「赤城、どんな些細な事でも良いから敵の情報をくれ」
俺は無線の向こうの赤城に問いかける、鎮守府を出発してからどのようにして赤城を助けるかを考えて居た。
『人型だという事は報告していますよね、恐らく艦種は私達と同じ空母に分類されるかと……』
無線からは艦載機のプロペラ音や爆撃の音に交じって赤城の声が聞こえてくる。先程まで読んでいた資料には深海棲艦に空母が居るという情報は書かれていなかったし、不安ばかりが募る。
「敵空母の主力がでてくるなら…流石に、慎重に攻めたいところだわ」
「慎重に行きたいところだが時間に余裕が有る訳じゃない。 飛龍や蒼龍、基地の皆が頑張ってくれては居るが可能な限り急いだほうが良いだろうな」
後ろで腕を組んだままじっとこちらを見ている加賀の言葉に返事をする。
「単刀直入に聞くが、加賀が到着したら勝てそうか?」
「……どういう意味かしら?」
戦力差を聞くつもりで赤城に質問したのだが、俺の言葉は加賀の気に障ってしまったらしい。
「そう怒るなよ、お前達が負けるなんて事は考えてない。 それでも念のため確認しておきたかったんだ」
どうにか加賀を宥めようとするが、無線から聞こえてきた赤城の返事に俺と加賀は黙り込んでしまった。
『分かりません……、恐らく負ける事は無いと思いますが勝てるとは言いづらいですね』
鹿屋に居る子達と比べても大湊の艦娘は戦力としては遥かに高い力を持っていると思う。
「分からないって事は不安要素があるって事だよな、もう少し詳しく説明して貰っても良いか?」
『数分前であれば間違いなく勝てると言い切れました、ですが湊さんと加賀さんが到着する頃にはどうなるか分かりません……』
「敵の増援でも?」
赤城の言葉に加賀が返事をする、確かに敵の数が増えて居るのであれば別方向の作戦を練る必要があったが、もしそうであれば赤城がこんな回りくどい言葉を使うとは思えなかった。
『初めて制空争いを行った際には敵の艦載機を6機落とすまでに私は1機消耗していました』
「6対1か、随分有利だとは思うがどうなんだ?」
「悪くは無いわね」
艦載機の交戦時の交換レートが分からない俺は加賀に尋ねてみるが、率直に感じた通り決して悪い数字では無かったらしい。
『ですが、先ほどは4機落とすのに1機消耗しました。 このペースで行けば加賀さんが到着する頃にはどうなるのか……』
「敵の練度が上がっていると考えた方が良さそうだな、それでも俺達に鎮守府に戻れと言わないって事は何か考えがあるんだろ?」
赤城の性格を考えれば勝機が見えないのであればすぐにでも俺達に鎮守府に戻れと意見して来るだろうなと思う。
『加賀さんが到着したら全力で敵の艦載機を落とすことに集中します、例え練度が上がっていくとしても全ての艦載機を落とせば何もできなくなると思うので』
「持久戦に持ち込むって事か。 赤城、加賀、お前達の艦載機の数を教えて貰っても良いか?」
『零式21型が9機、九九艦爆が8機、九七艦攻が12機です』
「零式21型が18、九九艦爆も18、九七艦攻が45ですね」
作戦前に艦載機の種類については調べて置いたが、念のため資料を開き記憶が間違っていないか確認をしておく。艦爆も艦攻もどちらかと言えば敵を攻撃する種類だったと思う、零式21型が艦戦と呼ばれる種類だとして役割は敵の艦載機を迎撃したり偵察に使われているはずだった。
「零式が27、艦爆が26、艦攻が57か。 足りそうか?」
『……恐らくは大丈夫だと思います』
「赤城さんも随分と消耗しているみたいね……」
