緋弾のアリアドス ver7.0   作:くものこ

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5ターン目

 腰に装着した装置のスイッチを押す。すると先端が鉤爪状になったワイヤーが装置から射出され、十数メートル先の目標まで途中で重力に落とされることなく到達。鉤爪が刺さるように引っかかる。

 さらにもう一度スイッチを押す。すると今度は、的に引っかかった鉤爪が的から外れる。

 そして三度スイッチを押すと、ワイヤーが装置へと回収される。途中でつっかえることなく巻き戻されるワイヤー。俺は感心の溜息をもらす。

「すごいな、こいつは」

 自分以外誰もいない体育館。雨が屋根を打つ音に混じり、俺の声が反響する。

 昨日俺の部屋に届いたこのワイヤー装置。左右の両腰用にそれぞれ用意されている。そして今朝、まだ誰もいないような時間から担任の蘭豹に話をつけて強襲科の施設を貸してもらって試しているわけである。

 実はこのワイヤー、宅配便で俺宛に送られてきたのだが、送り主が不明なのだ。箱に入っていたのはこのワイヤー装置二つと、一枚のメモ用紙のみ。メモ用紙には銀行の口座番号と金額が書かれていた。たぶんこのワイヤー装置の代金を振り込めということなんだろうけど、別に注文した覚えはない。よって振り込んでいない。

 しかしそれにしてもすごい装置である。さきほど試してみたがこのワイヤー、刀でも切れなかった。かなり強固な素材でできているようだ。しかも重力に逆らえるほどの射出の勢いもある。ワイヤー本来の用途だけでなく、攻撃にも使えるのではないだろうか。

「けど、疲れたな」

 額にうっすらと浮かぶ汗を拭う。基礎的なワイヤー機動の訓練を行ったのだが、意外と疲れる。ワイヤーの射出時に体勢を崩しては狙いがブレるし、ワイヤーで吊るされている時も結構足腰で踏ん張るのだ。元々俺は諜報科だし、あまり力はない。

 けど、様子を見ていた蘭豹いわく、俺には才能があるらしい。珍しく褒められたのだ。蘭豹の機嫌も良いらしく、俺にスポーツドリンクなんて奢ってるくらいだ。

 その奢ってもらったスポーツドリンクを手に取り、一口飲む。スポーツドリンクとくれば、どうしても彼女のことを思い出す。

 押谷真里。ついこの間転入してきて、そして俺が元ポケモン・アリアドスだと告げた張本人。先日俺が超能力を使えるか使えないかで喧嘩をしたのは今でもはっきりと覚えている。というかあれ以来一言も言葉を交わしていないのだから、忘れたくても忘れられないというもの。

 美人で、賢くて、武偵としての腕も立つ。けれど多少気が強い。そんな彼女は、俺が超能力を使えると言いはる。

 実際あれ以来も、何か事あるごとに試してはいるのだ。物に動けと念ずるくらい大した時間もとらないわけだし。が、一向に超能力の兆しは見えない。やはり俺には超能力は無理。そう結論づけるを得ないだろう。

 飲み干したスポーツドリンクのペットボトル。それをゴミ箱めがけてなげつける。適当に投げたそれは、当然ながらゴミ箱コースから外れる。

 ペットボトルに意識を集中させる。今飛んでいる位置から軌道の修正を念じる。しかしペットボトルは軌道を変えることなく——

「あんた、下手ね」

 銃声とともに聞こえたアニメ声。ペットボトルを銃弾が掠め、軌道が変わる。がこんっ、という音を立ててゴミ箱に吸い込まれる。

 声のした方を振り向く。ピンク色のツインテール。前髪をヘアピンであげて広いおでこを見せつている。そんな髪型と大きい目のせいで、中学生かと思うくらい幼い顔立ち。そいつはコルト・ガバメントを片手にこっちを見ている。

 こいつ、この間俺を寮部屋から追い出した奴じゃないか。

「おい、お前。なんでここにいるんだよ」

「はぁ? あたしは強襲科の生徒よ」

「お前が?」

「そ。強襲科Sランク武偵、99回連続強襲逮捕を成功させた神崎・H・アリアっていうのはあたしのことよ」

 ふふん、とない胸を張る女子生徒。頼んでもいないのに自己紹介をしてくれるとは舐められたものだ。

 しかしSランク武偵か。全然そうは見えないと思ったが、さきほど射撃の腕前は見せてもらったので、言い返すことはできない。たしかにこいつは強いのだろう。

「で、Sランク武偵さんがCランク武偵に何の用だよ」

「今のワイヤー訓練を見てたんだけど、それはなかなかやるみたいじゃない。Aランクくらいありそうな感じ。だから、丁度いいかなって」

 はい、と神崎が何かを投げてよこす。防弾ベスト、フェイスガード付きヘルメット、無線インカム、フィンガーレスグローブに、予備弾倉を取り付けられるベルト。これって強襲科のC装備じゃないか。

