ガラクタと呼ばれた少女達   作:湊音

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怒って泣いて笑って(1)

「やっと帰って来た! ちょっと目を離した隙に……、って加賀さんも一緒だったの?」

 

 寮に戻ると蒼龍がバタバタと足音を立てながら駆け寄って来た、事情を聞こうと思ったのだが俺よりも早く加賀が蒼龍に詰め寄る。

 

「それよりもあの子は何処に?」

 

「えっと、話しかけても返事が無いなと思って部屋を覗いてみたんだけど部屋の中に誰も居なくて……」

 

 蒼龍はそう言って俺が預けていた鍵を手渡して来た、加賀は下唇を噛み締めて何かを考えているようだったが、その表情を見てここまで露骨に表情を見せるのが珍しいなと思ってしまった。

 

「とりあえず落ち着けよ、今は何か手がかりが無いか探してみよう」

 

「何を悠長な事を!」

 

「か、加賀さん落ち着いて」

 

 もし遠くに行ったのであれば何かしらの準備をしていた可能性もある、実際には今日大湊に来た瑞鶴にとって遠出しようにも地理を理解していないと思う。俺達は部屋の中を見渡してみるが床には白い海軍の制服やハンガーが散乱していた。

 

「湊さん、少しは部屋を片付けた方が良いですよ?」

 

「……あぁ、そうだな」

 

 制服は瑞鶴にカレーを届けたタイミングでクローゼットにしまっておいたはず。俺が制服を拾おうとすると、慌てて蒼龍が制服を拾い上げわざとらしく埃をはたき始めた。

 

「そんな事よりも今はあの子が何処に行ったのか手掛かりを探しましょう」

 

「そんなに瑞鶴の事が心配なのか?」

 

「……あの子はまだ未熟です、何かあったらどうするつもりですか?」

 

「どうするも何も、加賀は瑞鶴がこの鎮守府に配属されたのは不服だったんじゃないのか?」

 

 俺の言葉に明らかに苛立っている加賀と、それを見て慌てている蒼龍を無視して話を続ける。

 

「これが脱走ならそれなりの罰を与えればいい、もしかしたら解体の可能性もあるが加賀が瑞鶴を戦力として見ていないのなら問題無いだろ」

 

「やはり私達の味方という発言は嘘だったようね」

 

「まさか、俺は艦娘の味方だよ。 それよりも五航戦はお荷物らしいし丁度良いんじゃないのか?」

 

「頭に来ました。 あの子はお荷物なんかじゃ無いわ、何も知らないあなたが好き勝手言わないで」

 

 加賀に胸ぐらを掴まれ睨まれてしまう、蒼龍がどうやって止めようかと慌てているがもう少し粘ってみても良いだろうか。

 

「繰り返すようだが瑞鶴の配属は不服だったんだろ?」

 

「そんな事一言も言っていません、未熟なあの子が最前線に来てしまっては私達がここを支えている意味が無くなると言う事くらい分からないのかしら?」

 

「なるほど、そういう意味だったらしいぞ」

 

 俺は加賀の手を振り払うとクローゼットの扉を開ける。数秒の沈黙の後、加賀が大きく溜め息をついて疑問を口に出した。

 

「……何をしているのかしら?」

 

「べ、別に私が何処に居たって関係無いでしょ!」

 

「良いから出ろ、制服が皺になる」

 

 俺は瑞鶴をクローゼットの中から追い出すと蒼龍から制服を受け取り片付ける。顔を真っ赤にした瑞鶴は何を話せば良いのか分からないのか俺と加賀の顔を交互に見ていたが、これ以上世話を焼くつもりは無かった。

 

「時間を無駄にしました」

 

「寝る前に加賀に任務を伝えておくが、明日から加賀は瑞鶴の訓練を見てやれ」

 

「ちょっと、提督さん!?」

 

 慌てる瑞鶴と露骨に嫌そうな顔をした加賀、俺に意図が伝わって嬉しかったのか笑みを浮かべている蒼龍で部屋の中はなんとも言えない不思議な空気になってしまっている。加賀はどうやって断ろうか考えて居るようだったが逃げ道を塞いでおく事にした。

 

「上の指示なら加賀はやるべき事をやるだけなんだよな?」

 

「はぁ……。 甘やかすつもりは無いから、しっかり付いてきなさい」

 

