緋弾のアリアドス ver7.0   作:くものこ

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3ターン目

 現在進行形で爆発しそうな心臓。何をされるのかわからないという恐怖から、俺は身動き一つできず。正座している足はもうすでに痺れそうである。

「一人部屋だから、くつろいで大丈夫よ」

 新品の水色のソファに腰を下ろし、足を組むのは押谷真里。この部屋の主人。

「どうも」

 足を崩し、あぐらをかく。少し落ち着いたところで部屋を見回してみる。

 1LDKの部屋。家具の数はそこまで多くはないが、色はどれも青系統の色で統一されている。水色のソファ、青い壁紙、白い絨毯。カーテンも冷蔵庫もパステルブルーで、まるで水中にいるかのような感覚だ。

 ここは押谷真里の寮部屋。本人が言うように一人部屋らしく、明らかに押谷の嗜好であろう色の家具が点々としている。

 なぜ俺がここにいるのか。それは放課後のことである。

 

 

 

 授業を終え、キンジと同居している自分の寮部屋に戻ったとき、俺は部屋の前で奇妙な人物を発見したのである。

 ピンクのツインテール。トランプ柄のスーツケースを携えた女子生徒。背は低く、おそらく中学生。

 明らかな場違いである。ここは強襲科男子寮だ。ああ、なぜ強襲科寮に俺が住んでいるのかというと、数の調整の問題である。キンジだって、今は探偵科だ。

 とにかく、ここは女子生徒の来るようなところではない。しかも彼女はあろうことか、我が家のチャイムを連打しているではないか。あまりの強打っぷりにチャイムが壊れるのではないか。

「ちょ、君!?」

「何よ」

 ギロッ。赤紫色の目が俺を睨みつける。俺は一瞬ひるむ。

「っ、あのな。そんなに押さなくたっていいだろ」

「うるさいわね、アタシの勝手でしょ」

「俺はここの住人なんだよ!」

「ああ、Cランクの」

「なっ」

 えらく上からな態度で、CランクのCを強調して言われる。いや、俺がそう感じただけなのかもしれないが。だがしかし、そう聞こえたのである。

「アタシはキンジと話があるの。悪いけど、今晩どこか別の場所に行っててよ」

「はぁ!?」

「ほら、早く! 風穴あけるわよ!」

 言うが早いか、彼女は太腿のホルスターから二丁の拳銃——白と黒のコルト・ガバメントだ——を取り出す。ピンクのツインテールはそれらの銃口を床に向けて発砲する。防弾性の床で弾は跳ね、俺の髪を掠める。

「う、撃った!?」

「風穴!」

 俺は慌てて、エレベーターホールへと逃げ帰る。なんて野郎、じゃなくて女郎だ。さすがは武偵高といったところか。ここは少し時間をおいてから出直そう。

 

 

 

 その後、近くをぶらついていたところで押谷と会い、なぜか連行されるに至る。抵抗は無理だ。今朝やホームルームでの彼女を見れば、彼女が相当な力を持った超能力者、すなわち超偵だというのは明らかである。ただの武偵である俺は歯向かえない。

 が、しかし。ここは女子寮の一室である。そこに男を連れ込むとは、彼女はいったい何を考えているのか。噂になりかねない。今日のホームルームの際はそういう噂は嫌だと言っていたのに、それでいいのか。

「あ、そうだ。コーヒーでも」

 ちょっと待ってて、と言い残し、押谷はキッチンの方へ小走りする。シュシュを外した長い髪が川のように流れる背中を見ながら、俺はしばし待つ。

「お待たせ」

 シンプルなお盆に二つのコーヒーカップと砂糖の入った容器。香ばしい匂いを漂わせながら、キッチンから押谷が戻ってくる。

「はい、どうぞ。砂糖はお好みで」

「ありがとう」

 ティーカップを受け取り、一瞬だけ逡巡する。もしかしたら毒が入っているという可能性も……。

 いや、大丈夫だろう。実はどういうわけか俺は毒が効かない体質だし、そもそも俺に毒を盛る理由が見当たらない。

 コーヒーを一口啜る。

「美味しい」

 使っている水がいいのか、キンジかよく作るインスタントコーヒーよりずっと美味しい。

「でしょ。超能力で精錬した水なんだから。ここに砂糖を入れると……」

 押谷はそう言いながら、スプーンで砂糖を加え、コーヒーを一気に飲み干した。じゃあ俺もと思い、コーヒーにスプーン一杯分の砂糖を入れた、その時。

「ぶぶっ!?」

 押谷がこちらに向かって噴き出した。すんでのところで虫の知らせがあり横に避けたものの、なんてことをしてくれるのだ。

「ば! 汚いな!」

「しょっぱい!」

 涙目になりながら押谷が訴えてくる。舌をちょこんと出し試しに容器の中から白い粉末を少し指で掬い、舐めてみる。

「……塩」

 なんという天然。うっかりやな性格なのか。

「ま、間違えた……」

 押谷は恥ずかしそうに顔を赤らめる。今まで気の強い彼女しか見ていなかったので、こんな天然というか、うっかりやのような一面を見せられると不覚にもドキッとさせられる。ギャップというやつだ。

