緋弾のアリアドス ver7.0   作:くものこ

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4ターン目

 看板裏。武偵高の位置する人工浮島の端の方にある、空き地っぽいところ。レインボーブリッジに向けて立てかけてある看板と体育館に挟まれた場所であることから、そう呼ばれている。

 今は放課後。俺は押谷にここに来るように呼び出された。そこに来てみると、もうすでに押谷が待っていた。

「遅いじゃない」

 持っていたスポーツドリンクを一気に飲み干すと、彼女はそう言った。

「悪い。ちょっと授業が長引いて」

「ふーん。まあ、いいんだけど」

「なあ。SSRって、合宿じゃないのか?」

 今朝、キンジから聞いた。今日からSSRは恐山で合宿を行うのだとか。たしか押谷はSSR所属だったはず。

 SSR。超能力捜査研究科のことである。ここでは超能力を使った捜査の研究が行われている。キンジにぞっこんの星伽もここの所属で、合宿中は星伽が押しかけて来ないからキンジの機嫌が良くなる。もちろん、イチャイチャを見なくて済むので俺も嬉しい。

 だから、SSRの押谷が今日ここにいるのは納得いかないのだ。

「ほら、私は転入生だから。前の学校での成績も加味されて、今回は免除されたのよ」

 押谷は自慢げに語る。どうやらそれだけ自分が優秀だということを伝えたいらしい。はっきり言って、その得意げな顔が少しムカつく。

「でもさ、そういうのに参加しないと仲良くなれないんじゃないか?」

 特に女子はそういうのが大切だと聞く。ハブられたら大変だろうな。

 そして押谷の顔にも焦りが現れた。冷や汗のようなものが見てとれる。

「そ、それは……大丈夫よ! ほら、私はあれだから!」

「あれってなんだよ」

「どっ、どうでもいいでしょ!」

 顔を赤くしながら、押谷は負け惜しみ気味に言う。どこからどう見てもそこまで考えてなかったんだろう。強がるなよ。

「まあ、それは置いておいて。で、本題に入るわね。糸丸君には超能力を身につけてほしいのよね」

「……はい?」

 超能力。ステルスと呼ばれるそれは、一部の人間にしか扱えない。超能力を扱える武偵は特に超偵と呼ばれる。つまり、誰にでも使えるものではないわけで。

「いや、無理だから!」

「無理じゃないわよ。アリアドスはサイコキネシスを自力習得するの。だから絶対にできるはず」

「俺はポケモンじゃない!」

「でも、アリアドスなのよ」

 押谷が指を鳴らす。すると、俺の周りにいくつもの泡が発生した。それは順々に弾ける。

「私のように、あなたも超能力が使えるはずなの」

「ああ、お前はオシャマリだから?」

「は?」

 押谷は一瞬、驚いた顔を見せた後、すぐさま顔を歪める。落ち着いた顔色は、再び真っ赤になる。

「私はアシレーヌよっ! 圧死させるわよ……!」

 押谷の頭上に立方体の水の塊が現れる。各一メートル立方のそれは、俺の頭上へと素早く移動をし……。

「ま、待ってくれ!」

「何よ、今さら命乞い?」

「ただの冗談だろ!」

「ふんっ」

 殺人用の水を消し、彼女はスカートの内側、通常の武偵がレッグホルスターを付けているところからペットボトルを一本取り出す。そしてぐいっと一口。

「とにかく。糸丸君は超能力が使えるの」

 先ほどまでの鬼の形相は何処へやら、アイドルのような可憐な笑顔を押谷は振りまく。

「それでも俺は超能力なんて使ったことはない」

「レベルが足りないのよ、きっと」

 押谷はその辺に落ちていた小枝を拾うと、俺の目の前に放る。

「とりあえず、経験値を積むところからかしら。ほら、動かしてみて」

「無理だ」

「無理なんて言わない。ほら、早く」

 押谷が手の平を広げる。そこでは群青の水が渦を巻いている。脅迫かよ。にこにこと笑いながら、なかなかに怖い奴。

「わかったよ。やればいいんだろ、やれば」

 溜息を一つ吐くと、小枝を見つめる。十センチくらいの長さで、先の方に葉っぱが一枚付いている。ジュプトルかゴロンダあたりが咥えていそうだ。

 しかし、手を触れずに動かすとはどうしたらいいのだろうか。教わってないし。

