評価して下さった方々もありがとうございます!
かつて築かれた栄華があった。世界を分ける大戦があった。最早誰の記憶にも残らない、凄惨な人殺しの歴史があった。行き過ぎた人の欲望が滅ぼした世界があった。生きたいと願い、どこにいるかも分からぬ神に願う善良なる民たちがいた。
その総てをソロモンは覚えている。そういう時代に生まれたのだ、と言われればそれだけでしかない話だ。しかし、それで納得するのは些か不義理がすぎるという物だろう。最早その者達は何処にもいけず、また何処にもいないのだから。
陽気に見えるから忘れているかもしれない。ソロモンという王は人を超越した存在だ。人の賢しさと愚かさと醜悪さと美麗さを知り尽くした王だ。新世界を統べる王として見出され、しかしその道を選ばなかった革命の芽だ。
世界の変革を任されながらそれを成さず、ただそこにある世界を愛した王だ。彼は古代ベルカという時代において、最も生命という物を愛していた。有機物も無機物も関係なく、彼はただ生きているという事を祝福していた。
どれほど堕落しようと、彼は愛している。超常の視点を持っていたが故に、理解されずされどそれを意にも介さなかった王の祈りはそんな些細な物だった。革命者である必要性を感じず、同時に救世主となる義務を持とうとはしなかった男────それこそが、ソロモンなのだ。
さて、何故このような話をしているのか?そこから話すとしよう。始まりはとある麗らかな陽射しが指していたある日の事だった。
「……そろそろ限界かもしれないな」
スカリエッティから貰った携帯端末を弄っていたソロモンは読んでいたネット記事を閉じながらそう言った。その言葉に反応したのは、傍でソロモンの世話係をしていたチンクと天剣たちだった。魔導騎士たちは現在、本国に戻って様々な準備をしていた。
「ソロモン様、私は何がまずい事をした……しましたか?」
「うん?いやいや、そういう意味じゃない。ここ最近、ずっと違和感を感じていたんだ。どうも俺の魔力が許容量限界まで溜まりつつあるみたいなんだ」
ソロモンの魔力総量は天文学的と言ってもいい程の量だ。それは元々の魔力量もそうだが、消費された魔力を補填する魔力生産量が途轍もないことが要因となっている。本来、満タンになれば生産されない筈なのだが、ソロモンの場合は違う。
人間が満腹状態でも甘い物を見れば、胃が容量を生み出すように。ソロモンの魔力はリンカーコアに収まりきらない魔力を肉体に保管する。それはリンカーコアの許容量では、魔力生産量に到底耐えきれないからだ。『神の権能を持つ者』とも呼ばれたソロモンの魔力は、決して伊達ではないという事だ。
「昔は俺の魔力を馬鹿みたいに喰らう武器に加えて、十個の指輪もあったから問題なかったんだが……今ではどれもないからな。魔力が有り余って仕方がない」
「それではどうなさるのですか?私ではどうする事も出来ないのですが……」
「う〜ん、そうだなぁ……そろそろ指輪の回収作業に入った方が良いのかもな。家の倉庫からアレらを持ってきても使い道ないし、指輪だったらあっても困らないしな」
「しかし、指輪の現在位置は未だ解明できていません。そんな状態で王を出すわけにはいきません」
チンクとしては、ソロモンには動いて欲しくなかった。何故なら、ソロモンは動く度に面倒を起こしてくれる存在だったからだ。目覚める前は魔導騎士と天剣保持者たちによる襲撃。勝手にミッドチルダに行った時は認識していなかったとはいえ、タイプゼロセカンドと接触している。
ドクターに恩義などあまり感じてはいないが、家族が――――妹たちが危険に見舞われてるのは勘弁願いたい。だからこそ、この人には大人しくしてほしい。それがチンクの望みだった。しかし、ソロモンは何を言っているんだ?という顔でチンクを見ていた。
「まだ全部は把握していないが、少なくとも一つは分かっている。それだけでも回収しておきたい」
「えっ!?」
「ま、誠ですか?殿下」
「こんな事で嘘をついてどうする。土地の名前はよく分からんが、座標は覚えた。軽く行ってくるとしよう……懐かしい存在もいるようだしな」
地面を足踏みするように蹴り、そこに出現した魔法陣が輝き始める。この人は王なのにフットワークが少々軽すぎるのではないか、と思いながらチンクは魔法陣が完全に発動する前にソロモンの服を掴んだ。そんなチンクの行動に多少唖然としながらも、ソロモンは笑った。
