ガラクタと呼ばれた少女達   作:湊音

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過去と未来と(1)

「山城、入るよ?」

 

 少し前から山城の調子が悪そうだったので様子を見に来たのだが、山城の部屋には誰も居なかった。

 

「何処に行っちゃったのかな?」

 

 僕は肩の上で三つ編みと格闘している妖精さんに話しかけてみるが、僕が振り向いたことで三つ編みが揺れ劣勢となった妖精さんから返事は無い。

 

「全く。 山城は僕たちに少しでも何かあればグチグチ言ってくるのに、自分には甘いんだから」

 

 この前の民間船護衛作戦で小破した僕は山城に抱きかかえられ入渠施設まで運ばれるという辱めを受けた。僕の中の山城はいつも扶桑の後ろを追いかけているイメージだっただけにその時は少し驚いた。

 

「……えっ?」

 

 山城を待つためにベッドに腰かけたのだが、ふと左手に冷たい感触があり布団から手を引き抜くと左手には赤い液体がついていた。

 

「怪我っ!?」

 

 僕は山城に何かあったのではと慌てて部屋を飛び出す。

 

「「きゃっ!」」

 

 扉を開けて廊下に飛び出した瞬間に2つの柔らかい膨らみと衝突してしまう。

 

「わ、私の部屋で何をしてるのよ」

 

「いや、山城が調子悪そうだったから様子を見に来た……、って怪我は大丈夫なのかい!?」

 

「怪我? 出撃もしない私にそんなのある訳ないでしょ」

 

「でもベッドに血が!」

 

 慌ててベッドを指差す僕を見て山城は大きな溜息をついた。

 

「怪我じゃないから安心して。 それと、この事は誰にも話さないでね」

 

「金剛さんや大淀に相談しなくても良いの……?」

 

「良いのよ。 言ったからどうなる事でも無いでしょうし」

 

 訳も分からず慌てている僕と何かを諦めたような表情をした山城との間で無言の時間が続く。

 

「ごめんなさい、ちょっと辛いから横になりたいの」

 

「新しいシーツ取ってこようか?」

 

 顔を真っ青にした山城を椅子に座らせると僕は自室へと走る。途中廊下を走らないようにと那智さんに注意されたが、非常事態くらいは許してもらおうと心の中で謝罪をする。

 

「シーツ持って来たよ」

 

「ありがとう、ちょっと汚いけど交換もお願いして良いかしら……」

 

「構わないよ。 それと、やっぱり何処か悪いの?」

 

「お腹は痛いし頭も痛いし最悪よ」

 

「熱は? 薬を貰ってこようか?」

 

 僕の言葉に山城はゆっくりと首を振る。

 

「別に良いわよ。 どうせこの基地にあるとは思えないし」

 

「町に売ってるなら買ってこようか?」

 

「……別に良いって言いたいけど、お願いしても良いかしら」

 

 今日は出撃の予定も無かったはずだし、ランニングをかねて町まで走るのも悪くない。大淀さんが来てから給料と言う名のお小遣いももらえるようになったし、ついでに夕立にお菓子でも買っておいても良いかも知れない。

 

「どんな薬が良いの? 風邪薬?」

 

「……頭痛止めで効きそうなのでお願い」

 

「うん、分かった。 それじゃあ行ってくるね」

 

 僕は町への外出許可を貰うために執務室に向かった───。

 

 

 

 

 

「ヘーイ! 大淀ー! そろそろティータイムにするネー!」

 

 久しぶりに私が大淀の手伝いという事もあり、たまには2人で紅茶を楽しもうと思ったのだが執務室の扉の向こうには何かの資料を持ったまま顔を真っ青にした大淀が居た。

 

「こ、金剛さんですか。 少しご相談が……」

 

「また資材不足カナ……?」

 

 駆逐艦の子達や一部の軽巡達が頑張ってくれているおかげで少しずつは改善されているが、私達金剛型や妙高型が出撃した後は資材の消費量で頭が痛くなってしまうと言うのが鹿屋での日常だった。

 

「いえ、資材の方は呉から分けて頂いた貯蓄があるので問題ありません。 それより、これを読んでもらって良いですか……?」

 

 大淀から資料を受け取った私はパラパラと資料を捲りながら内容を確認してみる。

 

「オー……。 これは何処で手に入れたのデスカー?」

 

「陸軍のおじさまがこちらに送ってくれました。 大本営に提出する資料だと思いますが、本人の印が必要みたいで……」

 

 これは一種の報告書や履歴書の類だと思う。

 

「送っても大丈夫だと思います……?」

 

「私も少し見ただけですが、これを提出するのはまずい気がするネー……」

 

 少し流し読みした程度だったが、『薬物』や『殺人』等の提督となるためには間違いなくマイナス方向に働く単語が多く見えたような気がする。

 

「文字を見る限り書いたのは湊さんだと思いますが……」

 

「大淀は全部読んだのデスカ?」

 

 私の問いかけに大淀は何度も首を横に振る。

 

「そこで金剛さんにご相談があります」

 

「……マジですカ?」

 

