ガラクタと呼ばれた少女達   作:湊音

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あの化物が現れたことはまだ国民には知らせていない。

しかし、食料自給率の低い日本にとって、海上交通路を失うというのはジワジワと国の命を削られていく事と同義。

同盟を結んでいた国達も、日本との関係を維持するよりも、自国の防衛を進めた方が利益となると結論を出してからは、以前までのような協力関係は影も形も無くなってしまった。

奴等は船だけではなく、国の命すら貪ろうとしていた。


心のある兵器
ガラクタ(1)


「どうして俺が海軍なんかに行かなければならないんですかっ!」

 

 急に呼び出されたと思ったら、目の前で椅子に腰かけたままのクソ爺はいきなり海軍への移動命令が出たと端的に言い放ちやがった。

 

「貴様も海がまずい事になっているのは薄々気付いておるのだろう? 向こうも人員不足らしくてな、せめて新兵を教育できるだけの者を寄こせと上層部を通して要求してきおった」

 

 軍に所属している以上は、ある程度の情報は耳に入ってくる。しかし、入隊してから数年ずっと陸軍として活動していた俺にいきなり海に行けというのもおかしな話だと思った。

 

「教育だけなら、暇そうに珈琲飲んで時間潰してるだけのボンクラ共を送れば良いじゃないですか! 俺には部下達を置いてここを離れる訳にはいきません!」

 

 国の戦力を領海の防衛に集中させている事により、他国が領域拡大を目論んで徐々に侵略してきている。だからこそ陸軍は化物なんて胡散臭い相手だけじゃなく、目に見える敵から身を守るために活動していた。

 

「もう決定された事だ、(みなと)少佐。 君には本日中に荷物をまとめて、鹿屋基地に向かってもらう。 せめてもの手向けに軍用機での移動を許可する」

 

 恐らくはこれ以上粘った所で、クソ爺の命令を撤回させる事はできないだろう。組織に属しているからには仕方がない事とは言え、納得できるはずはなかった。

 

 自室に戻ってからしぶしぶ荷物を鞄に詰め込む。元々私物がほとんどなく、野営のための備品といった任務で使用する道具くらいしか無いことに更に苛立ちが募る。

 

「こんな物持って行っても仕方が無いか……」

 

 これから向かう先は山でも森でも無い、陸地の無い海なのだ。基地に勤務するのであれば野営道具などそもそも必要無いし、現場に送られるのであれば船の上で火を熾す訳にもいかない。

 

「少佐、迎えのヘリが到着しました」

 

 ドアが数度ノックされ、爺の秘書官の無機質な声が聞こえてきた。

 

「すぐに向かいます」

 

 ヘリポートには海軍の錨のマークが書かれたヘリが止まっていた。それを見て、本当にここから離れなければならないんだなと少しだけ寂しく感じてしまう。新兵への教育を行うためと聞かされているが、一体どんな野郎の面倒を見なければならないのか、陸軍だからといって舐められたりしないだろうか、そんな事を考えながらヘリに乗り込んだ───。

 

 

 

 

「悪いな、今は海の近くを飛ぶことは許可されて無いんだ。 ここから真直ぐ進めば基地があるから、少しだけ歩いてくれ」

 

「気にすんな、最後の陸地だと思って一歩一歩噛み締めながら歩かせてもらうよ」

 

 2時間程度の空の旅だったが、意外と気の合う連中だったと思う。教育係として鹿屋に向かうと伝えた時には、なんだか複雑そうな表情を向けられたが、基地の連中も気さくな連中だったら良いなと思った。

 

「妙に静かだな……」

 

 少し歩いたところで、田畑の広がる場所に出たが、農作物は育てられておらず完全に静まり返っていた。もしかしたら海の近くの集落ということで、避難勧告でも出ているのだろうか?そんな事を考えているうちに、赤い煉瓦と有刺鉄線により区切られた建物に到着した。

 

「ここが新しい職場か……。 迎えが居ると聞いてたんだけどな……」

 

