2018/04/01 投稿
――――日本 某国際空港にて
「あ、日本の空港に降りると味噌や醤油の香りがするって本当なんだ」
長い空の旅を終えてキャリーバッグを転がす少女。
緑の長い髪を後ろで三つ編みにまとめた彼女こそ、14歳になった緑谷出久であった。
10年前にイギリスに渡り、何を思ったのか一流のメイドたちに師事し、今やハイスペックメイドとして故郷の日本に帰ってきたのだ。
幼い頃のメイドに対する間違った理想像は既に勘違いだとわかっているものの、いまさら身につけた技術を忘れることなどできるはずもなく。また、途中でやめるのも教えを受けた身としては申し訳ないと、最後までやり通したのだった。
結果がメイドという名のナニカである。
どうして、こうなった!?
まぁ、あのままヒーローになれないとウジウジしていたよりはマシだと思うしかないだろう。
とにかく、10年間の修業を終え師匠たちから合格のハンコをもらった出久は、最終実習として一人であるお屋敷にご奉公にでることとなったのだ。
そして、今回そのお屋敷が日本ということで、10年ぶりの帰郷となった次第なわけである。
久しぶりの日本ではあるが、当然のことながら各種外国語と共に勉強していたので問題は無い。
家庭教師をしてくれていた屋敷の図書館司書には、発音・書き取りに至るまでみっちり叩き込まれている。
「あらら、電車の時間まで少ししかないや。急ぐ必要がありそう」
メイド長の咲夜から貰った銀時計で時間を確認して眉を下げる出久。
せっかくの帰郷だが、感慨にふけっている時間はあまりないらしい。
初日から遅刻するわけにもいかないだろう。出久にはドジっ子メイド属性はないのだからして。
行き先は静岡県。出久の生まれ育った県と同じだ。
池付きの庭園。住宅をぐるりと囲む生け垣と、正面に大きな門。
家というよりは、「邸」と呼ぶような純和風の屋敷。
それが出久が奉公することとなる家、No.2ヒーロー、エンデヴァーの住む家。轟家であった。
「本日よりお世話になります、英国使用人協会認定A
「え、メイドさん? というか、焦凍と同じくらいの女の子って!? お、お父さん!」
轟家に到着して挨拶をすると、出迎えてくれた白髪に赤い髪が何房か混じった女性、轟家の長女・冬美が慌てた様子で家の中へと走り去っていった。
残された出久は一人、呆然としながらつぶやいた。
「あれ?僕、何か間違えたかな?」
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「ごめんなさい。新しいハウスキーパーの方が来られると聞いていたけど、緑谷さんほど若い人だとは思っていなくてびっくりしちゃったわ」
「いえ、前任の方はかなりのご高齢とお聞きしてますから」
玄関前でのイザコザのあと、しばらくしてから落ち着いたらしい冬美に客間に通されて謝罪を受けた。
どうやら、出久の雇い主とその家族との間で情報の伝え漏れがあったらしい。
その雇い主、エンデヴァーこと轟炎司はテーブルを挟んだ出久の向かい側に腕を組んで出久を見ていた。
「年齢などどうでもいい。問題はこちらが要求する能力があるかどうかだ」
見定めるようにこちらを見る炎司に、出久は胸を張って返事をする。
「はい! お任せください。料理・洗濯・掃除に裁縫まで家事一般は一通り身につけています」
「そうか。だが、もしだめだとこちらが判断したならば、すぐに辞めてもらう。覚悟しておくように」
そう告げると、炎司は立ち上がりそのまま部屋を出ていく。
娘の冬美が声を上げて止めるが、聞く耳を持たずじまいだった。
「ごめんなさいね。お父さん、コミュニケーションがちょっと……」
「いえ、僕のような若輩に不安を覚えるのは当然ですから。これからの成果で安心してもらえるように頑張ります」
ギュッと拳を握ってやる気を見せる出久に、冬美も笑みが溢れる。
初対面は決して良いものとは言えなかったが、これなら良い関係を作っていけそうに冬美は思えた。
