『暗青の月』戦。
無駄に長いのはサラウンド効果によるものです。
背中が痒くなることうけあいなので、孫の手の御用意を推奨します……。
波止場に着くと、ジョースターさんがひときわ目立つ帆船を指さし言った。
「あれが、わしらがチャーターした船じゃ。なかなかカッコイイじゃろ」
確かにカッコイイ……そして、大きい。はたして何人乗れるのだろうか。飛行機での反省により無関係の人を巻き込まぬため、そして、刺客がもぐり込みにくいようにするため、乗組員と私たち以外の人間は乗せないとのことだったが。
しかも大きいだけではない。甲板には日光浴ができるようなスペースもあり、さすが大富豪のチャーター船、という様相であった。若干こんなに目立っていいものなのか……とも思わなくないが。まぁ、どちらにせよ、ジョースター家の血のつながりを感じ取られ、ある程度の居場所は敵に筒抜けなのだから、関係ないのかもしれないが。
そんな風に船を前に目を丸くしていると、ジョースターさんにある人が疑問をぶつけていた。
「ジョースターさん、ものすごく奇妙な質問をさせていただきたい」
「なんだ、ポルナレフ? 」
昨日のあの人……ポルナレフさんだ。肉の芽の影響はないようで、元気な様子だったが、表情は深刻そのものだった。
「あなたのその手袋の下…そのあなたの『左』腕は『右』腕ではあるまいな? 」
「左が右……? 確かに奇妙な質問じゃ……一体どういうことかな? 」
「……妹を殺した男を探している。顔はわからない。だがそいつの腕は両腕とも右腕なのだ」
無言で、返事の代わりとでもいうように、ジョースターさんが手袋を外す。
「50年前の闘いによる、名誉の負傷じゃ」
「失礼な詮索だった。許してほしい」
しばしの沈黙のあと、理由を語るポルナレフさん。
「……もう3年になる。
おれの妹は、雨の日に学校からの帰り道をクラスメートと歩いていた。
すると、道に男が立っていた。
不思議なことにその男のまわりは雨がドーム状によけてとおっていた……」
「すると突然、クラスメートの胸がかまいたちにやられたかのように裂けた……
そして、次に妹が辱しめを受け、殺された…男の目的はただそれだけだった」
(そ、んな……! なんて、こと……)
息をのむ。同じ女性として、胸が掻き乱される。重苦しい、許せない……なんともいえない感情になる。
「おれは誓ったッ!
我が妹の魂の尊厳とやすらぎはそいつの死でもってつぐなわなければとりもどせんッ!
おれのスタンドがしかるべき報いをあたえてやるッ! 」
(……妹? ……まさか……)
あたまにうかぶ。あの、青い大きな瞳から零れ落ちる、なみだ。
「……そして、1年前おれはDIOに出会った。
『君の苦しみを取り除いてあげよう…この男を探し出してやるよ……』と。
そうして、君らを殺してこいと命令された。それが正しいことと信じた……」
それを受け、沈痛な面持ちで、口々に考えを述べる仲間たち。
「肉の芽のこともあるが、なんて人の心のすき間に忍び込むのがうまいヤツなんだ……」
「しかも話から推理すると、DIOはその男を探し出し仲間にしているな……」
(そんな人間を……)
あらためて思う。私たちの敵は、なんて非道なのだろう……と。
どこかの船から汽笛がきこえた。出発の合図なのだろうか。
ポルナレフさんは叫ぶ。
「おれはあんたたちとともにエジプトに行くことに決めたぜ!
DIOをめざしていけばきっと妹のかたきに出会えるッ! 」
「……」
固い決意を感じた。止める人は誰もいなかった。
そんなシリアスな空気を、明るく高い声が切り裂く。
「すみませーん! ちょっとカメラのシャッター押してもらえませんかぁ? 」
女性二人組の旅行者さんだろうか。承太郎君に甘えるようなしぐさでお願いをしていた。
(……またモテてる。……あ、まずそう……)
話しかけられた御仁の機嫌がどんどん悪化していく様がありありとわかった。
「おねがいしまーす! 」
そしてとうとう爆発する。
「やかましい! ほかのヤツにいえ!! 」
そこに割って入るのは、新たな仲間、だった。
「まあまあ。写真ならわたしがとってあげよう」
でれでれした本性を隠しきれない……きりっとしたふりをした顔で女性たちをさっさとつれていく。
「君、キレイな足しているから全身入れよーね。(ほんとはフトモモだけアップでとりたいな)」
(こ、心の声が漏れて……)
「ってか、シャッターボタンのように君のハートも押して押しまくりたいなー! 」
(……か、かるい……)
さきほどまでの感慨はいったいどこへやら、だった。
「なんか……わからぬ性格のようだな……」
「ずいぶん気分の転換が早いな」
「というより、頭と下半身がハッキリ分離しているというか」
今度は苦い表情で口々に感想を述べるみんな。
「……やれやれだぜ」
そして、船は出港の時をむかえた。
波をかき分け、しぶきをあげて、大海原を進みはじめる。
はためく帆の周りを、ウミネコたちがにゃあにゃあと鳴きながら羽ばたいていた。
(ああ……この潮の香り。実家を思い出すなぁ)
しがない田舎の港町……我がふるさとをふと思い出す。
甲板で、ひとり青い海とよせる白波をながめていると、声をかけられた。
「やぁ、シニョリータ、いい航海になりそうだね」
「あ、ポルナレフさん」
「おお! 名前を覚えていてくれたとは光栄だ。
実は君のことがずっと気になっていてね……でかくてムサい男どもの中に可憐な一輪の花!
