ガラクタと呼ばれた少女達   作:湊音

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話だけでもしてみようと執務室に向かった私は扉を開ける事ができなかった。

扉の向こうから聞こえてくるのは男の人の怒鳴り声。

怖いと感じてしまった私は腕に力が入らず、ドアノブすら回すことができなかった。

しかし、耳に入ってくる怒鳴り声は今までのような批判や中傷などでは無く、私達を擁護するような意味の単語が多く聞き取れた。

彼はどうして名前も知らない私達のために、怒ってくれているのだろう?

考えても考えても答えは出なかった。

私は姉さん達のように強くも無いし、思った事を口にする事もできない。

何かあればすぐに謝って逃げ出してしまう。

今もこうして扉の1つも開ける事ができない。

『あの子達は兵器なんかじゃない』そんな言葉が扉の向こうから聞こえてきた。

もしかしたらこの人なら私達の事を分かってくれるのかもしれない。

そう思い勇気を出して扉を開けようとしてみるが、足音がこちらに近づいてくるのに気づいて私は逃げ出してしまった。

明日、いや明後日、まずは挨拶からしてみよう。

そう執務室から遠ざかりながら私はそう思った。


笑顔の仮面(1)

「電ちゃん近すぎるっぽい!」

 

「はわわ、急に言われても止まれないのです!」

 

海の上を走る少女達を見ながら、持ってきた資料に目を通す。主に航行や陣形の重要さについて長々と書いてあったが、その中から護衛向きと書かれている輪形陣を基本に単縦や単横に切り替えるように阿武隈に指示を出しておいた。

 

艦娘としての基本と書かれているが、素人目に見ても少女たちの動きはぎこちなく時折互いにぶつかりそうになっている所を叢雲や時雨にフォローをしてもらいどうにか維持できているようだった。

 

「基本って書かれている以上は、できないとまずいのかねぇ……」

 

正直に言えば訓練をすると言ったものの、海上で行う訓練や戦闘の知識は乏しく今こうして自分自身が学んでいる状態である。

 

「響ちゃん前に出すぎですぅ! もっと周りを見てくださいぃ!」

 

「すまない。 でも、流石に遅すぎると思うんだ」

 

どうにも航行に慣れている子とそうでない子で大きく差がついてしまっているようで、まずは慣れてない子を優先に訓練して言った方が良いのかと考える。これが陸上であればいくらか指導する事もできるが、そもそもどうやって少女達が海の上を浮いているのかすら分からない以上はなかなか口出しし辛い問題だった。

 

資料を閉じると、無線機を手に取り全員に一度集合するようにと指示を出す。俺の声が届いたのか、全員がこちらに戻ってきているようだったが恐らく陣形を単縦に切り替えているのだろうが、蛇が蛇行しているかのようなフラフラとした足取りだった。

 

「だ、第一水雷戦隊、阿武隈。 帰還しました!」

 

「あぁ、堅苦しい事は今は良いよ。 それで、久しぶりに海上に出た感想を聞かせてもらえるかな?」

 

「すっごく気持ちよかったっぽい!」

 

元気よく感想を発言した夕立の頭を時雨が軽く小突く。ある程度察しの良い子達は自分達の不甲斐なさに叱られるのでは無いかと表情を暗くして俯いてしまっているようだった。

 

「阿武隈、輪形陣の目的を説明してみろ」

 

「主力や護衛対象を中央に位置させて周囲の護衛艦が全方位に索敵を行って……」

 

資料に書かれている内容と同じことを説明し始めた阿武隈の言葉を「長い」と一言告げて遮る。

 

「分かりやすく言えば、中央に居る艦をみんなで守るって意味だよな? 響は周りが遅いと言っていたが、その言葉は本当に正しかったのか?」

 

「そ、それは……。 すまない……」

 

叱るべき場所で叱っておかないと示しがつかないのだが、相手が屈強な野郎では無く少女の姿だからなのか落ち込む表情を見ると妙な罪悪感に襲われる。

 

