魔法少女リリカルなのは~魔王の再臨~   作:シュトレンベルク

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魔王は来たりて

 ジェイルとウーノの会話から時間は過ぎ、計画は最終段階に達しつつあった。ソロモンという史上最も恐れられ、敬われた王をこの世に復活させる偉業は人知れず、密やかに行われていた。

 

「さて、後は王に相応しい武器を作るだけなんだが……さてはて、どうしたらいいものかな?」

 

「そんなの、ドクターがちゃちゃっと作っちゃえば良いじゃないですか〜?ドクターならそれぐらいお手の物でしょう?」

 

「そういう訳にはいかないんだよ、クアットロ。なにせ、ベルカ戦役時代で我が王は私の作った魔導具を総て木っ端微塵にしてくれたからね。私が作るものでは耐久力が足りないんだよ」

 

「……それ、本当ですか?」

 

「本当だとも。あの時ばかりは王を恨めしいとさえ思ったものだからね。現代の魔導士では操る事さえ難しい魔導具を十全に操り、二つか三つ戦場を終える頃には使い潰していたからね。最終的に禁忌兵器を利用した武器を使うに至ったからね」

 

「禁忌兵器って、アレですよね?使ったが最後、星を食い潰すまで決して止まらない禁断兵器……今となっては一つも残らず破壊されたっていう」

 

「そうなんだよ。しかも、その禁忌兵器の中でも特にヤバめの物を再利用したんだ。闇の書よりも数倍ヤバめに改造した魔導書と、龍脈の魔力を食い潰して主に絶対の力を授ける槍とかね。基本的に使ったら最後系ばかりを武器にして渡したよ」

 

「えぇ〜……」

 

「そうでもしなきゃ持たないぐらい、我が王は魔力も技量もヤバかったんだよ。私でももう相手したくないぐらいだよ。でも、その辺りはどうとでもしようはあるんだ。殿下の本家にある筈たがらね。でもな〜、あの指輪だけはなぁ」

 

「指輪って……ソロモン王の指輪ですか?映画のネタに使われたりする」

 

「そうそう、その指輪だよ。持つ者に全能の力を授ける、っていう指輪」

 

 選定者に選ばれた王の器はその器に相応しい力を与えられる。それは選定者が自らの意思で選ぶのではなく、王の器が選定者の求めに応じた際にどこがしかより与えられる物となっている。正確に言えば、魂の器に等しい物が現出するという事になっている。

 その辺りの詳しいシステムは選定者にも分かっていないのだ。ただ彼らは己が選んだ王の行く末を見守る事しか赦されていない。その物語に関わる事はまだしも、助けになってはならない。試練を与えることこそ、選定者の役割であるが故に。

 

「まぁ、正確に言うと全能じゃないんだけどね。そんなの、たとえ彼でも使える訳がないし」

 

「えっ、違うんですか?」

 

「そりゃあ、そうだよ。全能は人の領分ではなく、神の領分だからね。大体、人がそんなの持っても持て余すだけ。さしもの彼もそれは否定しなかったよ」

 

 全能の力などあっても、意味がない。それは他ならぬ魔王の弁だった。人は人自身の力で未来を切り開かなくてはならない。己自身の未来を他人に委ねるようになっては、人として終わっていると言わざるを得ない。辛くとも、苦しくとも、自分の力で手に入れるからこそ、その人生には意味があるのだ。

 

「では、ソロモン王の指輪にはどういう能力があるんですか?」

 

「さしもの私にもそれは分からないな。なにせ、彼の王はその事に関しては一切口を開かなかったからね。言う必要がなかった、と言うだけかもしれないがね。ソロモン王はその辺りはまったく興味がなかったからね」

 

「ベルカ時代における最大の王なのに、自分の力に興味がなかったんですか?」

 

「興味がないんじゃなくて、態々気にするような物じゃなかったという事だろうね。彼にとって、力はただ力でしかなかった。自分が戦闘向きではない事も分かっていたから、軍事力のほとんどは彼の衛士が担当していたし」

 

「衛士、と言うと……親衛部隊の事でしたっけ?」

 