 手渡された資料に軽く目を通すと、迎えが基地の入口に立っているから詳しくはソイツに聞いてほしいと簡潔に書かれている。しかし、周囲を見渡してもそんな野郎は視界に入らず途方に暮れてしまう。

 

「ちょっと、アンタ誰よ」

 

「ん? おい、子供がこんな所に居たら危ないだろ。 早く親の所に帰りな」

 

 急に後ろから少女に声をかけられ、少しだけ驚いた。恐らくは避難場所としてこの基地の一部を提供しているのであろう。そう考えていると、少女は俺の脛目掛けて思いっきり蹴りを入れてきた。

 

「ってぇ……! 子供だからっていい加減にしないと怒るぞ!」

 

「誰が子供よ! 私は特型駆逐艦、5番艦の《叢雲》よ!」

 

 子供の間ではこういった遊びが流行っているのだろうか?確かに俺も子供の頃にはテレビで見たヒーローになりきって遊んでいた記憶がある。

 

「なんだそれ、最近のテレビはそんな渋い趣向なのか……?」

 

「あぁもう! じれったいわね! 階級と名前を名乗りなさい!」

 

 なんだかよく分からないが、少女は顔を真っ赤にして怒っているようだった。なんとなく逆らうとまた暴れだしそうだし、ここは大人しく従って満足させたら親の元に帰ってもらう事にしよう。

 

「本日付けで陸軍より転属となりました、湊です。 階級は少佐っと、これで満足したか?早くお父さんやお母さんの所に帰りな?」

 

 ビシッと敬礼までして、爽やかな笑顔で少女に帰るように促したが、帰ってきたのは再び脛への蹴りだった。いい加減怒った方が良いのだろうかと悩んだが、少女はついて来いと正門をくぐり基地の中に入って行ってしまった。

 

「おいおい……、いい加減にしないと怒るぞ!?」

 

「いい加減にするのはそっちじゃない!? 私は《艦娘》なの!さっきのでそれくらい分かりなさいよ!」

 

 カンムス……?聞きなれない単語に首をかしげてしまう。何かの新しい俗語なのだろうか、不思議そうな表情を浮かべている俺を見て、少女は顔を真っ青にしてしまった。

 

「あ、あんた……。まさか艦娘を知らないのに教育係なんて任務受けちゃったの……?」

 

「す、すまん。 俺はただ新兵の教育を行ってこいとしか……」

 

 俺と少女の間になんだか気まずい空気が流れる。なんだか残念そうな目でこちらを見てくる少女の視線が妙に痛く感じるが、俺自身に落ち度は無いはずだ。

 

「明日0900からアンタの転属を迎えるための式があるから、それまでに最低限の知識は教えておかないとまずそうね……」

 

 少女は早足で建物に入ると、階段を上り執務室と思われる場所に入っていった。俺も仕方がなく後に続いたが、表面上綺麗にはされているようだが所々年季の入った建物に妙な違和感を感じた。

 

「これ、明日までに全部読んでおくように」

 

「全部か!?こんなの読んでたら朝になっちまうぞ!?」

 

 誰も居ない執務室に入ると、少女は自分の背丈の半分はありそうな程積み上げられた本を机の上に並べた。

 

「あら? 朝までに読めるなら式には間に合うじゃない。 何か問題があるの?」

 

「お前な……、お遊びはもう良いから、お偉いさんを呼んで来てくれ。 事情はそこで聞くからさ……」

 

「居ないわよ。 ここには私達艦娘とアンタだけ、前に居た人は逃げ出しちゃったもの」

 

 逃げ出したというのはどういう事だろうか?しかし、表情を伺う限り嘘をついている素振りは感じられなかった。俺は手で椅子の埃を払うと、適当な本を取って適当に中身を確認する。

 

「悪いがいくつか質問に答えてほしい」

 

「何よ、変な事聞いてきたら酸素魚雷食らわせるんだからね……」

 

 恐らくは全ての本に目を通していたら真面目に明日あるらしい式までかかってしまうだろう。せっかく隣に事情を知っている奴がいるのであれば、適当にページをめくって気になった単語を質問していった方が効率が良いはず。

 

「艦娘ってのは兵器なのか? 俺には普通の女の子にしか見えないんだが」

 

