「FairyTaleじゃいられない」
美城はオフィスのブラインドを上げ高層階から米粒のようなアイドルたちを見下ろす。島村卯月はそのアイドルたちの一人でしかなかった。
『シンデレラが履くようなハイヒールはいりません。そんな靴じゃ走れないんです』
美城がこの言葉を卯月の口から聞いてから早二か月ほど、クローネのミニライブ会場での出来事は彼女をもってヒヤリとさせるものであった。
もし美城がクローネのライブへ来ていなかったら、偶然にも走り去る場面を視認できなかったら、既に島村卯月というアイドルはいなくなっていたことは想像に難くない。
美城はその場での会話内容を今でも一字一句憶えている。島村卯月という少女の、思春期の癇癪のような言葉が美城を大層イラつかせたからか、表現できぬ感情を美城に抱かせていたのは事実だ。
努力は才能に負ける。分かっていてなお、人間はその壁を前にして苦しむのだろう。
それは卯月も、もちろん美城も理解していることだ。だが、ほんの少し、一さじ程度、美城は卯月がアイドル業界に潰されてしまうことを良しとは言えなかった。半年ほど前の美城であれば生気を失った卯月に興味はなくなっていただろう。だが切り捨てるには、卯月を知りすぎていた。
(手ずから育てたアイドルだからこそ情が移ったのは否定できないだろうな……だがそれ以上に――)
卯月が美城へと叩きつけた言葉が頭の片隅から離れずにいる。
薄暗い廊下で美城へと放たれた卯月の言葉は痛烈だった。立ちふさがる者を蹴散らして、自らの価値を証明して見せるとのたまったのだ。結果卯月自身が潰れてしまっても、それでもなお歩き続けてやると――あの底辺をさまよっていた少女があの美城専務へと宣言した。
灰被りが自らにかかる魔法を、眠り姫がまとわりつく呪いを、関係ないと自分の意志で歩みを進めた。それは美城をして初めて出会った存在だった。
それもそうだろう。美城という巨大な城に入れる者はみな何かしら輝かしい才能を持っていた。それこそが美しい城をより輝かせるための星なのだから、当たり前のことではある。
ならば才能を持った者達は挫折しないのか、輝き続けることが出来るのか。そうではないだろう。集まってしまえばそれは普遍となり土台となる。集団の中で優劣は発生し、輝き切れない才能も出てくる――才能とは得てして折れやすい。才持たぬ者達と比べられ今まで目の前に壁などなかったのだから、現れたる困難に心を折られ道半ばで立ち止まる。
美城は芸能業界で多くの才ある者達を見てきたが、その中でも立ち止まった者達が行き着く先は二つであった。一つは分相応な横道を見つけ、先を見ることをやめた者、一つはその道から逃げ、まったく別の道で再起を図ろうとする者。そのどちらにも共通して言えることは、自らより才ある者達には勝てなかったという事実。
もちろんだがそれらに当てはまらない者達が全くいないわけではない。だが少なくとも、今まで美城が認識している者達に限定すれば、その二つの道を選ぶ存在しかいなかった。それも仕方のない事だ、美城プロダクションとは芸能事務所の中でも最大にして頂点ともいえる事務所、集まる才もまたトップクラスばかり。
そして大きいという事はそれだけ取れる手段も膨大にあり、いくつもの道があるがゆえに壁を無理に乗り越える必要もない、という状況を生み出しているのも一助であるだろう。
島村卯月という少女をその認識に当てはめるのならば、武内プロデューサーの元へ異動するはずであったが、そうはならなかった。
道逸れる事を良しとせず、さりとて後ろへと逃げ出さず、その壁を見上げて乗り越える選択をした。
公私混同はよろしくないと自制を利かせてなお美城は見たいと、一瞬でも思ってしまったのだ。アイドル業界という卯月にとって憎むべき場所で、夢がある場所で、頂点へとたどり着くさまを。
(いかんな……これでは私が夢見がちな少女のようではないか)
今まで見たことがないタイプ――底辺アイドルが美城の目に留まること自体あり得ない――が、いくつもの偶然の果て眠っていた才能を開花させるなど、それこそ武内が描いたシンデレラストーリーのようで、なんとも複雑な感情を抱きつつも、美城は卯月へと寄せる期待を否定できずにいる。
