魔法少女リリカルなのは~魔王の再臨~   作:シュトレンベルク

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協力する事は仲が良いと言う意味ではない

「マスター。最初に言っておく事がある」

 

 フォワードチームが召喚を済ませた後、キャロのサーヴァント――――アヴェンジャーは唐突にそう言った。身体中に刺青の入った青年にキャロは若干恐怖しながら、その眼を見た。アヴェンジャーは忌々しい物を見たと言わんばかりの表情を浮かべた。

 

「マスターは守ろう。マスターが命じるなら、他のマスターどもを守る事にも否はない。しかし、そこの三騎士どもとは絶対に協力しない。これだけは明言させてもらう」

 

「ど、どうしてもですか?」

 

「どうしても、だ。マスター、召喚されたサーヴァントが皆仲良しこよしだと思っているのなら、それは間違いだ。俺たちはあくまでもマスターたちの目的である人理の救済に協力しているだけなんだからな」

 

「……そのような身勝手が許されると思っているのですか?アヴェンジャー」

 

「黙れ、ランサー。お前なんぞとは話していない。忌々しいにも程がある。救うなどという題目で多くの人間を死に至らしめた英雄なんぞと話す事など何もない」

 

 キャロに対する優しげな口調とはまったく正反対の拒絶の感情しかない対応。一気に一触即発の状態になったその場に、誰もが動く事ができなくなっていた。ただただ、ランサーとアヴェンジャーの敵意だけが際限なく高まっていた。

 そんな中、そんな事は関係ないと言わんばかりに二人の間に入ったのはセイバーとライダーだった。セイバーはランサーに、ライダーはアヴェンジャーに落ち着くように促した。

 

「まぁまぁ、落ち着きなよ。僕らの仕事は人類史の復活だろう?敵対するのはその仕事が終わった後でも出来るんだからさ。そんなに焦らなくても良いんじゃない?」

 

「ランサー、私たちの役目は仲間割れする事じゃないでしょ?今は協力して事に当たらないと……ね?」

 

 二人が間に入った事で白けたのか、アヴェンジャーは舌打ち混じりに矛を納めた。アヴェンジャーが敵対する気がない以上、ランサーも戦う気はない。アヴェンジャーを一度睨みつけ、アヴェンジャーはそれに対応せずにセイバーを睨みつけた。

 

「……流石は世界を救った大英雄殿だ。言う事が違うな。忌々しい父親殺しの罪を犯した罪人の癖に、偉そうに」

 

「貴様、アヴェンジャー!よりにもよってセイバーを侮辱するか!?」

 

「当たり前だ。俺はそこの女や貴様らのせいで総てを失った。貴様らを恨みこそすれ、感謝する事などあり得ない。ライダーの忠告に従って、敵対する事はしない。しかし、俺は絶対に貴様らだけは許さん。忘れるな、俺が復讐者(アヴェンジャー)として召喚された意味をな」

 

「……忘れる筈がないよ、アヴェンジャー。最後まで自分の愛に殉じた英雄……私は絶対にあなたの事を忘れない」

 

「……ふん」

 

 アヴェンジャーはセイバーの返しが気に入らなかったのか、鼻を鳴らすと霊体化して去っていった。そんなアヴェンジャーの姿を眺めていたキャロは我に返ると、セイバーとランサーに頭を下げた。

 

「ご、ごめんさない!アヴェンジャーさんがその……」

 

「気にする事はないよ、アヴェンジャーのマスター。あれはランサーも悪かったし、彼も我々とは因縁深い英雄だからね」

 

「私が悪いと言うのですか?アーチャー」

 

「そりゃそうだろう。君のやった事は悪手だよ、ランサー。肉体年齢相応になっているのかもしれないけど、噛みつく必要などなかっただろう?彼と俺たちが噛み合わない事なんて分かりきっていた事じゃないか」

 

「それはそうかもしれません。けれど、それを放置しておく事の方が悪手でしょう」

 

「そうかもしれない。でも、それは力を合わせる時だ。君も彼もそんな物とは程遠い存在じゃないか。自らの力量で敵を圧倒する……そういう存在だろう?俺のように誰かと組んだ時に本領を発揮するタイプじゃない。そうでなくても、君も彼の心情は組めると思うけど」

 

「それは……」

 