「王の守護よりも王の命令を第一とする、という前文が必要だけどね。実際、ソロモン王が前線にその姿を現した事はほとんどない。禁忌兵器が出た時ですら、ソロモン王は前線にその姿を現す事はなかったんだ。精々、初めの数回ぐらいだったと思うよ?」

 

「……そんなのでよく人が付いてきましたね。普通なら見捨てられてしかるべきだと思いますけど……」

 

「まぁ、前線に出ないだけで戦っていなかった訳ではないからね。大体、守るべき対象である王が前線にいる事は兵士たちの鼓舞にはなるけど、同時に国を崩壊させるリスクもある。基本的に王が前線に出てくる戦闘というのは、国がそれだけ危機的状態であるという事を示しているんだよ」

 

「それはそうかもしれないですけど……って、戦っていない訳ではない?それってどういう意味なんですか?」

 

「いや、原理自体は私もよく分かっていないんだけどね。ソロモン王は玉座に座ったまま、敵陣営に被害を与えていたんだ。考えられるのは超遠距離による術式行使だけど……その難度がどれほどの物か、君には語らなくても分かるだろう?」

 

 当たり前な話ではあるが、魔法という物は距離に応じて行使する魔力量が変化する。近ければ少なく、遠ければそれだけ多く、といった具合に。もし、視認する事すら出来ない程の超遠距離へ、それも敵に痛手を与えられるレベルの術式行使が可能だったとすれば、それはどれほどの魔力量を誇っているのか。

 SとかSSSなど話にならない。文字通りのEX――――測定不能という評価が相応しいだろう。誰も彼と魔力量の勝負をしても勝てる訳がない。それほどの力量を誇ると言うのなら、確かにソロモン王は魔王という呼び名が相応しい。こんな存在を討てるのは、それこそ同格である英雄(バケモノ)ぐらいだろう。

 

「そんな人、守る意味があるんですか?」

 

「流石の王も四六時中命の危機に晒されれば疲弊してしまうよ。そうでなくても、王としての仕事は激務だしね」

 

「それはそうかもしれないですけど……」

 

 クアットロにはどうしてもそんな存在を守る必要性が理解できなかった。明らかに一人だけでも過剰戦力という物ではないか。そう言いたいクアットロの事をジェイルも理解できるのか、苦笑を浮かべていた。しかし、衛士の重要性もジェイルには理解できているのだ。

 と言うのも、衛士隊の設立をソロモン王に提言したのはジェイルだからだ。その時の彼もまた、ソロモン王を守るべき対象だとは定めていなかった。そう定めていたのは、周りにいた貴族の中でも上位の実力を持っていた子息や子女たちであった。貴族たちが自分の娘や息子を王の周りに送る事ができれば、自分たちの地位も安定できると思っていたのもあるだろう。

 

「しかし、アレはなぁ……」

 

 どう考えたとしても、アレはソロモン王のカリスマに呑み込まれていた。あの当時、呑み込まれていない者などほとんどいなかった。しかし、それでもアレはそういう者たちとは一線を介していた。確実に子息たちには狂信の感情が、子女たちには色恋の感情が混ざっていた。

 少なくとも私利私欲が混ざっていた事は疑いなく、ソロモン王もそれを認知していた筈だ。しかし、ソロモン王はジェイルの提言を受け入れた。ソロモン王が何を考えていたのか、ジェイルには分からない。しかし、受け入れた理由は何となく想像できる。

 

「反感を買わない道を選んだんだろうけどね。それが正しかったのか、それとも間違っていたのか……今の私にも分からないんだよね」

 

 ソロモン王という強大なカリスマを彼らは信じきっていた。その上で、ソロモン王を守る衛士隊の設立とそれに参加する事を望んだのだ。ソロモン王の覇道に自分たちも馳せ参じたいと願い、その為ならどんな物であっても利用してみせる。それがたとえ、肉親であるとしても。

 狂的なまでの思想であり、ジェイルもここまで人を狂奔させた王という物を見た事がない。聖王女も覇王も凄まじいカリスマの持ち主ではあったが、これほどまでに人を揺れ動かした王はいない。少なくとも、ジェイルはソロモンを王の器として選んだことに対して後悔はしていない。

 

「ドクター、結局問題は解決していませんよ?」

 

「……そうだったね。さて、どうしたらいい物かな」

 

