私の生まれた理由   作:hi-nya

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いつか、また。

 鼻をつまむ。

 

(まだ、いてぇ……)

 

 悠々とハンドルを操作する、運転席の男の容赦ない『仲直りの肘鉄』によって、しばしの間だくだくと流れ続けていた鼻血。それがやっと止まったことを確認しながら、オレは気がかりを口にする。

 

「そういえば、保乃、おいてきちまったな。大丈夫だろうか……」

「だいじょうぶです。彼女にはアヴドゥルさんのことを任せてきましたから」

 

(お……? )

 

 きっぱりと言い切る、その横顔をつい凝視してしまう。その視線に気づいたのか、訝しげに問われる。

 

「なんですか? 」

「いや、意外だと思って」

 

 過保護な(あの娘に関することにのみ度が過ぎるほどの、だ。ちなみに当初、隠しているわけでもなんでもなく本当に恋人同士はおろか、つい最近知り合ったばかりだと聞いたときには耳を疑った)この男が。めずらしいこともあるものだ。

 

「……うるさいな。なにがだよ。だいじょうぶだって言っているだろう……! 」

 

 前言撤回。どうやら自分にも言い聞かせているようだ。やむを得ず、で、やはり心配なのだろう。

 

「そうか……そうだな。すまん。あいつにもあとで謝っとかにゃいかんな」

「そうしてください。まぁ、その前にやつらを何とかするのが急務ですがね」

「ああ、もちろんだ」

 

 先程の襲撃を思い返す。

 

「しかしオレはたしかに……たしかにヤツを剣で突いた。だが命中はしなかった。

 手ごたえはなかったんだ」

「……」

「やつのスタンド『吊られた男(ハングドマン)』……。

 鏡が割れても小さくなった破片の中からまた攻撃してきた。やつは鏡の中で鏡の中のオレをおそう!

 オレのスタンドは鏡の中には入れない。鏡の世界なんてどうやって攻撃すればいいのだ? 」

 

 バックミラーが目に入る。これも鏡かと思った瞬間、おもわず捻りちぎって窓の外に投げ捨てていた。

 

「……くっそぉー!」

 

 そんなオレに向け、隣から冷静極まりない回答が返ってくる。

 

「ポルナレフ、鏡の中とか鏡の世界とかさかんにいってますが、鏡に『中の世界』なんてありませんよ。

 ……ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから」

「なに言ってんだ。おめーも見ただろ。鏡の中だけにいて、振り向くといねーんだぜ」

「ええ。しかし鏡っていうのは『光の反射』。ただそれだけです」

「おしえてもらわなくたって知っとるぜーッ。いいか! この場合だぜ! 今の場合をいっとるんだよ!

 『スタンド』があるなら『鏡の中の世界』だってあるだろ! 」

「ないです」

 

 きっぱりと言い放つ。なんて頭の固い……というか、これまた意外とロマンのない男だ。

 

「おめーなぁ……」

 

 それを言うならオレたちスタンド使いの存在自体、ファンタジーだろうという話なのだが。

 そんなんじゃ女の子にモテねーぞ……なんて言ったら再び肘鉄が飛んできそうなのでやめておく。

 まぁ、そういうとこがいい! なんて、変わった女の子もいるかもしれないけれど。

 ……いや、いるようだけれども、か。なんか腹が立ってきた。

 

 半ばあきれているオレをよそに、この唐変木は続けた。

 

「『吊られた男』の謎はきっとその点にあると思うんです。

 スタンドはスタンドで倒せるのなら! われわれにはまだ知らぬヤツの謎……はっ!! 」

 

 そこで、なにかに気づいた様子で、後ろと前を見比べつつ、叫ぶ。

 

「ポルナレフッ! ハンドルのメッキにヤツがいるッ! ヤツは追いついているッ! 」

「なにッ! 」

 

 言うやいなや、荷台と運転席を仕切っているガラスが音を立てて破壊される。

 

「あぶないッ! 」

 

 ヤツを振り払おうと、急ブレーキを踏む花京院。車体はバウンドしたのち一回転してしまい、激しい衝撃がオレたちを襲う。

 

「うぐ……」

 

 命からがら、ふたりとも横転した車体から這い出る。

 

「だ、だいじょうぶか! 花京院! 」

「う、む、胸を打ったが、だいじょうぶだ」

 

「ハッ! 」

 

 キラリ、キラリとと光るものに目がいく。そこには……

 

 ……ナイフを構える、ヤツの、姿。

 

「うおあああーッ! チャリオッツ!! 」

 

 あわてて、切り刻む。

 

「ちっ、ちくしょうッ! 花京院ッ! 映るものから逃げるんだッ! 」

 

 車から離れ岩陰に身を隠しながら、恐るべき事実を報告する。

 

「わ、わかった……い、いま、見えたんだ」

「な、なにがだ? 」

「やつは鏡から鏡へ! 映るものから映るものへ! 飛びうつって移動しているッ。

 反射を繰り返してここまで追ってきたんだ……! 」

「反射? つまりやつは『光』かッ! やつの正体は『光』のスタンドということか?! 」

「花京院! やつは今車のバンパーにいた! バンパーからなにかに反射して移動するにちがいない!

 映るもののそばへは行くなッ! 体からも映るようなものははずせ! 制服のボタンもとれッ! 」

 

 慌ただしく対策を講じているところへ、一人の少年が近づいてくる。

 

「お兄ちゃんたち、車の事故はだいじょうぶ?お薬もってこよーか? 」

「おい小僧! 向こうへ行けッ! 」

 

 親切心からなのだろうが、かまっている暇はない。なによりも危険だ。追い払おうとする。

 

「はっ! ま、まさか……! 」

 

 なおも近寄ってくる、少年。

 

「ねぇ、車めちゃめちゃだし……血がでてるけど……けがは……」

「えっ?! 」

 

 その澄んだ、瞳……

 

「だいじょうぶ? 」

 

 そこに、ヤツが、いた。

 

「ククク」

「や、野郎ッ! 」

「子供の目の中に……!」

「ククク、どうするね! まさか、このカワイイ子供の目をその剣でつぶすというのかね? ポルナレフ。

 ククククク……」

 