赤城の言葉を聞いて考える、もしこれが俺達だけの戦いであれば赤城の言葉を信用しても良いと思うが、代理とは言え提督としての立場がある以上甘い考えを持つ訳にはいかなかった。
「そうか、別の作戦を考えよう」
「あなた、ここまで来て赤城さんや私の事を信用できないって言うのかしら?」
「そう何度も怒るなって、加賀が赤城の事を信用しているのは分かるが冷静に考えろよ。 これは救助作戦だ作戦の失敗が命に直結している、恐らくなんて案に頼る訳にはいかないんだ」
ここで赤城や加賀が負けてしまえば、無人島で待機している龍驤や救助船まで危険が及ぶ可能性がある。どうしても案が浮かばなければ赤城の言う作戦で行くしか無いと思うが、考える時間があるうちは色々な事を考えて置いた方が良い。
「ならどうしろと言うのかしら?」
完全に不機嫌になってしまった加賀にどう返事をするか考える、答えを出そうにも今は情報が足りなさすぎる。
「もう少し情報が欲しい、敵の艦種は分かったが機動力とか装甲なんかはどうなんだ?」
『速力は私達とそう変わらないと思います、装甲に関しては倍以上ありそうですが……』
「倍か……。 手持ちの戦力で抜けそうなのか?」
『長期戦になるかもしれませんが、可能だとは思います』
敵の艦載機を枯らすにしても装甲を削るにしてもやはり時間が必要になってくる。
『私が撤退する事ができれば違う手も打てるのでしょうが……』
「気にするな、深海棲艦の新兵器かも知れないし海流の事で気になる事があれば言ってくれ」
艤装を付けてれば海の上を自由に航行できる彼女達が海流に流されると言うのは何度聞いても不思議だった。これが深海棲艦の兵器か何かであれば次回以降気を付ける必要はあるが、今の段階で議論をしても仕方が無い。
「今の所こっちは海流の影響を受けてはいないみたいだしな、最悪赤城達も艦に乗れば大丈夫だと信じるしか無いだろ。 もしこの艦が沈んだら救助船にで……も」
そこまで言って短時間で敵に最大限の火力をぶつける方法を思いついた、少し荒っぽいやり方になるかもしれないが例え失敗しても敵が無傷のままと言う事は無いだろう。
「おい、龍驤。 そっちの準備はどうだ?」
『あっ、えっ? うち? 一応こっちは救助船含めていつでも出発できるで?』
「距離と速度を考えれば今出発してもらえれば俺達と同じタイミングで目的地に着くはずだ、悪いが帰りに俺達を拾ってもらっても良いか?」
「……何を考えているのかしら?」
艦の見取り図が無いか操舵室の中を物色していると、後ろから加賀が俺の肩を掴んできた。
「あぁ、敵を即時無力化させて撤退する方法を思いついたんだ」
「どうして赤城さんを、じゃなく俺達をなんて言ったのかを聞いているのだけど?」
会話に興味無さそうな表情をしている事の多い加賀だが、俺の言葉の違和感に気付いたらしい。
「少し赤城と加賀には無理をお願いするかもしれないが───」
俺が作戦について説明している間、赤城や龍驤は黙ったままだった。目の前にいる加賀に関しては今にも噛みついて来そうな程俺の事を睨んでいる。
『私は反対です』
『うちも賛成はしたくないなぁ……』
「賛成して貰えると思ったの?」
「悪いが賛成してもらう、他に良い案があるならそっちを採用するけどな」
予想はしていたが全員から反対されてしまう、それでも他に良い案が無い以上は従ってもらうしかない。
「死ぬのが怖くないのかしら?」
「軍人だからな、常にそういう覚悟をするように鍛えられてるよ」
「命をかける事が美学という時代は終わったと思っていたのだけど?」
「何が言いたいんだ?」
