ガラクタと呼ばれた少女達   作:湊音

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人と機械と(2)

「到着しました、ここが横須賀鎮守府です!」

 

「お疲れ様、2人で交代しながらでも流石に疲れましたね」

 

 横須賀に着く頃には夕方になってしまっていた、長時間車の中に居たせいか身体が固まってしまいあちこちが痛む。

 

「それでは私は車を返してきますので、湊さんは真直ぐ進んでもらって大きな建物の2階に向かってください」

 

「あぁ、ありがとな」

 

 手を振る明石さんに俺も軽く手を上げて見送る。大湊の提督から横須賀の提督は色々と胡散臭い所があると事前に聞いているが正直胡散臭さであれば大湊の提督も大概だったと思う。

 

「貴官が湊少佐か?」

 

 建物の扉に手をかけようとして後ろから男に声をかけられる、返事をした方が良いと思ったのだが背中に筒状の物で押される感触を感じて俺は黙って様子を伺う。

 

「悪いが貴官が向かうのは執務室では無い。 黙って向こうに見える倉庫まで歩いてもらおう」

 

「随分と物騒な歓迎ですね、何か気に障る事でもしましたかね?」

 

 お道化てみても反応は無い、事情はよく分からないが大人しく従った方が良いと判断する。俺はゆっくりと両手を上げて扉から離れると男の声に従う、連れて来られた場所は兵装庫らしく陸軍に居た頃に見た事ある銃や弾薬なんかが保管されていた。

 

「ようこそ横須賀鎮守府へ」

 

「横須賀鎮守府ではこんなカビ臭い場所で歓迎会をするんですか?」

 

「あまり人に聞かせたく無い内容なので少しの間我慢してください」

 

 兵装庫の隅で俺と同じ白い軍服に身を包んだ男が椅子に腰かけていた。階級章を見る限りこの男がこの鎮守府の提督だと思うのだが、こんな所で何を始めようと言うのだろうか。

 

「あなたを歓迎するかどうかを決めようと思いまして。 僕の頼みを聞いてもらえるのなら豪華な食事で歓迎会をすると約束しましょう」

 

「俺って好き嫌い多い方なんで、できれば豪華な食事よりも焼き魚なんかが嬉しいです」

 

 正直話の内容は分からない、それでもここで何も分からないうちに首を横に振る事はできなかった。そんな事を考えていると後ろに立っている男に背中を小突かれる。

 

「ふむ、この鎮守府では食堂の鯖の味噌煮が好評らしいのですがそれでも良いです?」

 

「仕方が無い、それで手を打つんで内容を聞かせ貰いましょうか」

 

 俺が話を素直に聞くと聞いて安心したのか、背中を押していた感触が緩くなる。

 

「それにしてもこっちは暑いですね、大湊とは大違いだ。 上着を脱いでも構わないかな?」

 

「どうぞご自由に」

 

 俺は上げていた両手をゆっくりと降ろすと、上着のボタンを1つずつ外していく。全て外し終えて上着を脱ごうとしたタイミングで完全に俺の背中を押す感触が無くなる。

 

「……全く、護衛ならもう少しまともなのを付けた方が良いんじゃないですかね」

 

 脱いだ上着を後ろの男が持っていた銃に巻き付け銃口を自分から逸らすと銃と一緒に相手の腕を捩じる、銃を握っていた手が折れると思ったのか男が慌てて銃を手放したのを確認して俺は思いっきり足を払ってやる。

 

「き、貴様っ!」

 

「はいはい、余計な事言う前にしっかり自分の仕事をできるように訓練でもしてろ」

 

 倒れた男の顔に上着を被せると銃では無く人差し指で軽く額を押してやる。流石に人差し指と銃の感触は違うとは思うが、この男にとって相手に銃を奪われたという意識からそれに気づく余裕は無いだろう。

 

「流石ですね、あなたの経歴は調べさせてもらいましたが腕は衰えていないようで」

 

「それで、頼み事って何ですか?」

 

「あなたには申し訳無いが、横須賀鎮守府ではあなたに提督としての役割は求めていない。 むしろあのガラクタ共が反乱を起こさないか管理して欲しい」

 

「反乱を起こされないように提督が態度を改めれば良いんじゃないですかね?」

 

