ガラクタと呼ばれた少女達   作:湊音

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手についたあの男の汗が気持ち悪い。

服に染み付いたこの臭いで吐き気がする。

周りのみんなは私の事を裏切者だと罵倒するかもしれないけど、

今の私にはこんな事でしか妹達を守ることはできない。

助けて欲しいと毎日祈った。

逃げ出したいと何度も考えた。

それでも、妹達を駆逐艦達のような目に合わせてしまう可能性を考えると

必死で涙を拭って笑顔の仮面を被るしか無かった。


鎖と少女達(2)

「さて、どうしたものか……」

 

 暁型の4姉妹を阿武隈と叢雲に任せて執務室へと戻った俺は大きくため息をついた。室内は空き巣にでも入られたのかと思える程に散乱しており、まさに足の踏み場もないという言葉が相応しい程になっていた。

 

 手の届く範囲の資料をかき集め、どうにか机までの道のりを確保する。椅子に腰かけると電話を手に取り、元上司に連絡を入れる。軍の管轄が違う以上は詳しい情報は聞けるとは思えないが、少なくともここで部屋を片付けているよりは有意義な情報が手に入ると判断したからだった。

 

「こちら鹿屋基地の湊です、中将に確認したいことがあって連絡させていただきました」

 

 電話の先の女性が「少々お待ちください」と回答してから、30秒程で目的の人物と繋がった。

 

「どうした? もう根を上げたのか?」

 

「根を上げたと言えばそちらに戻してもらえるんですか?」

 

「……要件は何だ?」

 

 一応管轄の違いもあり、下手な事を話せば機密漏洩に関わると考え、事実と虚実を適当に織り交ぜながら先ほどの出来事を説明していく。

 

「貴様も命令違反をした部下に謹慎を与えることがあっただろう? 何の問題があるんだ?」

 

「まぁ、そう言われてしまうと身も蓋も無いのですが……。 俺が来る前にここを管理していた者の情報とか無いですかね?」

 

 艦娘という存在がどこまでに公にされているのか分からない以上、新兵を部屋に監禁したと説明してみたが上手く伝わっていないのかもしれない。

 

「儂からは教える事はできんが、海軍の知り合いの連絡先を教えてやるからそちらに聞いていると良い」

 

 電話越しに告げられた名前と連絡先を適当な資料の裏にメモをする。

 

「教える事はできないという事は、ある程度は知ってたって事ですよね? 事前に説明して頂けているともっと上手く立ち回れたんですけどね」

 

 少しの間無言が続く。最初は誤魔化していたようだが、墓穴を掘ったなと腹の中で笑ってやる。

 

「……生意気な口を利くようになったものだ。 実家を思い出して機嫌でも悪くなったのか?」

 

「ええ、ガキの御守りなんて施設に居た頃以来ですよ。 それじゃあ、連絡先ありがとうございました」

 

 向こうに音が聞こえるように乱暴に受話器を叩きつける。とりあえずは聞いた連絡先にかけてみる。呉鎮守府と言われたが、海軍基地の最前線と呼ばれている場所に俺なんかが取り次いでもらえるか不安になったが、いざとなれば元上司の名前を使ってでも取り次いでもらおう。そんな事を考えながら再び受話器を手に取った───。

 

 

 

 

 

「あたし的にはOKですけど、ちょっとデリカシーが足りないと思う……」

 

 暁達を入渠させた後、阿武隈さんとアイツの事について話をしていると、夕立、時雨が合流してなんとなく今後について話し合う事になった。

 

「夕立は怖いけど良い人だと思うっぽい!」

 

「僕も夕立と同じ意見だけど、直接話した訳じゃないしまだ信用はできないかな」

 

「叢雲ちゃんが1番話をしてるみたいだけど、どう思う?」

 

 阿武隈さんに話を振られ、腕を組んで考える。正直第一印象は良いとは言えなかった。それでも先ほどの一件を考えれば、少なくとも私達を『兵器』として扱っている様子は無いと思う。

 

 前任が居なくなり、その間に鍵を見つけて暁達を助けようという話はこの基地に居る駆逐艦達で考えた作戦である。本当はすぐにでも事情を話して助けてもらいたかったのだが、実行に移さなかったのはあの姿を見て私達の扱いを誤った方向に勘違いされると困るという意見が出たためだった。

 