 この場面での相談となればこの資料を隠蔽するか内容を確認するかの二択だと思う。大本営に提出するとなれば隠蔽は明らかに印象を悪くするだろうし、内容を確認するというのも本人の知らない所で読んでしまって大丈夫なのか不安はある。

 

「気になりませんか?」

 

「知りたくないと言えば嘘になりマース……」

 

 どうやら相談の内容は後者のようだった。恐らくは彼に対して私と同じ気持ちを持っているからこそ資料に書かれている内容が気になる。しかし1人でその内容を知って罪の意識に耐える事ができるのかどうか葛藤していた所に私がやって来たという所だろう。

 

「この資料を私達だけで隠蔽すると言うのは無理だと思います。しかし、湊さんが提督になるには間違いなくこの資料に書かれた内容は壁になると思うんですよね」

 

「お、大淀ー……?」

 

「そんな時に私達が何も知りませんでしたって事になればきっと後悔すると思うんです」

 

 少しの間一緒に生活していて気付いた事なのだが、大淀は時折こうして誰かを説得するような素振りを見せて自分を納得させようとする節がある気がする。正直に言ってしまえば私自身彼の事に関して知りたいと思うのだが内容が内容なだけに判断に困る。

 

「大淀、入るよ?」

 

 悩んでいると黒い三つ編みを揺らしながら1人の少女が執務室に入って来た。

 

「あら、時雨が来るって珍しいですね。 何かありました?」

 

「ちょっと町まで買い物に行こうと思ってるんだけど、大丈夫かな?」

 

「大丈夫ですが、門限を越えないように注意してくださいね」

 

「分かった、行ってくるね」

 

 私は大淀と時雨のやり取りを見ながら考える、本当に大淀の言う通り私たちの力が必要になる時が来るのであればそれなりのメンバーを揃えて内容を把握した方が良いとは思う。時雨にも声をかけた方が良いのかとも考えたが内容を察するに駆逐艦の子達に読ませても良いのだろうか。

 

「あれ? 金剛さん何か考え事?」

 

「……ソウデース! 時雨達が集めた資材をどうしたら有効に使えるか考えてマシター!」

 

「そっか、なんだか難しい事は2人に任せちゃってるみたいでごめんね」

 

「ノープロブレムデース!」

 

 私は大げさにポーズを取ってどうにか誤魔化す。時雨は少女らしい柔らかな笑みを見せた後に軽くお辞儀をして執務室から出て行った。

 

「それで、どうします?」

 

「ウーン……。 内容的に駆逐艦の子達以外でもう少し集めて意見を聞いた方が良いと思いマース」

 

「重巡からは妙高さん、軽巡からは神通さんでしょうか?」

 

 各艦種のまとめ役を呼ぶとは良いと思うが、下手すると他の人間に知られないように隠し通す必要性が出てくるかもしれない。そう考えるとある程度頭の回転が速い人選にした方が良いと思う。

 

「重巡は妙高で良いと思いマース! 軽巡は神通よりも川内が良いデース!」

 

「でも、川内さん起きてますかね?」

 

「妙高に来る途中に連れて来るように連絡しておけば大丈夫ネー!」

 

 結果としては大淀の予想通り寝ていたようだったが、妙高の頑張りでどうにか全員が集める事ができた。

 

「湊さんのためにいろいろとやれることをやっておくと言うのは賛成できますが、流石に人の過去を無断で知ると言うのは失礼に当たるのでは無いでしょうか?」

 

「私も妙高と同じ意見かな、知られたくない内容かもしれないしね」

 

 妙高は始めから良くないと大淀を説得してくれると思っていたが、川内も同意見だという事に少し驚く。それでも妙高の表情を見る限り知りたいのだが常識的に考えてやめたほうが良いと判断したのだと言う事は分かる。

 

「それでは当初の予定通り私と金剛さんと読むことにしましょうか……」

 

「私は読もうなんて言って無いネー!」

 

「別に知りたくないという訳ではありませんよ。 それに知るとまずいと判断した時に止める判断を下す人員は必要でしょう?」

 

「面倒だけど、私がここで抜けたら軽巡組が知らないって事になるなら聞かないとって感じになっちゃったね……」

 

 川内も周りの反応を見て諦めたのか、ソファーに深く腰掛けると腕を組んで目を瞑ってしまった。

 

「それでは読みますね。 陸軍入隊後、訓練中に上官に暴力行為を働き営倉行きとなる……」

 

「いきなり最悪過ぎるネー……」

 

「私達が艦だった時代なら営倉行きだけじゃ済まないかもしれませんね……」

 

「まぁ元気があって良いんじゃないかな」

 

 正直に言って流石の私でも軽く引いてしまった。確かに見た目は怖そうな人だなと思ったことはあったけれど、経歴の1番上が暴力行為での営倉入りと言うのは流石に洒落にならない。

 

「でも、それが原因で所属部隊が代わってからは問題行動は無くなったみたいですね。 すぐに海外の基地や泊地の建設のために派遣されていますが……」

 

「そんな事があったんデスネー」

 

「湊さんってご自身の事はあまりお話にならない方ですし知らない事が多いですね」

 

