ガラクタと呼ばれた少女達   作:湊音

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「死ぬほど疲れたわ」

 

「それは私の台詞よ……」

 

 本来身体を休めるべき入渠施設でのやり取りによってミナトと山城の2人は施設の補修工事を行った以上に疲労感に襲われていた。

 

「それよりもあの子なんだか妙ね」

 

「あの子って大井の事か?」

 

 ミナトの問いかけに山城は頷く。宿泊用にと与えられた部屋の中でベッドに横たわる2人は互いに顔を見合わせないまま会話を続ける。

 

「猫被ってるわね」

 

「そりゃあ初対面だし、そんなもんなんじゃないか?」

 

「なんて言えば良いか分からないけど、女の勘かしら。 あんたもできるんじゃないの?」

 

「俺は男だって……」

 

 長い時間入渠していたせいか、また少しベースになった艦娘に近づいたミナトは身体がどれだけ変わっても心だけは男のままで居続けようと内心堅く誓う。

 

「というか、あんたって地毛は黒だったわよね?」

 

「あぁ、染めたことも無い」

 

「生え際茶色いわよ……」

 

「……1つ気になったんだが、協力してくれた艦娘って?」

 

 詳しくは明石と大淀しか分からない事だが、山城が知っている限りでは鹿屋基地に居た艦娘が協力的だった。その中でもなるべく駆逐艦のような幼い子達ではなく重巡洋艦や戦艦の子が進んで協力してくれていた。

 

「……ミナトデース」

 

「何、頭でもおかしくなったの?」

 

「言ってみただけだ、気にするな」

 

 それなりにミナトの事を心配していた山城だったが、そのふざけた様子を見て近くにあった枕を思いっきり叩きつける。確かに鹿屋基地に居る艦娘で髪の毛が茶色だった子は金剛型の一番艦と二番艦くらいしか思いつかなかったが、あまりにも似て無さ過ぎて我慢できなかった。

 

「なぁ、山城って扶桑型だったよな?」

 

「ええ」

 

「やっぱり姉に会いたいのか?」

 

「どうなのかしら」

 

 山城の曖昧な返答には理由があった。山城自身は今更誰かにあった所でと思っていたが、『扶桑』という単語を聞いて微かに胸の中が暖かくなるような感覚がある。

 

「北上を探していたようだし、見つけてやれないかな」

 

「どうやって? 海の中でも潜るのかしら?」

 

「俺の荷物に書類入ってるから見てみろよ」

 

 山城はめんどくさそうにミナトが持ってきた鞄の中を漁ると封筒を見つけて中身を確認する。

 

「何よこれ、私聞いてないわよ?」

 

「手が空いたらで良いらしい。 艦娘と多く触れ合った俺だから見分けが付くんじゃないかってさ」

 

 書類の内容は適正のありそうな子を徴兵してもらいたいという内容だった。建前上は拒否権の無い徴兵という言葉を使っていたが、ミナトなら本人にその気が無ければ適当に誤魔化すだろうという呉の提督の考えだった。

 

「赤紙の代わりをするって事なのよ? 意味分かってるの?」

 

「分かってるよ。 無理強いしたって碌な戦力になりはしないんだから、なりたいって子以外に渡すつもりは無いよ」

 

 山城は不安だった。ミナト自身が気づいているのか分からないが、艦娘として勧誘するという事は少女を戦場へと送り出すという行為。つまり一部の人間にとって死神と代わらない行為を押し付けられたという事を。

 

「なぁ、山城って今は艦娘になる前の記憶があるんだよな?」

 

「ある……、けど。 何よ?」

 

「なんで艦娘になったんだ?」

 

「何だって良いじゃない。 あんたこそ何で軍隊になんて入ったのよ」

 

 鹿屋基地に居た頃にそれとなく時雨から聞いた記憶もあるが、肝心な所は教えてくれずに適当に流されてしまった事を思い出した。

 

「孤児院育ちの俺は軍隊に入るしか無かったんだよ。 それしか生きる方法が無かった、正しくはそのために生かされていたんだと思う」

 

「私も似たようなものよ」

 

