ガラクタと呼ばれた少女達   作:湊音

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目をそらして(1)

右腕が軽くなるのを感じて目を覚ます。小船の上で利根の枕代わりに腕を貸した事は覚えているのだが、陽の暖かさを感じながら波に揺られているうちに眠っていたようだった。

 

「……もういヤナノじゃ」

 

利根が何か呟いたが波の音にかき消されて上手く聞き取れない。

 

「二度ト……、クらいウみのソコニ……」

 

何を呟いているかは聞き取れないが、船の揺れから少女が小船の上を移動している事は分かる。

 

「……サむイ」

 

急に腹部に重さを感じたと思うと冷え切った小さな手が俺の首を絞めた。その冷たさに氷でも押し当てられたのかと思える感覚に寝ぼけていた思考は一気に覚め、背筋が凍りつくような感覚に襲われる。

 

「──何をっ!?」

 

咄嗟のことに身体が反応したのか、俺の腹部に乗った利根を振りほどこうとしたが数十センチの距離にある少女の顔を見て腕を止める。

 

「嫌なノジゃ!! もウ我ハイは海ノそコになぞ行きとウ無いっ!!」

 

利根の言葉の意味を尋ねようとしたが、口を魚のように開閉させる事が精一杯で言葉を発する事ができない。それでも大きな瞳から涙を溢れさせている少女の顔を見ると、この行動は俺に対する殺意から来ている訳では無いのだと理解できる。

 

「あタたかイ……。 ワガ輩はこの暖カイセ界に居タイだけなノニ……」

 

酸素の足りない脳は今すぐに利根を振りほどけと身体に命令してくる。少女の握力と体重を考えれば不可能では無いが、何処かで似た感覚を経験した事を思い出してその命令を拒否して思考を回転させる。

 

『ヤットキテクレタ』

 

彼女は海の上に立っていた。人とは違う陶器のような白い肌、雪のように白い髪に宝石のような赤い瞳。そんな彼女の微笑んでいるのか泣いているのかも分からない表情が目の前で泣いている利根と重なる。

 

「……エッ?」

 

言葉は発する事はできなかったが、『とね』と口を動かすと首を絞めている少女の手に自らの手を重ねる。

 

「……えっ? あっ……、我……輩……は何を……?」

 

首を絞める力が弱くなるのを感じて俺はゆっくりと利根の手を首から離すと、大きく咳き込んだ後に深呼吸を繰り返す。目の前で顔を真っ青にして震えている少女の目から視線を外さないように身体を起こすと胡坐をかいて大きくため息をついた。

 

「ご、ごめんなさっ……、我輩は……!」

 

「おはよう、寝相が悪いなら先に言って欲しかったな」

 

何か事情があったのなら利根を責める必要は無い。今は謝罪よりもどうしてこんな事をしてきたのかを知りたいというのが正直な気持ちだった。

 

「違うっ……! こんな事我輩は望んでなんかっ……!」

 

本当は今すぐにでも俺の目の前から逃げ出してしまいたいのだろうが、周囲を海に囲まれた小船の上では俺の視線から逃れることはできず、利根は頭を抱え蹲るようにその場にしゃがみ込んでしまった。

 

「利根、顔を上げろ」

 

「……嫌じゃ」

 

俺の問いかけに利根は小さく呟き頭を振って答える。このままでは埒が明かないと判断した俺は少女の腋の下に腕を通して持ち上げると抵抗する少女を無視して膝の上に乗せるようにして後ろから抱きしめる。

 

「あまり暴れるなよ、海に落ちたら引き上げるのが面倒だろ」

 

「……怒らないのか?」

 

「これ以上暴れるなら怒る」

 

利根の頭に顎を乗せると鎮守府の方角を見ながら安堵のため息をこぼす。

 

「怖い夢でも見たのか?」

 

「分からぬ……。 目が覚めたらお主が居て、急に不安になった……」

 

「そうか、不安にさせるような顔で悪かったな」

 

必死で首を振って否定しようとする利根の強く抱きしめ自分の身体に密着させてこれからの事を考える。嫌な予感が外れてくれる事を祈るだけなのだが、今は利根が俺に対して敵意を持っていないという事が分かれば十分だった───。

 

 

 

 

 

「降ろして良いよ、彼に当たると非常にまずい。 と言うか、この距離であの人ってこっちに気付いてるんですかね? ちょっとそれ貸してもらって良い?」

 

僕は小船に乗っている少女に狙いをつけていた部下に指示を出すと部下から望遠鏡を借りて覗き込んでみる。望遠鏡で覗いてどうにか見える距離のはずだが、彼の取った行動はこちらに気付いてガラクタを守ろうとしているのでは無いかと思える行動だった。

