注意!
原作最初期のかっちゃんがこの話ではさらに歪んでいるため、かなりヤバい人物になってる上にひどい目にあいます。
長い前髪で目を隠し、うつむきがちになるべく視界にモノが映らないようにしながら歩く少年。
陰鬱な雰囲気をまとう彼は十四歳になった緑谷出久だ。
「“怪物化”とはすげー個性だな」
「やっちまえー、シンリンカムイ!」
登校途中でヒーローとヴィランの捕り物劇が繰り広げられており、野次馬の人だかりができている。
「…………」
だが、出久は興味を示すことなく黙々と学校へと歩みを進めていた。
出久はヒーローにもヴィランにも関心は持っていないのだ。
いや、正しくは何事にも“興味を持たないようにしている”であろうか。
意識的の心を閉ざし、なるべく物事に興味や関心を持たないようにする。
それが制御の難しい個性を手にしてしまってからこの十年間の間で身に沁みついた出久の悲しすぎる習慣だった。
『何も思うな。何も考えるな……』
ひたすら心を押し殺しながら歩く出久だが、こうでもしなければ街をまともに歩くことすらできないのだから仕方がない。
というのも、出久の個性は発現してから年月を経るごとにますます強力になってきているのだ。
ある時、店のショーウィンドウにガラス越しに飾られていた商品が気になって見ていたら、気が付けば手元に握りしめていたことがあった。
――出久の個性の前では障害物は意味をなさなくなってしまった。
ある時、家を出たときに部屋に忘れ物をしたことに気が付いた……次の瞬間には、その忘れ物が手の中に納まっていた。
――個性の使用に、視認をしている必要性がなくなってしまった。
などなど、個性が届く効果範囲・距離が伸び、手元に呼び出すことが可能な重量が増大し、個性を発動させるための条件がどんどん緩くなっていった。
徐々に強力になっていく個性に、出久ができた対策は心を閉ざすという手段しかなく。
もはや外に出ることすら恐怖を覚えそうなものだが、それでも彼はひとえに母親を心配させないためだけに、
『ごめんねえ出久。ごめんね……!!』
あの四歳の日に、自分の個性が深化して遺伝したせいで苦しんでいる息子を見て泣いて謝る母親をこれ以上泣かせないために。
そんな覚悟を決めた出久だが、それでも現実は厳しかった。
――
中学三年生ともなればそろそろ将来の進路について考え始めなければならない時期。
学校側も様々なタイミングで生徒たちに進路について考えるように促し、働きかけることだろう。
本日はその一つとして、進路希望調査票が配られていた。
が、この時期は進路を考えさせるきっかけくらいの意味しか持っていなかったりする。
というのも、中学三年生の始めくらいでは生徒たちの志望はほとんど同じ方向に向いているのだから。
「だいたいヒーロー科志望だよね」
担任が口にした通り、クラスのほぼ全員がヒーロー科を志している状況だった。
クラスメイトが各々の個性を見せびらかしてヒーローになる未来を夢見る中で、出久はその輪の中に入ることができない例外の一人になっていた。
『僕が望む未来? そんなの考える方法も忘れちゃったよ』
普段から自分の押し殺して過ごすことが習慣になっている出久にとって、自分の将来を考えるというのは苦痛な事柄に違いなかった。
近くで幼馴染の勝己が「雄英高校に入学する!」「トップヒーローになる!」と高らかに自らの野望を宣言している姿がうらやましい。
『いや、だめだ。望むな、欲しがるな』
そんな羨望すらも自省してしまうほどに出久は自らの望みに対して忌避感を持つようになってしまっていた。
そんな彼にとってさらに不幸だったのは、彼の担任がそういった事情を考慮したり心配りすることのできない人間だったことだろう。
「あ、緑谷。前回みたいに希望無しじゃなくて、今回はちゃんと記入して出すんだぞー」
進路を決められずに悩んでいる生徒に対して、クラスメイト全員の前でその内情を明かしてしまうほどデリカシーがない。その上、学生たちの間で構築されるヒエラルキーに対する認識も甘い教師だった。
さらに加えて言うならば、これから繰り広げられる出来事に関して何の行動もしようとしない無関心な教師でもあった。
「ハァ!? せんせぇー、こんなヴィランもどきに志望なんかあるわけねぇよ!」
担任の言葉に反応して出久を蔑む言葉を吐き出したのは勝己だった。
勝己の言葉にクラスメイトたちも嗤い声をあげた。
「おいおい、勝己。いくら本当のことでも言ってやるのはかわいそうだぜ」
「そうそう、ヒーローに一番近いおまえとは違うんだからさ」
勝己に同調して心無い言葉を投げかけるクラスメイト達。
彼らにとって犯罪者向きの個性を持つ出久は半ばヴィラン予備軍のような扱いになっており、彼の味方になってくれるような者はいなかった。
特に学年のキング的な存在である勝己が率先して酷く当たるため、余計に止めようがない。
