sub :本日は妙高です
おはようございます
いきなりのご提案なのですが、呉の提督より近隣海域の偵察や民間の輸送船の護衛と言った任務に協力してくれないかと話がありました
任務の報酬として資材を分けてくださるという話ですが、受けた方が宜しいのでしょうか?
受けるとしても安全を最優先に考えて任務を受ける事になりますが、全く危険を伴わない訳ではありませんので湊教官の合意が必要と判断して連絡をしました
こちらの準備が整うまでは返答は待ってくださるそうなので、返信お待ちしています
正直に言ってしまえばあの人に全く興味は無かった、私はもう1度赤城さんと肩を並べて戦う事ができる、それだけが望みでした。
「もうこんな時間なのね」
腹部に痛みを感じて空を見上げてみる、日の高さを考えるともう昼時なのだろうか。考えないようにと意識を逸らしてみても、生きている以上は身体が食事を求めてしまう。赤城さんはどうやってこの辛さを耐えていたのでしょうか。
「加賀さん、そろそろご飯に行きませんか? 飛龍の奢りですよ!」
「えっ、さっきの賭けって加賀さんも入ってたの!?」
二航戦は相変わらず騒がしい、どうしてこんなにも元気で居られるのだろうか。この子達にはかつて国のために戦ったという誇りは無いのだろうか。
「私は鍛錬を続けます、もう少しで何か掴めそうなの」
「あんまり無理はしないでくださいね」
「何か簡単に食べられる物でも貰ってきましょうか?」
私は2人の言葉を無視して再び弓を構える、食事よりも赤城さんの言葉の意味を早く見つけたかった。矢筒に入った矢が無くなると、的の周辺に散らばった矢を回収していく。それを何度か繰り返していると突然後ろから声をかけられた。
「会から離れまでが少し早すぎます、もっと呼吸を意識してゆっくりと」
「誰かしら?」
この鎮守府では見た事の無い制服を着た男が立っていた、弓を使うための助言だとは思うのだけど意味を理解できない。
「僕が誰かは気にしないで良いですよ、それより僕もやってみていいです?」
やってみるとは弓を使ってみたいという事なのだろうか、あまり気安く他人に触らせたくは無いのだけど先ほどの口ぶりを考えれば弓を使用した経験があるのだろうか。今は余計な気持ちよりも少しでも上達するために男に弓を渡すことにした。
「弓道には射法八節って言葉があるんですよ、簡単に言ってしまえば8つの動作を正しく行いなさいって感じですね」
男はゆっくりと動作を口にしながら弓を構えていく。
「足踏み、矢束分足を開き両親指をしっかりと的の中心へ向ける。 胴造り、上から見て肩、腰、両足のつちふまずなんかが真直ぐになるように。 さぁどうぞ?」
ただ眺めていた私に立ち姿を真似するようにと言いたいのだろうか、仕方なく今はその指示に従ってみる。
「弓構え、取り懸けでは右手親指と弦が十文字になるように。 その時に整えた姿勢が崩れないように注意してください」
弓は男に渡してしまって無いのだけれど、弓が手にあると意識しながら真似をしていく。
「打起し、両肩が上がらない範囲でできるだけ高く上げてください。 引分け、右ひじの位置は変わらず、右のこぶしは額の前あたりにくるように、ここでも姿勢を崩さないように」
随分と窮屈な姿勢だと思った、こんな事で的に当てる事ができるのだろうか。
「会、左手は的方向へむかってねじり押すように、右手はその逆へねじってください。 手首ってより肩甲骨を意識した方が良いかもしれません」
「こうかしら……?」
「良い感じです、もっと力を抜いても良いですよ。 離れ、会でしっかり身体伸ばし、無理矢理離すのでは無く弦が矢を押す力に任せてください」
そう言って男の放った矢は真直ぐと的に飛んで行くと真ん中よりも少しずれた位置に突き刺さった。
「最後に残心、当たったからと浮かれるのでは無く腕以外は先ほどまでの姿勢を維持してゆっくりと心を落ち着ける。 これが射法八節と呼ばれる動作です、僕は訓練生時代の選択科目で習っただけですけど、同期の中じゃ1番上手かったんですよ?」
男はそこまで言うと私に弓を手渡してきた。私は先ほど習った動作をゆっくりと思い出すようにして繰り返してみる。何も持っていない状態でも窮屈だと感じたのだけど弓を持てば尚更窮屈に感じてしまう。
「的を狙うのでは無く、的の中心を通って更に向こうの的に当てるイメージで」
