ガラクタと呼ばれた少女達   作:湊音

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新しく来た人はとても良い人っぽい!

前の人みたいにうるさくないし、叩いてくる事も無い!

暁ちゃん達の事は本当に感謝してるし、久しぶりに海の上を走れてとっても楽しかった!

いつもは黙って食べてるご飯も、あの人が居るだけで少しだけ美味しく感じた。

もっともっと仲良くなれば、みんなで楽しく過ごせるようになるっぽい!


笑顔の仮面(2)

 昼食を終えて俺は少女達に午後からは基地の周りを軽く走るように指示を出した。休憩を交えながらで良いから各自目標の周回を必ずするように告げたが、予想以上に少女達の返事が良く複雑な気持ちになってしまった。

 

(俺だったら適当に流して終わるが、ちょっとあの子達は素直過ぎるかねぇ)

 

 1人になった俺は適当に基地の中を散策し、古びた釣り竿を見つけたのでなんとなく桟橋から釣り糸を垂らしている最中だった。昼食の事もあるが、もう少ししっかりとした物を食べたいという思いからだが、1時間経っても未だに釣果はゼロだった。

 

(町まで距離があるし、あの人数分の買い物を行おうとしたら最低でも荷物持ちが必要か……)

 

 艦娘達があまり長距離移動できないようになのか、軍用車は一台も無く唯一使えそうだと思ったのが木製のリアカーぐらいだった。

 

「ヘーイ! あなたが新しい提督ですカー?」

 

「悪いが、俺は提督じゃない。 考え事してるから要件があるなら後にしてくれ」

 

 後ろから胡散臭い訛り方をした話し方で声をかけられる。正直食事の事もそうだが、今後の訓練の事や暁達のように前任のせいで変なトラウマを持ってしまった子の対応についても早めに対処しておかなければならない。

 

「うー……なかなかつれない人ネー。 そんな所も素敵ですヨー!」

 

「うるせぇ、釣れなくて悪かったな! 気が散るから話しかけるんじゃねぇ!」

 

 罵声と共に振り返ると、後ろには巫女服を改造したかのような服装の女が立っていた。年齢的に考えれば阿武隈や天龍よりも上だろうか?少なくとも子供って感じではないと思った。

 

「やっとこっちを見てくれましたカ! 私は金剛デース、ヨロシクオネガイシマース!」

 

「だからうるせぇって、魚が逃げるだろうが!」

 

 今まで出会った艦娘達が割と大人しめという事もあったのだろうが、金剛と名乗った女のテンションが妙に苛立たしく感じる。

 

「……えっと、これくらいのボリュームで大丈夫でしょうカ?」

 

「で、要件は何だ」

 

 指示した通り声は抑えたようなので、仕方がなく要件くらいは聞いてやることにしよう、俺はまったく当たりの無い釣り竿を片付けながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

「実は一目惚れしてしまいましタ! だから私も訓練に参加したいのデース!」

 

「そうか、じゃあその辺でも走ってろ」

 

 なんというか、胡散臭さが半端ない。急に会って一目惚れしたと言われても何一つ信用できない。前任の事を考えると、雑に扱われていた艦娘達がこうも容易に誰かに心を開くというのも考えられない。

 

「も、もう少し一緒にお話しするとかできないのデスカ……?」

 

 なかなか自分のペースに巻き込めないせいなのか、表情がやや引きつっているように見える。どこかでボロを出すだろうし、ここはわざと彼女のペースに乗ってみた方が良いのだろうか?

 

「それもそうだな。 君の艦種は何なんだ?」

 

「英国のヴィッカース社で建造された超弩級戦艦デスヨ!」

 

 戦艦という単語に少し興味を惹かれた、もしかしたら俺の悩みが一つ解決するかもしれないと思い質問を続ける。

 

「戦艦って事は強いのか?」

 

「もちろんデース! 駆逐艦や軽巡と比べれば火力は桁違いネ! スピードだって高速戦艦と呼ばれた私に隙は無いヨ!」

 

「あぁ……、金剛。 俺は君を待っていた、是非とも協力してくれ。 手始めに町にデートに行こう!」

 

 俺の言葉に一瞬だけだが、金剛は口元を歪ませたような気がした。しかし、そんな事は無視して先ほどリアカーが置いてあった倉庫へと適当な雑談をしながら向かう。

 