「そういう事だよ。 誰もお国のために死ねって言ってる訳じゃない、自分が生きたいから、自分の知っている誰かに生きていて欲しいから。 そういう子じゃないと俺たちみたいな仕事はやっていけないだろ」

 

 山城はミナトの面倒を見始めて1年以上が経つが、少しだけ昔の面影が見えた。意識が戻ってからは何かが吹っ切れたように子供染みた態度を取ることが多くなっていたが、根っこの所は変わっていなかったらしい。

 

「ねぇ、1つ聞いていいかしら?」

 

「1つだけだぞ」

 

「今の私は防御力も速力も全く無いの。 それどころか私自身が艦娘なのか人なのかも分からない。 それでも、そんな今の私でも期待してくれているのかしら?」

 

 2人の間に沈黙が流れる。それがミナトの答えなのだと諦めようと思った山城の耳に規則正しい寝息が聞こえてきた。

 

「もしかして寝たの!? 大切な話をしている時に!? 本当に……、本当に不幸だわ……」

 

 山城は寝返りをうって顔の見えなくなったミナトの耳が赤くなっていることに気付いて小さく微笑むと、ミナトに毛布をかけて部屋の照明を消した───。

 

 

 

 

 

「それでは出発しましょうか」

 

「「はーい」」

 

 ミナトと山城は大井、綾波、敷波の3人の後ろについて歩く。本来であれば今日も訓練の予定だったのだが、先日の雨と風によって島内で土砂崩れ等の被害が出ていないかを見て回るというのが今日の課題だった。

 

「私たちの事を理解してもらおうための活動として呉の提督さんの提案なんですよ?」

 

「なるほど、良いと思いますよ」

 

 こうした艦娘の活動は日本の様々な場所で行われていた。艦娘の特性上内地の活動は苦手だったが、海上であれば海の上を動けるという点でかなり重宝されていた。

 

「綾波と敷波は陸路を、私は海岸沿いに一周してきますので決して失礼のないように」

 

「ん? この子達は歩きなの?」

 

「まだ航行訓練も基準値に達してませんので、今日は基礎体力作りもかねて陸路ということで」

 

「なるほど、じゃあ2人ともよろしく頼みますね」

 

 ミナトは綾波と敷波の元気の良い返事を聞いて歩き始める。先日の雨のせいで足元がぬかるんでいたりと病み上がりのミナトには少し厳しい状況だったが、バランスを崩しそうになるたびに山城が背中を引くという微笑ましい光景が繰り広げられていた。

 

「ミナトさんって体力無いんですね」

 

「本土ではどのような事をなされていたんですか?」

 

「ん~。 基本的にはデスクワークかな……?」

 

 生まれて初めて言われた体力が無いという言葉に傷つきつつもミナトは2人の質問に答える。

 

「提督になるつもりなんだけど、どうしても勉強し直す事が多くてね」

 

 嘘をつく場合には適度に本当のことを混ぜたほうが良い。その方がボロが出辛いという経験からそれとなく2人に情報を与える。

 

「女性の提督って珍しいよね?」

 

「そうですね、私たちが艦の頃には考えられない事でしたね」

 

 それから雨の被害を確認しながら4人は歩き続ける。その間ひたすらミナトが綾波と敷波から質問攻めにあっていた───。

 

 

 

 

 

 大井は考えていた、昨日来た客人は一体何者なのだろうかと。とても綺麗な人だという事は一目見て分かったが、何処と無く普通の人とは違う何かを感じていた。

 

「おっと、任務に集中しなきゃ……」

 

 任務中に余計なことを考えるのは本来ありえない事である。特に大井の立場上綾波や敷波の見本となる立場である以上はどのような場所でも気を抜かないほうが良い。大井は気を引き締めなおして周囲の状況を確認していたが、ふと1人の少女が砂浜に立っている事に気付いた。

 

「雨上がりは波も高くなっていますので、砂浜には近づかないようにしてくださいね~?」

 

 大井にとっては何度も繰り返したことのある言葉だった。しかし、何度も繰り返しているはずなのだが、注意を促すように声をかけた少女は見たことが無かった。

 

「んあ? 大丈夫大丈夫、アタシ泳ぐの得意だからさ」

 