 少なくとも今まで出会って来た艦娘で反乱なんて事を考えている子には居なかった、確かに待遇の悪さから可能性は無いとは言えないがそうであれば待遇を改善してやれば良いだけの話だと思う。

 

「うちの提督は心配性でね、こうしてあなたと話をするのも嫌だって私が仕事を押し付けられました」

 

「あんたが提督じゃないのか」

 

「ただの使いっぱしりですよ、それよりも可哀そうだから部下を解放してやってくれないかな?」

 

 特に何か行動を起こす訳では無さそうな空気になってきたので、俺は男の額から人差し指を離すと上着を返してもらう。

 

「た、隊長!」

 

「あぁ、君は席を外して良いよ。 夕食までこの人が言ったように訓練生と一緒に訓練に励むと良い」

 

「そ、そんなぁ……」

 

 隊長と呼ばれた男の指示を聞いて男は肩を落として兵装庫を後にしようとする。

 

「おい、忘れ物だ」

 

 銃から弾を抜くと先程小突かれた礼として少し強めに銃を投げ渡してやる。少し痛かったのか睨みつけてきたが、代わりに笑顔を送っておいてやった。

 

「それで、反乱を抑えるってのは分かったけど具体的なアクションは何かあったのか?」

 

「いやぁ、特に何も?」

 

「はぁ? 何もしてないのに反乱を疑ってるのか?」

 

「うちの提督は心配性ですからね、他の鎮守府の艦娘が攻めて来るんじゃないかって訳の分からない事まで言い出してますよ」

 

「随分と臆病なんだな、そんな事で提督なんて務まるのか?」

 

 上が臆病風を吹かしてしまえばその思いは部下に伝わる。大湊は提督が居る居ないで大きく調子を崩してしまっていたようだが提督が被害妄想と言えるレベルで縮こまってしまっていて大丈夫なのだろうか。

 

「臆病だからこそ、この横須賀鎮守府は成り立っているんですよ」

 

「どういう意味だ?」

 

「横須賀では戦闘には参加せず、主に軍用の装備の研究開発を行っている。 そこにはガラクタも含めていますが建造された物はすぐに他の鎮守府に輸送していますので」

 

「なるほど、確かに臆病さに救われてるって言えるな」

 

 深海棲艦は余程の事が無い限り攻撃対象に優先度がある、艦娘や航空戦力は優先的に狙われる傾向があり次点で武装した艦が該当するのだが戦闘を行わないのであれば艦を武装させる必要が無い。

 

「後で海でも見に行きますか? 防壁と防衛用の兵装で針鼠みたいになってますよ」

 

「すぐに大湊の提督が書いた報告書に目を通すように伝えておけ、奴らの中にイレギュラーが居たからな」

 

「ふむ、伝えておきます。 そういう事でガラクタを大人しくさせておいてくれればこの鎮守府での評価は良い物とする、それが提督からあなたへの伝言です」

 

「分かりやすくて良いな、でもな……」

 

 俺はゆっくりと椅子に座ったままの男に近づくと胸ぐらを掴んで無理やり立たせる。男は咄嗟に腰に差していた拳銃を抜こうとしたが、空いた手で上から手首を捕まえて拳銃を抜かせない。

 

「俺の前で二度とガラクタなんて言葉を口にするな」

 

「……肝に銘じておきます」

 

「それじゃあ、約束通り歓迎会でもするか。 食堂まで案内してくれ」

 

「その前に着替えって何か持ってきています? その恰好じゃあの子達が反乱を計画していても尻尾は出さないかと」

 

 俺は少し考えた後に大湊で普段着となってしまっていたツナギを着る事にした。本当はすぐに返すつもりだったのだが、来ていると出会う人間に敬礼をされないというメリットに気付き頼みこんで譲って貰った服だった───。

 

 

 

 

 

 

「ふむ、確かに美味い」

 

「本当ですね、僕も初めて食べましたが予想以上です」

 

「食った事無かったのかよ、それにしてもあんた何者なんだ?」

 

 案内された食堂で食べる鯖の味噌煮は確かに美味しいと言える代物だった。それよりも先程まで険悪だった2人でテーブルを挟んでせっせと鯖の骨を取っているのも不思議な気持ちになる。

 

「先程も言いましたけど提督の使いっぱしりですよ」

 

