ガラクタと呼ばれた少女達   作:湊音

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提督のお仕事(2)

「新建造が来るとのことで迎えに行くようにとあの人からあなたに伝言です」

 

 加賀はそう言いながら白い封筒を俺に手渡して来た。

 

「新建造? 新しい艦娘が配属されるって事か?」

 

「ええ、私達と同じ空母だと聞いています」

 

「大湊って妙に空母が多い気がするが、何か理由があるのか?」

 

「あまりそう言った事に関しては聞いてないわね」

 

 鹿屋に居た頃には様々な艦種が居たと思うのだが、この偏り具合は一体何なのだろうか、そんな事を考えながら封筒を開けてみると確かに1隻艦娘を配属するという内容が書かれていた。

 

「隻か……」

 

「どうしました?」

 

「いや、人じゃなく隻って書いてあるのがどうにも違和感があってな」

 

 目の前に居るのは間違いなく人だと思う、確かに人と違う部分はあるのかもしれないがそんな事を理由に数え方まで変えてしまうのはなんだか気分が悪い。

 

「それと、今夜少し話をしたいのだけど」

 

「今じゃダメなのか?」

 

 態々今夜と言うからには何かあるのだろうが、お互い何か急用がある訳では無いのなら今話して置いた方が楽じゃないかと思ってしまう。

 

「なるべく人の居ない時間帯が良いわね、できれば静かな場所が良いのだけど」

 

「……要件は何なんだ?」

 

 加賀に限ってそんな事は無いと思うのだが、夜中に人気のない場所で密会すると言うのは個人的には避けたいと思う。

 

「ここでは話せません」

 

「は、話せない内容なのか……?」

 

「ええ、先ほどからこちらのじっと見ている人達が居ますので」

 

 加賀の指差した方向を見ると、確かに大尉や訓練生が腕立てをしながらこちらを見ているようだった。思わず真面目にやれと叫ぼうかと思ったが、こうして俺も雑談している以上はただの八つ当たりだと思い我慢しておく。

 

「赤城や蒼龍達も誘った方が良いか?」

 

「いえ、2人で話したいことがありますので」

 

「りょ、寮の俺の部屋か加賀の部屋でどうだ?」

 

「あそこは壁が薄いので二航戦や赤城さんに聞かれるかもしれません」

 

 少しでも話の内容が分かればよいのだが、加賀自身がここでは話せないと言っている以上は聞いても答えてくれないだろう。

 

「俺と赤城が隠れていた民家で良いか?」

 

「それでは2200に正門で合流しましょう、怪しまれるとまずいので私は少し早めに寮を出る事にします」

 

「分かった……」

 

 恐らくは俺の勘違いだとは思う、真面目な加賀がこのような誘いをしてくるとは考えられないのだが、どうしてもそういう誘いにしか思えなかった。もし勘違いじゃ無かった場合はどうやって誤魔化すか内容を考えて置いた方が良いのかもしれない。

 

「それじゃあ俺は新しい子を迎えに行ってくるよ」

 

「ええ、それでは夜に」

 

 加賀は小さく頭を下げると振り返って簡易弓道場のある方角へと歩いて行ってしまった。

 

「……俺も行くか」

 

 なんとなく気持ちを切り替えるために独り言を呟いて俺も正門の方角へと向かうと1人の少女が大きな荷物を持って立っていた。

 

「お前が新しい艦娘か?」

 

「そう……、です」

 

 何故か露骨に視線を逸らされてしまった。容姿的には加賀達よりも少し幼いくらいだろうか、ツインテールという髪型がその幼さを際立たせているような気がする。

 

「あなたがここの提督さんなの?」

 

「本当の提督は体調が悪くて今は俺が代理で提督をやってる。 名前は湊、これからよろしくな」

 

「……その、よろしくお願いします」

 

 見た目的には割と強気な性格なのかと思ったが、妙に俺と視線を合わせようとしないしチラチラと顔色を窺っているような素振りがある。

 

「えーっと、名前は瑞鶴で良いのかな?」

 

「はい……」

 

 緊張しているという訳では無いような気がする、どちらかと言えば怯えていると言った方が近いのだろうか。鹿屋での出来事を思い出して少しだけ雑談でもして様子を伺った方が良いと判断する。

 

「少し歩くか」

 

「わ、分かりました」

 

 俺は瑞鶴に向かって手を差し出すともの凄く嫌な顔をされてしまった。

 

「……手は握りたく無いです」

 

「い、いや。 荷物を持とうかって意味だったんだが」

 

「っ……お願いします」

 

 自分の勘違いが恥ずかしかったのか瑞鶴は顔を真っ赤にして俺に背負っていた荷物を渡して来たが、予想よりも荷物は重く地面に落としてしまいそうになった。

 