 ランサーが口を噤まずにいられなくなった時、アサシンはセイバーに喋りかけていた。気配遮断スキルを使って近づいたにもかかわらず、セイバーは一切焦っていなかった。完全にアサシンの動きを把握している雰囲気であり、アサシンはセイバーの性能の高さに舌を巻いていた。

 

「これは忠告だが、セイバーとアヴェンジャーは一緒に戦わせない方が良いね。召喚されてからアヴェンジャーの殺意はセイバーに集中してた。先程はマスターを巻き込まないように抑えていたみたいだけど……マスターさえいなければ間違いなく彼はセイバー()に襲いかかっていたよ」

 

「うん……しょうがないと思う。私は私のやっていた事を悔いるつもりはない。でも、結果として私の起こした行動が彼の大切な人達を奪ったのは事実だから。彼の復讐心と相対するつもりはあるよ」

 

「……そうかい。おっと、自己紹介がまだだったね。僕はアサシン。よろしく頼むよ、セイバー」

 

「こちらこそよろしく、アサシン。あなたは必要不可欠な存在だから期待させてもらうね」

 

「君の期待に応えられるかは分からないけど……精一杯尽くさせてもらうよ」

 

 セイバーとアサシンはにこやかに話していた。その雰囲気が多少は先ほどの殺伐とした雰囲気を緩和させていた。しかし、これ以上この場にいても仕方がないのでサーヴァントたちと隊長二人は別室にて情報共有を行う事となった。

 しかし、サーヴァントという超常の存在にまったく疎い彼女たちでは理解しきれなかった。だからこそ、サーヴァントたちが知る基本的な情報を教えてもらう事から始まった。

 

「今回の人理修復において、マスターたちがするべき事は一つだけ。それは特異世界を構築している元凶――――大聖杯の回収。それさえ回収すれば、少なくとも目的は達成できる」

 

「色々聞きたい事はあるけど……まず大聖杯って何?」

 

「う~ん……まぁ、大規模な魔力貯蔵庫だと思って貰えればいいよ。大聖杯は星に流れる魔力を汲み上げ、ありとあらゆる願いを叶える万能の願望機なんだ。本人が想像できる範囲で、という制限こそあるけどね」

 

「それが、今回の異変の原因なの?」

 

「一部は、と言うべきでしょうね。そんな事をしでかした張本人、黒幕と呼ぶべき相手がいる事は確か。それも七つの特異世界にある聖杯を総て回収すれば分かる事でしょう」

 

 S級ロストロギアに匹敵、或いは凌駕しうるほどの力を持つアーティファクト。超常の領域に立っている者ぐらいにしか作れないような代物だ。古代ベルカの時代よりも昔、文字通りの神代の人間にしか作れない遺物。それだけの力を持つ物は今の世には存在しない。

 

「……あなたたちはその大聖杯に何かを願うの?」

 

 なのはの提示した疑問は当然の内容だった。労働には対価が必要、などという事は子供でも知っている事だ。ならば当然、なのはたちに力を貸す目の前の英傑たちも何かを求めている筈だ。そう考えたなのはにしかし、英傑たちはキョトンとしていた。

 

「……私は別にないけど。皆は何かあるの?」

 

「私も特には」

 

「俺も同じく。元より、聖杯に何かを願う事もありません」

 

「僕もそうかな。そんな物に叶えてもらう願いはない。強いて言えば受肉くらいかな。それも興味程度の話だけど」

 

「僕もそうだね。聖杯だなんて物に叶えてほしい事はないよ。僕の感じた総ての感情は僕だけの物だ。それを誰かに渡したりはしない」

 

 英雄たるサーヴァントたちは聖杯に託すものは無いと謳う。そしてそれは、この場にいないキャスターやアヴェンジャーも同じことだった。聖杯に願う事など何もないと、彼らは言うだろう。それはこの場に集った全員が何かしらの形で納得しているからだ。

 

 彼らは『座』と呼ばれる場所にある本体の分け御霊である。その生涯には様々な苦難があり、様々な逆境があった。けれど、彼らにはそれ以上の喜びがあり、同時に彼らは自分の人生に納得していた。アヴェンジャーの場合は納得とは違うだろうが、それでも聖杯に託す願いはない。

