赤城と龍驤を出撃させてからもう1時間近く経とうとしているが依然として深海棲艦の数が減る様子は無い。俺は奥歯を噛み締めながら敵の砲撃が鳴りやむのをただ待つしかできなかった。
『……装備換装を急いで!』
『あっかーん! ちょっち忙しすぎや~!』
今回の作戦では敵と交戦する際に、彼女達の攻撃範囲ギリギリを狙って戦闘を行う予定だった。イ級に比べると攻撃範囲の広い彼女達であれば敵の射程外から一方的に攻撃できると考えていたのだが、イ級の標的を救助船にさせないために赤城達には必要以上に敵に近い位置での戦闘を指示している。
「島まで後どれくらいで着きそうだ?」
『20分程でしょうか、こちらも回避行動を取っているためもう少しかかるかもしれません……』
「赤城、龍驤。 燃料や弾薬はまだ大丈夫か?」
『少し厳しいかもしれません……』
『うちもちょっち怪しいかもしれん……』
予定より早くなってしまうが加賀や蒼龍達も出撃させるという手もあった、しかしこのタイミングでそんな事をしてしまえばそれこそ敵の目論見通りになってしまいそうで中々踏ん切りがつかない。
『出撃の許可をお願いします』
『か、加賀さん落ち着いて! 飛龍も見てないで止めるの手伝ってよー!』
無線から加賀と蒼龍の声が聞こえてくる、本音を言ってしまえば今すぐにでも赤城と龍驤に加勢してほしいと頼みたいところなのだが、俺は目を閉じ冷静になる様にと自分に言い聞かせる。
「ダメだ、加賀達にはまだやってもらう事がある。 それまではお前達を消耗させる訳にはいかない」
今まで現場しか経験した事のない俺は、今まで上官に対して文句ばかり言っていた事を悔やむ。自分だけ安全な場所で机に座っているだけだと馬鹿にしていたが、こうして自分の指示1つで誰かの命が失われるかもしれないという重圧を耐えているとは思っていなかった。
『敵の殲滅を確認、針路確保しました! 加賀さん、私は大丈夫ですよ』
『やっと終わったみたいやね、早く帰ってのんびりしたいわぁ~』
無線から赤城と龍驤の声が聞こえてきて少しだけ不安が薄れた、後は救助船が島に到着する事で作戦の半分程が終わったと言えるのだが、自分の手を開いて確認してみると緊張のせいか驚くほど汗をかいていた。
「良くやってくれた、各自損傷を報告してくれ」
『小破というところでしょうか、艦載機の発着艦には問題ありません』
『うちもまだいけるで、弾薬がちょーっと心許ないけどね』
「了解、周囲の警戒を怠らないように気を付けてくれ」
損傷は軽微、燃料や弾薬は予定よりも消費してしまっているようだったが、1時間近く戦い続けてその程度であれば十分すぎる結果だと思う。俺は一息つけると思ったが、すぐに救助船の見張り員から報告を受け緩みそうになった気持ちを引き締める。
『前方に敵発見! ロ級にハ級、ホ級も確認しました! このままでは島に上陸できません!』
急いで深海棲艦についてまとめられた資料を捲る、深海棲艦がいろは歌になぞらえた名前をつけられているのは知っていたが、突然その名前を呼ばれてもどのような艦種を模した敵なのかが即座に理解できない。
『すぐに向かいます!』
『ちょっとくらい休ませてくれてもええやろ!?』
ロ級とハ級はイ級と同じく駆逐艦に分類される、恐らくは魚雷にさえ気を付けていれば問題無いと直感で分かる。しかしホ級の項目には軽巡洋艦に分類されていると書かれていた。イ、ロ、ハ級と比べれば主砲の口径が大きく装甲もそれなりの強度があるらしい。
「固定砲台なのか動くのか報告を急げ、自分達に向かって距離を詰めてくるようなら全力で針路を変更しろ!」
軽巡洋艦に駆逐艦、この構成を見て俺は鹿屋の艦娘達の事を思い出す。彼女達が得意とするのはすれ違いざまに目標に魚雷を当てるという戦い方だと聞いている。資料に書かれている主砲についても気を付けるべきだとは思うのだが、それよりも俺は自身の経験を優先させる。