「あまり横槍入れるの止めない? このペースだと夜が来ちゃうよ」

 

 川内の場合夜が来て眠くなるというよりは、夜間警備のための出撃が目的だと分かっているのだが、確かにこのペースで話を進めていくとまずいのは正論だった。

 

「それでは全部読むと流石に分かりづらいので簡単にまとめながら読んでいきましょうか」

 

 そう言って大淀はわざとらしく咳きをしてから報告書を読み始めた───。

 

 

 

 

 

「そろそろ髪を切ってやろうか?」

 

「ハサミなんてありましたっけ?」

 

 隊長に視線を向けてみると先ほどまで研いでいたナイフを笑顔で持っている。坊主だった髪も人並みに伸び始めた頃だと言うのに隊長の暇つぶしで妙な髪形にされてしまうのは正直ごめんだった。

 

「隊長こそいい加減髪を切ったらどうです?」

 

 軍人には珍しく隊長は黒い髪を腰の辺りまで伸ばしていた。どう考えても短いほうが楽だと思うのだが、女の軍人は隊長以外見たことが無いので基準が分からない。

 

「ふむ、私がお前の髪を切っても良いなら切らせてやっても構わないが?」

 

「切っても良いんですか? 髪は女の武器だって言ってませんでしたっけ?」

 

「それでは湊訓練兵に問うが、私の髪を使ってどう戦う?」

 

 この人はいつもそうだ。言っていることがめちゃくちゃで、下手すると朝と昼とで言っていることが正反対のときだってある。

 

「編んでロープ状にしたら割となんでもいけるんじゃないですかね?」

 

「50点だな」

 

 100点の回答が何か気になったが、窓の外から何かが破裂するような音が聞こえ念のため整備していた道具を身につける。

 

「アチラさんも暇なのかねぇ。 雨の日くらい休めば良いと思わないか?」

 

「……休みになるなら嬉しいけど、ジメジメして嫌じゃないですか?」

 

「そうか? 私は雨は嫌いじゃないけどな」

 

 再び窓の外から破裂するような音が聞こえてきたが、警報が鳴らないと言う事はいつもの嫌がらせの類なのだろう。

 

「それより、そろそろ新人を迎えに行った方が良いんじゃないですか?」

 

「……こっちの救援は断った」

 

「は?」

 

「なぁ湊訓練兵。 貴様は上官に対する口の聞き方は教えてもらわなかったのか?」

 

 俺の教育担当は目の前で不機嫌な面をしているこの人だ。正直言葉遣いなんて教えてもらった事は無いし、この人自体言葉遣いは良いとは言えない。

 

「日本に戻ったら勉強しますよ。 それより救援を断ったってどういう事です?」

 

「民間人の相手なんて新人にやらせる仕事じゃない。 そんな事よりも海岸線の防衛が人手不足だって聞いたからそっちに回してやったよ」

 

「噂のアレですか。 某国の生物兵器だって噂はマジなんですかね?」

 

 現場の人間には碌な情報は回ってきていない、海の上に人が立っていたなんてふざけた情報が流れてきた事もあったし、海豚の化け物に襲われたって冗談にしか聞こえない噂だって聞いている。

 

「さぁな。 例え相手がどんな兵器を使ってきても私とお前のやる事は変わらないよ」

 

「民間人に石を投げられるのがやる事ってのが笑えますけどね」

 

「ついでに家畜の糞もだな」

 

 これが俺にとっての初めての任務だった。シーレーン確保のためブインに基地を建設する、初めは向こうも乗り気だったらしいのだが、何処かの国から横槍が入り今じゃ俺達は侵略者として扱われている───。

 

「あの島の名前って何か覚えているか?」

 

「……ポポラング島かと」

 

「ふむ、正解かどうか分からないが、お前がそう言うならそういう事にしておいてやる」

 

 この人は相変わらずだと思った、ブイン基地の建設は失敗。つまり俺や隊長は単に民間人に罵倒され石を投げつけられ家畜の糞まみれになっただけという結果だけが残った。どうしてこの人は平然としていられるのかが理解できない。

 

「悔しくないんですか!? 俺達はこの国を、島を守るために来たんですよ!?」

 

「騒ぐな、余計暑苦しくなる」

 

「向こうを説得するって息巻いてた上の連中は何をしてるんですか!?」

 

「……口を閉じろ。 これは命令だ、お前が騒ぐのはお前の勝手だが周囲の士気を下げるような発言はやめろ」

 

 この人は滅多な事が無い限り『命令』という単語を使わない。何か言い返してやろうと思ったが、周囲に横たわっている負傷者の呻き声が耳に入りそれ以上言葉を発する事ができなかった。

 

「話くらいは聞いてやる、場所を変えるぞ」

 

「……はい」

 

 狭いテントから外に出ると相変わらず雨が降っていた。また何処かで紛争が起きていたのか周囲の兵が慌しく走り回っている。そんな中俺の前に居る隊長の歩き方が何処かぎこちないのを見て一気に頭が冷えてきた。

 

「傷、大丈夫なんですか……?」

 

「ただの火傷だ、食って寝れば治るさ」

 