これからは旅を共にする仲間だ! よろしく頼むよ。名は、なんというんだい? 」
「は、はぁ。よろしくお願いします。名前はやすのみ……」
「ほう! ヤスノ、か! よい名だ! 」
「いや、ええと……」
またもや、である。まぁ、どうせフルネームを名乗ろうとも同じだろう。
(もういいか……)
諦めていると矢継ぎ早に質問がとんでくる。
「君も出身は日本かい? 」
「はい」
「歳は? 」
「19歳です」
「19!? ……そうか……」
「? 」
(あれ? ……あ、そうだ……)
浮かんだ表情が気になった、が、それは一瞬のことだった。そして、自分もこのひとに聞きたいことがあるのを思い出したが……。初対面で聞くには些か、いや、かなり重い質問になってしまうだろうか。しかもどう説明したらいいかもわからない。そんな理由で躊躇っていると、うって変わって、またかるーい口調になってしまう。
「……19といえば、女学生かい?
いいねー! 青春まっさかり! 恋人は、何人? 」
「な、何人って! 一人もいません! 」
私のその返答に目を丸くするポルナレフさん。
「いない!? 一人も!? 嘘だろ!
それはもったいない、人生損をしているよ! ヤスノ!! 」
「……」
(別に、そんなことない……)
そんな私の感情をおかまいなしに、ひとつ咳払いして、またとんでもないことを言いだす。
「オホン! じゃあ、オレと付き合おう! 」
「はぁ?! 」
「いいじゃあないか! 後悔はさせないよ! 」
急に手を取られる。
「ひゃっ! は、離して下さい……」
こういうのは、正直…あまり得意ではなかった。冗談だとわかってはいるけれど。いや、だからこそ。
(うぅ、でも仲間になったからには、手荒なことしちゃまずいよね……)
おもわず飛び出そうになったセシリアを必死に抑える。
「やぁ、可愛い反応だなぁ、これがヤマトナデシコというやつかぁ~! 」
(……こ、困った……どうしよう……)
途方に暮れている私のもとに、降臨したのはやっぱりこのひとだった。
「失礼。……保乃宮さん、ジョースターさんが呼んでいましたよ」
(神様、仏様、花京院さま!! )
「うん、あ、ありがとう! じゃあ私、失礼しますっ! 」
言いつつ、ふりほどいて、船室の方に走る。
勢いのまま走っていくと、キッチンのついた食堂のような場所で、山積みの段ボールに囲まれてなにやら思案している目的の人をみつけた。
「いたいた、ジョースターさーん! なんですか? 」
「おお! ナイスタイミング! ちょうど頼みがあったんじゃ」
「あれ、私のこと呼んだんじゃ……? 」
「いや、わしは呼んどらんが……? すごいのぅ、わし超能力あるんかのー」
「あれ? そうなんですか?? 」
ハーミットパープルも波紋も、超能力みたいなもの…というよりよっぽどすごいのでは……? と思いつつも、ふたりして首をかしげる。
「まぁいいか。
で、頼みっていうのがだ、この食料品の整理と管理をお願いしたいんじゃが」
「あ、はい、いいですよ」
「足りないものは財団に頼んで補充するからリストを作っておいてくれい」
「はーい。了解です! 」
「うむ、助かるよ。ではゆっくりでいいから、よろしく頼む」
そういって出ていくジョースターさん。
早速、ひとつずつ段ボールを開け、物品を確認し、種類と数を記入していく。こういう単純作業は好きだった。どうせ目的地シンガポールにつくまで、三日間は海上とのこと。暇を持て余すよりも何かしていたい。そのほうが時間も早く過ぎるというものだ。
ひとり黙々と作業をしていると、いつのまにか、さっき言われたことを思い出してしまっていた。
(……人生、損してるかぁ……。
……私は、ただ……。
でも、私なんかには、そんなの無理……だ、もん、ね……)
急に部屋が暗くなった気がした。雲で太陽がかげったのだろうか。
「あー、いけない。雑念は捨てて、作業に集中しなきゃ……」
自分に喝をいれる。考えてもしょうがないことを考えてしまうのは、私の悪い癖だった。そして、もうひとつ思い出す。
(そういえば……
ジョースターさん、自分で呼んでおいて忘れちゃったのかな?
なんだったんだろ……?)
そこへ、入り口の扉が開く音がした。入ってきた人物は、カウンターテーブルの影で段ボールに囲まれている私のことに気づいていないようだ。誰かとおもいつつ、ひょこっと身を乗り出す。
「あれ? 花京院くん? 」
「うわぁあっ! や、保乃宮さんッ!? 」
こんなに驚くとは……いつも冷静な彼にしてはめずらしい気がした。
「ご、ごめん……びっくりさせちゃった……? 」
「し、しましたよ……。何しているんですか……? 」
「ジョースターさんに頼まれて、食料品の整理してるの。
花京院くんこそ、どうしたの? 」
「ちょっと喉が渇いて……」
「そうなんだ。ええと、ちょっとまって……」
冷蔵庫を開けながら、問う。
「何がいい?