『ホ級がこちらに向かって来ます、このままでは衝突します!』
やはりこっちにできる事は相手にもできるという事なのだろう、俺は急いで回避指示を出そうとしたがそれよりも早く爆撃音と共に赤城の声が聞こえてきた。
『ホ級は私に任せてください、救助船は可能な限り最短距離を!』
『す、すげぇ……。 こちら無事です、雷跡に十分注意しながら航行を続けます!』
無線だけじゃ向こうの様子は分からないが、恐らくはホ級が魚雷を放つよりも前に赤城が沈めたのだろう。内容を聞く限り救助船とホ級は近い位置に居たと思うのだが、水柱を上げるだけの火力を持ちながらピンポイントに敵だけを倒すという技術に驚いてしまう。
「龍譲、そっちはどうだ?」
『こっちは順調に敵を沈めとるよ! それより、なんかうち艦載機の飛ばし方が分かってきたかも……?』
その報告は喜ばしい報告だった。艦載機の発艦の際には再び救助船に乗せる必要があると思っていたが、龍驤の言葉が本当であれば龍驤を回収するために救助船を止める必要が無くなる。
『ほっ、はっ、やっ! あかん! 着艦もやり始めると忙しゅうてかなわんわ!』
『すぐに慣れますよ、それにしても龍驤さんの発艦方法は面白いですね……』
赤城と龍驤の会話を聞いていると、龍驤がどのような方法で発着艦を行っているのかがすごく気になる。一瞬余計な事に気を取られそうになったが俺は頭を振って思考を切り替えた。
「赤城、龍驤、お喋りは作戦が終わってからにしろ」
『す、すみません!』
『ごめんごめん、ちょっと嬉しくてつい……』
「……もう少し進めば島に漂着している艦からの支援砲撃も受けられる、もう少しだけ頑張ってくれ」
漂着している艦のスペックが書かれた資料を見ながら地図に円を書き込む、報告によれば動力部はやられているが主砲や副砲は使用する事ができるはずだった。動くホ級は赤城達に任せるとして、動かない深海棲艦が居るのであれば小さい的でも当てられる可能性は十分にある。
『救助船を護衛すること自体は問題ありませんが、このペースだと燃料が厳しいですね……』
『さっきも言ったけど、うちは弾薬がまずいわ……』
「予定より良いペースで進んでいるし、周囲の索敵を継続したまま1度救助船で補給を受けてくれ」
本来であれば昼前に開始して日が沈む前には終了させるという短期的な作戦だったが、念のため救助船に赤城達用の燃料や弾薬を積むように指示しておいて正解だった。しかし本当に怖いのは少しずつ蓄積されている疲労、今は順調に敵を倒すことができているおかげで赤城や龍驤はあまり疲労を感じていないようだが、この手の疲労は小さな切っ掛けで急に襲い掛かってくる事がある。
『前方に敵発見しました!』
「補給は現在確認している敵を片付けてから行ってくれ」
『偵察に回していた艦載機より連絡、後方に深海棲艦を確認!』
『アカンで!? このままじゃ挟み撃ちや!』
このタイミングの奇襲は偶然では無いと思った、イ級が動かないのは向こうの指揮官が指示を出していたと仮定していたが、そういう種類の深海棲艦が居るのかもしれないという可能性もゼロでは無い。
しかし赤城や龍驤の燃料や弾薬の事を考えればこのタイミングでの奇襲はこちらの様子を窺っていたようにしか思えない。これだけ状況が整ってしまえば提督の言っていた、敵にも知性を持った種類が居るという説を認めるしか無かった。
「全速力で島に向かってくれ、今は後ろに戦力を割くよりも前方に集中させて一点突破を狙う!」
提督は相手に指揮官が居た方が戦いやすいと言っていたが、俺はまだその境地には達していない。臨機応変に指示を出すという事は実際やってみて苦手では無いと思うのだが、相手がこちらに合わせて対策を取ってくる可能性を考えると上手く考えがまとまらない。