そして魔法陣の輝きが完全に消え去ると、ソロモンとチンクの姿は完全に消えてなくなっていた。天剣保持者たちはまたなのかと思いつつ、動き出した。幸い、と言うべきなのか今回はチンクがソロモンに同行している。ならば、スカリエッティは二人が現在いる座標を把握できるだろうと思ったからだ。
「え?また殿下が姿を消した?今度はチンクも一緒に?う~ん……殿下、ちゃんと私が渡した端末持ってた?あ、なら問題ないね。アレには全次元世界で適応できるGPS機能がついてるから……えーっと、ここか。へぇ~……また懐かしい所にいるね……惑星エルトリア、か」
その名前はスカリエッティにとって、縁のある者がいる世界でもあった。今頃彼は一体どうしているだろうか?と考えつつも、転送陣を用意しようとしたが転送先であるエルトリア側に不具合がある事が分かった。そのため、天剣たちと共同で動くことを決定した。
その頃、先に転移したソロモンたち。ソロモンも障害がなかった訳ではないが、体内に存在した魔力でゴリ押す事で予定通りの場所に転移した。と思いきや、ソロモンとチンクがいたのは不思議な森だった。ソロモンの魔力を持ってしても、考えた通りにはならなかった。これはソロモンの言った通り、指輪があるかもしれないとチンクは思った。
ソロモンは自分の思った通りにいかなかった事に怒る事もなく、ただ周囲を見渡していた。少しの間見渡した後、何かを薙ぎ払うように腕を振った。それと同時にどことなく存在していた息苦しさが払拭されたようにチンクは感じた。
「……何をなされたのですか?」
「うん?あぁ、どうも魔力濃度が濃いようだったからな。一度吹き飛ばしておいただけだ。自然の魔力は基本的に人間の身体へ害を及ぼす事はないんだが、これほどの魔力濃度では仕方がないだろうな。どうも原生生物もこの魔力濃度に当てられて変質しているようだしな」
「……殿下、早急に指輪を回収して戻った方が良いのではありませんか?」
「それもそうかもしれんな。指輪を回収すれば、星の自浄作用が機能する筈だしな。多少は真っ当な星に戻るだろう。やはりあの指輪による影響は紙一重だな。恩恵にも呪いにもなるというのは実に厄介だ」
「恩恵と呪い、ですか」
「そうだ。あの指輪は持ち主の願いを叶える。そのくせ、指輪に持ち主が呑まれればその持ち主の願望を無作為に叶えてゆく。ジェイルの端末でジュエルシードとやらがあっただろう。アレと同じような物だ。与える影響力では格違いの差があるがな」
「ジュエルシード……P.T事件ですね?」
「そんな名前だったかもな。次元崩壊を起こしかけたとか何とか書いてあったが、幾つか集めなければ起こせないようでは大した物ではない。指輪は一つあれば少なくとも2、30以上の次元世界を消滅させる事ができるぞ。それを持ち主が望めばな」
「それは……」
人が扱って良い道具ではない。それは神と呼ぶべき範疇にある物が持っている権能という力だ。移ろいやすく、壊れやすく、脆い人間風情が持っていて良い代物ではない。ソロモンの言葉が事実であるのなら、この星の状態も人が望んだ結果となってしまう。
「指輪は願いを叶える。その恐ろしさを知っていたから、俺は積極的に指輪を使う事はなかった。俺が特異な体質だからこそ、魔力によってあらゆる事をなせたという理由もあるがな。知っているか?究極的な観点から見れば、魔法によって行う事のできない事柄は何もないんだ。死者蘇生であろうと、不老不死であろうとなせない訳ではない。俺は要らないがな」
「……何故、ですか?」
死者蘇生と不老不死。それらは人間が最も切望し、けれど叶えられていない事柄だ。それが叶うのならば、どんな代償を支払っても良いという者はきっと多いだろう。それほどに、数えるのもアホらしくなるほどの昔から人々が求めてきた物なのだから。ソロモンがそれを要らないという理由がチンクには分からなかった。
しかし、ソロモンはそんな事を言うチンクに呆れにも似たような表情を浮かべた。お前は一体何を言っているんだ、と言わんばかりのその表情にチンクは眼を見開いた。その表情からは本気でソロモンがそれを求めていない事が窺えたからだ。
「
