緋弾のアリアドス ver7.0   作:くものこ

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2ターン目

 救護科。医療を担当する武偵が所属する学科なのだが、そこでとりあえず治療を受けておいた。

『真里ちゃんから話は聞いたよ!』とか言いながら現れた救護科の生徒は首にレイをかけているという、一見すると頭が湧いてそうな女子生徒だったが、その腕前はすごかった。凄腕の武偵なのだろう。あっという間に全身の痛みや疲れが取れ、今からまた自転車を全力で漕いでも問題なさそうである。……その自転車が今はないのだが。ガオガエンとやら、許すまじ。

 その後、残念ながら始業式には間に合わなかったので、やむを得ず教室の方へと向かう。

 去年のクラスメイトから知らされた情報によれば、俺は今年、2年C組。キンジや武藤、不知火といった去年同じクラスだった奴らとは違うクラスらしい。

 騒がしい人がいなくて嬉しいような、淋しいような。そんな気持ちを抱きながら、たどりついた教室。ドアには座席表が張られており、自分の席を確認する。真ん中の方の座席らしい。

 俺は教室の後ろのドアを開いた。

「ひゃあ!?」

 二年C組。入ってまず、廊下側、一番後ろの席に座っていた女子生徒が椅子からずり落ちた。……だ、大丈夫なのか。眼鏡が床に落ちて割れてしまっているけれども。

 そして次に目に入ったのはその隣。防弾制服の上から茶色いフード付きマントを羽織った女子。しかもそのフードを被っている。弓なんか背負っているし。……なるほど、触らぬ厨二に祟りなし、と。

 それから、一番窓際の席。ライトグリーンのショートカットが印象的なその女子は、狙撃銃を肩にかけてヘッドホンを装着している。……触らぬ(ry

 今度は教室の前方を見る。あのレイをかけた救護科の女子生徒がいた。彼女は俺を見て、こちらに手を振る。なんだ、同じクラスなのか。というより、移動早くない?

 ざっと目を通したが、目立つ生徒はこれくらいだろう。髪の色が黒や茶色じゃない人はわりとよくいるなという印象(というか俺も赤だし)。

 俺は座席表で確認した自分の席に座ろうとして——ガシッ。

「うげっ!?」

 子猫のように、首根っこを掴まれた。かなり腕力があるようで、首が締まる。

 強制的に振り向かされ、視界に入ったのは。

「おい、芦長ァ。初日から遅刻たあ、いい度胸じゃねえか」

「げ、蘭豹」

 大柄なポニーテールの女性、蘭豹。19歳にして煙草を咥えているが、これでも武偵高の教師である。担当は強襲科。なんでも香港マフィアの娘らしく、向こうは暴れすぎが原因で出禁になっているとか。ようはめちゃくちゃヤバい人。今も据わった目でこちらを見ている。

 しかし担任が蘭豹だったとは……終わった。冷や汗が出る。

「覚悟はできてるんやろな?」

 ポキポキ、と蘭豹は片手だけで指を鳴らす。ちょ、どうしよう。次は俺がポキポキさせられる番だと、直感がわめく。

 ふと、俺の隣の席が空席なのに気づく。あれ、この人もまさかの遅刻なのでは?

 俺は蘭豹の関心をそちらにそらすことを試みる。

「せ、先生。ここの席の人も、遅刻なのではないでしょうか」

「ああん?」

 蘭豹の視線が逸れる。そして、「あー、そうだった」と言いながら俺をポイと投げ捨てる。

「あだっ!?」

 座ろうとしていた椅子と正面衝突し、椅子もろともひっくり返る。近くの席の男子生徒が駆け寄ってきて、立ち上がるのに手を貸してくれる。

「おいおい、大丈夫か?」

 茶髪、ガタイのいい男子。ゴツゴツしたそいつの手を握り、立ち上がる。

「ああ、これくらい」

 今朝の火傷と比べたら大したことないというもの。

「打たれ強いんだな、お前。俺は柳生 健太郎(やぎゅう けんたろう)ってんだ。車輌科のAランク。お前は?」

「芦長糸丸、諜報科のCランクだ」

 武偵高にはいくつかの学科がある。俺の諜報科は主に敵地に潜入しての情報収集や破壊工作を学ぶ学科だ。そしてランクとはその武偵の腕前を示すもので、特殊なものを除き、普通はSがもっとも高く、次いでA、B……Fとなる。

 まあ、武偵高には小学校、中学校の時から武偵として育成されてきた人ばかりで、だいたいはBランク以上。Cランクっていうのはわりと下から数えた方が早かったりする。俺はわりと劣等生の部類に入る方なのだ。

