「さて、出発するか」
「まだ眠いのじゃ……」
「車の中で寝てれば良いだろ」
「それはできん!!」
利根の検査が午前中に俺の検査が午後からだった事もあり丸一日利根と顔を合わせなかったが朝っぱらから無駄にテンションが高いようで少し安心したがややうざく感じる。
「交通事故には十分気をつけてくださいね、艤装も積んでいるので乱暴な運転も絶対ダメですよ?」
「あぁのんびり行くから安心してくれ」
到着時刻には十分余裕があるし、横須賀から呉くらいなら2度か3度程休憩を入れれば余裕だと思う。俺は明石さんから鎮守府の売店で売っている珈琲を受け取ると笑顔で答える。
「明石さーん! 工廠で呼んでますよー!」
「えっ? それじゃあ私は工廠に行きますね! またお会いしましょうね!」
手を振りながら走っていく明石さんと、それと入れ替わるようにやってきた男を見て利根が慌てて車に乗り込む。どうしてか利根はコイツが苦手らしく何かと避けようとする節がある気がする。
「これ、長旅の差し入れです」
「さっき明石さんからも貰ったよ……」
「それは一足遅かったみたいですね」
それでもせっかく容易してくれた珈琲を断るわけにもいかず受け取ることにする。
「それと1つお願いがあるのですが、途中で江田島にある訓練所にコレを届けてもらっても良いでしょうか?」
「随分と急だな」
「ええ、深海棲艦と艦娘について新しい情報が入りまして今後の訓練の参考にと」
俺は男からUSBメモリーを預かると胸ポケットにしまう。
「極秘資料になりますので、決して無くさないように」
「分かってるよ。 それじゃあ行ってくる」
「はい、お気をつけて」
俺は車に乗り込むと後部座席で隠れていた利根に声をかける。
「もう良いだろ、出発するからシートベルトを締めろ」
「う、うむ……」
先ほどまでのテンションが嘘だったように大人しくなってしまった利根にシートベルトを付けさせると適当にラジオの番組を探す。いくつか番組を回していると何処かで聴いたことがあるようなフレーズの番組を見つけて俺はハンドルを握りなおす。
「ちょっと寄り道することになったし、まだ眠いなら寝ていても良いぞ」
「うむ、そうする……」
さっきは車で寝るわけにはいかない!みたいな事を言っていたと思うのだが、ここまでテンションが下がるほどあの男の事が苦手なのだろうか。それから利根の寝息が聞こえてきたのを確認して明石さんと話していた事を思い出していた───。
「さて、ここから様子見ですかね」
舞鶴と大湊での準備は整った、湊さんも数時間後には目的の場所へ辿り着くことになるだろう。僕は現地に向かわせた部下からの連絡を待つために無線機の前に座りキーボードを叩く。
始めに動きがあったのは舞鶴、僕は急いでその時の状況を記録して行く。
「惜しい! すごく惜しい!!」
急いで軽巡洋艦天龍についての史実を調べ類似した内容を書き出す。
12月18日天龍と駆逐艦4隻による輸送船の護衛作戦の再現は8割り的中したと考えても良い。
「ここで沈まなかったのは駆逐艦の再現不足か? 輸送船がダミーだったという点か? それとも時期が悪かったのか?」
深海棲艦からの魚雷により天龍が大破、すぐに周りにいた駆逐艦が天龍を救助したようだったがこの一件はニューギニアでの護衛作戦と酷似していると考えても良い。
もう一箇所は重巡洋艦那智。
こちらの情報は実に興味深い、舞鶴周辺では空母は確認されていなかったのだが那智と駆逐艦を編成した部隊が深海棲艦の空母部隊と遭遇、那智が大破。
「やはり大湊のアレは偶然じゃなかったという事で間違いない……!」
他の場所でもそうだった、全て史実と同一にはできなかったがメインとなる艦と同艦種を並べることで史実の再現ができる。
そして数時間後に大湊から赤城大破の連絡が入る、続いて加賀、蒼龍、飛龍。