 

「佐世保や舞鶴の彼等のように素直だったらやりやすいんですけどねぇ」

 

これ以上観察していても成果は得られないと判断して資料の続きに目を通す。佐世保と舞鶴の提督達は簡単に僕の研究に協力してくれた、佐世保の提督は海外との繋がりという懸念点もあったがそれなりに活躍してくれたと思う。

 

「ペドフィリアやネクロフィリア、動物性愛や糞尿に性的興奮を覚える人が居るってのは聞いたことありますが、兵器に性的興奮を覚えるってなんて呼べば良いと思います?」

 

僕は舞鶴の提督に関する資料を読みながら部下に尋ねてみるが部下からの返答は無い。舞鶴の彼は実験が終了した艦娘の解剖を行いたいと提案したが、それを拒否。2人のガラクタを守るために解剖実験を行わないことを条件に今は僕の実験に協力してくれる約束をした。

 

「道具も使い続ければ愛着が沸くという話は聞いたことありますが、君はその銃を僕が海に投げ捨てると言ったら服従できる?」

 

正直目の前で困っている部下の回答に興味は無いのだが、頭の中を整理するために適当に思いついた言葉を口に出してみる。

 

「翔鶴型の2番艦のみ無傷ってあまりにもできすぎてるんですよね」

 

舞鶴には翔鶴型2隻を配属、複数回偵察や出撃任務を行ったが、被害を受けたのは常に1番艦のみ。望む結果が出たため沈めるよりも解剖して他のデータを取りたかったのだが、舞鶴の提督と1番艦の懇願により2番艦を大湊へ転籍させる事に決定した。

 

「最後まで姉妹艦を庇うのがあの船の役割だとでも言えるかもしれませんね」

 

舞鶴の結果が書かれた資料を鞄にしまうと、佐世保の資料を取り出して目を通す。

 

「『我魚雷ヲ受ク 各艦ハ前進シテ敵艦隊ヲ攻撃スベシ』当時らしい言葉ですが、今の日本でこれはねぇ」

 

佐世保での扶桑型戦艦2番艦に関する資料を見ながらゆっくりと頷く。ドッグでの修理を行っている時間がソレが最も多い、戦時中では改修という形だったようだがソレは艦隊としての運用よりもドッグで待機している時間の方が長かったと書かれている。

 

「これは判断に困りますねぇ」

 

ソレがドッグに入る原因となった作戦を指示したのは偶然だったのか必然だったのか。兵器になる前の彼女の調書に書かれている性格を考えれば自ら進んでそのような役割を引き受けるタイプでは無かった。それ故にこの結果は『引き摺られた』結果のような気もする。

 

「こうして考えると鹿屋の馬鹿は余計な事をしてくれましたねぇ」

 

あの男を読み切れなかった僕の責任なのかもしれないが、結果だけ見れば彼のせいで僕の実験は大きく遅れてしまう事になった。

 

「実例は多い方が良いだけに4隻揃った暁型の存在は勿体無いですね」

 

あの男が何に気付いていたのかは分からない、彼はガラクタ共の管理を任せて少し経つとガラクタから恨まれたいのでは無いかと思えるような行動を繰り返した。

 

「……分からない事が多すぎますが、結果として鹿屋での実験は失敗ですか」

 

最も予想外の行動を起こしたのは『暁型4隻を同時出撃させどれから沈むか』という実験を行いたいと提案したタイミングだった。僕の予想では1番艦、3番艦、4番艦の順に沈み2番艦のみ生存と考えていたのだが、馬鹿が命令違反を口実に出撃はおろか外出さえできないように監禁した事で結果が分からなくなってしまった。

 

「出世に欲のある人間と思っていましたが、何をしたかったのやら」

 

大本営入りを推薦するという餌で鹿屋の馬鹿を動かしていたのだが、肝心なところで僕は期待を裏切られることになってしまった。これ以上実験の邪魔をされても困るという事で退場してもらったのだが、今となっては惜しいことをしてしまったのでは無いかと思ってしまう。

 

「ガラクタの中で最もイレギュラーだったのは金剛型1番艦か……」

 

元となった素体の影響を受けてなのか、1番艦だけは他と違い余計な戦闘しか知らないはずのガラクタとは思えない行動が多い。戦時中に2番艦と4番艦を先に失ったことが起因しているのか、扶桑型2番艦に似た自己犠牲とも受け取れる行動が多かった。

 