「糸丸……へえ、なるほどな」

 なにやら柳生は納得顔でしきりに頷く。何がわかったのか聞こうと思ったが、教室前方で蘭豹が教卓を叩く音が聞こえたので、前を向く。

「今年はこのクラスに転入生が来る。たしかA組にもいたな」

 転入生。その言葉に教室がざわめく。武装している危険集団といえど、彼らも高校生。転入生と聞いて黙ったままの奴はいない。

「そろそろ着いた頃だな……よし、入れぇ!」

 ふーん、隣の空席は転入生だったのか。理解した瞬間、冷や汗が再び流れ始める。あれ、やっぱり遅刻したのって俺だけなの。お前らそれでも武偵高の生徒かよ。武偵高って低偏差値で有名なんだぞ。え、偏差値と遅刻は関係ない? たしかに。

「失礼します」

 水のように澄んだ声。聞き覚えのあるそれに、思わず教室の入り口の方を凝視する。

 緑がかった青い髪。腰の高さまで届く長いそれを、白いシュシュでまとめている。側頭部には赤いヒトデの髪飾り。女子の割には背が高く、スタイルも悪くない。制服はあちらこちらに水色のフリルを付けて改造済み。今朝方見た彼女。転入生だったのか。

 蘭豹と入れ替わるように教卓の前に立つ彼女に、教室中から囃し立てや溜息が。主に男子から。

 こういう人を美少女というのだろう。本当に日本人か、と疑いたくなるくらい白い肌。伏し目がちの目が醸し出すアンニュイな雰囲気、高めの鼻はスッとしていて、顎先も細く。

「押谷真里です、SSRのSランク武偵。よろしく」

 流れるように華麗な動作で一礼した後、彼女は誰かを探すかのように教室全体を見回す。そして、俺と目が合った。

「ふふっ、いたいた」

 微笑を浮かべながら、彼女はこちらに向けて手を振る。途端、鋭い視線の槍が四方から突き刺さってくる。それは、モテない男子(同胞)からのものだ。

「なっ、お前!」

「爆ぜろ!」

「まじかよ糸丸ぅ!」

 痛い痛い痛い。もはや物理的攻撃力を伴っているとしか思えない視線の数々は、次々と俺の心に精神的ダメージを与えてくる。たかが今朝ちょっと助けてもらっただけだっつーの。むしろ恥ずかしいからさっさと忘れたかったのに。

「けっ、抜け駆けかよ!」

「撃つぞ!」

「別に俺は……」

「黙れぇ、ヒヨッコども!」

 と、蘭豹による鶴の一声で教室が静まり返る。内心ホッとする。やはりいくら蘭豹といえどもこの状況は教師として見過ごせなかったん——

「そんなに殺りたいなら、強襲科の体育館で()()でもしろ」

「ちょ!?」

 ダメだ。この人、火に油を注いでやがる。でもよくよく考えてみればここは武偵高。こんなことは日常茶飯事なのである。

 武装探偵、略して武偵。近年急増する凶悪犯罪に対抗するために政府が打ち出した制度である。武偵は民間人ながら武器の携帯が許されており、警察と同じ権限を持つのだ。

 詳しくはググればわかるが、簡単に言ってしまえば何でも屋である。金さえ積めば、法の許す限りのことはなんでもする。つまり超危険な人たち。

 何を間違ったか、俺はその武偵を要請する学校、武偵高に入学してしまったのである。というより、気づいたらしていた。いったいどこで俺は人生のボタンをかけ間違えてしまったのやら。

 押谷は俺の隣の席に座る。クラス中に注目されていても、彼女は動じることなく凛々しくそこに座っている。

 そこへ、一人の男子生徒が話しかけてくる。

「なあ、押谷さん。糸丸とはやっぱりできてるのかい?」

「お前な、そんな」

「ねえ」

 俺が否定しようとしたその時。押谷真里が椅子から立ち上がる。隣にいるからすぐに気づく。彼女の口元は笑ってはいるが、目は笑ってなどいない。むしろ凍てつくような視線を、その男子生徒に向けているのだ。

 次第にクラスが凍りつく。教室内を緊張が走る。蘭豹だけが『あーあ、やっちゃった』みたいな顔で状況を傍観している状態だ。

「そういうの、大変不愉快だからやめてくれない?」

 パチン。押谷が指を鳴らす。とたんにどこからともなく巨大な水の塊が現れ、男子生徒の頭上に浮かんだ。

「まあ、水に押し潰されても良いのなら別だけど」

 透き通るような声。しかし今ではそれはただ感情のこもらない冷たい刃物でしかなく、男子生徒の顔が強張る。

「す、すみませんでした!」

「わかればいいのよ」

 もう一度押谷が指を鳴らすと、今度は水が消えた。ホッと胸をなでおろす男子生徒など見向きもせずに、押谷は自席に座る。

「いいか」

 教壇に立ち、蘭豹が声を張り上げる。その声は静まり返った教室にひどく響く。

「とにかくだ。転入生と仲良く殺れよ、お前ら」

「よろしくね、糸丸君」

 押谷はにこにこと笑いかけてくるが、正直怖い。

 いったい、俺はどこでどう道を間違えてしまったのだろうか。

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