 奴の手が迫る。なす術もなく、首を掴まれ、締め付けられる。

 

「うぐぐ」

「ポルナレフッ! 」

「ついにとらえたぞ。もうのがれられん……子供の目をつぶさんかぎりなぁ! ククククク……」

 

 絶体絶命。そんなオレの頭にひとつの考えが、浮かんだ……。

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 

「なんて卑劣な男だ! アヴドゥルさんをひきょうにもうしろから刺し……

 そして今! 子供を攻撃できないのを知って利用する……ゆるさん! 」

「ククククク……」

 

 勝ち誇ったかのようにほくそえむ敵に歯噛みをする僕。しかし、首を絞められているポルナレフはその状況と対照的に、にやりと笑うとこんなことを言い出す。

 

「おい、花京院……この場合! そういうセリフをいうんじゃねぇ」

「……は? 」

「いいか?こういう場合、かたきを討つ時、というのは今からいうようなセリフをはいてたたかうんだ。

 

『我が名はジャン・ピエール・ポルナレフ。我が妹の魂の名誉のために!

 我が友アヴドゥルの心のやすらぎのために……この俺が貴様を絶望の淵へブチこんでやる』

 J・ガイル……

 

 ……こう言って決めるんだぜ! 」

「! 」

 

 それとともに、チャリオッツを出すポルナレフ。

 

「許せ小僧! あとでキャラメル買ってやるからな! 」

 

 蹴り上げる。地面の、砂を。

 

「うああーッ、目がーッ! 」

 

 たまらず目を閉じる少年。次の瞬間、ヤツの位置に気づき驚愕する。

 

「ぽ、ポルナレフの瞳に! 」

「……原理はよくわからんがこいつは光なみの速さで動く。普通ならとても剣では見切れねえスピードさ。だが子供の目がとじたなら、こいつが次に移動するのはおれの瞳だろうということはわかっていたのさ。だからこいつがおれの目に飛び込んでくる軌道はわかっていた……」

 

 レイピアをしまう、チャリオッツ。

 

「その軌道がよめれば、剣で切るのは……」

 

 瞳の中の、ヤツの姿が……

 

「……たやすい!! 」

 

 二つに割れる!

 

「ギィャアアぁ! 」

 

 そして、悲鳴が聞こえてくる。少し離れた、村の集落から。

 

「あそこにいるな!本体!J・ガイルの野郎……なぶり殺してくれるぜ! 」

 

 

 

「野郎! ついに! ついに会えたな、J・ガイル……」

「はぁー、はぁー、はぁー……」

 

 村の入り口には、傷を負って苦しそうにうめく男の姿があった。

 

「おれの名はジャン・ピエール・ポルナレフ。」

「はぁー……」

「貴様の鏡のスタンドの秘密は見切った!

 ここにいる花京院と、保乃、そして……アヴドゥルが来てくれなければ……

 それがわからずてめーにやられていただろーがよ」

 

(ポルナレフ……これでようやく、か。積年の相手、両手が右手の……仇討ちを果たせるのだな……)

 

 そんなことを考えていた。

 

「はぁー、はぁー……」

 

(ん……? はっ! ち、ちがう!! )

 

 一手遅れて、重要なことに気づく。

 目のまえの、この男の左手は……『左手』だ、と。

 

「ポルナレフ!それは両右手の男じゃあないぞ! J・ガイルじゃあない! 」

 

 その一瞬の隙を突かれた。

 

「ぐっ! 」

 

 ポルナレフが小さくうめくと共にうずくまる。見るとどこからか飛んできたらしいナイフがポルナレフの背中に刺さっていた。

 

「な、なにぃー! 」

「ポルナレフ! 」

「ククク、ここだ……」

「うう……」

「うッ、これは! 」

 

 嘲るように笑いながら物陰から一人の男が出てくる。

 

「バァカめー、おれがJ・ガイルだ! 」

 

 その手は、まさしく両方が、右手だった。

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「ククク。そいつは、ただのこの村にいたこじきだよ!

 おれのキズと同じところにちょいとナイフで切れ目をいれておいたのさ。まんまとひっかかったな」

 

(やられた……くそっ! )

 

 背中の傷も確かに痛いがそれよりも敵の術中に嵌ってしまった、その憤りの方が遥かに勝っていた。

 

「く……うう! きさまッ! くらえ! 僕のエメラルド……! 」

 

 どこまでも卑劣な男に、花京院がハイエロファントを出し、エネルギーを練る。

 

「へっ、待ちな! まわりをよくみろ! ……おおーい、集まれ! この方たちがお金を恵んでくださるとよぉー! 」

「なにッ!」

 

 その声に呼応して、ぞくぞくと集まってくる。この村の乞食たち。

 

「そして……またまた! 」

「!? 」

「これがどーいうことか理解したか? 」

 

 あっという間に大勢に取り囲まれる。

 

「おお! 」

「ありがてぇ! 」

「めぐんでくだせぇ! 」

 

 オレたちを見る、目。……たくさんの……目……。

 

「ハッ! 」

 

(そうか、しまったッ! )

 

 ヤツの意図に気づくも遅かった。

 

「おれのスタンドを見切っただとぉ? バカめッ! おれは自分の弱点はとっくに知っていたわ!