「こ、これはどういう事か説明して欲しいデース……」

 

「喋ってる暇があったら歩け」

 

 俺達は今町へと向かって歩き続けている途中だった。俺がリアカーを引き、金剛がそれを押すという形となっている。

 

「デ、デートって言ってませんでしたカ……?」

 

「男と女が2人で出かければ全部デートだ。 俺は嘘はついていない」

 

 戦艦は火力がある、速度も問題は無いと公言したのはコイツだ。俺が食料の運搬で悩んでいる所に彼女の登場はまさにベストタイミングであった。基地に向かう途中で海側の町に人が居ない事は確認できていたし、本格的に人の居る場所で向かおうと思えば山の1つでも超える覚悟が必要だと予想していた。

 

「駆逐艦の子達にこんな重労働させる訳にはいかないからな、我慢してついてこい」

 

「こんなはずじゃ無かったのニー!」

 

 それから2時間ほど歩き、どうにか人気のある場所までたどり着くことができた。初めにクーラーボックスをいくつか購入し、それなりに保存の効く野菜類や、冷凍された肉や魚なんかを購入して回る。

 

「次は米だな、座ってないでさっさと行くぞ」

 

「まだ歩くのデスカ……? もう疲れましたヨー……」

 

 金剛を立ち上がらせようと右手を伸ばしたが、ほんの少しだが彼女の体が震えたのが分かった。少しだけ間を空けて彼女は俺の手を掴み立ち上がった。

 

「米を買ったら、調味料や缶詰を買って終わりだ」

 

 今まで陸上で訓練をしてきた俺だってかなりの疲労している、シャツは汗で色が変わってしまっているし、何度も重い荷物をリアカーに乗せているせいか体のあちこちに痛みを感じている。それほどの重労働のはずなのだが、金剛はどのタイミングで見ても笑顔でこちらを見ていた。

 

「これでフィニッシュ?」

 

「あぁ、終わりだ。 少し休憩したら基地に戻ろう」

 

 リアカーに山積みにされた荷物が崩れないように紐で縛る。俺は金剛に近くのベンチで座って待つようにと指示をすると、先ほど見つけた店へと向かう。目的のものを購入して遠目でベンチに座っている彼女の様子を伺ったか、やはりきつかったのか辛そうな表情を浮かべていた。

 

「あっ、おかえりなサーイ! やっぱり一人は寂しかったヨー!」

 

「これを食べたら帰るぞ」

 

 店で買ったアイスクリームを金剛に手渡す。俺は彼女の横に腰かけると、缶コーヒーのプルタブを開けて中身を口に含んだ。

 

「ワオ! とっても美味しいデース!」

 

「それは良かった」

 

 先ほどまでは辛そうな表情だったが、俺が金剛の視界に入ると再び彼女は笑顔でこちらに手を振っていた。最初から感じてた胡散臭さはこのせいだったのかもしれない。

 

「無理に笑う必要無いからな」

 

「……何のことですカー?」

 

 金剛のアイスクリームを食べる手が止まる。

 

「そのまんまの意味だ、別に俺の機嫌取りをしたって何の得も無いぞ」

 

「……機嫌取りなんてしたつもりないネー」

 

 俺は無言で彼女に手を伸ばす。咄嗟の事に驚いたのか金剛は手に持っていたアイスクリームを地面に落とすと、警戒するように両手を胸の前へと移動させた。

 

「嫌なら振り払えば良いだろ?」

 

「さ、触ってもイイけどサー、時間と場所をわきまえなヨー!」

 

 暑さもあるのだろうが、汗が金剛の頬を伝っているのが見えた。恐らくはこれが彼女なりの生きていく手段だったのだろう。目的は分からないが彼女は人間に嫌われることを恐れているのだろう。

 

「俺は前任とは違う。 正直に話してくれるなら落としたアイスの代わりを買ってやらない事も無い」

 

「……そんな子供みたい……な……」

 

 じっと金剛の眼を見つめていると、彼女は黙ってしまった。

 

「……紅茶が良いデース」

 

「自販機ので良いか?」

 

 俺の回答に少し悩んだようだったが、彼女は小さく頷いた。俺は待っていろと言ったが、金剛は黙ったまま俺の後をついてくる。自販機に小銭を入れ、ボタンのランプが点灯したのを確認して、好きなのを押せと目で合図する。