カタリとキーボードが押される。ディスプレイに映し出されたのはひと月ほど前のライブ映像。映る二つの影の片割れ、高垣楓の単体ライブとしてみれば多少不相応な規模の箱だったが、そこには全く無名と言っていいFランクアイドルの影もあった。
音楽番組の収録も兼ねており、テレビ放映を加味すれば宣伝効果はそれなりといったところで、高垣楓のネームバリューを考えれば少なくとも無名のアイドルが出ていいライブではない。
当時の事を思い起こせば未だに驚愕の念を禁じ得ない美城。
番組のプロデューサーには高垣楓を出すから一人無名のアイドルをあわせて出演させてくれと依頼した形になり、渋い顔はされつつも高垣楓という名の効果は大きく問題なく承諾された。当然無名アイドルは前座的な扱いだろうと考えていた番組側だが、美城が提案した企画書では二人がメインで、見るものが見れば高垣楓が前座としての構成になっているものだった。もちろん渋られはしたがそこは346プロの名前でどうにかなるものだ。そうしてほぼごり押しではあったものの収録は進められる。
結果――無名アイドルは、島村卯月として認知される。
ライブの内容は殆どが高垣楓の持ち曲を歌い、バックダンサーとして卯月が踊るというものであったが、収録終了間際、最後のトリは卯月であったのだ。
ざわつく客席、興味深そうに見る者もいれば少し残念そうにステージを見上げる者と、反応は概ねマイナス方向に強かっただろう。
それもそうだ、ほとんどの観客が高垣楓を見に来ているのだから、最後まで期待されているのは高垣楓というトップアイドルの姿だ。
悪感情とまでは言わないまでも、歓迎されていない雰囲気の中、島村卯月は臆することなく、気負う事なく――笑った。
『島村卯月、頑張ります!』
にこりと前を見据えた卯月の表情で観客は呑まれる。つられて笑顔になるような類ではなく、思わず見惚れてしまうクールな笑顔。
卯月の笑顔とともに紡ぎだされた言葉の意味を理解できる者は限られていただろう。誰に向けた言葉なのか、あるいは自分自身への戒めであったのか、その場で気にできる者はいない。
表情一つで観客の期待を水準以上まで高めてしまったのだ。それは表情だけでなく所作も整っていたからだろうか、静まった会場でそれは始まる。
イントロと同時に響き渡る卯月の歌声。合いの手はない。初めて披露する曲なのだから当然だろう。だから観客は静かに卯月の曲を聞くしかなかった。
どこか挑戦的で不敵な笑みをして、見せつけてやると言わんばかりに叩きつけられる彼女の歌声。それはただひたすらに気持ちを伝えようともがく少女の姿で、まるでついてこれるかと試されているかのような感情を抱かされた観客たち。歌声だけではない、ダンスも歌詞も、ひたすらに届かない何かを掴もうと進み続けるよう前を見据えていて、これは卯月自身の思いそのものなのだと理解する。
だが合いの手すら出来ずに窮屈な思いのまま曲は進んでいく。卯月は止まらずに進み続け――置いて行かれるという焦燥感すら場を満たそうとし始めた時、4分にすら満たない曲は終わりを迎えた。
あまりにあっけない幕切れに、抑え込まれていた感情は爆発する。声援は楓が登場した時と同等ほどにも鳴り響いた。
『ありがとうございましたっ!』
ぺこりとお辞儀をする卯月にどことなく笑みが込み上げる客たち。あんなにも熱狂させておいて、その態度が不釣り合いだったからか、それを表すかのように含み笑いをしながら舞台袖から楓が登場し、マイクを受け取った。
『はーい、みなさん物足りない感じのようですけど卯月ちゃんのデビューライブ、どうでしたー?』
客席からは思い思いの言葉が飛んでくる、そのどれもが新しいアイドルの誕生を歓迎するものだ。
『卯月ちゃんと私はユニットではないですけど、同じプロジェクトのメンバーなので、二人とも、応援してくださいねー。……卯月ちゃんはライブを楽しめましたか?』