 映るものを多くし、軌道がわからなくなればもはや弱点はないッ! 」

「くっ、お、オレたちをみつめるな……! 」

 

「ククククク、ポルナレフ……青春を犠牲にしておれを追い続けたのに。

 ああーあ、途中で挫折するとは、なんとつまらない、さびしい人生よ……。

 そしてこのJ・ガイル様はおめえの妹のようにカワイイ女の子をはべらせて楽しく暮らしましたとさ。

 ……ククク、なきわめくのがうまかったな。おまえの妹はよ。へへへ……」

 

 下卑たその言葉に、またも血管がブチ切れそうになる。

 

「や、野郎ぉー!」

「ククク、死にな……」

 

 しかし、それを制される。この男に。

 

「ポルナレフ、そのセリフはちがうぞ。」

「!」

「あだを討つ時というのは『野郎』なんてセリフを吐くもんじゃあない。こう言うんだ。

 

 『我が名は花京院典明。我が友人アヴドゥルの無念のために。

  左にいる友人ポルナレフの妹の魂のやすらぎのために……』」

 

 つい先ほど聞いたようなその台詞とともに、おもむろにポケットから取り出す。

 

「『死をもってつぐなわせてやる』」

 

 キラリと光る、一枚の……

 

「拾った者にこの金貨をやるぞッ! 顔が映るほどピカピカの金貨だ! 」

「!」

「え?! 」

「おおおおおーッ!」

「なあぁーるほど、花京院! 」

「ヒッ! 」

 

 高く舞い上がる、金貨。

 

「ポルナレフ!これでみんなの目が一点に集まったようですよ……」

ありがとよ(メルシー)花京院……」

 

「こいつの目にいるな! 映ってる目に砂をかけて閉じさせると……! 瞬間! 」

 

 相棒で、その軌道を縦に切り裂く!

 

「ぎにゃぁーーあああ! 」

「泣きわめくのがうまいのはてめーの方だなJ・ガイル!

 ……これからてめーは泣きわめきながら地獄へ堕ちるわけだが……

 ひとつだけ地獄の番人にゃまかせられんことがある……それは……」

 

「『針串刺し』の刑だッ!! この瞬間を長年待ったぜッ! 」

 

「ヒエエエエエ!! 」

 

 鉄柵に逆さ釣りにし、突きの嵐をくらわせる。

 

「あとは……閻魔様にまかせたぜ……」

 

「これが本当の『吊られた男』か……真底クズ野郎だったな」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「待ちな! 追ってきたぜ! 」

 

 目的は果たした。ポルナレフとともに、村から立ち去ろうとしたときだった。

 

「ホルホース……」

 

 『皇帝』のカードの暗示の、……もう一人の、クズ野郎。

 

「観念しな……てめーらの人生の最期だ! 最期らしくオレたちにかかってこいよ! コラ!

 なぁ、J・ガイルの旦那! 」

 

「おめでたい男だ。J・ガイルが死んだことにまだ気づいてないでヤツのためにガラスをまいてますよ……」

 

 暫く長々と口上をたれながら、そのスタンドの銃で、周辺のガラスを砕いていた。

 が、しかし、ようやく異変に気付いたようだ。

 

「あ、あれ……? 」

 

 冷や汗を浮かべつつ辺りを見回す。

 

「聞いているのかい……!? J・ガイルのだんなよぉ! 」

 

 しびれを切らしたポルナレフが親切にも教えてやる。

 

「野郎ならもう聞いてねーと思うぜ。ヤツはとってもいそがしい!

 ……地獄で刑罰を受けてるからなぁ! 」

「お、おいおい、ハッタリかますんじゃねーよ。ポルナレフ。じょーだんきついぜ、ヒヒ……」

「2~300M向こうにあのクズ野郎の死体がある……見てくるか? 」

「……。……よし、見てこよう! 」

「あっ! 野郎! 逃げる気か?! 」

 

 一人ではかなわないとみるやたちまち逃げ出す男。

 

「ぎゃひぃ!! 」

 

 それが、再びこちらへとふっとんでくる。

 

「ああっ! 」

 

 そこには頼もしい、三人の仲間の姿があった。

 

「ジョースターさん! 承太郎! 保乃宮さん! 」

「……アヴドゥルことは彼女から聞いた。遺体は、簡素ではあるが埋葬してきたよ」

「!」

 

 悲痛な表情のジョースターさん。目を伏せる、ふたり。

 

(……駄目……、だったのか……)

 

 一縷の望みを抱いていたが、それがもろくも崩れ去る。

 

「……ちくしょう……。」

 

 奥歯を噛みしめるとともに、元凶を皆で取り囲む。

 

「卑怯にもアヴドゥルさんを後ろから刺したのは両右手の男だが、直接の死因はこの男の弾丸だ。

 こいつを、どうする……?」

 

 僕の問いかけにポルナレフが言い放つ。

 

「おれが判決を言うぜ。……死刑!! 」

 

 チャリオッツがレイピアを構えた。そのときだった。

 

「……なっ!? 」

「お逃げください! ホルホースさま! 」

 

 見知らぬ一人の女性が飛び出してきて、攻撃させまいと必死にポルナレフにしがみつく。

 

「な、なんだぁ、この女!? どこからでてきた!? 」

「私は愛するあなたのことが生きがい! あなたのためなら……。お逃げください! はやく!! 」

「は、離せ……! 」

 

 すると、このホルホースという男、クズかつまさにゲスの極み、といったところであった。

 

「よく言ってくれた、ベイビー! おめーの気持ち、ありがたく受け取って生き延びるぜ!

 逃げるのはおめーを愛しているからだぜ、ベイビー! フォーエバーにな! 」

 

 言いながら、馬に飛び乗る。

 

「……最低な男ですね」

 

 それを見て、珍しく、吐き捨てるように呟く彼女。このひとが他人を悪し様に言うのを聞くのは初めてだった。敵といえど。

 そこに聞き捨てならない捨て台詞が聞こえてくる。

 

「おっと、そうだ! 『守護者』のお嬢さん! おれのものになれって話、考えといてくれよ!! 」

「はぁ!? 」

 

(……な、ななな、なにィィ!? )

 

 やはりひとり残してなど行くべきではなかったと、激しく後悔しつつ、恐る恐る彼女の表情を窺う。

 

「……ありえない。二度と言うなって、私、言いましたよね……? 」

 

「……! 」

 

(ほ、本気で怒っている……)

 

 冷ややかなのに、燃えるように熱い。いつも僕がからかったときにみせる、それとはまったく異なるものだった。

 

 無理もない。

 師と慕う人を手にかけた、その張本人なのだから。

 

(くっ……! )

 

「はっはぁー! おれはあきらめないぜー! じゃあなー!! 」

「野郎! 待ちやがれッ!! ちくしょう、はなせ! この、アマっ! 」

「ああっ! 」

 

 引きずられ、女性から悲鳴が上がる。その腕からは血がにじんでいた。

 

「ポルナレフ、その女性も利用されているにすぎん……逃げる奴にかまっている暇はない」

 

 なだめるとともに、シャツの袖を破り女性の傷の手当てをしてあげるジョースターさん。

 

「……アヴドゥルは、もういない。しかし我々は先を急がねばならんのだ。

 すでに日本を出て15日が過ぎている……」

「……」

 

 全員で、空を見上げる。

 雲間から光が差し込んでいた。

 

(……アヴドゥルさん……)

 

 

 

「さぁ、エジプトへの旅を再開しようぜッ!! 」

 

 湿り気を帯びた空気を吹き飛ばそうとポルナレフがいう。

 

「いいか! みんなの心をひとつに!