「えっ……」
「俺は世界でもこれほどまでに浅ましく愚かで醜い生物はいないだろうと思える人間から生まれた。所詮は世界を生きる一つの種族でしかないくせに、自分たちを絶対視したがる生き物と同じ肉を持ってな。だからこそ、俺は知っているのだ。
自らの浅ましさを。愚かさを。醜さを。自分がたまさか人々とは別次元の智慧を手に入れただけの、欲望を抱えた獣でしかないという事を。そんな俺が、そんな業を振るってどうする?冥王でもあるまいし、不死の軍団でも作れと?馬鹿馬鹿しい事を口にするな」
「………………」
「古代ベルカには様々な王がいた。貴様も知っているだろう?聖王女や覇王、冥王に雷帝……数えるのもアホらしい数の王がいた。当時はまだ選定者の数もそれなりにいてなぁ。俺も新時代の卵たる王と戦った事がある。その中には竜の心臓をその身に宿した者もいたよ」
「その王も理解していたよ。己という存在の間違いを、人間という人々の愚かさを……けれど、その愚かさと醜さを愛していた。しかし、奴は過ぎたのだ。その感情が、その想いが。結果的に、奴は己の中の人間性を限界まで削り尽くし……神の坐位へと手をかけたのだ」
「…………っ!?」
「あぁ、彼奴めは俺が殺した。核たる心臓を抉り取り、念のために頭を潰してな。あそこまで人間から外れれば、元に戻る事は叶わない。人間に敬われ、精霊に愛され、竜の一部を賜り、星の寵愛を受けた奴は結果的に人間ではなくなった。あそこまで行けば、最早禁忌兵器と大差はない。意志があるかないかの違いしかない」
人間大の災厄。そこに意志の有無など関係ない。いや、意志がある方が厄介であると言うべきだろう。だからこそ、ソロモンは殺したのだ。哀れで惨めで、けれども尊かった
何故なら、その心境はソロモンにしか理解できなかったから。ただの人には分からない。優秀なだけでも分からない。天才でも分からない。英雄でも分からない。天災と呼ばれるほどの領域に立つ者でも分からない。その心境は、最も神に近い場所に立っていたソロモンにしか理解する事ができないのだ。神の如き権能を揮う資格を持っていたソロモンにしか。
「奴は民草を愛していたのだろう。奴は決して誰も憎んではいなかったのだ。ただ純粋にその総てを救う事の出来ない己自身を恨んでいた。自分が余りにも恵まれているからこそ、その総てを救わなければならないと……そんな愚かな事を考えていたのだ」
そんな訳がないのに。たとえ、ソロモンたちがどれほど人から離れた存在であろうとも所詮は人でしかない。人と神の視点は決して交わらない。ソロモンがどれほど達観しようとも、決して神にはなれないように。神がどれほど人に近付こうと、決して人としての視点を得ることは出来ない。
「奴もそれは分かっていただろうにな。それでも救いたいと思ったのか……今となっては分からないし詮無い事だ。今の俺には奴の思想など理解しえないからな。人が命を数で見るようになれば、それは個の終焉。人を質でしか見れなくなれば、それは群の終焉。王とはそのどちらによってもならない存在だという事を、奴は忘れてしまったのだろうな」
そう言った時のソロモンの瞳には語ったその誰かの姿があるのか、どこか遠くを見るような状態だった。暫くその状態だったかと思えば、ため息混じりにチンクを自分の方に引き寄せた。急に異性に抱きしめられたチンクは顔を真っ赤にしたが、ソロモンが跳躍した後に先程まで自分たちがいた場所が爆発するのを確認すると、瞬時に周りを見渡した。
そこにはまるでスカリエッティが開発したガジェットをより生態的したかのような、存在がいた。ソロモンの話に呑まれていたとはいえ、その気配に一切気付けなかった自分が腹立たしくて仕方がない。チンクはそう思った。しかし、同時に不思議に思っていた。何故か、地面に向けて再び落下しないのだ。
「まったく、意味の分からん原生生物だな。指輪の影響ならば、今の指輪の保持者は相当歪んでいるのだろうな」
「殿下、それは……?」
「これか?初代の
ソロモンの背には六枚の翼が存在した。それは現代において、八神はやてが使用している物とほぼ同じ物だった。ただ唯一違いがあるとするならば、八神はやての使う物は黒い翼だが、ソロモンの使う物は純白の翼だった。あまりにも美しいソレは、ソロモンを超常の存在として認識させるには十分な物だった。