冷たいのなら、お茶にコーラにオレンジジュース。サイダーとかもあるよ」
「コーラと、じゃあ、サイダーを」
「了解! 」
(なんで二つ? ……あぁ、承太郎君のか。気が利くなぁ……)
などと考えつつ、栓を開け、冷えた瓶をふたつ渡す。
「はい」
「ありがとうございます。……いただきます」
「はい、どうぞ」
まるでお店屋さんごっこでもやっている気分だ。なんだか楽しくなってきた。
「……って、私のじゃないけどね」
喉を潤しつつ、彼はあたりを見回しながら、いう。
「それにしてもすごい量ですね。手伝いますよ」
「ううん、大丈夫!
こういう作業けっこう好きだし、それにのんびりやっていいって言われてるから。
それよりも花京院くんは、昨日の分ちゃんと休んでなきゃ」
そうなのだ。本日朝一番の会話を思い出す。寝不足……彼はそういっていた。
(はぁ。もう、そんなときにまで周りに気をつかわなくてもいいのに……)
もどかしくおもう。
「そう……ですね。じゃあ手伝いが必要なときは呼んでください」
「うん、ありがとう! 」
そのやさしさに甘えて、つい、ひとつ気になっていたことを聞いてしまっていた。
「あ、そういえば……ちょっと不思議でさ。
ジョースターさん、私を呼んだの、知らないって言ってて……。
忘れちゃったのかな? 」
「そ、それは……」
「? あれ?? 」
なぜだか明らかに狼狽している彼。その様子をみて、ひとつの考えにたどり着く。
「! あ! ……違ってたらごめん。
もしかして、さっきの、私が困っていたのをみかねて、助けてくれた……? 」
「うっ! 」
そうだ。なぜ気がつかなかったのか。よく考えたら、とってもこのひとらしいではないか……。そもそもあれくらい自分でなんとかしなければいけないのに、と、情けなく申し訳ないきもちになる。
「ごめんね。
あんなの社交辞令なんだから、上手くかわせないといけないのにね」
「……」
「でも、本当に助かっちゃった! ありが……」
「……違うんです。僕は……」
私のことばをさえぎり、うつむいて、つぶやく彼。
「……? 花京院くん……? 」
不思議におもい、問う。
そのときだった。
「密航だーー!」
甲板から騒ぎ声が聞こえてきた。
「! 上で何かあったみたい! 」
「! ええ、行きましょう! 」
「離せ! 離しやがれ! 」
「静かにしろ! ふてぇガキだ!! 」
私たちが甲板にたどり着くと、見知らぬひとりの少年が船員さんに捕まえられているところだった。
「おい……どうした? わしらのほかには乗客は乗せない約束だぞ」
「すみません、密航です。このガキ、下の船倉に隠れてやがったんです」
密航者の少年に厳しくあたる船員さん。
「海上警察に突き出してやる! 」
「え? ……み、みのがしてくれよー。
シンガポールにいる父ちゃんに会いに行くだけなんだ! 」
「だめだねっ! 」
その言葉に、強硬策に出る少年。
「あつっ!! このガキ噛みつきやがった!! 」
そして、捕らえた腕がゆるんだ隙に、青く暗い海へと勢いよく飛び込む。
「おほーっ! ……元気いーっ! 」
「陸まで泳ぐ気か……? 」
「どうする……? 」
「た、助けた方がいいんじゃ……」
しかし、うっとーしいことが嫌いなこの方の返答はやはりこうだった。
「けっ、ほっときな。泳ぎに自信があるから飛び込んだんだろーよ」
そこへ青い顔をして船員さんがいう。
「ま、まずいっスよ……この辺はサメが集まっている海域なんス……」
「なっ! 」
ならば話が違うとばかりに、皆(承太郎君除く)で叫ぶ。
「おい小僧! 戻れ! 」
「危険だッ! 」
「サメだぞォ、サメがいるぞォ! 」
「あぁっ! あ、あれ……!! 」
言うが速いか、獲物のにおいをかぎつけたのか、海面に三角の背びれが現れ、少年にゆっくりと近づいていく。まるで映画さながらの光景だった。
「え? ……うわあああ! 」
気づいた少年が叫び声をあげる。その瞬間だった。
「……オラオラオラオラオラー! 」
「え? サメが、いきなり……ふっとんだ?? 」
驚きの声をあげる少年のそばに、いつのまにか承太郎君がいた。
(ほっとけ、とかいったくせに……)
スタープラチナでサメを一気にふっとばし、少年の身体を掴んでいたのだ。
「やれやれだぜ、くそガキ。……ん? 」
そして、承太郎君はなにかに気づいたようで、少年の帽子をとる。
現れる長い黒髪。
「……てめー、女か……それもまだションベンくせえ……」
「よ、よくもオレの胸を……! ちくしょー! 」
「やれやれだ……」
そのときだった。彼らの下から猛烈なスピードで近づいてくる大きな黒い影がみえた。
「じょ、承太郎ッ! 下だ! 海面下から何かが襲ってくるぞッ!