 ひとりでも勝手なことをするとよ! やつらはそこにつけこんでくるからよ! 」

 

 おまえがいうなよ……と、つっこみをいれる気ももはや起きない。

 

 ……というか、もう、わかっていた。こいつはこいつなりに、すごく気にしている、ということは。

 

「いいなッ! 」

「……」

 

 他のメンバーも黙っている。

 

(……ん? )

 

 が、彼女がなにかいいたげな、微妙な表情をしているのに気づく。

 

「……どうかしましたか?」

「う、ううん!な、な、なんでも……」

 

 たずねてみるも、そういって黙り込んでしまう。

 なんでも、ない……ことはない。それだけはわかったが。

 

「先をいそごうぜッ!」

 

 ポルナレフが再び叫ぶ。

 

「はい! ……あのね、その……」

「?」

 

「……また、あとで」

 

「……は、はぁ……。」

 

 こそっとそれだけ言うと、彼女は走って行ってしまった。

 非常に気になる……そんなことだけを言い残して、

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「こっちじゃ。行くぞ」

 

 わしらの次の目的地は聖地と呼ばれる都市、ベナレス。

 ここカルカッタからはバスでの移動となる。郊外にぽつんと佇む最寄りの停留所まで皆を誘導するしている途中だった。

 

『チュミミーン』

 

「……ん? 」

 

 へんてこりんな声が聞こえた……ような気がした。

 

「ポルナレフ、なんか言ったか? 」

「別になんも言ってねーぜ、ジョースターさん。

 ハエの羽音じゃね? ここら辺多いぜ、ハエが」

「たしかに……」

 

 見渡すと、ブンブンと不快な音を立て飛び回る様子が多く見られた。そして、腕にふと、痒みを感じる。見るとぷくっと小豆大の膨らみがあった。

 

「多いのはハエだけではないようじゃ。いつの間にか虫に腕を食われちまったらしい」

 

 それを聞き、覗き込む保乃と花京院。

 

「あ、ほんとですね」

「かかないほうがいいですよ。」

 

 ほどなく到着したバスに皆で乗り込む。幸いなことに客は少なく、ほぼ我々だけだった。

 が、先程、敵のチャラ男……ホルホースをかばった哀れなお嬢さんもどうやら向かう場所が一緒のようでその姿が見えた。

 なかなかのべっぴんさんである。ゆえに、例のごとく車内でひたすら話しかけていた。……味方のチャラ男が。

 

「いいか? オレはね、普通は説教なんてしない。でもな……え、えーと名前きいてなかったな」

「……ネーナ」

「ネーナ、君はこれから通るベナレスの良家の娘なんだろ。美人だし、すごく頭のいい子と見た。

 おれは人を見る目があるしな。だから説教するぜ。

 ホルホースはとっても悪い、嘘つき野郎なんだ。君は騙されてる。親が悲しむよ」

「……」

「あのね、こーなっちゃいけねーぜ。恋をするとなりやすいけどよ。冷静に、広く見ることが大切だぜ……」

 

 ジェスチャーを交え、必死に語りかけるポルナレフ。ほとんど反応はないようだが。

 

(懲りんやつじゃな。まったく……)

 

 

 街にたどり着く頃にはすでに陽が傾く時刻になっていた。宿も無事確保でき、夕食後、解散となった。

 

「よし、では皆、ゆっくりと休むんじゃぞ」

「はい」

 

 すると保乃に気づかれ、つっこまれる。密かに自分でもすごく気になっていたことを。

 

「あの、ジョースターさん。腕……さっきより腫れてません? 」

 

 実はまったくそのとおりで、小豆だったその大きさがそら豆程になっていた。

 

「う……」

「一度、医者に見せた方が……」

 

 花京院のそのひとことにぎくりとする。

 

「い、いやだ!も、もう夜じゃしな。病院開いてないじゃろ!

 ……あ、明日になっても治らんかったらな」

 

 極めつけにやっぱり憎たらしいことに鋭すぎる孫がいう。

 

「……じじい、いい年こいて医者が怖いのかよ」

「そ、そんなことないわい! ではな! 」

 

 逃げるように部屋へ飛び込む。

 

 薬でも塗って、今夜はさっさと寝よう。そしたらすぐに治るさ。

 

 そんな可哀想なわしの希望的な目論見はもろくも崩れ去るのだが……

 

 それはまた、明日の話であった。

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「くっ、アヴドゥルさん……」

 

 部屋に入る。荷物を放り投げ、ベッドに座り、頭を抱えこむ。

 

「はぁ……」

 

 やりきれない思いでいっぱいになる。

 

 ……自分はもっと何か出来なかったのか。

 そうすればあんな最低な結果、回避することができたのではないのか。

 

「……ちくしょう!! 」

 

 行き場のない怒りを抑えることができず、自らの掌に拳を叩き付ける。

 

 素晴らしい戦士だった。

 そのスタンドが表すとおり、まっすぐで、熱き、正義の心をもった……。

 

 そして、いいひと……だった。とても、あたたかい……。

 決して長い期間ではなかったが、ともに過ごした日々が教えてくれた。

 

「……」

 

 ずっと我慢していたものが込み上げてくる。

 そんなことをしても、もう彼は……。

 それは、よく、わかっていたはずなのに……。

 

 そのときだった。部屋の扉をひかえめに叩く音がした。

 

(……はっ! )

 

 あわてて目尻を拭い、返事をする。

 

「……はい」

「花京院くん? ……私だけど」

 

(仁美さん……?)

