2018/09/19 投稿
人は生まれながらに平等ではない。
世界総人口の約8割が何らかの特異体質となった“超人社会”において、何の特殊能力も持たない『無個性』は生まれながらにして社会の厳しい現実を突き付けられることとなる。
ヒーローに憧れていた『無個性』の双子の兄妹、緑谷出久と緑谷
生まれ持った素質というどうしようもない壁は、幼い二人の心を折るには十分すぎる。
そして、二人が最も憧れたグレイトフルなヒーロー、オールマイトが活躍する日本にいることが耐えられず、海外に行くことになるのも自然な話だ。
そうして日本を離れ、イギリスに渡った二人であったが、慣れない環境に捨てきれないヒーローへの憧れと、すぐには元気になれなかった。
見守るしかない両親の元へある日イギリスの友人が一つ提案を持ってきた。
「ヒーローと違う職業、違う世界があることを教えてあげればよいのでは?」
そう言われて職場見学をしたことがきっかけで、二人はその職業へと道を進むこととなる。
その道のエキスパートたちにそれぞれ教えを受けた二人は、10年の修行を経て、それぞれの技術を身に着け、それぞれの理由で日本に戻ることとなった。
そして、これまたそれぞれの理由で同じ高校を受験し、見事入学する。
入学した高校の名前は、日本でも最高峰のヒーロー育成校『雄英高校ヒーロー科』
彼らがかつて憧れたヒーローへの道を歩むことができるようになるほどの影響を与えた職業……それは、執事とメイドである。
これは、二人のとんでも従者たちの物語だ。
1年A組ヒーロー科教室。
入学早々に行われた個性把握テストを乗り越え、高校生活を始めたクラスの皆。
天下の雄英に入学するだけあって、誰もが個性的なキャラばかりだ。
そんな中でも特に異彩を放っていたのが緑谷兄妹である。
双子で入学したというのも珍しいが、そのことをお互いが入学初日まで知らなかったという時点で驚きである。
「い、出久!? なんでここに!?」
「そういう、海雲こそ!? 」
お互いに驚き合う兄妹に、『なんで知らないんだよ』とツッコミが入るのは当然であった。
で、その理由を聞いてみれば……
「お互い普段は別の場所で生活しているので……」
「基本的にお勤め先に住み込みですから……」
『本物の執事とメイドっぽい!!』
と、執事とメイドらしいことを言われてしまう。
クラスメイトも反応に困ろうというものだ。だって、クラスメイトに本物の執事とメイドがいるとか想像できない。
というか、なぜヒーロー科にいるのか分からない。
まぁ、聞かれてもその理由は正直に答えられないのだけれど。
『奥様がお嬢様のこと心配して傍にいてほしいと頼まれたからとは……言えない!』
『お嬢様の気まぐれです、なんて、言えないよ!』
身も蓋もない話だった。
なんというか、真面目にヒーロー目指して受験して、ヒーロー科に落ちた生徒が聞いたら怒り狂うだろう話である。
いや、この場にいる面々も複雑な顔をするであろう。
皆が憧れる雄英高校に、『主人に命令されたのでその通り合格して入学しました』とか、普通に納得できない。
それぞれに事情を抱えた緑谷兄妹は、視線で会話し、同じ答えを出す。
「「幼いころ、ヒーローに憧れていたので」」
嘘は言ってはいない。嘘は。
そんな風にごまかしている従者二人に対して、事情を知っている主の八百万と轟はというと、
「私の執事は優秀ですの」
「俺の家のメイドもすげえぞ」
何故か、従者自慢をしあっていていた。
奇しくも雄英に入学し、緑谷兄妹をそれぞれ従者にしていたという共通点を持つ二人は必然、興味を持って話をした。
なんだかんだ言いつつもブルジョワジーで価値観も近く、能力もお互い特待生で優秀ということもあり話は盛り上がる。
そうして従者の話になって……なんでか張り合いになったのだ。
曰く、「ウチの従者の方がすごい」と。
「出久さんはお茶を淹れるのが上手でして、ハーブティーも詳しいのですわ」
「海雲は料理が上手で、家の料理の味まで再現してくれてる」
お互いの従者の料理や給茶の腕を自慢したかと思えば、