「……先程はすみませんでした」

 

 日を増すごとに俺達に対する反抗は強くなっていた、初めは石や糞のような子供の嫌がらせのような物から、今では銃器や火炎瓶のような明らかにこちらの命を奪うことを目的とした手段が目立ってきている。

 

「お前も腹は大丈夫なのか?」

 

「弾は抜けていたそうなので問題ありません」

 

 互いの傷の様子を語りながら隊長と俺は物資保管用の倉庫に入る。本来であれば食料や油なんかも保存する予定だったそうだが、無駄に広い倉庫の中には隅の方に小さなコンテナがあるだけだった。

 

「……海軍の連中は何をやってるんですかね」

 

「さぁな。 向こうは向こうで忙しいんだろうよ」

 

 口に出せば本当の事になりそうで誰も言葉にする事はできないが、恐らくブインに続きショートランドでの基地建設も失敗で終わるのは誰が見ても分かっていた。その原因は間違いなく補給が行われていない事だと断言できる。

 

「まだ反撃はダメなんですか……?」

 

「陸軍は無抵抗を貫く。 上の指示には従う、それが私達軍人の仕事だからな」

 

「死者こそ出ていない物のこのままじゃ長く持つとは思えません……」

 

「だろうな、近々誰か死ぬかもしれないな」

 

 まるで他人事のようにそれを口にした隊長にイラついて俺は思いっきり倉庫の壁に拳を叩き付ける。

 

「なぁ、自分の手を汚してでも現状を変えたいと思うか?」

 

「……はい」

 

「そうか、今日の夜から忙しくなるぞ。 所属も変わるかもしれないが気にする程でも無いだろう?」

 

 隊長はそれだけ言ってお偉いさん達が会議ばかりしているテントのある方角へ歩いていってしまった。その言葉がどんな意味を持っていたのか俺は夜になるまで理解する事ができなかった───。

 

「……これで良かったんですかね」

 

「あぁ、良くやったよ」

 

 何度も同じ質問を繰り返しては同じ回答が返ってくる。

 

「良かった……、んですよね……」

 

「あぁ、湊は良くやってくれた」

 

 目を閉じれば床の上を這いずるようにして逃げる男の姿が脳裏に浮かんでくる、ポタポタとナイフを伝って床に落ちる液体の音が耳から離れない。ナイフを握っていた右手には力が入らず、気温は30度近くあるはずなのに体の震えが治まらない。

 

「この言葉が湊にとって救いになるかは分からないが、あの男は金を貰って民間人達が私達に反抗するように扇動していた。最近銃器での反抗が盛んになってきたのもそこが出所だったそうだ」

 

「……もしかしてこうなる事分かってました?」

 

 ここから先は完全に俺の八つ当たりだったと思う。

 

「どうして隊長は平気なんですか!? 俺達は人を殺したんですよ!?」

 

「……そうだな、殺したな」

 

「なるほど、隊長くらいになれば人殺しも仕事だって割り切れるようになるんですね」

 

「……そうだな」

 

 それから何を言ったのか自分でも覚えていない、初めて人を殺したという恐怖を忘れるために思いつく限りの言葉を隊長にぶつけたと思う。

 

「湊は私の指示にしたがって行動した、責任は私にある。 恨むなら私を恨めば良い」

 

「……できる訳無いじゃないですか」

 

「明日も忙しくなる、今日はもう休んだほうが良い」

 

 そう言って隊長は木でできた寝床の上で身体をずらすと人1人分のスペースを空けた。

 

「何の真似ですか……?」

 

「1人で寝るのが怖いと思って気を利かせてみたが、遠慮しなくても良いぞ?」

 

 初めて人を殺して上官に散々暴言を言って、怖いから一緒に寝てもらう。そんな自分が情けなさ過ぎて俺は逃げるよう走ってテントから外に出た。雨は止んでいたが雲に覆われ月や星は見えない。この時の俺は自分の手の振るえを必死で隠して愚痴を聞いてくれていた隊長の優しさには気付けなかった───。

 

「せっかく日本に帰れるのに断る意味が分からない」

 

 初めて人を殺してから何日経ったかは分からない、あれから何度も同じ経験をした頃に隊長宛に日本に戻らないかという連絡があった。

 

「帰って私に生物兵器として改造されろってお前は言うのか?」

 

「どんな環境でも今の俺達よりはマシでしょう」

 

「部下を置いて自分だけ帰るってのも気に食わないが、私がこの歳で娘って呼ばれるのが何より気に入らないな」

 

「所属も海軍になるんでしたっけ? だったら尚更向こうに行ってさっさと物資を輸送するように伝えてきてくれよ」

 

 胡散臭い話には妙な尾ひれが付くのは定番だと思う。海軍が海の化け物と戦うために新しい兵器を開発したらしいが、噂だと女を兵器として改造するSFチックな馬鹿話だった。

 

「それにしても隊長が娘ですか……。 隊長ってスカートとか履いたことあります?」

 

「言われてみれば無いかもな」

 