 

 ドアを開けると、そこには声の主である彼女が立っていた。あたりまえだが。

 

「ごめんね。ちょっと、いいかな? 」

「ええ。どうぞ」

 

 ソファを勧め、自分も対面に腰掛ける。

 

「さっきは、その、お疲れさま……」

「いえ、あなたこそ……」

 

(目が、赤い。自分もつらいだろうに、様子を見に来てくれたんだろうか……)

 

 そして、おもいだす。

 

(さっきのあれ……か?)

 

――また、あとで――

 

 意味ありげにそうささやいた、あの姿を。

 

 すると、相変わらずなにかを言いたげに、しかし、言いにくそうに口ごもる彼女。

 

「ええと……」

「どうしました? 」

「そ、それなんだけどね、実は……、あの……」

 

 きょろきょろとあたりを見回し、いう。

 

「ちょっと、その、……扉を、閉めてもらってもいいでしょうか? 」

「えっ?! 」

 

 女性とふたりきりのときには部屋のドアは開けておく。当然の紳士のたしなみ、というやつだ。

 

(それを、閉めろ、だと……? )

 

「……だめ? 」

 

 戸惑う僕をよそに、上目遣いでさらにそんなことをいう。

 

「い、いえ、だ、だめではないですが……いいんですか? 」

「え? なにが? 」

 

 きょとんとしたかおで逆に問われてしまう。

 

(なにがって……)

 

 そういわれてしまうと非常に困る。

 

「わ、わかりました」

 

 しかたがないのでドアを閉めに立ち上がる。

 戻ろうとしたところで手招きをする彼女。

 

「ちょっと、こっちにきてくれる? 」

「……は、はい」

 

 いわれるがまま、隣に座る。

 

(なんだ? 一体、なんだというんだ……)

 

「ごめんね、……秘密で、どうしても、伝えたいことがあって……」

 

(ひ、秘密……!? )

 

 そんな普段ならどうってこともないようなワードにすら過剰に反応してしまう。

 

「な、な、なんでしょう……? 」

 

 必死に平静を装いつつ、問う。

 

「驚かないで、聞いてね。ちょっと耳貸して……」

「は、はぁ……」

 

 ふわりと耳および心をくすぐる甘い香りとともに囁かれた言葉は……期待、いや、してない。そんなの。

 ……予想していた事柄とは全く異なるものであった。

 

 ……が、最高の知らせ、だった。

 

「……あのね、実は、師匠、無事なの」

 

「えぇっ?! ほ、本当に!? 」

 

 おもわず大きな声を出してしまう僕を彼女があわてて制す。

 

「しーっ! 」

「あ、すみません」

 

 気づき、自分も声をひそめる。

 

「……どういうことですか?さっきジョースターさんが……。しかもあの時、確かに脈が……」

「あれね、お医者さんが言うには、ショックによる一時的なものか、それか、出血によって血圧が下がりすぎると、ここ、手首の脈は触れなくなるんだって」

「そうなんですか……」

「あのあと……ふたりが車で走って行って、あのホルホースとかいう人も追いかけていったあと、ね……」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

――「……行ったみたい。……花京院くん、ポルナレフさん、気を付けて……」

 

 憎い敵をただ見送ることしかできないことに歯がゆさを感じながら、ふたりの乗った車の走り去った方向を祈るようにみつめる。

 

「……」

 

 視線をおとす。そこには、ただ、硬く目を閉じたまま、静かに横たわるひとがいた。

 

「師匠……」

 

 なにもできなかった。無力さに押しつぶされそうになり、その場にへたり込む。

 目のまえが一気にぼやけて、かすむ。

 

「ううっ……」

 

 そんなことをしてもどうにもならないのに、とめどなくあふれてしまう。

 

「……起きて、ください。まだ、私、師匠に教えてもらいたいこと、たくさん……っ! 」

 

 無駄だとわかってはいたが、揺さぶり、声をかけた。そのときだった。

 

「う……」

 

「……えっ?」

 

(見間違い……? いや、でも、確かに……今……!!)

 

「……う、動い……!? い、生きてる?! 」

 

 ちょうどそこへ、救世主たちがやってくる。

 

「おーい! ……保乃! と、アヴドゥル!? どうした!? 」

「ジョースターさん! て、敵の攻撃を受けて! でもまだ息はあります! 早く病院にっ!! 」

「なんだと!? 承太郎、財団に連絡してくれ! とりあえず……波紋の力よ!! 」――

 

 

 

「……セシリアが、ぎりぎりのところで銃弾を逸らすことができていたみたいで、眉間をえぐっただけで済んだらしいよ。ジョースターさんの波紋で応急処置して、財団の病院にこっそり運んだの」

「そうだったんですか……アヴドゥルさん、無事で……。生きているんだ……! 」

 

 確かめるように、噛みしめるように、つぶやく彼。その様子をみて、おもわず自分の目も潤んでしまう。

 

「……よかった」

「うん、本当に……」

 

「でも、入院は必要ですよね? 傷は、どうなんですか? 」

「背中も眉間も、傷自体は幸いどちらもそんなに深くはなかったから、治るまでだいたい10日くらいらしいよ。ただ、ジョースターさんが、この際だから師匠とはしばらく別行動で、移動手段の手配をしてもらおうって。敵はもう死んだものだと思っているだろうから、動きやすいからって」

「なるほど。それでさっきの……」

「うん、そう。花京院くんにはあとでこっそり伝えといてくれって。

 ほんとはもっと早く言いたかったんだけど、敵がどこで聞いているかわからなかったから……ごめんね……」

 

 あれからここに辿り着くまでの道中ずっと……このひとがとても心を痛めているのがよくわかった。努めて冷静に、態度には出さないようにしている様子がむしろ痛々しくて、みているこっちがつらかった。

 

「いいですよ。敵を欺くには……ってことでしょう? それに、……逆よりよっぽどいい」

 

 そういって、微笑む彼をみて、ようやく肩の荷が下りたおもいだった。

 ほっとしながら、もうひとつ相談しておいてくれと言われていたことを伝える。

 