 

「紅茶好きなのか?」

 

「この基地に来るより前はよく姉妹達でティータイムを開いていマシタ。 私達は戦艦としての役割を与えられて、周りからはとても期待されていた分だけ自由が与えられていましたのデ……」

 

 正直知識の無かった俺は、軍艦の中に駆逐艦や軽巡洋艦等の分類があるという事を初めて知った。どうしても『艦』という言葉からイメージするのは大口径の主砲を備えたそれこそ教科書やテレビで聞くような『大和』や『長門』と言った戦艦を強く連想してしまう。

 

「でも、戦果がさっぱな私達に周りはみんな軽蔑していったのデス。 駆逐艦の子達のように偵察任務ができる訳でも無く、資材ばかり使う私達は全く必要とされなくなっていきマシタ」

 

 俺達はベンチに戻ると、並んで腰かける。先ほどよりも金剛の座った位置が遠く思えるが、この距離こそが本来彼女が俺達と接したくないという思いの表れなのだろう。

 

「そんな中、駆逐艦の子達が提督に逆らって拘束されマシタ。 妹達はそれに腹を立てて抗議しようとしたのデス。 だけど私はそれを止めたんデス」

 

「なんとなく察した、前任に逆らった妹達が同じ目に合うんじゃないかって思ったのか」

 

 俺の言葉に金剛は頷いて先ほど買った紅茶に口をつける。

 

「やっぱり美味しくない……ネ。 それから私は提督に嫌われないように頑張りマシタ、提督に好かれて私のお願いを聞いてくれるようになれば、あの子達を解放してくれるように頼んでみようッテ」

 

「俺が来たタイミングで暁達が解放されていなかったって事は失敗だったのか」

 

「イエス……。 それ所か、みんなに嫌われてしまいマシタ。 あんな男に媚びを売ってまで自分の身を大事にしてる嫌な女だなんてネ」

 

 衝突では無く、自分が我慢する事で誰かを助けようとする彼女の考え方はそれなりに評価できると思う。ただ、彼女が失敗した原因は自分の力だけで解決しようとして、周りに頼ることをしなかった、だからこそ自己犠牲は無駄となり周りからも孤立してしまった。

 

「もしかして、お前って長女か?」

 

「その通りデス。 私達は4姉妹、比叡、榛名、霧島という名前の可愛い妹が3人居マース……」

 

「なんだか、他人事と思えないな。 俺も兄弟が沢山居てさ、よく弟や妹達のために喧嘩ばっかしてたな」

 

 姉妹艦だから必ず血が繋がっている訳では無いという事は資料に書かれていた。適正の有り無しで艦娘に選ばれる以上はDNAの近い姉妹が選ばれやすいという事もあるらしいが、例え血の繋がりが無くても彼女達にとっての姉妹関係はとても強い物だと感じている。

 

「……喧嘩ですカ?」

 

「あぁ、あまり他の子に話して欲しい内容じゃないが、俺は孤児院の育ちでな。 よく弟達がその事でいじめられてたんだ」

 

 そんな彼女達が姉妹達から嫌われてしまうというのは、想像以上に辛く苦しい事が想像できる。しかし、彼女はそれでも妹達や他の艦娘に被害が出ないようにと必死で笑顔を作り続けたのだろう。

 

「提督はお兄さんだったのデスカ?」

 

「だから提督じゃ無いって、湊でも教官でも好きに呼んでくれ。 俺よりも年上は何人か居たが、どいつも自分の事ばかりの最低な奴だったな」

 

 金剛が手に持っているペットボトルの中身が空になっている事を確認して、ベンチから立ち上がった。あまりここで長話をしていると基地につく頃には日が沈んでしまう可能性がある。

 

「さて、帰るぞ。 最後に寄りたい店があるから付き合え」

 

「……まだ何か買うのですカ?」

 

 これが本当の彼女なのか、表情をしかめて明らかに嫌だなって感情をこちらに向けてくる。

 

「珈琲を買って帰らないとな、基地に有った珈琲は不味すぎる。 それと、気が向けば『紅茶』を飲んでみたくなるかもしれないが、銘柄とか良く分かんないんだよな」

 

 金剛の表情が一気に明るくなったのが分かった。

 

「ヘーイ! 紅茶は私に任せるネー! とびっきりベストなのを教えてあげるヨー!」

 