 隊長は女の中ではかなりでかい方だと思う。俺自身そこまででかい方じゃないってのもあると思うが、俺より少しだけ身長は高い。もしかしたらモデル体系ってやつなのかもしれないが鍛えられた四肢のせいか周りからゴリラの方が可愛げ気があるって言われているのを聞いた事がある。

 

「さて、そろそろ無駄話はやめて夜のピクニックにでも出かけるとしよう」

 

「今日は偵察メインでしたっけ? ラバウルの観光地でも回ってみましょうか」

 

 正直に言ってしまえば俺も隊長もギリギリの所だったと思う、こうして冗談を言い合って居なければ罪悪感に押し潰されてしまうと互いに感じ取っていた。

 

「観光地としては2流って所ですかね、村は見えても虫が多いし木に隠れて星が見えない。 これじゃカップルには受けそうに無いでしょうね」

 

「無駄口を叩く余裕があるのは良いが、村の地形は頭に入っているんだろうな?」

 

「いつまでも新兵扱いしないで貰えますかね、いい加減認めてくれても良い頃じゃないです?」

 

 村の地形はすでに頭に入っている、村の中央には他の建屋よりもやや大きい建屋があり恐らく次の仕事はそこで行われることになるはず。退路は周囲の森林に入ってしまえば素人相手には見つからないだろう。

 

「せめて童貞の1つでも捨ててから大口を叩いて欲しいものだな」

 

「ど、童貞じゃないかもしれないだろ! ……自分だって処女のくせに」

 

 最後の方は聞こえないように言ったつもりなのだが、後頭部を思いっきり殴られてしまった。ヘルメットを被っているとは言えその衝撃に顔を顰めてしまう。

 

「帰ったら確認してやるから覚悟しておくんだな」

 

「……初めては夜景の見えるホテルでって決めてるんで遠慮しておきます」

 

 ここから先はあまり人に語るような内容だとは思わないし、俺個人としてもあまり思い出したくない出来事だった───。

 

「そういえば、結構昔に所属が変わるって言ってませんでしたっけ? 俺達って今何処の部隊に所属してるんです?」

 

「うん? 部隊も何も今の所属は陸軍ですら無いんだが、説明していなかったか?」

 

 隊長の発言に思わず飲んでいた珈琲を噴出しそうになってしまった。確かに重要なのは所属よりも任務の内容だと言う事は理解しているが、自分が陸軍を辞めてしまっているという事には驚いた。

 

「大本営直属の私兵って所だろうな、今は傭兵に近いのかもしれないな」

 

「大本営って何ですか……?」

 

「言ってしまえば、くされ仕官の捨てどころって所だな。 本来なら私達の行為は国際問題に発展してもおかしくない、でも現実はどうだ?」

 

 考えたことが無かったが、確かに日本の軍人が現地の人間を殺したとなれば大問題に発展してもおかしくない。それこそ本格的な侵略行為だと取られても仕方が無いし、世界各国が海の問題で荒れてるとは言え黙っている国も少なくないだろう。

 

「これを見てみろよ」

 

 新聞か何かの切り抜きだとは思うのだが日本語で書かれておらず内容は分からないが、一面に載っている写真に嫌な思い出が蘇って来た。

 

「こんな写真いつ撮ったんですか……?」

 

「さぁな。 それでも綺麗に撮れていて良かったじゃないか」

 

 白黒なのではっきりは分からないが、写真の中の俺は頭に石なのか家畜の糞なのか分からない物体が当たっている瞬間。隣に立っている隊長の軍服もドロドロに汚れており、悲惨な状況になっているのは誰が見ても明らかだった。

 

「謎の侵略者から発展途上国を守る日本軍、自らの正義を示すために無抵抗を貫き通す。侵略行為だと罵られようと他国民のために懸命に活動を続ける。 良かったじゃないか、私達の頑張りも無駄じゃなかっただろ?」

 

「無抵抗も何も、これが本当なら俺達の立場ってやばく無いですか……?」

 

「そこを上手く誤魔化すのも、くされ仕官の仕事ってやつだな」

 

 情報操作ってやつなのかも知れないが、各国は日本の行為よりも反抗している民間人を悪役として認識し始めているらしい。なんだか腑に落ちないというか納得ができない部分も大きいが、それでも徐々に民間人の反抗も落ち着いてきていると考えればプラスに考えても良いのだろうか。

 

「徐々に泊地建設も進んでるようだし、私達が日本に戻れる日もそう遠くないかもしれないな」

 

「なんとか娘ってやつに改造されるから帰りたくないんじゃ?」

 

「改造しなくても十分戦えるって証明してる最中だろ?」

 

 思い上がっていた訳では無いと思う、それでも自分達の行為で上手い方向に進んでいると考えると少しだけ罪悪感も薄れているような気がした───。

 

 任務の無い日は泊地の周囲を走って隊長から座学を受けたり模擬戦をして時間を潰す事が多かった。後になって知った話だが、訓練途中に抜けた俺のために隊長が気を利かせてくれていたらしい。

 

「なぁ、湊は日本に戻ったら何がしたい?」

 

「そういえば考えた事無かったな、俺に何かできる事ってあるのかな?」

 