実に興味深い、恐らくは老害が以前の作戦の情報を持っていなければ全員轟沈していたと考えても良いだろう。
場所は真珠湾では無いが、北海道奪還のための『奇襲作戦』と言う点が状況を作り出してしまったのだろう。
「しかし轟沈まで行かなかったという点に関してはあの老害も『提督』としての素質があると考えても良いかもしれないですね」
始めは艦娘は深海棲艦に対する攻撃手段も乏しく兵器としての利用価値は無いと興味すら沸かなかった。
しかし呉の提督と陸軍からのゲストのおかげで深海棲艦と戦えるだけの十分なポテンシャルがある事が発覚した。
そこから僕の研究は始まった。
そして研究を進めて行くうちに2つの仮説を立てた。
1つは艦娘は状況を整えてやると史実を辿るという事。
これが艦娘という兵器の最大の欠点であり、深海棲艦との戦争で勝てない理由。
そこに反例を持ち出したのか呉や大湊の提督、鹿屋に配属された元陸軍の男。
艦娘が史実を辿ると言うのは分かっていることなのだが、現に赤城達が沈まなかったように一部の提督の指揮下では史実の再現を行っても結果が同一の物にならない。
「佐世保や舞鶴の提督は史実の再現に成功したと考えれば『提督』としての素質が無かったんでしょうねぇ」
日本は歴史的に敗戦国となってしまった。
1つ目の仮定通り今回の深海棲艦との戦争が史実を辿ると言うのであれば今回も敗北する事になる。
しかし、史実を覆す人間が居るとなれば話が変わる。
艦娘という兵器を使いこなす『提督』の存在があれば史実通りにはならない。
つまり日本は深海棲艦との戦争に勝つことができる。
仮に艦娘を使用する事ができないと結論が出ることも成果の1つになる。
いつまでも訳の分からない兵器に税金を注ぎ込むのでは無く他の有用な兵器へと切り替えるための材料となる。
逆に『提督』の存在で勝てるとなれば艦娘を増産して『提督』を増やせば良い。
どちらに転んだとしても日本と言う国を守るために必要な情報を生み出すことができる。
「7月28日から7月29日。 呉、江田島湾! 呉軍港空襲! 現在呉鎮守府近海では敵空母は確認されていない。 しかし、もしそれが現れたら? 利根が轟沈してしまったら?」
人為的ではあるが、今までの実験の中で最も状況の再現が整う瞬間だと思う。
「これで利根を史実から開放し、救うことができれば湊さんを『提督』として迎え入れることにしましょう……!」
僕は次々と無線から流れてくる情報を記録し続ける、戦艦金剛、駆逐艦叢雲、軽巡洋艦那珂。次々と大破報告を受けている艦の名前と史実を照らし合わせ自らの仮説が間違いじゃなかった事を証明していく───。
「ちょっと荷物を届けてくるけど、利根はどうする?」
「降りる……、座りすぎて腰が痛むのじゃ……」
「なぁ、利根って江田島の訓練所が何処にあるか知ってるか?」
「……此処は何処じゃ?」
俺の質問に対する利根の反応がおかしい気がする。
「何処ってそれが分からないから───」
「知っておる、我輩は此処を知っておる……」
利根は自分の頭を潰そうとでもしているのでは無いかと思える程の力で頭を抑えるとその場にしゃがみ込んでしまった。
「だ、大丈夫か!?」
「ダメじゃ……、すぐに逃げるのじゃ……」
「急にどうしたんだよ……」
その場で動かなくなった利根を車に乗せるとダッシュボードの中から携帯のものと思われる着信音が聞こえてきた。慌てて開けてみると壊れたと報告を受けていた俺の携帯が入っていたが通知するはずの番号は非通知となっていた。
「誰だ?」
『聞こえますか? 僕ですよ僕』
「詐欺師の知り合いは居ないはずだがな」
『冗談です、湊さんに1つ助言をと思いまして連絡したのですがそろそろだと思いますよ?』
まるで打ち合わせでもしていたのかと思うようなタイミングで島に設置されたスピーカーから警報が流れ始める。