「川内型や天龍型についてはデータ不足。 姉妹艦で揃えた場合と離した場合のデータを取りたかったのですが、軽巡洋艦という艦種は姉妹艦よりも艦隊規模で動かしたほうが正解だったかもしれませんね……」

 

少し仮定が入るが、元々軽巡洋艦同士での因縁というのは薄いのかもしれない。本当に結果が見たいのであれば姉妹艦よりも戦時中に同じ部隊に所属していた駆逐艦と抱き合わせで行動させるべきだったのかもしれない。

 

「呉と大湊の提督は何かに気付いているようですし、老害は本当に扱い辛くて嫌になりますね」

 

呉の提督には配属した大淀型1番艦を江田島方面に配置しろと指示を出したのだが、よりにもよって海と関係の無い陸軍にソレを送ってしまった。利根型1番艦の配属も拒否しているが、小船に乗っている彼に上手く動いてもらう事で次の実験の邪魔さえしなければどうでも良い。

 

「いい加減僕も成果を上げないと上からの目が痛いんですよねぇ」

 

鹿屋と呉と大湊の戦果が予想外過ぎる、元々のスペックを考えれば当然に近い結果なのかもしれないがそれでもここ最近の戦果は上も無視する事ができなくなっていた。

 

「大湊での結果は途中まで上手く行ってたように思えましたが、実験の遅れを気にして変化点を加えた僕の間違いだったのでしょうか」

 

大湊に配属したガラクタには明確な狙いがあった。北海道を取り戻すという名目で化け物共に奇襲を仕掛ける、その部隊にはかつての南雲機動部隊を模した部隊を投入する。結果として全て轟沈し、苦肉の策として軽空母を囮として運用して轟沈。親族に管理を任せると言う冒険をしたのだが、結果が出なかったことが残念で仕方が無い。

 

「新種の化け物の報告を聞いた時にしたガッツポーズをした僕の喜びを返して欲しいですね」

 

突如として現れた化け物に僕は確信を持ったつもりだったが、その確信は大湊の老害と小船の上にいる彼によって否定されてしまった。

 

「彼がその可能性を持っているのか、大湊の老害がそうなのか。 それとも2人居たからそうなってしまったのか」

 

基本的には適合者の多い駆逐艦で試していたのだが、元の性能が低すぎてその結果が『引き摺られて』そうなったのかどうかの判断がつかなかった。それ故に実験を行う艦は大型艦に絞り、姉妹艦が揃った駆逐艦は轟沈の順番を見る方向に切り替えたが全く成果が出ていない。

 

 

「1度考え直したほうが良いのかもしれませんねぇ」

 

僕がガラクタに国防を任せる事ができない理由は『艦娘という兵器は過去を辿る』のでは無いかという懸念点からだった。艦娘という兵器は知らず知らずのうちに過去を繰り返す、それは人為的な物では無く小さな積み重ねがそれへと導いていく。

 

「試験的に製造されたガラクタは大体がそうだったんですが……」

 

違いを考えれば『提督』という立場に立つ人間の有無かもしれない。しかし舞鶴と佐世保の結果を見る限り提督が居れば良いという訳では無いのかも知れない。

 

「これからの実験は念には念を入れたほうが良いかもしれませんね」

 

まずは大湊には北海道奪還を早めるように指示を出そう。その作戦で出た被害からどちらがそうだったのかを判断する。呉の提督には実験の邪魔をされないように適当な疑いをかけて大本営で拘束してしまえば良いだろう。

 

「舞鶴に集めた船は適当に歴史でも調べながら部隊を組んで出撃するように指示を出しておいてもらえるかな。 足りなければ他の鎮守府や基地から集めても良いからさ」

 

後は小船でじゃれ合っている彼とガラクタには予定を早めてもらいたいのだが、確認したいのは26日でも27日でも無く28日。海軍や大本営では徐々にあのガラクタの有用性が広まってきているが、あれがガラクタとしての不安を抱えている以上は国の存亡を任せるわけにはいかなかった。

 

「さて。 お腹もすいてきましたし、僕は湊さんと食事にでも行ってきますかね」

 

手に持っていた資料を全て部下に預けると大きく伸びをしてから立ち上がる。呉、大湊、舞鶴、そして湊さんがあの兵器に肩入れするのはどうしてなのだろうか。見た目が女子供だからなのか、船と言う点に思い入れがあるのか。

 

僕はその行為を理解する事ができない、大本営に所属しているという立場もあるが、本当に大切なのは兵器よりも兵よりも、『国』を化け物共から守るにはどうしたら良いかという点なのだから───。


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