「というか、本家の方には保管されていないんですか?ソロモン王が身に着けておられた物なら、普通は保管されているのでは?」

 

「普通なら、ね。しかし、あの指輪はソロモン王専用に調整されている代物なんだよ。ソロモン王以外が身に着けても、何の効果もないんだ。だから……ね?分かるだろう?」

 

「すでに廃棄されている、という訳ですか。それで良いんですか?」

 

「良くはない……んだけどね。どうしようもないのが実情なんだ。しょうがないからまずは槍と本の回収だけ先に済ませて……」

 

 ジェイルがそう言った瞬間、ブザーがけたたましく鳴り始めた。何事かと思っていると、傍に置いてあったモニターが点いた。そこでは何やら慌てているドゥーエの姿があった。

 

「何かあったのかい……と訊くのは野暮か。誰が来ているのか分かるかい?」

 

「現在確認中ですが、管理局の局員ではないようです。しかし、たった三人でこちらの防護を次々と破られています!既にガジェットの6割が大破、防衛トラップも半分以上が突破されています!」

 

「ふむ、ここの防衛システムはそれなりに強化しておいた筈なんだが……侵入者の似姿は分かるかい?」

 

「最後に監視カメラが映した物はこちらになります」

 

 モニターに表示されていたのは真紅の杖を振るう女性と蒼い魔力刃を振るっている女性、そして魔力球を周囲に浮かせガジェットを破壊している女性だった。見事に女ばかりだったが、ジェイルはそれとは別の事に額を覆っていた。それを見ていたクアットロは思わずジェイルに声をかけた。

 

「ドクター?どうかしたんですか?」

 

「あぁ、クアットロ……どうやら嗅ぎ付けられたらしい。まさか、まだ王が目覚めていない段階で気付かれるとは思ってもみなかったよ」

 

「嗅ぎ付けられた?……まさか」

 

「そう。彼女たちは衛士隊の隊長格の子孫だ。ここを虱潰しにして王の素体を回収しようとしているみたいだね。訊いてくれるか分からないけど、とりあえず声をかけてみるとしよう。じゃないと、王の素体にどんな影響が出るか分かった物じゃ……」

 

 ジェイルがそう言った瞬間、クアットロに体当たりをするように抱きつき壁側に向かった。それと同時に床の下から(・・・・・)光の柱が迸った。瞬く間に床と天井を溶解させ、天を突くかのような光が生まれた。その光が何であるのか、どこから現れたのか、それを理解する暇はなかった。

 光が消えた瞬間に先程まで暴れていた三人の女性が飛び降り、それに追随するようにジェイルも飛び降りた。ジェイルに抱えられていたクアットロも同じように穴に飛び込む事になった。しかし、悲鳴を上げることはなかった。それ以上の何かを穴の底より感じていたからだ。

 まるで深い深い闇の底に向かうような、はたまた逆に眩く輝く光の根源に向かっているかのような、正反対としか言いようのない二つの感覚を抱いた。実際よりも長い墜落を体感しながら、五人は最下層に辿り着いた。そこには完膚なきまでに破壊されたポッドとその傍でたそがれている一人の男性が立っていた。降りてきた五人に視線を向ける事もなく、ただ黙って立っていた。

 

「……久しいな、王の器の選定者(キング・メーカー)。相変わらずのようで何よりだ」

 

「は……ハハハハハハッ!我が王よ、それはこちらのセリフですよ。やはり、私の研究は間違ってはいなかったようだ!」

 

「この俺を実験台に使うか。相変わらずのようだな、貴様は。それで、貴様らは……あいつらの名代か?」

 

 男性は高笑いをしているジェイルを懐かしげな表情で見た後、膝をついて頭を垂れている三人の女性に目を向けた。先ほどまで基地を破壊して回っていた女性たちが武器を置き、男性に対して敬意を向けている。それに対して、男性は何とも思っていないのがありありと窺えた。

 

「いえ、我らが王よ。王が没され、既に長き時が経過しました。我々は王の時代より連綿とお役目を継承して参りました。私は『灼熱の煉獄女帝(ザ・デストラクター)』の十代目でございます」

 

「同じく、『雷極の斬滅女帝(ザ・スラッシャー)』十代目でございます」

 