「どういう事だ?」
『僕の仮説が正しければ江田島はもうすぐ深海棲艦からの空襲を受けます』
「……それで?」
どうしてそんな事が分かるのかと聞きたくなったが、このタイミングでそんな事を聞いても意味は無いだろう。
『利根さんはその空襲で大破着底しています。 それだけお伝えしておきますね』
「おいっ! 何をっ!」
男はそれだけ言い残して通話を切ってしまった。すぐに誰かに連絡をと考えたが飛行機ともヘリとも違う耳障りな音が頭上から聞こえ慌てて空を見上げる。
「何だよこれ……」
俺は縮こまって震える利根を再び車から降ろすと、無理やり艤装を装着させる。明石さんから艦娘は艤装を装着する事で敵からの攻撃をある程度緩和できると聞いていた。
「利根はここで隠れておけ、俺はすぐに住民を避難させてくる!」
「……っ」
車に乗せたままだと爆撃が車に当たりガソリンに引火なんて事もありえる。その事を考え近くの茂みまで利根を連れてくると少しでも空から見えないように近くの木の枝や大きめの葉を使って利根を隠す。
「それじゃあ行ってくる! 絶対に動くなよ!?」
俺は警報の音に混ざって聞こえてくる叫び声の方角へと走った。
「何だよこれ……」
少し坂を登った先では民家が黒煙を上げながら燃えている光景が見えた。
それはまるで過去の映像を再び見せられているかのような光景で無意識のうちに身体が動いていた。
空襲により穴の焼いた家から泣き声が聞こえる。
俺は慌てて家の中に飛び込むと瓦礫から手だけを覗かせている人間の前で子供が泣いていた。
「かあさ、母さんが……!」
「お前の母さんは俺が助けてやるからすぐに外に出ろ!!」
子供の腕を掴むと思いっきり玄関の方角へと放り投げる。
まだ燃えている柱の下に手を差し込み全力で持ち上げるが数センチも動かない。
しかしその数センチから見えた光景に俺は柱を離すと玄関へと向かう。
「母さんはっ!?」
「……すまない」
俺の返事に先ほどよりも声を荒げて泣き出した子供を抱えて家の外に出る。
「決して炎には近づくな、建物の中も危ない。 茂みに隠れてじっとしてろ」
「でも母さんが……」
そんな子供の言葉を振り払うようにして俺は再び走り出した。何件も民家を回り助けることができた人間の倍以上の数の死体を見つけた。髪は焼け両手は痛みを通り越して感覚が無い、元々見えなかった左目はどうでも良かったが右目にも煤か煙が入ったのか霞んで見える。
「た、助けてくれぇ~!」
「待ってろ! すぐ行く!」
助けを求める男の声を聞いて海岸へと向かう。元々は海水浴場だったのか整備された砂浜には海豚の化け物がずりずりと砂の上を這うようにして進んでいた。声の主はホテルから逃げ遅れてしまったのか、窓から上半身を乗り出しているようだったが後ろには炎が見える。
「すぐにい……くから……」
そして俺の目の前で海豚の化け物が放った砲弾により男の居たホテルの一室は跡形も無く消えてしまった。
俺は道路に落ちていた鉄パイプを拾う。
口の中の砲から煙を上げている化け物にゆっくり近づく。
化け物は俺に気付いたのか砲をこちらに向けてくる。
俺は一気に化け物に近づくと砲の中に思いっきり鉄パイプを差し込んだ。
その瞬間目の前は真っ白になり体に浮遊感を感じる。
そして背中に強烈な痛みを感じた後には空が見えた。
「……もう良いか。 疲れた」
ベチャベチャと肉塊がアスファルトに落ちて行く音を聞きながら俺は目を閉じる。
「約束、守れなかったな」
目を閉じた暗闇の中では様々な光景が流れて行く。
行き成り少女に脛を蹴られた事から始まった。
「あれは地味に痛かったな」
前髪ばかり気にしてる軽巡が居た。
「あの拘りは結局何だったんだ」
あの4人組みは妹ができたようで少し懐かしさを感じて嬉しかった。
