ガラクタと呼ばれた少女達   作:湊音

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過去と未来と(2)

 私は一体誰なのだろうか。そんな少し拗らせた子供が思うような事を私は真剣に悩んでいた。

 

「私は扶桑型二番艦、山城……? 扶桑型って……、姉様……?」

 

 頭痛と腹痛のせいで上手く考えがまとまらない。本当は誰かに相談した方が良いとは思っていたのだが、怖くて聞き出せなかった。

 

「怖い……」

 

 午前中に会った少女の事を思い出す。確か名前は『時雨』であっていたと思う。何故かは分からないけどとても大切に思えたし少女がそこに居るという事に安心感を感じていた。

 

「姉様、最上、満潮、朝雲、山雲……」

 

 思い出そうとする程に頭痛は酷くなる。でも私が私であるために忘れていてはダメな事なんだと思う。とても辛くて、悲しくて痛くて、苦しくて、でも大切な記憶。

 

「そういえば出掛ける時に鍵かけたかしら。 ……鍵? 何処の?」

 

 これは私の記憶なのだろうか。見知らぬ家がそこにあって小さな庭があって二階には小さな窓にはカーテンがかかっている。

 

「いつまでも隠せないわよね……」

 

 既に艤装を付けても海上に立つことはできないし、佐世保に居た時から感じていた違和感は徐々にだけど大きくなっていた。

 

「あなたはどうしたいの……?」

 

 私の中に居るはずの私に声をかける。返事が返って来ないのなんて分かっていたけれど、本当にこのままで良いのかを確認してみたかった。

 

「そう、いつまでも引きこもってちゃお姉ちゃんに怒られるわよ?」

 

 まだ体調はあまり良くないけど、少しだけ外の空気を吸いたくなったので私は着物を脱いで着替える。以前町に行った時に時雨や他の子供達が似合うと言ってくれたので買ったはずだけど1度も袖を通す事は無かった服だった。

 

「こんなに可愛いのに」

 

 町の方角へ歩けば途中で時雨と会うだろう、その時に相談してみようと思う。途中すれ違った子に散歩に行ってくると告げてからゆっくりと歩く。

 

「海の上を走り回るってどんな感じなの?」

 

 やはり話しかけても返事は無い、こうして独り言を言いながら歩くのはまずい気がして途中のバス停でベンチに座って待っていると沢山のトラックが目の前を通り過ぎて行った。体調的に少し厳しいのでここでこのまま時雨を待っていた方が良いかもしれない。

 

「……無理しちゃダメだって言わなかったっけ?」

 

「確か言って無いわよ」

 

「……怒るよ?」

 

 私を見つけて小走りで近づいて来た時雨は椅子に座っている私を見下ろすようにして機嫌を悪くしている。

 

「薬ってこれで良かった? お店の人に相談したら凄く丁寧に説明してくれたけど良く分からなかったかな……」

 

「大丈夫、あってるわよ」

 

 私は時雨から桃色のラインが入った箱を受け取ると近くの自販機で水を買って水と一緒に2錠口に含み飲み込む。

 

「さて、帰ろっか。 門限を過ぎたら怒られちゃうかもだし」

 

「ちょっとだけ話したい事があるの」

 

「誰かに聞かれるとまずい内容?」

 

 そう言いながら時雨は私の横に座ると大きく伸びをした。

 

「時雨って私の……、山城の事好き?」

 

「えっ!? ず、随分突然だね……」

 

「私でも変な質問してるって分かってるけど、答えて欲しいの」

 

「好き……、だけど」

 

 時雨は顔を真っ赤にしているけど、私の中のこの子に反応は無い。

 

「急にどうしたんだい?」

 

「上手く説明できないけど、私は山城じゃ無くなってきてるんだと思う」

 

「熱でも出てきた?」

 

「別にふざけて無いわよ」

 

 時雨が私の額に手を当て体温を確認しているのを見て溜息をつく。

 

「今の私って山城になる前の私なのかも」

 

「どういう意味……?」

 

「この前こっそり試したのだけど、もう海の上に立つこともできないみたい」

 

「そっか。 最近山城が山城っぽくないなって思う事あったけど、そういう事だったんだね」

 

