未踏召喚://ブラッドサイン Perfect_Gamer 作:白滝
トイドリーム32。
アフリカ大陸の南端に位置するこの都市の旧名はジンバブエ。かつては農産物の輸出で外貨を得ていたが、植民地時代から根付く人種間対立が激化し、白人の管理する大規模農園が黒人に破壊し尽くされる事態に陥る。
これがきっかけとなりインフレ経済が幕を上げる。年間2億3100万%、実際の推定では6.5×10の108乗%という天文学的数値を叩き出すハイパーインフレは人々の生活を急速に干上がらせる。遂には100兆ジンバブエドル札まで発行されるに至る、究極の経済崩壊が巻き起こった。
あの世界的大企業トイドリーム社でさえ買い取りを拒否し続け、政府の地道な粘り強い誘致交渉の末に近年ようやく32番目の国際再生都市トイドリームとして復興を果たした。しかし、華やかな衣服を纏う観光客とはかけ離れた薄汚れた粗末な服を纏う現地人は未だに多い。
「……現地の人の目ぇ、怖くね?特に黒人の。オレ、超平等主義者なんだけどな……」
「相変わらず、デカい図体の割に肝の小さな奴だなお前は。もっと堂々と歩け」
「そりゃ姐御は肌が浅黒いから敵視されねえかもしれねえけどよー、オレは白人だからよー、視線をギラギラ受けてよー、」
「どうせ
そう言って、ハロウィン仮装の魔女コスプレような恰好の少女は、身の丈二倍はあろうかというリーゼント頭の青年が抱えるスーツケースを見上げた。
「いや、オレからするとスーツケースに入れるってのがそもそも良くねえよ!もっと他の容器に入れりゃあよかっただろ!これじゃあ『如何にも大事な物を運んでます』ってアピールするようなもんじゃね?」
「だからって普通のバイク便で運べと?治安の悪いこの街ではその方が悪手だ」
道行く人の視線に怯えながら、リーゼント頭のエセヤンキーと魔女コスプレの少女の二人組が表通りを進んでいく。
と、曲がり角で小さな男の子が二人にぶつかった。
男の子が抱えていた袋からリンゴからゴロゴロと零れて地面を転がってしまった。
「おっと、悪い。大丈夫か?」
そう言って、リーゼント頭の青年が地面のリンゴを拾って渡す。
「ありがとう、お兄さん!」
少年は笑顔でリンゴを右手で受け取り、
ポカンとする青年の喉から、温かい血がぬめるように流れ出していく。
思考停止した青年は口をパクパクと開き、
「ばっ、ヒュ、ぁ、が…………ッッ!?」
一拍遅れる形で激痛にのた打ち回った。
自分の両手で喉を抑えつけるが、あまりにもパックリと大きく裂かれた傷口から漏れ出る血は止まらない。
命の残量が減っていく。
「ハッ……何が『ガバメント』アワード501『
少年は地面に落とされたスーツケースを奪うと、茫然と立ち尽くし顔を青くしている依代の少女に不敵に笑った。
「じゃあね、これは貰ってくよ。馬鹿な召喚師と契約した自分の不運を恨むがいいさ」
言い捨て、入り組んだ裏路地を少年は駆け抜けていく。
そう少年は思っていた。
「…………し、しししししししししいししし死ぬかと思った……!?」
「阿呆が。不意打ちくらい常に警戒しろといつも言っているだろうが。アタシの『香』で幻覚を見せなかったら即死だぞ?」
「ありがとう姐御おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「泣きつくな暑苦しい!!それに、アタシの異名は『アンプリファイア500』。実力の
「姐御に命を救われるのはこれで何度目か分かんねえな……」
「ともかく、今はこのガキをどうするかだな」
二人の前で、虚ろな目のまま幻想世界にトリップしている少年を蹴飛ばす。
姐御と呼ばれる少女は、倒れた少年の前髪を掴んで顔を引き上げ、尋問するように質問していく。