「電は何度か他の子に衝突しそうになってたよな。 もしそれが戦闘中だったらどうなる? 自分が狙われるだけじゃなく、衝突した相手も危険な目にあってしまうかもしれないんだぞ」

 

「ちょっと、言い過ぎじゃない!」

 

雷が俺の言葉に反論があるようだったが、その言葉を無視して各自の目立った欠点を言葉にしていく。確かに最初は叱られているという事もあり俯き気味だったが、話し終える頃には全員の視線が俺に集まっていた。

 

「アンタ、もっと適当な奴だと思ってたけど、意外としっかりと見てるのね」

 

「うん、僕や叢雲は外からフォローをしていたけど概ね教官と同じ意見だ」

 

指導の内容など付け焼刃としか思えない程度だったが、ここまで高評価をしてもらえるとなんだか複雑な気分になる。理由を聞いてみたがそもそも前任はこうして訓練を見ることが無く、誰かに訓練の内容について指導されるのは初だったらしい。

 

「後は、もう少し体力をつける必要があるな。 どういう理屈で進んでいるのかは分からないが足元のソレに振り回されているような気がした」

 

そう言って艤装と呼ばれる装備の足元部分を指差す。現にこちらに戻ってきた際に大きく肩で息をしている子や、今も膝が笑っているようで立っているだけで辛そうな子も居る。全て話し終えた後は、休憩をしながらでも良いので1200までの残り1時間程度を先ほどと同じ内容で訓練するように指示を出す。

 

「叢雲は俺と一緒に執務室まで来てくれ」

 

「……分かったわよ」

 

海から再び陸上に戻ることが残念なのか、叢雲はあまり良い表情では無かった───。

 

 

 

 

「で、要件は何?」

 

「そう力まずに楽にしていてくれ。 もう少し君達の事を知りたくてな、ただの雑談だと思ってくれて構わない」

 

そう言って叢雲を椅子に座らせると、机の上に『駆逐艦 叢雲』と書かれた資料を広げる。資料にはかつて日本のために戦った艦の経歴や、艦娘として生まれ変わった少女の経歴が書かれている。

 

「初の着任は横須賀、そこで命令無視等の問題行動を起こして鹿屋基地へと転籍か。 ここに書かれていることは間違い無いか?」

 

「何よ……、言いたい事があるならはっきり言いなさいよ」

 

「いや、別に責めている訳じゃないんだ。 命令無視を行う理由があったんだろ?」

 

俺の言葉に叢雲は苦虫を嚙み潰したような表情で机の上の資料をじっと見ている。まだ付き合いは浅いが、なんとなくコイツが理由も無しに命令を無視するようには思えなかった。

 

「向こうじゃ私は睦月型の子と4人で偵察任務ばかりやってたのよ。 偵察中に敵と遭遇、こっちは気づくのが遅れて1人が艤装に被弾、海に浮かんでいるのもやっとの状態になった」

 

叢雲の話を聞きながら先ほどの訓練の様子を思い出す。他人のフォローに回れるほど余裕があったのは前の鎮守府で航行経験が多かったからだと納得がいった。

 

「私は無線で撤退するように要求した。 でも返ってきた答えは戦闘を継続、敵を殲滅しろって、だけど私は傷ついた子を連れて帰還してやったの」

 

叢雲の取った行動は人命優先と捉えれば多少は処罰は軽くなっただろうが、艦娘が兵器として扱われている現状を考えると、頭の固い爺共にはそんなのは理由にならないと切って捨てられるのだろう。

 

「一応言っておくけど、私は誰かを犠牲にするような作戦には従うつもりは無いわよ」

 

「従いたくなければ従わなくても良い。 その代わり、従わないならもっと上手くやれるようになるんだな。 無線の調子が悪く聞き取れなかっただとか、そういった事にも頭を使えるようになると良い」

 

俺の返答があまりに予想外だったのか、鳩が豆鉄砲を食ったように何度も瞬きをしながら俺の顔を覗き込んでいた。

 