 時雨は気付いていたのだろうか、なるべく山城の考えを大事にして行動してきたつもりだったのだけど。

 

「驚かないの?」

 

「驚いてるけど、山城にとってはそっちの方が幸せなのかなって思ったら納得したかな」

 

「どういう意味?」

 

「僕たちって目が覚めたらいきなりこんな感じだったし、不満に思ってる子も居るのかなって思ってたから」

 

 時雨はそう言って両手を前に伸ばすと手を閉じたり開いたりを繰り返す。

 

「僕も最初はこんな世界なら海の底で眠りたいって考えてた時期もあったけど、今は夕立も居るし湊教官の事も……、その……、嫌いじゃ無いし」

 

「そう、時雨はあの人の事気に入ってたものね。 一緒にお風呂入ったんだっけ?」

 

「そ、それはもう時効って事で……」

 

 あれから何度か私を含め他の人にもからかわれたせいか時雨自身とてつもなく恥ずかしい事をしたという実感が沸いて来たらしい。

 

「山城……、って呼んで良いのかな?」

 

「良いわよ、別に私自身がそう思って無くても時雨にとって私は山城でしょ?」

 

「うん、山城は山城かな。 少し前に今みたいに湊教官と並んで話をした事があってさ」

 

 時雨は足をぶらつかせながら空を見上げている。

 

「早く役に立たないとって焦ってたら心配させちゃったみたいでね、怒られると思ったら逆に謝られちゃったんだ」

 

「謝る? あの人が?」

 

 私の中であの人は我儘で自由奔放なイメージがある、それに時雨が焦って何かしてしまったのであれば怒る事はあっても謝る意味が良く分からない。

 

「頼りない教官で悪かったなって。 どう考えても悪いのは僕の方だったのに、怒られるよりもなんだか反省しちゃったよ」

 

「私も今度から時雨が何かしたらそうしようかしら?」

 

「山城がやっても効果は薄いかもね」

 

 時雨はクスリと笑うとその時の光景を思い出そうとしているのか目を閉じた。

 

「教官って普段は目付き悪いし機嫌悪そうに見えるけど、真面目な話をしてる時って凄く分かりやすいんだよ。 僕が泣いてるのを見てどうしようかって凄く慌ててるのも分かったし、良い事言ったなぁって時も顔真っ赤にしてるし」

 

「そうなの?」

 

「うん。 でも、だからこそ教官は本気で私たちの事考えてくれてるのかなって思えた」

 

「そう……」

 

「山城は湊教官の事嫌いだった?」

 

 これは私では無く山城に対する質問なんだと思う。私はどう返事をした方が良いのか悩んでしまったが正直に思っていた事を素直に言葉にしてみる。

 

「……嫌いじゃ無かったと思う」

 

 好きか嫌いかって答えるなら嫌いじゃ無いが私の中では正解だと思うし、好意よりも感謝しているって気持ちの方が大きい。

 

「そっか。 教官の事が嫌いだから艦娘を止めたって意味じゃ無くて良かったよ」

 

「でも少し苦手かも、ちょっと怖い所あるし」

 

「今のはどっちの山城の意見?」

 

「秘密って事で」

 

 予想していたよりも簡単に受け入れられてしまったけれど、下手に騒がれるよりは良かったのかもしれない。先にベンチから立ち上がった時雨の手を取ると私はゆっくりと立ち上がる。

 

「それじゃあ帰ろっか」

 

「そうね、門限もあるでしょうし少し急ぎましょう」

 

 1人で悩んでいるよりも時雨に話をして良かったと思う。薬が効いて来たのもあるとは思うけれど、体が軽くなったような気がする。

 

「あの車何かしら?」

 

「いつもの食材を運んでる車とは違うみたいだね」

 

 鎮守府の前に沢山の車が停まっているのを見て私と時雨は足を止める。

 

「様子がおかしくないかしら」

 

「なんだか静かだね……」

 

 いつもなら夕食の準備や出撃を終えた子達で賑わっている時間だったと思う。

 

「山城はここで待ってて、様子を見てくるね」

 

「大丈夫なの……?」

 

「何かあったらすぐに逃げて来るよ」

 

 私は茂みに隠れると時雨の後ろ姿を見送った───。

 

 

 

 

 

 

「夕立ー?」

 