「は、はいっ!」

 

 加賀はそう言ってこちらに顔を向けないまま部屋を出て行ってしまった。耳が赤くなって居た事はあえて言わないが俺の脇腹を小突いてくる蒼龍がなんとなくうざい。

 

「私もそろそろ寝よーっと!」

 

「待て」

 

 俺が呼び止めると蒼龍の後ろ姿が大きく震えた。

 

「こういう事をするなら事前に連絡をしろ。 こう見えて俺もかなり心配してたんだからな?」

 

「やっぱりバレちゃってたか……」

 

「さっきから覗いてる飛龍もさっさと寝ろ」

 

 俺がそう言うと窓の外で誰かが走り去る音が聞こえてきた。大湊に来たばかりの瑞鶴がこんな事を計画するとは思えないし、恐らくは蒼龍か飛龍のどちらかの案なのだろう。しかし、この鎮守府はどうしていたずらばかりする連中が多いのだろうか。

 

「その……、ごめんなさい」

 

 俺は黙って瑞鶴の頬を摘まむと少しだけ力を入れてみる。予想以上に柔らかい感触に何処まで力を入れて良いのか迷ってしまったが、恐らく痛みは無い程度で止めておくことに下。

 

「ひょっほ、へいほふさん?」

 

「次は無いからな」

 

 瑞鶴が頷いたのを確認して手を放す、痛くしたつもりは無かったのだが摘ままれた頬を瑞鶴が押さえていて少し不安になる。

 

「……悪い、痛かったか?」

 

「全然?」

 

「そうか、良かった。 それより優しい先輩達ばかりで良かったな」

 

「うん、翔鶴姉と離れてちょっと寂しかったけど頑張れそう」

 

 手紙には瑞鶴は素直じゃ無いし我儘な所もあるが、根は真面目で寂しがり屋だと書かれていたがその通りだと思った。こうして代理ではあるが提督としての初日は終わりを告げた、正直提督らしい事をして無い気もするが細かい事はこれから覚えて行けば良いだろう───。

 

 

 

 

 

「ここ、誤字がありますよ」

 

「焦らなくても良いから間違えない方が書類仕事は早く終わるのを覚えて置け」

 

「焦ってるつもりは無いんだけどな……」

 

 修復された提督の部屋で俺は書類と2時間以上は睨めっこをしているような気がする、大湊の提督が事前に書類を見て俺に任せられるか判断、赤城が俺の書いた書類に誤字や妙な言葉遣いが無いか確認してくれている。

 

「そろそろ休憩にするか、お茶を頼めるかね?」

 

「はい、湊さんも休憩にしましょう」

 

「あぁ、俺は珈琲で頼む」

 

 赤城は飲み物を用意するために部屋から出て行った、俺はなんとなく嬉しそうな提督を見ていると視線に気づいたのか提督はわざとらしく大きく咳ばらいをしてきた。

 

「相変わらずの親馬鹿だな」

 

「……やはりあの子は貴様には勿体ないな」

 

「その話はもう止めた方が良いんじゃ無いか……?」

 

 あれから提督は2人になると毎回この手の話題を振って来る、正直再び殴り合いが起きてしまいそうなので俺としては別の話題の方が良いのだがこの男は一体俺にどんな反応を求めているのだろうか。

 

「医者の話だと儂の腰が治るのは1ヶ月程度らしい、正直手放したくは無いが上は貴様に期待しているようだな」

 

「提督のおかげですよ、正直俺1人じゃ何もできなかったと思う」

 

 実際この男から学ばせて貰った事は多いし、今もこうして提督としての仕事や心構えと言った事は学ばせて貰っている最中だった。正直酒と親馬鹿な所を覗けばとても素晴らしい人だとは思うのだが、本人曰く完璧な人間よりも欠点がある方が下を引き付ける魅力になるらしい。

 

「大湊の次は横須賀か、あそこは艦娘の研究が進んでるらしいが機密が多すぎて正直儂にもよく分からん」

 

「当たり前すぎて感覚が無くなりますけど、赤城達ってかなりの機密なんですよね」

 

「まぁそのうち嫌でも有名になるだろう、儂の見立てだと北海道を取り戻すのも時間の問題だからな」

 

「その知らせは楽しみにしてるよ」

 