「我もまた十代目『暗黒の滅殺女帝(ロード)』を継承せし者。我らが頂点に立つ王よ、御身のご尊顔を拝する許可をどうか我らにお与えください」

 

「勝手にすればいいだろう。元より、俺には貴様らに命令をする資格などないのだから。だが、その前に……ジェイル」

 

「はい?なんでしょうか、我らが偉大なるソロモン王よ」

 

「……服を寄越せ。落ち着かないからな」

 

 一体何を言うのかと思えば、そんな事か。自分とはとんでもなく遠い場所にいる人物かと思えば、そうでもないというどうでも良い事にクアットロは何故か安心した。それが何故であるのか、今の彼女にはまったく理解できなかった。

 派手に破壊されたのを幸いとしてジェイルたちは別のアジトに移り、簡素な服を身にまとった男性――――ソロモンは用意された椅子に座り、用意されたコーヒーを飲んでいた。真っ黒な飲み物に最初こそ眉をひそめたが、一口飲んだ後は何も言わずに飲んでいた。半分ぐらいまで減ったあたりでソロモンは口を開いた。

 

「それで……どういう事なのか、教えてもらえるんだろうな?ジェイル」

 

「おや、存じ上げているのではないのですか?」

 

「馬鹿を言うな。俺が何かを知るためには視なければならない。結果は知る事ができても、過程まで知ることは出来ぬのだ。知っているだろうが」

 

「王の有する千里眼の事ですか?」

 

「そうだ。俺の魔眼は俺が生きている時間以外の物は結果しか見えん。だから、俺はこうして行動している姿を視れても、それ以外のどうしてこうなったのかは俺も知ることは出来ない」

 

 結果だけを知る力ではなく、一定の者以外は結果しか知る事ができない。基本的に千里眼という能力はその時間軸の出来事しか見る事ができない。そこまで自由度の高い能力ではないのだ。際限なく視る事ができるほど、ソロモンの持っている魔眼のレベルは高くない。敢えて言うとすれば、過去視と距離無制限の現在視及び超限定的な未来視ぐらいだろう。

 

「いや、十分に強力だと思いますが」

 

「普通に聞けば、な。だが、世の中には過去・現在・未来の総てを見通した王がいると聞く。それに比べれば、俺の魔眼などまだまだと言ったところだろうさ」

 

「それは幾らなんでもご謙遜が過ぎるのでは?」

 

「謙遜か。俺はそうは思わんが、これ以上この話をしていても不毛という物だろう。まずはそちらの話を聞いた方が良さそうだしな」

 

 ソロモンは先ほどから黙ったまま、出されたコーヒーにも口を付けずにいる三人の方に視線を向けた。ジェイルにとっての娘たちはアジトの一つを潰した三人に対して警戒心を露わにし、三人もまたジェイルを始めその娘たちであるというナンバーズを警戒していた。どちらもが敵対心を露わにしている今、戦いにまで発展していないのはソロモンとジェイルの存在が大きい。

 お互いがにこやかに話しているからこそ、彼女らは矛を交えない。止められてしまう事が目に見えているし、彼女たちも主を害する可能性のある行動を起こしたいとは思わないのだ。それを分かっているからこそ、ソロモンもジェイルもその事には触れなかった。

 

「さて、今代の我が女帝たちよ。何故、貴様らはあの場所に現れた?貴様らの先祖がそこの選定者に振り回された回数も指で数えられるような数ではないとはいえ、たかだかその程度ではないのだろう?」

 

「もちろんでございます、閣下。我々が閣下に望む事はたった一つ――――国許に戻り、再び王国を再興させていただきたいのです」

 

「ふむ……確かに、何やら大変な事態に陥っているようだが。それは俺の質問の答えではないな。そちらの方もまた尋ねる事とするが、まずは質問の方に応えて貰おうか」

 

「閣下。閣下はフェリスという貴族を覚えて御座いますでしょうか?」

 

「フェリス……あぁ、神官の一族か。確か、未来予知を行うことのできる家だったか?」

 

「はい。その認識で間違いないかと。聖王家の方にグラシアという同じような事ができる家がありますが、そこよりは精度の高さが自慢だそうです。今代の当主が閣下の事を占ったのです。その結果、閣下の居場所を把握したため、御身の安全を確保するために襲撃いたしました」