「うちのメイドは優秀なんだ。一人で家のことを全部こなせる」
「こちらの執事は、来てから三日で仕事をマスターして一番仕事をこなせるようになりました」
仕事の腕を自慢し、
「出久さんは私のボディーガードができるほど強いのです。そこいらのヴィランなんかには負けませんわ!」
「海雲だって、格闘技は達人級の腕前だ。そうそう勝てると思わねえことだ」
ついには強さ自慢までし始めてたり。
まぁ、お互いの従者のとんでも具合を知っていたら、そうも言いたくなるというもの。
だって、執事とメイドって言葉がなんだったのか辞書を引きなおしたくなる二人ですから。
そんな従者を自慢したくなるのは主として当然の心理だ。しかし、
「あの、お嬢様。そのくらいで」
「焦凍さん! その、落ち着いてください!」
自慢される従者二人には困りごとでしかないわけで。
信頼されるのは嬉しいが、気恥ずかしさはあるのだ。
ついでに、教室の端の方にいる幼馴染の機嫌が悪くなっていくのも感じ取れるし。
「チッ、クソナードどもが。無個性で逃げ出したくせに今更のこのこ出てきて出しゃばりやがって」
かつては圧倒的な格下が、無個性でなんの力もなかったはずの相手が自分と同じ立場に立っている。
プライドの凝り固まった爆豪にとっては、二人の会話は茶番にしか思えなかった。
そんな爆豪の気持ちなど察することもなく、主二人は従者に促されて妥協案を出す。
「いずれヒーロー科の授業でお力を見せるときが来るでしょう。その時に、私の執事が一番だと証明してみせますわ!」
「上等だ。こっちこそ、ウチのメイドが一番だって見せてやるさ」
ヒーロー科の授業の中で決着をつけると意気込む八百万と轟。
頑張るのは出久と海雲であって、二人ではないはずなのだが……。
ともかく、決着の方法にお互い同意した。そして、その機会がすぐこのあと訪れるのだった。
もっとも、二人が想定していたのとは違ったのだけれど。
オールマイトによるヒーロー基礎学。その最初はいきなりの対人戦闘訓練からはじまった。
二人一組でヒーローチームとヴィランチームに分かれ戦う対抗戦。
A組は21名のため一組だけ3人のチームができるという問題があるが、それは雄英の方針からすぐに解決した。
ヒーローにはさらなる受難を!
ということで、ヒーローチームに対するハンデとしてヴィランチームに固定することで解決した。
そして、その組み合わせは厳正なるくじ引きの結果……爆豪・轟・八百万の三人に。
特待生入学の二人と一般入試トップというかなり戦闘力の高い組み合わせになってしまい、ヒーローチームへのハンデとしては大きすぎるものになってしまった。
『オーマイガッ! くじ引きの女神はとんだ悪戯好きだぜ!』
組み合わせ結果を見たオールマイトは頭を抱えるが、厳正なくじの結果とあっては文句のつけようもない。
ヒーローチームに頑張ってもらうしかないと祈るオールマイト。
その祈りは無事に通じることとなる。
オールマイトが思った通り、くじ引きの女神は悪戯好きなのだから。
「3対2……この程度のハンデ、八百万家の執事たる者、乗り越えなくてどうします」
「サンタマリアの名に誓い、すべての不義に鉄槌を!」
ヒーローチームとしてヴィランチームの三人組と戦うこととなった緑谷兄妹。
3対2のハンデ。相手はA組の実力者。
そんな悪条件を前にしても何ら気負うこともなく平然としている二人。
執事服とメイド服の
対して、彼らと戦う三人のヴィランチームの反応はというと。
「いまさらノコノコと出てきやがってクソナードどもが。ブッ殺す!」
かつての幼馴染の記憶が残る爆豪にとって、あの兄妹は格下の認識なのだ。
二人の実力を知らない爆豪はひたすら二人を侮っている。
まぁ、実力を知っていたところで対応が変わるとは思えないのだけれど。むしろ、意固地になって二人のことを否定しているかもしれない。
「海雲が相手か……ヤバいな」
「出久さんが相手……マズいですわね」
逆に二人の実力を知る轟と八百万は危機感を募らせる。
一人でもトンデモないのだ。それが二人。
考えるほどに恐ろしい。手が付けられるのだろうか?
