2018/10/29投稿
人は生まれながらに平等ではない。
世界総人口の約8割がなんらかの特異体質となった超人社会において、何の特殊能力も持たない“無個性”として生まれた緑谷出久にとっては、4歳のころから突きつけられてきた現実だ。
「チクショー。何が現実が見えてないだよ」
愚痴を小さく呟きながら歩く放課後。
今日も出久はその厳しい現実を噛みしめていた。
中学校で行われた進路希望調査で、出久はクラスの笑い者となったのだ。
希望先は、国内トップのヒーロー育成校“雄英高校”。
全国から優秀な成績、身体能力、そして強力な個性を持った生徒たちが集まるその入学試験は、倍率300倍という超難関だ。
そこに“無個性”の出久が挑むというのだから、周囲の反応はある意味当然だった。
そんなことは本人も承知の上でヒーローを目指しているので、今さら何と言われたところでなのだが、それでも気分はよくはない。
少しふてくされた気持ちになった出久は、真っ直ぐ帰る気になれず、寄り道をして帰ることにしたのだった。
それが運命を大きく変えることになるとも知らずに……
「ブッ殺死ね!」
「野蛮ね。消え失せなさい!」
巌のような大男の拳を宙に飛んで回避するフードを被った女性。
反撃に掌に魔法陣のようなものを浮かべ、それをダガーのように変形させて相手に投げつける。
『と、とんでもない場面に出くわしちゃったーッ!?』
人気のない裏路地。
出久は陰からその様子を見守っていた。
普段ならば通らないであろう、治安のよくない裏路地を、つい投げやりな気分で通ろうと思ったのが出久の不運だった。
不幸中の幸いで、とっさに身をひそめることに成功したものの、動くことができずに震えて見ていることしかできない。
出久が恐怖に震えている間にも、戦闘は激しくなっていく。
大男が腕を巨大化させて殴り掛かれば、女性は魔法陣の盾で受け流す。
即座に反撃とばかりに、両手を組み合わせた形から腕を広げるような動きをして魔法のワイヤーを作り出す。それを鞭のように振り回して大男の動きを奪っていく。
「雄オォ!」
「そこッ!」
相手の動きを封じた女性は、乾坤一擲に魔法陣を腕に展開して威力を上げた左フックで叩きのめすことに成功する。
壁にめり込む勢いで叩きつけられた大男は昏倒して動けない様子で、ようやく戦闘が終了した。
大きく息を吐いて魔法陣を消す女性。
「はぁ、はぁ、あの男の刺客か。かつての力は失ったと聞いたが、しつこいことこの上ないな」
心底疲れた様子で独り言ちる彼女は、戦闘の疲労感のせいで注意力が下がっていた。
だから、気が付くことができなかったのだ。
出久が隠れて見ていることも、大男を倒し切れておらず、相手が最後の一撃を狙っていることも。
「危ない!」
「えっ?」
陰から飛び出してきた出久に驚き、そのまま突き飛ばされた彼女。
地面に倒れるまでの間に目にしたのは、自分の代わりに大男の指が変化した爪で腹部を貫かれる出久の姿だった。
「ゴフッ!」
「き、貴様ァアア!!」
血を吐く出久を見て怒りを爆発させた女性は、一瞬で魔法陣を展開して大男をぶちのめす。
今度こそトドメだ。
だが、何もかも手遅れでもあった。
慌てて出久を抱え上げる女性だが、その表情は苦々しいものだった。
自分の一瞬の油断から無関係の人間を巻き込むことになってしまった。それも命を救われて。
後悔の念が押し寄せてくるが、それにかまけている場合ではない。
「大丈夫? しっかり。どうして、私を庇ったりなど……」
「か、体が、勝手に動いて、ゴフッ!」
「もういい! 無理してしゃべらないで」
血を吐きながら答えた出久の言葉は、多くの偉大なヒーローたちが残した言葉と同じで。
そのことは彼女に出久を救わなければという気持ちにさせるのには十分な理由だった。
「このままではこの子は死んでしまう。回復魔法が不得手な私では対処が……考えろ、考えろ、考えろ。何か、方法があるはず。思いつけ、思い出せ! どうする、どうする、どうする?」
出久を救うため必死に考えを巡らせる彼女。
高速で回転する彼女の脳内で、数巡して答えが見つかる。
「これしかない。でも……いいえ、迷っている暇はないわ!」
導き出した答えに、しばし逡巡するも覚悟を決めて魔法を、いや、儀式をとり行う。
その結果、出久の命を救うことには成功したのだった。
とある代償を払って……
「う、うぅ……」
硬いコンクリの地面の感覚で目を覚ました出久。
暫く焦点の合わない目で中空を見つめていたが、先ほどの事を思い出してハッと体を起こす。
「た、確か僕、お腹を貫かれて……傷が治ってる? でも、服は破れたままだから、さっきのは夢じゃない。傷を治す個性でもあったのかな? あの女の人はヒーロー? だけど、あんなヒーロー僕は知らないし、だいたいヒーローなら僕をここに置いていくのはおかしいし――」
「あら? 目を覚ましたみたいね」
「はいぃぃぃ!?」
ブツブツといつもの癖で考察を始めた出久だったが、先ほどの女性に声をかけられて驚愕の声を上げる。
その様子に苦笑しながらも、女性は出久の対面に座り込んで話しかけてきた。
「いろいろ聞きたいことがあるでしょうけれど、まずは謝らせて。あなたを巻き込んでしまってごめんなさい。そして、救けてくれてありがとう」
「い、いえ。あの、僕の傷を治してくれたのはあなたですか? というか、何者ですか?」
謝罪と感謝を告げる女性に、出久は首を振って返事をする。そして、先ほどから疑問に思っていたことを尋ねた。
傷が治っていることや彼女が何者なのか? そして先ほどの大男との関係は?
