「突き立て!喰らえ!十三の牙!――――『
「吹きすさべ、滅びの星光よ。世界の最果てを汝の星光を持って、我が障害の一切を汝の滅びによって満たし尽くせ――――『
アルトリアの聖鎗とソーンの魔法が衝突する。その威力は完全に拮抗しており、どちらかが欠けばその時点で決着がつくような状態だ。だからこそ、どちらも引く事なく力を籠め続ける。互いの宝具と魔法の中心点は完全に消滅していた。互いに相手を撃ち破らんと魔力を注ぎ込む。
「ぐ、あああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「う、おおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
どちらも手加減など一切なく、己の持てる全身全霊を注ぎ込む。同時に籠められた力はどんどん高まり、被害は比例するように拡大していく。事態はこのまま推移するのかと思いきや、アルトリアの魔力が急に弱まり始めた。その理由をアルトリアとソーンは同時に理解した。
そう、ソーンが連れてきていたチンクだ。ソーンがアルトリアと戦闘を行う事でアルトリアとそのマスターの目を惹き、その間にチンクに指輪の探索を任せたのだ。この場で最も力のない者だからこそ、警戒心を抱かれない唯一の存在としてソーンはその役割を任せたのだ。
「これで終われ、アルトリアァァァァ――――ッ!」
「負けられる訳がない……彼女の願いを私は必ずや――――!」
しかし、アルトリアの覚悟もむなしく、アルトリアの宝具はソーンの集束砲に撃ち破られた。それと同時にユニゾンが解除され、息を切らした三人と少しだけ息が上がっているソーンがいた。そして、ソーンは倒れ伏しているアルトリアに近付いた。
「私は……負けたのか。しかし、マスター狙いだったとはな……いや、そこまで思考を行かせることが出来なかった時点で私の敗北は決まっていた訳か」
「まぁ、その通りだな。チンクを何の力もないただの一般人と認識した時点で、お前の敗北は決まっていたんだよ。最も警戒されない彼女だからこそ、俺はこの役割を任せられたんだ」
「そうか……ソーン。私の願いを訊いてもらえるだろうか?」
「……とりあえず言ってみろ。聞いてからその返事はしてやる」
「どうか……どうかマスターを生かしてやってくれ。彼女はただ後悔しているだけなんだ。そのために指輪を使っただけなんだ……だから」
「知るか。お前のマスターをどうするかどうかなど、俺が決めるべき事じゃない。お前のマスターをどうするか決めるのは、この惑星で生きる者だ。俺にどうこうする権利などあるものか。俺は指輪の回収と惑星の活性化するぐらいしかするつもりはない」
「そう、ですか……あなたらしい事ですね。では、私の近くに来てもらえますか?」
ソーンがアルトリアに近付くと、アルトリアは身を起こしてソーンの顔を捕まえた。何をするつもりなのかと思えば、アルトリアがソーンの唇にキスをした。あまりにも予想外だったのか、ソーンは呆然としていた。そんなソーンを見てアルトリアは華やかに笑い、消滅していった。ソーンはアルトリアの行動に暫し呆然としつつ、暫くすると立ち上がった。その顔には何とも言えない表情が浮かんでおり、ため息を吐いた。
「……何をしているんだ、お前は。まさか俺に惚れていた、とでもいうつもりなのか?」
一種の失望の色すら見えたソーン……ソロモンの表情にアミタは物申したかった。しかし、する事はしなかった。何故なら、ソーンの頬を一筋の涙が流れていたからだ。
「馬鹿が……だから、お前は優しすぎると言うんだ。俺のような人間に色恋の感情など抱いてどうする。お前ならばもっと良い奴が捕まえられるだろうに……」
「ソロモンさん……」
「まぁ、良い。今言っても詮無い事だ。今はチンクと合流するとしよう。本来の目的を果たすために」
アミタが一瞬垣間見た涙はまるで幻想だったかのように消えていた。そしてソロモンたちはアルトリアが守ろうとしたマスターがいるであろう場所――――廃教会に向けて歩みを進めた。ソロモンが教会に近付くと、扉があったであろう場所にはチンクが立っていた。