 何故なら、死しても尚彼が恨み憎み続けているのは彼を殺した英雄ではない。彼にとって大切な人の命を奪った連中だ。そして、その復讐自体はとうの昔に終わりを告げている。そうなのだろうと分かっていても、彼から大切な者を奪われた嘆きは消えていない。それが消える瞬間まで、彼が復讐者から外れる事はない。しかし、彼がその嘆きを晴らす事はない。だからこそ、彼は復讐者(アヴェンジャー)なのだ。

 

「マスター。確かに聖杯に願いを託すサーヴァントはいる。けれど、私たちに聖杯に託す願いは無いんだよ。私たち――――少なくとも私は、私の歩んだ生涯に納得してる。だから、聖杯はマスターたちが使えば良いよ。私たちには無用の長物だからね」

 

 セイバーはそう言い切った。聖杯の価値を知る者であれば、目ん玉引ん剝くような事を平気で。少なくとも、ソロモンがその場で聞いていたら間違いなく大爆笑確実の言葉だった。価値としてはそんなに簡単に切り捨てられる物では決してないからだ。

 なにせ、これを求めるために争いが勃発するぐらいの遺物だ。世界の魔力を汲み上げ、それを利用する事ができる物だ。例えば、一生かかっても使いきれない程の財貨を作る事も出来るし、永遠の命を得る事も出来るだろう。なんにしても、これさえあれば出来ない事はほぼないと言える。

 

「まぁ、手に入れた聖杯はエネルギー源にも出来るから、最初の一個は私たちの魔力源にすればいいと思うよ?そうなればマスターたちが使える魔力も多くなるだろうしね」

 

「え?そんな事も出来るの?」

 

「聖杯は魔力貯蔵庫だって言ったでしょ?魔力は私たちが存在する上で必要不可欠なエネルギーの一つ。存在するためにも、宝具を使うためにも、魔力は大量にあった方が良いんだ」

 

「宝具って何なの?」

 

「ありていに言えば、そうだね……象徴、かな」

 

「象徴?」

 

「そう。私で言えばこの剣が私の宝具の一つなんだ」

 

 そう言ったセイバーは片手では到底持ちきれない大剣を片手で持ち上げた。なのはとフェイトが見た目に反したセイバーの力に驚いていると、セイバーは大剣を霊体化させた。

 

「この剣を持っているのは私だけ。だからこそ、この剣を持っている人間がいるとすればそれは私、という事になる。こんな風に、武器と本人をイコールで結ぶことが出来る象徴――――それが宝具なんだ」

 

「つまり、宝具を開帳するという事は同時に、その本人がどのような生涯を送ってきたかを教える事となります。生涯を知るという事は、その人物の弱点を知る事になりますが……私たちは特に心配はいらないでしょう」

 

「……どうして?」

 

「それは……」

 

「少なくとも俺たち三騎士はこの世界に経歴がないからだよ」

 

 ランサーが言っても良いか迷っていると、アーチャーが代わりに答えた。アーチャーにとっては言ったとしても何も困らない情報だ。それはランサーも分かっているが、正直荒唐無稽に過ぎるため言ったとしても信じてもらえるか疑問だったので迷っただけだ。

 

「そうだね。良い機会だし、とりあえず私の真名は教えておこっか」

 

 セイバーはそう言うと立ち上がり、召喚された時と同様に跪いた。その瞬間、空気が僅かに張り詰めた。それはまごう事なき英雄としての威圧感に相違ない。最初から疑ってはいなかったが、確かに目の前にいる女性は英雄なのだとなのはとフェイトは理解した。

 

「我が真名はヴィヴィオ。ヴィヴィオ・アレクシス。ソロモン王より薫陶を賜り、その生涯において師であり父たる人物を討ち果たした人間です。このような人間を信じるのは難しいと思います。けれど、我が剣はあなた達の未来を救うために捧げます。それだけはお許しください」

 

 ヴィヴィオの放ったその言葉に、なのはとフェイトは唖然とせざるを得なかった。ライダーとアサシンは眼を閉じ、ランサーとアーチャーはヴィヴィオを純粋に心配していた。しかし、ヴィヴィオは必要な事だと判断した。人理救済に挑む上で、隠し事の類は出来る限り失くしておいた方が良い。その類の隠し事は間違いなく後々禍根となり得るからだ。

 

「……そっか。ねぇ、セイバーはその事を後悔してないの?」

 