「おっ、おい! 何だよこれ!」

「武偵高のバスがジャックされたの。爆弾が仕掛けられてる。これから強襲に行くわ」

 強襲。そのつもりなのはこの装備を見ればわかる。C装備とはそういう事態に装備するものだからだ。だがしかし。

「俺は強襲科じゃない、諜報科だぞ!?」

「爆弾の解除くらいできるんでしょ」

「でも無理だぞ!」

「つべこべ言わない!」

 がうっ、と噛みつくような勢いで神崎が睨む。俺はそれにひるむ。こいつ、しょっちゅう俺をひるませてくるな。実は王者の印でも持ってるんじゃないのか。

「『ムリ』『疲れた』『面倒くさい』。これらはあたしが嫌いな言葉よ。覚えておきなさい」

「でも無理なものは」

「いいから早くする! 被害者は武偵高の仲間なのよ!」

 神崎の剣幕に気圧される。そんなことはわかっている。武偵憲章一条、『仲間を信じ、仲間を助けよ』。そんなことはわかっているのだ。それでもできないことが人にはある。Sランク様にはわからないのかもしれないが。

 あいつと同じだ。押谷真里。あいつといい、こいつといい、優秀な奴はわからないんだろう。俺みたいに劣っている奴の感情なんか。

 深くため息を吐く。観念したと思ったのだろう、神崎は体育館の外へと歩き出した。

「女子寮の屋上に行くわよ。そこにヘリをチャーターしてあるの」

「……了解」

 

 

 

 女子寮の屋上にはすでに二人の人がいた。キンジと、狙撃銃を背負った女子だ。二人は雨を避けるように、庇の下で待機している。

 狙撃銃の子。どこかで見たことあるようなと思えば、クラスメイトだ。窓際の方に座っていた子。

 そういえば名前を聞いてないなぁと思っていると、キンジが話しかけてくる。

「糸丸。お前も呼ばれたのか」

「まあ」

「本当はあと一人くらいSランク武偵が欲しかったんだけど。でも時間切れね」

 あと一人? つまりはあれか、ここにいるのは俺以外みんなSランクなのか。神崎はSランクだと自称していたし、キンジは元Sランク。この狙撃娘もSランクなのかも。

「4人パーティーで追跡するわよ。火力不足はあたしが補う」

 神崎の言葉に、キンジが手を挙げた。

「追跡って何をだ。何が起きた。状況説明くらいきちんとしろ」

「バスジャックよ。武偵高の通学バス」

「何だって!?」

「キンジ、これは武偵殺し。あんたの自転車をジャックした奴と同じ犯人よ」

 チャリジャック? キンジ、そんなものに遭っていたのか。武偵を辞めたいと最近言っているようだが、災難だな。自転車を捻り潰された俺も人のこと言えないけど。

 説明を終えようとした神崎に、キンジが異議を申し立てる。

「待てよ、アリア。武偵殺しは逮捕されているはずだ」

 そうだ。キンジの言うとおり、武偵殺しは捕まったと以前報道があった。

 武偵殺し。武偵ばかりを狙う爆弾魔の通称。今までバイクや車をジャックしている。どれも減速すると爆発する爆弾を用いている。幸いにも、今まで死者は出ていない。それでも、武偵殺しは逮捕されたと報道されていた。他にもいくつもの余罪があったらしく、一生ムショから出られないと噂だ。

「そいつは真犯人じゃないの」

「どういう意味だよ」

「説明している暇はないわ。今この瞬間にも、バスは暴走を続けているのよ」

「待てよアリア! お前——!」

 キンジの声は上空からの空気を裂く音に掻き消される。雷でも落ちたかのような轟音とともに現れたのは一台のヘリコプター。車体横には武偵高の校章が入っている。

 ヘリが着地すると、神崎と狙撃娘はとっとと乗り込む。俺はC装備を着ている(似合っているのが無駄にムカつく)キンジの肩を軽く叩く。

「何があったのか知らんけど、諦めろ。俺だってなぜかこんなところにいるんだからさ」

「『武偵は諦めるな、決して諦めるな』。武偵憲章に書いてあるぞ」

「お前、武偵やめたいんじゃなかったのかよ」

「……そうだな。諦めるわ」

 やれやれと溜息をつくキンジ。俺は苦笑いしながら、ヘリに乗り込む。

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