「兵器……って呼ばれるのは、なんだか不満だけど合ってるわよ。 昔沈んだ艦の魂が宿った艤装って呼ばれる武装を使える人間って所ね」

 

 先ほど少女が名乗っていた叢雲というのもかつての艦の名前なのだろう。新しく艤装という単語が出たので、本の中からそれに関係してそうな項目を探して目を通す。

 

「なるほどな、適正検査を実施して少女を兵器に仕立て上げる。しかも、海に現れた化物に対抗できる唯一の手段とまで来たか」

 

 本の内容を読めば読むほど夢の中じゃないかと自分を疑いたくなるが、まだ蹴られた事によりジンジンと熱を持っている脛の事を考えれば現実なのだろう。

 

「教育を行うというのはお前も知っているんだよな? 俺は一体お前達に何を教えれば良いんだ?」

 

「お前って言うの辞めて、私には叢雲って名前があるんだから」

 

 逆らえばまた蹴られるという事は簡単に予想できた。先ほどから少女に尻に敷かれているようで癪だったが、大人しく『叢雲さん』と呼んでおいた。

 

「恥ずかしいようだけど、全部よ。 戦い方だけじゃなく、生きていくために必要な事も」

 

「艤装を装備する事により、元の少女の魂は艦の魂と混ざり合う。そのため、一部被験者には人として生きてきた記憶の損失が見受けられる……か」

 

 二冊目の本の中から、少女の言葉の意味する事が書かれていたページを見つけた。正直中身を読み進めると胸糞が悪くなってきた。要は人体実験と何ら変わりがない、少女を軍の都合で改造して戦場へ送り込む、そんなの軍として大人としてどれほど恥である事か。

 

「勘違いしないで、私は私の意思でここに居るの」

 

 考えている事が表情に出てしまっていたようで、少女は勘違いしないでとでも言いたいのか俺の意見に否定的な言葉を口にしてきた。記憶も無いのに偉そうな事を口にするなと叱ってやりたかったが、この言葉は口にしないほうが良いと判断した。

 

「大体分かった、本は読んでおくから、この基地について教えてくれ」

 

 次のページを捲ると《失敗》《欠陥》と否定的な言葉が並べられていたため、本を閉じる。恐らくは少女は気が強そうな素振りをしているが、恐らくは作り物だろう。もし本当に唯我独尊と言ったタイプであれば、他人の表情を伺う事などしないだろうし、律儀にここで俺の質問に答えてくれるとは考えづらかった。

 

「元々ここが海軍の航空基地だったってのは知ってるわよね? でも、それじゃ奴等に対抗する事ができなかった。 だから軍はここの資源や人材を他の海上部隊のある鎮守府へと移動させた」

 

 少女はそう言いながら器用にも積み重ねられた本の真ん中の辺りから一冊引き抜くと、手渡してきた。先ほどと同じように適当に中身に目を通していると、先ほどの言葉とまったく同じ内容が書かれたページを見つけた。

 

「なるほど、それでも基地を遊ばせるのは無駄だと判断して艦娘の教育、出撃のための拠点として再利用する事にした……か」

 

「机の中に前に居た人の残したレポートがあるから、そっちにも目を通しておきなさい。 私はちょっと見回りに行ってくるわね」

 

 そう言い残して少女は執務室を出て行った。俺は机の引き出しを開けてみると、何やら乱暴に書きなぐられた資料を見つけた。

 

『言う事の聞かない欠陥兵器』『運用に難有り』そんな言葉が延々と書きなぐられている。最後の締めくくりはどのページも『こんなガラクタを運用する必要性は感じられず』で締めくくられていた。

 

「なんだか大変な場所に来ちまったようだな……」

 

 胸ポケットから煙草を取り出し火をつけようとするが、どこを探しても灰皿が無い事に気づく、前任者は喫煙者では無かったのだろうか。仕方がないので、窓をあけて煙草に火をつける。目の前には一面の海が広がっており、とても未知の生物と戦争をしているだなんて考えられないほど平穏だった───。




7/10 一部文章を読みやすい方に変更しました。

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