「なあ、どうすれば動くんだ?」

「知らない。直感?」

「あのなぁ」

 直感でできるのなら、今までなぜできなかったのかという問題が存在するのだが。

 まあ、あれこれ文句を並べても仕方ない。じっと小枝を見つめ、それに意識を集中する。動け。動け。動け。頭の中で同じ文言を繰り返す。何度も、何度も。

 しかしながら、小枝はうんともすんとも言わない。いや、たしかに小枝は喋らないのだが。

「動かないぞ」

「もう一回」

 冷水のごとき視線を浴びる。おかしいな、アシレーヌはプレッシャーは持ってないはずなのに、すごい圧力を感じる。

 もう一度、小枝に意識を集中させる。それ以外のことは考えるな。小枝だけを見る。視覚以外の感覚はシャットアウトするつもりで。

 動け。立て。浮け。思いつく限りの指示を小枝に対して与える。……が、それでも小枝はピクリとも動かない。なんだなんだ、エスパー技が効かないなんて、お前はあくタイプかよ。それならこっちだって。

 目を閉じる。心を無にし、空っぽにする。気分は座禅。

 そして目をカッと見開く。一番最初に目に入ったもの、小枝。小枝を凝視する。

「動け!」

「……ダメね」

 だがそれでも、やはり小枝は動かない。ちっ、ミラクルアイは失敗したぜ。……そもそもアリアドスは覚えないもんな。

「どうしてできないのかしらね」

 さも不思議そうな顔で、押谷は小枝を眺める。触ったり、回してみたり、いろいろ試したのちに、最後はそれをポッキリと折る。

「また明日、頑張りましょ」

「え、明日もやるの?」

「不満?」

 押谷の澄んだ瞳と目が合う。その不意打ちに一瞬たじろぐも、怯みはしない。彼女と面と向かい合う。

「あのさ。俺に何を求めてるのか知らないけど、余計なことはしないでくれよ」

「どうしてよ」

「どうしてって」

 頭をかく。正直、あまり自分の口からは言いたくはない。けれど、仕方ないだろう。彼女は気づいていないようだし、事実でもあるのだから。

「俺は元アリアドスなんだろ。アリアドスって、種族値低いじゃんか。とくこういくつだよ。お前と一緒にすんな」

 押谷の眉がつり上がる。

「何よ、それ」

「説明しなくたってわかるだろ。アリアドスは弱いポケモンだって言ってるんだ。武偵ランクなんか見れば明らかだろ。俺はCランクで、お前はAランク。お前の言うとおり俺が元アリアドスなら、弱くてとうぜ——」

 ぴしゃり、と顔面を何かが強打する。冷たい何か。空のペットボトルを構えてこっちを睨む押谷を見て初めて、彼女がスポーツドリンクをぶちまけたのだと気づく。

「すべてがそれで決まるとは限らないでしょ!」

 彼女の目は鋭く、こちらを睨んでいた。何か強い意志を感じさせる鋭い眼光。一瞬、たじろいでしまう。

 けれども。彼女の言葉に、内心フツフツと怒りが沸き起こる。怒りのボルテージはマックスだった。

「だったら! 俺がサイコキネシスを使えるかどうかなんてわかんねえだろ!!」

 ありったけの声で怒鳴る。その声は夕闇の中を無駄に響きわたる。だけど、それが恥ずかしいとかそういった感情は起きない。とにかく今は目の前のこいつが憎らしい。

 いきなり現れて、俺の前世がポケモンだと言い放ち、だから超能力が使えると謳った挙句、しまいにはすべては前世では決まらないと言う。言ってることが支離滅裂じゃないか。自分の都合のいいようにコロコロと意見を変えて。

 俺が睨み返すと、押谷はペットボトルを持つ手を震えさせる。投げてくる——予感が走る。

「このバカッ!!」

 押谷の腕のモーション。俺は動くペットボトルを必死に目で追いかける。そして念じるのだ、止まれと。

 

 ガコンッ!

 

 空のペットボトルは見事に俺の鼻っ面にぶつかる。思わず鼻を押さえる。痛い。

「死んでも知らないから」

 そう言い残すと、押谷は立ち去っていく。残された俺は、顔からスポーツドリンクを滴らせながら、足元に落ちたペットボトルを見つめる。

 ——やっぱり無理なのだ。

 思い切り足を振り上げ、ペットボトルをふみつける。

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