サメではない! す、すごいスピードだ!! 」
「承太郎、早くッ! 」
「早く船まで泳いで! 」
「と、遠すぎるッ! 」
「あの距離なら僕にまかせろッ! 『
花京院くんが伸ばしたハイエロファントの触手が、ふたりを掴み、甲板に引き上げる。
「やったぁ! ナイスキャッチ!! 」
同時に、黒い、
「スタンドだ! 今のはスタンドだッ!! 」
「海底のスタンド……このアヴドゥル、噂すらきいたことのないスタンドだ……」
スタンド……ということは、その主……スタンド使いが、当然、いる。
「はぁ、はぁ……」
海から助け上げられ、息も絶え絶えの少年改め、少女に視線が集中する。
「この女の子、まさか……」
「今のスタンドの使い手か……? 」
「サメの海に承太郎をわざとさそいこんだか……? 」
皆の視線に気づいた少女が、威勢のよい啖呵を切る。
「な、なんだ、てめえら! 寄ってたかってにらみつけやがって。
なにがなんだかわかんないけどやる気かァ!? 相手になったるッ! タイマンだぜッ! 」
「……とぼけてやがるぞ。もういっぺん海へつきおとすか……? 」
「早まるな。本当にただの密航者ならサメに食われるだけだ……」
「しかし、この船の他の船員の身元はチェック済み……。
この少女以外に考えられん…なにか正体をつかむ方法は……」
アヴドゥルさんがさぐりをいれる。
「……おい、DIOの野郎は元気か? 」
「は? なんだそりゃ? バイクの名前か?
てめえら! おれと話がしてーのか? それとも刺されたいのか?
どっちだ? ああ?
この妖刀が、えっと、340人目の血をすすりてぇって、慟哭しているぜ! 」
「「ぷっ! 」」
我慢しきれず、つい、ふきだしてしまう花京院くんと私。
「あぁ? なにがおかしい! このアマ! ドサンピン!! 」
「ドサンピン……なんか、この女の子は違うような気がしますが……」
「私もそんな気が……ぷぷ、妖刀……」
「うーむ……」
思案にくれる私たちの前に、ひとりの男性が現れた。
「この女の子かね? 密航者は……」
「船長……」
海の男のイメージそのまま、マドロスルックの大きな、厳つい人だった。
「わたしは密航者には厳しいタチだ……女の子とはいえ、容赦はしない。
下の船室に軟禁させてもらうよ。ところで! 」
船長が向き直り、承太郎君が火をつけた煙草を奪い取る。
「甲板での喫煙はご遠慮願おう……
君はこの灰や吸殻をどうするつもりだったんだね?
この美しい海にすてるつもりだったのかね?
君はお客だが、この船のルールには従ってもらうよ。……未成年君」
なんと船長は承太郎君の帽子に火のついたままの吸殻をぐりぐりと擦り付けた。
「さあ、来い」
「うっ! 」
そして、少女の腕を乱暴に掴み、去ろうとする。
当然、それに黙っているこの人ではない。
「……待ちな。
口で言うだけで素直に消すんだよ。大物ぶんじゃねぇ、このタコ!! 」
「お、おい、承太郎! やめるんじゃ! 」
焦ってとめる祖父。
「フン! こいつは船長じゃねぇ! 今わかった! スタンド使いはこいつだ! 」
「な、なにィーーー」
全員で叫ぶ。
「スタ……ンド?? なんだね、それは、いったい……」
船長はきょとんとしている。
唐突すぎる承太郎君の発言に、皆で驚きと、抗議と、疑問の声をぶつける。
「それは考えられんぞ、承太郎。この船長の身元は確かだ」
「いいかげんな推測は惑わすだけだぞ、承太郎! 」
「証拠はあるのか?! 」
ゆっくりと答える承太郎君。
「……スタンド使いに共通する見分け方を発見した……
スタンド使いは、たばこの煙を少しでも吸うとだな……
鼻の頭に、血管が、浮き出る」
「えっ!」
そろって、鼻に手をやる。承太郎君、そして……少女を除いた全員、が。
「うそだろ、承太郎! 」
「ああ、うそだぜ! だが……マヌケは見つかったようだな……! 」
「おまえらみんな、なにやってんだ……? 」
怪訝な表情の少女をみて、気づく。
「あっ!! 」
「あっ!! 」
船長の雰囲気が、変わる……。
「なぜ、わかった? 」
「いや、全然わからなかったぜ……
ただ全員にこの手をためすつもりでいただけのこと……だぜ」
「シブイねぇ……まったくおたくシブイぜ。確かにおれは船長じゃねぇ……
本物は今頃海底で寝ぼけてるぜ」
「くっ! 」
(この人、本物の船長さんを……! )
「それじゃあてめーは、地獄の底で寝ぼけな!!」
先手必勝とばかりにスタープラチナの拳が放たれる。しかし、その前に相手は卑怯にも海面から出したスタンドで少女を捕まえていた。
「きゃあああ! 」
「しまったァ!!」
またも全員で叫ぶ。
「水のトラブル! 嘘と裏切り!