「だからうるせぇって……、まぁ良いか……」

 

 俺達は目的の物を購入すると、重くなったリアカーを押しながら基地へと戻る。正直色々紅茶について説明してくれていたが、やはり俺には珈琲が1番だなという残念な結論に至ったのは金剛には黙っておいた。

 

「帰ったらさ、金剛の妹達も誘って紅茶でも飲んでみるか」

 

「任せてくだサーイ! 最っ高に美味しい紅茶を用意するネー!」

 

 こいつはどれほど紅茶が好きなのだろうか?荷物が増えていて重いはずなのだが、後ろから押すこいつのやる気のせいなのか行きと変わらない程度の負荷にしか思えない。それから金剛は聞いても無い事ばかり話していたが、基地の門で俺の事を待っていてくれた子達と出会うと再び表情を暗くしてしまった。

 

「探しても居ないと思ったら、何よその荷物……」

 

「あぁ、流石にずっとあの乾パンじゃ訓練にも身が入らないだろうと思って買ってきた」

 

 夕立や暁型の子達がリアカーの中身を物色しているが、生憎菓子の類は一切購入しておらず野菜や冷凍された肉や魚を見てがっかりしていた。

 

「お土産は無いっぽい!?」

 

「ナスは嫌いなのです!」

 

「べ、別に暁は一人前のレディだからお土産が無くても落ち込まないんだからね!」

 

「久しぶりにまともな食事にありつけそうだ」

 

「腕がなるわね!」

 

 とりあえず騒いでいる駆逐艦の子達にリアカーの中身を食堂の冷蔵庫へと移すように指示を出した。やはり久しぶりのまともな食事が嬉しいのか小さな身体で、もの凄い速度でリアカーを食堂へと走らせて行った。

 

「で、もう鞍替えしたの? 高速戦艦様はそっちも速いのね?」

 

 門の前には俺と金剛、叢雲と時雨が残った。少しの沈黙があったが、最初に口を開いたのは叢雲だった。先ほどの金剛の話を思い出す限り、やはり他の艦娘との間に亀裂があるのだろう。

 

「湊教官、悪い事は言わないからその人とは関わらない方が良い」

 

「時雨、理由を言ってみろ」

 

 俺の言葉に金剛は完全に俯いてしまい、時雨は金剛を睨みつけている。

 

「その人は私達が暁達を助けるために頑張っていたのに、自分の身大事さに前任に愛想を振りまいてたような人だからね」

 

「自分だけ優遇されて、さぞ幸せだったでしょうね?」

 

 時雨の言葉に叢雲が嫌味を付け加えた。金剛はそれに反論する訳でも無く黙って受け入れている。

 

「だから何だ? 俺が誰と関わりを持とうが俺の…… 

 

「バ、バレてしまったからには仕方がないネー! 新しい提督は簡単に騙せるかと思ったのに失敗しちゃったネー!」

 

 俺の発言で叢雲達の間に亀裂が入りそうだと察したのか、金剛が白々しく発言をして桟橋の方向へと走って行ってしまった。

 

「ったく、やっぱり男って馬鹿なのね。 簡単に騙されちゃって……」

 

「湊教官は少し素直過ぎるよ、もっと人の事を疑うようにしないと……」

 

 金剛が走り去ったのを見て2人が俺に近づいてくる。今すぐにでも追いかけてやりたかったのだが、彼女が自分を犠牲にしてでも俺達の関係を守ろうとしてくれたのであれば、それを無駄にする訳にはいかないだろう。

 

「なぁ、お前達にも姉妹って居るよな?」

 

「何よ、確かに居るけど……」

 

「夕立が妹だってのは説明したよね? 他にも姉や妹もまだまだ居るけど……」

 

 勘の良い2人は俺が苛立っているのを察しているのか、俺の質問に対する回答が徐々に小さな声になっていった。

 

「俺が全部説明する訳にはいかないから、お前達自身で考えて欲しい。 お前達は自分の姉妹を見捨ててまで嫌いな相手に媚びを売れるのか?」

 

「……無理ね」

 

「……無理かな」

 

「叢雲には話したが『どうせやるなら上手くやれ』この言葉を思い出しながら今までのアイツの行動を思い出してみろ」

 

 俺はそれだけ言い残して桟橋へと走り出した───。




7/10 一部修正

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