「後悔はしていません。勿論、悲しかったし苦しくはありました。しかし、同時にこうも思っていました。――――父様を止めるのは私でなければならないと。他の誰でもなく、この私自身の手で止めなければならない。だからこそ、私は立ちあがりました。多くの人々を先の見えない恐怖から救うために」

 

 近付いてきたなのはの眼を見るヴィヴィオの視線は真っ直ぐな物だった。復讐など負の感情で戦う人間にこんな瞳をすることは出来ない。ヴィヴィオは自分の意志で止めなければならないと思ったのだという事がなのはには伝わってきた。

 

「分かった。これからよろしくね、セイバー……ううん、ヴィヴィオ」

 

「ありがとうございます、マスター。しかし、任務中はセイバーと呼んでください。真名バレが恐ろしくないとはいえ、やはり知られない方が何かと便利ですから」

 

「そう?分かった。それと、もうその敬語は止めても良いよ?似合ってないしね」

 

「ああ、やっぱり?敬語って肩が凝るんだけど、真面目になりたい時は有効だからね。まぁ、何にしても……こちらこそよろしく、マスター。マスターたちの未来のために尽力させてもらうね」

 

 セイバーとそのマスターは絆を深め、他のサーヴァントたちとフェイトもそれを歓迎していた。全員で一致して事に当たらなければならない以上、絆を深めると言うのはとても大事な事だからだ。六課組は好調なスタートを切ったと言えるだろう。

 この時、確かに彼女たちは未来に希望を抱いていたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 少し時間は遡り、ソロモンたち一行は第一特異世界に向けて航行していた。同じ次元世界に到着してから転移の類を発動させる事ができなくなり、超級魔導炉に蓄えられた魔力を使って目的地に向かっていた。予想していたとはいえ、暇が生まれた事は事実。その間、ソロモンが何をしていたかと言えば――――

 

「――――まぁ、こんな物か」

 

 訓練場で槍を揮っていた――――天剣保持者と女帝全員を相手に。ソロモンの相手をしていた全員が地面に倒れ伏しており、辛うじて第一位であるクリア・M・ネフティスだけが膝立ちの状態だった。それでも完全に息を切らしており、どれだけ苛烈な物だったのか窺える内容だった。

 

「どうだ、メタトロン。神器の具合は」

 

「……ハッ。流石は歴史に名高き至上の武具と言えるほどです」

 

「お前たちが潜在的に求めている形に変化するからな。それでも十二分に扱えていると言えるだろう」

 

「いいえ、そこまでではありません。何より……我らは未だ『守護者』としての変化に対応しきれておりません。これでは御身の守護者としては型落ちも良いところでしょう」

 

「まぁ、それは昔の天剣どもも通った道だ。徐々に慣らしていく他あるまい。実際、貴様らは大したものだ。守護者となってまだ幾ばくかしか経っていないと言うのに、位階領域に足をかける者まで現れるとはな」

 

 ソロモンが槍を回しながら、石突きで地面を突くと訓練室に張られていた結界が解けて消えた。そしてソロモンの手元に現れた書物を閉じると、全員の体力が一気に回復した。ソロモンは槍と書物を縮小化させると、置いてあったドリンクに手を伸ばした。

 

「ごくごく……ふぅ。とはいっても、この旅路の中でどれほどの成長を遂げられるかは分からんがな。お前たちが至ろうとしているのは、人間を超えた連中が至る場所だからな。選定者に選ばれた人間――――選抜者ならばいざ知らず、ただの人間が至れるかどうかは俺にも分からん。しかし、至れるのなら――――それはきっと」

 

 ソロモンが何を言おうとしたのかは誰にも分からない。だが、その瞳が人々の遥か先の未来を見ている事は確実だ。何故なら、ソロモンは誰よりも早く人類の限界を超えた選抜者であり、世界に再臨した神なのだから。

 

「パパー!」

 

「おや、どうした?リーナ(・・・)

 

 まだ歳幼い緑と赤のオッドアイ(・・・・・・・・・)に黒髪の少女(・・・・・・)がソロモンに突進してきた。ソロモンは衝撃を受け流しつつ少女――――リーナを受け止めた。リーナはソロモンに抱きつき、頬を擦りつける。その時ばかりはソロモンは王然とした雰囲気ではなくなっていた。