未知の世界への恐怖を暗示する『月』のカード……『
偽船長のスタンドは鋭くとがったひれが無数についた、青緑色の鱗に覆われた大きな半魚人のような外見だった。
少女を掴んだまま偽船長はいう。
「この小娘が手に入ったのは運がいい。今からこの小娘とサメの海に飛び込む……
当然てめえらは海中に追って来ざるをえまい。
水中はホームグラウンド……5対1でもおれは相手できるぜ、ククク……」
「人質なんかとってなめんじゃねーぞ。
この空条承太郎がビビりあがると思うなよ」
「なめる……? これは予言だよ。
とくにあんたの『星の白金』すばやいんだってなぁ。
おれの『暗青の月』も水中じゃ素早いぜ……
ひとつ比べっこしてみないか……フフフフフ。
ついてきな。海水たらふく飲んで死ぬ勇気があるならな」
海に飛び込もうと外壁の手すりを乗り越える。
「きゃあああ」
その瞬間だった。
「オラオラオラオラオラ! 」
容赦ないラッシュが突き刺さる。
たまらず投げだした少女をつかみ、船べりに掴まるスタープラチナ。
そして、ひとり、海に落ちていく、敵。
「げぼ……ら、落下するより早く攻撃してくるなんて……」
「海水をたらふく飲むのはてめーひとりだ。アヴドゥル、なにか言ってやれ。」
「ふっ! 占い師のわたしをさしおいて予言するなど……」
それに続く、ポルナレフさん。
「10年早いぜ! 」
偽船長が流されていく。
「散々自分のスタンドの能力自慢をしていたわりには大ボケかましたヤツだったな」
「承太郎、どうした? さっさと女の子をひっぱりあげてやらんかい」
しかし、承太郎君の顔には汗と苦悶の表情が浮かんでいた。
「ち、ちくしょう……ひきずりこまれる……」
「え?!」
「な、なんだと!」
よくみると、スタープラチナの腕にビッシリと、なにかがはりついているのがみえた。
「こ、これはフジツボ! 甲殻海生動物のフジツボ虫だ」
物知りな彼が解説を入れる。ちょっと見ただけでよくわかるなぁ……とかおもうが、感心している場合ではなかった。
「やつは……まだ闘う気だ。殴ったときにくっつけやがった……
どんどん増えて……
スタンドからパワーを吸い出して、海中へひきずり込もうと、して、やがる……! 」
「承太郎、スタンドをひっこめろ! 」
「それができねーから……ぬうう、かきたくもねー汗をかいているんだぜ……」
そして、承太郎君の身体が宙を舞う。
「ううっ! 」
「承太郎ッ!! 」
「承太郎! ハイエロファントッ! 」
花京院くんが再び相棒の触手を伸ばすも、今度は女の子しか掴むことがかなわなかった。
海に落下して、みえなくなる承太郎君の姿。
「く、しまった……! 」
「まずい……! 」
* * *
船の上から身を乗り出し、全員で様子をうかがう。
「お……遅い! 浮かんでこないぞ!! 」
「渦だ! 巨大な渦ができてるんだ」
海面に鳴門海峡の渦潮のようなものが発生していた。
「どこだ? 承太郎はどこにいるんだ!? 」
「きっとあの中心にヤツとともに……助けに行くぞ! 」
僕はハイエロファントを出し、海中に差し向けようとする。
「うぅっ! 」
しかし、相棒が水面に触れた瞬間、手に鋭い痛みが走った。
「か、花京院くん!?」
みるとなにかが刺さって、スパッと切れていた。
「こ……これはウロコだ。
やつのスタンドのウロコだ……カッターのようなウロコ……」
「渦の中に無数のやつのスタンドのウロコが舞っているッ! 」
「飛び込めば全員皆殺しにされる可能性大だッ! 承太郎! 」
「まかせてください! セシリア! 承太郎君をッ! 」
瞬間、彼女の左手から美しい薄桃色の鳥が羽ばたいていった。
「はっ!?」
そこで思い出す。昨日の……幼女を護って、自分は頭をしたたかに打って気絶していた彼女の姿を。
(もしかしなくても、このひとは他者に己のスタンドを使っている間、まったくの無防備なのでは……? )
考えるより先に身体が動いていた。
「僕の後ろに! あなたのことは、敵にバレない方がいい……! 」
彼女の前に立ちはだかる。
「う、うん……! 」
すると、予想通り海中から何かがこちらめがけて飛んできた。
(やはりか……)
エメラルドスプラッシュで迎撃する。
「ご、ごめんね……」
「いえ、こちらに攻撃をしてきたということは、上手くセシリアが機能してくれているということでしょう」
「よかった……。でも承太郎君、そろそろ息が……」
「ええ、どうすれば……」
「あっ、承太郎だ! 渦の中に承太郎がみえたぞ! 」
「いかん、ぐ、ぐったりしていたぞ……」
「ぐったり……? フーム、そりゃひょっとしたらナイスかもしれんな」
「えっ? 」
孫のピンチに、にやりとする祖父。首をかしげる皆。
「抗おうとしていない……必要がない。
……無駄に力が入っていない……それはすなわち……」
その瞬間だった。
大渦が消え、幾分静けさを取り戻した波をかき分け、ザパッと承太郎が海面に姿を現す。
「ほらなー!」
「おおっ!! 」
「さすが、わしの孫よ」
「……やれやれ。
なんでじじいが自慢気なんだよ……」
* * *
「承太郎君、無事? 大丈夫? 」
船べりを乗り越え、戻ってきた功労者に私は声をかけた。
「あぁ、無傷だ。助かったぜ。おかげで制服が切れずにすんだ」
「せ、制服……」
そんなに大切なのか、とある意味感心する。そして、同時に浮かぶ、どうでもいい疑問……
(制服といえば……帽子……なんで脱げてないんだろう……? )
普通に乗っかっているだけにみえるのだが。
(もしや頭と一体化を……? )
若干、いや、かなり好奇心を刺激されたが、そんなことは聞けるべくもなかった。
「ま、まぁ、よかった、怪我がなくて」
そして逆に問われる。
「お前こそ、おれにスタンド使ってるときに攻撃されただろう。……無事か? 」
「あぁ。……うん、大丈夫、……だったよ」
おもいだす。あのときを。
碧色の、おおきな背中。
「そうか。フン、……だろうな」
「え? な、なにが……? 」
「さぁな。……ちゃんと礼をいってやれよ? いろいろなぶんの、な……」
「っ! わ、わかってるよ……! な、なんでしって……」
ああ言われたから、ではない。けっして。
と、誰にでもない言い訳をしつつ、もうひとりの怪我人のところへいく。
「花京院くん、手、みせて? 切られたとこ……」
「あぁ、かすり傷ですよ。大丈夫です」
にっこりと笑ってそんなことをいう彼。
予想通りだけれども。
(……嘘だ)
けっこうな深さで、すっぱりざっくり切れていたのを私は見た。
「みせてってば! 」
「あ! ち、ちょっと!? 」
若干強引に彼の手を掴む。
「こんな海の上で傷が化膿でもしたら大変でしょ?