矢継ぎ早に投げかける質問に、女性は一つずつ、順番に答えていく。
「それらの質問に答えるには、まずは私という存在について話さなければいけないわね。長くなる話だからよく聞いてちょうだい」
ことの起こりは“超常黎明期”に遡る。
次々と生まれてくる“異能”“特異体質”の一つとして生まれたソレは、魔法陣を使った魔法のような個性だった。
汎用性に優れ、おおよそ万能といってもよいほど強力な個性だった、それは必然、力を欲する人間から狙われることとなる。
それもただ強力なだけではない、特別な特徴を持っていたこともあって、殊更、その当時の巨悪と言っていい悪人に目を付けられることとなる。
その特徴とは、すなわち、『他人に引き継ぐことができる』。そんな特徴があったのだ。
強力な能力を求めてやって来る悪人たちと戦い、そして密かに次代へと引き継いで来た歴史を持つ個性。
その当代の継承者がこの女性であり、それを狙ってやってきた刺客が先ほどの大男だというのだ。
「なるほど! そんな個性があったなんて。それで、僕を治してくれたのもその個性の力ですか?」
「ある意味は。説明すると、この個性は引き継がれる度に新しい能力が追加されたりするのだけれど、どの魔法が得意になるかはその引き継いだ人の素質や才能、適性が関わってくるの。
で、私は回復や治療魔法が苦手で、あの重傷はどうしようも出来なかった」
「え、じゃあ、どうやって?」
出久からの質問に、女性は一度気まずそうに顔を逸らした後、意を決して話を始める。
「さっき、個性を引き継ぐことができるって話をしたわよね? 実は、個性を引き継ぐ際に、一度体が作り替わる過程があるの。それを利用してあなたの傷を治したわ」
「ということは……え、それって!?」
彼女の言葉からとある事実に思い至り、目を見開いて驚く出久。
そんな彼に、女性は頷いて答えた。
「そうよ。あなたには、今、個性が引き継がれているの」
「僕に、個性が……ッ!」
14年間もの人生を“無個性”として過ごしてきた出久にとって、自分が個性を持っているということはひどく感動する出来事であった。
興奮から動悸が早くなり、それを押さえるように胸に手を当てる。
その瞬間、異変を自覚した。
ただし、極めて物理的に、であったが。
「ん? ンンン? え? あれ? まさか、これって!?」
触るたびにタプタプと揺れる胸。
男子の硬く平らな胸板ではなく、柔らかな曲線を描くこの胸は……。
「あ、あの、これはいったい?」
「えっと、あの、その……ね?」
半ばショックで涙目になりながら女性に問いかける。
その問いかける声もいつもよりも高い声をしていることに気が付いて、さらにショックを受ける。
気まずそうに女性が事実を告げる。
「その、あなたが受け継いだ個性の名前なんだけど……“魔女”って言うの」
「マッ!? ジョ!?」
だから、あなた女の子になったちゃったの。ごめんなさい。
と、告げられるが、出久が受け入れられるかは別問題だったり。
「ちゃ、ちゃんと個性が使いこなせるようになるまでフォローするから!」
などと言われても問題はそういうことではなく。
「女の子としての常識とかも、私が責任をもって教えてあげるから心配しないで!」
その心配よりも、そもそもの部分で言いたいことがあるわけで。
「親御さんへの説明や学校の心配はしなくてもいいわ。親御さんにはしっかり私が説明するし、行政とか、そういう伝手もちゃんと受け継いでいるの!」
ああ、違うんだ。違うんだよ。欲しい言葉はそんなことじゃない。
「大丈夫、君は立派な魔法少女なれるわ!!」
ヒーローにはなりたいけれど、そうじゃない、そうじゃないんだ。
なりたいのは日曜朝に活躍しているヒーローみたいなヒーローだけれど、時間帯が違うんだ!
緑谷出久。君は、
「い、嫌だあああ!!」
オマケ 没ネタ・小ネタ
その1『世界観が違います』
引き継がれてきた“魔女”の個性の歴史について、女性が語る。
「物質世界をオールマイトをはじめとするヒーローたちが守ってきた。そして私たち“魔女”は別の次元を守って――」
「マスター、世界観が!?」
ヒロアカはマーヴェラスでハリウッドな世界ではありません。
……そのうち、ハリウッドには仲間入りかもだけど。
その2『断固拒否』
謎の白い生物が赤い瞳をこちらに向けて言う。
「僕と契約して魔法少女になってよ」
「絶対、嫌だ!!」
帰ってくれ。そう言うしかなかった。
その3『魔法のステッキ!』
出久の師匠となった女性が、魔法の補助としてアイテムをくれるという。
それは魔法のステッキと呼ばれている魔法少女御用達のアイテムであった。
五芒星が中にある羽の生えた円から持ち手が伸びた、いかにもなデザインにゲンナリしながらも手に取る出久。
「おや? あなたが私のマスターですか?」
「しゃ、しゃべった!?」
いきなり話し始めたステッキに腰を抜かす出久。
そんな様子に構うことなく、ステッキはペラペラとおしゃべりを続けていた。
「フムフム。元男の子とは思えないほど
「チェ、チェンジで!」
以前、出久TSモノを書きたいという作者さんから、アイデアの相談を受けた時に返事を出したものを引っ張り出してきました。
その作者さんはもうハーメルンにはいないようなので書き上げてみた次第。
読みたい出久の系統は?
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後付け個性系(1/2、Dハートなど)
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両親個性変質系(ヒロイン、恋愛追跡など)
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無個性技能特化系(バトラー、メイドなど)
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その他