 

「……なるほどな。しかし、俺の事をそうまでして求める意味がどこにある。管理局の自作自演などが存在するが、それでも世界は平和だ。あの時代のように、俺が王としてお前たちを率いる必要がどこにある?」

 

「閣下。閣下は我らの希望でございます。聖王がこの世界の王者となろうとも、我らにとっての王者とは閣下に他なりません。御身のお家――――アクィナス家は惰弱に堕ち、管理局の風下に立とうとしています。我らはそんな惰弱な者たちに仕えたかった訳ではございません。

御身だけなのです。我ら衛士隊一同は御身の血統にではなく、御身にこそ仕えたかったのです。それだけが、御身に忠義を誓った先祖から連綿と続く我らの想いなのです。どうか、我らが王よ。至大にして至高なる我らの王よ、どうか御身のお傍に侍る事をどうかお許しください……!」

 

 心からの想いを籠めて、三人は頭を下げる。そんな三人の行動に対し、ソロモンは――――何とも言えない表情を浮かべていた。ソロモンにとって、それは当然な感情でしかなかった。この三人はつまりこう言いたいのだ。『あんなのは自分たちの理想じゃないから、理想であるあなたに仕えたい』と。しかし、そんな事を聞いて『はい、そうですか』と言えるならソロモンは王などしていない。

 現実と理想が食い違うのは当然の話だ。何もかもが理想通りなどという話がある筈がない。千里眼などというチート紛いの代物を持つソロモンですら、そんな事はあり得なかった。現実と理想の食い違いにそれでも争い、何とか自分の理想とする物へ手を伸ばす事こそが今を生きる人間に必要な事なのだ。

 ならば、そんなの知るかと彼女たちの手を振り払うかと訊かれれば、首を縦に振りかねる。不条理が満ちていた時代に生まれ、その在り様が嫌だと思ったからこそ彼は立ち上がったのだ。自分が理想としている者になるために、現実を食い破る力を求めた。そのために選定者の手を取る道を選択したのだ。そんな彼に、現実を変えるために理想へと助けを求める彼女らを否定することは出来ない。

 

「殿下。我らが偉大なる王たるソロモンよ。あなたには多くの道がある。彼女たちの願いに応える応えないも自由だ。しかし、忘れてはならない事があるのです」

 

「前の人生からは逃げられない、か。至極当然の話ではあるがな、ならば貴様は何をしたいのだ。自らの意志で王の器を選ぶ選定者よ、貴様は一体俺に何を望む」

 

「殿下、お忘れですか?私は王に何も望まない。救わない。私はただ王の在り方を見るだけなのですから」

 

「ハァ……俺は戻らん。今の俺はソロモン・アクィナスではなく、ただのソロモンでしかないからだ。アクィナスではないソロモンはかつて魔王と呼ばれたソロモンではない」

 

「それは……」

 

 それは否定しようのない事実だ。目の前にいるソロモンは、あくまでもジェイルの技術によって蘇った存在でしかない。アクィナスとして君臨している訳ではなく、ベルカ時代を席巻した魔王という存在はとうの昔に死んだのだ。魔導の王たるソロモン・アクィナスは最早どこにも存在しない。

 

「だが、この俺に――――ただのソロモンに仕えたいと言うのなら、勝手にすれば良い。どうせ貴様らの先祖も通ったような道だ。一々口を出すほど、俺も神経質ではない。他の連中にもそう伝えておけ」

 

「は……ハッ!寛大なるご処置、ありがとうございます!」

 

「俺は王ではないと言っているだろうが……そう言えば、今回の貴様はどうする気なんだ?選定者」

 

「はて、どうする気とは?」

 

「俺を見縊るなよ。態々、聖王の義体など用意してどうするつもりなのか知らないが、どうせ碌でもない事なんだろう?ゆりかごの修復といい、俺の復活といい、貴様は一体何を企んでいるんだ?」

 

「ハハハハハッ、やはり王には隠し事が通じないのですね。まさかこれだけの時間でそこまで把握されていらっしゃるとは。ただ、言い訳をさせて貰えるのなら、私は王の復活以外の事柄に関しては関わっていないのですよ。そういう事を支持する連中とは関わりを持っていますが」

 