『はいっ、みなさんも楽しんでくれたみたいで、一緒に楽しめてよかったですっ!』
卯月は微笑といった感じの笑顔ではあったが、隠しきれない喜びの色が浮かんでいた。ライブの時に浮かべた笑顔とは少し違う表情のギャップもまた観客に受ける。可憐な少女と夢へ向かって進み続ける少女が同居したその姿は、まるでおとぎ話の主人公のようで、憧憬を抱かせるものだった。
『楽しむ……島村、しまむー……楽しまむー……』
『はい、楽しまむーですよ!』
卯月は楓の少しズレたボケも律義に返して、二人の仲の良さが伺える姿もまたファンから喜ばれつつ、収録時間が押しているとスタッフに言われるまで漫才にも似たやり取りが続けられた。
『最後になりますけど、物販のほうでは卯月ちゃんのCD買ってあげてくださいねー。たまーに私のサインつきが紛れているかも?』
『ええっ、いつのまに書いてたんですか!?』
――大盛況のうちに終わった卯月のデビューライブ。漫才の一部はしっかりとテレビで放映されキャラ付けに悩まされることになった美城であった。
ライブ当日は発作で倒れる事すら想定に入れていたのだがそんな素振りは見せず、見事に高垣楓とのライブをやりきったのだ。美城から見た卯月のライブは想定を通り越して非の打ちどころがなかったといえよう。
美城と楓だけは理解していた。あの時見せた笑顔は卯月が本来持っていた笑顔ではないと。
卯月が手に入れたのは仮面の笑顔。
だがそれがどうしたと美城は言う。人を魅了する笑顔は天然でなくてはいけないのか、ならばアイドルなんて誰もかれもが偽物だ。楓は少し残念そうにはしていたが、美城が卯月へフォローを入れようとした時に言い放った言葉で納得する。
「確かに仮面なのかもしれません。でもこれはみんなが、大切な人たちが私のために作ってくれた特注品なんです。素顔を偽るためのものでなく、自分を飾るための、素敵な仮面です!」
そうしてCランクアイドル、島村卯月は産声を上げた。
卯月がデビューしてからひと月、たったその期間でCランクまで駆け上がったのはもはや異例の出来事である。例を挙げれば高垣楓をして同じ期間でCランクになっていはいるが、それは元々モデルをやっていた時のファンと彼女の歌唱力があってこそ、それを成し遂げた卯月はまさしく才能の塊と評していいのかもしれない。
だが卯月を知る者はそれを否定するだろう。以前にもましてレッスン量が増え、ライブ直前ついにはトレーナーから自主レッスンのストップがかかるほどと言えばどれだけの時間をレッスンに費やしたか、まさしく全てを捧げたと言って過言ではなかった。ゆえに才能が彼女を支えているなど口が裂けても言えない。
もちろん才能はあった。例えれば笑顔の才能、努力の才能――一目見てただ凡庸な少女とすら見紛うことがあるかもしれない、その程度のありきたりで普遍的な才能。
昇華させたのは、卯月の努力であり、美城の手腕であり、偶然の産物でもある。
結果として島村卯月というアイドルはひたすら運に味方されたアイドルかもしれない。それでも掴んだ現実は本物であり、話題性に富む今だからこそという側面は否めないものの、今現在346プロを象徴する一人と言って過言ではない立ち位置であった。
プロジェクトアフターストーリーと書かれた書類をバッグへとしまい込み、現状の卯月を取り巻く環境を簡素に報告書然とまとめていく美城。
卯月と楓が参加するそのプロジェクトアフターストーリーのテーマ、それはクローネが持つお城の煌びやかさと、シンデレラが持つ個性を合わせたものだ。たった一つの、ファンを導くに足る個性でもって輝くため。城の一部であり、登場人物であり、そのどちらにも属さない輝きを発揮するための、試験的なプロジェクトである。
楓はどちらかといえばシンデレラ寄りなのだが、どうも美城の言う事はしっかりと聞くのだ。城の一員としての自覚を持ち合わせてはいるかと美城はそこまで気にするのをやめたのだが解せない部分は多少残る。
しかしこのプロジェクトのメインはあくまで島村卯月に絞られている。笑顔が生み出す経済効果、それは数値化するにはあまりにもおかしなものではあるが、今の美城にとって焦点にせざるを得ないのだから仕方がない。