しっかり手当てしといた方がいいよ」
「……すみません」
彼の手のひらには見るからに痛そうな切り傷がいくつもあった。
「やっぱり……。ちょっとそのまま……」
傷に両手をかざして深呼吸する。
不思議そうなかおの彼。当然か。と思い説明する。
「我が家に伝わる『おまじない」だよ。気休めだけど……」
でも意外と効くのだ。祖父から教えてもらったものだが、効果のほどは自分でよく知っていた。
あとは普通にポーチから消毒薬と包帯を取り出す。
「ごめんね、しみるかも……。よしっと。はい、おわり」
「ありがとう、ございます……」
てのひらをまじまじとみながら、そう呟く彼。
不格好で申し訳なくなる。あまりじっくりみないでほしいものだ。
そしてそれは、私の台詞だ、とも。
「こちらこそ……さっき、ありがとう」
「……」
「あとその前も。なんか今日も、助けてもらってばっかりだね……」
そうだ、毎度毎度……。申し訳ない。
すると、またも悲痛な面持ちで、うつむき、首を振る彼。
「……違う! 僕は……!
違うんです! ありがとう、なんて、言ってもらっちゃいけないんです……」
「……? 」
よく、わからなかった。
でも、ひとつだけ、はっきりしていることがあった。
それを伝えたくて、考えつつ、ゆっくりとことばを発する。
「……確かに、どういう思いで行動したのかっていうのは、本人にしかわからない……。
けどさ、実際に私はすごく助かった、よ?
だから、いいんじゃないかな。
やっぱり……ありがとう、だよ」
「仁美さん……」
呟く彼。その性格を考慮すると、なぜこんなことをいっているのかわかった気がした。
「戦術や戦況的に……ってことでしょ! わかってるって。ほんと真面目なんだから……」
だからって自分の手柄じゃあないとか。そんなはずはない。
(それに……)
おもいだす。
つい、素直なきもちがぽろっと出てしまう。
「……でも、それでも……護ってくれて、……嬉しかった、から」
「うっ! 」
「はっ! 」
驚いたような彼の反応で我に返る。
(しまっ! 私、なにいって……! )
体温が急激に上がっていくのを感じた。
「な、なんでもないっ! じ、じゃあ、私、あの娘の様子、みてくるね! 」
かおをみられたくなくて、……みることができなくて、急いで背を向ける。
(ああ、もう……また、やっちゃった……。
そういう個人的感情でやったことじゃないって言われたそばから……。
なに言ってんだってかんじだよ……。
わかってる! わかってるから! そんなの!!
ごめん!ごめんなさい!!