「何が入ってるんだ?」

 

「翔鶴姉が他の鎮守府に移る事になったらお土産を持って行けって……」

 

「何処から来たんだ?」

 

「舞鶴です」

 

 そう言って瑞鶴は鞄の中に手を突っ込むと中から菓子や酒瓶を取り出して俺に見せてきた。第一印象を良くしようと考えての事なのだろうが、そこまで気を使う必要も無いのになと笑ってしまった。

 

「そ、そうか。 まぁこれくらいの重さなら背負えば大丈夫かな」

 

 俺はそう言って荷物を背負うと正門から外に向かって歩き始める。瑞鶴は鎮守府内の案内と思っていたのか慌てて俺の後をついてきた。

 

「何処に行くんですか?」

 

「決めて無いよ、散歩に目的地なんて必要無いだろ」

 

「……変な人」

 

 その後は特に何か話す事も無くなんとなく2人で海沿いの道路を歩く。こうして少し離れた場所から鎮守府を見るとやはり救助作戦時の防衛でかなりの被害を受けている事が分かる。

 

「何も聞かないんですか?」

 

「何か聞いて欲しいのか? それと別に敬語じゃなくても良いぞ、だから鎮守府の外に出たんだからな」

 

「聞いて欲しい事は無いで……、無いかな」

 

 素っ気ない返事をしてみたが、実際は先ほどから親に叱られる子供のような表情で少し離れた場所を歩いている姿に何を話すべきか悩んでいる。

 

「翔鶴姉って言ってたけど、姉が居るのか?」

 

「うん、優しくて格好良くて……、すごく優しいの」

 

「2回言うくらい優しいんだな」

 

「うん」

 

 どうしてその姉はここに居ないのか。そんな事を質問をしてしまいそうになったが聞いても良いのか悩んでしまう、たまたま別の鎮守府に送られたという可能性もあるがそうじゃ無かった場合話の続きが困る。そんな事を考えて居ると瑞鶴の方から話題を振ってくれて少し安堵した。

 

「ねぇ、大湊ってどんな艦娘が居るの?」

 

「赤城に加賀、蒼龍に飛龍、後は龍驤かな」

 

「げ、一航戦が居るの……?」

 

「ん? 知り合いなのか?」

 

 瑞鶴は何航戦なのだろうか、恐らくはどこかに所属していたのだとは思うが生憎その手の知識は持っていない。それでも姉の話を振ってみたのは正解だったのかもしれない、少しぎこちなくはあるが先ほどのように怯えた様子は無い気がする。

 

「いや、翔鶴姉が先輩達には気を付けた方が良いって言ってた」

 

「先輩って事は瑞鶴は後輩なのか」

 

「私や翔鶴姉は五航戦だったからね」

 

 良く分からないが一航戦や二航戦が先輩になるって事は当時の建造された順か何かなのだろうか。

 

「仲が悪かったのか?」

 

「私は別に何も思って無かったけど、搭乗員の人達は結構嫌ってたみたい」

 

「どうして?」

 

「私から見ても一航戦の人達は練度高いなぁって思ってたけど、五航戦を見下さなくても良いと思わない? 私の搭乗員だってお荷物扱いされてたみたいだけど、絶対に低いなんて思わなかったもん」

 

「あぁ、その手の内容は今も昔も変わらないな」

 

「提督さんもそういうの経験あるの?」

 

 俺と大尉の関係も似たような物だとは思うが、実際陸軍に入ってからも先輩からある程度はそういう類の扱いを受けた事がある。

 

「あるある、その時はぶん殴ってやった」

 

「まじ……?」

 

「まじだよ、しばらく古い倉庫に閉じ込められたよ。 カビ臭いしジメジメしてるし最悪だった」

 

「なんか信じられないな~、そんな人が提督になれるものなの?」

 

 瑞鶴の言っている事も最もだと思う、思い返せば自分でも問題児だと自覚はあったがまさかこの階級まで出世する事になるとは思っても居なかった。

 

「代理だけどな、それに俺がこうして居られるのは鹿屋や大湊の艦娘のおかげだよ」

 

「ふーん、何だか提督さんって提督っぽく無いね。 舞鶴の提督はもっと嫌な感じだった」

 

「大湊の提督もかなり面倒なタイプだぞ、見た目は真っ白な老人なんだがすぐにいたずらしてくる」

 

「何それ……」

 

 俺は今まで提督にやられた事を話してやると瑞鶴は信じられないとでも言いたいのか何度も大きく瞬きをしながらその話を聞いていた。

 

「提督さんにも色々居るって事なのかな……?」

 

