

 

「丁度良い、お前達にコイツを紹介してやるよ。 コイツはわざわざ陸軍からあの欠陥兵器のために来てくださった湊くんだ、ちょーっと頭のおかしい所もあるけど仲良くしてやってくれよ」

 

 集まってきた連中の表情を見る限り、この男の人望が無いのは一目で分かった。しかし訓練生という立場である以上は嫌々でもこの男に従うしか無いのだろう。

 

「何も知らないようだから教えてやるけど、ここの女共は本当にただの役立たずだぜ? 航空母艦なんて名前を持ってるらしいが、実戦では何の役にも立たなかったからな」

 

「そうですか」

 

 大湊の提督は艦娘に対して友好的だと思っていたが、トップが友好的だからと言って部下が全員そう思っている訳では無いという事が分かっただけでもこの男の相手をした価値はあったのだろうか。

 

「古臭い兵器なんかに頼るより、やっぱ時代は最新鋭の兵器だよな。 まったく、あんな粗大ごみに予算を割くくらいなら俺達の給料をちょっとくらい上げてやろうとか思わないのかねぇ」

 

「古臭い兵器を否定する前に、その古臭い考えを捨てるところから始めてみてはどうでしょうか?」

 

「あぁ?」

 

 俺に対してなら少々の事であれば我慢してやろうと思っていたが、流石に何度も彼女達の事を愚弄するような発言には苛立ちを覚えてきた。

 

 男は俺の発言が自分の事を馬鹿にしていると理解したのか俺を睨みつけるようにして俺に近づいてくる。

 

「てめぇ、上官に逆らったらどうなるか分かってんのか?」

 

「陸軍出身の自分には良く分かりませんが太い2本線は陸軍ではどの階級になるのでしょうか?」

 

 この男が大尉なのは分かっているのだが、あえて尋ねてみる。本来であれば男の年齢で大尉と考えればやや遅いような気もするが、それでも訓練生に囲まれたこの男にとっては威張れるだけの階級なのだろう。

 

「大尉だよ、大尉。 今は佐官試験の順番待ち状態だから実質少佐みたいなもんだけどな」

 

「そうですか、それでは言葉をお返ししますが、上官に逆らったらどうなるのでしょうか?」

 

 俺は胸にある自分の階級章を指差す。恐らくこの男には自分より年下の俺に階級を抜かれてしまうという発想が無かったのだろう、本来であればすぐにでも分かるはずなのだが、俺の言葉で自分の方が階級が低い事に気付いて目を白黒させている。

 

「そんな嘘で上がったような階級に意味があるかよ!」

 

「この際階級に目を瞑ってやるからかかって来いよ」

 

「妙に騒がしいが何事だ?」

 

 流石に人だかりが大きくなり過ぎたのか、人込みの向こうから大湊の提督の声が聞こえてきた。それに気づいた周囲の訓練生や目の前の男は一斉に敬礼をし始めた。

 

「何でも無いですよ、古い知り合いに会って友好を深めて居ました」

 

「そうか、加賀が湊くんを探しておったし早く宿舎に戻りなさい。 他の者は速やかに訓練に戻れ」

 

 まるで蜘蛛の子を散らしたように走り去って行く連中を見ていると、提督が俺の背中を叩いた。

 

「海軍も一枚岩とは言えん、あの子達の事を認めない人間は多いぞ?」

 

「分かっています、それを変えるために俺は提督を目指していますので」

 

「そうか、険しい道のりだが頑張れよ……」

 

 俺は加賀が待っているであろう宿舎に戻る事にした、歩いていると背中からカサカサと紙がなびくような音が聞こえてきたので必死で背中を触っていると1枚のメモ帳が貼り付けられていた。

 

『今夜は飲みたい気分なので龍驤に隠している酒を届けるように伝えてくれ』

 

 俺はメモを握りつぶすと後ろを振り向く。そこには笑顔で小さく手を振っている提督の姿があった。

 

「自分で言えやぁぁ!!」

 

 叫んだ俺を見て提督は腹を抱えて笑っていた───。

 

 

 

 

 

「それで、私はあなたに何を教えれば良いのでしょうか?」

 

「その前にそこの2人は誰なんだ?」

 

 黄色と緑の着物を着た女の子2人が笑顔で俺と加賀を見ていた、姿から察するに艦娘という事は分かるのだが生憎面識が無い。

 

「蒼龍でーす!」

 

「飛龍でーす!」

 

「「2人合わせて二航戦でーす!」」

 

「2人は新しくこの鎮守府に来たあなたを見てみたいと言っていたので連れてきました」

 

 俺は天井と2人を何度か見比べて、見なかった事にする事に決めた。

 

「それじゃあ質問なんだが、航空母艦ってのを説明して欲しいんだけど」

 

「無視って酷く無いですか?」

 

「おじ様から聞いた話よりノリが悪いみたいだねぇ」

 