加賀は地図の広げられたテーブルを両手で叩く、その音に驚いた龍驤の声が聞こえてきたが加賀は呆れたように溜息をついた。
「……私だけじゃない、赤城さんも龍驤さんも多くの人を見送ってきました」
『加賀さん……』
「皆自分の命で家族が、仲間が、国民が守れることを誇って飛び立って行きました」
加賀は俺と視線を合わせず言葉を続ける。
「それでも1人になると自室で、甲板で、操舵室の中で。 彼らは震える手を握り締め、カチカチと音を鳴らす歯を強く噛み締め、何度も自分達に死にたく無いと言い聞かせていました」
「……それで?」
「死ぬのが怖くない人なんて居ません、私達だって沈む覚悟はあっても沈んで良いなんて考えた事はありません。 私達の提督になるのなら、その事は忘れないで下さい」
「あぁ、覚えておくよ」
加賀はそう言って俺の手から船の見取り図を乱暴に取り上げると操舵室から出て行ってしまった。快くは思って無いようだが、加賀が協力してくれるのが分かり安心した───。
湊さんの作戦について考える、正直すぐにでも別の案が思いつけば否定してしまいたかったがそんな案は浮かんで来ない。一瞬目の前のソレから意識が逸れそうになった事に気付き慌てて意識を切り替える。
「サァ、ノコリノカンサイキハナンキカシラ?」
「そちらの残りの数を教えて頂けるのであれば私も教えても良いですよ」
ソレは機械と思われる部分から白い球体を吐き出すと、自身の周りに浮かべたままゆっくりと私に向かって海の上を歩いてくる。最初は何か兵器の類かと思っていたが、球体はソレの艦載機なのだと理解できてきた。
「キニイラナイメダナ」
ソレは3機の白い球体を私に向かって真っすぐと飛ばして来た、私は矢筒から矢を取り出すと呼吸を落ち着けて放つ。放たれた矢は3機の零式21型に姿を変えると機銃で白い球体を撃ち落とした。
「サァ、ノコリハナンキカシラ?」
「その質問には答えませんよ、それと私からも質問をしても良いですか?」
「ナニカシラ?」
もう少しで加賀さんの艦載機が到着すると思う、今は少しでも時間を稼ぐ方法を探すしか無かった。
「ミッドウェー、火の塊、あなたはあの時の事を知っているのですか?」
『……っ!』
無線から加賀さんの驚く声が聞こえてくる、深海棲艦と対峙するのは初めてでは無かったがこうして言葉を交わして1つの疑問が生まれていた。
「オシエテホシイノカシラ?」
「こうして同じ言葉を話せるのも何かの縁です、良ければお願いしたいですね」
『赤城さん……?』
私は目の前のソレを『化物』だと認識している。しかし心の何処かで敵であるソレの事を完全に否定する事ができていない。
「……ゴメンナサイ、アカギ……サン」
「何を……?」
ソレは海の上に膝を付くと顔を抑えて肩を震わせ始めた、周囲に浮遊していた球体は周囲へと飛んで行ってしまう。
「ギョライ、イタカッタヨネ……」
「何を言っているんですか……?」
突然の事にまったく理解が追いつかない、ソレは激しく首を振るとバシャバシャと機械から球体が漏れ出し海へと沈んでいく。
「ホントウハウチタクナカッタ、イッショニカエリタカッタ……」
そんなはずはない、そもそもあの子とは艦種が違う。どう考えてもソレは空母に分類されると思う、あの事同じ駆逐艦であれば艦載機の発艦を行えるはずが無い。
もしかしたらと考えて居た事もあった、どうして深海棲艦が私達と同じように艦種が分かれているのか。しかしそれを認めてしまうのは私達自身の存在を否定するようで怖かった。
「…ソラ……ミナ……イ」」
「何ですか……?」
何を言っているのか聞き取れず、私はゆっくりと膝を付いたまま震えるソレに近づく。そのまま声を聞き取ろうと意識を集中させる。