現状、卯月が稼ぎ出した数字を笑顔が生み出す利益と直接換算するならば、なるほど、馬鹿にできない数字が出ているなと感心する美城。しかしそれが笑顔だけかと言われれば、卯月本人の努力も加味せねばならず、必ずしも数字通りとはいかない。
ならばどうするか――卯月に笑顔を取り戻させるしかない。
そう、今の卯月は仮面の笑顔を手に入れアイドルとして活動できるまでには至った。しかし、アイドルとして活動している時以外は以前のまま無表情が極まっている。ふとした時笑う事くらいは可能だがそれも美城と楓から見れば営業スマイルで、周りに合わせるかのように紡がれる笑顔だ。
美城が懸念していたことが現実となっている。アイドルとしての笑顔を手に入れた代わりに、自然体で笑う事がなくなった、要はふとした時に自然と笑みがこぼれない、覚えてしまった仮面の笑顔で事足りてしまうから。
卯月自身意図しての事ではなく笑う時にそうなってしまうのだ。
卯月本来の笑顔に蓋をしている状況で、元々の状態よりも更に厄介な可能性すらある。トラウマも関係しているのか、卯月本人もどうしましょうと真顔で言うものだから処置無しである。
楓もこれには困った顔を見せつつ、変に笑えない状況よりは良いと今のところは動けない状況。
つまるところ、卯月が本来の笑顔を取り戻した時に生み出される、仮面の笑顔との差分がそのまま経済効果になるのだろう。美城はこの状況から卯月に本来の笑顔を取り戻させることで目的が達成される。
(…………日野茜にまた突撃させてみるか?)
美城が現実逃避を始めるくらいには絶望的なのかもしれない。
その後、美城は本来の笑顔を取り戻させるための案をひねり出そうとキーボードを叩くが書き出しては没を繰り返し気づけば小一時間、ふとドアがノックされる。
「入りたまえ」
「失礼します」
ピンクブロンドの髪をなびかせながら現れたのは城ヶ崎美嘉だ。カリスマギャルを売りにしたAランクアイドルで、半年前は美城の方針と対立したこともあり、オフィスに訪れるなどあり得ない事であったが、最近は度々訪れるようになっている。
「彼女はどうだ」
無駄話はする気がないとも取れるほど簡素に問う美城。その質問を言葉通りなぞれば全く意味は通らないが、美嘉がこのオフィスを訪れる理由に直結しているため彼女は正しく意図を受け取った。
「いつも通り楽しく遊んでますよ」
美嘉もまた、言外に変化なしと簡素に返すのみである。
この報告は島村卯月の笑顔を取り戻すためのものであり、美城から美嘉へと依頼されたものであった。
そもそも卯月と美嘉の接点は何か――卯月がデビュー後の宣伝も兼ねて定期的な企画が必要だった。テレビ番組のレギュラーは流石に荷が重く、とりあえずラジオという方向性だけ決まり、346プロが持つ既存のラジオ番組では高森藍子がパーソナリティを務めるものだけ。卯月の気質からして藍子とはどうにも合わないということ、そしてパーソナリティを急に増やすのも憚られるため新番組という立ち位置を取るに至り、結果、城ヶ崎美嘉、島村卯月、そして渋谷凛という三人がパーソナリティとなる番組が組まれた。
「そうか」
「卯月と凛は相変わらずですけどね」
卯月はともかくとしてなぜ残りの二人が抜擢されたのか。
まず、美城から見た城ヶ崎美嘉というアイドルはカリスマギャルというキャラを持ち、本人の気質としても日本における一般的なギャルのそれである。クローネにいる大槻唯もギャルという枠組みにあたるだろう。ノリは軽く、何はともあれカラオケに行くと、もはや偏見ともいえる見方をしていたのだが唯と美嘉のやり取りを知り評価を百八十度変えた。
美城は以前LINEの使い方をあろうことか唯に習いに行ったのだ。今西部長に相談した結果――携帯の使い方ならギャルだろうと今西も大分偏見――だったのだが、まあまず色々と間違えていた。唯は口が軽く、美城にLINEの使い方を教えたことをクローネメンバーに言おうとし、それを止めたのが美嘉である。もしそれを広めたらどうなるか、美城から怖いお仕置きがあるとかそれはもう懇々と説明し、顔を青くした唯から感謝されつつ惨事を食い止めたのだ。