ただ真っ直ぐに的を見つめる、そして動作が間違って無いかを確認しながら矢を放つと男の放った矢よりも内側に当たったようだった。
「負けちゃいましたか、流石は艦娘と言ったところでしょうか」
「私達の事を知っているのね、そろそろ誰か教えてもらっても良いかしら?」
「大本営直属の憲兵です、忙しいところ申し訳無いのですが、湊少佐についてお話を伺いたいのですが宜しいでしょうか?」
あの人について聞きたいと言われても、私自身あの人の事を良く知らない。憲兵隊がこの鎮守府に来たという事は何か問題事なのかしら。
「……あの人が何かしたのかしら?」
「まだ確証は得ていませんが、艦娘に対して虐待、佐世保鎮守府への不法侵入と艦娘の強奪と言った容疑がかけられています。 あなたも何か暴行等の仕打ちを受けたとかありませんかね?」
初めて会った時には人相の悪い男だとは思ったけれど、予想以上に色々と問題を抱えている人だったらしい。短い間とは言え話した感じは悪い人では無いとは思っていたけれど私達を油断させるための演技だったのかもしれない。
「特に無いわね」
「良かった、確かに怖い人ですけど女性に手を上げるような人じゃないですからね」
「あの人とは知り合いなのかしら?」
男の口ぶりから察するに、あの人について何か知っているような素振りだった。憲兵ならどのような立場の相手であっても肩入れ等するような事は無いと思うのだけど。
「あの人のファンなんです」
「ファン? 意味が良く分からないのだけど」
「湊さんに憧れて僕は憲兵になったんですよ」
「随分と物好きなのね」
私はもう1度先ほどの動作を思い出しながら再び弓を構える、矢を放つ瞬間に二航戦が何かを叫びながらこちらに走ってきているのに気付いて大きく外してしまう。
「加賀さーん、おじ様が憲兵に捕まっちゃったって!」
「湊さんの姿も見えないんですけど、こっちに来て無いですか!?」
私は事情を知って居そうな男を見てみると、男は何やらバツの悪そうな表情でこちらを見ながら笑っていた。
「どういう事かしら?」
「大湊の提督にも軍資金着服等の容疑があるんですよね、拘束しろって指示は無かったので何か証拠を見つけたか抵抗したかのどちらかでしょうか」
私に事情を説明してくれている男の胸ポケットから奇妙な音が聞こえてきた。
「すいません、ちょっと連絡が入ったので」
男は私達から少し離れた場所に移動すると、誰かと話をしているようだった。
「加賀さん、あの人って誰です……?」
「あの服っておじ様を捕まえた人達と同じ服ですけど……」
「大本営から来た憲兵らしいわ、事情が分かるまではあなた達も余計な事を話さないように」
この鎮守府で何が起きているかなんて私にも分からない、けれど私達が余計な事を言えば彼等にとって不利な状況になってしまうかもしれないという事だけは分かる。二航戦から少しでも話を聞こうと思ったけれど、男が戻ってきてしまった。
「もう1つお聞きしたい事があります、昏睡状態に陥った艦娘について知りませんか?」
「何のことかしら」
間違いなく赤城さんの事を言っているのは理解できた、しかしその事を私から口にする必要は無いだろう。
「隠さなくても大丈夫です、こちらでもある程度は掴んでいますので。 そこで何ですがその艦娘の姿が無いと連絡がありました」
男の言葉を聞いて私は走り出してしまった、赤城さんが目を覚ましたのだろうか。そんな淡い期待が脳裏に過ったがそんな都合の良い話は無いと頭を振って気持ちを切り替える。
「赤城さん……?」
宿舎に戻った私は勢いよく赤城さんの部屋の扉を開けたが、ベッドの上に居るはずの赤城さんの姿は何処にも無かった───。
「もう少しまともな地図は書けなかったのかよ……?」
赤城を背負った時には軽すぎる事が少しだけ怖くなってしまった、それなりに背丈はある方だと思うのだが今すぐにでも病院に連れて行った方が良いのでは無いかと思える程軽かった。
執務室から出てすぐに大湊の提督に引き留められた俺は提督がどうして艦娘の待遇に力を入れていたかを聞くことができた。それから俺は赤城を背負って蒼龍達が作った抜け道を使い鎮守府の外に出た。
「あの家か……」
説明のあった民家は少し痛んでいる様子はあるが、少しの間姿を隠すだけなら問題は無いだろう。正直今自分の行っている行為は軍としてはかなりやばい行為だとは理解しているが、赤城を守るためだと頭を下げた提督の言葉を突き放すことができなかった。