「ほう……何処のどいつだ?そんな意味の分からぬ事を支持する連中というのは」

 

「管理局最高評議会――――王が同盟を結ばれた相手ですよ」

 

「……なんだ、奴らはまだ生きているのか?」

 

「えぇ、今となっては脳みそだけしか残っていませんが、自分たちの正義を掲げて。その正義によって轢殺されてきた世界や命の数は数えきれないほどです。それだけの犠牲者が出ている事について、王は何か思われますか?」

 

「奴らが勝手にしている事だろう。何故、俺がその事についてコメントしなければならない?」

 

 ソロモンの答えにナンバーズの少女たちは恐れを抱いた。彼女たちも犯罪者である父を持つ身だ。生きるために誰かを犠牲にする事に対して、特に心を痛める事はない。しかし、ソロモンほど平然とはしていられないだろう。動揺であったり、驚愕であったり、少なくとも何かしらの感情を露わにするだろう。

 

「あまり俺をからかうな、ジェイル。確かに痛ましい犠牲なのかもしれん。だが、それは俺との関わりのない場所で起こった事だろう。義侠心のある者なら怒って当然なのだろう。あの頃の管理局の連中なら、何とかしようと努力した事だろう」

 

 ソロモンは決して否定しない。ソロモンは基本的に自分が普通ではないという事を認めている。普通の人間がどういう感情を抱くのかは分かる。そういう時にどういう行動を取ろうとするのかも分かる。それが間違っているとは思わないし、好きにすれば良いと思う。けれど――――

 

「もう一度言うぞ。それがどうした(・・・・・・・)。どんな組織であろうと、どんな人間であろうと、長く権勢を揮ってきたモノはいずれ終わる運命にある。今の腐敗にしてもそうだ。あの連中はどうしても、後に託すという事ができなかった。納得もするし、その心理も理解できる。

 だが、それが何だと言う。聖王女にしても、奴らにしても、愚かとしか言いようがない。失敗や間違いは繰り返されるだろう。それは昔から連綿と続いてきた事だ。それを避けようとする事が愚かなのだ。始まりと終わりは不可分な物だ。だったら、その道中によって生まれた歪みも正しさも、その者たちだけの物だろうよ。それに対して、何故俺が口を出さなければならない?」

 

 その者たちの人生によって得た傷や涙や後悔はその者たちだけの物だ。他の誰も背負ってやる事は出来ないし、受け止める事などできる訳がない。嘘とか本当とか関係なく、その人生で得た総ての経験を受け止め背負う事は自分には出来ない。だったら、その者たちが犯した罪も、その者たちによって流された涙も、ソロモンはどうする事も出来ないし、したいとも思わない。

 

「払われた犠牲は多かろう。踏みにじられた者も多かろう。だが、だからどうしろと言うのだ?まさか、管理局を斃せとでも言うつもりか?行動する理由などどこにもないと言うのに」

 

 ソロモンの意見は一見すれば、ただの頑固者と同じだ。自分が納得できない理由では動かない。総ての意見を併せ呑まなければならない王としては失格だ。だが、ソロモンは最初からそういう男だった。感情だけでは動かない男であり、しかし理屈だけでも動かないソロモンという男は動かせなかった。

 だからこそ、ジェイルはソロモンの王の器に選んだ。感情によって動く王は失敗する。理屈だけの王では人がついて来ない。ただ存在するだけで人を狂奔させ、賢智に優れた王。素質としては最上位でありながら、個人的な信念に従って行動している。それ故にどういう理屈を辿るのか、さっぱり理解できない。

 

「言ってみろ、ジェイル。お前は一体何を望む?」

 

「……いいえ。我らが王、ソロモン王よ。どうぞ、あなたの御心のままに。我ら、王の従僕はあなたの覇道にこの身を委ねましょう」

 

 誰もが彼を希い、膝をついた。魔王の覇道を誰よりも傍で受け続けてきたジェイルだからこそ、ソロモン王の行き着く果てを誰よりも知りたいと思ったのだ。たとえ、その道の行き着く果てが滅びであろうとも、ジェイルも衛士隊の面々も民草も決して後悔しない。ソロモン王にその身を委ねた瞬間から、そのような悩みとは無縁の存在になったのだから。

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