 やがて見られているのに気づいたのか、押谷は目を鋭くしてこちらを睨む。

「た、偶々なんだから。普段は間違えたりしないからね?」

「はいはい、そうかい」

「し……! 信じてないでしょ!?」

 押谷が頰を膨らませる。信じてないって、当然である。うっかりやの人はだいたい皆そう言う。

「ところで、何か話があるんじゃないのか?」

 そうでなければ、わざわざ男子、しかも今朝方初めて会った人を部屋に連れ込んだりしないだろう。まあ、彼女の方は以前から知っているような口ぶりなのだが。

「こほん。そうね、そろそろ本題に入りたいわね」

 一度ソファに座りなおし、押谷は俺をまっすぐに見る。麗らかな青い瞳に俺の顔が映る。

「実は糸丸君、あなたは——ポケモンなの」

 

 

 

「……なんだって?」

 聞き間違えたのか。今彼女は、なんと言った?

「だから、糸丸君はポケモン。厳密に言うと、元・ポケモン。異世界から転生したのよ」

「……そんなバカな」

 ポケモン。ポケットモンスターのことである。この世界で有名なマルチメディア作品。ゲームやアニメ、マンガなど、様々なメディア展開がされている人気作品だ。世界中の誰もが名前を知っているといっても過言ではないくらいに。詳しくはググればわかる。

 しかしそれはあくまでフィクションだ。架空の存在なのだ。よりにもよって、自分がその世界の住人だっただと?

「でもそれが現実なの。あなたはアリアドスというポケモンだったの」

 アリアドス。あしながポケモン。どく・むしタイプのポケモンで、毒々しい赤い体、紫と黄色の縞模様の足が特徴のポケモンだ。

 押谷の部屋に置かれた鏡、そこに映る男子を見る。赤い髪、紫色の瞳。いや、まさか。

「根拠は」

「糸丸君、"ふみん"でしょ?」

「……」

 たしかに俺は不眠だ。どういうわけか、眠らなくても生きていける体質。というより、睡眠ができない。目を閉じて休むくらいはできるものの、完全に眠ることができないのだ。

 そしてポケモン・アリアドスの特性は"ふみん"。

「は、はは……。じゃああれだ、今朝のガオガエンってやつも」

「元ポケモンよ」

 ガオガエン、こいつもポケモンだ。ほのおタイプの。それに"DDラリアット"とかいう技も覚えたはず。

 一致する。今朝のあいつの使ってきた攻撃と一致する。

 待てよ。それを告げるこいつはなんなんだ。この目の前にいる美少女も元ポケモンだと?

 押谷真里。おしやまり。

「お前はオシャマリだと」

「そう、オシャマリ……って、違うわよ!」

 ぴしゃり。水風船サイズの水球を頰に当てられた。冷たい。

「私はアシレーヌ! 進化くらいしてるわよ!」

 些細なことで怒る様子は子供っぽい。ぷくりと膨らました頰。なんだか彼女が大人なのは見た目だけな気がしてきた。

 しかし言われてみれば、俺の名前も糸丸、いとまるだ。イトマルとはアリアドスの進化前のポケモンである。

「じゃあ、押谷が俺を知っていたのは」

「実は私たち、向こうの世界で知り合いだったのよ」

 やっぱり。今朝ガオガエンが俺を襲ってきたのも、前世とやらが影響しているのかもしれない。

「……けど、やっぱり納得いかない。いきなり前世がポケモンだったなんて言われても」

「でもそれが現実なの。早いところ慣れちゃいなさいな」

「慣れるって」

「気持ちはわかるわよ。私だって、初めてその事実を知った時は戸惑ったし」

 優しく笑いかける押谷。気が強い女の子ではなく、子供っぽいわけでもなく。また新しい彼女の一面を見せられた気がする。

「明日からは放課後を空けといて。色々と教えておかないといけないことがあるし。今日はそこで寝てもいいからね?」

 ウィンクを一つし、押谷は寝室の方へと消えていった。いや、女子の部屋で寝るとか無理——

 あ。俺は"ふみん"だったか。

「って、何を考えているんだよ!」

 赤の他人の男を自分の家のリビングに寝かせるなんて頭が沸騰してるぞ!

 奥の部屋に消えていった押谷を追い、俺は部屋のドアの取っ手を掴んで開き——

「は?」

 目の前に現れた、巨大な水の壁。奥が見えないほど深い青の水は、波となって俺に襲いかかる。

「がぽっ、ごほっ!?」

 水流に流され、リビングへと逆戻り。俺が起き上がると同時に水は消え、何事もなかったかのようにリビングは静まり返る。これで防犯対策はしっかりしてるってわけか。

「なめられたもんだな」

 元から何かをするつもりなんてなかったものの、なんとなくそんなセリフを言ってみる。アリアドス。アリアドスって……。

 ソファに座る。俺がポケモンだったとして、じゃあなぜ今は人の姿なのか。なぜ転生したのか。そもそも、元ポケモンだったらなんだというのだ。

 わからない。

「ま、考えてもしかたないよな……」

 テーブルに置かれたカップを手に取る。手持ち無沙汰だったのだ、一口飲んでおこう。

「ぶふっ!? しょっぱ!?」

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