「あと、ポルナレフさんにはどうしようかってことなんだけど」

「あぁ、そうですね。あいつに言うと敵にもすぐバレそうだな……。

 秘密にしておいた方がいいかもしれませんね」

「やっぱり? ……二人も、そう言ってた」

 

 そっくりな表情で同じことを言う、祖父と孫の顔を思い出し、やっぱり遺伝子って……などと考えていると彼が思いだしたかのようにいう。

 

「あ、そういえば、ポルナレフがあなたにも今日の謝罪をしたいとか言ってました」

「え? なんで? 私なんにもしてないのに……」

「また……。すぐそんなことないのにそんなことをいうんだから……。

 まぁ、ともかくそういうことなので、あとであいつあなたのとこに来ると思いますが、くれぐれもバレないように気を付けてくださいね」

「う……」

「あなたのことだから、ちょっと可哀想、とか思ってそうですが……。

 アヴドゥルさんが養生に専念するためでもあるんですからね。頑張ってください」

「……はい、十分承知しております」

「はぁ、あなたも嘘がつけない性質だからなぁ……」

「だ、大丈夫だよ! 師匠のためだし! 頑張ります……」

「ふっ、頼みますよ。まったく」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 決して得意ではないであろう事柄を、自信なさげに、だが頑張ると項垂れる彼女。その様子におもわず笑みがもれる。そんな彼女は、かおを上げたのち、ぽつりとこういった。

 

「ポルナレフさん、できたんだね。……かたきうち」

「ええ。これで妹さん……というか、あいつの気持ちが少しでも救われると、いいんですが……」

「そう、だね……」

「はい……」

 

 新たな一歩を踏み出せれば……。ふたりで頷き合う。

 

「ところで、あんなスタンド、どうやって倒したの? 鏡のスタンド」

「聞きたいですか? 」

「うん! 」

 

 元気よく頷く彼女。その拍子にふと気づく。

 

「「はっ! 」」

 

(……ち、近い……)

 

 夢中で内密な話をしていたので無自覚だったが、けっこうな至近距離であることに。

 どうやら彼女も同時に気づいてしまったらしい。かおが赤い。……おそらく自分も。

あわてて立ちあがる。

 

「そ、その前にお茶でも入れましょうか。珈琲でいいですか? 」

「う、うん。あ、私やるよ! 座ってて」

 

 

 

「……というわけで、心底クズな奴でした。

 まぁ、ポルナレフの言う通り、今頃閻魔様が地獄で刑の続きをしてくれているでしょう」

「うわぁ、大変だったんだね……」

 

 彼女の淹れてくれた珈琲を飲みつつ、詳細を話す。

 闘いの激しさや相手の卑劣さに顔をしかめつつ、熱心に耳を傾けててくれる彼女。ひとしきり唸った後こんな感想を呟く。

 

「……でもやっぱりふたりともすごいなぁ」

「何がです? 」

「とっさの機転とか、洞察力とか判断力とか!

 とくに! 視線を集めるために金貨使うとか、私だったら絶対思いつけない!

 どうやったらそういうのって鍛えられるのかな? いいなぁ……」

「……お誉めに預かり光栄です。まぁ今回はたまたま、上手くいって良かったですよ」

「そんなこといって、タワーオブグレーのときとかもすごかったじゃない。あ、偽者の人のときも! 」

 

 こうもストレートに褒められると照れくさくてしかたがない。が、素直に、やはり……嬉しいものだ。

 裏表がまったくといっていいほどない、このひとにいわれているからだろうか……特に。

 

「そ、そんなに褒めても何も出ませんよ。ハイエロファントは単純な力が強いわけではないので、足りない分は他で補わないといけない、というだけです」

「ええ?! ハイエロファント、凄過ぎなのに!!

 エメラルドスプラッシュ強いし。遠くにも行けるし、攻撃もできるし、敏感だし、器用だし、忍び込めるし……(中略)……可愛いし、綺麗だし、それにあのデザインは……」

 

「あ、あの……もう……」

 

 眼をきらきらと輝かせながら紡がれる無限に続きそうな賛美の言葉。

 このままでは褒め殺されてしまう……必死に止める。

 

「も、もう、わかりましたから! ありがとうございます!! 」

「えー? 」

 

 まだ言い足りないのか、なぜか不満げな彼女。たまらず話題を変える。

 

「あ、あなたこそ、大変だったでしょう? あの、ホルホース……」

「……」

「……何があったのか、聞いても? 」

 

 実は相当気になっていたことをさりげなく聞くことに成功する。

 すると、暫し黙ったあと、彼女は僕に予想外の質問をした。

 

「……私って、恐くない……かな? 」

 

「は? ……全然」

 

 おもわず即答する。普段の彼女はほわーっとしていて『恐い』というイメージとはかけ離れている。からかわれたと気づいて、むきになった彼女もなんだか毛の逆立った仔猫のようで可愛……いや、なんでもない。

 

(それに……)

 

 先程をおもい返す。

 敵をまっすぐに貫くような鋭い、冷たい視線。熱く燃える瞳。

 

 あの怒りの表情は恐いというより、むしろ……

 

 ……すごく、綺麗だとおもった。

 

 いや、造形的に、だ。深い意味はない。

 

 もちろん、あんな風にこのひとに軽蔑されたくない。

 そういう意味では、恐いけれど。

 

「うう……、そうかな……? 」

 

 そんなことを考えていたのだが、なぜか明らかに落ち込んでいる彼女に気づき、驚く。

 

「ええっ?! 恐いって言ってほしかったんですか? ……なんで? 」

「確かにそれはそれで嫌だッ! ……けど! 実はあの人に……」

 

 そうして話してくれた。あのあと何があったのかを。

 

「なるほど……」

「悔しいけど、確かにひとりじゃあ私、何もできないんだよね。……護るだけで。攻撃とか全然……。

 もっとなにか、できればいいのに……」

 

 そういって、俯く。

 理解した。あんなに怒っていたのはアヴドゥルさんを傷つけられたこと、それはもちろんとして……

 

(護るだけ、攻撃性、か……)

 

 いくつもの考えや感想が、浮かんだ。

 しかし、これだけは伝えなくてはいけないとおもった。

 ゆっくりと口を開く。

 