 大本営の指示で提督の体調が回復するまでは基本的に待機か防衛するようにと言う指示が出ている、俺もその瞬間に立ち会いたいと思っては居るのだが提督の体調が良くなる頃には次の鎮守府に移動していると思うし、諦めるしか無いだろう。

 

「お待たせしました、お茶菓子も用意しましたのでどうぞ」

 

「あぁ、すまない」

 

「ありがとう」

 

 赤城が戻って来たので俺と提督は互いに飲み物を受け取り一息つく事にした、赤城達には俺が居なくなる日付は話していないが正直湿っぽくなりそうだし鹿屋の時と同じように黙って去った方が良いと提督には相談しておいた───。

 

 

 

 

 

「「かんぱーい!」」

 

「乾杯は良いんだが、お前達ってジュースで乾杯するような歳なのか?」

 

 提督や赤城が手伝ってくれないと書類をまとめるだけで日付が変わってしまう事もあったが、半月もしたら夕食時までにはどうにか書類を終わらせることができるようになってきた。今日は久しぶりに鎮守府の食堂では無く例の定食屋で夕食を取ろうと思ったのだが、蒼龍と飛龍に後を付けられ奢らされる事になってしまった。

 

「女性に歳は聞いちゃダメなんですよ?」

 

「そういえば私達っていくつなんだろ、空母歴で言うなら70歳は超えてるような……」

 

「下手するとこの店の婆ちゃんより年上だな」

 

 身体年齢的には元になった女性の年齢なのだとは思うが、記憶や精神面で見ると確かに飛龍の言う通り70歳は軽く超えているのかもしれない。そうなると見た目的に幼い駆逐艦の子達でも同じことが言えるのだろうが、暁達は精神的にも幼かったような気がする。

 

「やだやだやだぁ! 私はお婆ちゃん何かじゃありませんよーだ!」

 

「はいはい、俺が悪うございました。 好きな物食って良いから機嫌を直してくれませんかねぇ」

 

「じゃあ、私貝のやつ!」

 

「……飛龍って毎回それ食べてない?」

 

 思い返せばこの2人には初めて会った時からかなり振り回されているような気がする。明るい性格は加賀を元気づけるための演技だと思っていたのだが、打ち解けた今でも些細な事で笑わせてくれる事は多くこうして仕事で疲れたタイミングでは良い気分転換になっている。

 

「そうそう、湊さんに話そうと思ってたんだけど。 意地悪大尉さん居るでしょ?」

 

「あぁ、また何か問題起こしたのか?」

 

「この前たまたま食堂で会ったんだけど、今まで悪かったって謝られてご飯奢って貰っちゃった!」

 

「ほぉ、明日は雪かもしれないな」

 

 提督にばれないようにだがあれから数度大尉の訓練に参加させてもらっている、それも大尉の部下からもう許してあげて欲しいと集団で頭を下げられた事で最近はご無沙汰になってしまっている。

 

「最近は理不尽な八つ当たりもないって訓練生の子達も安心してるみたいだし」

 

「やりすぎたのかねぇ……」

 

「正直見てるとちょっと可哀そうだったかも……」

 

「今度謝っておくよ」

 

 落ち着いた今だからこそ分かった事があるのだが、大尉は確かにめんどくさい性格をしていると思うが、意外と同僚や部下からは人気があるらしい。何度か飲みに行かないかと誘われて断っているが、意外と気前が良かったり訓練生に夜遊びを教えたりと軍という仕事を外れてしまえば面倒見が良い所があると訓練生達に教えて貰った。

 

「さて、俺は明日の準備があるから先に帰るよ」

 

「えー、働き過ぎは身体に良くないですよー?」

 

「うんうん、蒼龍の言う通り! ここは朝まで一緒に飲み明かそう!」

 

「お茶で朝まで飲み明かすとか俺には難易度が高すぎる」

 

 俺はそう言って頼んだ料理の金額よりも少し多めの額を老婆に渡すと店を出る、蒼龍と飛龍は明日は非番かもしれないが研修中の俺に休みは無い。もう少し付き合っても良かったかなと歩きながら思ったが、少しずつ変わっている大湊の事を考えると少しだけ嬉しくなった───。

 

 

 

 

 

「調子はどうだ?」

 

「何や、キミか。 いつも通りってとこやね」

 