 訓練の後はいつも崖から足を投げ出し2人で海を眺めることも俺と隊長との間で決まり事になっていた。1度だけ海が好きなのかと聞いたこともあったが、『誰かが呼んでいるような気がする』なんて似合わないことを言われて笑ってしまったことがある。

 

「性格を考えれば教官なんかが向いてるかもしれないな、少し優しすぎるところが欠点かもしれないが」

 

「隊長は俺に誰かを育てるって事ができると思います?」

 

「私にできたんだから湊にもできるさ」

 

「確かに」

 

 妙に説得力がある発言だったため頷いてみたのだが、背中を叩かれ崖から落ちそうになって本気で焦った。

 

「湊は誰かの上に立つために必要な能力って何だと思う?」

 

「状況判断の正確さや早さ、先を見通す能力とかそんな感じですかね?」

 

「そんなのは場数を踏めばある程度頭のある人間ならできるさ。 それより私は『決して部下を見捨てない』事だと思ってる」

 

「時と場合に寄っては切り捨てることも必要になってくるんじゃ?」

 

 俺の質問に隊長は難しそうな表情のまま固まってしまった。切り捨てることの必要性を理解しているからこそどう答えていいか悩んでいるのだと思う。

 

「確かに切り捨てる事もあると思う。 それでも取れる手は全て取ってからその判断をして欲しい、誰かを犠牲にする事は本当に最後の最後、自分にできる最大限の行動をしてもダメだと分かった時の最終手段だろうな」

 

「そんなの当たり前じゃないですか?」

 

「その当たり前が難しいんだよ。 こういう仕事をしているといつか湊にもそれを選ぶ時が来ると思うが、その時にやれる選択肢が多くなるように真面目に訓練をしておくんだな」

 

 座学をしているよりもこうして何気ない雑談をしている方が勉強になると思う、いつか俺も隊長と同じように誰かの上に立つ時には同じ事を部下に教えてやりたいと思ったし、そんな姿を胸を張って隊長に見せてやりたいと思った───。

 

「……え?」

 

 目の前の男が言っている言葉の意味が分からない。

 

「隊長が撃たれた? そんなヘマをするような人じゃ無いですよね……?」

 

 何度同じ事を確認しても目の前の男は黙ったままだった。

 

「大丈夫なんですか!? 隊長は生きてるんですか!?」

 

 それが現実だと頭が理解して俺は声を荒げながら男の肩を揺する。男からすぐにでも日本で治療を受けなければまずい状況だと端的に告げられる。それから俺は隊長を乗せた船を見送ってから木でできた寝床の上に横になって天井を眺め続けていた。目を閉じれば隊長の事ばかり思い出してしまい、自分の情けなさに乾いた笑いが出てしまう。

 

 そんな俺の気持ちなんて無視するように次の任務の連絡が入る、次の現場はラバウルらしい。任務よりも隊長を撃った人間に復讐してやりたいと思ったが、それをやってしまえばきっと隊長に合わせる顔が無くなってしまう。

 

「……俺も頑張るんで隊長も頑張って下さい」

 

 誰も居ない部屋で1人で呟く。もちろん返事は無かったけど、それでも現時点で俺が隊長のためにできる事だと自分を納得させる事はできた───。

 

「お前が俺の相方なのか? 随分とガキじゃねぇか」

 

「……あんた誰だ?」

 

 ラバウルで任務をこなしていると無駄に図体がでかい男が俺の寝ているテントに入って来た。話を聞けば欠員が出たため日本から送られてきたそうだが、正直訳も分からない相手と組むよりは1人の方が気楽だなと思った。

 

「今日から俺がお前の上官だ、働きには期待してるから精々頑張れよ」

 

「隊長は……?」

 

「隊長? あぁ、前にここに居た女か。 悪いが生きてるとも死んだとも聞いてないな」

 

 それだけ聞いて俺は目を閉じた。この男の事は嫌いでは無かったが好きでも無かった、それでもたまに世間話をする事はあったが2週間程度じゃ互いの親交を深める事もできなかった。

 

「今度の仕事は外れかねぇ」

 

「……そうだろうな。 前にここに来た男も2週間で居なくなったよ」

 

「暑いし湿度は高いし、大本営の直属は楽できるって聞いてたんだけどな」

 

 2番目に来た男は軍人らしく無いなと思った。俗に言うオンオフを切り替えられるタイプだったのだろうか、休む時は休む、働く時は働く。その姿勢は見習わなければと思ったがそれを学ぶ事はできなかった。

 

「俺も隊長が居なければこうなってたんですかね」

 

 動かなくなった男の入った袋を乗せた船を見送ってから次の任務の準備をする。近くを歩いていた兵士から護衛の無い船が日本に到着するのは3回に1回程度だと聞いて隊長の事が心配になったが無事かどうか確認する術が今の俺には無かった。

 

「ほ、本日付で配属になりました! よろしくお願いします!」

 

「ようこそ、あんたは記念すべき10人目の相棒だ」

 

 そろそろこっちに来て1年くらいになるのだろうか、今度は俺と同じくらいか少し下くらいなのかなと思った。それでも俺のやっている事は相変わらずだった。紛争や反乱が起きれば駆り出される、最近は自分がなんのために人を殺しているのかさえ分からなくなる時があった。