「少し埃っぽいけど我慢してくれよな」
渡された鍵で玄関の扉を開けると、赤城を畳の上に寝かせる。それから少し家の中を調べてみたが電気や水と言った類の物は一切通っていないようだった、最悪水は庭に見えた井戸を使えばどうにかなるかもしれないが、長期間潜伏するとなった場合には少し厳しい物がある。
「少し食料を調達してくるか……」
俺は家に残っていた服を適当に拝借すると、以前蒼龍達に教えてもらった店に向かう事にした。こんな事になるのであれば周辺に何があるかを調べておくべきだったと後悔してしまったが、今は後悔するよりも行動に移そうと意識を切り替える。
「こんにちはー、少し食料を分けて頂きたいのですが……」
「あのめきやし達ど一緒だば無いのけ?」
相変わらず老婆が何を言っているのかがいまいち理解できない、蒼龍達はどうやってこの老婆を会話を続けていたのだろうか。
「き、今日は1人です。 家族が風邪を引いて寝込んでしまったのですが、自分は料理が苦手なもので……」
「それだば粥を作ってやるがきや持って帰るど良い、お前さんものんが食べたいものがあれば言えば良い」
粥という単語は聞き取れたし、目的の物を用意する事はできたと思う。筆で書かれたメニューを渡してきたという事は俺の分も用意してくれるのだろうか。適当にメニューを指差すと老婆は厨房へと戻って行ってしまった。
「お腹がすいたきやまだ来まれ」
「ありがとうございます」
少ししてお粥が入った鍋と弁当、風邪薬を老婆から受け取ると、足早に来た道を戻る。途中憲兵と思わしき恰好をした野郎とすれ違ったが、下手にビクビクする方が逆に怪しまれると判断して堂々とした態度で道路の上を歩く。
この様子だと俺が赤城を連れて鎮守府から出た事がもうバレているのかもしれない、この男が俺に気付くようであればそれなりに抵抗する必要があると思っていたが、憲兵は特に気にした様子は無く鎮守府の方角へと歩いて行ってしまった。
「ただいま、お粥を貰って来たけど食べるか?」
民家に戻った俺はとりあえず赤城に話しかけてみるが返事は無かった、提督から聞いている時間まではもう少しあるし仕方が無いとは思うのだが独り言を言っているようで少しだけ寂しく感じてしまう。
やる事も無いので俺も畳の上に横になってみるが色々な事がありすぎて落ち着かない、心配かけないように大淀に連絡を入れておこうと思ったが、携帯が見つからない。もしかしたらどこかに置いてきてしまったのだろうか。
「……ごめん……なさい……」
「起きたのか?」
赤城が眠ってしまっている原因は提督による投薬が原因だった、それを聞いた時には怒りがこみ上げてきたが事情を聞いているうちにその怒りは俺の自分勝手な思いだと考えを改める事になった。
「……あなたは?」
「湊だ、提督に言われてお前を監視する事になった」
赤城自身が補給を断っていた事もボロボロになった身体で進んで任務を受けていたという事も聞いた、それだけ見れば度は過ぎていても自分に厳しいのだと考えられなくも無いと思う。
「私の艤装を、こんな所で休んでいる間にも敵が攻めてくるかもしれません……」
「その身体でまともに戦えるのか?」
「例え戦う事ができなくとも、偵察くらいならできます。 いざとなれば私が囮になる事だって……」
しかし赤城の話を聞いて真っ先にコイツはただ死にたいだけなのでは無いかと思えてしまった。
「死にたいのか?」
「死ぬことは恐れていません、私はただ一航戦として戦いたいんです……」
「そうか、ならまずはその骨と皮しかない身体をどうにかしろ。 俺がいけると判断したら戦場に出してやる」
実際俺にそんな権限は無いのだが、こう言ってしまえば赤城も食べないという選択肢を選ぶことはできないだろう。俺は少し冷めてしまったお粥をスプーンで掬って赤城の口元へと運ぶ。
「これを食べれば私を出撃させてもらえるんですね……?」
「俺達軍人にとっては身体が資本だ、それが分かってないうちはお前が偉そうに戦いたいなんて口にする事は認められない」
赤城は恐る恐るお粥を口に含むと、急な食事に胃が驚いたのか口元を押さえ嘔吐に耐えようとしているようだった。吐き出してしまうかと思ったが、それを堪えた赤城の覚悟は認めても良いと思った。
「じゃあ次な」
「はい……」
俺は再びスプーンでお粥を掬うと赤城の口元へと運ぶ。結局老婆が作ってくれた量の半分ほどで赤城は食べる事をやめてしまったが食べる量は少しずつ増やして行けば良いだろう。