「隊長って呼ばれてたのは?」

 

 先程この男は確かに隊長と呼ばれていたが何かしらの部隊を持っているのだろうか。

 

「秘密です」

 

「そうか」

 

「あれ? 食いついて来ないんですか?」

 

「ぶっちゃけどうでも良い」

 

 恐らくはこの男に何を聞いても真っ当な答えは返って来ないだろう、先ほどから目を細めこちらの様子を伺っているのも妙に苛立つ。

 

「それで、横須賀の艦娘は何処に居るんだ?」

 

「見に行ってみますか?」

 

「そうしたいからさっさと食え」

 

「せっかちな人ですねぇ」

 

 こいつは本当に軍人なのだろうか、訓練もろくにやっていない新入りでも早飯は基本だと知っている。丁寧に骨を皿の隅に分けてから食べる姿は何となく育ちが良いのでは無いかと思えてきた。

 

「お待たせしました、それでは工廠に向かいましょう」

 

「工廠に居るのか?」

 

「はい。 先日建造されたそうなのですが、あまり良い出来では無かったらしく今も眠っているそうなんですよ」

 

 良く考えれば彼女達がどのようにして艦娘になるのか詳しくは知らない、明石さんから適正を見るために艤装を装着してみるなんて事は聞いたが少し緊張してきた。

 

「それと、明日になればあなたのIDカードを作りますので今日は僕の付き添いという事で」

 

「なんか機密情報って感じがしてきたな」

 

「それもありますが、あの子達が自由に鎮守府内を移動できないようにって目的の方が大きいみたいですけどね」

 

 工廠の入口には守衛が2人、少し進めば分厚い鉄の扉があり男が横についているカードリーダーを操作して扉を開ける。扉を抜けた後は工廠と言うよりも病院に近いような造りになっており、油や消毒液の混ざった不思議な臭いがしていた。

 

「提督の指示で拘束していますが、あまり近づかないように」

 

「……正直に言わせてもらえばこの姿はあまり良い気分じゃ無いな」

 

 個室の中では1人の少女が白いベッドの上で手足を拘束されて規則正しく呼吸を繰り返していた。背丈はあまり大きい方では無いと思うのだが、駆逐艦の子達よりかはどことなく大人びているようだった。

 

「なんて名前だったかな、僕ってあまり艦の名前に詳しくないんですよね」

 

「何となくそんな気がするよ」

 

 俺は周囲を見渡して見ると鹿屋で見た事ある外装のファイルを見つけて中身を確認してみる。

 

「重巡洋艦『利根』か」

 

 俺がその名前を読んだ瞬間にベッドと利根の手足を繋いだ拘束具がガチャガチャと音を立て始め、横に置いてある機材がビービーと耳障りな音を鳴らし始めた。

 

「何事ですか!?」

 

「俺に聞いても知るかよ!」

 

「誰か呼んできます!」

 

 そう言って男は慌てて部屋から外に出ると足音を立てながら走って行ってしまった。

 

「───ァ!」

 

 ベッドの上の少女は必死で何かを叫ぼうとしているが、まともに呼吸ができていないのか言葉になっていない。それよりも拘束されている手足を無理に動かそうとしているせいで拘束具に血が滲んできている。

 

 暴れさせないために肩を抑えてみるが少女の物とは思えない力に驚く。これ以上暴れさせれば少女の身体がより傷ついてしまうのでは無いかと焦る気持ちが大きくなってきた。

 

「ィ───、ャッ!」

 

「何か落ち着かせる方法は無いのかよ……!」

 

 必死で頭を回転させるて少女を落ち着ける方法を考える、手首や足首は拘束具で擦れて血が滲み、硬く握られた拳からは自身の爪で傷ついているのか白いベッドに赤い染みを作っている。

 

「俺が焦っても仕方が無いか……。 大丈夫だ、大丈夫だから落ち着いてくれ」

 

 まずは自身を落ち着かせるために大きく深呼吸をして握られた拳を両手で包む。流れている血は暖かかったが冷え切ってしまった手を温めながら俺は何度も大丈夫だと根拠のない言葉を繰り返す。

 

「もう大丈夫だ、大丈夫だから落ち着いてくれ……ッ!」

 

