「食べたら少し眠くなりますよね。ふぁ~。あ、いけない!」
「眠いなら無理に俺に付き合う必要は無いですよ?」
明石さんが持ってきてくれた夜食を食べてから利根に関する資料に目を通していたが、感覚的にそろそろ良い時間だろうか。時間を確認するために携帯を取り出そうとしたが、ポケットの中に入れた手に携帯の感触は無かった。
(着替えた時に制服に入れたままだったか……)
今は海軍の制服では無くあの男に指示されてツナギに着替えてしまっている、無くて困るものでは無いのだが再び鹿屋の子達からの連絡を返さなかったとなればどう謝罪するか言い訳を考えておく必要があるなと少しだけ気が滅入る。
「明日の勤務は昼からなので、大丈夫ですよ。 それに、また利根さんに何かあった時にはすぐに対応したいですし」
「そうか。 仕事熱心なんだな」
「仕事熱心……って訳じゃ無いと思うんですけどね。 私にはこれくらいしかできませんので」
「あまり自分のやってる事を過小評価しない方が良いな。 俺は明石さん達みたいな人達には感謝してるんだからさ」
性格と言ってしまえばそれで終わりかもしれないが、明石さんの仕事に対する自己評価は随分低いような気がする。大湊の工廠で働いてた人達はどんな仕事であっても自信満々だったし、自分達が頑張ってるおかげで前線の兵士が生きて帰れると仕事の重要さを理解している人達も居たが、横須賀ではそうじゃ無いのだろうか。
「ありがとうございます……。 そういえばあの人帰って来ないですね」
「そうだな、横須賀の提督と話をしてくるって言ってたが何者なんだろうな」
「うーん。 実は私も良く知らないんですよね、工廠の人に聞いても他の鎮守府から来たって事くらいしか皆知らないみたいですし」
「どうも胡散臭いな」
兵倉庫の中のやり取りから現場慣れしていない事は分かっているのだが、階級章の事を考えればそれなりの立場なのだとは思う。
「でも、あの人ってたぶん私と同じように工廠出身か何処かの施設で研究か何かしてたんじゃないですかね?」
「どうしてそう思う?」
「あの人って椅子に座るとすごく猫背なんですよね、それに極度の肩こりなのか普段から右肩が下がってますし。 それって長時間机で作業をしてる人に多いような気がしますし」
「よく見てるんだな」
正直そこまで意識していなかったが、言われてみればそんな気がしないでもない。
「職業柄何処か調子が悪そうだと気になっちゃう性分なんで……!」
「そんな照れなくても良いですよ、変に勘繰ったりはしないですし」
そういう目で見ていたのでは無いかと話している途中で気がついたのか、明石さんは少しだけ顔を赤くすると否定するように顔の前で両手を振っていた。
「話は変わりますが、この子って起きたらどうなるんですか?」
「確か利根さんは呉の鎮守府が受け入れたいと申請があったので、横須賀でもう少し検査をしたらそっちに配属になるはずですね」
「呉か。 あそこなら大丈夫だろうな」
「そうなんですか? 私は今の鎮守府は良く知らないので送り出してきた子達がどうなってるか少し気になるんですよね」
少しだけ明石さんに呉鎮守府の提督の事や龍田や球磨、多摩の事を教える。残念な事に3人共横須賀で調整を受けた訳では無かったようだがそれでも大切に扱われてると分かって安心したようだった。
「それにしても、球磨や多摩に関しては最初は気でも狂ったんじゃないかと心配になりましたよ」
「軽巡の皆さんは川の名前が由来になってますし、湊さんも多摩川や球磨川って聞くと違和感無いんじゃないです?」
「言われてみればそうだな。 でもそれだとおかしくないです? この子の資料には重巡洋艦って書いてあったが利根って利根川ですよね?」
「利根さんもですけど、一部の重巡は名目上は軽巡として作ってすぐに重巡に改装できるようにって事情があったみたいですね。 私もそこまで詳しいって訳では無いですけど……」
そこまで聞いて名前で艦種を判断するのは間違いの元になると考えを改める。
「───随分と騒がしいのう……。 此処は何処じゃ……?」
「ん? やっと起きたか」
「おはようございます、調子はどうですか?」
少し騒ぎすぎたのか利根は目をこすりながら俺と明石さんを交互に見ると寝起きで機嫌が悪いのか少し拗ねた様な表情で挨拶を返してきた。
「明石は良いとして、お主は誰じゃ?」
「湊だ、一応君達の提督見習いって所だな」
「ふむ……? テイトクとな……」
少しだけ何か考え事をしているようだったが、利根は目が覚めて意識がはっきりしてきたのか何か慌てたような仕草で明石に手足を拘束しているベルトを外す様に懇願している。
「別に酷い目に合わせようって訳じゃ無いから落ち着───」
「わ、我輩が利根である! 我輩が艦隊に加わる以上、もう索敵の心配は無いぞ!」
「急に何だ……?」
「うん? へっどはんちんぐと言うやつでは無いのか?」