「作戦を考えるぞ。真正面からやり合うのはよくねぇ」
「罠を仕掛けて、それから役割分担を……考えることは多いですわね」
無策で戦えば負ける。その確信がある轟と八百万は何か対策を立てることを主張する。
「ふざけんな! あのザコども相手になんで俺がコソコソしなきゃなんねえんだァ!?」
が、しかし、プライドの凝り固まった爆豪が聞き入れるはずもなく。
爆豪とはまともに話も出来ずに開始時刻を迎えてしまうのだった。
轟と八百万の制止も聞かず、一人飛び出して数の利を無くしてしまう爆豪。その代償を支払うのはすぐだ。
「おい、爆豪! 一人で飛び出してんじゃねえよ!」
『うるせえ! ムカついてんだよ、俺ァ、今!』
「おまえの今の気分なんか聞いてねえ! おい、おい! あいつ、返事しねえぞ!?」
「困りましたわ……どうしましょう?」
通信を無視する爆豪にキレる轟。これでは連携もあったものではない。
かろうじて、通信を繋いだままにする理性は残っているが、漏れ聞こえてくる音声だけでしか向こうの状況を把握できないのはきつい。
『死ィねェ!!』
爆発音がノイズ交じりに聞こえてくる。
どうやら奇襲を仕掛けたらしいが……
『鈍い。動きが大振りすぎる』
『残念、残像です!』
従者二人には通用しなかった。
空気を切り裂く風切り音とバラバラと細かく連続した落下音が聞こえてきた。
『チィ、クソが! 装備を壊したくらいでいい気になってんじゃねぇぞ!』
『良く吠える……神様にお祈りは? ブタ箱の隅でガタガタ震えて判決を待つ心の準備はOK?』
『瀟洒に、いきます!』
『ク、クソがああぁ!』
大きな破壊音。そして静寂。
爆豪はやられてしまったらしい。
インカムから聞こえてくる音声だけでは何があったのか分からない轟と八百万。
心に不安が広がっていく。
爆豪に何が起きたのか……モニターで様子を見ていたクラスメイトの一言が物語る。
『これは、ヒドイ!!』
何はともあれ、爆豪の尊い(?)犠牲によりわずかばかりの時間が稼げたヴィランチームは、八百万制作のトラップを仕掛け、轟の氷の障壁で行く手を阻むなどして迎撃の用意を整えていた。
即席の要塞と化した建物を、緑谷兄妹が攻略していく。
『轟さん、二階から三階に上る階段のセンサーが反応しました!』
「二階には氷の障壁を張りまくっておいたのに、もう突破したのか!? 八百万、オペレーションを頼む!」
『了解です。今二人はトラップを仕掛けた廊下を移動中ですわ!』
建物のあちこちに仕掛けておいたセンサーなどで相手の動きを探りながら、役割分担をして挑む轟と八百万。
迎撃にあたる轟は、八百万の指示に従って緑谷兄妹が進行中のフロア近くに来たのだが。
『おかしい。静かすぎる。罠が作動してねえ』
「そんなはずは! 動体センサーは確かに反応してますのに! 轟さん、お気をつけて」
『分かって……なんだこれは? ワイヤー? おっ――――』
「轟さん、轟さん!? 返事をしてください!」
何が起きたのか情報も入らぬまま、次々と仲間がやられていく。
八百万の背中に冷たいものが流し込まれたような悪寒がした。
唐突に“コンコン”とノックの音がする。
ハッと入口のドアに振り返れば、ゆっくりとドアノブが回転していくのが目に入った。
緊張から唾を飲み込んで、創り出した銃を向ける。
ゆっくり、ゆっくりと開いていく扉は、10センチほど半開きになったところで動きが止まった。
恐る恐る銃を構えながら近づいていき、意を決して扉をいっきに開く。
が、そこには誰もいなくて……
「だ、誰もいない? そんなはずは――」
「いいえ、ちゃんといますよ?」
「え? きゃあああ!」
何故か上から声がする。
顔を上げれば、そこには天井に逆さに立つメイドの姿があった。
天井に立っている人とか、怖すぎる! 悲鳴を上げるのも無理はない。
とっさに銃を向けたが、天井から足を離して降りてきた海雲に襲われ、地面に押さえつけられる八百万。
これで海雲が首筋に噛みつけば完璧である。
……吸血鬼ホラー映画みたいになってるのはなぜだ!?
なにはともあれ、最初の戦闘訓練は緑谷兄妹の勝利に終わったのだった。
めでたしめでたし?