「誰の手先だ」
「……『イリーガル』です……」
「『イリーガル』の誰だ?」
「……アワード901『
訝しむ少女の隣で、リーゼント頭の青年が顔を青くして脂汗をかいていた。
「ちょ、マジか!?『イリーガル』でも悪名高い、国殺しの暗殺三姉妹じゃねえか!?本業は確か国家間のテロとか破壊工作とかだぞあいつら!?なんであんな大物がオレみたいなアワード500番台に差し向けられるんだよ!?」
「……アタシは知らんが、それぐらいこれが大事って事だろう」
二人してまじまじとスーツケースを眺める。
実のところ、荷運びの仕事を請け負っているものの、二人は中身を知らされていなかった。まるでマフィアに麻薬輸送のバイトをさせられるような謎の任務だった。
とはいえ、この二人組はつい最近まで『ガバメント』の意向とは外れた問題行動が多かったため、『ガバメント』からの信用がないのも事実。詳しい説明がないのもしょうがないのかと独り合点していたのだが、
「……こりゃあ、姐御、手を引いた方がいいぜ。オレらの手に負えるレベルじゃねえ。こういうのは『フリーダム』アワード903の最強野郎みたいな奴じゃなきゃ無理だ」
「……致し方無い、か。信用を取り戻す絶好の機会だったが、お前がそう言うなら従うよ。アタシはお前の依代だからな」
二人して踵を返し、元来た空港へUターンしようとした時だった。
青年が振り返りざまの視界の隅で、少年の頭が
「姐御!!」
「む、」
咄嗟に青年は少女を抱え、地面に伏せた。
同時、
血と肉が爆風と共に撒き散らされ、勢いに地面を転がされた青年が道の反対側の建物の壁に激突する。
「くっ、畜生……!もう来てんのかよ!?」
じゅうじゅうと服どころか肌まで焼き焦げて苦悶の表情を浮かべた青年は、ポケットからパイナップル型の手榴弾を取り出した。
「容赦のない奴だ。刺客の少年の頭に無線爆弾でも仕込んでいたのか!?」
「……普通の召喚師だったら
二人して道のあちこちを見やる。
突然の爆発に道行く人々はパニックを起こし、二人から離れようと一斉に逃げ出していく。
その中で、逃げ惑い遠ざかる人々の方向とは真逆に歩く、つまりは二人に近づいてくる女がいた。
まず恰好が奇妙だった。
二〇台ぐらいの女性だが日本の男子高校生が切る学ランをマントのように肩掛けで羽織り、胸をさらしで巻いている。後ろで結わい腰まで伸びる黒髪は、ポニーテールではあるものの漢気すら感じる出で立ちであった。
男装の女性に付き従うのは、酷くやせ細った少年だ。人形のように可愛く着飾られたゴスロリメイド服の女装姿だが、やせ細りすぎて骨格が浮き出てしまいむしろ男性である事が誇張されてしまっている。
そんな外見上の性別を交換し合った二人組が、人の流れに逆らって歩み寄って来る。
「そこのビビリ腰、『ガバメント』アワード501『
「(……バレてるぞ、姐御。どうするよ?)」
「(何を言ってる。アタシを使うも使わんもお前の決断次第。お前が私の召喚師だぞ)」
ゴクリと唾を飲み込み、一瞬目を閉じて覚悟を決める。
マックスと呼ばれた少年は、高らかに笑って立ち上がる。
「へっ、この『
「おぉ、自己紹介が後になっちまったな、すまねえ。男らしくなかったぜ」
「男らしい、か。いいぜ、来な。その蛮勇、今ここで買ってやるぜ!」
「いいねえいいねえ!私も長話は好きじゃないんだ。ハッハーッッ!男はやっぱ喧嘩で語らねえとな!!」
マックスは握りしめていた手榴弾を男装の召喚師に目がけて投げつける。
対する男装の女召喚師『
少年の身長よりも長いブラッドサインを口から引っ張り出し、『
「楽しもうや、『
「後悔すんなよ、『
直後、手榴弾が爆発した。
「……………………は?」