 

「それ、何でしょうか……?」

 

「……任務で夜に行動する事が多いからな、ビタミンは目に良いって言うだろ」

 

 何故だか分からないが嘘をついた。もしかしたら自分でも恥ずべき行為だと心の何処かで分かっていたのかもしれないが、正直今の自分を支えるにはこの方法しか無かった。俺は注射器をケースに仕舞うと棚に片付ける。

 

 日本からの補給物資は徐々に減ってきている、どうにか食料だけでも確保しようとこっちにも畑なんかを作る計画が進んでいるみたいだが陸軍から離れて妙な組織の傭兵をやっている俺には碌な物資の補給も無くなっていた。

 

「ぼ、僕は何をしたら良いでしょうか……!」

 

「そうだな、はっきり言って邪魔にしかならないだろうし俺が帰って来るまで基地の周囲でも走っててもらえるか?」

 

 そう言って目の前で脅えている男の肩を叩くと任務のために近くの村へと向かった───。

 

 食料が手に入ったのは運が良かったと思う、何の肉を干したものかも分からなかったが今更食い物に何かを求めるつもりも無かった。半分ほど食べた所で残りは明日用に取っておこうと思ったが、また1人妙なのが来たことを思い出して舌打ちをする。

 

 いつも通り基地の正面から入らずに森林を通って基地に戻るとゆっくりとテントの中を確認してからため息をついた。今回の相棒は今までの中で最短記録を更新したかもしれない、中には誰も居らず初日に逃げ出したのだと呆れたを通り越して笑いそうになってしまう。

 

「隊長、おやすみなさい……」

 

 それだけ呟いて毛布に包まる。どれくらい眠れたのかは分からないが、ずりずりと地面を何かが這いずる音が聞こえて目が覚める。枕の下に入れているナイフを取り出してテントの外を見てみると1人の男が倒れていた。

 

「……何やってんだ?」

 

「帰ったなら連絡してくれても良いじゃないですか……」

 

「どういう意味だ? もしかして今まで走ってたのか?」

 

「隊長が帰って来るまで走ってろって言ったじゃないですか……!」

 

 その言葉を聞いて胸が締め付けられるような感覚になった。

 

「隊長って俺の事か……?」

 

「ええ、あなた以外に誰が居るんですか。 もしかしてこの部隊って僕が隊長だったりします?」

 

 なんて言葉を発したら良いのか分からないが、指示が無ければ日が昇るまで走り続けるような馬鹿の下に就くつもりもない。

 

「……せめて童貞の1つでも捨ててから大口を叩いて欲しいものだな」

 

「出会って1日で僕が童貞かどうかなんて判断できないと思いますが!?」

 

「その反応が童貞臭いんだよ。 テントに水と干し肉があるから食ったらしっかり休んでおけ」

 

 俺はそれだけ言って日課にしているジョギングへと向かった、間違いなくアイツは使い物にならないのは分かる。任務に連れて行けば足を引っ張るだろうし、それこそ本当に最短記録を更新するかもしれない。

 

「……俺が育てるしか無いよな」

 

 睡眠不足であまり体調も良いとは思えないが、いつもよりも足取りが軽いような気がした───。

 

「基礎体力はそれなりにあるみたいだけど、何かやってたのか?」

 

「僕は施設の出身なんですけど、軍の人が来てずっと訓練みたいな事をやらされていました」

 

「奇遇だな、俺も施設の出身だよ」

 

「奇遇も何も、この部隊ってそういう人しか入れないって聞いてますよ?」

 

 その時は2人で妙な話だなと思ったが、後になっていざという時に身元不明として日本とは無関係という形で切り捨てやすい人材を優先して送って来ていたらしい。もしかしたら隊長も何処かの施設の出身だったのかも知れないが、あの人はあまり自分の事を話す人じゃ無かったから結局何も分からなかった。

 

「そろそろ僕も任務に連れてってくれても良いんじゃないです?」

 

「やめとけ、怖くて夜寝れなくなるぞ」

 

「偵察任務ってそんなに大変何ですか?」

 

 俺が何をしているかはコイツには教えていない。俺が動けるうちは手伝わせるつもりは無かったし、運が良ければ手を汚す前に日本に帰れる可能性もある。

 

「何よりお前は近接格闘が弱すぎるからな……」

 

「銃の扱いならそこそこ自信があるんですけど、隊長ってあまり銃を使わないですよね」

 

「使えない事は無いんだが、なんとなく嫌いなんだ」

 

 俺自身ナイフの方が得意と言う理由が大きかったが、隊長の命を奪ったかもしれない道具を好んで使おうとは思えなかった。

 

「そういえば、食料ってまだ残ってたっけ?」

 

「レーションはまだあったと思いますけど、水がもう少しで無くなるはずですね」

 

「悪いんだが、今夜あたり陸軍から分けて貰って来てくれ」

 

「今夜も留守番確定ですか……」

 