「私が知ってる執事とメイドじゃない……」
思わずつぶやいたオールマイトの一言に、みんな首を縦に振ったとか。
オマケ『バトラー&メイドの恋愛力』
たとえヒーロー科といえど、女子たちが集まって話をすればそれは盛り上がるもの。女子トークが始まるのは当然だ。
たいてい話のネタになるのは恋バナである。
特にそういった話が大好きな芦戸を中心に、姦しく会話がされていた。
話の内容は主にメイドの海雲と、その家人である轟との関係についてだった。
「一年間、同い年の男女が一つ屋根の下で過ごしてたわけでしょ? 何もないわけないよね!」
ああ、お坊ちゃんとメイド。身分違いの恋物語! と、盛り上がる芦戸であったが、当の本人である海雲は完全否定だった。
「まっさかー。お仕えする家人の方にそんな感情向けるなんてプロ失格ですよ~」
「とか言いつつも~?」
「まったくもって恋愛対象外です!」
はっきりと断言する海雲。
芦戸は若干つまらなさそうな顔をしたが、諦めていない様子。
それはソレとして、偶然教室の外にいて話を聞いてしまった男子メンバーが数人。
尾白・常闇・障子、そして、轟である。
「恋愛……対象外……ぐっ」
「大丈夫か!? くっ、これは傷が深いぞ」
あんまりな言葉に胸を押さえて膝をつく轟を常闇が支える。
クールだと思っていたクラスメイトの意外な一面に驚くと同時に、同じ男子として見ていられないとフォローをする。
「いま現状はそうだってだけで、これからだって!」
「ここは思い切って気持ちを伝えるという方法だってある!」
そんな二人の言葉に轟は力なく返事をする。
「アプローチは今までもかけてきたんだ。だけどな、『毎日、おまえの味噌汁が飲みてえ』って言ったら、『じゃあ、味の再現ができるようにレシピを作っておきますね?』って、答える相手にどうすればいいんだ?」
「「「告白どころか、プロポーズ!?」」」
いろいろすっ飛ばしてプロポーズまでしちゃってる轟に戦慄するとともに、それをまったく受け取っていない海雲の天然具合にも驚く三人。
なんかもう、ツッコミが追いつかない。
男子たちを放っておいて、女子トークは続く。
しつこく尋ねる芦戸に海雲はずっと否定をしていたのだが、堪忍袋の緒が切れたのか声を荒げて主張をしていた。
「だいたい、焦凍さんはメイドに手を出そうとするような人じゃありません! メイドをお手付きにしようとするような下種とは違うんです!」
主に対する敬愛を隠すことなく主張する海雲はまさにメイドの鑑であろう。
もっとも、その言葉に主である轟はダメージを負っていたが。
「げ、下種……違う、違うんだ。俺はおまえが思ってるほど立派な人間じゃねえんだよ……」
「と、轟。きみって……」
「すまない、かける言葉がみつからない」
「無情だ……」
尾白、障子、常闇の三人は、がっくりと崩れ落ちる轟を見て涙を隠しえなかった。
男の友情が芽生えた瞬間であった。これも青春?
一方、人の恋路よりも自分の恋が気になる女の子もいる。
入学試験の時に救けられてから、出久のことが気になる麗日は八百万に出久の恋愛状況についてそれとな~く尋ねていた。
「緑谷くんって、女の子に慣れてて恋愛とか上手そうだよね?」
「え? そうでしょうか?」
女慣れしてそうだよね。という、微妙な評価をする麗日に対して八百万は首を傾げる。
主人である八百万にはちょっと違った見解があるらしい。
「出久さんですけど、『女性の扱い』は得意ですけど、恋愛上手かって言われるとそうとは言い切れませんわね」
「え? 女性の扱いが上手なら恋愛上手じゃないの?」
「いいえ。出久さんは“こういう場面ならこうする”という叩き込まれた女性への紳士的な対応を無意識にやっているだけですの。だから、女性からの気持ちを理解しているかと言われれば……」
女性の扱いがうまいことと、女心を理解しているかはイコールにならないと言う八百万。
中学時代に彼が勘違いさせた女子たちのことを考えると頭が痛くなりそうだった。
「いつか、女性に刺されないか心配です」
「そ、そこまでなの!?」
頑張れ、お茶子。君のターゲットは手ごわいぞ!
これだけ超人的に鍛えられても、恋愛方面ではクソナードレベルの緑谷兄妹であった。
かっちゃんとの戦闘は音声のみでおたのしみ頂きました。
ちょっとした試みだったのですが、成功した感じがしないなぁ……。
次回は、『たとえば』は新作の予定です。