「良くも悪くも、アイツは無知なのよ。 艦娘についてだってここに着任するまで知らなかったみたいだし、なんであんな奴が送られてきたのかしら……」

 

「じゃあ今のうちに私達の事を教えるっぽい! そうしたらきっと優しくしてくれるっぽい!」

 

 口癖だから仕方がないのだろうが、「ぽい」ではダメなのだ。本当に私達の事を理解してくれるのかどうか、もしかしたら私達を騙すために演技をしている可能性だって捨てきれないのだから。

 

「思ってる事はちゃんと言葉にした方が良いよ? あたし達全員の問題なんだから、叢雲ちゃんだけが悩む必要は無いからね」

 

 時々阿武隈さんは異常に鋭い時がある。普段は頼りないとしか思えないけれど、時折見せる真剣な表情は、私達駆逐艦を率いる軽巡洋艦なのだと自覚させられる事がある。

 

「僕は信じてみたいと思う。 もしかしたら艦の記憶がそうさせているのかもしれないけど、そうしないと始まらないと思うんだ」

 

 時雨の言葉に全員が黙ってしまった。人を信用したいと思う気持ちは確かにあった、個人差はあるのだけど私達の中の艦の記憶が協力して戦うのだと訴えてきているんだと思う。そんな事を考えていると、食堂の扉が勢いよく開かれた。

 

「おい! ガキ共が居ねぇぞ!?」

 

 飛び込んできたのは天龍さんだった。暁達が目が覚めた時に不安になるとまずいからと入渠施設で待ってくれているはずだったが、話の内容を聞いて私たちは一斉に席を立った。

 

「まずいわね。 脱走したとかだったら下手したら解体もありえるわよ!?」

 

「憲兵さん達に見つかる前に、あたし達で先に見つけましょう」

 

「夕立は正門に向かって、僕は桟橋を見てくる」

 

 私達は食堂を飛び出すと暁達の捜索へと向かった。結果から先に言えば、彼女達4人は執務室で発見された。

 

「で、アンタは何やってんのよ……」

 

「何って、コイツらがじゃれてくるから……」

 

 汗だくとなった私達は呆れたような視線を向けて大きくため息をついた。阿武隈さんは服のあちこちに埃がついているし、時雨は髪がボサボサになっている。夕立に関しては木にでも登ったのか木の葉が頭の上に乗っていた。

 

「頭をなでなでしないでよ!もう子供じゃないって言ってるでしょ!」

 

「暁もそう言っているし、代わりに私の頭を撫でてもらっても構わないよ」

 

「じ、順番って約束したはずなのです!」

 

「みんなちょっとは落ち着きなさいよ! 電は順番飛ばししない!」

 

 暁達がこんなにはしゃいでいるのは初めて見たと思う。元気になったのは良い事だと思うけれど、状況が上手く理解できない。

 

「いい加減離れろって! 叢雲の顔がどんどん不機嫌になってるだろうが!」

 

「はわわわ、怒っちゃったのです!」

 

「君達。 いい加減にしないと、怒るよ?」

 

 時雨の一言に室内の温度が下がってしまったのでは無いかと錯覚する。暁達だけじゃなく、何故か隣に居る夕立まで怯えちゃってるし。少しの沈黙の後、阿武隈さんが事情を教えて欲しいと場の空気を変えた。

 

「一人前のレディとして、お礼は言わなきゃダメだと思って……」

 

「私も暁と同じだ」

 

「そうそう、お礼はちゃんとしないとね」

 

「みんなと同じなのです!」

 

 事情は分かった、なんというか慌てた私達が馬鹿みたいじゃない。全員同じ事を考えていたのか、肩を落として複雑な表情を浮かべている。

 

「ところで、君達とは初対面だよな? 良かったら名前を教えてくれないか?」

 

「僕は白露型駆逐艦、時雨。 隣にいる夕立の姉になるかな」

 

「白露型駆逐艦、夕立よ。 時雨の妹っぽい!」

 

 なんというか、この男は本当に分からない。先ほど信用できるかどうか話し合っている時は、私達を油断させるための演技かと疑っていたが、そんな事が馬鹿らしく感じる程にマイペース過ぎる。

 

「阿武隈は軽巡洋艦だったよな、他の子は全員駆逐艦だけど他の艦種は居ないのか?」

 

「居るわよ、まだ様子見してるみたいだけどね。 アンタの事を信用できるまではどっかで監視でもしてるんじゃない?」

 