出久にはただただ耐えるしかなかった。
黙り込む出久に、調子にのった勝己がさらにちょっかいをかけてくる。
「進路志望が決められねェってんならよォ。俺がテメエの進路を決めてやるよ!」
ニヤニヤと悪意に満ちた顔で出久の進路希望調査票を奪い取り、ボールペンで書き込み始める勝己。
「ほらよ、これがオマエの進路だぜ? 喜べよ」
さらさらと書き上げたそれを出久の机の上に叩きつける。
そこに書かれていたのは“タルタロス”の五文字だった。
「……ッ!」
思わず絶句する出久。
それもそのはずだ。
“タルタロス”の正式名称は「対“個性”最高警備特殊拘置所」。
死刑確定の、いや、それすら生ぬるいと言われるほどの重犯罪者が送り込まれる監獄のことなのだから。
冗談にしても笑えない内容に思わず勝己を睨みつける出久。しかし――
「何よ?」
「…………ッ!!」
一言凄む勝己に出久は目を逸らして黙り込んでしまう。
積み上げられてきた立場の違いが反論することさえ許してくれなかったのだ。
うつむき、無言で書き込まれた文字を塗りつぶすことしかできない出久。
だが、そんな態度すら勝己には反抗的に見えたらしい。
いつもなら人気のなくなっている放課後の教室から物音がしていた。
聞こえてくるのは遅くまで残っておしゃべりに興じる学生たちの声--などではなく。
人を殴打した際の鈍い不快な音と、そのあとに続くように漏れ出るうめき声だった。
「ちったァ、自分の立場ってのを思い出したかよ、ヴィラン野郎」
「うぐぅ……」
勝己に罵倒とともに足蹴にされ、苦悶の声をあげてうずくまる出久。
いつもの取り巻きの二人と勝己に囲まれ、暴力を振るわれている様子はどう見てもいじめの現場だ。
ヒーローを志す者がいじめを行うなど言語道断。しかし、困ったことに勝己にはこれがいじめであるという意識がなかったりする。
「テメエはその気になりゃア、いつでも誰にも気づかれずにドロボウできる悪い個性持ちだからなァ! こうやって定期的に退治して改心させねェとな!!」
「ぐふっ」
そう言って出久を蹴り倒し、さらなる暴行を加える勝己。
彼にとってこの行為はヒーローが行うヴィラン退治なのだ。
幼い頃に染み付いた印象というものは簡単に拭うことは難しい。
「出久はヴィランだ」と、幼少のころに刻まれた誤認識は十年の時間を経ても心の奥底に居座って消えることなどなかった。
もともと、なんでもできる天才肌だったがゆえに自尊心が肥大化している勝己にとって、自身がヒーローのように振舞える大義名分があり、力を振りかざしてもよい対象がいる環境はさぞ心地よかったに違いない。
勝己は、自身の正義感に酔うことができる歪な環境に溺れてしまっていたのだ。
「怖えよなー。離れてても一瞬で物を盗めるんだろ? 人の物いつでも盗めるヤツが近くにいるなんてな」
「鍵かけてても意味ねぇとかな。こんなのどうしようもねえよ」
出久の個性の凶悪さについて語り合う取り巻きの二人。
ヒーロー飽和社会と呼ばれる現在、個性を使って暴れているヤツがいればすぐにヒーローが駆けつけてくれるという感覚が強い。
そんな彼らにとって本当に恐ろしいのは
そういう視点からみれば、分かりやすく暴力的な個性よりも、出久のような何をされるか分からない個性のほうが“ヴィラン”らしく思えるのかもしれない。
逆に勝己の“爆破”のような派手で分かりやすい個性は、自分たちを守って悪いヤツを倒してくれるヒーローらしい個性に見えるのだろう。
それでヴィラン扱いされる出久からすればたまったものではなかったが。
『僕だって好きでこんな個性になったんじゃないのに……』
体を丸め身を守るように床に倒れながら出久は思う。
どれだけ人に迷惑をかけないように努力していても、周囲の人間は色眼鏡を外してくれない。
その精神的な負荷は出久を確実に蝕んでいた。
だから仕方なかったのだろう。出久の自制が緩み、望みを抱いてしまったのは。
『僕も、かっちゃんみたいな個性だったらなぁ……僕もそんな個性が
出久の個性は欲しがり屋だ。
彼が望んだのならば、それはすぐに応えてみせるのだ。
「ガハッ!? な、何ンだよこれは……ッ!?」
「ど、どうしたんだよ、勝己」
突然苦しみだし、膝をつく勝己。
取り巻きたちが慌てて様子をうかがうが、どうすることもできずついに勝己は意識を失ってしまう。
パニックになって騒ぐ取り巻きの二人の横で出久もまた困惑の真っただ中にあった。
『何があったんだ? 僕がやったっていうのか!? それに今の感覚は……』
自分の個性が発動したことは分かった。そして手のひらから何かが体の中に流れ込んでくる感覚も感じた。
だが、こんなことはいままで経験したことはない。
「おい、おまえ、何をしたんだ!」
「えっ?」
自身の個性が何を引き起こしたのか答えを出す前に取り巻きの一人が出久に敵意をあらわに声をかけてきた。