 リーナの後ろからは焦って追いかけてきたのか息を切らしているオットーとディードの姿があり、女帝たちから睨まれていた。ソロモンが手を挙げるとすぐさま睨みつけるのを止め、息を整える事に専念し始めた。その間に完全に恐縮している二人に視線を向けた。

 

「ご苦労だな、二人とも。リーナが迷惑をかけているようで申し訳ない」

 

「い、いえ、そんな事は!」

 

「むしろ、教育係でありながらこのような醜態を……申し訳ありません!」

 

「よい。リーナの将来はリーナ自身に決めさせるのだ。お転婆なくらいで丁度いい。寧ろ、お前たちには苦労ばかりかけさせて申し訳ないと思っている程だ。こんなお転婆娘の面倒を押し付けてしまって悪いな」

 

「いいえ、そのような事はありません。殿下」

 

「オットーの言う通りです。リーナ様は勉学に礼儀作法、武芸に関してもどんどん知識を吸収されております。凡百の騎士ではリーナ様には到底敵わないでしょう」

 

「ほう……まぁ、このお転婆相手では騎士は全力を発揮しきれないだろうがな。そうでなくとも、随分と成長したようだな。将来の相手は相当の猛者でないと無理かもしれないな」

 

 愉快愉快と言わんばかりのソロモンに対して、むくれるリーナと冷や汗を流すディードとオットー。若干冷えた空気に対して、むくれたリーナはソロモンから離れて腰にぶら下げている剣を手に取った。

 

「そんな風に言うならパパが相手してください!私の実力を分からせてやります!」

 

「ほう?面白い事を言うな、リーナ。お前が俺に勝つって?ハハハハ、こやつめ言いよるわ」

 

 ソロモンは笑っているが、他の人間からすれば笑い事ではない。ソロモンはこと戦闘や魔法の部門においては他の追随を赦さない絶対の存在。世界の中でも有数の実力者である天剣すら足元にも及ばない。そんな相手に対して、娘として扱われているとはいえ他人であるリーナが言って良い訳がない。

 

「子供の戯れ事、と言うのは容易いが……少しは娘の成長を見せてもらうとするか。来い、リーナ。少し遊んでやろう」

 

「本気で行くからね!」

 

「応とも。手加減されても困るだけだしな」

 

 リーナの振るう剣をソロモンは魔力の籠められた手で受け流していく。一歩も動かないソロモンに対してムキになったリーナは足に魔力を集中させ、同時に空気中に魔力の壁を作り出した。ピンボールの領域で跳ねまわり、一気に難易度は増していた。

 しかし、そうなってもソロモンは時に身体を傾け、時に剣の側面を殴りつけ、時にスピードを利用して放り投げた。かすり傷は愚か、風が髪を撫でる事すら許さない。神懸った武の技が完全にリーナを翻弄していた。五度、繰り返した時にはリーナは既にこの戦法を無意味と判断した。

 

「おや、もう良いのか?繰り返していけばいつかは俺にかすり傷ぐらいは与えられたと思うが?」

 

「かすり傷程度じゃ全然意味がないもん。絶対にその笑みを斬り捨ててやる」

 

「出来ると良いな?」

 

「やってやるよ……!」

 

 リーナは空気中に存在する魔力を自分の身体に集中させ始めた。それは一見すると収束魔法(ブレイカー)のようだったが、明らかに何かが違っていた。その違いが何であるか他の者たちは分かっていなかったが、ソロモンだけは魔力の流れを見ただけで理解する事ができた。

 同時に、ため息を吐かざるを得なかった。我が娘ながら独力でその域に辿り着くとは、まこと末恐ろしい奴よと。一頻り魔力を集め終え一歩目を踏み出そうとした瞬間、急に別の力によって後ろに引っ張られた。埒外の方向からの力にリーナの集中が切れて魔力が拡散していった。

 

 リーナの集中を切った物、それは――――空気中に存在していた鎖だった。リーナが突然現れた鎖に驚いていると、ソロモンの手元に書物が開いているのを見つけた。その瞬間に理解した。現れた鎖はソロモンが魔力によって構築した物なのだと。

 

「ズルい!娘相手にそんな物を使うなんてパパズルい!」

 

「ズルくありませんー。俺は使わないだなんて一言も言ってないしな。しかし、実際失敗したよな。まさかお前があの領域に独力で至るとは思ってなかった。もうちょっと気を使うべきだったな」

 