ああああ……! は、はずかしい……)
おねがいだから……ふかいいみに、とらえないで……と願いつつ、駆けていく。
* * *
走っていく彼女の背中をぼんやりみつめながら、ひとり、呟く。
「……まったく、現金なやつだな……僕は」
そう。昨晩、爆弾を承太郎から落とされた。そのあとだ。
それからなんとも眼が冴えてしまい……おかげで一睡もできなかった。
そして、今朝彼女と顔を合わせた時の、あのなんともいえない一方的な気恥ずかしさと申し訳なさ。気にする方がいかん。おかしい。そもそもありえない……心の中で念仏のように唱えていた。
(いかんいかん……読書でもしつつ寝よう……寝るべきだ)
頭をよぎる爆弾の存在を必死に忘れるべく、船が出港後、宣言通り、僕は不足している睡眠を回収しようとしていた。
甲板におかれたカウチに寝そべり、本を開く。
ちなみに隣のカウチでは承太郎も同じ様に読書に勤しんでいた。
照り付ける太陽の下、学生服(冬服)で過ごす高校生男子二人。
「おまえら……その恰好で旅を続けるつもりか……? 暑くないの? 」
などとジョースターさんに途中いわれたが、学生は学生らしく、ですよ。……なんて理由を述べておいた。
しばらくたったころだろうか。向こうからとぎれとぎれに会話が聞こえてきた。
「……よい名だ! 歳は? 」
(ん? あぁ、仁美さんとポルナレフ……か)
互いに自己紹介でもしているのだろう、とたいして気にも留めていなかった……はずだった。
「恋人は? 」
(ぬぁ?! )
が、変なワードが聞こえてきてしまい、おもわず本が手からぶっとんでいってしまう。
(……い、いや、僕には関係ないし……)
平静を装いつつ、本を拾い、再び読みはじめる。
関係ないことだ。彼女の恋人の有無など。僕には。
(そうだ、気になりなど……してな……)
「花京院……お前、本さかさまで読めるのか? すげぇな……くく……」
「……」
無言で本の向きを戻していると、再び衝撃的な言葉が聞こえた。
「……オレと付き合おう! 」
(はぁ!? )
今度はおもわず自分がカウチからひっくり返ってしまう。
「いって……」
「おまえ……。今、新婚さんを呼ぶ番組の司会の人みたいだったぞ……」
「……」
そして、極めつけに小さくだが、確かに彼女の悲鳴がきこえた。
(……あー、もう!! )
耐え切れず、立ち上がる、僕。
実に楽しそうににやにやしている承太郎の姿を視界の端にとらえながら。……なんと腹立たしい。
「失礼。……保乃宮さん、ジョースターさんが呼んでましたよ」
「う、うん、ありがとう! じゃあ私、失礼しますっ! 」
またも脱兎の如く走り去る彼女。
「ちぇっ、逃げられたか~」
パチンと指を鳴らしつつそういうと、じっと僕を見るポルナレフ。
「……。お前……」
「な、なんですか……」
(さ、さすがに露骨すぎたか……? )
しかし返ってきたのはこちらの内心とは裏腹に、実にあっけらかんとしたものだった。
「花京院だよな! 噂は聞いてたぜー! よろしくな! 」
「あ、あぁ、よろしく」
「しっかし、お前も承太郎も女にモテそーなツラしやがって!
日本じゃ女とっかえひっかえしてんだろー! ちくしょー! うらやましいぜー! 」
「……」
「つ、疲れた……」
ようやく解放され、カウチのところに戻る。
「おー、長かったな」
「あいつのどうでもいい、真偽もわかりかねる女性遍歴自慢につき合わされて散々だったよ……」
エリーは胸がよかっただのジェシーは脚が最高だっただの……。
本当にどうでもよかった。
そして、ふと自分の喉が渇いていることに気づく。
「飲み物とってくる。承太郎、君も何か飲むかい? 」
「ああ、じゃあ……コーラ」
「わかった」
飲み物等は、ダイニングの冷蔵庫にたくさんあるから、勝手に取って良い。という、先ほどのジョースターさんの言葉を頼りに船室内へと降りていく。
(はぁ、しかし、とっさだったとはいえ……後でなんて言おう……)
いくらそういうことに鈍そうな(ときにびっくりするくらい鋭いくせに、だ。やっぱりよくわからないひとである)彼女といえど、さすがに変におもっただろう。気が重くなる。
そんなことを考えていたら目的地に着いていた。
入り口を開ける。
室内を見渡すと、真正面のテーブルの向こうに冷蔵庫を発見。近寄ろうとしたときだった。
「あれ? 花京院くん? 」
「うわぁあっ! や、保乃宮さん!? 」
「ご、ごめん……びっくりさせちゃった……? 」
「し、しましたよ……」
考えていた、まさにそのひと本人がひょこっととびでてきたわけなのだから。
「何してるんですか……? 」
「ジョースターさんに頼まれて、食料品の整理をしてるの」
(ほんとに用事があったのか……)
僕にはもしかしたらなにかしらの超能力でもあるのかもしれない。
……スタンド能力ならもっているが。
などと考えていたら、彼女に尋ねられる。
「花京院くんこそ、どうしたの? 」
「ちょっと喉が渇いて……」
「そうなんだ。ええと……ちょっとまって……」
そういうと、冷蔵庫を開け、のぞきこむ。
「何がいい? 冷たいのなら、お茶にコーラにオレンジジュース……サイダーとかもあるよ」
「コーラと、じゃあ、サイダーを」
承太郎のオーダーと自分の好みを伝える。
「了解! 」
開栓された瓶をふたつ渡される。冷たさが手に心地よい。
「はい」
「ありがとうございます。……いただきます」
「はい、どうぞ」
我慢できず、カラカラの喉を潤す。
「……って、私のじゃあないけどね」
なんていってなんだか楽しそうにくすくす笑う。
そして、彼女が段ボールの山に囲まれていることに気づく。
(ん……これ、みんな……? )
「それにしてもすごい量ですね。手伝いますよ」
純粋にこれは大変な作業だろう。しかも自分が差し向けたことで、こんなに多くの雑務をたのまれてしまったのだとしたら…とおもうと、たまらず申し出ていた。
が、しかし彼女にはにっこりとこう返される。
「ううん、大丈夫!