『り、了解!』
『分かりました、一航戦の誇りお見せしましょう!』
『よ~し、みんな気合入れていくでー!』
指示を出すと俺は拳を握りしめて下唇を強く噛む、決して考えがまとまらない等という不安を彼女達や救助船に乗っている人達に気付かれる訳にはいかない。俺が不安に感じているという事が現場に伝われば、それは提督が士気を下げるなと俺に伝えた意味が無くなってしまう。
『敵砲撃の被弾を確認! 現在消火活動中ですが、航行には支障ありません!』
『龍譲さんは10時方向を!』
『分かった、そっちは赤城に任せるで!』
被害の報告を受けると何もできない自分に怒りが込み上げてくる、ここに居るのが俺ではなく大湊の提督だったらと考えると自分の実力の無さを痛感してしまう。俺は拳を思いっきり机に叩きつけようとしたが机の上に置かれた携帯を見て拳を止めた。
『いっててて! ふぇえ……、流石に直撃じゃなくても魚雷は効くわぁ……』
『きゃぁっ! 誘爆を防いで!!』
『敵雷跡複数確認、全員衝撃に備えろ!』
今の俺には現場で戦っている赤城達を信じる事しかできない。苛立ちで物に八つ当たりしてしまえばその信じる事すら俺にはできていないのでは無いかと思った。俺は彼女達の提督になろうとしているのに、信じてやれないなんて情けなさ過ぎる。
「全員、落ち着いて対応しろ。 もう少し、もう少しなんだ」
そんな子供騙しのような事しか言えないがレーダーに表示されている救助船の位置を確認しながらその時を待つ。1分が1時間程に感じたが漂着している艦と連絡を取っていた男がこちらに視線を向けた事で間に合ったのだと安堵する。
『救助船の位置を確認しました、これより支援砲撃開始の許可を!』
漂着している艦から無線が入り俺は即座に支援砲撃の許可を出す。
「全員深海棲艦から離れろ! 赤城や龍驤は救助船に張り付いている奴等を優先して狙え!」
『分かりました、どうにか間に合ったようですね……』
『ギリギリやったな……』
『助かったぁー……』
ほとんど綱渡りだったがどうにか作戦の半分を終える事ができた。救助船から無人島に到着したと報告を受けると俺は赤城と龍驤に今のうちに補給を行うように指示を出す。
『ほぉ~う、補給はマジで嬉しいなぁ~』
『艦載機の補充もありがとうございます。 助かります』
『何、気にしないでくれ。 俺達がここまで辿り着けたのは2人のおかげなんだからさ』
無線から少し和やかな会話が聞こえてくる、正直赤城と龍驤が沈めた深海棲艦の数は十や二十なんて数字じゃない。今回はホ級以外が動かなかったという事もあり、通常よりも攻撃が当てやすかったのもあるとは思うがそれでも胸を張って威張れるほどの戦果だろう。
「被弾していたようだが、負傷者は出ていないか?」
『現在報告されているのは被弾した衝撃で転倒してしまったという報告くらいでしょうか、命に関わる負傷や作戦に支障をきたす負傷は報告にありません』
「良かった、あんた達に何かあったら作戦が成功しても提督に殴られそうだからな」
救助作戦で負傷者や死傷者を出すなんて悲しすぎる、大のために小を犠牲にするという考えもあるとは思うのだが、やはり全員生きて帰ってこその救助作戦だと思う。
「艦の被害はどうだ?」
『そちらは今応急処置を行っています、やや速力が低下してしまうかもしれませんが問題無しと考えて貰って大丈夫です』
「そうか、やっぱりあんた達は優秀だよ」
陸上では襲撃に怯え、火災に慌てながら上官が居ないからと言い訳をしてるところを見たが、やはり海の男は海の上でこそ活躍するという事なのかもしれない。
『後3分程で全員の救助が完了します』