 鎖をほどいて降ろしたリーナを抱きながら、ソロモンはそう呟いた。その言葉に一部の天剣たちは理解しがたい事実を聞いたような気がした。自分たちが少なくとも一部分において、あの少女に負けていると言う事実。それはソロモンの剣を自称する天剣にとって、何者にも代えがたい屈辱でもあった。

 

「まぁ、致し方ない事でもあるか。才覚で言えば俺に及ばずとも、人間の最高峰。優良な遺伝子を使ったハイブリッド……この子はあらゆる意味で特別なのさ」

 

「しかし、それは我々が屈辱を感じない理由にはなり得ません。殿下、今一度鍛練の時間を」

 

「……ふっ。良いだろう。大いに鍛えるが良い。お前たちが本来持つべき、いや至るべき領域へと存分に手を伸ばせ。その為のに行う努力を俺は認めよう。オットーとディードはリーナを連れて行け。これから礼儀作法の勉強の時間だろう?」

 

「は、はい!」

 

「かしこまりました」

 

「勉強が終わったら一緒に夕飯を食べるか、リーナ。そのぐらいの時間はあるだろうしな」

 

「本当!?」

 

「もちろんだ。今回の目的地に到着するまであと数日はかかる。その間はお前に付き合うさ」

 

「ねぇ、パパ!私も特異世界?って言うのに行ってみたい!」

 

 リーナの興味は彼女としては自然な事だった。次元世界を蝕む今回の異変の中心である特異世界がどのような場所か、知りたいと思っても仕方がない。なにせ、彼女はまだまだ幼い子供でしかない。多くの事柄に興味が湧くのはごく自然な事だった。

 しかし、実際に赴く大騎士たちからすれば堪った物ではない。たとえ、力があったとしても子供など足手まといでしかないのだ。秩序だった集団に異物など放り込まれても、他の者たちにとっては邪魔なだけ。そう思っているからこそ、否定的な雰囲気があった。

 

「駄目だ」

 

「えー、なんで?」

 

「第一特異世界はお前が本領を発揮できるほど、丈夫な世界ではない。お前が気兼ねなく力を揮えるような場所に辿り着くまで温存しておけ。暇だったら俺が相手してやる」

 

「うう~……分かった」

 

「良し、いい子だ。それじゃあ、まずは勉強を頑張ってこい」

 

 ソロモンはリーナの潜在的な能力(ポテンシャル)を誰よりも把握している。だからこそ、リーナが全力を揮うという事の意味をよく理解していた。それ故に、ソロモンはリーナの世界渡航を禁じた。ソロモンと同じように、リーナが力を揮う事ができるほどの世界ではないと判断していた。

 ソロモンは多くの大騎士たちを選出した。しかし、それはソロモンにとって彼らが有能だったという意味ではない。天剣や女帝を送るまでもない戦場もあると認識していたからに過ぎない。帝国にいる騎士たちの中でも、多少はマシ(・・・・・)というだけの認識でしかない。

 

 今も昔も、ソロモンは個人的に気に入った者以外の選出基準は『弱肉強食』だ。つまり、強い者か何かしらの才覚が尖っている者でない限りは、ソロモンの眼を止める事はできない。だからこそ、初代の天剣や女帝は必死だった。ソロモンにどうでも良い存在として見られる事だけは嫌だったが故に。

 実力として帝国の上位に立つ者ほど、ソロモンを崇拝の対象として見ている。だからこそ、ソロモンにどうでも良い存在として見られたくない。それだけは耐えられないのだ。どんな感情でも良いから、ソロモンに見られたい。それが彼らの魂に刻み込まれたソロモンの存在感だった。

 

「さぁ、鍛練の続きだ。見事、俺の予想を裏切ってくれるのは誰かな?」

 

 ソロモンの魔導書が開き、再び結界を作り上げた。天剣と女帝たちは残らず立ち上がり、自らの武器を構えた。ソロモンは異空間から剣を引き抜き、右手に槍、左手に剣という状態になった。そして剣を天剣たちに向ける。それが合図だったかのように、天剣は動き出したのだった。