「お待ちしておりました、殿下」
「ああ。指輪回収、大義であった。お前のおかげで俺が勝利したと言っても過言ではあるまい。よくぞやってくれた」
「いえ、御身の力があればこその成果と言うべきでしょう。私だけではあの御方の足元にすら遠く及びません。勝利という結果を得られたのは御身の存在故です」
「謙遜する事ではないし、俺がいなければお前がここに来る事もなかったのだ。今の俺にお前に与えられるほどの温床を用意できない以上、せめて称賛の声ぐらいは素直に受け取ってくれ」
「……かしこまりました。それでは、ソロモン様。御身の指輪を」
チンクはソロモンに右手を差し出した。そこには特殊な装飾が施された黄金の指輪が一つ乗っていた。それを摘まみ上げ、少し確認した後右手の中指にその指輪を嵌めた。すると指輪がソロモンから凄い勢いで魔力を吸い取り始めた。その感触を持ってようやくソロモンは納得した。
「……ああ、確かに。しかし、お前も中々に無欲だなチンク。この指輪があればいかなる願いも叶うというのに、何も願わないとはな」
ソロモンは意地悪そうな笑みを浮かべながら、チンクにそう言った。けれど、チンクはそんなソロモンに対して特にどうという事はないという態度を取っていた。ありとあらゆる願いを叶える万能の願望機としての力を持つ指輪を前にしても、チンクの心は揺れなかった。
「……私にその指輪は必要ありません。その指輪を前にした時、自然とそう思えたのです。殿下、私はおかしいのでしょうか?」
「いや。そんな事はない。お前はまったくもって正常だよ。指輪を前にしてそういう思考ができるお前は真っ当な人間だよ。欲に溺れた人間ほど指輪に呑まれる。そうではなかったのだから、お前は胸を張って良いんだ」
そう言った時のソロモンの表情はとても穏やかな物だった。指輪を見た者の欲望が満たされている時、指輪を欲する欲望は生まれない。しかし、それは当然の話である。ありとあらゆる願いを叶える力だ。叶えたい願いが難題であればあるほど、それを叶えることの出来る力を持っている指輪を欲するのは当然の話だ。
チンクにその感情が湧かなかった、という事は今の彼女は満たされているという事を意味している。渇いていれば渇いている程に、飢えていれば飢えている程に指輪の力は強くなり、同時にそれを欲する衝動も強くなる。チンクにその感情がなかったという事は、彼女の器は指輪を欲するほどに飢えている訳ではないという事を意味していた。それはソロモンにとって、喜ばしい事でもあった。
「人なのだ。飢えていれば良い、渇いていれば良いなどと言える訳がない。須く弱い人々はその飢えを満たしたいと願うのだからな。それが悪い事だとは言わん。それでも、領分という物があるのだ。満たすべき飢えと満たさずとも良い飢えの二つがな」
「満たすべき飢えと満たさずとも良い飢え……ですか?」
「そうだ。そして後者が強ければ強い程、指輪はその者を魅了する。困った物だとは思わないか?」
「……そうですね。それで、この後は如何なさいますか?アミティエ殿が何故ここにいるのかは存じませんが、グランツ一家に一言挨拶をして戻られますか?」
「そんな不義理をするつもりはない。天剣たちが俺たちの迎えに来るつもりのようだからな。それまでは待つとしよう。世話になったというのに、こちらの目的を叶えたのだからさよなら……というのは些か問題だと思うが?お前が家族の元に戻りたいと願うのは自然なことだが、もう少し付き合え。それぐらいの余裕はあるだろう」
「……かしこまりました。総て、殿下の思うがままに」
「ふっ、悪いな。今はあいつのマスターとやらに会っておきたい。あいつが救いたいと思ったマスター……眼にしておいても構うまい」