「喧嘩してなけりゃ良いけど」
頭が良いくせに不器用な長女と妹達も居た。
「紅茶を飲む約束守れなかったな」
調理室から煙が上がっていたのは本気で焦った。
「結局カレー食ってないな」
雨の中走り続ける馬鹿も居たな。
「無茶してなければ良いけど」
泣き虫な妹と姉達も居た。
「いつも謝ってたな」
夜戦夜戦煩い姉とその妹達。
「結局アイツの夜好きは何だったんだろうか」
愚痴ばかり言ってる戦艦も居たな。
「人の事を変人呼ばわりしやがって」
友人だと思っていたら艦娘だった人も居た。
「普通気付かないって」
泣き顔が不細工な空母も居た。
「俺が死んだらまた泣くんだろうな」
人の金で飯食ってる2人組も居た。
「そういえばツケそのままだな」
無愛想な先輩と騒がしい後輩の2人組。
「仲良くやってんのかねぇ」
機械いじりが大好きな艦娘も居た。
「もう少し色々聞いてみたかったな」
思い返せば色々な人と出会い色々な艦娘と出会うことができた。
「……それじゃあ少し寝るわ」
空からは耳障りな音が聞こえてくる、俺は身体の力を抜くと大きく深呼吸をしてその瞬間を待つ。
「わ、我輩ならここに居る! 狙いは我輩なんじゃろう!」
待っていてもその瞬間は来なかった。それどころか俺の命令を無視して出てきた馬鹿が居るらしい。
「もう負けはせぬぞ! 今度は! 今度こそは絶対に負けてやらんのじゃ!」
どうにか首だけ声のする方向に向けてみると海の上を駆けながら上空へと砲撃を繰り返している利根の姿が見えた。
「もう二度と此処だけは失いたく無いのじゃ!!」
一機、二機と深海棲艦の艦載機が海へと落ちて行く。
「カタパルトは直らなくても良いから! 今はこの島を! 人を守れるだけで良い!」
七機、八機と艦載機を落として行くうちに不思議な歓声が聞こえてきた。
島の住人が利根を応援しているのだろうか。
「おねえちゃんがんばれー!」
「次が来るぞ! 気をつけろー! あー惜しい! もうちょい右!」
「わし等は無事じゃから! わし等の事は気にせず化け物を退治しとくれ!!」
痛む身体がいう事を聞かないせいでその光景を見ることはできないが、きっとこの光景が彼女達が居るべき世界なんだと思う。
「任せておけ! 我輩が来たからにはもう大丈夫じゃ!!」
そんな利根の言葉からどれくらい経っただろうか。
歓声も小さくなりどよめきが聞こえているような気がする。
「直撃だと!? この程度では吾輩は沈まぬ!」
最初に比べると利根の砲撃音が明らかに減ってきている、残弾が少ないのか砲がやられたのかは分からないがそろそろ限界なのかもしれない。
「我輩は……、また守れぬのか……?」
その瞬間空に空に大量の火花と白煙が舞い上がった。
「呉第一戦隊、戦艦長門! 現時刻を持って江田島方面の救援活動に参加する!」
「同じく戦艦陸奥、救援活動に参加するわね」
姿を見ることはできないが心の中でやっと知っている艦が来たなとどうでも良い感想を抱く。
「頑張ったわね、ここからは私達が引き受けるから下がっておいて良いわよ」
「我輩は……、守ることができたのか……?」
「ええ、あなたが居なければ間に合わなかったもの」
「胸を張るが良い、貴艦の活躍には胸が熱くなった」
呉所属と言っていたが呉の提督が江田島の様子に気付いて救援を送ってくれたのだろうか。
「み、湊教官!!」
何処かで聞いた声とこちらに駆けてくる音を聞こえたと思うと目の前に泣きそうになった時雨の顔が見えた。
「……少し寝るから、適当に病院にでも運んでおいてくれ」
「えっ!? ちょっと!? 湊教官!?」
焦げた両手に感覚は無いが、それ以外の身体中が痛む。身体が痛むという事は生きている証拠だし少しくらい眠っても大丈夫だろう。そんな訳の分からない理屈を考えながら騒ぐ時雨を無視してゆっくりと目を閉じた───。