 

 

*         *          *

 

 

 

「……なにを言っているのか。

 まぁ、あいつはあなたの心を乱そうとわざと、でしょうけど。

 だいたい相性っていうなら……いや、それは今はいいや。とにかく、見当違いもはなはだしい」

「そうかな? でもあの人の言う通り……」

「ちがいます。あいつが、ではない。あなたが、です。わかっていない」

「え……? 」

「護る『だけしか』って、なんですか? いいじゃあないですか。護れるのだから」

「あ……」

「『護ること』がどれだけ尊いものか、あなた自身、自覚すべきです」

 

 彼は続けた。

 

「僕にも、承太郎にも……誰にもできないことなんですよ。

 さっきあなたは僕の……ハイエロファントをあんなに褒めてくれたけれど……。

 セシリアだって負けてはいない。素晴らしいスタンドなのだから。

 もっと自信と誇りをもって、たいせつにしてください」

 

(……そっか、私……)

 

「う、ん……」

 

(……セシリアを、ほめてほしかったんだ)

 

「……ありがとう」

「……事実を述べたまでです。礼を言われるようなことは、なにもいっていない」

 

 そういうと、また優雅に珈琲をすする。

 

(どうして、わかっちゃうんだろう……)

 

 目のまえのひとをみる。

 不思議でしかたがなかった。

 

「それに……」

 

 カップをテーブルに置くその姿についみとれていると、ふいにこちらをみあげ、微笑みながら、いう。

 

「人を傷つける力を求めるなんて、らしくない。あなたには、『護る』方が似合っている」

 

「!!」

 

 瞬間、沸騰した。私の血液が。たぶん。

 おもわずうしろを向きソファにかおをうずめる。

 

(っっ!! ……また! このひとはこんなことをしれっと!! 反則だよ……)

 

「? どうしました? 」

「……なんでもないっ! 」

 

 このひとだって、自分の何気ない言動が、女心をどれだけ乱すのか……ちょっとは自覚してほしいものだ。まったく。

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 この際なので、僕は危惧していた事柄を伝えておくことにした。

 

「しかし、敵の言うこと鵜呑みにして……。まぁ、それもあなたらしいけど。

 素直すぎるのも考えものだなぁ」

「うう……」

「より己を高めようとする、その向上心や、よしですが。今できることを確実にするのも、大事ですよ」

「そうだね。本当に、そう。気を付けないとなぁ……」

 

 真剣なかおで頷く彼女。言ったそばから、である。

 

「また素直に聞いてる……」

 

 指摘する僕。焦って反論する彼女。

 

「あ! い、いいじゃない! これはべつに! 」

 

 そして、またもやこんなことをいいだす。

 

「だって……、花京院くんのいうことだもん」

 

(うッ! )

 

 おもわず伏してかおを隠す。

 

「? どうしたの? 」

「なんでもないです……」

 

(……そうだよ。他意はないんだよ。もうやだ、このひと……)

 

 男心をくすぐるような言動……しかも無自覚。余計たちが悪い。

 なんと危ういのだろう。やはりしっかり見張っておかねばならないようだ。

 

 

 

「あれ?! もうこんな時間! 」

「本当だ。気づかなかった……」

 

 その後も雑談をまじえつつ、とりとめもなく話をしていたら、いつのまにか時計は日付が変わるような時刻をさしていた。

 

「ごめんね、すっかり長い時間お邪魔しちゃって」

「かまいませんよ」

「疲れてるだろうから、ゆっくり休んでね」

「はい。ありがとうございます」

「こちらこそ。いろいろ聞いてくれて、ありがとう」

「……いえ」

「じゃあ、おやすみなさい」

「はい。おやすみなさい」

 

 ドアが閉まったあと、ひとり、おもう。

 

(……攻撃性、か。ああは言ったけど……。

 でも、それは……。まだ、言わずにおいた方が、いいだろうな……)

 

(ああ、そういえばそうだった……)

 

(……しかたないな)

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 彼の部屋から出る。

 とりあえず早急に伝えたかった極秘ミッションをこなすことができ、軽くなった心ととともに自らの部屋に戻ろうと歩き出す。

 するとそこで角を曲がってきたそのひととばったり出会う。

 

「おお、やっぱりここにいたのか」

「あ、ポルナレフさん! 」

 

 彼から聞いていた通りだった。もう一つの極秘ミッションを思い出す。

 が、当の本人は思わず身構えてしまった私に、軽ーい口調でこんなことをいう。

 

「部屋にいなかったから探してたんだぜ。……逢引きか? お兄ちゃん許しませんよ! 」

「なっ! ち、違います! た、ただ、話! 話をしていただけですっ! 」

「はいはい。わかってるよ。お前ら真面目だからなぁ……。色気ねぇなぁ」

「もう……」

 

 そして一転、自分も真面目な表情になる。

 

「……さっきは、すまなかったな。お前らが来てくれなかったら、危なかった」

「いえ、私は、何も……」

「そんなことねぇよ。

 おかげで、本懐が、果たせた……ありがとう」

「……おつかれ、さまでした」

「ああ。……でも、なんだろうな。もっとこう、スカーッ! とするかと思ったんだが……

 いや、するにはしたんだけどな……。はは、複雑な、気分だぜ……」

「……」

 

 目を伏せるポルナレフさん。

 

「シェリーは、どう、思っているんだろう……? 喜んで、くれているかな……?