「あんたって、軍人よね……? 陸の軍人ってそんな適当なの……?」

 

「俺の昔の隊長の口癖なんだが『どうせやるなら上手くやれ』って言葉がある。 命令違反やギンバイだってそうだ、バレなきゃ問題無い。 その代わりバレないように必死で頭を使え、その方が命令に従うだけの兵士よりも良い兵士が育つんだってよ」

 

実際俺の周りではそういった連中の方が出世が早い気がする。確かに勤勉さも重要なのだろうが、それだけでは要領の良さまでは学ぶことはできない。誰かの上に立つ人間というのは大体がそれなりの狡賢さを備えていると思う。

 

「バレた結果があの坊主頭って訳?」

 

叢雲は大きく溜め息をついた後、先日話題となった俺の昔の髪型について話を切り替えてきた。

 

「自慢じゃないが、二十歳を超えてからその手の類で指導を受けたことは無い。 あれは俺の部隊にちょっかいかけてきた野郎をぶん殴ったら、自分よりも階級が上だったって不運な事故の結果だ」

 

「ふふっ……、本当に馬鹿ね」

 

この基地に来て初めて叢雲の笑顔を見たような気がする。機嫌の悪そうな顔もコイツらしいとは思うが、やはり女の子である以上は笑顔の方がこちらも得した気分になる。

 

「正直まだ俺がここに来た理由ってのは分からない、教官として働けって言われて来たが俺が君達に教えてやれる事なんて限られていると思う。 だからこそまずは君達と正面から向き合って俺のできることを頑張ってみるつもりだ」

 

「あんたが真面目な話なんて……、雨でも降るのかしら?」

 

「そう茶化すなよ。 まぁシンプルに言えばこれからよろしくなって事だ」

 

なんだか恥ずかしくなって頭をかきながら叢雲に告げる。それを見た叢雲は意地の悪そうな表情を浮かべたまま右手を差し出してきた。

 

「まぁ期待はしないわよ。 こちらこそよろしく、『湊教官』」

 

叢雲の言葉にこちらもニヤリと意地の悪そうな表情を浮かべて見せる。軽く握手を交わした後は、時計が1200を指していたので訓練中の少女達を誘って昼食にする事にした───。

 

 

 

 

 

「艦娘って大変なんだな……」

 

基本的に味に選り好みをするタイプでは無いと自分では思っていたが、口の中にある固形物を俺は絶対に美味しいとは認められない。口の中はパサパサに乾燥しており、水を多めに口に含むことで無理やり固形物を飲み込む。

 

「流石にもう慣れたっぽい!」

 

「僕も夕立と同じかな、毎日食べてたら嫌でも慣れるよ」

 

全員でテーブルを囲んで謎の固形物を頬張る。正直艦娘と言えど、女の子なのだからそれなりに簡単な食事くらいはできると予想して居たのだが、昼食だと手渡されたのはギッシリと中身の詰まった乾パンの缶詰だった。

 

「他に何か食べる物とかは無いのか……?」

 

「あまりお勧めはしないけど、ちょっと臭う缶詰とかなら」

 

「あ、あれだけは無理っぽい!」

 

乾パンを水で流し込みながらも、ここでの食事事情について軽く雑談をする事ができた。この基地では期限切れの近い非常食や、試作品(失敗作)なんかが定期的に輸送されており、少女達はそれで飢えを凌いでいるらしい。

 

「まぁ捨てるコストを考えれば、不味くても食べてくれる奴等に配った方が有意義だからな……」

 

「たまには美味しい物が食べたいっぽい……」

 

阿武隈や暁達の表情を伺うが、乾パンを食べる表情はとても暗い。そんな中噂の臭う缶詰を食べている叢雲だけはやけに満足そうだった。

 

「なぁ、それって美味いのか?」

 

「気になるなら食べてみれば良いじゃない」

 

一口だけ分けてもらった俺は、この劣悪な食事環境を整えることを第一に考えようと固く誓った───。




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