自分ばかり話していても仕方がないと、先程から隣で興味なさげに座っている末弟の焦凍を出久に紹介することにした。
「緑谷さん、今日からよろしくね。こちらが弟の焦凍。同い年らしいから、仲良くしてあげてね」
「はい! よろしくお願いします」
姉に促され、言葉少なに口を開く焦凍。
「轟焦凍だ。よろしく頼む」
「緑谷出久です。よろしくお願いいたします、若旦那様」
「……若旦那?」
聞きなれない呼ばれ方をして戸惑う焦凍。思わず聞き返すと、不思議そうな顔をされてしまった。
「はい。家主の炎司様が旦那様ですから、ご子息の焦凍様は若旦那様かと……あの、変でしょうか?」
出久がオズオズとした様子で尋ねると、焦凍は困った様子で、
「悪いが、その呼ばれ方は慣れてねえ。普通に名前で呼ぶだけでいい」
「あら、いいじゃない。若旦那様?」
隣で弟の呼ばれ方に面白がっていた冬美はからかうように焦凍に声をかける。
だが、その弟は平然としたもので、逆に姉へとカウンターとなるような言葉を投げかけた。
「なら、姉貴は“お嬢様”になっけど……それでもいいのか?」
「あー、緑谷さん。私も名前でお願いするわ」
弟からの指摘を受けて態度を変える。
どうやら弟のほうが一枚上手だったようで。
なんにせよ、仲の良い姉弟の会話に出久も頬が緩む。
「では、焦凍様と冬美様でお呼びしますね」
「いや、“様”もつけなくていい。なんか落ち着かねえ」
「では、焦凍さん、と、お呼びしますね。僕のことも出久と気軽にお呼びください」
「ああ、わかった。出久」
呼び方を決めたところから静かながらも会話を弾ませ始める二人。
隣でその様子を見ていた冬美は思った。
『うわぁ、いきなり女の子を呼び捨て……焦凍、学校で大丈夫かしら?』
弟の今後の将来が不安になっていたりするのだった。
――――出久が轟家に来て数日。
焦凍は訓練室で目の前のメイド少女と対峙しているこの状況に戸惑いを隠せなかった。
「さぁ、どうぞ。遠慮なく打ち込んできてください」
「と、言われてもな……」
純和風邸宅の轟家に合わせて和服を合わせたような和風のメイド服を身に着けた出久が、右手を前に半身になって構えている。
これから個性以外の訓練。体術の訓練だったのだが、なぜか目の前のメイド少女が組手の相手をすることになっていた。
正直、どうしてこうなった? と、焦凍は頭を抱えている。
そもそも、出久がメイドとして轟家に来たのは以前まで家の家事をしてくれていたハウスキーパーが高齢を理由に引退したことと、家族の中で家事をしていた姉の冬美が人事異動で遠い勤務地になってしまい、家事をする人間がいなくなったことが理由だ。
だから、焦凍は出久が格闘技の組手をできる存在だなんて思っていなかったのである。
それがついさっき、会話の中で「体術」がなかなかうまくいっていないことを口にしてしまったところ、出久が言い出したのだ。
「あ、僕も“少し”は格闘技ができるのでお手伝いしましょうか?」
と……。
なぜかやる気満々の出久に断ることができずに訓練室まで来てしまったのだが、同い年の女の子を相手に拳を振るうのは正直やりづらいことこの上ない。
如何にして怪我させないようにするか、手加減をする訓練だ。と、割り切っていた焦凍。
だが、その考えは甘かったと思い知らされることとなる。
「破ッ!」
「〜〜〜〜ッ!」
出久の裂帛の気合が込もった拳打が迫る。
その圧に焦凍は思わず封印していたはずの左の炎を使ってしまった。
「な、しまった! 大丈夫か、出久!」
「ええ、ちょっとびっくりしました」
「お 」
炎に巻き込んだと焦った焦凍の真後ろにスッと現れた出久。
気配も感じない不意打ちを受けてビクリとなる焦凍。
これぞ森式メイド術奥義[スッご主人様ご用でしょうか]である。
呼び出された瞬間には後ろに控えているというメイド術。原理は違うが、森さん以外にも咲夜さんも使えるぞ!