 おじ様とはここの提督の事なのだろうか、恐らくは龍驤から二航戦にからかわれてしまうという話を聞いていなければ突っ込みを入れてしまっていたかもしれない。

 

「航空母艦とは簡単に説明すると航空機を積み、艦上での発着艦を可能にした艦の事です」

 

「航空機ってのは戦闘機とかそんな感じって思っても良いのか?」

 

「おーい? 聞こえてる?」

 

「あんまり邪魔をすると怒られるよ?」

 

 何か言いたいことはあったようだが、細かく説明しても仕方が無いと判断したのか加賀は少し間を置いて頷いた。

 

「次の質問だけど、一航戦とか二航戦とかって何なんだ?」

 

「第一航空戦隊と第二航空戦隊の略称です、第一には私と赤城さん、第二はそこの2人が主力として戦いました」

 

「私達の他にも駆逐艦の子達も一緒だったけどね」

 

「トンボ釣りとか懐かしいねぇ」

 

 ここでも出てきた『赤城』という名前に触れても良いのか悩む、龍驤の態度を考えるとあまり聞かない方が良いのだろうか。それより口を挟んでくる蒼龍達が非常にうざい。

 

「じゃあ次は艦娘としての君達の事を聞きたい、実戦で使い物にならなかったって聞いてるけど攻撃が当たらないとかそういった感じなのか?」

 

 鹿屋の子達の事を考えると活躍ができない原因はそこじゃないかと思っていたが、帰って来た答えは全くの別物だった。

 

「私達には攻撃手段がありません」

 

「さっきの話だと航空機ってのを使って戦うんじゃないのか?」

 

「それができたら私達が欠陥兵器だなんて言われて無いんだなぁ」

 

 空母として生まれてきた彼女達がそれをできないと言うのはどういう事なのだろうか。

 

「簡単に言えば、艦載機を発着する方法が無いんです。 実際に私達の艤装を見て貰えれば分かると思いますので表に出てください」

 

 俺が外に出て少し経ってから艤装を付けた3人が出てきた。加賀は左肩の模様が書かれた板状の艤装をこちらに見せると説明してくれた。

 

「これが飛行甲板です、私の記憶が正しければここから航空機を飛ばすことができるはずなのですが」

 

「まぁ俺の知ってる空母もそんなイメージだな」

 

 それよりも気になっていたのは背中についている見覚えのある得物だった。

 

「それって弓か?」

 

「はい、弓です」

 

 加賀は背負っていた弓をこちらに手渡してきた。受け取った弓は少し重いと感じたが十分手入れされているようだった。

 

「これって使えないのか?」

 

「銃弾でも仕留める事の出来ない深海棲艦を矢で倒せるとでも?」

 

「それもそうか」

 

 当たり前の返事が帰って来てしまったが、それならばどうして加賀達はこんな物を持っているのだろうか。そんな事を考えて居ると俺の疑問を察してくれたのか加賀が答えてくれた。

 

「私達の艤装を開発した際に何故か弓も一緒に建造されたそうです」

 

「ふむ、何か引っかかるな。 一緒に建造されたって事は必要な物じゃないのか?」

 

「赤城さんも同じことを言っていました」

 

 いい加減『赤城』とは誰なのかと聞いても大丈夫なのだろうか、弓を構えて遊んでいる蒼龍達を見ながら考える。

 

「もう1つ質問なんだが、航空機ってどこにあるんだ?」

 

「少々お待ちください」

 

 加賀は手のひらを俺に見せるようにすると、気付いたら一見プラモデルにでも見えるようなサイズの航空機が現れた。

 

「手品……?」

 

「いえ、理屈は分かりませんが艤装を付ければ私達は艦載機を出すことができるようです」

 

 俺の知っている艦娘は実際に艤装に主砲が付いていたり、手に持った武装で砲弾を発射すると言った戦い方をしていた。空母と呼ばれる彼女達にはそれが当てはまらないのだろうか。

 

「それに、龍驤は軽空母ですが弓を持っていません。 何やら奇妙な紙を持っているようでしたが」

 

「紙……?」

 

 てっきり弓が空母のシンボルだと思っていたが、同じ空母である龍驤が弓を持っていないという事は必要では無いという事なのだろうか。

 

「分からないな、その赤城って子にも話を聞いてみたいんだけど会えないのか?」

 

「会う事は可能です、しかし話はできないと思います」

 

 会話の流れ的に違和感の無いタイミングで聞いてみたが、意外とすんなり答えてもらう事ができた。しかし会えるけど話ができないとはどういう理由なのだろうか。

 

「こちらに来てください」

 

 俺と加賀の会話を聞いた蒼龍達はふざけるのをやめてじっとこちらを見ていた、一体赤城とはどんな艦娘なのだろうか。

 

「赤城さん、入ります」

 

 宿舎に入った俺達は赤城と書かれたネームプレートがかけられているドアを開ける。

 