 俺が直接軍に物資を分けて貰う所を見られるのはまずいと判断して、基本的に軍とのやり取りはコイツに任せている。大本営直属の部隊だと説明したら嫌な顔をされるが食料を分けて貰えることが分かってからは少しだけ生活にも余裕が出てきたと思う。

 

「俺から一本でも取れたら連れてってやるよ」

 

「……遠回しに連れて行かないって言ってませんかそれ」

 

「少しは賢くなったみたいだな」

 

 優しすぎる所が欠点、それは隊長の言葉だったと思う。本当に守ってやりたいと思うのであれば俺の近くに居させた方が良かったのか、それこそ夜の間は何処かに隠れて置けと指示を出して置けば良かったのか。きっとどちらの選択肢も良い結果には辿り着けなかったと思う───。

 

「ねぇ隊長、某国の暗殺者が暗躍してるって話本当なんですかね?」

 

「さぁな。 向こうもこっちも相当殺されてるって噂だけど、それが本当ならお前も気を付けろよ」

 

「どんな人なんですかねぇ……。 スパイ映画みたいな特殊装備とか持ってるんですかね?」

 

 きっとそいつは銃の嫌いな薬中のクソ野郎なのだろう。そんな言葉を口にしてみたくなったが、俺は現実を見ろと鼻で笑って走り始める。今日は任務も無いしたまには訓練に付き合ってやろうと一緒に基地の周りを走っているのだが、一緒に走る事が嬉しいのか先ほどから忙しなく色々な話題を口にしてきていた。

 

「隊長ってリンガとかタウイタウイとかにも行ったことあります?」

 

「たぶんあるんじゃないかな? 島の名前を意識するのは最初のうちだけだったからよく分からないな」

 

「ブイン、ショートランド、ラバウル、タウイタウイ、ブルネイ、リンガ……。 なんだか歴史を感じません?」

 

「歴史とかはあんまり興味無いかな」

 

 あまり興味の無い話だったために適当に流していたのだが、コイツは子供の頃から昔の艦が好きだったらしい。よく分からない艦の名前を次々に挙げられたが覚える事ができたのは長門や大和なんかの分かりやすい艦だけだった。

 

「そんなに艦が好きなら海軍にでも志願したら良かったんじゃないか?」

 

「志願した結果が今ですかね。 こっちで活躍して日本に戻れば海軍に入れるようにしてくれるみたいなんですけど、訓練ばかりじゃ僕の夢も叶わないかもなぁ……?」

 

 遠回しに任務に連れて行けとアピールして来ているようだったが、正直まだまだ使い物にならないと思う。後方偵察なんかを任せてみては良いのではと思うが、任務中の俺の姿を見てコイツが俺を軽蔑しないかって訳の分からない事を考えていた。

 

「そんな事よりも、陸軍から夜間警備を手伝えって言われてるんだろ?」

 

「食料と引き換えの対価ってやつですかね……」

 

「それだって立派な活躍だよ。 噂の暗殺者を発見、未然に阻止する事で上官の命を守った、こんなシナリオどうだ?」

 

「中々魅力的なシナリオですね……!」

 

 発見自体なら現時点でしているのだが、本人がやる気になっているのであればこれ以上俺が口を出す事も無いだろう。

 

「初任務、頑張れよ」

 

「任せてください!」

 

 俺にとっての初任務は民間人から石を投げつけられる事だった。コイツにとっての初任務は石なんて優しい物では無く得体のしれない兵器からの空襲。

 

 初めての部下を失った俺はその日からどんな人間が配属されても興味が無くなった。何人配属されて何人死んで行ったかなんて数えるのも馬鹿らしくなった頃に俺に国内への帰還命令。

 

 以上で海外派遣任務を終了とする。

 

「オー……。 中々バッドな内容でしたネー……」

 

「気付けば結構な時間が経ってしまいましたね……」

 

「そろそろ夜間偵察の準備でもしようかなぁ~」

 

 みんな思い思いの行動を取っているが、恐らく全員がこの事実を感じてどう反応したら良いか迷っているのだろう。

 

「解散前にもう1つ。 川内さんは知らないかもしれませんが例の湊さんからの連絡ですが、断っておきました」

 

「ん? 私の知らない所で何かあったの?」

 

「軽巡組では神通さんに連絡が言っているはずですが……」

 

 大淀は川内に連絡の内容を見せているようだったが、川内自身も何か引っかかることがあるようで表情を顰める。

 

「普段から那珂みたいにごちゃごちゃした連絡をしてるって訳じゃないけど、ここまで簡潔で無愛想なのって珍しいね」

 

「そうなんですよね。 何度か電話をしてみたり連絡を返したりもしているのですが、これっきり連絡が無いですし」

 

「まぁ難しいことは大淀に任せるかな。 金剛や妙高も断るって意見には賛成なんでしょ?」

 

 普段は夜戦夜戦とはしゃいでいる事が多い川内ですが、こういう所では妙に頭の回転が速いと思う。

 

「そうですね、私も金剛さんや大淀さんと同じように反対しています」

 

「チョーット怪しい臭いがするネー……」

 

 そんな事を話していると正門から車の入ってくる音が聞こえた───。


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