「海をあまり舐めないほうが良いですよ? 泳ぎが得意な人だって離岸流に巻き込まれれば戻って来れなくなるんですよ」

 

「ふーん、詳しいんだね」

 

「えっ、あの。 艦娘ですし……?」

 

「へぇ。 艦娘ってはじめて見たけど思ったより普通なんだねぇ」

 

「ふ、普通……?」

 

 会話のペースを乱され続ける大井は戸惑っていた。少女の衣服はあちこちボロボロになっていたし、履いている運動靴も泥だらけで踵が捲れそうなほど磨り減っていた。

 

「あなたは一体?」

 

「ちょっと肩貸してもらって良い? あっ、もしかして艦娘って陸に上がれなかったりする?」

 

「いえ、上がれますけど……」

 

 大井は缶の出力を落とし惰性で砂浜に近づくと踵を起こすようにして砂浜へと上がる。その様子を面白そうに見ていた少女だったが、大井が近づくと肩に手をかけてケンケンの応用で片足のまま海に入っていった。

 

「うわぁ……、やっぱ沁みるねぇ……」

 

「何をしているんですか?」

 

「ちょっと崖から落ちちゃってさ、こういう時って冷やせば良いんじゃないっけ?」

 

「がっ、崖っ!?」

 

 慌てて大井は少女を抱き上げる。冷やすのは打撲をした時によくある応急手当だが、沁みると言った以上は何処かに傷があるのかもしれない。そんな状態で海に入れば最悪細菌感染に繋がる恐れがあった。

 

「おぉ、艦娘って力持ちなんだね」

 

「え、えぇ。 艤装を装着している際は通常の人と比べて……、じゃなく大丈夫なんですかっ!?」

 

「んー、なんかアレな感じかなぁ」

 

「あ、あれですか……?」

 

 会話が上手く繋がらないことに苛立ちを覚えつつも大井は綾波の持っている無線に連絡を入れる。このまま大井が海上を運んでも良かったが、何かあったのであれば下手に揺らさないほうが良いとの判断だった。

 

「大げさだねぇ」

 

「あのですね、今は大丈夫だと思っても頭の損傷なんかは後から来たりするんですよ? 骨折だって早めに処置しないと変にくっついたり、肉に刺さったりする事だって……」

 

「……まじ?」

 

「まじです」

 

 その後大井と少女は歩いてきたミナト達と合流して少女をミナトに預ける。

 

「うわっ、すっごい綺麗な人じゃん。 お姉さんも艦娘なの?」

 

「私は違うよ。 どうでも良いけど背中で暴れるのやめてくれないかな……」

 

 少女はミナトに背負われていたが、ミナトの顔が見たいのか覗き込むように動き回っていたため落ちそうになるたびに山城が少女の背中を支えていた。

 

「私たち先に戻って連絡してきますね。 一般の方の訓練施設にはお医者さんが居たと思いますので、そちらに連れてきて下さい」

 

「分かった、よろしく頼むよ」

 

 走っていく少女2人の姿を見送りながら大きなため息をついた。背負われている少女もその様子に気付いたのか、わざとらしい愛想笑いを浮かべる。

 

「で、何で艦娘が人の振りしてるのか説明してもらって良いかな?」

 

「ありゃ、やっぱり気付いてた?」

 

「まぁ、これでも提督目指してるもんでね。 山城、修復剤をかけてやれ完治とまではいかないが痛み止めくらいにはなるだろ」

 

「良いの? 様子を見る限り脱走したみたいだけど、動けるようになったらどうするのか分かんないわよ?」

 

「陸上なら相手が艦娘でも取り押さえることくらいはできるよ」

 

 流石に艤装を装備した状態の艦娘であればどうもできなかったが、完治した訳でもなく疲労した様子が演技で無ければミナト1人でも取り押さえることくらいは可能だった。

 

「お姉さん強いんだねぇ」

 

「まぁね。 正直に話してもらえればこのまま振り落としたりもしなくて済むんだけど、どうかな?」

 

「脱走兵にも優しいってどうなの?」

 