「そういえば名簿を見たんだが、その艦に新人いびりの大好きな大尉が乗っているはずだ。 少し話をさせてもらっても良いか?」
『分かりました、すぐに呼び出します』
新人いびりの大好きなと表現して伝わったという事は、大尉の行いは警備府でも知られていたのかもしれない、少しして無線からあまり聞きたくは無い声が聞こえてきた。
『て、提督殿。 私に何のご用事でしょうか!』
「あぁ、悪いが俺だ。 提督は今は席を外してるよ」
『……その声は湊か? てめぇ何やってんだ! この大事な作戦中にふざけたことしてんじゃねぇぞ!?』
この男には2つ程伝えなければならない事がある、作戦中に話すかどうかは悩んだが全員救助するまでもう少し時間があるし早めに話しておいた方が良いだろう。戦場に居る以上は次の機会等と甘えた考えは持ってはならないというのは現場で学んだ事だった。
「そうだな、大事な作戦だよな。 大勢の命がかかった作戦だからな」
『分かってんならさっさと提督に代われ!』
「この作戦の総指揮は俺が取っている、だからこの作戦では俺があんたの大好きな提督の代わりだよ」
『……はっ?』
突然の事に困惑しているだろうが俺は大尉が再び文句を言いだす前に1つ目の内容を伝える事にした。
「それと面白い事を教えてやるよ、この作戦の主力はあんたが馬鹿にしていた艦娘達だ。 今は救助船で補給を受けているはずだから頭を下げてこい。これは提督代理としての命令だ」
この男は自分の立場を利用して新人を押さえつけるのが大好きなようだから、俺も感謝の気持ちを込めて同じことをしてやる。
「もう1つ、あんたには感謝している。 あんたが漂着した艦に居てくれたおかげで今回の作戦は無事に勝つことができそうだからな、あんたの嫌味な性格には本当に感謝してもしきれないくらいだよ」
『な、何を言ってやがる……』
「提督代理、警備府近海に深海棲艦発見との報告です!」
無線を担当している男が声をあげた、俺は読みが当たっていた事に心の中でガッツポーズをする。
「悪いが通信はこれで終わりだ、こっちはこっちで忙しいからな。 命令はちゃんと遂行しろよ?」
『てめぇ、待て……!』
大尉は何か言いたそうだったが俺は『警備府に残っている』加賀達に無線を切り替えるように指示を出す。
「加賀、蒼龍、飛龍。 出撃だ、目標は警備府近海の深海棲艦、我慢していた分だけ暴れてくると良い」
『待ちくたびれたわね、一航戦、出撃します』
『まぁまぁ、赤城さんも無事みたいだし良いじゃないですか! 第二航空戦隊、旗艦、蒼龍! 抜錨します!』
『ここで私達が頑張らないとみんなが帰って来る場所が無くなっちゃうけどね! よしっ! 二航戦、出撃します!』
提督が、救助作戦の妨害が敵の目標だと思い込んでしまったのは簡単な理由だった。提督は部下達を信用しているし、それこそ家族と同じくらい大切に思っているのだろう。だからこそ提督にとって最悪の事態は救助の失敗、部下達を失う事に他ならない。
「敵の数は分かるか?」
指揮官としては未熟な俺は漂着している艦に大尉が乗っている事を知り、正直助けなくても良いのではと私情を挟んでしまった。しかし、だからこそ気付くことができた。動力のやられた艦を捨て、兵だけを助けても深海棲艦にとって何の脅威にもならない。
『すごい数としか言えないかな……』
『蒼龍、そっちは任せたよ! 加賀さんの方にいっぱい居るけど、大丈夫です?』
『これくらい鎧袖一触よ。 心配いらないわ』
敵の狙いは間違い無く俺達に救助作戦を行わせる事だった、そうする事で救助船を護衛するために警備府から戦力を割く必要がある。そして手薄になった警備府を再び襲撃する、警備府さえ破壊してしまえば俺達は生き残ったとしてもここを捨てて撤退するしか無いのだから───。