「金剛お姉さま、準備はよろしいですかっ!?」
「だ、だだだ大丈夫デース!!」
「ちょっと、あんた達緊張しすぎじゃない?」
これから演説を行う金剛が緊張しているのは理解できるけど、どうして比叡まで緊張しているのかが分からない。私は大きくため息をつくと窓から外を見下ろす。
「結構集まってるわね。 折角ここまで来たんだから、しっかりやりなさいよ?」
「わ、分かってマース! 叢雲も寝てないデショウ? 少し休まないと目の下に隈ができてマスヨ」
「今日までの報告書を慌ててまとめたのは流石に疲れたわね」
私はそう言って大きく伸びをすると部屋から出て廊下を歩く。鹿屋の提督が居なくなってから一年が経った。管理者不在の鎮守府に艦娘を遊ばせておく訳にはいかず、所属していた艦娘は各地の鎮守府に移動する事になった。
「長かったわね。 これからアンタが見たかった世界が始まるのよ」
私は海風で痛んだ写真を眺めながら呟くと、大きなモニターの前に置かれた椅子に腰かけてゆっくりと目を閉じて金剛の演説を聞くために集中した───。
「本日は私達のためにこのような場を設けて頂いた事を深く感謝していマス。
私は『金剛型一番艦、金剛』デス。
皆様の御父様や御爺様と共にこの国のために命をかけて戦った艦の魂が私の中にありマス。
私だけでは無く、艦娘と呼ばれる私達全員が同じようにこの国のため、国民のために戦った艦の魂を受け継いでいマス。
この放送を見て下さっている方の中には『艦娘』という言葉よりも『欠陥兵器』や『ガラクタ』と言った言葉の方が馴染みがある方も多いかもしれマセン。
ここで少しだけ話は変わりマスガ、そんなガラクタと呼ばれた私達の元に一人の教官がやってキマシタ。
不愛想で、厳しくて、目付きが悪くて。
とても暖かい人デシタ。
その人は私達に色々な事を教えてくれマシタ。
戦い方だけジャナイ、珈琲の入れ方や料理のやり方。
遊び方だってソウ。
中には銀蠅の方法を教わった艦娘も居マス。
その人は教官という立場から、私達のために『提督』になろうと言ってくれマシタ。
その人の活躍は呉や大湊に所属している方ならご存じかも知れマセン。
デスガ、その人は鹿屋に帰ってくる事はありませんデシタ。
一年前の大規模な防衛線を忘れた方は居ないデショウ。
国民を守るために多くの人が亡くなったと聞いてイマス。
その人もその中の一人デシタ。
その人の仇を討ちたい。
そんな思いが全くない訳ではありマセン。
ですが、その人は私達がそんな小さな目標のために努力していると知ったら悲しむ事は理解していマス。
私達はこの国を守り、平和な海を取り戻す。
突如として現れた怪物と戦うために生まれマシタ。
だけど、私達艦娘はただの兵器ではありマセン。
嬉しい事があれば笑い、恐ろしいと感じれば震え。
悲しいと感じればこうして涙を流しマス。
私達には『心』がありマス。
その心を誰かと通わせる事、それが私達の力になりマス。
その人はその事を身をもって教えてくれマシタ。
各地に居る艦娘が少しずつ戦果をあげているのはご存じの方も多いデショウ。
皆顔を合わせれば嬉しそうに自分たちの提督について話してくれマス。
私達は皆様を信じていマス。
だから皆様も私達艦娘を信じて下サイ。
たったそれだけで良いのデス。
亡くなった方のためにも、これから生まれる命のためにも。
皆様と同じ気持ちを私達も持っていマス。
だからこそ、私達は力を合わせ、互いに心を通わせ……
暁の水平線に勝利を刻みマショウ!」
画面の向こうで見慣れた少女が頭を下げると、歓声と拍手が聞こえる。
「おい、モニター消してくれ」
「あら、自分で切ったら良いじゃないですか」
「……嫌味か?」
俺が形だけの義手を振ってみせると女はとてつもなくめんどくさそうにしながらモニターを切った。
「前々から気になってたんだが、なんでお前が居るんだ? 俺の存在って機密扱いになったんじゃないっけ?」
大規模な深海棲艦の襲撃に疲弊した国を活気づけるため、大本営は『命をかけて国民を守った英雄』という美談を作った。結果としていい方向に転がっているので文句を言うつもりは無いのだが、その結果俺は生きているのに死んだことになっているという訳の分からない立場になってしまった。
「あら? 言わなかったかしら。 私も元艦娘って事でかなりの機密扱いよ?」
「なんだ、艦娘辞めたのか」
「こうしてあなたの面倒を見なくちゃいけないのは不幸だわ……」
「英雄様の面倒を見ることができるなんて光栄に思え」
俺の言葉に苛ついたのか元山城はこちらに水の入ったペットボトルを投げようと振りかぶったが、流石にミイラ男と肩を並べることができる状態の俺に罪悪感を感じたのかペットボトルは飛んでこなかった。
「はぁ……、本当に不幸だわ。 それより、いくら機密だって言っても軍に所属してない訳だし、こっそり生きてる事を伝えた方が良いんじゃない?」
「あぁ、大丈夫だろ。 たぶん何人か気付いてる奴はいると思う」
そう言って俺は腹の上で乾パンのカスをこぼしながら笑みを浮かべている饅頭顔を見る。
「これからどうするの?」
「さぁ? 新しい戸籍は大本営が用意してくれるみたいだし、明石が作ってる義手が完成したら適当に考えるかな」
「提督はもう諦めたの?」
俺は少しだけ考えるが、提督を目指すにしてももう少しほとぼりが冷めてからの方が良いだろう。
「少しだけ外の世界を見て回る事にするよ。 提督になるのはそれからだ」
「教え子を放置するなんて教官失格なんじゃない?」
「そう言うなって。 元山城もちゃんと連れて行ってやるから」
「何その呼び方……」
きっとこれからは少しずつ少女達の状況も良くなっていくだろう。だけどその道は決して優しい事ばかりでは無いと思う。何かあった時に手助けをしようにも今の俺じゃ色々と不足している部分が多い。
「お互い名無し同士丁度良いじゃないか。 旅に出るのも良いが、まずはうちの教え子を雑に扱う提督をぶん殴れる程度には身体を治さないとだな」
「そうね、いい加減介護も疲れてきたわよ……」
「あっ、喉が渇いたから珈琲入れてくれ」
「……お断りします。 というか、なんだか前と性格変わって無いかしら?」
「色々と吹っ切れたからな」
きっと少女達はこれから色々な人間や提督と関りを持ちながら活躍していくだろう、きっと良い人間も居れば悪い人間も居る。
「少し表情が柔らかくなったわね」
「包帯まみれのこの格好で良く分かるな」
「なんとなくよ」
それでもきっと、少女達なら良い提督の元に配属されるような予感がする。
「ちょっと疲れたから少し寝るわ」
「随分急ね。 おやすみなさい」
「……あぁ、おやすみ」
少女達だって完璧じゃない、砲撃を外すこともあれば大破するだってあるかもしれない。だけど、そんな少女達を大切にしてくれて愛してくれるそんな提督がきっと居る、不思議と妙な確信を持ったまま俺はゆっくりと目を閉じた───。