 山城は文句を言いながらもミナト用の修復剤の入った試験管の蓋をあけると、少女の足にかける。しかし、思っていたよりも効果は薄く皮膚表面の赤みが薄れる程度だった。

 

「やっぱりこの量じゃダメなのかしら」

 

「んー。 アタシってまだ正式な艦娘じゃ無いからじゃないかな?」

 

「どういう意味?」

 

「アタシってまだ正式配布される艤装を付けた事無いんだよね。 最終調整ってのをやる前に逃げてきちゃったからさ」

 

 少女の話を聞いた2人は頭が痛くなった。本人は好奇心で艦娘になる道を選んだらしいのだが、自分が戦艦じゃないという事が分かって艦娘に興味がなくなったらしい。

 

「山城、頭痛止め」

 

「無いわよ……」

 

「あはは、ごめんねぇ……?」

 

「何にせよ甘ったれた考えなら艤装を持てても艦娘になる適正は無いからどうせ最終調整で落ちるだろ」

 

 ここが江田島である以上は逃げ出したのは呉の鎮守府からなのだろう。好奇心やなんとなくなれたからなる、そんな気持ちでこの先生き残れるとは思っていなかったミナトはどうやって呉の提督に現状を伝えるかを考えて居たがふとひらめく。

 

「山城、手を」

 

「何よ」

 

 唐突にミナトは山城に向かって右手を差し出す。訳も分からない状態だったが、握手を求めているのだと分かった山城は嫌々自身の右手を伸ばす。

 

「ふむ、今日も元気そうだな」

 

「何が言いたいのよ」

 

「次」

 

 今度はミナトの背中にいる少女へを手を伸ばす。少女も山城と同じように訳が分っていなかったが、その手を取った。ミナトの右手に伝わる体温は氷でも触っているのではないかと思えるほど冷たく、それを察したミナトは鼻で笑った。

 

「なんだ、適当なこと言ってるだけで本音はそっちかよ」

 

「な、何さ……」

 

「私にも分るように説明しなさいよ」

 

 ミナトは大湊で会った浮き沈みの激しい性格をした少女の事を思い出していた。自身が不安になった時、落ち込んだとき。少女の手は決まって冷たかった。人にも言えることだが、感情というものは身体に大きく影響を与える。艦娘の場合は顕著にその様子が出ていた。

 

「適正艦種は重巡かそれ以下か? 空母系でも無いだろうな」

 

「うん、軽巡洋艦だった」

 

「戦艦になりたかったんじゃなく、正しくは死ぬのが怖くなって逃げ出しただけだろ」

 

 これから呉の鎮守府に引き渡されるのではと不安になっている可能性もあったが、なんとなくミナトは背負っている少女にカマをかけてみる。

 

「すごいね、提督ってそんな事も分るんだ」

 

「まぁね。 もう1つ当ててやろう、背負われてると安心するだろ」

 

「ん~……。 うん、なんとなく安心する気がする」

 

 ミナトは横須賀で出会った少女の事を思い出す。何かあればすぐに膝の上に乗ってきたし、昼寝の時には腕を枕にさせろと言ったり身体的な接触を好んで求めていた。それは艦が係留された状態に似た状態になるというのがその時の結論だったが、少女も恐らくそうなのだろう。

 

「なりたくなければ無理にならなくても良い。 厳しい言い方をするなら、そういう子が混ざると他の子が死ぬことになるからな」

 

「……、そうなの?」

 

 黙って頷いたミナトと山城を見て少女は黙り込んだ。

 

「呉の提督には私から話をしておくから、安心して良い」

 

「うん、ありがと……」

 

「所で、あんたの艦種が軽巡ってのは分ったけど艦名はなんだったの? 軽巡でも阿賀野型とかだったら重巡に引けを取らないくらい良い艦よ?」

 

 少女は少しだけ思い出すような素振りを見せた後に呟いた。

 

「球磨型軽巡洋艦3番艦、北上だったかな」

 

 その答えを聞いて2人の頭痛は更に激しくなった。北上とは大井が会いたがっていた艦である。その艦に適正のある少女が艦娘になることを破棄しようと言っているのだ。この事実をどう説明すべきなのかは呉の提督に少女の事を伝えるよりも難易度が高かった───。

 


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