~ソロモンと作者によるQ&Aコーナー~

「時間が出来てきて執筆時間が取れるようになりました。シュトレンベルグです」

「良い事なのだが、結局ストーリーが進まず悩んでいると言う本末転倒ぶりに結局苦しんでいるというのにどうかと思っている。ソロモンだ」

シュ「そうは言ってもさ。これでも悩んで書いてるんだから、勘弁してくれよ。第一特異世界だって書くか怪しいレベルなんだぞ?」

ソ「何の自慢にもならん事を堂々と宣うな。欠片でも作家志望なのだから、もう少し努力しろ」

シュ「そんな事言ってもさ~……なろうの一次小説は全然進まないし、これでも結構苦労してるんだぜ?」

ソ「知るか。やりきってからそういう事は言え。作家見習いに等しいとはいえ作家だろう。自分の描いた作品には責任を持て」

シュ「きつい事を言ってくるなぁ……とりあえず、今回の質問に移るぞ」

Q.この聖杯探索は本来のStrikerSの代わりの話しなのですか?それとも後でStrikerSをする予定?

シュ「えっと、これは前者に当たりますね。聖杯探索終了後にStrikers編をやったら、相手が可哀想になるくらい六課組は強くなっちゃいますから。なんだったらエクリプス相手にしても圧勝します」

ソ「パワーインフレにも程があるな」

シュ「その筆頭みたいなお前が言うな。なんだったらこの聖杯探索、あんた一人いればどうにかなるからね?デウスエクスマキナの極みだからね?」

ソ「生まれつきなんだから仕方がないだろ」

シュ「そういう風にしたのは俺だけどさぁ……まぁ、いいや。それじゃあ次ね」

Q.そういえばベルカ時代を生きた時にソロモンには72柱の悪魔っていたんですか?

シュ「……これは作品の根幹に関わってくるので秘密です。初めてきたよ、答えられない質問」

ソ「割と遅かったな。お前はもっと早く来ると思っていたのにな」

シュ「ホントそれな。じゃあ、次」

Q.技術のみで魔法の領域にまで行った佐々木小次郎や、三段突きの沖田総司に、佐々木小次郎のライバルの宮本武蔵、体術だけで暗殺者顔負けの気配遮断能力を持つ李書文のソロモン評価はどんなもの?

ソ「素晴らしいの一言だな。ただ、彼らはこの世界にはいないし、いたとしてもサーヴァントだろうがな。実に惜しい。間近でその技の冴えを見たかったものだ」

シュ「まぁ、あなたみたいな才能を完全に開花させた化け物は見ただけで術理を理解して使いこなしちゃうけどね。李書文とかはまだしも、武蔵ちゃんは確実に涙目だね」

ソ「分かってしまうのだから仕方がないだろう」

シュ「そんな簡単に言うんじゃありません。武蔵ちゃんとか超頑張って開眼した境地なんだぞ?」

ソ「そんな事を言われてもどうしようもないだろう。ともかく、次」

Q.ヘラクレス、カルナ、スカサハの評価も気になります。

ソ「優秀な大英雄だな。ヘラクレスは一度戦った事があるし、カルナとスカサハは伝承だけは聞き及んでいる。俺がその世界に訪れた際には既に死んでいるかいなくなっていたからな」

シュ「会ったら戦ってみたい?」

ソ「会ったら語り合ってみたいな。どのような生涯を歩んだかは伝承で分かるが、どのような思考で生きてきたのかは語り合ってみなければ分からんからな」

シュ「知ってどうするの?」

ソ「どうもせんさ。ただ俺が知りたいだけだ」

シュ「そんなもんなんだ」

ソ「そんなものさ。他人の人生感を知りたいと思う事は、最早趣味の一環だからな。それでは次に行こう」

Q.初代女帝達を選出する時に他にも女帝候補っていたの?

ソ「結論から言えば、いたな。女帝は当代最高の異能力者がなるものだ。しかし、異能力者の類はあの時代に多く存在した。初代選定以降もどんどん現れたしな。それでも、連中は自らの手で勝ち取った。それは素晴らしい事だ」