驚きはしたものの、出久が無事だったことにホッと息を吐く焦凍。
正直、出久の格闘技の腕前は“少し”どころじゃなかった。
焦凍の気の抜けた初撃を腕をコロの原理で回転させる、中国拳法でいう化勁と呼ばれる技でいなし掌打。
そこからは一方的にボコボコにされそうになるのを必死でこらえるだけであった。
ウチのメイドが強すぎて笑えない。
まさにそんな気分だった。
挙げ句に、自分が封印していた
格闘の訓練なのに個性を使ってしまったことを謝る焦凍だったが、出久からの投げかけられた質問に顔をしかめた。
「焦凍さんは氷の個性だと思っていたのですが、炎も使えたのですね。いままで使っていなかった理由があるのですか?」
出久にそのつもりはなかったが、焦凍の心の核心を突くような質問だった。
その質問を皮切りに焦凍は胸の内を話していく。
幼い頃からヒーローになるために父親から訓練を受けさせられていたこと。
その様子を見て母親が精神を病んだこと。
母から煮え湯を浴びせられたこと……
そして、父親への復讐のために母親の個性だけでNo.1ヒーローになることを目指すと。
自分の仕える家の親子の確執を知った出久は、その解決のために乗り出すことを決めたのだ。
家人の抱える問題を解決するのも一流のメイドの勤めであるゆえに。
数日後、その変化は食卓から起こった。
いつもの夕食。いつもどおりのご飯に味噌汁に主菜や副菜が並ぶ食卓。
だが、その料理の味は懐かしいものがあった。
「この味、母さんの……」
口にしてから懐かしさを感じていた焦凍が、思い出したように口にする。
全部、母が作ってくれた味付けにそっくりだった。
思わず作り主の出久に目をやると、出久はニッコリと笑って、
「最近、奥様の病院に通って味付けのコツを聞いていました。奥様、焦凍さんの好みの味付けを覚えてましたよ」
そういって差し出された手紙を開けば、母からのメッセージが入っている。
自分への恨み辛みが綴られているのではないかと恐る恐る読み出してみれば、あったのは謝罪の言葉や自分を心配する言葉ばかりだった。
自分のことを母親は嫌っていなかった。そう安堵する焦凍。
だが、一番嬉しかったのは最後に綴られた言葉だった。
『私達両親のことは気にしないで、あなたの好きな道を、あなたのなりたい自分を目指してください。それが母の一番の望みです』
なりたい自分になっていい。
幼い頃に告げられた母からの言葉を思い出して涙を流す焦凍。
その翌日、轟母子は数年ぶりに再会することとなる。
オマケ「父親へのプチ復讐劇」
出久のおかげで母と和解することができた焦凍。
その結果、母親の個性だけでNo.1ヒーローを目指すという復讐に乗り気になれなくなってしまった。
母親から受け継いだ個性を復讐に使うというのも気が引けると考えたのと、出久から「
しかし、父親へのわだかまりをそうそう捨てられるはずもなく。
どうしようかと悩んでいたら、出久から一つ提案を受けた。
「簡単ですよ。旦那様の前でオールマイトをベタ褒めすればいいんです」
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「さすが、オールマイトだ。あっという間に事件解決だな。事件が起きてからの迅速な対応は参考になる」
「オールマイトの爆笑トークはすげえな。俺は口下手だから見習わねえと」
「オールマイトは――――」
「オールマイトが――――」
オールマイトの活躍がメディアに載るたび、息子が絶賛する様子にエンデヴァーはイライラしていた。
なぜに大事な息子をライバルに取られねばならぬのだ。
目指すべき偉大なヒーローが近くにいるというのに、他人を頼るとは何事だ! と、息子を叱りつけてみたものの、逆に言い返されて深手を負ってしまったり。
「焦凍ォ! 貴様が参考にするべきはオールマイトではない! 俺を見ろォ、焦凍ぉぉぉ!」
「何いってんだ? No.1ヒーローを目指すなら今のNo.1ヒーローを参考にするのは当然だろ?」
息子の言葉に傷ついたエンデヴァーはその日寝込んでしまったという。
そして、その息子が密かにメイドにサムズアップしていたことを知る由もなかったのだった。
オマケ2「メイド秘奥義?」
朝、朝食を食べるために席に座る焦凍。
「おはようございます。今すぐ朝食を用意しますね」
「ああ、頼む」
朝食を作りにキッチンに消えていく出久。
その後に、反対側の扉から新聞を手にした出久が入ってきた。
「はいどうぞ、今日の新聞です」
「あ、ああ。なぁ、さっきキッチンに入っていったのに、なんで外から戻って来れるんだ?」
轟家のキッチンは玄関までは遠く、すぐに戻ってこれるような位置にない。
なのに、どうして?
もしかして、二人いる?
「それは、森式メイド術マル秘テクニックと鶴屋流古武術秘奥義[分身殺法]の合わせ技で――――禁則事項です♪」
途中まで言いかけて、しまったという顔をした出久。
誤魔化すように人差し指を口に当てて笑顔を見せた。
笑顔とは、本来は攻撃的なものであるらしい。これ以上聞くなという気配を感じ取った焦凍は黙って新聞を広げるのだった。
ハハ、まさかのパソコンが壊れてね。
慣れないタブレットで執筆してたら効率悪いのなんの。
あー、本当なら運悪く出会った強盗がスカートの中から転がり落ちてきた閃光手榴弾で撃退される話だったり、ヴィランに拐われた冬美お姉さんをクナイ片手に救出するくノ一メイドとか書きたかったのに……
力尽きました。
メイドは続かないでしょう。はい。