「生きて……居るのか?」

 

「はい、眠っているだけです。 もう1週間くらいになるでしょうか」

 

 ベッドの上には死んでいるのかと疑うほど静かに横たわった1人の女性が居た。頬は痩せこけ布団の上に出ている手は骨の形が伺える程細くなっていた。

 

「赤城さんはいつも言っていました『今度こそ必ず人々の期待に応えよう』と。 しかし私達に与えられたのは欠陥兵器というかつての栄光など微塵にも感じさせない名前でした」

 

 加賀は横たわった赤城の頬に触れると悲しそうな表情をしているが、赤城と呼ばれた少女には一体何があったのだろうか。気になった俺は尋ねてみる事にした。

 

「何があったのか聞いても良いかな?」

 

「赤城さんは私達が来るより前からこの鎮守府に居たそうです、私が来た頃にはすでにベッドの上から動くことができないようでした」

 

「怪我とか病気なのか?」

 

 言って気付いたが怪我であれば艦娘である彼女達であれば入渠をする事で治す事ができるだろう、そうじゃ無ければやはり病気の線が濃厚なのであろうか。

 

「赤城さんは一切補給を受けなかったと聞いています」

 

「それは何故?」

 

 補給とは食事の事だとは思うのだが、艦娘のために食堂まで作るような提督がそんな事をするとは考えられない。

 

「近隣海域の偵察しか行っていない自分に補給は必要ないと赤城さんが断っていたそうです」

 

「偵察だって大切な任務だろ、どうしてそんな事を……」

 

「私達には一航戦の誇りがあります、敵を打倒し人々を救うと言う期待を背負っています。 だからこそ赤城さんには耐える事ができなかったのでしょう……」

 

 恐らくは彼女達は俺が出会って来た子達の誰よりも強い想いを艦から受け継いでいるのだろう、例え自分達が欠陥兵器だと呼ばれても人のために戦う等意志は捨てていなかった。

 

「今度はあなたが私の質問に答えてください」

 

 悲しそうな表情のまま加賀はこちらに向きなおすと、震える声で質問をしてきた。

 

「赤城さんは言っていました、私達は何のために再びこの世に生を受けたのかと」

 

 艦娘とは深海棲艦と戦うために作られた、しかし彼女達には深海棲艦と戦う手段を持っていない。そうだとしたら彼女達は一体何のために艦娘となったのだろうか、しかしそんな当たり前の答えが加賀に必要だとは思えない。

 

「質問を質問で返すようで悪いんだが、加賀は何かやりたい事とか無いのか?」

 

「やりたい事、ですか」

 

 加賀は何か考えているようだがなかなか答えが見つからないようだった、それでももう1度赤城を見た加賀はゆっくりと口を開いた。

 

「赤城さんと、もう1度話がしたいです」

 

「そうか、じゃあ難しい事を考えるのはやめてそっちからどうにかしよう」

 

「どういう意味ですか?」

 

 俺の言葉を加賀は理解できないようだった。

 

「難しい事を考えるより、まずは目の前の問題をどうにかしよう。 それに赤城が何かに気付いているみたいだし起きて話を聞くのが1番の近道だろ?」

 

「そういうものなのでしょうか?」

 

「そういうもんだよ」

 

 少なくとも鹿屋では彼女達と信頼関係を築く大切さを学んだ、まずはそこから始めてみようと思う。

 

「そこで盗み聞きしてる奴等にも手伝ってもらうからな?」

 

 俺はドアに向かって話しかけると、ドタバタと2人分の足音が遠ざかって行った。お調子者だと思っていたが、わざわざ盗み聞きしていたという事は彼女達にも思う所があるのだろう。

 

「それでも今日みたいな座学や加賀達が戦う方法も同時に進めて行こうか、流石に24時間赤城を起こすことに集中しても良い案なんて出てこないだろうしな」

 

「分かりました、それなりに期待はしているわ」

 

 どこまで俺が彼女達の力になれるかは分からない、それでもこの基地で俺がやりたい事は見つかった。悲しそうな表情から無表情に戻った加賀に右手を差し出すと加賀は不思議そうにしていたが、それが握手を求めていると分かるとゆっくりと右手を握ってきた───。




to :大淀と愉快な仲間達

sub :いつお前は俺の大淀になったんだよ

連絡ありがとう

大淀に言っても仕方が無いのかもしれないが、訓練についてとか話は無かったのか?

俺が帰った時にだらけているようなら吐くまで走らせてやるから覚悟しておけと伝えておいてください

大湊はそっちと違って湿度も低いみたいだし、快適です

少し話は変わるけど、俺達の居た基地に戦闘機乗りを馬鹿にしてた奴居たよな?

確か第3部隊の坊主頭の奴だったと思うんだけど

爺に空に向かって謝るか訓練を倍に増やすように連絡しておいてください

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