「ホントウニ……、カワイイナァ」
顔を隠していたソレの手が私の手を掴むと、背筋が凍るようなソレの笑みが露わになる。
「えっ……?」
「ソラヲミテミナサイ?」
私は掴まれた手を振り払おうとするが、ソレは私の手を掴んだまま海中へ引きずり込もうとしてきた。体勢が崩れ海の上に膝を付くと、先ほどの言葉を思い出し空を見上げた。
太陽の光で影しか見えないが、球体が私に向かって急降下してくる。咄嗟に飛行甲板で身を守る事はできたが飛行甲板は黒い煙を上げながら真っ二つに割れてしまった。
「随分と趣味が悪いようですね」
「ダレトカンチガイシタノカシラ?」
ソレは先程海に沈めていた球体と一緒にゆっくりと海中から出てきた。騙された事よりも、あの時の彼女の思いを踏みにじられた事に対して苛立ちを覚える。
「ホントウニ、ホントウニカワイイナァ。 カンタンニダマサレテクレルナンテ」
「私の役目も終わりですか……」
「アラ、モウアキラメチャウノカシラ?」
「ええ、最後に1つだけ私の言葉を聞いてもらっても良いでしょうか?」
私は艤装を外して少しでも身体を軽くすると、ソレは私を嘲笑うように高笑いを浮かべ始めた。弓だけは手放す訳にはいかず無くさないように胸の前で抱き締める。
「ナニカシラ?」
「……慢心しては駄目。 索敵や先制を大事にしないと、ですよ」
私は大きく息を吸い込むと衝撃に備える。私の言葉が理解できなかったのかソレは一瞬意味を理解しようと考えてしまったようだが、その言葉を理解した時には既に手遅れだった。
『頭に来ました』
無線から加賀さんの声が聞こえてくる、同時に空を埋め尽くすような数の艦載機が視界に入る。1発目は私とソレの近くに落ちた。
「ザンネン、ハズレチャッタワネェ?」
しかし咄嗟に移動したソレを追いかけるように加賀さんの艦載機が急降下を繰り返す。しかし攻撃は避けられ徐々に加賀さんの艦載機が迎撃されて行く。
私はソレに悟られないようにゆっくりと弓を引くと、痛む腕に無理を言って空に向かって矢を放つ。
「キシュウシッパイッテトコカシラ」
『赤城さん、これで良かったのかしら?』
「ええ、上々ね」
『加賀、そろそろ降りろ。 龍驤も準備しておけ』
『人使い、いや。 艦娘使いが荒いなぁ……』
空に放った矢は零式21型へと姿を変え、加賀さんの艦載機を撃ち落として慢心しているソレに向かって急降下を開始する。私と加賀さんの役割はソレの足を止める事だった、私は心の中で放った艦載機に謝罪する。
(ごめんなさい、もう2度とこんな使い方はしないと約束します……)
零式21型は迎撃のために放たれた球体を機銃で撃ち落とすとそのままソレに向かって真っすぐと進み衝突と同時に黒い煙を上げた。
「チッ、コシャクナマネヲ……」
艦載機の衝突の痛みと黒煙でソレの足が止まった。私の視界には黒煙の向こうから波をかき分けながらソレに向かって進む船が見える。船は速度を落とすことなく進むと衝突する直前に船から飛び降りる人影が見えた。
「加賀、出番だぞ」
『……分かりました』
加賀さんの九九艦爆が湊さんの乗っていた船を爆撃する、事前に説明のあった通り燃料タンクのある場所を狙っているのだろう。船は数度爆発音を鳴らしながら炎を上げ始めた。
「どこにおるんやー!」
龍驤さんの声が聞こえてくる、湊さんの作戦通りであれば緊急時用の小型ボートを曳航しているはずだった。
「私よりも湊さんを……」
『赤城さんは私が向かいます』
疲労や身体の痛みで意識が薄れていく中、私を抱き上げる加賀さんの手がとても暖かく感じた───。