 なぁ、お前だったら、どうだ? こんな兄ちゃん、さ……」

 

(……私だったら……? )

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 積年の恨みが解消され、すっきりした。しかし、同時に確かに感じてしまっていた虚しさ。それを埋めたくて、ずっと誰かに聞きたかったことをつい目の前のこの娘に聞いてしまっていた。同じ歳、同じように兄をもつ妹。やはりどこか重ねて見てしまっていたのかもしれない。

 少し黙ったのち、妹代理はゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「……嬉しいですよ。もちろん、とても。でも……」

「でも? 」

「『ずーーっと、いつもいつも私のことばっかり考えて!! もう、ちょっとは、自分のことも考えてよ!! 』……って、言いたくなっちゃうかな」

 

「!?」

 

(……そうか? そうなのか?……シェリーよ……)

 

「『これからは、ちゃんと自分のやりたいことやって。幸せに……なってよ』って……」

 

「……」

「はっ! な、生意気いって、すみません! 」

 

「……うおおーー! やっぱ、お前、いいやつだなー! 」

 

 感動した。少しだけ、だが確かに心が軽くなった。そんな思いだった。感謝の意を伝えようとその手を取る。

 

「へぇえっ!? 」

「どうだい? やっぱり、オレと……」

 

 加えて、あわよくば、と口を開いた。そのときだった。

 

「……はッッ! 」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ……

 

 激しい殺気を感じた。

 見上げると、やっぱり……いた。壁に張り付いた、あいつの『相棒』が。

 メロンチックなその両手から、必殺の一撃が今まさに解き放たれんとするところだった。あわててその本体に向けて弁解をする。

 

「じょ、冗談! 冗談だ! 頼むから、エネルギーを宝石状に変換するのやめてぇ!! 」

 

 昼間の、あの激しい衝撃を思い出す。一日に何回もアレをくらうのはたくさんだ。

 

「え? 」

 

 オレの様子を不思議に思い、彼女が振り向くと瞬時にヤツは引っ込んでいった。

 

「……あ、あいつはストーカーか。はぁ……」

 

 あきれつつも、続きを話すことにする。

 

「まぁその……ありがとうな」

「いえ……」

「……これからは、自分のしたいことを、か」

 

 息をひとつ吸い込み、すぐに浮かんだ、それを口に出す。

 

「じゃあ、まずは……、DIOを、倒す!! 」

 

「! 」

「お前や、花京院みたいに。

 ……承太郎とジョースターさんのために、そして、このおれの誇りために、な」

「ポルナレフさん……。……はい! 」

 

 にっこりと微笑み、頷く。

 満足し、そして思う、……友のことを。

 

「……アヴドゥルの、分まで、さ」

「うっ、そ、そう、ですね……」

「ああ。というわけで、これからもよろしくな! 」

「はい、こちらこそ」

「じゃな」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 部屋に戻るポルナレフさんを見送りつつ、恨めしいきもちを込め彼の部屋のドアを睨む。

 

「しっかり休んでって言ったのに……」

 

 すると、ゆっくりとそれが開き、ひょっこりとスタンド、そしてその本体がかおを出す。

 

「……ばれていましたか」

「当たり前でしょ! もう! 」

 

 詰め寄ると小声で猛抗議をする。

 

「(……心配しなくても、バラしたりしないよ! )」

「……とかいって、さっきちょっと危なかったでしょう? 」

「うっ……そんなことないよっ! じゃあ、今度こそ、おやすみっ! 」

「はいはい、おやすみなさい」

 

 

 

*         *          *

 

 

 

 その日、私は夢をみた。

 ううん、夢だったのか、ほんとはよくわからないけれど……。

 

 

「……ねぇ……」

 

「……ねぇ……」

 

「……ねぇってば!! 」

 

 

「ん……? 」

 

 いつかの如く、幾分乱暴に呼びかけられる声と揺さぶられる感覚。

 目を開けると、そこにはやっぱりいつか見たあの顔があった。

 

「……あ! 貴女は! 」

「……また、会えたね」

 

「しぇ、シェリーさん……? 」

「うん。……そう」

 

「伝えておきたくて。ありがとうって。

 これでやっと、『次』のところにいける……

 ずっと、囚われていたの。……あいつのせいで。……鏡の中に」

 

「ぽ、ポルナレフさんに! せ、せめてッ! 」

 

「ううん。すごく、あいたいけれど……

 それは……だめなんだって。

 だから……このまま、いくね。」

 

 伏せられたながい眉毛が揺れる。

 

「おにいちゃんに……ううん。やっぱりいいや。

 貴女がちゃんと代弁してくれたから。わたしのきもち」

 

「そんなこと……」

 

「あーあ、仁美にだったらおにいちゃんをあげてもよかったのになぁ……だめだよね。

 ラブラブだもんね。……残念。

 でも、お似合いだから、許してあげる。

 あの、前髪の長い彼氏にも伝えておいて。

 おにいちゃんのこと、護ってくれてありがとうって。これからもお友だちでいてあげてねって」

 

「は!? え!? か、彼氏!? か、花京院くんと私は、そ、そんなんじゃ……」

「ふふっ! 可愛いなぁ。

 ……おにいちゃんにも早く運命のひとが現れたらいいのに」

 

 柔らかな微笑みを浮かべる。

 

「こんな形だけど……あなたと会えてよかった。

 でも、贅沢かもしれないけれど、生きているうちに、会えたらもっとよかったなぁ。

 こんなふうにすきなひとの話したり……、きっと、すごく、たのしかっただろうな。

 おともだちに、なりたかった……」

 

「……シェリーさん! ……私も……っ! 」

 

 ぼやけていく視界の中、差し出された手を取る。その手は、とてもあたたかかった。

 

「……時間みたい。……ああ、もう、そんなかお、しないで?

 大丈夫。いつか、また、あえるから」

 

「わたし、次の人生でもおにいちゃんと家族になりたい。

 それで、仁美ともう一度友だちになって、すっごく素敵なひとと恋をして……」

 

「神様って、やさしいんだ。いじわるすることもあるけど、そのぶん、ぜったい……」

 

「だから、ね? 約束……。まってて」

「う、ん……! 」

 

「じゃあ、またね」

 

 そうして、まばゆいほどの光に包まれて……彼女の姿は、消えた。

 

「……『また』ね。シェリーさん……」

 

 

もうすぐこのお話も完結です……が、性懲りもなく次回作も本作品にちなんだものにする可能性が高いです。どんなのだったら、また読んでやってもいいぜ? と思って頂けるでしょうか?

  • そのまま4部にクルセイダース達突入
  • 花京院と彼女のその後の日常ラブコメ
  • 花京院の息子と娘が三部にトリップする話
  • 花京院が他作品の世界へ。クロスオーバー。
  • 読んでほしいなら死ぬ気で全部書きやがれ!
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