チンクはソロモンを止めようかと思ったが、ソロモンの好きにさせることを選択した。チンク個人としては、あの娘に同情する心はあった。けれど、それがソロモンも同様であるとは限らない。どころか、ソロモンの琴線に触れ、怒らせる可能性もあると思ったのだ。しかし、自分が言った程度では止まらないだろう事も分かっていた。だからこそ、止めるような事はしなかった。
ソロモンが廃教会の中に入ると、そこには一枚の石板とその前に座り込む少女がいた。何もかもを失ったかのような、そんな人間の眼をしていた少女は入ってきたソロモンたちに目を向けた。そしてその視線が指輪に向いた瞬間、まるで人が変わったかのように突っ込んできた。そんな少女にソロモンはため息を吐き――――鳩尾につま先を打ち込んで蹴り飛ばした。
強化の魔法も使用されていたのか、少女が突っ込んできた速度の倍の速度で石板に衝突していた。崩れ落ちる少女をしり目に、ソロモンは阻害魔法をかけられた手袋を身に着けた。そして少女に近付き、頬を張った。衝突した衝撃によって朦朧としていた少女はそこで意識を取り戻した。
「娘、お前がアルトリアのマスターだな?」
「アルトリア……?アーサーのこと?」
「……そうだ。騎士王アーサー・ペンドラゴンの事だ。お前が何故英霊召喚の儀式を知っていたかはどうでも良い。しかし、一つだけ訊いておきたい。貴様は何故、エルトリアの崩壊を願った?何か恨みでもあるのか?」
「……恨み?ええ、そうね。私は許せない。私を殺し、私の家族を殺した、ユーリ・エーベルヴァインのことが!あいつがのうのうと生きているこの世界が!私は許せないのよ!」
「イリス……」
あまりの変わりようにアミタは思わず少女の名を呟いていた。それを聞いたソロモンはアミタの方に顔を向けた。何やら因縁があるようだが、ソロモンにとっては指輪の力に狂った少女でしかないからだ。
「……なんだ、知り合いなのか?」
「少しだけ、ですけど……彼女はイリス。キリエの古い友人です。ユーリや王様の関わった事件を引き起こした首謀者で、キリエや多くの人に迷惑をかけた罪で管理局に拘留されている筈だったんですが……」
「どういう訳か、ここにいると。まぁ、理由などどうでも良い。指輪を使って逃げたのか、それとも誰かが脱走の手助けをしたか……そんな事を論議しても仕方がないな。どうする、アミタ?」
「どうするって、どういう意味ですか?」
「この少女をどうするかは君の自由だ、という事さ。アルトリアに言った通り、この少女をどうこうする権利など俺にはない。その権利はこの星を救わんと健闘した君の自由だ。その上で、君はどうしたい?」
「私は……彼女を救ってあげたいと思います。キリエや他の皆さんに迷惑をかけました。確かに、彼女にも彼女なりの理由があったんです。それでも……もう解放してあげたいと思うんです」
「……なるほど。了解した」
そう告げたソロモンは千里眼を使い、過去に何が起こったのかを理解した。そして目の前にいるイリスという少女が、現在どういう状態になっているのかを理解した。同時に何故、アルトリアが少女を救いたいと願ったのかも理解した。そしてソロモンは結論付けた――――この少女は救われないと。
「肉体を殺され、途方もない年月を復讐心によって固定されていたか。そんな状態で指輪を使えば、真っ当でいられる訳がない。指輪は暴走し、願った人間を壊すだけだ」
そもそも、復讐心を数えるのも馬鹿らしくなるほどの年月固定し続けるというのは魂に相当な負荷を与える。それこそ、その時点で壊れてしまっても何もおかしくはない。復讐心も殺意も、長時間固定し続けるなど人間には到底できる事ではないからだ。それができてしまうという事は、その段階で魂は相当に壊されていると言っても過言ではない。
人間の魂はそこまで強固には出来ていないのだ。だというのに、そんな状態で指輪を使えば魂はほぼ完全に壊されている。ソロモンの目の前にいるのは、イリスという少女の記憶と積年の慚愧をその身に宿している肉人形に過ぎない。最早、イリスと呼ばれた少女の残滓など何処にも残されてはいないのだ。