「だろうな、艦娘も色々な子が居るし似たようなもんだよ」

 

 実際艦娘の方が個性と言った面では強弱の差が激しい気がする、こうして話をしている限り瑞鶴はまだまともな方だろう。

 

「でも良かった」

 

「何がだ?」

 

 瑞鶴は何かに安心したようで大きく息を吐いて伸びをしている。

 

「最初は怖そうな人だなぁって思ったけど、提督さんが良い人そうで安心したかな」

 

「俺って怖いか……?」

 

「うん、目付き悪いし何か怒ってるのかなぁって思ってた」

 

 俺としては何かに怒っているつもりは無いのだが、そういう風に見えてしまうのだろうか。

 

「顔は生まれつきだ、怒ってないから安心しろ」

 

「うん、分かった。 それと見た目と違って優しい人みたいだし?」

 

 俺は瑞鶴の言葉の意味が分からず少し考えてしまう、とてもじゃないが優しいと評価されるような会話をした覚えは無い。

 

「荷物もそうだけど、歩幅も合わせてくれてたでしょ?」

 

「散歩に誘っておいて1人だけ先に行くなんて無粋な真似したくないからな」

 

「まぁそういう事にしてあげるね」

 

 それから何気ない話で少しは盛り上がったと思ったが、会話は瑞鶴の腹部から可愛らしい音が聞こえて終わってしまった。

 

「……何よ」

 

「飯にするか……」

 

 どうしてだろうか、俺が何か言った訳じゃないが俺が悪いとでも言いたいような目で瑞鶴が睨みつけてくる。

 

「近くに定食屋があるし、そこで良いか?」

 

「この辺りは分かんないし何処でも良いよ」

 

 以前赤城を匿っていた時の礼も言っていないし丁度良いだろう。流石に恥ずかしかったのか、お腹を押さえながら黙ってしまった瑞鶴と一緒に歩き始めた。

 

「こんにちはー」

 

 店の扉を開けると老婆に挨拶をしてみると、老婆では無く見慣れた2人の姿が視界に入った。

 

「あれ、湊さん? 身体はもう大丈夫なんです?」

 

「お腹が空いたから脱走でもしてきたの?」

 

 老婆よりも先に奥の席に座っていた蒼龍と飛龍が俺に声をかけてきた。

 

「少し目にばい菌が入ったらしいが、身体は大丈夫だよ。 それにしても、脱走しても良いがばれないように上手くやれよ」

 

「うん、気を付けるね」

 

「この前の戦闘で外壁が壊れちゃって梯子を使わなくても通れるようになったんですよ!」

 

 正直咎めるつもりも無いのだが、代理とは言え提督の俺にその情報を流すのはどうかと思う。俺はまったく悪いと感じてない飛龍の頭を痛くないようにそっと拳を乗せる。

 

「そういえば、これ返しとくね」

 

「ん? なんで蒼龍が俺の携帯を持ってるんだ?」

 

 俺は蒼龍から携帯を受け取ると質問してみる。

 

「代わりに定期連絡しておきましたよ!」

 

「変な事送って無いだろうな?」

 

 少し怖くなりメールを確認してみると若干気になる内容の送信を見つけてしまった。

 

「俺がいつニコニコしながら携帯をいじってたよ……」

 

「え、気付いて無かったの?」

 

「湊さんって携帯触ってるときはいつも優しそうな顔してますよ?」

 

 そんなつもりは無かったのだが第三者から見るとそうなのだろうか、少し恥ずかしくなってしまいどうやって誤魔化そうかと悩んでいると俺の後ろに立っていた瑞鶴が俺の脇腹を小突いて来た。

 

「あぁ、紹介するよ。 こっちが飛龍で隣に座ってるのが蒼龍だ」

 

「あれ? 新しい子が来たの?」

 

「ず、瑞鶴です!」

 

「おー、五航戦!」

 

「大湊に配属される事になったから、後輩いびりなんてせずに仲良くしてやれよ?」

 

 正直この2人がそういう類の事をするとは思えないが、先ほどの話を聞く限り一応は釘を刺して置いた方が良いだろう。

 

「私達ってそんな風に見えます……?」

 

「どうなんだ?」

 

 一航戦と五航戦の間でいろいろあったと言う話は聞いたが、二航戦である彼女達はどうだったのだろうか。

 

「うーん、訓練が厳しかったって聞いてるしむしろ搭乗員の間では配属されたくないって聞いたことあるような……?」

 

「人殺し多聞丸ってやつだっけ?」

 

「あ、あれは航空機の重要性をいち早く認識した多聞丸の優しさだよ!」

 

「その多聞丸って何者だよ……」

 