 僕と夕立の部屋に戻っても夕立は居ない。

 

「大淀さーん?」

 

 いつも執務室に居るはずの大淀さんの姿が無い。

 

「金剛さーん?」

 

 今日の食事は金剛さんがカレーを作るはずだったが、食堂に姿は無い。

 

「……えっ?」

 

 執務室から正門の方角を見下ろしてみると、見たことも無い男の人たちが無線で何か連絡を取り合っているようだった。僕は訳も分からず見つからないようにこっそりと覗いていたがしばらくして男の人たちは迷彩柄のトラックに乗って去っていってしまった。

 

「あれって銃だよね……?」

 

 状況を理解するために精一杯思考を巡らせていると急に後ろから手を引かれ訳も分からず執務室のクローゼットに押し込まれる。

 

「静かに」

 

「だ、誰っ!?」

 

「湊さんの友人です! 今は静かに!」

 

 湊教官の名前を出され私は訳も分からずその指示に従う。少しでも状況を理解するために真っ暗なクローゼットの中で外の音を聞き取ろうと努力をする。

 

「どうだ、艦娘は居たか?」

 

「いえ、この部屋には何も」

 

「……そうか、撤収作業を開始するまでの間貴様はこの部屋で資料の回収を行え」

 

「了解しました!」

 

 会話の前に1度ドアの閉じる音が聞こえ、足音がした。会話の後に足音がしてドアの閉じる音が聞こえた。つまり僕を押し込んだ誰かと会話をした男が立ち去っていったと考えても良いだろう。

 

「もう良いよ、急にこんな所に押し込んでごめん」

 

「良いよ、それよりも何があったか教えてもらえないかな……」

 

 湊教官の友人だと名乗った男の人は岳と言う名前だという事を教えてくれた。僕も自分の名前を名乗る。

 

「鹿屋基地に居る艦娘は舞鶴へと向かうように大本営から指令が出ました、でもこの基地に居た艦娘はそれを拒否。 拒否は認められないって大本営の指示で僕たちが君たちを舞鶴へと強制的に連行する事になったって聞いてる」

 

「どうして拒否したの?」

 

「残念だけどその答えは持ってないかな。 むしろその理由を聞きたいのは僕の方なんだけど、何か心当たりとか無いかな?」

 

 呉や佐世保、柱島なんかの要請を受けて護衛任務や救援、偵察を受けているのは知っていたけど舞鶴からの救援は大淀さん達からも聞かされていない。むしろ湊教官を提督として迎え入れるためにその手の任務には力を入れていたはずなのだけど、大本営から直々の命令を断る理由が分からない。

 

「無い……かな。 この事は湊教……、湊司令官は知ってるのかな?」

 

「たぶん知らないと思う。 一応ここの責任者は湊さんのはず、命令を拒否したとなれば艦娘を強制連行する前に湊さんを呼び出して無理やりにでも命令を聞かせるはずですし……」

 

「何かあったって事で良いんだよね……?」

 

「間違いなくそうだね、もう少し気の利いた言葉をかけてあげたいけど正直嫌な予感しかしない」

 

「僕の艤装は?」

 

「艤装の運搬作業は専用車両が到着してからって聞いてるからまだあると思う」

 

 きっとここに残っていれば良くないことが起こる。それこそ僕まで捕まってしまえばこの現状を湊教官に伝えることができなくなる。

 

「お願いがあるんだけど……」

 

「……その内容は湊さんが怒らないって言うなら聞かないでもないけど」

 

「たぶん怒る……かな」

 

「じゃあ断るって言いたいけど、きっと君1人でもやるんだよね」

 

 僕はその言葉を聞いてゆっくりと頷く。

 

「艤装を付けて海に出ようと思うんだ、そのまま真っ直ぐ呉に向かう」

 

「その意見は反対させてもらうよ、君たちのおかげで少しは良くなったって聞いてるけど海にはまだ化け物が居るんだろう?」

 

「きっと大丈夫」

 

「何処からその自信は来るのか聞いても良いかな?」

 

 僕は目を閉じてゆっくりと深呼吸してから答える。

 

「自信なんて無いよ。 でも、ここには僕しか居ない、僕が湊教官に伝えなければならない、立ち止まってなんていられないから」

 