あとから唯に美嘉に止められたからやめておきましたと報告された美城は今更ながらに人選ミスを悟りそれ以来美嘉から教わるようになる。
その出来事から何度か話すうちに美城から美嘉に対するイメージは変わっていき、現状はしっかりとした常識を持った社会人という評価に落ち着いている。シンデレラプロジェクトの一件では高級志向へと方向転換を行うよう指示し、従わないという結果ではあったものの、成果は出しているから放置していた。
社交性もあり、常識も持ち得ている美嘉を卯月と接させて日常でも笑うようにならないかというアプローチをするためまずラジオのパーソナリティに選んだのだ。ギャルという点はむしろ卯月にとって未知との遭遇で化学反応でも起こさないかと期待している部分もあった。
そして渋谷凛。最近卯月を嗅ぎまわっていたことと、ミニライブの一件で完全に引き離す予定であったのだが、どうも卯月自身かなり凛を気にしているのだ。それは今までのようなトラウマに類する部分ではなく、純粋にアイドルとしてライバル視しているようであり、理由は言わずもがなミニライブで凛が見せた笑顔が関係しているのであろう。わざわざ指摘はしていない美城だが、日野茜から劇物の役目を受け継いだ凛をわざわざパーソナリティに抜擢した。
それは卯月の心理状況が劇的に改善されているからである。
凛を劇物と称したのは比喩でなく、卯月にとってはまさしく猛毒だった。ミニライブでの事件は卯月の進退に大きく関わり、結果として前へと進み、毒よりは薬となりえた。
それ以来卯月のアイドルに対する忌避感は、どちらかと言えば敵視――言い方は悪いがみなライバルのようなもの――となり、おどおどした態度は皮肉屋のようになった。既に何度か放送されたラジオでは少し毒舌な卯月が見れると何故か好評だったりする。
ゆえに美城は、卯月に変化をもたらす存在として凛をもパーソナリティに選出しており、行き過ぎないように美嘉が間に入りやり取りを重ねているといった状況であった。
美嘉は面倒見もよく、ラジオの仕事以外に私的な遊びでも卯月と凛を誘ってはちょっとした報告を美城にしていた。
「卯月の何気ない毒舌コメント面白いし、凛も凛で弄られ慣れてないから反応面白いし、遊んでるのは私の意思ですけどね」
美嘉はあくまで美城の指示があったからではなく、自らの意思で二人と遊んでいるのだ。ただ卯月の事情はある程度知っており、普段の様子を多少美城に伝える事は卯月のためであると考えたから足を運んでいるだけだ。
「それで構わない」
少なくとも状況は好転しており、美城はその実感と共に島村の育成計画を進めている。
とはいえ卯月だけに構っていられない時もあり、近々開催される企画の準備も進めなければならなかった。
「ところで、もう一つの件は進んでいるのか」
「ああ……茜ちゃんが燃えてたやつ。企画名アイドルバトルって、よく専務は企画通しましたね」
「主導は武内だったか。なに、舞踏会の功績も踏まえて褒美のようなものだ」
美城は舞踏会以来、自らの視点とは別の視点を持つ武内の企画を一存で落とす事はしなくなった。結果として346プロダクションの売り上げを伸ばす事には成功しており、企業に属する者としての役目は果たしているがゆえ、と言いつつ方針の違いにまだ歯がゆい思いはしているのだが。
「あれ、確か武内プロデューサー主導というか、元々はみくちゃんと李衣菜ちゃんの喧嘩が発端なんだけどね……」
美嘉の口からぽそりと呟かれた言葉は思考を始めた美城には聞こえない程度の声量だった。
卯月は仮面を被り、改めてアイドルとして歩み始めた。ようやくトラウマも薄れスタートラインを越えた程度であり、他部署のアイドルとの接点も増えると同時に気苦労も増えそうだと、美城は新たな悩みを抱えながらも悪い気分ではなかった。
城ヶ崎美嘉のウワサ
卯月と凛は案外いいコンビなんじゃないかと思い始めているらしい