辺り一面に広がったのは、『香』ではなくただの煙幕。
その意味を理解し、『
「戦うのはどうしたオラァ!!」
ブラッドサインで煙幕を切り払った先に、二人組はいなかった。
「逃げやがった……!?……あ、の、野、郎……ッッ!!」
怒りの表情で煙幕を掻き分け、近くの路地裏を覗く。
しかし、
「油断してんなよ」
「ッッ!?」
『
マックスは逃げるためではなく、隠れるためにスモークグレネードを使用していたのだ。炸裂と同時に敢えて前方にヘッドスライディングし地面の隅にひれ伏して『
そもそもマックス=レイヤードには、初めから召喚儀礼など微塵も頭にない。
背中に背負った野球バットケースからスキー板の素材でできた釣り竿のようなブラッドサインを抜く。しなるブラッドサインが遠心力を生み、その先端に取り付けられたスタビライザーに偽装した近接用鈍器が頭蓋目がけて振り降ろされる。
が、
「甘いね」
『
「嘘だろ!?」
男らしさを強調する癖に依代を蔑ろにする等、いろいろと矛盾している。
気絶した女装少年と衝突してもたつくマックスの顔面へ向けて、『
顔面に直撃し、鼻っ柱を折られて鼻血を撒き散らすマックスだが、
「が、くっ……だが、依代は気絶してっから人工霊場は展開されない!」
「じゃあこうすりゃいい」
言葉と同時、眼前に『
速い。
そう自覚した時には既に、彼女の全体重を乗せた強烈な肘打ちが槍のように依代とマックスに突き刺さっていた。
「ご、ぱ……ッッ!?」
あまりの威力に足が地面を離れ、二人して宙を浮いた。
依代を間に挟んだためにマックスはこの程度で済んだが、モロに心臓への肘打ちを食らった依代の少年は肋骨がバキバキ折れる音が伝播してくる。
そして、激痛で少年の意識が覚醒する。強引な心臓マッサージのようなものだ。
「ちく、しょう……!!」
壁まで吹っ飛び、喘ぐように息を整えるマックスに、体を動かす余力はない。
地面にバウンドする
炸裂地点に描かれる魔法陣から薄く淡く広がったのは一辺20メートルの立方体。
人工霊場。
獲物の脱出を阻む牢獄にして、召喚師達の
「捕まっちまったなぁ、『
「へっ、だったらこうすりゃいいのさ」
疑問を浮かべる『
「………………は?」
意味不明な行動に思考停止する『
見れば、マックスの足首にはワイヤーが結ばれており、その先に、
「くそ、依代か!?」
マックスの依代が近くにあったタクシーを奪い、マックスの足に結びつけたワイヤーをバンパーに引っ掛けて発進する。
慌ててブラッドサインで白棘を弾いて被召物を召喚するが、依代の体が変身を終えた時には既に人工霊場からマックスの体は抜け出していた。
そう、負ければいい。
さっさと気絶して負けてしまえば、敗者は絶望的忘我状態に陥り人工霊場の壁を通過できるようになる。
「そのために依代を人工霊場の圏外へ避難させておき……いや、端からそのために煙幕を使ったのか!」
マックス=レイヤードは初めから勝つ気もなく、不意打ちを成功させる気もなかったのだ。
煙幕を張ったのは、足にワイヤーを結んでその端を握ったエリ=スライドを避難させるため。
わざわざブラッドサインで殴りかかったのは、『
「く、そ……クソったれがァぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
いくらチェイン待機状態で自由に動けると言っても、走って車には追いつけない。被召物の攻撃も、一辺20メートルの人工霊場内までしか届かない。
その間に、気絶したマックスを自動車で引きずり傷だらけにしながらエリがタクシーで爆走していく。
チェイン待機状態の90秒が過ぎ、人工霊場が消失した『
「……何が『
完全勝利さんよりも(アワード的には)弱い冥乃河姉妹……