シュ「ちなみに、どれぐらいいたの?」

ソ「俺が存命の頃でそうだな……最高で一万は超えていたと思う。正確な数までは定かではないが、それぐらいはいた筈だ」

シュ「ははぁ……とんでもないね」

ソ「それだけ連中の熱意は本物だったという事だ。それで、質問は以上か?」

シュ「そうだね。岬サナ様、いつもいつも質問ありがとうございます。いつも言わせて戴いていますが、まことに感謝しております」

ソ「他の者たちもどんどん質問してくれると嬉しい。これからも楽しんでいって貰えると幸いだ。それでは失礼する」

シュ「ばいば~い」



~ソロモンと作者退室後~

「寒くなったり温かくなったり忙しいですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?シュテルです」

「大雪が降ったり大変だとは思うけど、頑張ってね!レヴィだよ」

「受験やらテストやらで忙しいとは思うが、頑張ってほしい。ディアーチェだ」

「皆さん、ファイトですよ!ユーリです」

シュ「さて、もうレギュラーと言っても良いような存在となってきましたが、今回の質問はどのような物でしょうか?」

レ「えっとね~……今回の質問は三つあるみたいだよ!まずはコレね」

Q.ソロモンに最初に会った時の印象ってどうだった?

シュ「言うまでもなく。歓喜の一言です。紹介されていましたが、私の一族は満たされない時を過ごしていました。そんな中、我々を受け止めて下さる事は愚か、満たしてくださった殿下に対して歓喜の念以外ありえません」

レ「あの時は凄かったね。純粋な力の塊であり、極限の暴力……なんて言って良いか分からないんだけど、とにかく凄かったとしか言えないね」

ディ「確かにな。少なくとも、その場にいた者たちにとっては人生の転機となった時間だった。あの御方こそ至高の王と呼ぶに相応しいと感じたな」

ユ「母様は王様の姿を初めて見た時、人類の究極を見たって言っていました。それでは次の質問へ行きましょう」

Q.ソロモンの真名を知れた時の幸せは上位に、やはり来ましたか?

シュ・レ・ディ「「「それ以上(です/よ/だな)」」」

シュ「上位などと生温い。最上位と言っても尚足らない程、あの時は幸せでしたとも」

レ「殿下の真名を知っていたのは、選定者を除けば同列の王ぐらいのものだったんだ。奥方だって殿下の真名は知らなかったんじゃないかな?」

ディ「殿下が真に信用が置けると思った人間しか知ることの出来ない真名を知れて、歓喜の絶頂に至るのはごく自然な事という事だ。それほどまでに殿下の真名を知る事には大きな意味があったのだ」

レ「だからこそ、僕らは長い生の中であれほどまでに幸せだったことはないと断言できる。それぐらい、あの言葉は嬉しかったんだ」

シュ「そういう事です。真名を明かすという事は、相手に自分の総てを明け渡すという事と同じなのですから。それでは最後の質問へ参りましょう」

Q.他の女帝候補の中から自分が選ばれた時はどんな気持ちが心の中を占めましたか?

シュ「当然の事かと」

レ「やった、とは思ったかな?」

ディ「何とかなったか、とは思ったな」

ユ「えっと、三人とも何と言うか……」

ディ「淡白と言いたいのか?ユーリ。しかし、な。我々にとっては当たり前の事でしかないのだよ。ソロモン王の隣に立つという事は並大抵な事ではない。それは事実だ。しかしな、それは当然なのだ。
 選定者をして、至高の王と称される御方の間近に仕えるのだ。厳しくて当たり前だ。難しくて当然だ。しかし、その程度で誇ってはならない。何故なら、女帝になるという事はゴールではないからだ」

シュ「女帝になるという事は、その命が尽きる瞬間までソロモン王にお仕えするという事。そして、お仕えしている間はソロモン王の使命を総て完璧にまっとうしなければならない。その程度の覚悟もなしに、ソロモン王にお仕えする事などできない」

レ「女帝になれた程度(・・)で喜んでちゃ、その先どうにもならないからね。だからこそ、嬉しくはあったけどそこまで激しい感情はなかったね」

ユ「そうなんですか」

ディ「喜ぶのがいけない訳ではない。しかし、我らは全次元世界を統べたとしても何らおかしくはない相手に仕えるのだ。そんな大仰に喜ぶようでは、その仕事をまっとうする事などできんという訳だ」

シュ「女帝になれた事よりも、これからお傍にお仕えする事ができる。という方が我らにとっては重要だった、という事ですね。それで、質問は以上ですか?レヴィ」

レ「えっとね~……うん、これで全部だよ。今回も質問を送ってくれてありがとうね!」

シュ「我ら一同、読者の皆様には感謝の念が絶えません」

ディ「どうかこれからもこの物語をよろしく頼む。では、機会があればまた次回に」

ユ「さようなら~!」

~マテリアルズ退出~

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