 当時がどのような様子だったのかは分からないが、ちょっとやそっとの事で人殺しなんて物騒なあだ名を付けられるはずが無い。赤城や加賀もそうだったが空母って結構物騒だったのでは無いだろうか。

 

「そしたら所で立ってねで早ぐ座って注文しなが!」

 

「す、すみません。 俺は焼き魚定食で、瑞鶴はどうする?」

 

「わ、私も同じで良いよ」

 

 老婆に早く注文しろと怒られてしまった事で俺と瑞鶴は慌てて料理を注文してテーブル席に座る。

 

「瑞鶴も何かあだ名とかってあったのか?」

 

「あだ名って程じゃないけど……」

 

 全員が物騒な話題を持っているのでは無いかと思い、何となく瑞鶴に尋ねてみるが少し失敗だったかもしれない。

 

「その、幸運の空母って……」

 

「そうか、悪かったな」

 

「どうして提督さんが謝るのよ」

 

 瑞鶴が少し気まずそうにしていたので聞いたことがまずいとは感じていたが、幸運という言葉を聞いて聞くべきじゃないとはっきり分かった。

 

「俺の知ってる艦娘にも幸運艦だった子が居てな、その子も随分と気にしてたんだ」

 

「幸運艦って雪風か時雨の事?」

 

「あぁ、鹿屋には時雨が居るんだ」

 

 俺は聞いた事は無かったが意外と有名な話なのかもしれないと思った。時雨と話をした時には幸運と不幸は紙一重だと思ったが恐らくは瑞鶴にも心当たりがあるのかもしれない。

 

「私も何かあだ名が欲しいなぁ」

 

「蒼龍にはそういう話は無いのか?」

 

 少し気まずくなった空気を変えてくれたのは蒼龍だった、こういう所で空気が読めるのはすごくありがたいと思う。

 

「そういえば蒼龍さんの話ってあまり聞いたことないかも?」

 

「うーん、多聞丸程じゃないけど私は柳本艦長の事良いなって思ってたけどね」

 

「身体が半分焼けても最後まで燃えるブリッジに残ってたって人でしたっけ?」

 

「懐かしいなぁ、私は早く逃げてってずっと思ってたんだけどね」

 

 俺は話について行く事ができずに老婆が持ってきてくれたお茶をすする。もう少し勉強しておけば良かったとも思ったが瑞鶴が馴染めているようで少し安心できた。

 

「加来艦長も山口司令官も退艦を拒否してましたよね?」

 

「そうだね……。 そういえば、艦娘になって色々本を読んだんだけど多聞丸は有名なのに加来艦長ってあんまり名前が出てこないだよね」

 

「むしろ私達の事ってあまり話題になって無くないです? 大和さんの話題は良く聞きますけど」

 

 その話は俺も分かる、実際艦の事に対して詳しくない俺でもその名前は知っている。

 

「まぁ負けちゃったから仕方が無いのかもね。 大和さんで思い出したんだけど、1番驚いたのは───」

 

「「「宇宙に行った事」ですね」だよね」かな」

 

 真面目な話から内容が一気にぶっ飛んでしまった事でお茶を吹き出してしまった。確かにそんなアニメがあったって話は聞いたことがあるが、実際に同じ時代を知っている彼女達には予想外過ぎる内容だったのだろう。

 

「ちょ、ちょっと! 提督さん大丈夫!?」

 

「あ、あぁ。 予想外の話題が出てきてちょっと驚いただけだ」

 

 なんと言うか瑞鶴にかからなくて良かったと思う、俺はテーブルの上をお手拭きで拭きながらなんでもないと言ってみるが先程の話題がツボに入ったのか蒼龍と飛龍は大笑いしていた。

 

「冷まなぐら前サけけろ」

 

「どうも」

 

「ありがとうございます」

 

 老婆が2人分の焼き魚定食を持ってきてくれた事で俺と瑞鶴は両手を合わせてから箸を取る。その後も3人は色々と愚痴や笑い話で盛り上がって居たが俺は22時からの事をどうするか悩んでいた───。




to :大淀と愉快な仲間達

sub :至急連絡を下さい

今日の担当が誰か分からないが、駆逐艦だったらメールの先は読まずに重巡以上の艦娘にメールを見せてください

もう1度繰り返すが、駆逐艦だったら重巡以上の艦娘に代わってもらってくれ

少し話しづらい内容なんだが、2200から2人で人気の無い場所で話がしたいと言われてしまいました

正直そんな誘いをしてくるような相手じゃ無いはずなんだが、もし本当にそう言う内容だったらどう誤魔化せば良いか教えてほしい

もの凄く情けない連絡をしているのは分かるんだが、下手な誤魔化し方だとまずいと思ってアドバイスが欲しいんだ

よろしく頼む

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