 手足を振り回す事は止めてくれたのだが右腕を強く握られ痛みが走る。それでも少女の手に自身の手を重ねるとひたすら少女が落ち着くまで同じ言葉を繰り返す。

 

「すぐに人が来るそうなのでもう少しだけっ……、ってあれ?」

 

「……落ち着いてくれたよ、だから大声を出すな」

 

 少しして男が戻って来たが今は先程のように少女は暴れていない、再び規則正しい呼吸に戻った姿を確認して重ねていた手を離すと頭を撫でてやる。

 

「お、お待たせしました! 鎮静剤を投与しま……。 なんで湊さんがここに?」

 

「明石さんか、悪いけど鎮静剤よりも傷の手当用の包帯とかを持ってきて貰えないかな?」

 

「あっ、え? はいっ!」

 

 明石さんも少女の手足に血が滲んでいる事に気付いたのが、再び何処かに走って行くと今度は緑色の十字が書かれた木箱を持って帰って来た。

 

「何があったんですか?」

 

「そこのファイルに書かれている名前を読んだら暴れだしました」

 

「僕は別に何もしていませんよ」

 

 明石さんは少女がこれ以上暴れない事を確認してから拘束具を外して丁寧に包帯を巻き始める。

 

「この子は艦の記憶が強く定着してしまったんです、だから起きるのにはもう少し時間がかかると思っていました……」

 

「思い出したくない事でも思い出したんだろうな」

 

 一体どんな事を思い出したのか俺には分からない、利根という艦がどのような艦歴を持ちどんな経験をしてきたのかは知らない。それでも自分の身体が傷つくよりも辛い思いをした事だけは分かる。

 

「あれ、あなたも腕を怪我してるじゃないですか」

 

「何でも無いよ、これくらいこの子の痛みに比べればちっぽけな物だろ」

 

「うーん、治療しようにも手を放してくれそうに無いですよね……」

 

 暴れてはいないが少女は決して俺の手を放そうとしなかった、先ほどのように力いっぱい握られている訳では無いので痛みは感じないが少女の手が小さく震えているのが分かる。

 

「もう少しこのままで居ますよ、無理に放してまた嫌な事を思い出したら可哀そうですし」

 

「それじゃあ椅子か何か持ってきますね」

 

「……僕は何か飲み物を持ってきます」

 

 2人はそう言って部屋から出て行ってしまった。

 

「───ちく……まぁ……」

 

「こっちの気も知らずに幸せそうな顔で寝やがって……」

 

 先程までの事が嘘のように安心した表情で眠っている少女の頬を人差し指でつついてみる。くすぐったかったのか顔を逸らされてしまったのでそれ以上の悪戯はやめておく事にした。

 

「お待たせしました」

 

「片手が使えないから開けてくれ。 それと、何か言いたそうな顔だけど何だ?」

 

 俺は男からスポーツ飲料の缶を受け取ると何とも複雑そうな表情をした男に尋ねる。

 

「怖く無かったんですか? あなたも彼女達の事を知っているのならその脅威は知っているのでしょう?」

 

「なぁ、あんたにとって兵器って何だ?」

 

 質問を質問で返すのは失礼だとは思ったのだが少しだけ怯えた表情で少女の事を見る男に確認したい事があった。

 

「敵を殺傷、破壊するための道具でしょうか……」

 

「道具に心は無い、だからこの子は道具じゃない。 それは分かるか?」

 

 男は俺の言葉に黙って頷く。

 

「あんたは俺の経歴を調べたって言ってたが、何処から知ってる?」

 

「記録に残っていたのはショートランドに居た頃の物が最も古い記録です」

 

「それなら知ってると思うが俺は大勢の人を殺した、それも薬でまともな思考もできていなかった状態でだ」

 

 俺が何を言いたいのか察したのか男は俺から視線を逸らして床を見ている。

 

「この子は艦の記憶を持っているだけで何十年も昔に存在した艦では無い、だからこの子は誰も殺していない」

 

「そうですね……」

 

「俺とこの子、どっちが兵器なんだろうな」

 

 俺のこの疑問にはきっと答えは無い、それでも俺には決してこの子達が兵器だとは思えなかった。俺の問いかけはただの言葉遊びだったかもしれないが、どちらも兵器では無いと必死で答えを探してくれているこの男は案外悪い人間じゃ無いのかなと思った───。


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