利根の言葉を聞いて俺と明石さんはつい笑ってしまった。それから利根の誤解を解くのに少し時間はかかったが、説明している最中に利根の腹部から子犬の鳴くような音が聞こえてきて明石さんはもう1度夜食を用意するために部屋から出て行ってしまった。
「わ、笑うで無い! 我輩は寝起きで少しばかり寝ぼけておっただけじゃ!」
「そうかそうか、心配しなくても呉の提督が利根を必要だって言ってるみたいだし安心して良いんじゃないか?」
「うむ……」
そんな事を話していると扉がノックされる音を聞いて俺と利根は扉の方へ視線を向ける。明石さんにしては戻ってくるのが早すぎるし、誰か別の人物なのをお互い察したのかどんな相手が来ても良い用に互いに姿勢を正す。
「明石さんに利根さんが起きたと聞いて様子を見に来ました。 ……って、なんだかお邪魔でした?」
「あんたか、随分と遅かったが何やってたんだ?」
「いやぁ、提督の長話には少し疲れました。 ついでに伝言を預かって来ましたよ」
提督直々の伝言とはどういった内容なのだろうか、話の続きも気になったが何やら警戒しているような利根の態度の方が気になる。
「横須賀鎮守府に居る間、全艦娘は湊さんの指揮下に入ります」
「どういう風の吹き回しだ?」
「簡単ですよ、彼女達の起こした不祥事はすべて湊さんの責任になる。 つまりそういう事でしょうね」
「なるほど、保険を打ってきたって訳か」
利根が目の前に居る以上は反乱という言葉を発する訳にはいかなかったが、そうする事で仮に反乱が起きても全責任を俺に押し付ける気なのだろう。
「つまり我輩はお主の部下になるという事か?」
「そういう事だな、短い間かもしれないがよろしくな」
「それと、1つ湊さんに謝罪しなければならないことがあります。 私の部下が湊さんの制服を整備用の油で汚してしまったようですぐに代わりの物を用意しますのでもう少しその格好で居てもらっても良いでしょうか?」
「それは構わないが、胸ポケットに携帯を入れたままなんだが無事だったか?」
「そちらもすぐに修理に出しましたので、2~3日もしたら戻ってくると思います」
胸ポケットに入れたままにしておいたのは俺の落ち度だし、こいつを責めた所でどうにかなる問題でも無い。故障したと理由があれば金剛や大淀達も許してくれるだろうし問題無いだろう。
「飯でも奢ってくれれば構わない、脱いで放置していた俺にも落ち度はあるだろうしな」
「分かりました、何か希望があれば用意しておきます。 それと、話の途中で抜けてきたので僕はこれで。 明日は利根さんの検査があるようなので夜更かしも程々にしてくださいね」
「分かった、詳しい時間なんかは追って連絡をくれ」
男は分かりましたと一言返事をするとそのまま部屋から出て行ってしまった。
「そう警戒するなよ、あいつに何か酷い事でもされたのか?」
「分からん、でもあの男の我輩を見る目は何か嫌な感じがしたのじゃ」
「……何かあったら俺に連絡しろ、俺の部下になった以上は妙なことはさせない」
「うむ……」
それから明石さんが持ってきた夜食を利根が食べ終えるのを見届けてから俺も部屋を出る。色々なことがありすぎて今日の事を頭の中でまとめていたが、夜風で体が冷やされた所で俺が寝る場所を知らされてない事に気づき慌てて明石さんに相談したが部屋なんて用意できずはず無く工廠の休憩所で朝を待つ事になってしまった───。
「……利根、出撃するぞ!」
「……おう」
翌朝工作機械の騒音で目が覚めた俺は利根を連れて朝食を取った後に艤装の装着テストに付き合うことになった。今はこうして桟橋の上から海の上に立つ利根の後姿を見守っているのだが、かれこれ10分くらいは同じ光景を見ることになっている。
「進まないのか?」
「う、うむ。 もう少し艤装の調子を確認するから待っておれ!」
「その台詞も何度目だ……?」
「ぬぅ……」
以前鹿屋でも暁達の訓練を見ていたことがあるのだが、利根の場合海面に立つという行為自体にはぎこちなさは感じない。テストの一環として海面に浮かべてあるポールまで航行して戻ってくるまでの時間を計るのだがゆっくりと進み始めた利根の速度を考えれば俺が泳いだほうが速いかもしれない。
「ちょっと戻って来い。 話がある」
「は、春風が心地よいのう!」
「もう夏だけどな」
自分の不甲斐無さは分かっているのか、肩を落として申し訳なさそうにこちらに戻ってくる利根を見ながらどうした物かと悩む。明石さんから受け取った資料を見る限り航行や射撃には一切問題は無かったと書かれているのだが様子を伺う限り何かに怯えているような気がする。
「……今日は何日なのか教えてもらっても良いかのう」
「7月26日だな」
「そうか……。 呉に行くのは明後日で間違い無いか?」
「間違い無いな、28日の早朝に出て昼には向こうについてるはずだな」