その表情には恐怖が浮かんでおり、冷静な判断力が失われていることが分かった。
人間は恐怖に直面した時、その原因を排除しようと攻撃的になることがある。
目の前の彼はまさにそんな状態だ。
「こ、このヴィラン野郎!」
「ま、待ってよ!」
拳を振りかぶり近づいてくる相手に、反射的に手を突き出して身を守ろうとした出久。
その瞬間、爆発が巻き起こり物の焦げる臭いが充満して……
気が付けば、迫ってきた彼は煙を上げて倒れていた。
「そ、それ、勝己の個性だろ? な、なんでおまえがそれを使えんだよぉ?」
残りの取り巻きの一人が震える声で目の前の出来事を口にする。
他人の個性を出久が使っているという事実。
それは恐ろしい現実を彼に突き付けていた。
「おまえ、人の個性まで盗めるのかよ……ッ!?」
それは、個性が当たり前の存在となった超人社会において体の一部を奪われるに等しい恐怖だろう。
「僕は、そんなつもりじゃ――」
「どうした、何があった!」
恐ろしいものを見るような目で自分を見る彼に弁明しようと出久が口を開いたとき、タイミング悪く騒ぎを聞きつけた教師が教室に駆け込んできた。
残った取り巻きは、当然やってきてくれた教師に救けを求めた。
「先生、緑谷のやつが、勝己を……勝己を……」
「何ッ!? 緑谷、おまえ何をやったんだ!」
恐怖の表情をした生徒にすがられて、出久に厳しい視線を向けてしまう教師。
その猜疑心がこもった視線は、さきほどまでヴィラン扱いされて暴力を受けていた出久を恐慌に陥らせるには充分なもので。
「違う……違うちがうチガウ! わざとじゃないんだ!! うわあああああ!」
「な、落ち着け! 暴れるんじゃない!!」
教師の制止の言葉も聞かず、手を振り回し爆破を繰り返す出久。
もはや狂乱状態だ。力づくで止めるしか方法はないが、“爆破”という殺傷力の高い個性を得て暴走する出久をたかが教師程度が抑えることなどできるはずもなく。
結局、出久はヒーローがきて取り押さえられるまで暴れ続けたのだった。
「もう大丈夫! 何故って? 私が来た!」
厳重に拘束され、護送されていく出久。
目隠しに口枷、拘束衣で身動きもままならない。
おおよそ中学生相手に行われるには大げさすぎる拘束だが、こうせざるを得ないほどに出久が起こした事件は社会に影響を与えていたのだ。
中学生が個性を暴走させて暴れた程度の事件ならば、新聞の片隅に掲載されて、ワイドショーでコメンテーターがテキトーに一言ほど意見を述べてハイ終わり。
一部の人が覚えているだけで、大半の無関係な人には翌日には忘れ去られているような出来事だ。
問題となったのはやはり“個性を奪える個性”の存在が世間に知れ渡ってしまったことだろう。
現在の社会において、“個性を奪える個性”など許容できるものではなく、瞬く間に「厳罰にすべし」という声が民意として広がっていってしまったのだ。
こんな大事になってしまったのには、ヒーロー・警察側の対応が後手に回ってしまったことも原因の一つとなっている。
運が悪いことに事件を解決したヒーローは、偶然近くにいて駆けつけたトップクラスの知名度を誇るヒーローだったのだ。
そんな大物を追ってマスコミの動きが想像以上に早くなり、本来ならば情報規制をかけるべき“個性を奪える個性”の存在が全国に報道されてしまったのだ。
特ダネを押さえた記者はホクホクだったろうが、ヒーロー・警察上層部は頭を抱えることになってしまった。
かくして圧倒的世論に押され、出久は裁判もなしに超法規的措置によって対“個性”最高警備特殊拘置所--通称“タルタロス”への収監が決まってしまったのであった。
そこは人権など無視され、永久に出ることが許されない監獄。
『あのように少年の一生がこんな形で決まってしまうなど……なんということだ』
良識ある大人たちはまだ若い少年の未来が潰えてしまったことを嘆いた。
もっとも、その嘆きも飛び込んできた急報に吹き飛ぶこととなるのだが。
【緑谷出久、護送中に何者かの襲撃を受けて強奪される!!】
「個性も奪えるんじゃない?」
「タルタロス行だ!」
と、ご感想を頂いたので続けてみました。
書き上げてみれば、最初のプロット以上に出久くんが酷い目にあってるという謎の結果に。
原作の設定を調べなおしてたらタルタロス行になる際は法的手続き無しで収監されるというのを見つけて、「あ、未成年でも関係ないじゃん」と気が付いたり、「進路志望のシーンって原作第一話だから、近くにオールマイト来てるよなぁ」と思いついたりした結果、出久くんの曇らせ具合が酷くなりました。
結果的に、この出久くん悪墜ちの別ルートじゃなかろうか……
次回『たとえば』の更新はシリアス書くの疲れたのでギャグ路線でいきます。
具体的には皆さんお待ちかねの『オンライン』の予定です。
飯テロの時間じゃー
よろしくお願いします。