「一応赤城にも説明しておくが、お前はもうすぐ解体される予定になっている。 何の役にも立たない兵器を維持するのは無駄だっていう上の判断らしい」
「私は戦えます……!」
「はっきり言うが、赤城よりも鹿屋に居る駆逐艦の子達の方が戦力としては上だろうな」
赤城が解体されてしまうと言うのは本当の話だった、海軍としても赤城の魂が宿った艤装をいつまでも遊ばせておく訳にはいかないだろうし、艤装と人間を切り離した実験データも欲しているらしい。
「そうですか、それなら解体も仕方ありませんね……」
「悔しくないのか?」
「こんな無駄飯ぐらいが生きていても仕方が無いですよね」
俺は赤城がどんな経験をして何を考えて居るかなんて分からない、それでも生きていても仕方が無いという考え方は気に入らなかった。
「そうか、ならこれを飲め」
俺は瓶から錠剤を取り出すと赤城に手渡す。
「お前を眠らせていた薬だ、かなりきつい薬らしいしそれだけ飲めば致死量に届くだろう」
「それを飲めば私は楽になれるんですか……?」
恐らくは今の赤城の言葉が本音なのだろう、自分は役に立たないから必要ないと考えて居るのではない、コイツは今の自分に耐えられないだけなのだ。
「そうだな、加賀達には俺から説明しといてやる」
「加賀さん、ごめんなさい……」
赤城は手のひらに乗せた錠剤をじっと見ている。
「俺なりにお前達の事を調べてみたんだが、1つだけ気に入った話があってな。 どうせ死ぬなら最後に聞いてくれないか?」
「何でしょうか……?」
加賀に教えて貰ってばかりだと流石にまずいと思って俺なりに空母について調べてみたのだが、戦歴や構造なんかよりもコイツ等にぴったりの話を見つけた。
「空母って艦載機を発艦させる時に針路を変えるだろ、その説明が妙に気に入ってな」
「発艦の際には風上に艦首を向けますね……」
「あぁそうなんだ、揚力の補助や横風による事故を防ぐためって言ってしまえばそれだけなんだけど、仲間のために風に逆らって進んで行くってかっこいいなって思った」
自分で言っていて少し恥ずかしくなってきたが、死にたがりのコイツには伝えるべきだろう。
「赤城は空母なのにそれができないんだな、加賀や蒼龍達はお前の言葉を信じて進み始めた。 例えガラクタだって言われてもそれに逆らうように努力を始めた。 まぁそれだけだ、さっさとそれを飲んでしまえよ」
「……っ!」
赤城は手に乗った錠剤を自分の口元に運ぶ。口を開け後は錠剤を口に含み飲み込むだけなのだが最後の一歩が踏み出せないようだった。
「手伝ってやるよ」
俺は持ってきたペットボトルの蓋を開けると、赤城の手を掴み錠剤を無理やり口の中に入れさせる。そして赤城の鼻をつまむと無理やり水を口に含ませた。突然の事に驚いたのか赤城は咳込んでいたが錠剤が吐き出されていない事を確認する。
「それじゃあお疲れ」
「……嫌ですっ! 私はまだ……!」
指を喉に入れ必死で吐き出そうとしているようだったが、俺は赤城の両手を掴み押さえつけると真直ぐ目を見つめる。
「お前が選んだ道だろ、何で抵抗するんだ。 薬が溶けるまでもう少し時間はあるだろうし遺言くらいなら聞くが?」
「手を放してくださいっ……、私はまだ死にたくないです……。 加賀さんともっと話をしたい、二航戦の子達にお礼も言えてないのに……」
「そうか、残念だったな。 一航戦の誇りが大切ならここで死んだ方が赤城のためだろ、もう無駄飯ぐらいなんて言われないから安心しろよ」
必死で俺の手を振り払おうとするがその力は弱々しく俺はそこまで力を入れていないのだが赤城には振り払えないようだった。
「ごめんなさい……、私が間違っていました……。 だから手を……!」
赤城は泣き出してしまったが俺は手を離さない。
「ここで吐き出してしまえば赤城はまたガラクタと呼ばれる日々が始まるかもしれない、それでも良いのか?」
「それでも、加賀さん達と一緒に進んで行きたいです……」
「その言葉忘れるなよ」
俺は赤城の手を放すと、錠剤の入っていた瓶を見せてやる。
「これは……?」
「あぁ、ただの風邪薬だな。 成人は4錠って書いてあるしさっきの量じゃ少し飲みすぎってところだろうな」
抵抗した事で疲れたのか、先ほどの薬で死ぬわけじゃ無いと分かって力が抜けたのか赤城は少し間の抜けた表情で俺の顔を見ていた───。