何か呉に悪い印象でも持っているのだろうか、今の不調がそれが原因なのだとしたら呉の提督に相談して場所を変えてもらうことも考えておいたほうが良いかもしれない。
「艤装を外して来い」
「つ、次は我輩の本当の力を見せて……!」
「良いから外して来い」
俺の言葉に利根はこの世の終わりとでも感じたのか顔を真っ青にして工廠に艤装を置きに行った。その間に俺は近くで作業していた男に救護用でも良いので小さなボートを借りることができないか交渉してみる。危険だと散々言われてしまったが、それでもどうにか見回り用の小型の船を借りることができた。
「なんじゃそれは……」
「ん? 天気も良いし俺も海に出てみようと思ってな。 艤装を付けたままじゃ乗り辛いだろ」
「てっきり艦娘を辞めろと言われておるのかと……」
「辞めたいなら止めないがな」
実際個人の意思で辞められるのかどうかは知らないが、本人がそれを望むのであれば呉の提督にかけあってみても良いとは思う。工廠に向かう途中に泣いていたのか少し赤くなった目をこすりながらも利根はゆっくりと船に乗ってきた。
「見回り用って聞いたが、絶対娯楽に使ってたよなこれ」
「釣竿があるし、そうかもしれんのう」
「深海棲艦って釣れるのかな?」
「……我輩は普通の魚が良いのう」
餌を付けてないから絶対に釣れる事は無いのだが、それでもなんとなく釣竿を構えて糸を海に垂らす。なんとなく鹿屋でも釣りをしていたなと考えて懐かしく感じた。
「魚では無いが、我輩も昔蟹を釣った事があるのじゃ」
「蟹……?」
「うむ、あれは真珠湾を攻める前の出来事じゃったか。 皆大層美味そうに食っておった」
「真珠湾って日本が奇襲したってやつだよな……?」
蟹を買ってきたとか貰ってきたでは無く、釣ったと言うからには自力で調達したという事なのだろう。教科書にも載っているような大作戦の前に一体何を考えていたのだろうか。
「お主は何か勘違いをしておるようじゃが、釣りは重要なのじゃ。 海の上で何の娯楽も無い兵にとって唯一の娯楽であり食料の確保も行える、良いことばかりではないか」
「確かに長い間海の上に居るってのもきついだろうなぁ……」
「我輩もやる!」
そう言って利根は俺から釣竿を奪うと自信満々に竿を構えてじっと海面を睨み付けた。どれだけ真剣になっても餌がついていない以上釣れるとは思えないが、本人がやる気なら水を差すわけにもいかないだろう。
「なぁ、利根ってどんな艦だったんだ?」
「真珠湾、そして痛恨のミッドウェーでも、艦隊の眼として縦横無尽の活躍なのじゃ!」
「ふむ、赤城達は知ってるか?」
真珠湾もミッドウェーも大湊に居た子達が参加している作戦だったと思う。
「もちろん知っておるぞ。 お主は赤城と知り合いなのか?」
「あぁ、大湊で一緒だった。 加賀や蒼龍達も居たな」
「……赤城は筑摩の事を何か言っておったか?」
「いや、特に何も聞いてないが。 筑摩……?」
何故かと理由を尋ねてみると、利根の妹である筑摩が赤城が射線上にいる状態で敵に砲撃を繰り返したらしく根に持っているのでは無いかと心配になったらしい。
「まぁ、大丈夫じゃないかな……?」
「なら良いのじゃが……」
「その筑摩って子とはもう会ったのか?」
「明石から舞鶴に居ると聞いておるが、筑摩は寂しがり屋じゃから心配しておるのじゃ」
利根の様子を見る限り、この子の妹にあたるという事は寂しがり屋だと聞いても違和感は無い気がする。できる事なら会わせてやりたいが残念ながら今の俺にそこまでの権限は無い。
「さて、そろそろ到着だな」
「んむ?」
俺は海上に浮かんでいるポールの横で船を止めると大きく伸びをする。
「思ったより距離があったな、それでも無事に辿り着けただろ?」
「そうじゃな……」
「しっかし良い天気だ。 少しだけ横になるけど俺がサボってたって鎮守府の連中に言うなよ?」
俺はそう言って船の上に寝転がると雲1つ無い空を見上げる。陽の日差しは少しきついが海風は冷たく昼寝日和と言っても間違いない。
「ならば我輩も寝る!」
そう言って利根は俺の腕に頭を乗せるようにして勢い良く倒れこんできた。
「寝心地の悪い枕じゃのう。 もう少し柔らかい方が我輩好みじゃ」
「我侭言うな、嫌なら頭を乗せるんじゃねぇ」
別に海が怖いという訳でも無いらしいが、不調の原因は結局分からなかった。目を閉じて利根の資料について思い返してみるが何か問題があるのであれば呉に行く前にどうにか解決してやれないかと思った───。
to :大淀と愉快な仲間達
sub :無題
舞鶴鎮守府で偵察任務を行う艦娘を必要としているらしく、
何名か鹿屋基地から選出して欲しい。
後日舞鶴から迎えのトラックが来る予定になっているので
準備が出来次第向こうの指示に従ってもらう。
今回の作戦は任務扱いとなるため
何かあればこちらに連絡して指示を待つように。