こういう作業けっこう好きだし、のんびりやっていいって言われてるから。
それよりも花京院くんは、昨日の分ちゃんと休んでなきゃ」
どうやら朝の会話を覚えてくれていたようだ。その気遣いが嬉しくもあり、余計に罪悪感が増した気もした。
「そう……ですね。じゃあ手伝いが必要なときは呼んでください」
確かに、有事の際に備えて体調を整えておくべきではある。……というのは建前で、これ以上胸の重りが増してしまうのが恐かった。おことばに甘えて退散することにする。
「うん、ありがとう! 」
今のじぶんにはやはりまぶしすぎるそれから目をそらしたくて、振り返ろうとする僕に、疑問を投げかける彼女。
「あ、そういえば……ちょっと不思議でさ。
ジョースターさん、私を呼んだの、知らないって言ってて……。
忘れちゃったのかな……」
「そ、それは……」
ぎくりとする。
「? あれ?? 」
そんな僕の様子から、なにかに気づく彼女。
「! あ! ……違ってたらごめん。
もしかして、さっきの、私が困っていたのをみかねて、助けてくれた……? 」
「うっ! 」
「ごめんね。
あんなの社交辞令なんだから、上手くかわせないといけないのにね……」
心底申し訳なさそうに、彼女がいう。
「……」
それに、押しつぶされそうになる。
「でも、本当に助かっちゃった! ありが……」
「……違うんです。……僕は……」
おもわず、呟く。
(……ちがう……そうじゃ、ない……僕は! )
「……? 花京院くん……? 」
そのときだった。
甲板から騒ぎ声が聞こえてきた。
「密航だー! 」
我に返る。
「! 上で何かあったみたい! 」
「! ええ、行きましょう! 」
そして、さっきも、だ。
「花京院くん、手、みせて? 切られたとこ……」
「あぁ、かすり傷ですよ。大丈夫です」
こんなのたいしたことはない。と、笑ってみせた。
……つもりだったのだが、どうやら容赦してはもらえなかったようだ。
「みせてってば! 」
「あ! ち、ちょっと!? 」
めずらしく強い口調で……でも、やさしく、手をとられる。
「!?」
おもわず心臓がとびでそうになる。
そんな僕をよそに、深刻なかおで、彼女はいう。
「こんな海の上で傷が化膿でもしたら大変でしょ?
しっかり手当てしといた方がいいよ」
「……すみません」
まったく、そのとおりだった。反省し、おとなしくしたがうことにする。
僕の傷をみると、彼女はまるで自分が痛いかのようにかおをしかめた。
「やっぱり……。ちょっとそのまま……」
そして、そういうと目を閉じ、僕の手のひらに両手をかざしはじめた。
(……? 痛みが……ひいた……? )
すると、切り傷特有の、あのじくじくとした痛みが急に和らいだ……気がした。不思議におもっていると、彼女が説明してくれる。
「我が家に伝わる『おまじない』だよ。気休めだけど……」
さすが、護る一族、なのだろうか。これも。
「ごめんね、しみるかも……」
などと感心していると、携帯救急セットから必要なものを取り出し、手当てを続けてくれる。
そのきれいな指先が時折ふれるたび、鼓動が早まるのを感じた。
気づかれぬよう、平静を装うのに必死だった。
「よしっと。はい、おわり」
鮮やかな手つきで、あっという間に治療は完了してしまったようだ。
綺麗に巻かれた包帯をみつめながら、呟く。
「ありがとう、ございます……」
すると、彼女はじっとこちらをみつめ、こういった。
「こちらこそ……さっき、ありがとう」
「……」
「あとその前も。なんか今日も、助けてもらってばっかりだね……」
そういって、苦笑いを浮かべる彼女。
……もう、耐えられなかった。
「……違う! 僕は……! 違うんです!
ありがとう、なんて、言ってもらっちゃいけないんです……」
(そう、あなたのためじゃない……僕が、許せなかった……
……そして、僕で、ありたかった……
それだけ、それだけなんだ……! ぜんぶ……僕が……。僕の、エゴで……)
「……?」
そんな僕に、彼女は不思議そうなかおをしたあと、ゆっくりと……でもはっきりと、こういった。
「……確かに、どういう思いで行動したのかっていうのは、本人にしかわからない……。
けどさ、実際に私はすごく助かった、よ?
だから、いいんじゃないかな。
やっぱり……ありがとう、だよ」
「仁美さん……」
今日の空とおなじ。曇りのない、まっすぐなそのことばに、まなざしに……心にのしかかっていた、重苦しいなにかが、すっと取り除かれていく、そんな気がした。
「戦術や戦況的に…ってことでしょ!
わかってるって。ほんと真面目なんだから……」
若干、勘違いもされているようだが……そんなこと気にしている余裕などなかった。
そして、ほうけているじぶんにとどめをさすかのようなことばがふってくる。
「……でも、それでも……護ってくれて、……嬉しかった、から」
そのことばを体言するかのような、ふわりと花が咲くような笑顔とともに。
「うっ!」
「はっ! な、なんでもないっ!
じ、じゃあ、私、あの娘の様子、みてくるね! 」
そうしてきびすを返して駆けていく彼女。
「まったく……現金なやつだな……僕は」
ひとり、おもう……。
(……そうか……。いいのか……。
この気持ちが、なんなのか、なんて、僕自身もわからない……。
……だけど、あなたが、喜んで、くれるなら。
その、笑顔や、いろんな表情が、みられるなら……)
(……それで、いいのかもしれない、な……)
……いらっしゃーい!
……皆さんがご存知なかったらどうしよう……
もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?
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読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!