「……分かった。 でも1人で海を行くってのだけは認められない、他の方法を考えよう」

 

 岳さんは何か色々と考えているようだけど、正直に言ってしまえばこの瞬間すら惜しく感じる。

 

「ちょっと信頼できる人と連絡を取るよ、きっと理解はしてくれる人だから安心して欲しい」

 

 そう言って岳さんは無線を取り出すと誰かと連絡を取り始めた。相手のことを先輩と呼んでいたしそれなりに親しい間柄だとは思うのだが、どうしてもそれとなく本題を話すことに抵抗があるのかややもどかしい会話を続けている。

 

「ごめん、ちょっと代わってもらえるかな」

 

 一分一秒でも惜しいこのタイミングで相手の様子を窺っている暇なんて無い、ダメだと断られれば艤装を取りに行って海に逃げてしまえばこの人達は追ってこれないだろうし、始めから相手の様子を窺うなんて事をする必要なんて無い。

 

「僕をここから連れ出して呉へと送って欲しい、ダメならこの人はケガをするとか、酷い目に合うかもしれないよ」

 

 僕の中では脅迫のつもりだったのだが、殺すと言った単語を使う事はどうも抵抗があって少し子供っぽい言い方になってしまったような気がする。

 

『ふむ、ケガとか酷い目に合っちゃうのか。 可愛い後輩が酷い目に合うのは少し心が痛むな』

 

「ふざけないでくれるかな、僕は本気だよ」

 

『でもそれで行こうか。 最近岳も休みを取っていなかっただろうし、しばらく休暇をくれてやった方が良いかもしれないしな』

 

「どういう事かな?」

 

『詳しくは後で説明するよ』

 

 僕は無線の先の相手に名前を名乗る。本当に信用して良いのかは分からないけど、今は岳さんとこの人を信用するしか無い。それから僕たちはどうやって呉まで逃げるかという方法と山城に逃げて貰う方法を相談して作戦実行の時間を待つ。

 

「……本当に良いの?」

 

「あぁ、思いっきりやっちゃってくれ……!」

 

 僕の右手には拳銃が握られており、銃口は岳さんの方角を向いている。

 

「本当に良いのかい……?」

 

「あまり焦らされると覚悟が揺らぐから、できれば早く……!」

 

 正直に言うと覚悟が決まっていないのは僕の方だった、深海棲艦に砲を向けるのとは訳が違う。相手は人間なのだ、まさか人に照準を合わせる日が来るとは思わなかった。

 

「ご、合流地点は覚えているね? 撃った後どのルートを通って艤装を取りに行くのかとか!」

 

「う、うん。 大丈夫」

 

「じゃあ早く……!」

 

「後で絶対にお詫びはするよ、無事に合流できたらなんでも言う事聞くから……!」

 

「……それってちょっと役得?」

 

 僕は少し気の緩んだ岳さんに向かって引き金を引く。艤装の主砲よりも遥かに軽い衝撃で弾を放ったそれは僕の狙い通り岳さんの右の太腿に当たる。

 

「走れっ!! って、本当に痛いってこれ!!!」

 

「ごめんっ!」

 

 計画通り僕は岳さんを撃ってから廊下を走る、途中の窓から飛び出して茂みに隠れると銃声を聞きつけた男の人たちが執務室へと向かうのを息を殺して見届ける。

 

「ぼ、僕は大丈夫だから早く艦娘を追ってください!! 正門の方へ走っていきました!!」

 

 岳さんの声を聞いて今度は艤装を保管している工廠へと走る。銃声と岳さんの言葉で男の人たちは正門に集まっているのか工廠に人影は無く無事に艤装を装着する事ができた。

 

 後は海に出て合流地点へと向かい無線の相手と合流してしまえばこの作戦は終わる。

 

「動くな、静かにこちらを向け」

 

 後ろでカチャリといった金属音の後に男の人の声がした。

 

「大人しく言う事を聞けば無事に仲間の元へ送ってやる」

 

「……悪いけど聞けないんだ」

 

 咄嗟に足元に落ちていた工具を拾い後ろの男に向かって投げつける。男の拳銃から放たれた弾は艤装に当たり乾いた音を響かせたが、僕はそれを無視して海へと走った───。


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