「さて、少々鬱陶しいと言わざるを得ないな。こうして飛んでいても構わんが、それでは埒が明かん。チンク、俺の首に捕まって決して離れるな。出来るな?」
「は、はい!」
「結構。では……久方ぶりに遊んでみるか」
ソロモンがそう言った瞬間、純白の翼が翠色に変化した。同様にソロモンの髪に翠色のメッシュが入った。それと同時に、先ほどまで晴れ渡っていた筈の空に暗雲が立ち込め、暗雲に雷撃が迸り始めた。そう、ソロモンは天候を操作し始めたのだ。世界の一部を掌握し、それを己が思うままに操作する――――神に等しい所業を遊びで成し遂げたのだ。
「さぁ、これこそ神の権能を持つ者と言われた俺の
ソロモンの言葉と共に、ソロモンとチンクを避けて雷が地面に降り注ぐ。一筋、また一筋と雷撃は納まる事なく轟く。神に仇なすその総てを撃滅せんと言わんばかりのその雷撃には、ソロモンの八つ当たりも含まれていた。思い出すまいと考えていた想い出を、思わず思い出してしまっていた事に対する八つ当たりだった。
そんな八つ当たりをぶつけられた原生生物たちはもちろん跡形も残らず消し飛んでいた。雷撃によって森の木々に火が着いていたが、ソロモンは指を鳴らすだけでまたもや天候を操作してみせた。即ち、雲から雨を降らせてみせたのだ。
それによって火は徐々に鎮火されていき、最終的にはそこには焦げた木々とボロボロの炭同然の状態に陥っている元原生生物、そして結界によって雨を防いでいたソロモンとチンクだけが立っていた。ソロモンがそれを確認すると手を払い、上空に集まっていた雲を散らしてみせた。そしてどことなくスッキリとした表情を浮かべていた。
ソロモンは首を回し、伸びをすると身体の各所から音が響いた。アジトでもそれなりに運動はしているが、ずっとアジトにいたので身体が凝っていたのだろう。それは王ではなくなったのに、王としての扱いを受けるストレスもあるのだろうが。
「さて、それじゃあぼちぼち指輪の回収に行くとするか」
「は、はい……それで、場所の方は把握されているのですか?」
「大体はな。どの方向にあるのかは分かるが、その場所までどれほどの距離があるのかは俺にも分からん。指輪は万能の願望機として存在しているからな。それだけ力は強力で、俺としても細部まで把握することは出来ないんだよ。まったくどこにあっても厄介な物だ」
「……殿下、どうして指輪はその力を発揮し始めたのでしょうか?殿下亡き後、指輪はその権能を失った筈ではないのですか?」
「それならば決まっている。俺がいるからだ。ソロモン・アクィナスが、指輪の本来の主が世界に帰還した事で世界は揺らいだ。その揺らぎが、眠りについていた指輪を揺り起こした。そして、現在の指輪の主の願いを無作為に叶える願望機として行動しているのだ」
「で、では、この星の現状は殿下が帰還なされた事による弊害だという事ですか?」
「そういう事になるな。現在の指輪は今の主が誰であるかなどは一切気にしていないのだ。必要なのは、己が主の願望機として機能するという事。道具ならば、使われる事が至上であり使われる事によって生まれる弊害や利益などどうでも良い事なのだよ。彼奴らにとって、主とはその程度の存在だ」
下手な人間では食われるだけ。指輪を使えるのは欲のない者か、欲を否定する事のできる者、そして欲に呑まれない者だけだ。しかし、そのような傑物は数多ある次元世界でも本当に稀少だ。何故なら、人は誰しもが欲を抱えている。楽になりたい、もっと美味しい物を食べたい、もっと技術を向上させたい……挙げればキリがない程に多種多様な欲を抱えている。
指輪はその総てを叶える。その願いがどれだけ些細な物でも、どれだけ気高い物でも、どれだけ高尚な物でも、どれだけ悪辣な物であっても、どれだけ尊い物であっても。願いの別なく、その総てを叶えてみせる。それが指輪の存在価値であるが故に。
「それを止めなければならないのだ。本来の主としてではなく、この世に新たな命を持って生まれたほんのちっぽけなただの人間として」
王ではなく、また神ではないが故に。人としてごくごく当たり前な感情によって、彼は世界を変えるだろう。しかし、その行動はきっと本当に些細な善意から生まれた物なのだと、チンクは思う事ができたのだった。