「どうして……どうしてあいつが幸せそうに暮らしているのよ?私のパパとママは、苦しんで死んだのに。私だって痛くて苦しくて、どうしようもないぐらいに悲しかったのに……どうしてあいつは幸せになれるのよ!?」
「そんな事、知るものか。お前の悲しみも苦しみも、俺にとってはどうでも良い事だ。……まぁ、確かにお前の経歴ならユーリの事を憎んだって、しょうがないのかもしれないな」
「だったら……!」
「だがな。復讐したいならお前自身の手でやれ。他人を利用するな。超常の力に手を出して自分の好きにしよう、だなんて考えが甘すぎる。お前がお前自身の手で行う事ができないなら、それはその時点で間違いなんだ。だから、お前の野望は総て妨げられるんだよ」
「私の家族は不条理に奪われた!だったら、不条理を持って返して何が悪い!?」
「お前がそう思っても。お前のやり方では必ず歪みが生まれる。その歪みに巻き込まれた人間は、お前のやり方を認めようとはしない。そう思われた時点で、お前のやり方が間違っている証明なんだ。都合の良い存在なんていないし、都合の良い力もまた簡単に頼って良い存在ではないのだから」
「私は……!」
「しかし、今のお前に言っても詮無い事だ。復讐という概念に捕らわれたお前は、最早真っ当な人間ではない。今のお前では……な。故、俺が総てを奪おう」
「何を……!?」
ソロモンはイリスの頭を掴み、その手に魔力を注ぎ込み始めた。アルトリアとの戦いほどではなくとも、ディアーチェやシュテルたちを容易に上回る魔力にイリスは恐怖を抱いた。ソロモンはそんなイリスに対して、まるでおいたをしたをした子供を見るような瞳でイリスを見つめていた。
「お前の想い出の総てを。お前がこれまで培ってきた技術の総てを。そして……お前が育んできたその復讐心の総てを。その総てを俺が奪いとる。それによってお前は新たな命を得て、新生するんだ」
「私から……奪うの?パパやママの思い出を、この気持ちを……!?」
「そうだ。最早、今のお前を救う術があるとすれば、それ以外にはない。俺は俺の事情でお前を救う。それがたとえ、お前の何もかもを奪う結果になろうとも――――これ以上の災厄を振りまく前にお前を殺してやることがお前にとっても救いとなるだろう」
「……ふざけるな!神様にでもなったつもり!?人を好き勝手するなんて、許される事だと思っているの!?」
「……他人の持ち物を使って星を滅ぼそうとした人間に言われてもな。お前は自らの欲望のために星を滅ぼそうとした。お前こそ神様気取りか何かか?俺はあいつにお前を生かすことを求められ、アミタにお前の救いを求められた。ならば、それを叶えるだけだ」
「そんな、私はまだ……!」
ソロモンはイリスの言語体系や知識を除いた総ての記憶を奪いとった。そして意識を奪い、眠りにつかせた。
「ソロモンさん、イリスは……」
「失ったよ。何もかも。復讐心も、それが生み出された要因も、その為にしてきた事の総ての想い出を。魂の修繕は終わったから、後は真っ当な人間として生きていく事ができるだろう。それで、彼女はどうする?」
「……それは、イリスの今後の話ですよね?」
「そうだな。何もかもを失くしたが魂の修繕は済んでいる。今の彼女は記憶喪失の患者と同じだ。ただし、どれだけ長い時間をかけても記憶は戻らないがな。君たちにとっては嫌な記憶しかない相手だろう。もし、顔を見るのも嫌だというのなら、帝国に連れて帰って孤児院にでも入れよう。
今の俺では、この少女の面倒を見切れないからな。ソロモンのクローンであるとしか他の人間には認識されないのが、今の俺の現状だからな。そんな場所で面倒を見る訳にはいかん。さぁ、どうする?まぁ、相談したいと言うのなら別に構わないがな」
それぐらいの時間はあるだろう、とソロモンは言った。確かに、これはアミタ一人だけで決めて良いような問題ではない。しかし、アミタの心情は既に決まっていた。自分が取るべき道はどういう道なのか、アミタは自分の信条を裏切る訳にはいかない。
「私は――――」
その答えにソロモンは優しく微笑んだ。優しき少女が選んだ道を、純粋にソロモンは祝福するのだった。