 確かに重巡や戦艦の人達も居るのだけど信用できるまでは過度な接触は行わないという人達ばかりだ。私達よりも年上だからか、前任の事もあり軍の関係者をまったく信用していない。

 

「なんというか複雑な気分だな、この子達の事を考えると仕方がないのかもしれないけどな。 それと、ついでだから伝えておくけど、明日から訓練を開始するから0600に桟橋に集合する事」

 

「夕立海に出れるっぽい!?」

 

 一番に反応したのは夕立だった。正直に言えば私だって久しぶりに海の上を走れるのかと考えたら胸が高鳴るのを感じる。

 

「あぁ、そろそろ本格的に君達の事を知りたくなったからな。 艦娘なんだから陸上よりも海上の方が良いだろ?」

 

「そんな勝手な事して良いの? 海に出るなら私達は艤装を付けるのよ、アンタ自分が撃たれるとかそういう心配しない訳?」

 

 前任の男は私達の反抗を恐れて一部の従順な子にしか艤装を装着させていなかった。従順と言うよりも、あの女を除いては面倒を起こしたくなくて嫌々でも従って居ただけなのだけど。

 

「……もし俺目掛けて撃ってきたら罰として執務室の片付けさせるからな」

 

 コイツはそう言って部屋の隅に乱雑に山積みにされた資料を指差した。中には『機密』と書かれた印鑑の押されたものもあるのだが、何があったのだろうか。

 

「でも2人余っちまうか、旗艦は阿武隈で良いとしても駆逐艦7人じゃちょっと多すぎるな」

 

「僕は待機で良いよ、暁達をバラバラにするのは可哀そうだし、夕立は久しぶりに海を走る事を喜ばしく感じてるみたいだしね」

 

 時雨が私達に気を使ってなのか、訓練を辞退してくれた。本当は時雨も久しぶりに海に出たいと思っているのは残念そうな表情を見れば一目瞭然だった。

 

 後一人は誰が我慢するか残った私達は互いに視線を重ねたが、なんとも辛そうな表情を浮かべている子が多かったため、渋々私も辞退する事にした。

 

「私も別に待機で良いわよ……」

 

「分かった。 でも、一応時雨と叢雲も時間になったら艤装をつけて桟橋に来てくれ。 それと……」

 

「ところで、夕立達はアナタの事をなんて呼べば良いっぽい?」

 

 夕立が話を遮るように手を上げて発言した。その言葉に全員がハッとした表情でコイツに視線を集める。私は出会った時に名前を聞いているし、ここに着任した理由も聞いているので気にしていなかったけど、コイツは人に名前を聞くばかりで自分自身の紹介をしていない事を思い出す。

 

「そういえば自己紹介してなかったな、俺は湊。 階級は少佐でこの基地には教官として新兵を鍛えてやって欲しいって要望で着任してる」

 

「みなと少佐ですか、私達にぴったりの名前なのです!」

 

「たぶん電が考えてるのは『港』の方だな、残念ながら漢字は違うぞ? 意味は一緒なんだろうけど、さんずいに奏でるって書いて湊だ」

 

 そう言って証明書を電に見せている。それを後ろから暁達が覗き込もうとしているので、電が「重いのです!」と言って悲鳴を上げている。

 

「一人前のレディは、見た目で人を判断しないんだからね!」

 

「頭がいがぐりみたいなのです!」

 

「教官さん、悪い事でもしたっぽい?」

 

「あたし的にはNGかなって……」

 

「さすがにこれは、恥ずかしいな」

 

 証明書の写真は坊主頭に軍服という、正直お世辞にも見た目が良いというものでは無かった。

 

「髪の事には触れないでくれ、今はこうして伸びてるだろ……。 当時は色々あったんだ」

 

「大丈夫、雷は髪型や目つきで人を嫌ったりしないわよ! それに、叢雲や天龍さんみたいに目つきが悪くても良い人だって居るもの!」

 

 雷の一言に私、阿武隈さん、時雨、夕立が固まった。確か天龍さんも暁達の捜索を行ってくれているはずだ。時計を見ると執務室で発見してから1時間近くが経っている。

 

「アンタ達! 天龍さんを探すわよ!?」

 

 暁達の手を引き執務室を飛び出す。結局天龍さんを見つけたのは日が沈んで辺りが真っ暗になってからだった───。




7/10 誤字を発見したので修正しました。

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