 加賀と瑞鶴の訓練を見に来たのだが、何やら呆れたように体育座りをしている龍驤に水の入ったペットボトルを渡す。

 

「ムギギ……!」

 

「そういう所が子供だと言っているのだけど?」

 

 少し離れた場所では顔を真っ赤にした瑞鶴と呆れたような表情をしている加賀が睨み合っていた。正直あの一件で上手く付き合ってくれるものだとは思っていたのだが、翌日素直に謝りに行った瑞鶴を照れた加賀が誤魔化してしまったせいで再び良く分からない関係になってしまった。

 

「今度は何で喧嘩してるんだ?」

 

「うちが思うに理由なんて無いんじゃないかなぁって……。 たぶんああやって良く分からん意地の張り合いしてるのが2人にとってのコミュニケーションみたいな」

 

「そうか、面倒な仕事押し付けて悪いな」

 

「気にせんでもええよ、こう見えてもうちが最年長だからね」

 

 正直この鎮守府に来て1番驚いた事なのだが、艦としても提督からこっそり教えて貰った実年齢でも龍驤が最年長らしい。出会った時には駆逐艦かと思ってしまった外見でそれは無いだろと初めは信用しなかったが、赤城や加賀が龍驤の事をさん付けで呼んでいるのに気付いて認めるしか無かった。

 

「あっ、提督さん! ちょっと聞いて!」

 

「すぐにそうやって誰かに助けを求めるところも悪い所ね」

 

 瑞鶴から今回の喧嘩の原因を聞いてみると、加賀と弓で勝負をして負けた瑞鶴が何度も再戦を求めているらしいのだが何度やっても変わらないと加賀が再戦を断った事が原因らしい。

 

「もう何でも良いから訓練しろよ……」

 

「うちもそう思う……」

 

 決して仲が悪い訳では無いようだし、瑞鶴も加賀を尊敬はしているのだと思う。後になって知ったのだが加賀が瑞鶴が舞鶴に居る事を知っていたのは本人が提督に調べて欲しいと頼んでいたらしく、恐らくは加賀にとって可愛い後輩なのだろうが不器用なのかどうもその気持ちが後輩には伝わっていないようだった。

 

「分かったわ、次が本当の最後にしましょう」

 

「やった! 提督さんも見てるし次こそは私が勝つんだからね!」

 

 俺と龍驤の思いが通じたのか2人は互いに弓を取り互いの前にある的に集中し始めた、加賀や瑞鶴以外の訓練にも顔を出すことはあるのだがこうして真剣な表情で的を見ている2人の姿は何処か似ているような気がする。

 

「随分と懐いてるみたいやねぇ?」

 

「まぁ色々あるんだよ」

 

 出会った時期的には皆同じだとは思うのだが、どうしても偵察任務なんかで鎮守府から離れる事の多い関係でなんとなく瑞鶴の面倒を見ている時間は俺が1番多いと思う。俺が提督として書類仕事をしていてもたまに暇潰しだと言いながら執務室に顔を出す事も多かった。

 

「ほーん? モテる男は辛いなぁ?」

 

「はいはい、それより始まるぞ」

 

 加賀と瑞鶴は互いに的目掛けて矢を放ち始める、瑞鶴自身の練度もかなりの速度で向上しているのだが加賀も負けん気が強いのか瑞鶴の居ない間でも黙々と練習しているようでその差はなかなか縮まっていないようだった。

 

「やりました」

 

「や、やるじゃないの……!」

 

「やっぱり加賀が勝ったかぁ」

 

「まぁ惜しかったんじゃ無いか?」

 

 互いに4射して加賀が中心に3本、1つ外枠に1本。瑞鶴が中心に2本、1つ外枠に2本。加賀が最初の2射は2人共中心だったが、加賀の3射目が中心だった事で瑞鶴に動揺の色が見られた、恐らく敗北の原因はそこだろう。

 

「……どうして勝てないんだろ」

 

「集中力が欠けていたわね、自制心を鍛えるところから始めるのはどうかしら?」

 

 加賀の言っている事を理解したからなのか瑞鶴は今までのように反抗する訳でも無く下を向いて落ち込んでしまっているようだった。基本的に浮き沈みの激しい性格だとは思っていたのだが、沈んでしまった時の瑞鶴は他の艦娘には見られない特殊な状況に陥る事もこの半月で経験していた───。


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